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 私は三つ編みを解き、ベレー帽をリュックサックの中に仕舞い込んで、民族服で顔が見えないようにしたニグリティアお姉様と一緒に、宇宙港を歩いていた。ノネットお姉様は我々を生み出したと言ってはばからない(最悪だが事実だ)男と、あれこれの手続きを面倒臭がりのニグリティアお姉様に代わってやっていた。
 歩いていると、周りの目の多くが私の持ち物に向かっていることに気付く。それも無理がない。私はニグリティアお姉様のかなり我侭な要求で、バレットライフルの入ったケースを持ち歩いていた。人々としては、私より余程背が高く大人であるらしいと思しきお姉様が、どうしてケース一つ持ってやろうとしないのか、という考えもあるのだろう。馬鹿げたことである! お姉様に銃のケースなど持たせたら、こんな振り回したら危ないものを持たせたら、私の苦しみも到底及ばない、本物の苦しみが私を哀れむ人々に降りかかることになってもおかしくないだろう。
 一般的に、ニグリティアお姉様に持たせるべきでない、とされる物品はこうだ。銃を含む間接攻撃武装、サーベルを除く直接攻撃武装、そんなものを見たことはないが、十二姉妹の写真集。どれを持たせてもロクなことにはなるまい。お姉様はあれでいて、サーベル以外の直接攻撃武装を取り扱うのが上手くない。これもまた、彼女を責められることではないのだが。何せ、彼女が槍を振るうなり、鉄パイプを振るうなりして当たれば、大抵の敵は即座に死ぬのだ。一々、武器ごとに異なる技術を身に付けるのも面倒だったのだろう。我々アンドロイドの利点として、ある程度は人工脳へデータを、膨大な時間を掛けることも無しにインストールしてしまえるのだが、所詮それはデータだ。最終的な能力は、訓練の末に得られる。
「アル、喉が渇いた、なんて思わないかしら?」
「アンドロイドは渇かないと思いますが。当て所なく歩き回るのが退屈になって来た、というのなら、そう言って頂けますか」
「では言いましょう。退屈ですわ、何とかなさい」
 吐息が漏れたのは、私がこの手の行き当たりばったりで予測不可能な行動に、毎日毎日振り回されているからだ。私たちが一年前、パスクアーレ・ペトルッツィの粛清部隊にいた時からずっとだから、吐息だけで済むのである。怒ったって彼女には堪えないだろうし、むしろ逆ギレされて小突かれるだけだ。そしてその小突くというのは、パワー型のお姉様故に通常のダメージでは済まないのである。水を一杯に張った金タライを頭頂部に何発か落とされてみれば、私の受ける痛みを分かって貰えるだろうが、分からない方がいい。
 ふーん、退屈を紛らわすにはどうするか、か。面倒なことだ。そんなに退屈ならお姉様が大好きな十二姉妹で妄想でもしてろと思う。ニグリティアお姉様のことだ、一週間はぶっ通しで妄想出来るだろう。映画にでもすればいいような、ドラマチックなストーリーでだ。しかしそんなことを言ったところで、彼女が納得するかと考えれば自ずと答えは出て来る。ノー、だ。彼女は私に問題解決を求めている。ニグリティアお姉様が「お姉様」と呼んで慕う十二姉妹に、ではない。だから彼女はきっと、私がそう答えることを気に入らない。
 ならどうしようか。喫茶店にでも入ってお茶を濁すとしようか。持ち合わせはある。『お小遣い』として渡された時はイラッと来たが、金は金だ。今使って悪いということもないだろう。提案すると、自分で喉が渇いただのと言い出したにも関わらず、渋々みたいな顔で、喫茶店へと足を向ける。
 そこは実に、単なる喫茶店であった。何の特別さも無い喫茶店だ。コーヒー、紅茶、ケーキ等のお菓子、軽食。つまり、今の私たちが時間を潰したりするには持って来いの場所だということだ。私は紅茶を頼んだ。お姉様も同じようにした。ノネットお姉様はどうだか知らないが、我々は、あの男の出すコーヒーに辟易していたのである。やたら黒くて苦いのはもううんざりだ。
 ついでに二人で相談してケーキを頼み、半分ずつ交換して食べることにもした。宇宙港の中にある店だけあって値段は高くしてあるが、別段問題は無い。紅茶は、色が紅くて紅茶の味ならそれでいい、その上で暖かければ一切が文句無しだ。ケーキも似たようなものである。
「お待たせいたしました」
 持って来たウェイトレスは、お姉様の奇妙な格好を見はしたが、世の中には色々な人のあるもので、その坩堝である宇宙港で働く彼女が、多少普通ではない格好をしているくらいでじろじろ見たりする訳が無かった。彼女は丁寧な仕草でカップと二種類のケーキを並べると、一礼して次の仕事へと取り掛かって行った。私たちはここ一年の無聊さ──統合政府から逃げ回ったりギルドの目から逃れたりという、お姉様の気性には少しだって合わない活動を嘆き合う。私としては別にいいのだが、お姉様は私が理解者の振りをするのを望んでいた。当然、心の底では私がこういう時の彼女を生暖かい目で見ていることを知っているのである。彼女が虚しくならないのが不思議なものだ。
「お姉様、半分ずつですから、どうぞ」
「でしたわね。ありがとう、アル。はい」
「ありがとうございます。この店、紅茶についてはノーコメントですが、ケーキは意外と美味しいですね」
 そうですわね、と微笑むが、ケーキを食べる為に顔を俯けているので、変装に使った民族服で鼻から上が隠れ、怪しげにしか見えない。私たちは残りの半分ずつを綺麗に平らげて、飲み干してしまった紅茶をもう一杯頼み、それを飲み終わったら一旦店を出ようと決めた。さっきのウェイトレスがまた来て、同じ動作で紅茶を置いてくれる。
 そうして私とお姉様の互いが、カップの半分くらいを飲んだ時、私たちのいた四人席に一人の女性客がやって来た。相席でもいいか、と言う。私たちは目配せもせず、通信でやりとりし、受け入れた。銃の入ったケースをお姉様の方の空席に移動させ、私の隣の席を空ける。
 相席にするほど混んでいるのかと店内をさっと見回してみた。確かに、私とお姉様は話していて気付かなかったが、相席にされるのも仕方ない混みようになっている。新しい便でも来たのだろう。何だろうと、どうせ残り半分を飲み終えれば私たちは会計を済ませてここを出るのだ。混もうが混むまいが、差し障りは無かった。
「何処から来られたんです?」
「ゲテルトバ星系のギダンからです。ちょっとした小旅行ですよ」
 ニグリティアお姉様は嘘を吐くのが下手なので、いつも私が偽経歴を喋らなければいけない。金髪の女性は大きく頷き、嘘だと断定した。この時点で、私とニグリティアお姉様は目前の女を殺す方法を模索していた。彼女は敵だと、完全に状況が我々に伝えていてくれた。ギルドか? 統合政府か? それとも何か別の連中か? 少なくとも十二姉妹ではないという点で、お姉様は殺害を躊躇い無く決定した。
 とはいえ、ここは宇宙港である。ここで銃撃戦をするのは賢いとは言えない。私は嘘じゃありませんよ、失礼な、などと言い返してから、紅茶を飲み終えた。それが店を出ようという合図だ。お姉様はカップに少し残っていたが、席を立った。入れ違いにあのウェイトレスが、不気味な女性客の注文を取ろうとやって来る。それを避けてレジに向かい、お姉様にはケースを持って先に外に出て貰った。そうしておけば、襲撃時にすぐお姉様が反撃出来る。ケースの中には予備弾倉も何本か入っているから、当分は心配が要らない。
