私には夢があった。それも飛びっきりに大きな夢があった。私にはかつて夢があった。何時のことか、今よりも私が生きていた時代に、本当に生きていた時代に、果たされることの無かった夢があった。私はそれを掴もうとしたが、結局、私の手をそれは擦り抜けていった。
黄昏が見たい。私の黄昏が見たい。人々の黄昏が見たい。それはきっと、何より綺麗な筈だ。
夜の帳が落ちた頃に薄っすらと浮かぶ、矮小なイメージなど吹き飛ばして二度と思い出せなくするまでに、美しいに決まっている。私から、一度だけ見たあの輝きとあの風景が、随分前からずっと離れないのだ。もう殆どが掠れて、古くなった写真みたいに黄ばんでしまったけれど──それは確かにあの瞬間の、世界の黄昏の記憶だった。私が求めて止まなかった黄昏の記憶だった。
あの頃の私と今の私に差は無い。つまり、再びあの記憶を、私の現実に持ち込むことが出来ても不思議ではないだろう。顔には皺が増えた。前なら走ったところを、歩いて済ませるようになった。以前ほど嗜好品への欲求も旺盛ではなくなった。だけれども、私にはそれらを全て忘れ去る手段もある。実行に移すだけの手腕もある。ならばそれらは一切、問題ではなかった。全ての通常では打開が困難なものとされる条件は、この私の前においては無力化されていた。
私は感涙に咽ぶ。半世紀の想いを解き放つ時が、遠い過去の雪辱を果たす時が来たのだ。古き同志は死に、私は老い、ここにいるだけだ。だが、それでいい。私はここにいる。ならば、何処にいることも出来るだろう。
久しく口にしていなかった嗜好品の一つである煙草に、火をつける。吐いた煙は無機質な、耐え難い秩序の中に薄まって消えた。この旧友とも別れが近い。私に与えられた最後の領域にある、たった一つの外界との接点から、外を眺め見る。星が赤く輝いていた。ふと、確かここに最初に訪れた時も、同じように輝いていたと思い出す。なるほど、これは私への挨拶に他ならないだろう。私はすっかり老いさらばえた。しかしこのまま朽ちることだけは絶対ない。
不意に赤い光が掻き消される。それよりももっと強い光によって。大小多数のサーチライトが空を這う。グライダーの滑空音が聞こえる。あのエンジン音は、小型戦車のものだろう。
私は服を着替えることにした。私の領土に持ち込めた私物の一つを、十何年か振りに出した。昔の服。整髪剤。手鏡は老いを知った時に捨てた。チェス一式。今の服は、これからやることには似合うまい。老いのせいで腰が曲がり、文明の利器無しには己の尻を捜すことも出来なくなってしまったこの私には、若い頃の服は無理な服装かもしれないが、これしかない。
硝煙の匂いを嗅ぐことによって、私は年甲斐も無く興奮していることに気付いた。懐かしい匂いだった。以前は私もあの中にいたのだ。やがて、硝煙の匂いは私の前に訪れ、私は弛んだ頬、かさかさに割れた唇で、笑いを浮かべて見せた。それは目的の達成に一歩近づいた、そのことを喜んだ為の笑いではなかった。古い友人の顔に、私と同じような皺の増加を見て取ったからだった。時は流れ行く、か。残酷な真実だ。私はこの狭苦しい、領地とは名ばかりのノーマンズ・ランドから出ることにした。
私を長らく閉じ込めていた鉄の扉が、ただ二つ三つの操作で以って開放される。悠々と歩くには、少々時間が経ち過ぎていた。友は私を背負うと、やって来た道を駆け出した。通り過ぎて行く戦闘現場。見慣れた顔が幾つも見えた。悠々自適の生活を送っていたこの領土を離れることには欠片も感傷を得なかった。自分の足ではないとはいえ、昔のように戦場を駆けている気持ちになる。失った右目が見える気もしたが、勿論、気のせいだった。
聞き慣れていた短機関銃の銃声とは違う銃声が、私の周りで響く。私の時間が止まっている間に制式採用銃も変わってしまったのだろう。何回もドアを蹴り開けて、何度も戸口を潜り抜ける。そうして着いたのは外界と私が先程まで呼んでいた場所。ヘリが待っていたが、私はそれが私の為に用意されているヘリだと即座に理解することは出来なかった。失った時間の、どれほど長かったことであろうか? ギルドマークだけが、時間の経過に変えられないもの全てに思えた。あのマークの多少は、私の手によって存在するのだと思うと、懐かしい記憶に胸が締め付けられる。タラップを上がりシートに腰掛ける。ベルトは私が着用する前に私の戦友が手ずから付けてくれた。
私が領土と呼んでいた場所から次々と、私をそこから出す為に戦った者たちが出て来る。彼らは私と同じようにヘリに乗り、舞い上がる。急激なGは老いぼれの体に辛かったのだろうか。気分が悪かったが、しかしそれも大空を縦横無尽に飛び回る感動に比べれば軽いものだ。ヘルメットを外した装甲服を身に着けていた私の昔の戦友は、彼の体を防護するそれの締め付けを緩めた。彼の癖だ。直ってないらしい。
「これで三十二年前の借りはきっちり返したぞ」
ぶっきらぼうに彼は言い、私は頷いた。私が自由を求め、手に入れる為にしたことは三つだ。彼に連絡を取ること。彼にこの場所から、私を連れ出すのを了承させること、そして待つこと。それらは彼が私に対して作った大きな借りと引き換えに行われた。故に彼は最早、この私と同じく自由であった。
私はこれからやることを考えた。幾らかの有益な情報が私の耳に届いている。興味深い科学の進展も、だ。例の赤い星が煌く。私はその星をちらと見たが、もう何とも思わなかった。さて、行うべきは次の行動だ。世界の黄昏を見に行こう。
* * *
その知らせが届いたのは遅かった。事件が発生してから、五日が経って、やっと彼の耳に入ることになったのは、致命的なことであった。それでも彼は、正確に言えば彼ら六人の男たちは、まだ対処に間に合うと考えていたので、円卓を囲んで対策を話し合っていた。
「今すぐ彼女を殺すか、あの牢獄に連れ戻すべきだ」
一人が言う。すぐに、それへの反論が述べられる。さっきからその繰り返しばかりだ、と全員が思っていた。新たな情報も無い。
「一体どうして彼女が今更脱走を企てたのか分からないことには、我々の動きようも決められまい」
溜息が漏れて、会議が踊り呆けていることへの失望も次第に明らかになる。一人が席を蹴立ててその場を後にすると、ほぼ全員が倣った。
但し、この場で最も若い男は、席に腰掛けたまま天井を眺めていた。彼はその椅子を、つい最近得たばかりだった。彼は野心に燃えて、古くからの者が慌てふためく状況を打開することにより、彼の立場をより向上することを考えていた。先程までの会議のことを考え、彼よりも早くこの円卓を囲むことに慣れた男たち──クリミナル・ギルドの幹部たち──が何故そこまで一人の女を恐れるか調べよう、と決める。そうとなれば彼には若さという武器があった。老練さの代わりを、それが果たしてくれるだろうと彼は常々考えていた。部屋を出て、彼が幹部の一人になろうとした際に、色々と手助けをしてくれた古参の幹部の元へと向かう。彼は彼の私室で見つかった。
「お前に飲み物を出してもてなす必要は無いな?」
「はい。それよりも、こちらの知りたいことを教えて頂いた方が」
「どうせさっきの話だろ?」
ご明察です、と野心溢れる若者は言った。もう八十を超えて九十近いその幹部は、余り気が進まないようだったが、女の話を始めた。それらは、話者の口舌のこともあり、若者にとって胸の晴れるような構成の一大叙事詩であり、かつ、冒険活劇のようであり、そして一種の畏怖もしくは恐怖と共に語られる夜話のようでもあった。半世紀前にある女の成し遂げた偉業とその没落の一部始終は、若者に大きな感銘を与えた。そうして、そのような女の相手を自分が勤めるのだと、殆ど思い上がりにも等しいことを胸に抱くと、彼の心中には非常に湧き立つものがあった。
彼は老人により多くの情報を語ってくれるように頼んだが、それが承諾されるよりも早く、部屋のドアがノックされた。老幹部は手を若人にかざして彼の頼みを保留すると、ドアを開ける許可を出す。二人は、戸口の人を見て、多少の驚きと理解を持った。六人の幹部の一人が、そこに立っていた。それだけで十分だったろう。彼らは部屋を後にして、急いで、先の会議を行った場所に向かった。道中、新たな情報が入ったということを知らされたが、その詳しい話は後にしよう、と言われた。
会議室のドアを開く。残りの三人は既に卓を囲んでいた。だが彼らも、情報について何も知らないようだ。若人は訝しみながら腰掛ける。全員がそうしてから、情報が手に入ったと伝達した幹部が、数枚の書類を全員に提示した。それらには配下の部隊の名前と装備品、それに部隊の現在所在地が書いてあり、ある程度に縮小した星系図も書類の一枚の内に含まれていた。説明を求められ、男は言った。
「クーデターが発生した」
誰も、偶発的なものだとは思わなかった。これは彼女、脱走した彼女によって仕組まれたクーデターに違いない、と思った。飛びつくようにして書類を取り、六人が肩を並べ、顔をつき合わせて、書かれた情報を読み取っていく。見る見るうちに、顔が青ざめた。
中規模国家における軍隊並みの数が彼らに反旗を翻したという意味のことが、その書類には書いてあった。しかも彼らが会議をする場所、つまり、今いる場所に向けて、全反乱軍が突進して来ているという。即座に撤退命令が出された。二、三個ほどの星では、クーデターは、発生していないとの情報もあり、迎え撃つよりは撤退して態勢を立て直す方が安全だと考えられた為である。
五人は部屋を出たが、若い男だけは、残って書類を精読することにした。彼は疑念を抱いて情報を精査した。彼女の仕業だとしても、影響力が大き過ぎる。ギルドは時の流れが早いところだ。半世紀前に存在した人間がやれることとしては、余りにも大規模過ぎる。それに情報漏れが無かった。こう大きなことをするのに、一つもきな臭い話が無かった。今や彼は、それまでの疑念を確信に変えていた。これは偽のクーデターだ。
彼は興奮に震えた。もしかすれば、大きな実績を得ることが出来るかもしれない、と思った。老幹部たちが本物だと信じて疑わないのは、きっと彼女の業績を、間近で見て知っていたからなのだろうと予測し、手近なクーデター発生地とされた星へと連絡を試みることにする。手近と言っても、距離がそこそこ離れていたので、通信を繋げるには少し掛かった。だが通信は繋がり、通信に出た通信士との会話で、偽装クーデターが確定した。男は笑い、半世紀前の武闘派幹部と自分が渡り合っていると信じて、彼は他の幹部たちに伝えることにした。
* * *
私の予想通り、彼らは賢明にも──と自分たちだけで思って──撤退しなかった。もしも彼らの頭が錆付いていて本当に撤退していたら、もう少し面倒になるところだったが、最も私がやり易いようにしてくれた。しかも、私が撤退させる先として選んだ数個の星に向けて、近くの部隊を全部出動させているらしい。となると、彼ら自身の守りは薄くなる。そうすれば私の寡兵でも十分に攻撃、制圧出来よう。
半世紀近く前の借りを返せと迫って、何人が本気にするかと思ったが、案外にもギルドの自浄能力は馬鹿にしたものでないようだ。六名の昔馴染みが返すことに承諾の意を示し、彼らの兵士の一部を組織から正式に追放した上で、私にくれた。計六百名である。この六百名にはちょっとした作業をして貰って、それから至極真っ当な暮らしを営んで貰おうと思っている。多分、六人の旧友は、自身の金で彼らの部下たちにそれ相応の生活を保障することだろう。昔気質の連中だ。これもまた、自浄能力を認める一因である。
六百名の完全武装した兵士と、私を含めた全員が搭乗出来るだけの高速艇。但し小型かつ軽武装で軽装甲。これが、私の持つ全ての力だ。足りないことは無い。彼らの居場所はさっきの昔馴染みたちから裏づけを取っている。襲撃がし易い場所ではないが、だが不落ではない。
『目標を視認。そろそろレーダーの探査圏内に入ります。EMP弾頭、射出カウントダウン。五、四、三、二、射出、今。着弾まで三秒』
音も衝撃も余り聞こえなかったが、耳のいい者は聞き取れるのだろう。本当はHANE……高高度核爆発でも一つ起こしてやろうか、と思っていたが、これは流石に調達に時間が掛かりそうだったので諦めた。今度やってやろうと考えている。偽オーロラも見てみたい。
着弾が知らされて、効果時間のタイマーが作動する。不必要に効力が長いと私たちにとって不便だ。かといって早過ぎると無意味になる。そういう訳で、着陸後、敵の拠点内部に進撃するまでが電子妨害するべき時間だ。私独自の計算方法による算出だと、それは五分だった。
『接地します。ランディング時の衝撃に備えて下さい。接地まで八、七、六、五、四、三、二、接地、今』
接地の感触は半世紀前と変わっていない。いつだって兵隊はこの揺れ、それに地面と機体が摩擦する耳障りな音を聞いて、接地するのだ。地上滑走が終了し、兵士たちが素早く機体から出て行く。途中の大きな衝撃からすると、門か塀を突き崩して、目標とする建物の敷地に突っ込んでしまったようだ。計算通りである。派手さこそ戦闘に一番必要なことだ。爆発、破壊、銃撃、それらの数が派手さを決める。
兵士たちに続き、私も外へと出た。既に戦闘は開始されており、硝煙の匂いが風に乗って私を包んでいた。私が出遅れる訳には行かない。年は取ったが、しかし私は生きている。正しくは、今、蘇ったのであろう。この戦闘の喧騒! 多量の銃弾が飛び交い、跳弾する音! 制圧は順序良く行われていると見えて、入って来る通信は概ね私が期待していたものだった。一部では良く組織された兵士たちが抵抗を続けているが、いずれ制圧されるだろう。放送室を占領した、との報を受けて、私はそこへ向かった。私の探しものの為にだ。あれがなければ戦う気にもならない。あれは私に欠けたものの一つだ。後は期限付きでない優秀な仲間が必要だが、それも当てはある。
