雪李乃は、同級生である春夏秋冬黝織に呼び出された。
用事についてよくは分からないが、「どうしても来てくれ」と頼まれたのだ、李乃はそれを承諾した。
会うことは誰にも言わないように、と彼が何度も念を押していたのは気にかかるが、指定された場所へと向かう。
それ以外に出来ることはないだろうと、楽観的に考えていた。
久し振りに会った友人は、元気そうであった。
どことなく影が差しているのは、社会にもまれたからか、それとも。
黝織が話し、李乃がそれを聞く。
それだけのことだろうか、と李乃は訝った。
彼のコーヒーは2杯目になり、彼女の少し飲み残したそれも冷たくなったのに、黝織は核心をつかなかった。
「それじゃあ」
結局、黝織は何も話さなかった。
喫茶店を出て夕方の町外れ、二人はそこで別れようとしている。
「あの、春夏秋冬さん」
そのまま去ろうとする黝織を、李乃は呼び止めた。
「ん?」
「お話というのは、何だったんですか?」
疑問をそのまま残すつもりはなく、ためらいながらも自らそう尋ねる。
ああ、と黝織が声を漏らした。
「それはね」
黝織が近付く。
彼は、背の高い李乃が見上げなければならない程の長身を持っていた。
彼女は、背の低い自分の夫を思い出す。
黝織はもう一歩、李乃に近寄る。
避ける間もなく、黝織の慣れた接吻は彼女の身に降りかかった。
一瞬、何が起こったか李乃は理解出来なかった。
遅れて事態を理解した彼女は、黝織から数歩後ずさる。
「何を、するんですか」
夫以外の誰にも許していない行為を強要され、彼女は少し表情を険しくさせた。
浅緋のそれは黝織とは違い、落ち着きもなければ慣れもない、けれども愛情と優しさを込めた、そして低い位置からのもので、だからこそ李乃は黝織の接触に違和感も付随した嫌悪感を抱いたのであった。
思いやりさえない黝織の即物的なそれには、とても堪えられそうになかった。
指で唇を拭うことさえ、したくもないほどに。
「俺がこんなことを、君の旦那としていると言ったらどうする?」
更なる一言が、李乃の心を抉った。
それだけだよ、と言って黝織はにやりと笑うとそのまま踵を返す。
その場に立ったまま、彼女は夫を思い出した。
朝に見送ったばかりなのに、もう随分と彼を見ていない気がした。
責める気も、咎める気も。問いただす気もない。
ただ、無性に彼に会いたかった。
ミュンヘンにて、疲れきっているのにこのような泥沼を書いてみました。
悪人な黝織像、とても書くのが難しいです。
今回は深刻なのもあって、あまり関西弁っぽくないようです。