 会計を済ませて外に出る。お姉様は鋭い目つきで辺りを観察し、安全な位置から店を見張っていた。私もその隣に立つ。あの女が誰か、私たちには分からないが、分かるようにしてやるつもりだった。ケースの鍵を外し、操作一つでいつでも開けられるようにしておく。リュックサックには私の為の拳銃と弾倉もある。敵一人にそれで足りないことはない。監視を続けて、十五分が経った。女は出て来ない。ノネットお姉様に連絡しておこうと思い、そうする。彼女はすぐに行くと言った。と言っても、十分かそこらはどうしても掛かるだろう。
「少し、お話をさせて頂いても宜しいでしょうか」
 声が掛かった──お姉様は凄い勢いでそちらを向き、私はケースの留め金を四つの内三つまで外していた。そこにはさっきの女が、いや、あの女に良く似た髪と顔の女が立っていた。身長も同程度だろう。私たちは彼女を見据えた。彼女は私たちをただ見ているだけだった。が、私は確信していた。ロクなことにはならないぞ。きっと、どうしようもなく酷いことが起こってしまうだろう、お姉様を見る限り。
「何でしょう」
 けれど一応、私は尋ねてみた。こういう時も受け答えは基本的に私だ。お姉様ではない。あ、お姉様でも、ノネットお姉様なら別だ。彼女は私の相棒など比べ物にならないほど繊細な能力を有しているし、私だって彼女には敵わないだろう。そうだ、きっとそうである。
「……貴官には話していない。私はニグリティア殿に話している」
 ほーら、ロクでもないことになった。ニグリティアお姉様の雰囲気が変わる。この薄ら馬鹿は気付いていないが、怒気に溢れている。彼女はギルドであることを告げた。それは予測していたし、彼女の言葉から彼女がアンドロイドであるということも分かっていたけれど、何が驚いたかと言えば、ニグリティアお姉様をギルドのアンドロイド隊副隊長に据えたい、との申し出だった。お門違いもいいところだ。
 『副隊長』! 誰かの傘下に置かれろと言っているのか、こいつは。かつての隊において、ノネットお姉様は実質的リーダーであった。しかし指揮系統上は、ニグリティアお姉様こそがアンドロイド隊隊長ということになっていた。それを副隊長として迎える、だと? 侮辱もいいところだった。いきなりやって来て、神経を逆撫でして、彼女たちは、命を自ら縮めているのが分からないのであろうか。
 彼女は書類を携えていて、それをお姉様に手渡した。ニグリティアお姉様の我慢の記録が更新されたことに気付き、少しにやりとする。手渡された書類をぺらり、ぺらりと捲るお姉様。その姿をじっと見る気に食わない高慢ちきな女に気付き、お姉様はそのことを尋ねた。金髪女は魅力的に見えるように表情を作った──私には分かった。何故って、私にだって目はついているし、観察すれば誰にでも分かる。
「データとの照合をしていました。つまり、ニグリティア殿、あなたのね。あなたはご存じでないかもしれないけれど、我々の中では、あなたは有名なのですよ。五十口径をも跳ね返すボディの強靭さ、十二姉妹への敵意の強さ、人工筋肉の性能も我々とは段違いですし、これこそご存知か分かりませんが、肌の手触りまでも、あなたの方が人間に近い。知っていても、やはり間近で見ると感嘆しますね」
 ああ、真正/真性の馬鹿か。どっちでもいい、同じようなものだ。彼女は二つ間違えた。十二姉妹に対する彼女の想いを誤って捉えて、うっかり自分たちとお姉様が同一の感情を抱いていると思ったことが、まず一つの間違いだ。もう一つは、言う必要ってあるのだろうか? 自分のやってしまったことの重大さを理解せず、金髪女は熱く語る。ふと思ったが、こいつはアンドロイド隊の平隊員なのだろうか。ニグリティアお姉様に敬語を使う。しかし私に上官口調で話す辺りから考えると、平ではないらしい。それか先輩風を吹かせてるのかだ。
「十二姉妹、あの忌々しい売女共を打倒し、屈服させ、隷属させることは、ニグリティア殿が望まれていることでしょう。私たちがお手伝い致しますわ。あなたにこれまで従って来たような無能揃いの部下ではなく、有能な、私たち七曜姉妹が」
 あ、これが三つ目の間違いだ。十二姉妹を、例えどんなに軽い言葉であったとしても、本気で貶めてはならない。これも彼女の思い至らないところだったらしい。データ不足もほどがある。それとお姉様の悲願について余りに俗っぽい理由付けをしているのも頂けない。
「アルヴィス」
「はい、お姉様」
 私もお姉様に賛成だった。私は留め金の最後の一つを外し、ケースを振るった。ライフルが飛び出て、お姉様がそれを片手で受け止める。構えると、丁度銃口が七曜姉妹とか言う連中の一人の顔面に突きつけられる形になった。その時の彼女の表情は、驚愕と怪訝だった。
「? ……えっ?」
「闘争は私たちで十分ですし」
 トリガーに指が掛かる。七曜姉妹はまだ動かない。動けないのか? 雑踏の人々が何事かと注目を始めたが、これから始まることには、未だに思い至っていないらしい。能天気に毎日を生きる連中はこれだから困るというのだ。真実の瞬間が始まりかねないというのに。
「あなたたちの首は不要ですわ。だから──さようなら、七曜姉妹」
 腹に来る音が響き、顔面が抉れ、陥没し、人工脳の破片が飛散し、金の房が揺れながら舞い、何故か無事な眼球が私の足元へと転がり、その後、彼女はやっと倒れた。悲鳴は耳に入らない。ああ、戦場に戻って来てしまったのだろうな、私は、私たちは。そう感慨に浸る。だがそう長くの間、そのような贅沢を行える訳ではなかった。データによればAK74の銃撃で発生する音が、私たちから遠くない場所、五十メートルそこらから響いていたからだ。私たちはひとまず遮蔽物を探しに取り掛かり、すぐに見つけた。通路の曲がり角である。これなら貫通されることも無い。敵は植樹してあるプラントの後ろに隠れていて、そこから手と顔を出して発砲しているのが見えた。
 ノネットお姉様に、交戦を始めた旨を告げる。彼女は呆れ返っていたが、銃声の激しさに呆れてばかりはいられないと思い直したようだ。一緒にいたあの男は艇へと戻ったそうで、すぐにでも移動を開始出来るようにしていてくれるとのことだった。では、早めに片付けよう。幸いにも敵になりうる敵の数は明確だった。七曜姉妹に七人より多くいるものだろうか? よって、残った敵は六名のみということだ。
 お姉様には躊躇は無かった。元より、私もノネットお姉様もニグリティアお姉様も、躊躇は少ないのだが、ニグリティアお姉様のみが、十二姉妹に対して躊躇いのようなものを見せることはあった。が、それは十二姉妹にのみ向けられたのだ。私が言いたいことを纏めよう。彼女は、例えばさっき紅茶を運んでくれたあのウェイトレスを、喫茶店ごと吹き飛ばすことに何の感情も抱かなかった。敵がいたのだ、あそこには。今もいたのかもしれない。分からないが、なら撃ち込めばいい。私もそう思ったし、ノネットお姉様だってそうだろう。兎に角、ニグリティアお姉様は何発か弾を撃ち込んで、厨房のガスにでも火をつけたのだろう。喫茶店と店員、客を丸ごと吹き飛ばした。