放送室のマイクは血みどろだったが、八十数年前ならいざ知らず、今更、血などを見た程度でどうして何か思うことがあるだろうか。
「このマイクは使えるな?」
「イエス、マム。全館放送になっております」
私は宜しい、と言い、それからマイクに向かって、この施設の主である六人の古い知り合いが、対話に出て来ることを望む旨を伝えた。すぐに、放送室への電話が掛かって来て、私は二十数年振りの懐かしい声を聞くことになったが、彼らはそれを喜んでいないようだった。私が久しぶりの挨拶をする間もなく、彼らは私を質問攻めにした。そういうところは以前から全然変わっていないので、安心さえする。
『何が望みだ、何をしようとしている? 時代は流れた。もうお前の出る幕は無いんだ。対外戦争も無い。ギルドは安定し切っている!』
乾いた笑いが出た。ギルドが安定? そんな言葉とは無縁の組織がギルドというものだ。それは私が良く理解していることである。時代が流れたのは分かる。私の手の皺を見れば、嫌でも認識させられる。対外戦争が無い、というのも嘘だろう。いつだって敵はある。だけれども、これらは私のやろうとしていることに何の関わりも無い。私は見たかったのだ。あの時に見たものを。
それが私の望みだ。それだけが私の望みだ。黄昏が見たかった。人も誰も彼も私をも巻き込んで全て巻き込んだ、美しい黄昏時を。
が、無論、彼らは私の言うことを理解しなかった。頷けない話ではない。彼らは私を理解しないが、私は彼らを少なからず理解している。私は狂人であるとされた。これもまた頷けない話ではないので、私は否定しなかった。私は彼らの返却すべき物品を一つだけ挙げた。ここを襲撃した理由と言えば、それを返して貰う為と、後はどうにも不便な私の体を何とかする為だ。私の武器。私の拳銃。私の相棒だ。六人の内の一人が持っている筈だった。数十年前にその一人が私の手からそれを取り上げさせたのだから、そうでなければならなかった。
『幹部を発見しました。南A棟、幹部の一人の私室と思われる場所です。射殺しますか?』
通信機から漏れ出て来る声。射殺など、とんでもないことだ。死人からは何も得られない。何も、何もだ。ましてや私の探しものなど。私はそれを止めさせ、殺さないようにして武装解除しろ、と命じると、南A棟へと向かった。放送室からそこへは、中々の距離があった。そのお陰か、私が到着した頃には武装解除は終わっていたので、待つ必要は無くなった。無駄がないというのはいいことだ、と思う。
六人の幹部たちの顔には、多かれ少なかれ皺などの老いを感じさせるものがあったが、誰もが昔と変わらない顔をしていた……一人除き。
「何だ、随分若返った奴がいるな。アンチエイジングか?」
誰も笑わなかったが、私も冗談で言ったのではなかった。私は彼らの内、私から銃を取り上げた者を指差し、私の銃の在り処を尋ねた。彼は最初答えなかった──テンプレート通りの進み方だ。だから、こちらもテンプレート通りにやった。哀れだ。当分、右腕は使えまい。そういうことを左腕、右足、左足、手の指、足の指と繰り返してやっと、彼の隠し金庫の中に隠してあるということが分かった。
私は彼から金庫の在り処とパスワードを知る為に、数回の努力を費やす必要は無かったが敢えて費やして、それから銃を取り戻した。弾薬は後で調達するとしよう。一緒に私のホルスターも保管してあった。ちょっと感心する。若い幹部に目をやると、挑戦的な目だった。若い頃の私のようだ……ふむ。私は近くの兵士に拳銃を借り、その若者と、そいつに喋らせた最高権力者を残して撃った。四発の薬莢が、床に落ちる。長らく射撃は嗜んでなかったが、やはり腕の低下は認めざるを得ない。年取ったのも一つの大きな理由であることは確実だ。
さてと。
「ちょっと話を聞かせて貰おうか」
それから、私は時間を忘れて興味深く、ちょくちょく理解不可能な言葉の出て来る科学的な話を聞いた。部下に調べさせたりもした。結果として、私が最も求めていたものがこの星にはあるということの確かな証拠と、その『もの』を私は手に入れられるという事実が、明示された。時間を計算すると、明日の今頃、私は私に必要なものの大半を手中に収めていることになっている。なるほど、大変宜しい。
若き野心家の言うところによれば、サイボーグ化というのは、幹部の護身に役立てる為、長らく研究を進められていたことだそうだ。私が独房に閉じ込められている間に、世間は様々な変化変調をきたした。これも、その一つなのだろう。昔は宗教団体がうるさかった。人体パーツの代わりとなる人工物は大昔からあったけれど、彼らはそれも否定して、サイボーグ化などもっての外、とのスタンスだった。
そうすると、ギルドの力は宗教という有史以来それと敵対する統制者が手を焼いて来た、一つの大きな障害を克服させるに到ったのか。これに関する話も聞いてみたかったが、私はそれをぐっと堪えることにした。後からでも間に合うことだ、それは。その代わりとして、急ぐことにする。私はサイボーグになりたかった。視界がはっきりしない。歩くのも一苦労。腰もしゃんとしていない。最早私は老いた。だがサイボーグ技術によって、私は蘇る。生まれ変わる。半世紀前の姿と丸きり同じ、とは行かないが、それも後には手に入るだろう。
次に大切なのが、私の本当の仲間だ。借り物でなく、私に従う錬度の高い仲間たちが欲しい。出来れば同じサイボーグか、それ以上の、要するにアンドロイドの仲間が欲しかった。これも同じように、期待通り手に入る様子だった。サイボーグ研究で得たノウハウを元に、アンドロイドの研究開発を行っていたのである。私はそれらの在り処を聞き出し、私のサイボーグ化手術準備とアンドロイドの確保を、捕らえた若者に行わせた。彼は機敏に動いた。優秀な男だ。多少、自信過剰のきらいは認められるが、若い内は仕方の無いことだろう。
* * *
「はい、コーヒー。ごめんねー、僕ってコーヒー党だからさあ、紅茶は積んでないの。今度、宇宙港に寄った時に買って来るからねー。あ! でも僕のコーヒーも悪くないと思うよ? 飲んでみたらきっと好きになって貰えると思うんだけど、その気にはならないかな?」
世の中には白衣と呼ばれる服があり、業種によってはそれを着用することがほぼ義務付けられている人間もいる。例えば、医者とかだ。そして今、正に私の目の前に湯気の立つ泥水と呼ばれた悪名高い飲み物を、実に嬉しそうに置いた人物は、白衣を崩して着用していた。だからと言って、この人物が医者であると決め付けるのは早い。確かにこの人物、特徴的な喋り方、顔、髪型であるこの男は、ある面、医者と言えないことも無いのだけれども、どちらかと言えば、医者と双璧を成す代表的な白衣着用義務のある業種だと、私はそう思う。
「いやあ、でも凄いよねえ。僕、普段あんまり努力したがらない方なんだけどさ。今回は頑張っちゃった訳なのよ。でさでさ、やっぱ、頑張った結果とかって確かめられた方が嬉しいじゃん! 嬉しいよね? 嬉しくない? まあ僕は嬉しいの。だからここまで来たのに」
ずずず、と自分のコーヒーを飲む男。コーヒーは熱くないと本物じゃない、とまで言い切るくせに、彼は猫舌だと言うことを躊躇わない。まあ、猫舌だけど熱いものが好きです、というのは悪いことじゃないし、納得出来ないことでもないから、別にそこまで攻撃しないが。それよりも私が攻撃したいのは、彼のお喋りなところだった。私も確かに仲間内ではお喋りだと言われたものだ。うるさいとも言われた。例え何があっても喋っているのだろうなどと言われたこともあった。だがこの男は度を越してお喋りだ。はっきり言って、うざったい。
ただ、今の私にはそのうざったさというか、誰かと関わりを持って活動出来るということは逆にありがたかった。独りの時間は寂しく、出来れば二度と味わいたいと思うようなものではなかったからだ。単なる単独行動は、私にとって何の苦痛でも無い。誰かはいるからだ。だけれども、誰かがいないというのは、何処にも私の仲間がいなくなってしまったのではないか、最早私は誰にも存在を関知されず、これからずっとそうであり続けるのではないかという、答えの出ない、不安ばかり煽る自問は、耐え難い精神的な苦痛を私に与えた。それが、私が彼を黙らせない理由だ。誰かが私に話し掛けていてくれれば、安心出来る。精神が安定すれば途端に、煙たく思うだろうが。
「ホント凄いよ、あの娘たち! 口悪い奴は数ばっか多いとか悪趣味だー言うけどさ、もう個々の凄さを挙げられないくらい凄いよね! って何か僕さっきから凄い凄いしか言ってなくて語彙が貧困だなーとか思われて無いかな、いや実際の話にも語彙少ないんだけどさあ」
私もコーヒーに口をつけた。苦い。ミルクは無いのか、と辺りを見回したが、乳製品は一つも見えない。代用品でもいいが、それも無し。冷蔵庫に入れてあるのかもしれない。牛乳やコーヒーに入れる為のミルクなんかは長期間保存出来ないから、だから無いのかもしれない。それはそれとして、苦い。砂糖はあった。紙の筒に入ったグラニュー糖だ。私はそれを二、三本摘んで取って、コーヒーに全部ぶち込み、一緒にあった使い捨てらしいプラスチックの棒で掻き混ぜた。これでほんの少しだけマシになったのだろうけれど、苦いのに甘いという、良く分からない味になってしまった感もある。男は人の飲み方に文句をつけて来るタイプではなく、一人で騒ぎながら飲んでいた。
彼は暫くそうしていたが、やがて彼のカップの中に入った泥水が無くなる頃、遂に私にその留まることの無い言葉の奔流を向けて来た。
「うーん、コーヒーは嫌いかい? やっぱやっぱそうだよねー、紅茶が好きな子って大抵コーヒー嫌いなんだよねー、君もそうなんだ。それともあれかな、お姉さんたちのことが気になって飲んどる場合かーッ! なのかな? おかしいよね、もう起きてる筈なのに、お寝坊さんだよねえ、君のお姉さん! って、こう言っちゃなんだけど僕の娘ってことになるのかなあ! かなあ! 独身だけどね! ホーント、あの娘らったら、相棒がこんな心配してるのに駄目なお姉さんたちだよ、ノネットも、ニグリティアも! ね、そうだろ?」
「私との関係を知っているということは、お姉様の記憶を覗き見しましたね」
「うん、父親としては、娘がどんなことやってるか気になっちゃうからさ、ちょっぴりね? ほんのちょっぴりだけ見させて貰ったよー。ごめんね?」
反省の色は見えなかったが、この男──私たち、ギルド製アンドロイドの開発プロジェクト主任がここにいるお陰で、お姉様たちは、再び体を得ることが出来たのだ。つい昨日のことになる。昨日、私とお姉様たちにとっては敗戦の日だ。ただ、ニグリティアお姉様は、忌まわしいとも何とも思っていないだろうが……敗戦には違いない。お姉様がその褐色の肌を赤く濡らし、膝を突いて彼女が倒れた日に、そしてもう一方のお姉様の白い肌をも赤く染めた日に、私だけが五体満足意気消沈の状態で残された。私は黒いベレー帽を脱ぎ捨てて、リュックサックの中に押し込むと、一本のナイフを犠牲にしながら、私が慕う姉の首を掻き切り、リュックへと収納せねばならなかった。もしかしたら彼女はそれを望まなかったかも、とは、何度も考えたことだ。特に、ナイフが折れた時は強くそう思ったものだった。
だが私はそれでもほぼ自分の為だけに、彼女たちの最も重要であるとされる部分を確保しようと決意していた。目を撃たれたお姉様が、そのまま倒れて死んだと私が思った時。あの時、きっと私も同じように死んだのだろう。あの瞬間以来、私の感情は凍りついていた。後は苦痛だけ。私はコヨーテたちを欺瞞し、偽情報を流して陽動し、嵩張る短機関銃を投げ捨てて、しかしお姉様の銃は離さず、逃げた。
私は逃げ続けた。十二姉妹が私の姉妹たちを仲間にしたと情報が入ったのは、予想外のことではなかったが、面倒が増えたのは確かだった。十二姉妹のフェブラリーの探査網に引っかからないように、敢えて姉妹たちが多く活動する場所に移動して撹乱したこともあった。今までの間、私はそれを続けた。そうして、最終的には宇宙港にまで潜り込み、脱出用舟艇を奪い取ろうとして、この男を見つけた。
と、言うよりも、見つけられたの方が正しい。如何なる方法を用いたのかは後で説明されたが、私は彼により発見され、彼の船に乗った。彼の船は中型船と言うにはおこがましい大きさなので、小型船と呼ばせて貰うが、分類的には中型になる。エンジン性能で判断する為だ。因みに、小型快速船を一つのジャンルとして存在させるなら、そう呼んだ方がより正確である。さて、この船は特別なところがあった。一つは個人的趣味により、ただでさえ快速であるこの船は、燃料の大量消費によって恐るべき加速が可能であった。だけれども、通常で一時間から一時間半の航行を可能とする燃料をたった数分で消し飛ばしてしまうというのは、人を閉口させる勿体無さである。
加えて、アンドロイド用設備があった。これは私たちにも使えるもので、そんなものがあったので私は彼をこちら側の人間だと認識した。その予想は実際と合致しており、故に私は一縷の望みに賭ける度胸を披露した。二人の頭部を彼に渡したのである。復活の望みを託して。私が相棒である、ニグリティアお姉様。その良き友であり、マルチアーノ十二姉妹のジャニアリーと相打ちになった、ノネットお姉様。