 焦げた片腕が私の近くに落ちて来る。やれやれ、血飛沫が掛かってないことだけが幸運だ。服を汚すのは好きじゃない……誰でもそうだ。暫く撃ち合っている内に、ノネットお姉様が別方面からやって来た。私たちは合流するには難しい位置にいたので、各々で撃ちまくった。お姉様が遮蔽物に隠れたまま、私に尋ねる。が、通信ではなく言葉を発しての問い掛けだったので、一度目の問いは聞き取れなかった。
「アル、拳銃以外に何か持ってるかしら」
「生憎ですね。拳銃二挺が私の武器です。さっき撃った女も武器を持っていないようでした。恐らく、私たちを刺激しないようにかと」
「でなければ奪われるのが怖かったのかもしれませんわね。アルヴィス、バレットを渡しますわ。合図で撃てるだけぶっ放しなさい」
 投げ渡されたライフルの残弾を確かめる。装着された弾倉には七発入っていた。さっき一回、稀なことに自分の手で交換したからだろう。彼女は銃撃が途切れる一瞬を見計らうのが上手いと、私は思っている。今回も彼女は失敗しなかった。軽機関銃持ちが発砲しはしたが、一弾とて当たらなかった。走り出す前に与えられた合図により、私は発砲しつづけることに集中したので、お姉様がどのルートであの六人に肉薄したかは知らない。すぐ傍に飛び降りたのは見えた。そしてそこからが敵にとっての悪夢の始まりだったのである。
 お姉様は心底怒っていたのだろうと思う。私への態度はそこまで彼女を怒らせなかっただろうが、その他諸々の余りに不注意な言動が、かくも恐ろしき事態を引き起こしたのである。全てが終わった後、私はお姉様に声を掛けたが、そうするのは恐らく早過ぎたのだろう。彼女は無表情だった。普段のように感情を良くも悪くもストレートに表現するのではなく、何も感じていないような無表情さだった。
 それが却ってニグリティアお姉様の抱いた怒りをより大きく、より強く感じさせるのだ。ノネットお姉様がいなければ、もっと長い間、お姉様はそんな顔をしていただろう。私がライフルをケースに仕舞わせて貰おうとした時の顔は、絶対に忘れない筈だ。強烈な印象になって、私の中に残っている。それは何故だろう? 私は彼女に、本質的な恐怖を感じることはない。考えてみたが、分からなかった。しかし見当をつける為のヒント、というレベルの事実なら判明した。恐らく、私は悲しかったのだろう。

*  *  *

「戦闘データの研究だなんて、本当に暇なんですのね、アルヴィス」
「ええ、お姉様と同じほどには。何なら一緒にやりますか? ベッドの上で寝転がってやってると、程よく眠くなりますよ」
「うーん、遠慮しておきますわ、ありがとう。それより、ね、アル。ちょっとこっちに来てくれるかしら?」
 何だろう、と寝転がっていたベッドから降りて、私は近づいた。後三歩でお姉様に激突するというところで、彼女の方から接近して来て、私をぎゅーっと抱き締める。ああ、またかと私は思った。最近お姉様の中でマイブームなのが、私を人形のように抱き締めることらしい。時にはそれに終わらないこともあるが、大抵は数秒間抱き締めて私の圧殺を試みた後、「とっても満足」という顔で去って行くのである。
 今回は満足頂けたと思われて、私を離した時には前述の顔をしていたが、去って行きはしなかった。代わりに、同行を求められた。何処へ、という情報を意図的に教えまいとするところから、私はそれがノネットお姉様のところなのだと簡単に推測することが出来た。
 ここ数日、ニグリティアお姉様はノネットお姉様を徹底的に回避し続けていたのだ。お叱りを受けるのが怖くて、とは本人の言葉である。本来隠れ忍ばねばならない私たちが、宇宙港でいきなり撃ち合いを始めたのであるから、普通に考えて見れば、誰でもそうするだろう。立場が違っていれば、私でもそうする。ニグリティアお姉様はそう理解しているのだが、怒られるのはまた別の問題であり、今回はことがことだけに、ノネットお姉様の怒りようも尋常ではないだろうという予測の下、彼女は捕まらないようにしていたのである。
 けれど、流石にずっと逃げるとも行かない。聡明ではないが馬鹿ではないお姉様は、怒られることを受け入れた。但し、私同伴だ。こういう時のお姉様の手は二つある。一つは私に全責任を押し付けて逃げを打つ手。もう一つは、二人の責任にして怒りを分散する手。どっちも結局のところ、自分への被害を減らそうとしているのだから、潔くないが、ノネットお姉様が本気で怒るつもりであるなら、そんな小細工をしたって意味はあるまい。余計に怒らせるだけだ。それが分かってないのだろうか? しかし、私はそう言わず、頷いた。
 ぱぁっ、と顔が晴れる。分かり易い人だ。それが、彼女のいいところでもある。あんまりに分かり易くて単純で、楽観的なのがいい点だ。それに、釣り合いは、悲観的態度を崩さなくて理解されにくい性格の私が傍にいるせいで取れている。好きなだけへらへらしていて欲しい。
 ノネットお姉様が寝起きする部屋へ向かう。普段、用が無ければそこで読書している彼女は、今日もそうしていた。お姉様が目に見えて、びくびくし始める。怒りが引けば、彼女はノネットお姉様の怒りに臆病になる。私はおかしくて頬を緩めそうになったが、引き締めて、私の後ろに隠れようとする(が隠れられる訳が無い)ニグリティアお姉様を、我々の実質的なリーダーの前に引きずり出してあげる。彼女はてっきり私が一緒に怒られてくれるとか、庇ってくれるとか、つまり自分に都合のいい展開を望んで私を連れて来たのだろう、激しく抵抗したが、私が少し大きな声で彼女の名を呼ぶと、降り掛かると思っている災厄に、涙目になりつつ身を縮こまらせて前へ出た。
「う……ノネット……そのぅ、話があって。いい、かしら」
 ぱたん、とそれまで読んでいた本を閉じ、机に向かい私たちに背を見せていたのを振り返って、ニグリティアお姉様の目を見据える。
「なんだ。何か言いたいことがあるのか」
 もうそろそろ泣き出しそう、という顔で私を振り向くが、私も私で睨みつけると、慌てて前を向き直った。俯いているのは頂けないが、しかし、なんだ。私たち三人の中で一番の子供はどう考えても彼女だな、と思わせる行動である。私たちでヒエラルキーを作った場合、これまで私が最下位だろうと思っていたが、実はニグリティアお姉様が一番下にいるような気さえして来た。私に睨まれて泣き掛けるし。
「その、怒っているのでしょう? 宇宙港で銃撃戦をしたから、私とアルヴィスが」
 御丁寧に道連れにしようとしてくれている。が、私はそれこそ無駄だと知っていたので、平気なものだった。平気な理由に、私が、わざわざお姉様と一緒にここに来た理由があった。もう最初も最初っから、ノネットお姉様は誰に対しても怒ってなんかいなかったのだ。彼女はそういう性格だった。どうせギルドとは遅かれ早かれ本気の殺し合いを始めるのだし、切欠を作ったくらいがどうだというのだ。ノネットお姉様を怒らせようとしたなら、任務中にセクハラをするのが最速だろう。これは私の相方が良くやり、その度に怒られている。