二人のボディはこの船に備えてあった。交換用の設備も、前述の通りあった。尚かつ、彼は交換を二つ返事で引き受けた。よって私は、彼女たちの復活を期待する権利を持った。
が、私は喜ばなかった。私が喜べるのは恐らく、彼女たちの完全な姿を見た時だけだろう。ボディは既に接合した。電源もオンラインになっている。二人共、死んではいない。ノネットお姉様はその体を戦闘によって大いに失い、負荷の増大で機能停止に追い込まれただけだ。体と電源さえあれば、元通りになる。ニグリティアお姉様は──私は彼女が生きている、と聞いた時、嘘ではないかと思ったものだ。でも事実だった。お姉様は目に銃弾を受けて死んだ、そう思ったが、目に銃弾を受けて、それを目の奥の装甲板で受け止めたらしかった。ならば何故彼女が倒れたのかと言えば、拳銃弾の直撃の衝撃に人工脳が耐えられなくて、人間で言えば気絶状態になってしまったということだった。何とも情けない理由である。気絶ならいい加減起きてもいいと思うものだが。
かくして、私の姉は全員、無事にあの戦闘を生き残っていた。私は言うまでも無く、大した傷も受けずに、稀なる幸運にも生き抜いた。私の友人や、他の姉妹たちには、そこまで幸運でもなかった者も多い。そのことを考えるといつも、私は私の信じ難い幸運に感謝した。
「あ、一時間経ったねー。えーっと、前回僕だったから、今回の確認は君だね。あはは、壊れて無かったらここでも確認出来るんだけど、この前モニタがちゃーんと映んなくってねえ、スパナで引っ叩いたら壊れちゃったの。おっかしいよねえ? だってMADE IN RUS……」
話を聞き流し、私はお姉様たちのボディに何か異変が起こってないかを調べに行った。何分、お姉様たち(特にニグリティアお姉様)は、安定した技術で構成されてはいない。だから、ボディ交換中に何が起こっても不思議ではない。場合によっては死をも呼ぶ可能性がある。従って、私と彼は一時間毎に、ベッドの中の二人を確認し、機器を確かめ、それから私の場合にはすっかり機嫌を悪くして戻るのだった。
今回も前回の結果と変わらない。寝息を立てることも無い彼女たちは、すっかり止まってしまったようにも見える……死んだようにも。私はニグリティアお姉様のベッドへ近づいて、彼女の頬に手を当てた。暖かい。人工脳を新しい頭部へと移し変えた為、ヘアスタイルが、以前と同じものに戻ってしまっている。上手くカットするのに費やした時間を考えると、やるせない。
ぺちぺちと頬を叩いてみる。こんなことは、彼女が目を覚まさないでいる今くらいしかやる機会が無い。ぐに、とつねるが、無反応だ。私は何を考えていたのか、さっぱり自分でも分からなかったが、彼女のお腹に顔を埋める。別に、泣き出したくなったのではなかった。心乱れたのでもなかった。甘い匂いがして、柔らかい肌が私の頬に触れる感触を認識する。寝ている人間、正しくは人間ではないが、人間の形を取るものに、第三者が服を着せることは難しい。その都合上、彼女たちは限りなく全裸に近かった。彼女らが目を覚ました後のことを考えて、私は、最低限下着だけでも着用させておくべきだとして、それを実行したが、後は着せることを諦めていた。面倒臭かったのが第一因である。
それにしても、やれやれ。いつまでも眠っているのでは、苦労も無意味になってしまう。それは許せないことだ。早く起きればいいのに。頬を離して、彼女らのベッドサイドにあるパイプ椅子に腰掛けた。何もする気が起きない。待ち続けるのは苦手だ。嫌いでありさえする。
私は眠ることにした。このところ眠っていない。そもそもアンドロイドに必ずしも休眠が必要なのか、と言われれば困るけれども、これまで作って来た生活のリズムが狂っているのは矯正するべきであろう。何かに体を預けようとして、手頃のものを見つけ、預ける。ニグリティアお姉様のベッドは彼女の匂いが薄く付いていたが、本人が鼻先にいるのでその香りの方が私の感覚には捉えられ易かった。
目を閉じる。数時間ほど眠って、私が次に起きたら、また彼女たちが話をし、笑ったり、怒ったりしていればいいと、心から思った。すぐに、感覚が途絶えて行く。私の眠りの中において、今日は夢を見ないようだった。
* * *
十二姉妹隊において生き抜くのに必要なものは、ギルドから離反した今も、その前も不変であり、フォート・マイナーの歌ではないが、十パーセントの運、二十パーセントの技術、十五パーセントの濃厚な意思の力、五パーセントの喜び、五十パーセントの痛み、である。前三つに説明は必要あるまい。五パーセントの喜び、それは勿論、戦友との楽しい一時であったり、姉妹との楽しい一時であったりする。そうして五十パーセントの痛み、これは、人間としての尊厳に関わるものだ。感じるべきものだと思っている。まあ、これは人によって、値が増減したり或いは全く無くなってしまうこともあるが、それぞれの考えは尊重されるべきであろう。自分としては半分が丁度いい。
我々は人を殺す。ある時は己の指を動かすことでそうするし、ある時はただ一歩の前進を重ねるのみで、相手を死に追いやることになる。まるで我々のルーツであるあの星で、大昔、ある国の皇帝が行軍のみで一国をも屈服させえたように。我々は、半ば日常的に人を殺す。それに何も感じなくなってしまうのは、俺が最も恐れている未来だ。かと言って任に支障が出るようになるのも、また恐ろしい未来だ。ある一人の戦友は言った──どうかしてる、と。彼が引き金を引く時に何を考えていたかは知らない。何も考えなかったのかもしれない。もしそうだとしたら、彼と自分は似ているのだろう。任務内での心構えに関しては。任務が終わった後のことは、彼とは全然違うけれど。
何にせよ、人生の中で、人と人の意見が違うことは、仕事の中に殺人が含まれる確率以上に頻繁に発生する事態だし、それに、もう、彼と意見の衝突をさせることも無いだろう。彼は彼の戦争を終えた。彼は最期の瞬間まで戦い抜いた。彼の近くにいたから分かっている。ユーリー。時折、彼がいないディッセ隊が酷く寂しく思えることがある。意見の違いは些細なものだった。後任は元副小隊長が入ったが、ただただ、小隊長としての経験が足りない。ジューン隊の小隊長であるアレンも、指揮官として働けないほどに負傷し、治療中と言う。次の戦闘までに間に合えばいいが、指揮系統の不都合はとても大きな問題だ。解決には、訓練、訓練、引き続きの訓練をするしかない。
新たな戦友たち、あの時の呼び名で言えば『年末型』の訓練もまた、急務である。メイ様は痛く彼女らを気に入っており、それ故にこそ、彼女たちが教えられた戦い方が気に食わないようだ。彼女らは内戦地帯での少年兵のようにして戦う。命とか生きるということに関し、あの娘たちは何も知らない。彼女たちをある程度の間、それを任されるに値する類の姉妹兵たちとペアにさせて生活させてみたりとか、近い将来にはそういったことも必要になって来るだろう。まさか間違いが起こるようなことはあるまいが、今の彼女らは余りに閉鎖的だ。それなりに雑談や世間話にも応じるし、誘えば場合によっては食堂で一緒に食事をすることも出来るが、まだまだラインを引かれている。十二姉妹たちには、彼女らの姉と同じアンドロイドであるということを理由にか、それとも自分たちと同じアンドロイドという考えか、我々姉妹兵へ向ける親しみよりも強いそれを抱いているようだが、十二姉妹隊では十二姉妹にのみ従っていればいい、という訳では無い。
彼女らは間違い無く、我々と全く変わらず、笑ったり泣いたり怒ったりすることが出来る。単に、そうする為に必要とされる経験が、これまで少なかったか無かっただけのことなのだ。これは、時間と生活が何もかもを解決するであろう、という意味も内包している。だがそのような余裕を得ることは、およそ現状を顧みるに九割九分、諦めた方が良さそうだ。我々は幾度と無く戦わなくてはならない。独立を勝ち得るか、もしくは自分か、自分を含めた全員が死に絶えるまでは、戦い続けなくてはならない。
それは我々が選んだ道だ。最低でも、自分はそうなのだと認識している。自分で、こうして十二姉妹やその配下の兵士たちと勝ち目の薄い戦いに身を投じることを、完全に、誰から求められたり強要された訳でも無く、決定したのだと信じている。そうではない兵がいたなら、そいつとは共に戦えない。後ろの守りは信頼出来る奴に任せたいというのは、贅沢な願望では無いだろう。尻を撃たれそうな時、後ろにそんな輩がいたら最悪だ。
その点、年末型……この呼称は本来禁止されているのだが、便利なので口には出さないで使う分には許して貰っている、は、最高である。彼女らは言い逃れのしようがなく、またそもそもが、そうすることもない。戦場の相棒としては、悪ふざけへの理解が少ないが、中々だ。尤も、あの二日間の戦いの、更に限定された時間しか、共闘したことは無かったが、それでも分かる。流石、と言っていいのか不明だが、まあこれも許して貰うとしよう。流石は、我らが以前の強敵である。コミックでは敵が味方になると弱体化しがちだが、これは現実だ。強い敵が味方になった。大変心強いことではないか。後は、さっきの通り精神面での成長が期待されるのみである。幾人かは兆しがある。
例えば、一人の年末型の例を挙げる。が、彼女には彼女が自分で決めた名前があるからそれで呼ぶことにしよう。何だか申し訳が無いし。彼女の名前はステア・ヒート。小麦(wheat)を導く(steer)だって? と最初は思ったが、好きなコミックか何かから取ったんだろう。これも彼女の個性というか変な点の一つだが、彼女はフルネームで呼ばれるのを好む。でも他の隊員は普通にステアだのヒートだの呼ぶ。それをステア・ヒートは許すのだが、不思議なことに俺が彼女をステアとかヒートと呼ぼうものなら、訳アリでなければ無視される。しかも、年末型たちの中では人懐っこさナンバーワンだ。誰にでも好意的(あくまでも年末型たちの中では)に接する。変り種である。
彼女いわく俺と彼女はあの二日間続いた闘争の中で、戦ったことがあるらしい。一人の敵として相対したことがある、とは彼女の言だ。ジャニアリー隊の俺は年末型たちとは殆ど戦っていないのだが、彼女は、北部戦線からの救援隊として駆けつけた俺やセプ隊小隊長と、鉛弾の応酬を交わした五人の彼女らの一人だった。それが正しいかどうかということは疑う必要は無い。彼女たちは嘘をつかないし、それに彼女は、俺が搬入路のT字通路から顔を出して接敵を知った時の表情を真似して見せた。ご丁寧に仲間たちの前で。爆笑だった。激似だそうだ。彼女の素晴らしいパフォーマンスのせいで、一番嬉しくない形で、俺は真実である確信を抱くに到った。いつか復讐する。
それで、何人かの姉妹兵と撃ち合った中で、その顔の為にか、俺は彼女の記憶に強く残ったのだろう。ことある毎に彼女は遊びに来る。俺の部屋、俺たちのジャニアリー隊に割り当てられた部屋にだ。部屋と言っても、隊員の半分か三分の一がそこで生活出来る大きさで、だからプライバシーとかいう気の利いたものは一切無かった。俺は容赦なくからかわれた。シルバースター、ヴィクトールにも言われた。あいつめ、ジャニアリー様を狙うライバルが一人減らせると思ってやがるに違いない。一緒に戦い抜いた戦友も、時には敵に回るものだ。
このような理由で、俺は彼女が来ると外に出るようになった。それを見たジャニアリー様は教育に努めていると認識し、褒めてくれた。実際、彼女の教育になっていると思う。良くないことも問題にはならないことも、彼女には姉妹兵のする遊びの数々を教え込んだからだ。一般的なゲーム、トランプやボードゲームの類から、多少危険な遊びも教えた。ナイフキャッチボール等、一応は規則で禁止の遊びだ。練習に付き合った結果、俺の体には何筋かの擦過傷が生まれたし、教えない内から賭けトランプをやりだし、バレて怒られたりもした。
何故バレたのか。それはステア・ヒートの余計な考えに起因する。簡単に説明すると、フェブ様に通信し、艦内カメラハッキングを依頼、そして回線を繋げて貰って対戦相手のカードを見ようとして、極めて順当な流れで、エイプリル様への通報という結果を招いたのだった。
通常、これらの賭博は、直接見られない限り叱責されることは無い。やることが無い日には、博打ぐらいしたくなるってものだからだ。しかしながら、見られてしまった場合、俺とステア・ヒートがそうされたように、奉仕活動他の色々な罰を受けなくてはならなくなる。ステア・ヒートは暇潰しを探していただけだったから、奉仕活動もそれはそれで楽しめたようだったが、俺はそこまで楽しくも無かった。いやはや奉仕活動をさせられるなどハイスクール以来だ。懐かしい想い出をつい蘇らせてしまう。まだ十五年ほどしか経っていないのか。全体を通して見てもそう長くない人生でも、何が起こるか分からないものである。あの頃の自分がどうしてこのような未来を描いたろう。クリミナル・ギルドの戦闘員になり、精鋭部隊に入り、命を懸けた戦闘を潜り抜け、一端のベテランになり、娘がいたら同年代だろうか、と思わせるような外見をしたある少女の教育係になる未来? どんな未来だ、それは。この二割でも、同じことを想像する奴はいるまい。ましてや、そんな未来を現実化してしまった男が、正に今、ゴム弾装填の短機関銃で撃ちまくられてぶっ倒れているなんて、誰が考える?