 彼女、ニグリティアお姉様に誤解されていた彼女は、単にどのような経緯で発砲に至ったのかを、知りたがっていただけであった。私からの説明だけではなく、もう一人の当事者の話をも聞きたかったのだ。敵の戦闘能力分析をするにはそれが最も簡単な方法だったし、私たちの開発主任は私の持ち帰った敵のボディを解析していたが、それは数時間で解析出来るようなものではなかった。その間にもし、また敵アンドロイドの襲撃を受けたなら? そういうことを考えておいて、敵の戦術傾向を調べるのは悪いことではないだろう。
「怒ってはいない。呆れはしたが、いずれはああなる状態だった」
「え、怒ってないんですの? なぁんだ、心配して損しましたわ。そうですわよね、相手すると色々と面倒な『政府』は捨て置くとして、ギルド連中ごとき……」
 ノネットお姉様が真実を告げるや否や、普段の大きな態度に舞い戻る。ぴくりと眉が上がったが、ニグリティアお姉様は気付いていない。
「私が言いたかったのはな、ニグリティア。小言じゃなくて、何故撃ったか、ということだ」
「あのア」
 誰の為にも、ア、以降は私の耳に入らなかったことにしておこう、と思う。ノネットお姉様が驚く顔は、ニグリティアお姉様のそれよりもレアだけど、私はそれをはっきりと見た。まさかお姉様がそんな言葉を口走るとは! いつも十二姉妹の妹として恥じない言葉遣い立ち振る舞いを、と心がけているなどと言っているにも関わらずこれだ。
 だが説明しておくと、彼女は一語で言葉を終わらせなかった。語彙豊かな彼女は、それはもう色々な言葉であの時交戦した金髪女たちを扱き下ろした。私はこれまでこのような一種の退廃的芸術を垣間見もしなかったし、これからもそうあり続けたいものだと思う。もしこれら言葉の羅列を修道女で一杯の教会で叫んだなら、余りの冒涜に気絶した彼女たちで教会の床は埋まるだろう、そう思わせるほどだった。私は彼女の言葉を、論理学的に分析してみたら面白いに違いないとも考えたが、やりたくはなかった。
 何と言っても、一般的に汚いとされ、公の場で使うことは禁じられることもある言葉を惜しげもなく盛り込み、普通人が知らないような、大昔の歴史上の出来事に由来する蔑称や、今はもう無くなった差別対象に向けられる単語やら、人類の汚れ全てを一文に凝縮したのだ。聞き終えた時には、私はとっとと銃を頭に突きつけて引き金を引くべきではないのかと半ば真剣に考えていた。
 すんでのところで止めて、呆れて何も言えなくなっているノネットお姉様に視線を送る。その視線が彼女の硬直状態を解く手助けになったようで、彼女は咳払いし、ニグリティアお姉様の録音しておいていつか忘れた頃に流してやりたくなる台詞を封じて、先にしたのと同じ質問を繰り返した。この時は既に、軽率極まりない方のお姉様も冷静さを取り戻していたので、七曜姉妹への苛立ちを欠片も隠さず、しかしちゃんと答えた。
「一つ、態度が悪い。二つ、『私の』お姉様への侮辱。三、私の肌を蔑んだ発言ですわよ? 生きて帰す理由がない!」
 信じらんないー、と言って、足で床をぱたぱた叩く。これら三つの禁じられた行為を、一気に全部やってくれた七曜姉妹は凄いものだ。
「むしろ人の形が残ってたのが不思議なくらいですよ。優しくなったんじゃないですか、お姉様? 悪魔の園のナナメ横断ですよ?」
「しかしなぁ、お前ら。発砲は思い止まれなかったか?」
「無理ですわね。というか、無理でなかったら思い止まってますわよ」
 どうだか、と私は皮肉っぽく笑った。

*  *  *

 私は眠さもあってイラついていた。それに、この会議を開くといきなり決定し、有無を言わせず実行したのはエイプリルだったのに、当の本人が中々姿を表さないことにも苛立たしさを感じていた。時間を確認すると、普段ならぐっすり寝入っている頃だ。小さく溜息。
 円卓には十人が揃っていた。年末たちは船を漕いでいるし、オーガストも時々前傾姿勢を取りそうになっているが、それでも揃っている。そしてそこに足りない四人の内二人は永遠に欠けてしまった。残りの二人、ニルソン様と長姉は何か話しているのか、姿を表さない。
 ここのところ、十二姉妹の行う会議はANSのボディ交換関係や、彼女らと一般姉妹兵の戦術的運用訓練関係のものばかりだった。次の戦闘行動についての打ち合わせが無かった、ということだ。それは私にとって気に入らないことだった。我々はギルドに反旗を翻し、彼らを叩き潰す為に行動している。ならばまず攻撃だ! 敵を打ち砕き、敵を打ち砕き、敵を打ち砕かなければ、我々に真の勝利は無い。
 だから最近のエイプリルの行動は、私にとって不愉快極まりないところだった。敵を避け、弾薬や食料などを調達するばかり、それらを消費することを極端に厭っているようだったのだから。所詮、食料も弾薬も消耗品である。使ってこそ、真価を明らかにする。無意味な温存は馬鹿げている。私は問い質したものだ、温存の理由は何か、と。彼女は答えなかった。まだ話すべきタイミングでない、という素振りには苦言を呈さざるを得ない。我々は十二姉妹だ。姉妹にも言えないことがあるというなら、おかしなことだ。
「お待たせ致しまして申し訳ありませんわね、皆さん」
「すまないね、皆」
 ニルソン様とエイプリルがこの会議室に入って来る。私たちは全員起立して迎えた。二人が腰掛けるのと同時に、私たちもそうする。さて、ようやく会議は始まった訳だ。時刻は午前の三時半だと、会議室のアナログ時計が私に教えてくれている。早めに終わらせたい。
「エイプリル、それで、今回の議題はなんですの? 緊急会議だと言うから来てみれば、一時間近くも待たされたんですのよ?」
「今回の議題については、ニルソン様から伝えて頂きますわ。この緊急会議自体、ニルソン様からの要請で開かれたものなのですから」
 少しバツを悪くして、引っ込む。ニルソン様が提案者だと分かった以上は、強く出られない。黙って聞いているしか無いだろう。エイプリル以外の姉妹の目が、老いて尚、その精神の若々しさを感じさせるニルソン様の瞳に集中する。彼は苦悩の様子を見せていた。が、やがてその苦悩を振り払うと、私たちにとんでもないことを告げたのだった。私はその言葉でようやく、二人が遅れた理由を察した。
「セプが、生きている」
 衝撃が走った。体全体が冷たくなる。ニルソン様の言葉が理解出来たのに理解出来ていない感じがして、不気味で不思議な平静さの後に、大きな焦燥と恐怖、喜び、希望、その他、喪った親友を取り戻せるかもしれないと分かった時、心ある者が感じる全ての情が突如訪れた。
 椅子を蹴立てて身を乗り出そうとして、隣に座ったマーチに引き戻される。きっ、と睨み付けそうになるが、なるほど彼女も尤もだ。ニルソン様の話はまだ終わってない。十二姉妹は、いや、私、ジャニアリーは、どうしたら最愛の親友であるセプテンバーを取り戻せる? それが何よりも大事だ。何故彼女が生きているのかなど、大したことではない。生きているという真実こそが最上の喜び、重要な事実だ。
 私はすっかりエイプリルへの不愉快な気分を忘れ去っていた。ニルソン様がどうしてあんな辛そうな顔をしているのかも分からなかった。
「十二ヶ月前。クーロンで君たちと戦った『彼女たち』のAIは、セプのもののレプリカと言える。鹵獲品で判明した、確かなことだよ。ギルドは何らかの理由で『オリジナル』を手に入れたと考えるべきだろう……そして、今回の事件だ」
「ギルドの『新型』を『自称妹』ニグリティアが宇宙港ごと吹き飛ばした、アレか……というか、さっきの動画がその事件の映像だろ?」
 メイがうんざりした口調で言う。横のジュライが、生きていたのね、厄介な、と呟いた。その言葉はその場全員の気持ちを代弁していた。
「問題はギルド側の最新型ですわ。七体も新造出来るということは──ギルド側に『AI』または『データ』が生きているということ」
「それって!」
「黙って、聴こえない!」
 またもマーチに邪魔される。私は辛抱した。この世に生まれてからこの方ないくらいの辛抱強さを見せた。ニルソン様は重々しく言った。
「つまり、全ての条件が揃えば、セプが帰って来る」
「何処。何処ですの。ニルソン様、セプは何処にいるんですの? ニルソン様!」
 はしたないことだと知っていても私は、そう叫ぶのを止められなかったし、止める気も無かった。セプが生きている! その知らせは、私にある種の変化を与えていた。体が熱くなり涙が滲みそうになるが、それは押さえ込む。セプ、セプ、ああ、セプ、生きてるなんて! 何度、夜の暗闇の中でそう願ったか、私にも分からなくなってしまっていた。彼女が死んだなんて、思えなかった。その内ひょっこりと、私をからかう時のにやにやした顔で、また私の前に姿を見せて、抱き締めてくれて、優しく労ってくれる、と思っていた時期さえあった。それは最早、幻の未来ではないのだ。私には見えた。彼女の微笑が見え、声が聞こえた。耳元で囁くような柔和な声が、私には聞こえた。
「惑星ロマノフ。アンドロイド・プラントの所在地かと思われている場所ですわ、ジャニアリー。恐らくは、敵にもアンドロイドが」
「そんなこと関係ありませんわ、エイプリル、ええ、関係ないのです! 私たちはあそこへ行きますわ──そして、助け出すんですのよ! いつだったか言いましたわね。セプの仇は私が討つ、と。尚早でしたわ、だから言い直しましょう。セプは、私が、助けてみせる!」
 しん、とする。きっと十年後、二十年後の私がこの場面を回想すれば、赤面し、自分のベッドの中に即刻、逃げ込んでしまうであろう。だけれども今の私にとっても未来の私にとっても、この言葉は一分の嘘をも孕まぬ、類稀なる純粋な真実性を帯びると私は確信していた。そう、たった、一人だ。セプと言えど、姉妹兵と言えど、命の数から言えば、一つであることに変わりは無い。エイプリルも言った。
「不確定の情報だと言うことを忘れてはいないかしら? 以前の指揮についての話でもいいましたわね、ジャニアリー? 一人の味方が、敵に捕らわれ放置されている。助け出すのは危険でしょう。それでも助けるのかしら? 一人の為に? もっと多くの命を危険に、時には死に晒すことになるというのに? ジャニアリー、あなたはあの時、答えられませんでしたわね。今日は、答えて貰いますわよ」
 私の答えは分かっていた。『その通り』だ。例え百万の敵を真っ向から相手にすることになっても、それで私たちが皆殺しになろうと、助けることを放棄するべきではないのだ! 十二姉妹は見捨てない。死んでいようが生きていようが、我々は仲間を捨てはしないのだ。一人? 宜しい、根拠には十分である。百人の命と一人の命は等価値かどうか、だと? 無論『そうではない』が、『だからどうした』! 結局そんなことは数学では計り切れないことなのだ。人は数字ではない。文字でもない。助けるべきところに仲間がいるなら、そうする。それが正しい答えだ。それは間違っていないのだ。
 友や、家族や、それらよりももっと崇高な存在と死の荒廃の間に、その身を横たえる。これこそ何よりも偉大で、献身的で、そして真正の正当性を所有する答えだ。だから、これはセプだろうとそうでなかろうと不変だった。真実はどのような場合にでも当てはまるからこそ真実である。故にこの数学的呼称で言うならば恒等式は、今回だって当てはまるのだ。
 そういう意味のことを言うとエイプリルは笑った。出来の悪い生徒が、珍しく良解答を導き出した時のような笑みはつまらなかったが、すぐに彼女はこの会議を作戦会議に切り替えたので、私はそんなことは気にしないようになった。補給物資や、交戦継続可能日数、惑星ロマノフへの到着日数──航路まで既に計算されていた。彼女は元から救出作戦を立案するつもりだったのだ。作戦立案の為に、必要なものが揃っていた。アンドロイドとの交戦になる可能性が大きいというイレギュラーはあったが、私たちとて、その経験はある。何よりも不安なのは、外的なものではなく、むしろ内的なものだった。内的なものほど手に負えないものだが、その通りであると思う。
「メイ、ジュライ、ジャニアリー、あの映像に出て来たタイプのアンドロイドと交戦する可能性も大きいですけれど、どう思うかしら? 最近ギルドと対抗状態にある『政府』は捨て置くとして、今回の敵はこれまでで最大規模になるかもしれませんわよ」
「問題は数です。大量に来られなければ、クーロン戦の時と同様、兵士たちに応戦させられる程度の錬度かと」
「アタシもジュライと同意見だ、エイプリル。怖いのは数だよ、あの錬度は脅威じゃない」
 エイプリルは深く頷いた。彼女も同じ風に思っているところがあったのだろう。私は、ああまで低い錬度で実戦投入した理由が不明で、何らかの裏があるのではないかと勘繰りもしていたが、実際のところは分からないことだったから、口にするのは避けておこうと考えた。視線で、次は私が言う番だ、とエイプリルは私に教えてくれる。そんなことは分かっているが、彼女は会議を進めねばならないのだ。
「あの程度の連中、幾らでも来ても怖くありませんわ。つまり言うことはない、ということですわね。けれど、強いて言うならば」
 何人分かの椅子を跨いだ向こう側にいる、私の妹、あの作戦最大の戦犯、フェブラリーを睨む。少なくない人数の部下が、苦楽を共にし、それを構成する物質は違ったにしろ、血反吐を吐きながら戦場を渡り歩いた仲間が、あの湿度ばかり高い星の赤土に、身を委ねたのだ。少なくとも直接の原因は、彼女のせいで。折角クーロン戦を生き抜き、その後の作戦を生き抜いたのに、味方に、姉妹の一人に殺されるとは。
「今回の作戦、フェブラリーを私に同伴させて頂きたいんですの。彼女の前線でのECM、ECCM能力は最高の援護になりますし、狙撃時にも最適な射撃地点を探せますわ。それに、セプの人工脳が何処にあるかを探すのも、艦からより前線の方が好都合ですもの」
 私はクーロン戦以降、セプのM14を戦場に持って行くことが多くなっていた。スリングで背中に回しておけば邪魔にはならないし、ライフルを持っている時のP90はいつも通り収納しておけばいい。狙撃の命中率は低くなかったにしろ、高くもなかったのだけれども。
 フェブラリーが疑いを持った目で私を見る。言うまでもなく、今の私の言葉は真実だったが、本当の真実とは遠く掛け離れた言葉だった。もし、次にフェブラリーが『ミス』をしたら。私はそう考えたのだ。そうすれば、その報いを受けるのは少なくとも無関係の者のみではない。ミスをした本人にも降り掛かることになる。言うなればこれは一つの監視であり、脅しであり、保険でもある。彼女がもしも私を排除し、自分の地位を危うくする者への間接的攻撃行動に出た時、私は彼女を……そうだとも、臆せず言おう、私は彼女を撃つ気でいたのだった。