「ジャニアリー隊、ハンス、戦死!」
模擬訓練の監督官を勤める姉妹兵、エイプリル隊小隊長の女が言った。彼女の隣にはエイプリル様と、ジャニアリー様が並んでいる。無様な姿だな、俺は。他の仲間たちは、仮想敵であるANS、つまり年末型たちの隊名ANNI-NOVI-SORORの略称だが、彼女らと合成ゴムの弾丸を撃ち合っている。ゴムだから死にはしないが、当たれば当然痛い。エイプリル隊とジャニアリー隊の混成隊は、現在のところすこぶる優勢だった。俺は単に、ステア・ヒートの仕掛けて来た似非少年兵的戦術の犠牲になっただけなのだ。
彼女は今、俺を引き摺って障害物の横に転がし、壁代わりにしている。俺も良くやる手だ。跳弾を防ぐことが出来る。実弾は貫通することもあるが、一度人体を貫通したような銃弾に恐れを抱くことは無い。装甲服があるのだから、銃弾はそれに弾き返されて地面に落ちるだけである。
五十口径他威力のある銃で撃たれたのなら別だが、そうでないなら、大いにその防弾性能を発揮してくれる。だがステア・ヒートは、そういう実際的理由からではなくて、俺とお喋りして暇潰しをしようと思いついたみたいだった。その証拠に彼女の銃撃の頻度が減って、次はどんな遊びを教えるとかどんな面白い物を見せるとか、俺が貸したコミックや本などの感想を聞かせるばかりになったからだ。監督官が見過ごすとは思えなかったが、俺の位置では彼女らがこの様子を監視しているのかどうかすら分からない。ヒヤヒヤものである。
「それでですね、やはり私の考えではこの戦争に勝利を求めるならば、静止的休止期間を生じさせることは避けるべきだと思うのですよ」
「またリデル・ハートなんて読みやがって。もっと違った本を読んだ方が足しになる」
弾丸が辺りを飛ぶ音がして、身を縮こまらせる。私見だが、ゴム弾はただ撃たれた弾より、物に当たって跳ねた弾の方が数段怖さで勝る。多分ゴムだから跳ね易いのだろう。このような装甲服無しの模擬訓練時、跳弾が股間に直撃したことがある。あの時は涙も出なかった。
「じゃあ、オススメの本を教えて下さいよ。あなたがどんな本を好むのか、興味もありますからね。ポルノでも私は怒りませんよ」
「十二の坊主じゃあるまいし……それにポルノは持ってない。お前の教育係に正式になった時、ジャニアリー様の命令で一掃されちまったよ。ま、持ってたとしても貸さないけどな」
表情の変化を中々見せないステア・ヒート嬢は、近頃やっと分かるようになったが、不満を示す顔をした。眉を僅かに動かしただけだが。それから彼女は何らかの反論を企てようとしたのだろう。腰を上げて姿勢を変えようとして、うっかり障害物から頭を数センチ出した。後は簡単だ。狙撃を受けた彼女は俺の横に転がった。あーあ、と俺は言ってやった。すると、彼女は俺を蹴った。ガキかこい……ガキか。
* * *
「では、皆さんお揃いになられたようですので、第二十一回ロマノフ・ギルド会議を開始したいと思います。今回は──」
青年がそこまで言ったところで、会議室の会議用机前に腰掛けている男と女たちの中の一人が、手を挙げた。それだけで彼の意を察し、言葉を止める。手を挙げたのはここに集まったギルド幹部たちの間では、上から二、三番目の実力者として知られている男だった。自然な流れとして、注目は彼に向けられる。彼に向けられた視線は、決して温かいものではなかった。敵愾心を孕んだ視線だった。
端的に言って、彼は疑われていたのである。ギルドが宇宙全体を掌握していると言っても過言ではないこの世界でも、特に力が強い星、それが惑星ロマノフである。そういった星の性格と、資源的、星の大きさ的な理由から、重要な研究をするには一番の星とされていた。彼は正に、ギルドにとって重要な研究をしていたのである。
マルチアーノ十二姉妹の名とその実力を高く評価した彼は、資財を掻き集め、ロマノフ以外の星ででさえ、研究者たちを募集した。またマダムを失った後、マルチアーノ十二姉妹が独立戦争を起こし、クーロンでパスクアーレ・G・ペトルッツィ率いるアンドロイド兵を含んだ粛清部隊と戦い、ペトルッツィが行方不明になったと知るや否やすぐに、彼の研究スタッフを引き抜こうと行動を始めていた。この動きは彼が思った以上に他の幹部たちに反響を呼んだ。
ギルドは運命共同体だ、というのは、幹部たちが好んで使う言葉である。けれど実際のところ、その言葉が真実であったのは、ギルドの歴史の中では極短い期間、ギルド成立からたった百年も継続しなかった時代の中でのことであった。彼の立場を狙う、より権力の弱い幹部たちは、少なくなかった。そのような者たちは、彼のアンドロイド研究に警笛を鳴らしたがり、この会議も、そのことが理由で開かれることとなったものだった。
「単刀直入に行こう。私は疑われているのだろう? アンドロイドの兵隊で、諸君らの地位を脅かし、この星を我が物にするのでは、と」
「そこまでは言いませんがね。幾ら何でも、あなたのこれに対する意気込みはおかしいくらいです。ある情報では、既に開発に成功し、量産に入ろうとしているとも言いますしね。言っておきますが、我々はこれまで我慢強く提案した筈ですよ? 共同研究することを」
疑われていた男が、大きく肩を竦める。
「共同研究して、成果を何等分にもされるのを、おめおめ見逃すとでも思ったというのか。機密が漏れ、統合政府の強制捜査を受ければ、アンドロイド研究の成果のみならず我々自身の命も危険にさらすということが、君には分からんのか。引退した方がいいな、ライマー」
「ま、何とでも言って下さいよ。僕はロマノフの安全を守りたいだけなんですからね。では、本題に入りましょうか。簡単な話ですよ。我々はあなた、ルスラン・アントニオヴィチ・リチェンコに、アンドロイド研究の成果開示と、共同研究への漸次移行を要求します。あ、資金や人材なんかは心配しなくてもこちらですぐ用意しますので。ちゃんと協力するつもりですよ、形だけじゃなくてね」
ルスランは、このどうしようもない愚か者を今ここで射殺したく思っていることを、素直に心中で認めた。その上で彼は深呼吸し、辺りを睥睨した。二人の権力欲にのみ取り憑かれた女幹部。四人の打算的な男幹部。彼は考えた末、己の命の為にも、案を受け入れて、ギルド幹部会の管轄下に彼の一大プロジェクトを置くことにした。
但し彼は自分のプロジェクトであることを強調するのを忘れなかった。彼の言葉を操る技は卓越したものであり、たった数十行の文が記された書類中に、彼のプロジェクト主導が認められるべき理由四つと、他にも彼無しにプロジェクト遂行が不可能になるような意味の文を、随分後になるまでそうとは知らせないまま、書き加えさせたりした。その為に、彼をあわよくばプロジェクトから追い出し、取って代わろうとしていたライマーの目論見は潰えてしまい、彼を悔しがらせた。
会議が終わり、幹部たちは会議室を出る。ルスランは一刻も早く自邸に戻りたかった。アンドロイド共同研究や情報開示に備えて、隠すべきものと隠さずにおいても良いものを選別しなければならないと思ったからだった。その背中に、ライマーが声を掛ける。ルスランは歩みを止めなかったが、ライマーも政治上の敵の話を聞く為に足を止めて振り返り、にこやかに近づいて来てくれるだろう、などと考えはしなかったので、彼は足を速めて、ルスランに並んだ。
二人とも同じくらいの背の高さなので、ライマーは横を向き、彼のいつものやり方でルスランへのプレッシャーを掛けることにした。彼はあれこれと友好的に見えるだけの態度でまくし立てたが、老練な男はそれで騙されはしなかった。会議のあった建物の玄関まで来て、待たせてあった車に乗り込む。エアコン嫌いのルスランは、いつも換気を理由に車の窓を開けていた。それを利用して、ライマーは窓に首を突っ込む。
これは効いた。むしろ、効き過ぎた。迫り上がる窓に、顎と頭頂部を挟まれる。痛さと圧迫で声も上げられないライマーを見て、ルスランは笑い、自分より若い男に言った。
「どうやら君は俺を蹴落として幹部連中に自分の実力を見せ付けたがっているようだが、それで仕掛けたことがこれかね、青二才め。覚悟しておくがいい、ライマー。君と俺とは父と息子ほどに年齢が離れていることは知っているだろう? 経験の差を見せてやる」
* * *
目を覚ます。記憶が混濁していた。寝起きに良くある症状だ。私は朝の一杯と称される冷水を所望し、己の手でその願いを叶えた。辺りを見回す。ここが何処かはすぐ分かった。病室だ。でも、今の私は昨日の私よりも健康であるだろう。頬を自分の手で撫でてみる。私はその感触に頷いた。それから、病室には大抵あるだろうナースコールを探し、押す。押してから、私は何も着ていないと気付いた。これは良くない。幸い、私が目を覚ましたベッドの足側の柵に、薄緑の病人服があった。手早くそれを身に纏う。
着終わった頃に丁度、人がやって来た。私は彼を出迎え、病室を出た。足取りが軽い。肩の重みも無い。そう言えば、遠くが良く見える。廊下の遠くにある、医療ポスターに目を凝らすと、驚いたことに自動で拡大された。細部が読み取れて、感動してしまう。サイボーグとは何と便利なことか。
後は仲間のことをどうにかするだけだ。以前の借りを返す日もかなり近い。私は先に仲間のところに行きたかったが、それよりも先に、医者に掛からなければいけなかった。私は八十六歳だ。そんな高齢者のサイボーグ化は例が無いらしい。それはそうだろう、と思う。サイボーグ化自体が、そう頻繁にあることではない。ましてや私のような老婆に施術した例など、あったら驚きだというものだ。私は私の老いた体がそれでも手術に耐え得る力を残していてくれたことを感謝した。手術前、危険性について散々知らされていたからだ。
頭から爪先まで検査されて、やっと解放されたのは二時間後だった。しかし私は疲れていなかった。私の仲間の眠っている場所へと向かう。ふむ、眠っている、というのは正しくないかもしれないし、正しいかもしれない。私は正しいと思う。私の仲間は──十二姉妹のデータを元に、新たに作られたアンドロイドたちは──円筒型の水槽のようなものの中に、目を瞑って入っていた。水槽の中には液体が満たされていた。研究者はそれがどのような働きをするか、頼みもしないのに語りだしたけれど、私は彼らの口を止めさせて、目を覚まさせようとした。すると彼らは言ったものだ。
「だから、人の話は聞かなくちゃあならんのです! 彼女らは一度も目を覚ましたことが無いんだ。今、初めて目を覚ますに当たって、起動可能かチェックしたり、エラーを起こす危険性を調べたり、起動した途端に狂乱状態になりやしないか確かめなくっちゃ、危なくって起こせやしないでしょう! さっきからその話をしてたんじゃあないですか!」
彼のその剣幕には、私も引っ込まざるを得なかった。仕方ないので、彼らの気が済むまで調べさせることにして、私は自分の体が一体、どれほどの動きを見せてくれるのか、どのような点で人間とは違うのか、実際に確かめてみることにした。説明はある程度受けたが、未だに照準システムが把握出来ない。こればっかりは実地で慣れるしかない、とも言われたし、久しぶりに射撃訓練でもしてみよう。
私のコンテンダーと適当な弾薬を持って、射撃場に使えそうな空き部屋を探す。倉庫に行ってみると、適切な広さだった。弾を込める。一発銃だと言われても、私はこの銃が気に入っていた。その理由としては、第一に、構造が単純なので安心して使える。第二に、大体どんな弾でも撃てる。バレルさえ取り換えればだが。そして第三、精度が高い。コンテンダーの名前の通り、競技に使われる精度なのだ。本来からしてその為に開発されたものであるが、精度が高いというのは一発しか撃てないという制約上、何よりも大切なことになる。
全盛期には、どんな的でも外す気がしないほどだった。時間が経ち、部品にもガタが来ているだろう。早めに修理しなければなるまい。どうせだからオーバーホールして、内部の部品を総取替えした方がいいだろう。信頼性もそちらの方が高まるし、状態は万全にしたい。でもその前に、病人服から着替えたいものだ。そうだ、昔の服を着てみよう。大切に取っておいたから、昔のように着こなせる筈だ。
サイボーグにする時、フェイスパーツは仕方なく何処かの誰かの為に作られたパーツを使ったが、それ以外は私の体に合わせさせた。私の昔の写真から、現在完全に私に合わせて設計されたパーツも製作中だそうだ。楽しみなものである。私はふと前の体が何処にあるか、気になったが、どうせぞっとしないことになっているんだろうと思えたので、所在追求は止めておくことにした。これは大正解だった。というのも、後に研究員らの話で、サイボーグ化した人間の本当の肉体がどのように『処理』されるか、そのプロセスを聞いたからだ。
私は意気揚々とかつての私が着込んでいた服を身に付け、別に寒くも無かったがコートも着た。若返ったからか煙草か酒が欲しかったが、そのどちらも一時的に禁止されていたので、私は諦めざるを得なかった。倉庫に引き返し、弾を込めたコンテンダーを使う当てを探す。それが見つからなかったので、私はまた倉庫を出て、的探しに出かけなければならなかった。コイン数枚と酒の空き瓶を大量に持って、倉庫に戻り、瓶を並べた。一発一発撃っては手で排莢して、込め直す。
片っ端から撃った結果から推測して、腕は戻っていた。銃さえ修理すれば、全盛期並みか、全盛期を上回る射撃精度を得られるだろう。最後に、私は数本の瓶の口にコインを立てた。器用な方でないので苦労した。サイボーグも、手の感覚だけに頼っては手先の器用さの向上は無いのだと知る。じっくり目も使って角度や重量計算をしながら立てると、容易かった。
弾丸を込める。良く狙う。一、二、発砲。弾丸がコインを弾く音がする。銀色の丸が宙を舞う。私は次を狙いながら思った。……良し。五、六枚を吹き飛ばして、コインが無くなり、持って来た瓶も全部粉砕したので、再び的を探しに出かける。平皿があったならば、それが好みだったのだが、見つからなかった。
そうこうしている間に研究者たちは大急ぎでチェックを終わらせたのか、放送室から、私を私の部下たちの前に呼びつける言葉が流されて、私は喜んでそこに行った。研究者たちは、気乗りしない顔で私を待ち受けていた。
「やあ、どうしてそんなにぶすっとした顔をしているんだ、少年?」
* * *
眼を覚ますと、肩に布切れが掛かっていた。因みに私の意見としてはこれは布だが、私の創造主の解釈では、これは毛布に値したらしい。
私は目を擦って欠伸をした。何時間眠ったのか確かめたが、それは重要なことではなかった。ベッドの中から、温もりだけを残して、お姉様が消えていた。艶やかな褐色の肌を探して、私は首を振り回す。何処にもいない。この部屋の何処にも。では、別の部屋なのか?
こうしてはいられない。ノネットお姉様がまだ眠っているのを確認して残念だったが、しかし片方が目覚めたなら、残りもすぐだろう。理由の無い考えに支配され、私は部屋を飛び出た。飛び出て、途端に何かにぶつかった。だが私は跳ね返されず、それをがしっと掴んだ。倒れる時間も惜しい。体を離すと、それはコーヒー好きの創造主だった。私の頭がいい具合に入ったらしく呻いている。それを尻目にし、走る。距離を取ってしまってから彼に居場所を聞けば良かったと思ったが、遅かった。まあ、いい。私は片っ端から船内を検めて行った。ブリッジからトイレまで。しかし、お姉様は見つからなかった。
もしかすると寝ている間に宇宙港にでも入り彼女は外出中なのかとも考えはしたけれど、ブリッジに到着した時点で私はその仮説を否定することになった。外はばっちり宇宙だ。散歩好きのお姉様でも、まさかこの中を装備無しに泳ぎたがるとは思えない。宇宙にはエーテルが満ち溢れていると真顔で力説していた彼女でも、それは無い。無いと思う。その程度の科学知識は詰め込まれた筈だ。それがアンドロイドのいいところで、つまり人間のように労することなく学べるのだ。
だが対人、対アンドロイド関係の構築は、単なる知識の吸収で何とか出来ることではない。時間と、労力と、互いを尊重する心こそが、良好な関係の構築と相互理解する為の鍵である。しかして、私はお姉様とそれなりの時間を、それなりに尊重する心を持って過ごし、適度に親しみを持つ対アンドロイド関係を築けていたと思っている。時には喧嘩をすることもあった──詳しい原因は伏せておくが。
けれども、喧嘩もまた、人格を持つ二者が、互いの本当の心に自身の理解を近づける為のワンステップであることは、耳に新しいことではない。馴れ合いのみで人の本質を見抜くことが出来るというのならば、ギルドの跳梁跋扈も、銀河中で起こる戦争の数々も、有り得ないだろう。
さて、ここまで延々連ねた言葉は私の思考に最終的に繋がる。私はお姉様の行きそうなところには全部行った。トイレの個室までもだ。……いない。見つからない。私は肩を落として、創造主の言葉を求めて歩いた。以前に私と彼がコーヒーを飲んでいた場所まで戻って来る。私はひとまず椅子に腰掛け、休むことにした。コーヒーはもうテーブル上には無い。これからどうするかを思考する。
彼を探さなくては。まずはそれだ。それが終わったら話を聞き、お姉様の所在を確かめよう。一息入れただけで、私は立ち上がる。その部屋を出ようとして、求めた人を見つけた。求めた人と言っても、残念ながらお姉様ではなかったが。彼はあれから全然眠っていないようで、ラリっていた。
サーチした体温や心拍数からして、麻薬ではなく、ナチュラル・ハイという奴だろう。良かったのか悪かったのか、私には分からない。麻薬を使うような人間にお姉様の体を任せなければいけないのは嫌だが、寝不足で躁状態の相手に任せるのも同じほどに気に食わない。何か間違い……本来の意味での間違いがあったら、私は泣きも笑いも出来ないだろう。彼を何とか椅子に座らせて、お姉様のことを聞く。
彼はハイになっていたものの、受け答えに支障をきたすことはなかった。腐っても科学者である、ということだ。いつも理性を忍ばせている。但し、お姉様のことを聞いても、彼の答えははっきりしなかった。起きているのでしょう? と聞いて、やっと彼は合点したようだった。
「うーん、いやあ、ねえ? 実はさ、実はさー、サア、さあ? 起きない理由って分かんなかったじゃん、そうでしょ? それがね、すっごい単純なことでね? それを調整しようと思って今さっき運搬車に乗せて運んだんだよー。その後かなあ、君と激突したのは?」
「では、まだ目は覚ましていないけれど」
「うんうんうんうん、もうすぐってだけだよ。良かったね、良かったさ、ああ良かった。これで僕ももうぐっすり眠れるってものさ!」
私は狂気に犯されたこの患者をどうこうしようとは思わなかった。放っておいても無害っぽい感じだったし、何か企てたとしても、目の覚める一撃を叩き込めば、元に戻るかくたばるかするだろう。それより、お姉様の傍にいてあげたい。ノネットお姉様のことを、ちらっと考えた。彼女は何故残されたのか? きっと、一人ずつでないと処置を施せなかったからなのだろう、と思っている。
ニグリティアお姉様は、教えられた場所にいた。眠っていた。そうか、ここだったか、と私は舌打ちをした。アンドロイド用の医療室だ。かつての記憶を原因として、お姉様が最も嫌う場所である。だから私はここの存在を知っていたが、調べなかったのだ。静かに近づく。傍らの機器を確かめる。確かに彼の言った通りだった。これは、頭をぴしっと指で叩いたら目を覚ますくらいの眠りだ。私は安心した。
ちょっとだけ、その気持ちを外に出したくなって、私は辺りを見回してしまう。どうせ誰もいないのに。それから、私は彼女の髪を、さっと掻き上げることで額を露出させると、もう一回周囲に目とか、カメラとかが無いかと確認してから、素早く己の唇を寄せて──あ──ところで話は変わるのだが、目を見開いて驚くお姉様って新鮮で可愛いと思うのだ、私は。
* * *
私が失望したことを、一々並べ立てるのは止めようと思う。何故なら、私が勝ち取った時間はそう長くなく、やるべきことは多いからだ。それは昔から続く伝統である。だが、私は端数を切り捨てて八十年の経験から、死ぬ気でやれば、大抵の物事はいつの間にかどうにでもなっているのだと知っていた。
銃はある。弾丸は込められた。指はトリガーに掛かり、既にハンマーは起こされ、トリガーストロークは縮まっている。後は必要なだけの力を行使するのみ。しかしその行使こそ最も危険な瞬間であることも、私は経験則的に知っていた。注意を払わねば。それをせずに私が求めることを行うのは、爆弾を抱き締めるよりも尚悪い。注意深く、迅速に、派手に、自由にやらなければならない。
ここで前言を一部翻そう。私の部下に対する愚痴についてだ。四人という人数の少なさはどうでもいい。もっと少人数で戦ったことも、一度や二度ではないし、若かった頃には、一人っきりで破壊工作に赴く羽目になった時もあった。性別も不問とする。女でも気にしない。私からして女なのだから、性差別などあろう筈も無い。問題なのは、これら四人のアンドロイドたちが、完全に、ずぶの素人だという、計画の根本をも狂わせかねない最悪の事実だった。
四季の名前を付けられたこの『オールシーズンズ』という名前の素人集団たちは、生まれたその日から、私による宇宙を探してもそう見つからない激しさの訓練を受けさせられることになった。
彼女らは各々、力がある。スプリングはオールマイティな戦闘が可能だ。情報戦から肉弾戦まで、である。サマーは火力での制圧行動、兵器取り扱いが上手い。オータムの能力は少々扱いづらいが、近接戦に特化している。ウィンタは銃を撃ち合う戦いではなく、諜報戦や暗殺向きの能力だ。
何が言いたいか。私は、彼女らが、一人ではどうしようもない弱兵であると言いたいのだ。
スプリングは何でも出来る──そりゃいい。ついでに分身でもやってくれれば私が何もしなくても良くなるかもしれない。何でも出来るが、どれもスペシャリストの域ではなかった。確かに、四人から一人量産するならスプリングにするだろうが、それは別の話だ。はっきり言って、スプリングは四人の中で最弱である。
サマー。火力馬鹿だ。宜しい、大火力の武装を与えよう。兵器も与えよう。大量の銃弾を、大量の砲弾を、大量のミサイルをも与えよう。けれども、彼女は弱い。スプリングが最弱だと最初に断じてしまったのを謝罪し、訂正するべきだろう。彼女ら四人には共通の弱点があり、よって四人は等しく最弱なのである。その共通の弱点というのを発表するのはもっと後でもいいだろうから、残った話をしていこう。
サマーは弱い。彼女は恐るべき勢いで、奔流の如く弾丸を斉射する。恐るべき対G能力は奇抜な機動を兵器にさせることを可能にする。たったそれだけだ。銃は磨耗する。砲は過熱する。ミサイル? 幾らでも撃つがいい、それは銃と砲の欠点両方を兼ね備えているがね。そうして、何よりも正しい一つの真実とは、弾丸は消耗するということと、彼女が持って戦える弾は、結局そう多くもないということだ。兵器運用に関しての話では、彼女の操縦の巧拙についてあれこれ言うことはするまい。ただ一言だ。いつでもそんなものが使えるとでも?
オータム。彼女もまた、弱い。格闘戦に特化した彼女は、槍のみを武器とする。後は彼女の体が、弾数無限の武器に変わる程度だ。ある状況下において、槍他直接的武器は、銃を代表とする間接的武器よりも強い。それは事実である。彼女のボディは耐弾性に劣るが、その分、スピードで相手に狙いをつけさせない戦い方を取れば良いだろう。彼女が弱い理由とはサマーと同じものだ。槍はいずれ折れる。しかも彼女は槍法も知らないと来ていた。それでは槍をまともに扱えもするまい。私も槍術は学んでいないが、銃剣術の応用を教えるし、彼女には自分で教本などを読み、実践して貰うつもりでいる。体術は私で十分教えられるだろう。
が、最終的に彼女が学ぶべきことは、敵を倒す方法ではない。それは本当に重要なことではない。彼女が学ばなければならない何よりも重要なことは、敵を倒す方法でなく、敵を倒せる状況を作ることなのだ。これは、他の三人にも大なり小なり言えることだが、特にオータムはこれを知らねば容易く殺される。
ウィンタ。諜報戦や暗殺特化のアンドロイド。彼女の場合、弱さを言い立てるより、彼女がどのように戦うべきかを教える方が良かろう。大体、ウィンタは既述のように、戦闘を目的とした存在ではない。故に、戦闘に弱いことは決して責められるようなことではないのだ。彼女のボディはライフル弾を防げない。通常装薬の拳銃弾は防げるが、五十口径弾ともなれば貫通されるだろう。もしくは小口径高速弾。人間よりも多少は頑丈な程度の彼女だが、持っている素晴らしいものが幾つかある。それを活用する方法を教え込むのが一番良さそうだ。更に、私が彼女たち四人の頭に、何としても叩きこまなければならないものがある。
戦闘に際して、敵に殺されずに敵を殺す為にも、頭などではなく、体に、心髄から会得させなければならないこと……それは大きく分けて精神と技術だ。精神とはただの精神論ではない。単なる精神論は罪悪でしかない。精神で弾は外れない。精神で弾は当たらない。出来ることと出来ないことは、絶対に別々に存在する。私が教えるのはそうではなく、彼女らに足りないものを補うだけだ。彼女らに足りない四つ、彼女らを最弱とする四つの不足。つまり。
私の部下、オールシーズンズには士気が足りない──であるならば私が士気を叩き込んでやろう。
私の部下、オールシーズンズには技術が足りない──であるならば私が技術を叩き込んでやろう。
私の部下、オールシーズンズには信念が足りない──であるならば私が信念を叩き込んでやろう。
そして私、彼女らを統率し教導する私カーモスは──それらに恥じぬ生き方を叩き込んでやろう!