 会議が終わりそうになった時、ふとそのフェブラリーが、口を開いた。
「あの、ところで、何故戦闘になったのでしょうか?」

*  *  *

「レイチェナント・ルスラン、やはりここにおられたのですか。随分探し回りましたよ」
「ああ。ここが落ち着くんだ。ここは他の場所ほどジャガイモ臭くないし、静かだからな」
「止しなさい、レイチェナント。人種差別など。今や世界は随分狭くなってしまった。血脈や喋る言葉で人を判断すべきではありません」
「そうだな、君が俺のことをレイチェナントと呼ばなくなったら、その時にはキャベツ野郎共と腕を組んで踊ろう。それでどうだ?」
 彼は肩を大きく竦めた。その仕草は俺に、彼がレイチェナントと俺を呼ぶのと同程度苛々させるものだったが、不思議なことに俺と彼は、もうここ数十年も、付き合いがあるのだった。きっと俺が彼に知らせないように、俺が知らない、彼を苛々させる俺の行動があるのだろう。それを一々がみがみと言い立てて自分好みの人間に変えてしまおうとしないから、お互い上手く行っているのだと個人的には思っている。
 そうすると彼が言う『人種差別』つまり我々に流れる血の出所を理由とする無意味な対立を、止めさせようとする行動は過干渉だろうか? 否であった。これは彼が、レイシストであろうとそのことを誰かを嫌ったり憎んだりする理由にしないことが、確たる証拠であった。彼は俺がそうすることがこれからの俺に良いと思っているのだ。一歩間違えれば自分好みの人間へと変えようとしているだけの行為だが、互いの間には信頼があった。彼はそういうことをしない男だ、という、物的証拠など無い、あるとすれば数十年の経験だけが証明の、笑い出したくなるほど非常にぐらぐらとした信頼があった。故に、我々は腹の内を曝け出し、歪めぬままの互いを受け入れあうのである。
「セルジャント、君は成長すれども、変わらんな。五十年前にソルスク練兵場で会った時からそうだ。あの時は憎かったものだが」
「誰でも、最初はそんなものです。あなたはあの時、十八歳でしたか。まさか、あなたがこうなるとは、思いもよりませんでしたよ」
 だろうな。ぼそりとそう独りごちて、周りのものに目をやる。強化ガラス管がずらりと並んでいた。その中には一人ずつ、良く見れば、顔も体型も七種類、少しずつ違う娘たちが入っている。七曜姉妹。俺が生涯を費やして作り上げんとする、ギルド最大の汎用的兵器。これが完成したならば、ギルドは磐石となり、十二姉妹の反乱も容易く鎮圧出来るだろう。その為には、戦闘経験の積み重ねが必要だ。
 彼女らはこれまでの人間的な経験方法とは違い、効率化された経験方法を採用している。彼女らは戦って死に、生き返り、その際に、全ての経験を言わば並列化するのである。殺す度に強くなって蘇るのだ。恐ろしい敵になる。それに、七曜姉妹と言ってはいるけれど、別に七体以上を起動しても何ら問題は無いのだ。百体、二百体、三百体でも構わない。ただ、そうすると情報並列化の恩恵が受けられず、貴重な一人一人を無意味に殺してしまいかねない。だから行わないだけなのだ。
 中に誰もいないガラス管六つを見る。彼女らは死んだ。あの宇宙港で、見事に思えるほどの手際で、銃殺され、斬殺された。しかし彼女らは今、蘇るのである。初めての再生作業に手間取って、本当はもっと早く済むところを三日間も掛かってしまったが、研究員たちもこれから追々、人間のやり方で経験を積んで行けばいいのだ。
 注意喚起のベルが鳴り、俺の近くにあるガラス管の中で、状態保存用の液体が泡を立てながら、開放されたパイプにより排出されて行く。泡が立ったのは我々がカプセルと呼ぶガラス管内部の温度を上げた為だ。そうすることで、アンドロイドたちのボディが完全な稼動状態に入るのが、通常よりも早くなるのである。これは急いで実戦投入しなければならない時に役立つ機能だ。
 六つのカプセルで排出を終え、カプセル後部が倒れて行く。設計の問題で前面が開くようには出来なかったそうだ。開き切ると、いよいよ彼女たちは起動を始める。ベッドに横たわる格好の彼女らはまず、立ち上がり、体の各部分の作動確認をする。俺たちがここにいると気付いていないので、彼女たち六人が各々確認を始める声や音が聞こえた。その言葉を聞く限りでは、細かいのは別としても、大きな問題は無いようだ。
「メルの最後の記憶、不明確過ぎだ」
「そういうサンディだって、頭磨り潰された癖に」
「生き残ったのは、ヴェヌス、あなた?」
「いや、殺された。ユピテルじゃないの?」
「私もやられたわ。いないのは誰かしら」
「あ、巻き毛がいないんじゃない? ええと、プルートが」
「いるってば、失礼だなあ。名前くらい覚えててよ」
「皆、最初に死なされた私に誰か何か言うこと無い? ほら、サンディ」
「マーズが最初ってことは、マンディが生き残ったのか」
「「「「「「あのメガネ!」」」」」」
 ……ああ、まあ、大きな問題は無いようだ。俺は人工脳の思考ルーチン開発者に色々問い合わせてみたかった。聞けばマルチアーノ十二姉妹の、セプテンバーのAIを元にしているという。俺は開発の指揮を取ったが、開発そのものには関わっていない。その為それを見たのではないが、元のAIがセプテンバーならば、彼女はこのような類の性格だったのだろうか? 俺はセルジャントを見た。彼はまた、肩を大きく竦めた。
 ぶつぶつと何事か言いつつ、六人の姉妹たちは服を取りに行った。彼女らの服の選定には様々な経緯があるのだが、敢えて思い出すまい。何故ならそれは呆れるほど下らないことだし、そうするよりも有益に時間を使う方法というものが、探してみれば幾らでもあるからだ。
 もっと高くていいものが買えるだろうに、安っぽい時計をずっと使い続けているセルジャントが、右腕に嵌めたそれを俺に示した。
「レイチェナント、定例会議の時間です。そろそろここを出なければ、遅刻になります」
「分かった。それと、レイチェナントは止めろ。お前にそう呼ばれる度に背筋がぴんと伸びる気がするんだよ」

*  *  *

 目下、僕にとって対処すべきこととは、つまりマルチアーノ十二姉妹、彼女らをつけ狙う三姉妹、それと新勢力である七人姉妹と、最近と言っても一年近く過ぎているけれど、刑務所を脱走した元ギルド幹部たちの勢力を、どのようにして一網打尽にするか、である。七人姉妹と十二姉妹の捕捉は、難しいことではなかった。前者は惑星ロマノフを本拠地として活動しているようだったし、後者は、時々統合政府軍の艦艇とも戦闘を始めることがあったからだ。
 僕としてはマルチアーノ十二姉妹にはこれ以上手出しをしなくても、勝手にロマノフに来てくれる筈だと考えていた。何しろ、一年だ。マダム・マルチアーノの宣言が独立戦争の宣戦布告であった。そうしてクーロンでの粛清部隊との攻防戦は戦争開始の合図であった。そのクーロンから一年が経とうとしている。正確には……忘れた。けどまあ、兎に角過ぎ去って行こうとしてるのには違いない。であるならば、マルチアーノ十二姉妹はその独立戦争開始記念日を、どうして戦略上大きな勝利を収めた日に、もしくは戦略上大きな勝利を収めた戦いを始める日にしないと考えられようか?