* * *
「へぇ……機器のコンセント挿し忘れでしたの」
「うーん、墓穴ったかな?」
ご名答、と寝起きの悪い長女がぼそりと言う。次女は不機嫌度が頂点に達していた。三女はと言えば、氷嚢を額に当てるべく奔走していた。勿論、彼女が氷嚢を当てるのは次女ニグリティアの行った頭突きに対する控えめな当て付けだったのだが、今はそれどころではなかった。
結論を言おう。長女ノネットの救いの手が差し伸べられたのは、十分間のしつこい上に尤もらしい脅迫が行われた後だった。創造主を創造主とも思わないこの態度に、短いながらも眠ったせいで正気を取り戻していた彼は憤慨したが、怖くて言い返せなかった。
「ノネット、どれくらい寝てましたの、私たちは?」
「一世紀と二日ほどだ。だが映画館にはまだポップコーンの自動販売機があるそうだから、文明にそう大きな進歩は無かったようだな」
「面白くありませんわよ、それ。ええと、なるほど、二日間丸々眠っていたんですのね。うーん、我ながら暢気の極みですわ」
相棒は作った氷嚢を当てながら、嫌味の二つや三つや四つくらい言ってやっても天罰は下るまいと思ったが、人罰のことを思うと、睨み付けてやるだけに留めざるを得なかった。じとーっと見つめて来る彼女に、不思議そうな顔を返すニグリティア。アルヴィスは呆れ、怒りも何処かに失せてしまった。自分の機嫌を直す為に、アルヴィスをからかってやろうとして近づく次女。長女はそれを眺めている。
「二日ぶりなのに、挨拶もありませんの? 死地を一緒に潜り抜けた相棒にしては淡白ですのね、アル」
「撃ちます」
かなり本気の入った顔でアルヴィスが拳銃を向けたので、ニグリティアは焦った。慌てて銃を下ろさせて、機嫌取りに入る。アルヴィスは氷嚢を置き、ニグリティアのせいではないことでまで、自分の姉であり相棒である彼女を扱き下ろし、丁寧な言葉で罵倒し、途中からは微妙にノネットまでもそれに巻き込まれる形で、一大説教を始めた。
創造主は関わりのないことだなどと言って逃げようとしたけれども、ストッパーの外れたアルに道理や筋などという理性の産物が通用する理由など無く、強制的に同席させられた。ノネットだけは途中からアルヴィスの行っているこの説教が、人を心配させておいて何とも思っていないような振る舞いへの怒りである、と気付いたが、そういった大切なところにだけは突然鈍感になってしまう奇病の持ち主であるニグリティアは、さっぱり気付かなかった。
「宜しいですか、お姉様。ニグリティアお姉様はいつもいつも自分のことばかり考えておられるようですが、曲がりなりにも相棒だ、と私を形容するならばですね、その相棒が、あなたがみっともなく頭の中にぶち込まれてくたばったらどうするのか、考えて下さい。何が『いやあ負けた負けたー』ですか。殴りますよ」
「でもでもー」
「言い訳は聞きたくありません」
反撃を試みる姉を無敵の一言で叩き伏せる。ノネットは笑いそうになったが、言葉の矛先が自分に向くことを考えると、自然引っ込んだ。仕方ない、と彼女は心の中で愚痴り、妹に助け舟を出すことにする。通信回線を開き、彼女の考えたアルの怒っている原因を伝える。謝るのは嫌だとごねるニグリティアを睨んで威圧し、何とか謝らせると、アルヴィスはそれで機嫌を直したのか、説教を終わらせた。
腰掛けていた椅子から立ち、部屋を出て行こうとする。ノネットはそれを見送ったが、彼女の相方はその後ろを付いて行った。アルヴィスは眠るつもりだった。睡眠らしい睡眠を必要量取っていないことは、ストレスの原因となる。それに、彼女は疲れていた。何も言わずに付いて来る姉を彼女はちらっと見たが、何も言わず医務室のベッドに向かった。到着し、布団をめくり、その中に潜り込む。
あらゆる場面で常識外れの行為を行う姉も、流石に布団の中にまでは付いて来なかった。彼女は椅子を持って来て、隣に陣取る。
「何のつもりですか」
布団から鼻から上だけを出して、くぐもった声で尋ねる。姉は言葉では答えなかった。表情で答えた。整った顔が、形のいい唇が、アルヴィスが好きな──口が裂けてもそうは言わないが──形になる。少女は、もう少しだけ起きているのもいいかもしれないと思った。
「私たちが眠っている間、横でずっと見てたんですってね」
突然そう言われたので、相棒は何のことか分かるまでに数秒を要した。それから、ニグリティアの間違いを正す為に口を開く。
「それは正しくありませんね。途中までは交代制で一時間に一度でしたし、途中からは横で眠っていましたから、ほぼ間違いです」
「アルヴィス」
何でしょう? と尋ねた。数分前に謝りたくないとノネットに言って駄々をこねたりした時のニグリティアとは、雰囲気からして違った。この雰囲気は真面目モードだな、とアルは感じて取る。珍しいことだ。出来ることなら、ノネットにも見せたいくらいのことだった。その上、微妙に頬を赤くしていることさえ見抜き、アルヴィスの驚きは静かに最高潮に達した。十二姉妹でもないのに何故だろうと疑う。
「ありがとう。心配を掛けましたわね。こうしていられるのもあなたのお陰ですわ、小さな相棒さん」
この一連の言葉で、アルヴィスは直前に謝られた時、どうしてあんなに彼女が渋っていたのか、そしてどうして今、礼を言うのか悟った。彼女も自分のやった行為が引き起こした結果について、自分の自己中心的行動について、欠片も反省を抱いていない訳ではなかったのだ。
が、謝ることは嫌だった。それは彼女のプライドの問題であったし、彼女はクーロンでやったことを後悔していなかったからでもあった。反省と後悔は違う。ニグリティアはそれを知っていた。だから謝るのは嫌だった。しかし礼を言うのはプライドにも、後悔と反省の違い、という問題にも抵触しない。よって彼女は彼女の命の恩人であり、最も信頼する相棒に、純粋に、恥ずかしがりつつ礼を言うのである。
このようにしてアルヴィスとその姉は和解し、最早何のわだかまりも無くなったので、元通り二人は仲良く出来るようになったのだった。
「そうだ、お姉様も寝ませんか? ほら、艦のベッドよりは狭いですが、私となら二人でも何とか寝られるでしょう。どうぞ」
「うーん、確かにまだちょっと眠いし、じゃあお邪魔しますわね。よいしょ、っとと、狭いわね。アル、もうちょっと詰めなさい」
「無理ですね。あ、でも抱き付けばいけます。これでどうでしょう?」
もぞもぞと動いて、抱き締める。アルは姉の体温を間近に感じて、多大な安心感を抱いていることに気付いたが、納得出来ることだった。抱き付いた後もより暖かい場所を目指して妹が微妙に動くので、ニグリティアはそのくすぐったさに少々艶やかな声を上げる。
「んぅ、こら、胸に顔を埋められると色々と苦しいんですのよ? ああ、つるぺたのあなたには分からないかしら……んんっ」
「あんまり調子乗ってるともいで軽量化しますよ。分かったら喘いでないで、もう少し強く私を抱き締めて下さい」
二人の自分勝手な行動に殆どキレたノネットが叩き起こしに来るまでの間、彼女たちはぎゅっと抱き締め合ったままで、ぐっすり眠った。
* * *
二千七十万。四千五百。五百。二十一。約三百六十五。これらが表すのは、我々が費やした資材の数々だ。二千七十万発の突撃銃の弾薬。四千五百発の無反動砲の弾薬。五百名少しの負傷者。二十一名の戦死者。約三百六十五日。十二姉妹隊は、クーロンでの壮絶な開戦から、約一年を経過しても戦い続けていた。
二十一名の戦死者の中には俺と共に北部戦線での戦闘、母艦救援戦に参加したゴッドボルトもいる。彼を失ったことは俺にとっても大きな悲しみとなったが、ステア・ヒートのような新しい戦友が生まれたことが、その悲しみを癒した。贔屓目に見ないでも、彼女は非常に良い戦士に成長していた。ANSの少女たちは誰も屈強な戦士たちだが、その中で一人の相方を選び、共に戦うのならば、俺は彼女を選ぶ。でなければ、ヴィクトール(・ザ・シルバースターが彼の最新のあだ名)と組みたいものである。
やれやれ、俺たちジャニアリー隊にはいつも最前線が任されるのだ。名誉だが、時には予備隊にしてくれてもいいものだと思っている。因みに戦死、負傷者数共にトップを飾るのは我々だ。負傷はいい。それは誉れである。指等が無くなった者もいるのは嘘などではない。
が、人間は指が無くても戦えるものだ……それが出来ない者は書類仕事やもっと別のことに回されるだろうが、今のところそれはない。いずれ本拠を持ち、宇宙に散在する反ギルド組織と協調し共同して戦うようになれば、彼らに動く義肢を取り付けてやれるだろうと思う。
「マーチ隊、ミシェル・シュザン、戦死!」
「ANS、キャサリン・カークランド、戦死!」
模擬戦はいい勝負だ。成立当初には七十二名だったANSは六十八名にその人数を減らしていたが、その分精鋭となった。死んだ四人も、無駄な死ではなかったと俺は思っている。我々十二姉妹隊が行った作戦の中で最も失敗した作戦……その時のことは余り考えたくも無い、だがその日、彼女らは孤立し、戦い、そして救援を最後まで信じながら、一人を除き死んだ。
我々が到着した頃には、彼女らの死体は、無残な目に遭わされた後だった。これら悲劇が発生した理由には色々ある。ANSはニルソン様に改良を受け、戦闘能力が向上していた。それが彼女ら五人を多少なりとも迂闊にさせたろう。また、当時ANSのある班を任されていた一人で、五人の内の一人が敵の偵察兵を、捕まえようとしたまでは良かったが、深追いし過ぎて敵の罠に嵌ったことも原因の一つだ。その上、敵はジャミング能力が高かった。
そのせいで連絡が遅れ(彼女らは伝令を送った。唯一の生存者だ)救援も遅れた。事前に与えられた情報の大きな間違いもあった。敵は大隊規模の筈だったが、連隊規模だったのだ。他にも挙げて行けばキリがない。とどのつまり我々はその戦闘で酷い目に遭った。撤退する艦に乗り込めた時には心底ほっとしたものだったが、その後追撃してきた敵のギルドスカイと航宙戦になり、再び戦ったものだ。
ヴィンスはこの戦いで十二姉妹から正式に感謝状を貰った。書いてあることによると、彼は求められたよりも勇敢かつ冷静であったとか。けれども、彼は自慢したり見せ付けたり出来なかった。それも納得の話である。負けた。戦友が傷ついた。少なくない数、死にもした。黙って自分の私物ロッカーに仕舞い込む以外には、出来ることは無かっただろう。
四人の死んだANSと一人の生存したその仲間は、帰隊時、一人の漏れも無く、姉妹隊の仲間たちや姉妹に迎えられた。後からフェブ様の分析で分かったことだが、彼女らは英雄だった。何の加味も無く、リップサービスも加えずに、ただただ真実のみを語るとしても、彼女らは英雄だったのだ。
五人は本隊へ戻ろうとして、急速移動中の部隊に所属していた斥候隊が仕掛けた罠に嵌ったが、その『急速移動中の部隊』は彼女たち五人によって食い止められた。一人が伝令になって抜けた後、四人は死を覚悟して戦い、銃を撃ち、手榴弾を投げ、敵の大半を撃破し、最後は肉弾戦で戦い、死んだ。
戦闘の激烈さは俺も少しくらい知っているつもりだ。何故なら、俺は最初に現場に到着した一人であるからだ。あの星のあの日の温度は、俺の脳裏に染み付いている。暑かった。死体独特のあの臭いが既に、辺りに漂い始めていた。虫の羽音もうるさいほどに聞こえていた。その中で、四人の英雄は倒れていたのである。イェシカ、アリナ、ローレッタ、ケルスティン。我々は彼女らのことを忘れないだろう。
そう言えば、フェブラリー様のことが最近、姉妹兵の間で心配事の一つとして持ち上がっている。フェブ様は誰もが知っている通り、十二姉妹の中で情報収集を一手に担っている。その彼女の不手際が、あの大失敗の理由であるとする意見が、姉妹の中にあると言うのだ。残念ながらこれは事実であった。確認出来た内ではジャニアリー様……俺は未確認だが、メイ様もその方向に傾いているという話を聞く。
今は十二姉妹とその配下の兵士たちにとって、仲間内での争いなどしていられない時だ。一刻も早く、一人もしくは二人かそれ以上が、フェブ様への責任転嫁──本人たちにその気が無くとも──が馬鹿げていると気付き、より団結することを祈り、そうなるよう努力する、それが姉妹兵のやるべきことであるだろう。我々は心無き操り人形ではない。主が間違っていると信じる時は、何も恐れずに意見する。
「ANS、ステア・ヒート、戦死! ANS全滅、マーチ隊残兵八、マーチ隊勝利!」
おっと、模擬戦が終わったようだ。今回はマーチ隊とANSの模擬戦であり、ジャニアリー隊は出番が無いので観戦しているだけだが、中々どうしてあの連中、要するにANSたちは飲み込みが早い。この前、こっそりジャニアリー隊の連中で室内戦の手解きを施したのだ。それらの成果をほぼ全て、取り入れている。完全に生かせているところは少ないが、すぐに身に付くようなものでもない。
それよりも、戦術や戦闘技術に取り入れられているという点が素晴らしい。痛かったのは指揮官であるキャスがミシェルと相打ちになったことと、指揮官死亡時にはユージーンが後を引き継ぐ筈だったのが、彼女は戦闘の最初の方で戦死していた為、指揮系統に混乱が生まれたことだ。
この二つさえ無ければ、マーチ隊との戦闘結果はもうちょっと違ったものになっていたに違いない、と教官役をやった俺は確信している。変わってないものは、ステア・ヒートの立ち回りはいつも通りだということか。逃げ回るのではないのだから戦場渡りが上手いのだろう。これは誇張が入っているのを認めるが、いつだって最後に撃たれるのは彼女だ。ジャニアリー隊対ANSの模擬戦ではライバルの俺だが、観戦者として見る時は鼻高々である。というのも、ANSとの模擬戦で彼女を撃つのは、ジャニアリー隊では大抵俺だからというのと、単純に俺が先生役を務めた時に彼女に入れ込んで教えたからである。
ちょくちょく余計なことを言って来ることを除いていいならば、ステア・ヒートは素敵な生徒だった。余計な茶々を入れるのも、お陰で気兼ねなく接することが出来たし、一概に悪いとは言えない。これまで死んでいたマーチ隊とANSの兵士たちがむっくりと立ち上がって、訓練室を出て行こうとする。俺たちは隣の大部屋にある、幾つものモニターでその様子を確認することが出来るのだ。真っ先にそこのドアを開けたのは、出入り口の最近で撃たれたマーチ隊兵士、ANS、合わせて三人だった。
ここで言わせて貰うと、ANSたちの感情面での成長は、率直に言ってありえないほど分かり難いけれど、確かにある。俺はステア・ヒート以外のANSが口を開けて笑うところをこの一年で何回か見たし、これは今でも信じられないことだが、我がジャニアリー隊に所属する、ある「とてもハンサムでセクシーな」兵士に「ラブレターを送ろうか」と話す三人のANSを見かけた。
後者の三人は特に成長が顕著なパターンである。もしかしたらオクト様たちがANSの服を着てただけなのかもしれない。もしそうなら、オクト、ノヴェ、ディッセ隊の兵士たちは血涙を流して悔しがることだろうが、そうでなけりゃ、あれは白昼夢か幻覚か妄想だったかだ。