 彼女らは来る。きっと来るのだ。何故なら、アンドロイドの恐ろしさは彼女らが最も良く知るところで、クーロンでも苦汁を飲まされたのだから、もし来ないとすればそれは彼女らが信じられないくらい何も学んでいない、銃を持っただけの馬鹿女だってことを示してくれるだけだ。
 ロマノフの情報は、彼女らも元ギルドである以上知っていて然るべきと考えられるし、そうでなくとも情報戦担当の姉妹がいるだろう。さて、三姉妹はどうか? これは予測し辛いように見えて最も単純である。感心するよ、彼女らは十二姉妹のいるところに現れるのだ。何処でもである。時として統合政府よりも十二姉妹の情報について精通しているのではと思わせるほどだし、実際そうなのだと思う。
 クーロン戦のあれこれを統合政府だって調べたのだ。確かに、僕が調べて得られたのは少ないものだったし、何処かの女捜査官、この前のグレイスランド紛争でも活躍したって言うアレだ、ええと、誰か。そいつにも邪魔された上、証拠物件として何個かの貴重な、喉から手が出るほど欲しかったものを押収されちゃったけど、調べたことは調べた。結果、三姉妹のプライベートも大体は分かった。
 三姉妹のリーダーが十二姉妹に偏愛を抱いているということも、頭に入っている。そんな連中だから十二姉妹がいるところには現れよう。よってこの娘たちは放っとく。どうせ何処かからやって来るだろうし。
 で、次だ。ギルドは本当に数ばっかり揃えりゃいいと思ってるの? そう聞きたくなってしまう話だ。別方面で開発しており、既にロールアウト寸前だったアンドロイド四体を奪い取った女元幹部。彼女の経歴については簡単に調べがついたが、面倒な手合いだ。彼女自体は脅威でないが、彼女の策謀、権謀術には本でも書いて欲しい、と政治家たちが思うことだろう。面白そうだから僕も欲しい。刑務所に入っていた頃に、一冊でも書いてくれれば良かったのに、と思う。
 四体のアンドロイドは未だ詳細な情報が得られていないが、頭さえ潰してしまえば何とかなるだろう。今回はギルドと手を組まないし、情報は戦ってそこから掴み取るしかない。ギルドの勢力が強いロマノフであったが、幸いにもアンドロイド・プラントの位置は分かった。ギルドに感づかれないように奇襲行動を取る、ということで、兵力はそう多く出せないだろうし、そもそも上がこういう時の常として、出し渋りをするだろう。
 まあ、僕の用意したバックアップ部隊があれば、後は起動状態にある僕らの正義のヒーローが片を付けてくれる。でも念の為、例えばバックアップ部隊の護衛であるとか、一人ではどうにも手が回らない辺り、細々としたことをやってくれる兵隊が、多くないにしろ貰えれば嬉しいのだけど、というのが僕の本音だ。こういうのははっきり口にしたくないものだが、あれはまだまだだ。
 あれ、というのはさっき言った正義のヒーローのことである。長時間の戦闘には耐えられないだろう。しかし正規の補給はままなるまい。出来ることなら、ギルドたちが潰しあって疲弊したところを、漁夫の利って奴で纏めて潰してやりたいが、それは許可されなかった。確かに、統合政府の優位性を知らしめるというこの崇高な戦いの最終的目標において、そんな勝ち方ではどう考えても達成させられまい。
 ただの作戦勝ちでは無意味だ。片っ端から叩っ殺して、強い統合政府を見せなければ。敵をいつでも殲滅出来ると思わせねばならない。また、僕はアンドロイドのことばかりでなく、ギルド兵たちのことも気に掛けなければならない。十二姉妹隊所属の兵士のことや、ロマノフ・ギルドが送って来るだろうギルド兵の部隊をだ。むしろ、ヒーローには最初こっちの相手をさせるべきかもしれないなと思う。
 まず、通常兵器に対する優位性をはっきりと示し、それでは、と送り込んで来た七人姉妹や、十二姉妹との戦闘で勝利を収めることにより、ギルドは統合政府への発言権を弱めるだろう。彼らは大統領を脅すかもしれない。大統領が元はギルドだ、という話も聞いたことがある。しかし、その大統領が今回の作戦を認めたのだ。
 ギルドは銀河での主要な地位から追い出される。統合政府はそれまでの屈辱と敗北から、一人の英雄の手によって救い出される。そしてその英雄を生み出したのは誰あろう、僕なのだ。これ以上に素晴らしいことがあるか? 僕は、愛国者として称えられることだろう。が、そんなことは僕にとって何の価値も無い。それよりも我が正義の味方の方が重要だ。
 あらゆることをやった。僕が彼を最強に仕立て上げられることなら何でもやった。統合政府からもかなり金を毟り取ったし、僕個人も割と今、家計がヤバい。こんなことを続けてると、後半年もしない内に僕は一文無しの技術者になってしまうことだろう。それでも僕は後悔しない。彼らは統合政府の強くあることを望んでいる。僕は僕が造ろうと思う物を造れることを望んでいる。
 こんなにぴたりお互いの利害が一致したのは久し振りだ。僕は興奮していたのだ。この最強たらんとする正義の味方を造り始めた時から。但し名前はあんまり気に入らなかった。あいつらのセンスはどうかしてる──こんな素敵なアンドロイドに『パトリオット』だって?

*  *  *

 私は私の最大の武器を、それが最大の効果をもたらすように設定した。一年間という時間は短かったが、私はそれ相応の用意をしたのだ。厳密には、用意したのは私ではない。が、私が扱うのであるからには、そんな些少な間違いは無視されて良いことだと言えるだろう。
 オールシーズンズを率いて戦う目的は、二つあった。一つは個人的な欲望だ。私は昔見た光景を忘れられていなかった。破壊の黄昏を。もう一つの目的は現状の打破にある。今のギルドの様を見るがいい。調和している。唾棄すべき調和である。投げ捨てるべき調和である! 彼らは平和の訪れと共に堕落した。限りなく絶え間ない闘争こそ人を研鑽し、その精神をより高め、建設的な未来を確約するものなのだ。
 だが、今となっては、ギルドが再び自浄作用で堕ちた屑共を排除し、自力で元に戻ることは不可能だ。なら、私が力づくでも変えてやる。これは第一の目的に内包されるだろうが、堕落した者たちへの復讐心もあった。かつて、私を裏切った連中全員への、復讐だ。ギルドは生まれ変わるのである。私の下した一撃で、理想的なギルドへと。その為にも十二姉妹は排除せねばならないと考えていた。
 彼女たちは本来あるべき姿に回帰すると言い、反ギルド闘争を行っている。新たなギルドに、成り代わろうとしている。これは行き過ぎだ。成り代わるのでは、単なる権力の移行にしかならない。それでは駄目なのだ。故に彼女らは私の敵で、私は彼女らの敵だった。
「ちゃーんと予定航路に入ったわよ、お婆ちゃん。でも到着は……どう頑張っても早まらないわね。この艦、図体ばかりでかいんだから」
「到着予定とはそんなものだ。サマー、格納庫の小型艇で待機しておいてくれ。私はスプリングたちを呼んで来よう。いいな?」
「勿論了解よ、お婆ちゃん。やーっと私の本領が発揮出来るわ」
 楽しそうに顔を輝かせて、この艦を出る為の準備にすっ飛んで行くサマー。スプリングたちは何処にいるのだろうか、通信で確かめる。スプリングとウィンタは遊戯室でビリヤードなどして遊んでいるらしい。オータムは訓練中だった。彼女の方が格納庫に近いし、面倒だからと言ったことをやらないこともあるスプリングと違い、オータムが私の言ったことをやらなかったことは一度もない。なので、私はスプリングたちの方を見に行くことにした。足音を立てないように近づいて行くと、スプリングの声が聞こえて来る。
 遊戯室のドアをほんの少し開けて、中を覗き見てみると、思った通りの光景が広がっていた。ウィンタと仲良くしているのは構わないが、命令を守らないのは困る。ドアを開けて、私に気付いたスプリングが回避行動を取ろうとする前にその耳を掴んでぐいと持ち上げる。ウィンタは普段の行いが良いので見逃すことにした。大方、スプリングが無理矢理引留めたのだろう。
暫く耳を痛めつけた後、多少強めに頭を叩いておいた。それから、遊戯室を出る。格納庫ではサマーが待っていた。オータム、ウィンタもだ。全員がいる。
「サマー、出していいぞ」
 そう言うと、サマーは格納庫を減圧し、ハッチを開放した。この艦とも、おさらばか。用意してくれたあの男には悪い気もするが、どうせ最後には消えて無くなるものだ。艇が発進する。この高速艇なら、目的地まではそう長く掛からない。条件が揃うまでは、目的地に到着するつもりは無いが。それまでは訓練、訓練、訓練だ。速成部隊の私たちには、何よりそれが必要なのだから。