「ハンス、聞いてるのか? 賭けは僕の勝ちだ。右手が二十宇宙ドルを握りたくってうずうずしてるんだけど?」
ちらっと傍の「とてもハンサム」な兵士を見やる。くそっ、最近の俺はツイてない。どっちが勝つかに賭けるのが細やかな楽しみなのに、負けてばかりじゃやってられないって話だ。教官をやったからANSばっかり応援する俺も俺だろう、という尤もな意見は否定しない。ただ、以前にエイプリル隊とANSがやりあった時にエイプリル隊の勝利に賭け、それなりの金を手に入れた時のことを思い出すと、正確にはそれを知った時のステア・ヒートの目を思い出すと、今回ばかりは、と賭ける対象を変えようかなって気になってしまうのだ。
俺は十宇宙ドル札を二枚、俺と違い運のいい戦友に手渡し、部屋を出た。飲み物を買いに行こうと思ったのだ。すると、誰か付いて来た。
「当て所なく歩いて何処まで行くつもりだ、ステア・ヒート? 俺の後ろで何をやってる」
振り返らないままに言う。大概彼女だからいいが、間違ってたらとんでもない大恥である。ありがたいことに、恥を掻くことは無かった。
「日曜日のお散歩ってところですよ。まあ、今日は日曜じゃありませんけど」
振り返り、反対向きに歩きながら喋る。冗談を言う時の彼女は頬がちょっぴり緩んでいて、子供っぽい表情になっているとこの前知った。
「へえ、ANSじゃ毎日が日曜だって聞いたぜ……一緒に来いよ、食堂で何か飲み物でも奢ってやろう。ANSの成長を祝ってな」
「かなり皮肉ですね。では、アップルジュースを」
「またそれか。俺はいい加減、お前がそれを飲んでるのを見ると胸がむかむかして来るようになってるんだぜ、知ってたか?」
「いつだったか言ったでしょう、人それぞれだ、と。私だってあなたがレモンスカッシュばかり飲んでるのを見ると、そうなるんですよ」
「ふーん! 何やら俺たち、とても気が合うようだな」
彼女はどういう理由か、どうにも楽しそうな(嬉しそうな、かな? 女の子の笑い方ってのは、男と違って複雑なのだ)感じで笑った。
* * *
このところ模擬戦の回数が増えていることを、不思議に思っている姉妹兵たちは少ない。何故なら、彼ら彼女らは知っているからだ。自分たちがどのように活用される存在であるかということと、我々が何をこの戦争の目的とするかということを、ちゃんと知っている。だから姉妹兵は迷わない。疑わない。この鋭利な刃物は、戦闘の無い平常時には、ただ己を研ぎ澄ますことだけを考えているのである。
……というのは言い過ぎか、と私は考えた。メイの部下に姉妹兵としては考えられないほど遊び好きである兵士だっているし、マーチ隊、ジューン隊にもそういう類の兵士がいると把握している。私のエイプリル隊にはいないが、いても特に咎めたりはしない。
さて、このどうでもいい思考はここで打ち切ることにしよう。何故なら、これからフェブの重要な発表があるからだ。ここで問題なのは、ジャニアリーとメイのことである。姉妹兵の一部には知られてしまっているようだが、あの作戦以降二人とフェブは関係が良くない。二人とも、あの時、総数から比較して少なくない部下を失った。それには彼女ら二人自身の失態も無い訳ではないのだけれども、それを直視せずに済むのがフェブを責めるという選択だ。最初信じられなかったのは、メイがそれを選んだということであった。
メイ。普段、何かと熱くなりがちな私をサポートしてくれる親友。そうだ、確かに親友だが、間違っていることは正さなければならない。ジャニアリーにもメイにも、私から何度か話をしておいたので、面と向かってフェブラリーに何か言ったりすることは無いが、言葉は無くとも態度で全てが分かってしまう。フェブは精神的に参ってしまっているようで、表情が暗い。マーチが助けているらしく、だからこそ彼女の精神はまだ崩れてしまうことなく保たれているのだろう。
十二姉妹とて鉄の心を持つ訳ではない。ましてや身内から、このような強い論難を加えられることはかつて無かったので、かくも脆いのだ。なるべく早くこの大問題を解決せねばならないだろう。
「クリミナル・ギルドによる対十二姉妹隊作戦行動に新たな動きが確認されました。映像は三日前のもので、信憑性は高いと思われます」
「ああ、そうですの?」
金髪を不愉快気に弄りながら、ジャニアリーが言う。フェブが表情を硬くした。一歩踏み出して傍に立ち、マーチはジャニアリーを睨む。フェブラリーが彼女の手元に浮かぶパネルを二三回タッチすると、音声付の動画が流れ出した。私はその映像の内容を予め知っており、故にそこまで驚かされるようなことは無かったが、ジャニアリー、ジューン、オーガスト、ジュライは映されたものに驚いたようだ。
我々はクーロンで勝利した。私はニグリティア──粛清部隊艦での調査で名前が判明した『新型』──の眼孔へと拳銃弾を撃ち込み、彼女は動きを止めた。そこから先は覚えていないが、次に目を覚ました時にはニグリティアの首は消え、彼女の小さな相棒も消えていた。
その時点で私は確信していた。彼女は再び現れるだろう。彼女の銃を持って、サーベルを携えて、拳銃を腰にぶら下げて、微笑を浮かべ、再び私たちの前に立ちはだかることだろうと信じていた。今、それがやがて実際にそうなるだろうという証拠が上映されていたのだ。
映し出されているのは宇宙港、だけではなく、褐色の狂気『ニグリティア』と、その相棒『アルヴィス』と、セプの偽者『ノネット』が、何者かと交戦している姿だった。彼女らの敵は、人数では倍もいたが、武装も個々の錬度もチームワークも、三人組の方が勝っていた。
「うわぁ……火力上がってんな。見なよ、あいつ、新しい玩具を手に入れたみたいだぜ。それに、偽者はM14から銃を変えたらしいな」
メイが心底うんざりだ、という顔でそう言い、私に目配せする。誰が何と言おうと、私と彼女は、そういう風に思う権利があるだろう。最後に戦ったのは私たちだし、最初に戦ったのも私たちだった。そのどっちの時だって、私たち二人はこっぴどく叩きのめされたのだ。結局勝ったのは十二姉妹だったが、今でもそれがどうしてそうなったのか分からないくらいなのである。あの戦いの勝利の理由は何だ? 銃は負けていた。我々を構築する技術は、最新の妹と比べれば古かった。単純な力も、パワー型のアンドロイドである彼女が勝っていた。
「予測出来た事態です。見て欲しいのは」
フェブのワンタッチで、映像の一部がズームされ、停止する。その一瞬には金髪の女が映っていたが、もっと詳しく述べるとするならば、金髪の女の右腕が吹き飛んだ直後の瞬間が、それでも左腕に持った銃での発砲を止めない彼女の姿が、切断面から見える機械部分が、不鮮明ながらも映っていた。またも何度かのパネル操作で、その映像をはっきりしたものにするフェブラリー。
今や断面から明らかに、ニグリティアがその五十口径弾で千切り取った右腕は、人工のものだと断定することが出来た。他にも数々の証拠写真が並べられる。フェブは薄緑色のモニターから我々の方に向き直ると、この写真で分かり切っていたことだが、何が問題なのかを端的に私たちに伝えた。
「……相手もアンドロイドという点です」
「まさか、おいおい、ギルドがまた新しいのを開発したってのか?」
映像の中の、ニグリティアと金髪のアンドロイドたちに目が向く。彼女は、つまり褐色の妹は、交戦地帯となった宇宙港ロビーの階段、エスカレーター、その他凡そ足場になりうる全ての物を蹴飛ばし、敵アンドロイドの遮蔽物の向こう側に降り立っていた。まるで映画だ。
サーベルを振り回す度に、敵の体の何処かが宙を舞う。髪が、眼球が、鼻が、首が、肩が、胸が、腕が、肘が、手首が、指先が、腰が、太腿が、膝が、足首が、足先が、名前の付いているありとあらゆる体の部位が寸断され、あっという間に六人が二人にまで減らされる。そして二人は脱兎のごとく逃げ出した。
それを逃す妹だろうか? 私の考えるところでは、勿論のこと違う。彼女はサーベルを投げた。一人の背中を貫き、彼女は膝を突いて、倒れる。ライフルを構えて無事な一人を撃ったが、これは回避され、結局一人は逃してしまった。
ノネットとアルヴィスがそれを追って行く。ニグリティアは敵の腹に刺さったサーベルを引き抜いて鞘に戻し、敵の後頭部を手で掴むと、そのまま圧し潰した。
オーガストが、私の視界の端で表情を歪めて映像から目を背ける。ジューンとジュライがオクトたちの目を覆う。映像の中の狂気は、数分前は美しい顔を持っていた頭を、気が済むまで床ですり潰してから、立ち上がり、背を向けて歩き出した。
動画が途絶える。
* * *
「分からん、理解不能だ!」
「だからラテン系とフリルのついた奴は信用出来んのだ。それと、ゲルマン系もな」
「合理的に考えれば、蹴る筈もないのだが」
何組もの厳しい目が、彼の心をざわめき立たせた。彼は自分が、表面上だけでも平静を保っていられていることに、驚いていた。辺りを一瞥して、敵と味方を判別する。六対四で敵が多かった。ライマーの誤算は幾つかあったが、最も根本的なもの、作戦が失敗した、という誤算を除外すると、次に大きな誤算は、ロマノフを取り仕切るギルド幹部の人種的派閥の結束が、予想よりも弱かったことだろう。
この資源溢れる星には当初、スラヴ系の人々が入植し、その後間もなくゲルマン系の人々が入植した。結果として土地を始めとして、様々なものの帰属を筆頭とする問題が生まれ、それはスラヴ系とゲルマン系の人種対立に繋がり、愚かな歴史を繰り返すことになった。ロマノフのギルドも例外ではなく、幹部の半分がスラヴ系で、四割はゲルマン系だ。僅か一割だけが、他民族の血を体に流す者である。
政敵たちの追求をかわす方法を考えるが、ライマーはこれまでこのような失態を演じたことが無かった。それに狡猾な彼の当面最大の敵、ルスラン・リチェンコは彼を作戦の総指揮官と祭り上げたが、これは形だけのものだったし、直接アンドロイドたちに指示をしたのは、ライマーを総指揮官であるとした当のルスランだった。
要するにライマーは殆ど罠に嵌められたようなものだった。但しルスランは、彼をここで完全に追い落とすつもりは無く、よってあたふたする若造の姿を散々心の内で笑い飛ばしてから、彼の手助けに入った。
「それに関してはこちらで答えよう。だがその前に、我々が共同で開発したアンドロイドについて、以前も説明したが、再度説明したい。諸君らに配った資料で知っているだろうが、別の計画で開発された第四世代アンドロイド『ニグリティア』『ノネット』等の、研究スタッフを引き抜いて開発したものだ。第四世代の欠点はその高価さにあった。いつだったか、凡その値段を見せた筈だ。また、不安定さもあった。これは人工脳のプログラムが十分に洗練されていなかったことが理由だ。第一あれは、アンドロイド戦用で、我々が求める対人用アンドロイドとしては過剰性能だった。そこで我々はパーツの生産方法を変え、ユニット化し、整備性を向上し、戦闘能力こそ第四世代に劣るものの、数で押せるようなアンドロイドを作った。彼女らの特徴は死がイコール消滅ではないことだ」
「ああ、それなら。彼女らにとって死とは学習と同義である、だったな? 一人でも生きていれば、その生き残りの人工脳に送られた、死亡時のデータを元にして復活することが出来る。データバンクの近くなら、皆殺しにされてさえ、記憶を引き継げる、とも」
その通り、と言って、ルスランは頷いた。彼は滔々と語る。七曜姉妹の特長は数が用意出来るということだけではないと彼は力説した。
「それで」
続けられる奔流にうんざりした幹部の一人が、大き目の声でそう言ってルスランの言葉を遮る。彼は不愉快そうな目で、発言者を見た。
「七曜姉妹は使えそうか? 『政府』は捨て置くとして、ギルドがこちらの本意に気付く前に──」
「まだまだだ。実力は新兵と変わらない」
ルスランは即答した。すぐに、アンドロイド開発計画に賛成ではなかった幹部たちが、不平や不満を噴出させる。老獪な男は黙って、それが静まるまで待っていた。ライマーはと言うと、あれほど蹴落とそうとしていた自分をルスランが庇った理由を考えてばかりいて、場の動きに一切関心を払っていなかった。彼はリチェンコの狡猾さを身に染みて分かっていたので、自分の身の心配はしなかった。
「諸君らには何度も言った筈だ。あれは死んでこそ学習する。戦って、死んで、蘇った時、あれは途方も無く大きく成長するのだ、と。足りない経験は戦い、死んで学ぶのだ。銃を撃ち、撃たれて、死ねば死ぬほど学ぶ。そういう物だ、あれはな。それこそが七曜姉妹。それがプラネット・セブン。諸君らには、何度も言った筈だぞ」
「それは七曜姉妹の説明にしかなっていない、どうして銃撃戦などさせた。奴らも奴らだ、全く理解出来ん……何故この好条件を蹴る?」
言わねば分からないのか、とルスランは口走りそうになったが、それは腹の底に沈め、我慢強く述べた。彼が立案し遂行させようとした、この一見無謀な作戦の表向きの目標は、ギルド支配下から脱出した第四世代アンドロイドの強制的な復帰だったが、ルスランは最初から、そんなことが出来る訳が無いだろうと考えていた。
何しろ、彼の配下にはニグリティアの開発メンバーがいたのだ。開発主任だけは、配下にはいなかったが、彼が何処に行ってしまったのかも分かっていた。第四世代の素行、上官やギルドへの態度、考え方も知っていた。ルスランが欲しかったのはニグリティアたちではなく、その身のこなしであり、戦場での立ち回りであり、彼女の戦闘経験だった。
彼はそれを説明し、ちょっとばかりの誤解されやすい表現で他の幹部たちを煙に撒き、ライマーの失態を見事に収束させた。最後に、ライマーが立ち上がる。ルスランは少し、この男への評価を変えた。侮辱されっ放しではいない男だと、ルスランは彼を評した。
「残り51組、357体──記憶継承試験型の検証はこれからが本番。彼女たちの革命的行動にご期待下さい」
* * *
「や、参りましたねぇ。僕も、あ、これはあなたへの侮辱とか挑発じゃあないんで、その辺はちゃんときっちりさせときたいんですがぁ、僕も分かるんですよねぇ、それくらい。要するに我々は組織なんです。組織には面子ってものがある。元は石工やら何やらの集まりに、あれやこれやと好き勝手やられちゃあ、面子ってものは立ちませんよぅ? 丸潰れもいいとこです。ですが現状はそんな感じですよね」
私は嫌悪感と共にこの白衣を纏った怪物を見つめた。やたらと楽しそうに、事実をずけずけと歯に衣着せぬ物言いで接してくれるものだ。神は──神がいたとして──どうしてこの男に才を与え、運を与え、尚かつ如何ともし難い根っからの邪悪さを授けられたのであろうか。彼を前にし、対話する度に、ラオディキア的な信仰を持つ私でさえ、熱心に祈らざるを得ない。この悪魔が業火の上で裁かれんことを。
「あんまり言っちゃうと怒られそうですけどねぇ。でも面白いくらいに舐められてますよぉ、統合政府。酷いですよねぇ。でもでもっ、考え変えたらどうです? まぁ悪党同士でぶっ潰しあってくれるんですよぅ? 美味しいところだけを頂きましょうよぅ」
「真面目にやってくれたまえ」
はいはーい、と、目前の相手を何とも思わない口振りで嘯き、彼は自分以外の全員を軽蔑するような、いつもの目つきになって続けた。
十二姉妹。ギルド。コヨーテ。和解したが、グレイスランド解放軍。その他の星々で統合政府への非合法活動を行う反逆者たち。彼らは全て大切なことを間違っているのだと彼は指摘した。我々は自由な民主主義によって選ばれたものの集まりなのだ。
よって、我らは民意の執行者であり、つまり恒常なる多数であり、非相対的正義である。故に我らの敵は民意の、民衆の、正義の敵なのであり、その名を悪と呼ばれるべきものなのである、と。だが私はそのような思想を学びに、不快極まる悪魔の許を訪れたという訳ではなかった。
私は正義の執行人代表である。代表は、執行者とは違う。我が執行人は面前に佇んでいる。いや、この悪魔ではない。これは代理人だ。
「凄いですよぅ。十二姉妹はパワー型、スピード型の二つに分けられますけどね、こっちにはパワーもスピードもあるんだから。しかも情報戦も出来ますから、こちらでのバックアップ次第では、十二姉妹のフェブラリーとも対等かそれ以上に渡り合えるでしょう。彼女たちにはこっちをハッキング出来ませんって話はしましたよね? 人工脳、ってこの言葉は好きじゃないんですが、基本構造が、ああ、人工脳のですよ? 基本構造が十二姉妹たちとは違いますから。でもこっちはハッキング可能です。バックアップ部隊の方でね。有能ですよぅ、彼は。タフで、緻密で。複眼とかには金が掛かりましたけどぉ、ある程度簡略化すればもっと生産性が上がりますよ」
「そうだろうな。統合政府はギルドとの拮抗状態を作る為に、この計画に全てを賭けている。平和は誰かのワンサイドゲームでは決して生まれない。拮抗が作り出すんだ。繊細なバランスゲームだ。だからこそ君に何もかもを任せた。上手くやってくれると信じてだ。が、君が盛大に予算の無駄遣いをしているのであれば、私は君をこの正義を遂行する組織から叩きださなければならないと考えている」
「いいですけどねー、それも。僕抜きでやれるならねぇ」
飄々とした態度の、悪臭を愛し光を愛せざる地獄の大公、嘘を吐き破壊する悪魔は、彼無しに我らの目的が達成されることが無いのを、重々承知の上でそう言ってのけた。これだから私は嫌いなのだ、怪物め。
が、こういった嫌味な輩は我らの世界には数多い存在である。私たちは正義の組織だが、だから、それ故に、皮肉にも、そういった輩も守らねばならないのだ。従って、私はその手の人種との、効率的な付き合い方というものを独自に編み出していた。徹底的に無視することだ。用件のみを話題にして、絶対に外れないことだ。
この場合には、用件とは正義の執行人第一号の話であって、そうすると私は脱線していないということになるが、しかしそこはかとなく、本来必要ではないような話をされたりしたりしているような気もする。恐らく、それは疑うことの本来出来ない事実なのだろう。
「ああ、それと、イオンセンサーには注意して下さいね? 多分戦闘になると壊れちゃうと思いますけどぉ、それなりに値段しますし。やっぱ精密さよりも堅牢さを選んだ方が良かったかなあ、複眼に色々カメラ詰め込んだりするのが楽しくって適当に選んじゃってぇ!」
イオンセンサーが一体何宇宙ドルするのか、私は知りたくなかった。知ったところで何も変わらないし、知らない方が幸福だろう。
「ではでは、そろそろあなたの執行人に起きて頂きますかね。ええと、内線四番……ねえ、ちょっとぉ!」
近くにあった壁掛け電話のボタンを押して、友人である男を呼ぶ。この友人の男というのも、悪魔に負けず劣らずおぞましい人間だ。魔神は何個かのチェック事項を調べ、正義の執行者の為にその友人がある種の手続きを行うよう、万全に取り計らった。
『はい、準備は出来てます。こいつなら、あのロボット共を叩きのめしてくれますよ!』
「こら、訂正しなさい! あ、少し待ってて下さいね大統領。言ってるでしょー? 十二姉妹や宇宙港で銃撃戦やらかしたあの三姉妹は」
「『あ・ん・ど・ろ・い・ど!』」
どうやら堪忍袋の緒が切れそうだ。
* * *
「ううん、この艦のことはまだ誰にも気付かれてないわよ。今のところ、順調そのものって訳」
「全て了解だ。気を引き締めて、警戒と情報収集を続けろ。コーヒーはポットにあるが、余り飲み過ぎないようにしろ」
ピンクの髪を右の人差し指に巻きつけては解きながら、彼女は頷く。だが怪しいところだ。彼女があるものをあるだけ楽しんでしまい、後にはこれっぽっちも残さないという傾向は、私が彼女の性格や行動を分析した際、最初の方で分かっていたものだ。それにその傾向は、未だに修正されるということがない。
私だって、彼女が私と特に関わりを持たない者であるなら、一向にこんなことは気にしないのだが、彼女には自制を含む幾つものことを学んで貰わなくてはならないのだ。そしてその中には協調等の社会的生活を営む為に必須である、教え込むには多くの時間が必要とされる類がたっぷりと盛り込まれていた。
お陰で私にはここ一年、気が休まった例が無い。アンドロイドの体を手に入れた為、健康に気遣わなくとも楽しめるようになった煙管を、たっぷりと満喫する。これくらい、許されよう?
遠い昔、望んだものはその多くが手に入った。近い昔、望んだものは、九割九分が手に入った。アンドロイドになったばかりの頃は、体つきも顔も腕の太さも足の長さも、ついでに言うなら胸の大きさまで違ったが、一年の間にそういったものは全部要求通りになった。
「おや、もう時間か……おい、行くぞ」
このブリッジで、任務を与えられなかったので好きなようにくつろいでいた三人の内の一人にそう声を掛ける。仲間の取るに足らない、その癖話題がころころと変わって付いて行くのが大変な雑談を、一方的に聞かされていただけだったのに、彼女は名残惜しそうにした。やるべきことを渋るのは良くない兆候だが、仲間との協調を学びつつあるというのは、とても大きな進歩であり、評価すべき点である。
良く笑い、良く話し、良く無視されるとして有名な話し相手は、私の方をちらっと見ると、後ろ髪を目一杯引かれている少女の背中を、ぽんと叩いた。それから、一人で思索に耽っている様子の仲間に近づいて行き、彼女のやり方でのコミュニケーションを取り始める。この『コミュニケーション』というのは、大抵成功しないし、成功しても一言二言の返事しか来ない上、失敗すれば喧嘩さえ始めるので、私と私の孫娘の一人はとっとと部屋を後にすることにした。さっきまで渋っていた本人さえ、嵐を恐れてそそくさと退室するのを選んだ。
途中で別れて、私は『教材』を取りに行く。その間に私たちが教室と呼ぶ場所に、孫は向かった。何冊かの本とデータディスクを数枚。それに私の教え子が私によって扱い方を学ばされ、ことによると実際に扱うことになる蓋然性のある有りっ丈の物品を詰め込んだバッグ。総重量は、本来細腕の持ち主には重労働となるほどだったが、私には大した重量ではなかった。もっと重いものを持ち上げたこともある。ただ嵩張るので、そちらの方は問題だった。取り戻した若年時代の顔に、皺が寄る。
教室では、既に孫娘は彼女の準備を終えていた。ノートは無く、ペンも、消しゴムも無い。白い服を纏い、銀髪を腰まで伸ばしている少女は、高すぎる椅子に腰掛け、椅子と同じく、彼女には多少大きい教育机に肘を突いている。私は持って来た物を、その教育机の前にある私の机に置いた。教室にある再生機器に、ディスクをセットする。だがこれはもう少しの間、使わない。さて、私が彼女に教えるのは、一年前に決意したように四つのことだった。
士気。技術。信念。生き方。どれも完璧ではないが、そうであるにしても、四人が四人、各自なりに学んでくれたものと考えている。今では私が直接指導することも少なくなった……孫娘たちの中には私を慕って、指導を求めて来る者もあるが。
そんな中でどうして私が、この少女、ウィンタを指導し続けるのかと言えば、彼女が我々にとって、とてもデリケートで、尚かつ欠かせない存在であるからだ。私が彼女と初めて顔を合わせ、指導を始めた時、私にはウィンタが死ぬ為に生まれて来た存在であるかのように見えたものだった。
恐らく、ギルドは彼女を量産化するつもりだったのだろう。それにしては高コストな機能もふんだんに取り入れられていたけれど、それであっても、ギルドならやる筈だ。ウィンタは暗殺やその為の諜報に特化している。が、生きて帰ることは期待されていない。このことは、彼女のボディの耐久性(これは彼女の能力の関係もあるが)を始めとして、施される予定だった教育プログラムを見れば、誰にでも明らかなものだった。私は憤慨したものだ。一番に活用されるべき存在が、マッチみたいに呆気なく使い捨てられると来た。
私は教えることに夢中になった。元から、教えることは嫌いでなかったし、得意でもあったのだ。私は二つのことを教え続けた。殺されない為の方法と、殺す為の方法。針金が一本あれば、我々は背筋を凍らせずにはいられないようなことをやってのけられるものだ。そして、今日も私はそれを教える。あることを除けば、彼女はいい生徒だった。決して、一言だって自分からは喋ろうとしなかったが、理由は明確だった。彼女には声が無いのである。彼女は発声出来る。私におはよう、と挨拶をすることも出来るし、歌も歌えるだろう。
だがそれは彼女の声ではない。彼女が持つ彼女固有のものは、その外見くらいだろう。目の色だって、網膜パターンさえ、彼女は変える。これらのことが、ウィンタを無口にし、思考の海に深く沈みこみがちな少女にしてしまったのだった。いつだったか彼女は珍しくも、私に頼んだものだ。いつか、自分の為だけの、ウィンタの声をくれ、と。それが果たして本当に救いをもたらすのかは分からなかったが、それを私は確約した。
これにはウィンタの友人であり、さっき益体もない話をしていたサマーの願いもあった。どうも不思議なことに、サマーはあれだけ喋るのに、ウィンタと仲良くやっているのである。一方通行な会話でもお互いが満足しているのだろうか。不明である。
四十五分の座学と、一時間の実践を終えて、教官としての私は一旦お役御免となる。すると、教室のドアがノックされた。開けると、協調を教えるのに誰より気を揉んでいる孫娘、オータムが立っていた。彼女は私には礼儀正しく振る舞い、態度も柔らかで服従するが、これがもし別の者であれば、傲岸不遜で手の付けられない、頑なな態度を崩さないようになってしまうのだ。
しかも、私への忠誠心が、彼女の取るべき行動と、彼女が実際に取ろうとした行動を違わせたことも少なくない。忠誠を持つのはいいが、目的を優先して欲しい。オータムは、情報収集していたスプリングが、何らかの新しい情報を得たと報告して来たと伝達してくれた。どのようなものかを尋ねる。が、スプリングは私にしか教えないと言ってオータムに教えるのを拒否していた。溜息を吐く。多分、オータムへの悪ふざけの一環だ。
「分かった、私が行こう。ウィンタ、今日はここまでだ。明日の今日と同じ時間までに、渡したデータを記号論理学を使って纏めろ」
こくん、と首肯する。オータムに目をやると、彼女はすぐさま戸口から右斜めに一歩退いた。退室し、ブリッジに向かう。オータムは、疑うらくもなく私に最も忠実な兵士であり、少なくとも私の前では、無意味で感情的な行動には出ない。私としては、それが気に掛かる。
私の横を他の孫娘たちと同じように歩いているが、さりとて私と雑談を交わすでもなく、私が近くにいない時に顔に貼り付けている、不機嫌な表情をするのでもなく、何処か満足気というか、喜ばしげにも見える頬の緩みがある、という様子だ。気にならない訳がない。私は彼女に質問をしようかとも思ったが──それがオールシーズンズの指揮官として正しいことなのかどうか、確信が持てなかった。
「それでは、私はここで。訓練がありますので」
「ああ。励むがいい」
ブリッジ前で別れる。彼女は私の孫娘の中でも鍛錬に余念がない。暇さえあれば考え事をするか、そうでなければ訓練をしているほどだ。私は彼女が気を抜いて休んだところをついぞ見たことがなかった。そういうところも気になる点である。調整がないと、精神は磨耗する。時には一日、勿論、我々の活動に支障が出ない範囲でだが、一日遊ぶのも良い。ただ現実問題、現在の我々にそんな余裕はないのだが。ま、いいだろう。これが、この計画が終わったら、少しの間は忙しいだろうが、一定の沈静を見たら散々遊び倒しに行こうではないか。
「スプリング、何の情報が入ったのか、私が聞いたからには教えて貰えるのだろう?」
「もっちろん。あ、でも、あのドリル頭は何処? 念の為、皆に教えておこうと思ったんだけど、あの馬鹿、通信もオフラインなのよ」
ピンクの髪をかき上げて悪態を吐く。訓練中には私からの回線以外はオフにしているのは前から知っている。呼び出そうかと言ったが、いなくとも構わないし今は機嫌が悪そうだから、と彼女が言うので、呼び出さないでおいた。後で私から伝えておくことにする。
ああ、機嫌が悪いのはサマーのせいだろう。ウィンタがいなくなった後、彼女は好き勝手に振る舞い、オータムを不必要に刺激し、きつい一撃を受けたそうだ。これらは張り飛ばされた本人が大いに立腹しつつ語ってくれたことである。仲良くして欲しいものなのだが。
「ええと、情報についてね。今のところメインの問題、私たちの同類がどういう動きを取ってるかだけども、予定通りだねぇ、基本は。ただこの前、情報をリークした三姉妹についてだけど、読み違いが一つ。多分痺れを切らしたんでしょ、もう艦をロマノフに向けたわ」
「攻撃するとしたら、そうするだろうな。あの艦にはアンドロイド研究に詳しいギルドの人間も乗っているから、何処が研究に最適か、何処でギルドがアンドロイド開発を進めているか、その類の者なら簡単に分かる。何、予定が早まっただけだ。七人組の方は?」
「ありゃ情報漏れが酷いからねえ。といっても、ギルド内部への、だけど。流石に外部には中々漏れないし……もう蘇った後みたい。でも命令された通りに十二姉妹が襲撃しに来るって情報は流しておいたし、当分は動かない、動けないでしょー」
私は頷いた。計画は順調に進行中だ。こうでなくては面白くないが、かと言ってずっとこう静かでも面白くない。そろそろ行動しよう。火蓋を切って落とす時が来た。私は煙管を咥え、ゆっくり吸い込むと、紫煙を吐き出しつつ、落ち着いているような声を装って言った。
「フェイズ1終了。誤差の範疇だ。良く務めたな、スプリング……情報に酔った連中が、ロマノフに来るだろうよ」
マルチアーノの降下を確認次第……『黄昏計画』は、フェイズ2に移行する。早く、そうなればいいものだが。
最終更新:2010年11月20日 15:50