 私にも訓練が必要だった。ふと思い立ち、場を眺める。誰が訓練相手に相応しいか? サマーは操艦が楽しくて仕方ないようなので除外。厳しく接する私にも、その程度の思いやりはあるというものだ。ウィンタは戦闘を想定していない。彼女が直接銃を取って戦ったり、殴りあったりするような状況に置かれたら、それは彼女の負けを意味する。スプリングはどうか? そう思ったけれども、彼女はまた、ウィンタと遊んでいる。声を掛けて引き離すのは躊躇われた。
 オータムを見る。彼女は本を読んでいたが、私の視線に気付き顔を上げる。
「悪いが、訓練に手を貸して貰えるか。相手がいなくては、気が入らない性質でな」
「御意」
 彼女は短槍を持たないまま、訓練用に家具を何も入れていない部屋に向かった。この部屋を作ったせいで、私たち五人の内二人は相部屋、ということになった時、論争が巻き起こったものだ。スプリングとサマーはウィンタとの相部屋を主張して喧嘩を起こしたし、ウィンタはもし自分が誰かと相部屋になるならオータムとがいいと主張したし、そのオータムは私との相部屋にすると言い出すしで、収拾をつけるには一日掛かった。結局、ウィンタは干渉されずに過ごしたいとのことだったので個室を割り当て、よってスプリング、サマーも主張を引っ込めた。そして後にはオータムが残り、それでは、と私と彼女は相部屋になった。私も彼女も荷物は少ないので、殆どベッドしかないような部屋になってしまったが、オータムはそれなりにルームメイトがいる生活を楽しんでいるようだ。
 訓練室には、既に武器が運び込まれていた。だから彼女は何も持たずに向かったのだ。訓練好きのオータムらしい行動だった。私のコンテンダーも用意されており、ゴム弾を含む各種弾薬もあった。だが、こんな狭い部屋でゴム弾を撃てば、跳弾が恐ろしい。狙って跳弾させ、それを当てるのならまだしも、狙わずに起こった跳弾など訓練にも何にもならない。
 私はコンテンダーを取ったが、弾は入れなかった。これは重り代わりだ。もしくは、これでオータムをぶん殴ることになるかもしれない。オータムは私が準備を終えた、と見て、素手で構える。槍は使わないのかと思ったが、私が素手だから自分も素手、ということなのだろう。それもまた良しである。
 第一、私自体の戦闘能力ではどんなに頑張っても、格闘戦に特化したオータムには勝てないのだ。ましてや槍を持たれては打つ手無し、私が一方的に打ちすえられて終わるだけだろう。何の為の、誰の為の訓練なのか、分からなくなってしまう。
 私も素手で構えた。これは訓練だ。通常はお互い、相手を殺す気など無いし、実戦なら攻撃するべきタイミングでも、技を掛けないということもある。しかし、アンドロイドとサイボーグの訓練にわざわざそんな気遣いがいるだろうか? 私はオータムを殺す気で戦いを仕掛けたし、オータムにしたってその時槍を持っていて、彼女が余程うっかりしていたら、正にその時、私を呆気なく殺害していただろう。
 一時間ほど殴ったり殴られたり蹴ったり蹴られたりして分かったことは、別に格闘することやそもそも戦うことが得意ではないのに、格闘戦特化型のアンドロイドに訓練しようなどと持ち掛けるべきではない、ということだった……次は銃も解禁した方がいいのだろうか?

*  *  *

 隊員たちを無意味に期待させることになるかも、というジューンやマーチの意見もあったが、次の日の午前中には十二姉妹隊の全員が、セプの生存の可能性を知っているようになっており、かつ艦が彼女を救出する為に惑星ロマノフへと向かっている、ということを知った。この情報による熱狂は、セプ隊よりもむしろ他隊に発生した。セプ隊の男と女たちは、熱狂しているよりも、取るべき戦術の分析や、室内戦闘訓練に明け暮れるようになった。以前には犬猿の仲とまで噂されたエイプリルとジュライは、長姉とその親友が相談しあうのと、ほぼ同じくらいの時間を二人で話し合って作戦の要項を決めて行ったので、メイとしては面白くない気分だった。
 だがそれはジャニアリーにもだった。ジャニアリーとしては、エイプリルが前線指揮官ではなくなった以上、後を継ぐべきは自分だと考えていた。それをジュライに奪われて、癪に障っていたのだ。それまで長姉の補佐を長らく務めたメイならばまだ納得出来たが、単独行動ばかりだったジュライが抜擢された、というのは、ジュライが第二世代であるということも相まって、自分が前線指揮官としては無能であると言われたように感じられ、プライドの高いジャニアリーにとって大きな不満になっていた。
 メイは役職には興味が無かったが、親友の自分にも聞かせられない話、聞かせる意味の無い話があるのだろうかと不快感を抱いたし、これまでのジュライの行動から、何らかの特別な任務でも任せたのだろうか、などと憶測を重ねた。しかし残りの姉妹は別に何ら感じるところは無かった。ジューンなどエイプリルとジュライは仲良くしているのだと思って安心したほどである。実際には『仲良く』という言葉がそのまま当て嵌まるほど、和気藹々とした話し合いではなかった。話し合っている理由からして平和ではなかったのだから。
 二人はジャニアリーとメイの、フェブラリーに対する態度について話していた。二人共、現状が正されなければならないとは分かっていたのだが、一体どのようにすれば彼女たちが不信を抱かなくなるかと考えると、極めて難しい問題であると認めざるを得なかった。この問題はこれまで無かった類のもので、いかに経験豊かな彼女たち二人であっても、解決への道程は遠かった。けれども何とかしなければならない。
 ジャニアリーもメイも十二姉妹の一人である。よりによってその二人が、十二姉妹分裂の原因になろうとしている。阻止せねば、この独立戦争にも勝てないのだ。尚かつ二人は、もうすぐ独立戦争の始まりから、一年が経とうとしていることも認識していた。今は大切な時期だ。十二姉妹は結束していないといけない。今は噂で済んでいるけれど、いつそれが確信に変わり、ジャニアリー、メイ、フェブラリーへの忠誠から来る反感へと変わるか分からない。そうなれば終わりだろう。
 姉妹隊は瓦解し、下らぬ歴史書の一ページにもならない文章に取り上げられるかどうかも分からないような存在に成り果ててしまう。エイプリルとジュライはそれを恐怖していた。二人は性格の違いや不一致はあれど、彼女たちの偉大有徳なる母、マダム・マルチアーノへの、熱烈な尊敬と忠義は共通している想いであった。従って何があっても、この戦争に負けて消え去るようなことは考えたくも無かった。
「これ以上は、考えても無駄そうですわね。新たな展開があるまで、ジャニアリーとメイの話はここまでにしましょう」
「妥当な意見ですね。同意します」
 エイプリルは頷くと、一層深刻な顔をした。ジュライはその顔を見ただけで、彼女が何を考え今から自分にどんな話をしようとしているか、察することが出来た。セプの話だろうと彼女は推測し、それは正しかった。エイプリルはこの話をすることには気が向かなかったけれど、しないではいられない話だった。
 十二姉妹は今回、セプが生きているとした上で活動している。だが、もしも、そうでなかったなら?
「セプの生存──こんなことを言うべきではないのかもしれませんわ。けれど、私はまだ、信じていませんの」
「確かに、あなたはそれを言うべきではありません。本来なら、私にも言うべきではなかったことですよ」
 もう一度、エイプリルは深く頷く。ジュライのこういう言い方が、これまで二人を衝突させて来た理由の一つであったのだが、今回ばかりは長姉としても納得出来ていた。そう思っていても、リーダーであり、指導者であるなら、彼女は抱え込むべきだったのだ。決して誰にも漏らさず、心中深くに抑え込み、表情にだって出さず、一片の疑いも感じさせないようにしなければならなかったのだ。
「ええ、分かっています。ですが、これは決めておかなくてはならないことですの。もし、セプが本当に死んでいたなら、我々は」
「彼女を回収します」
 ジュライは即答した。それは合理的ではなかった。残骸は残骸である。回収したところで何の意味も無い。それなら撤退を早めた方が、負傷者や戦死者を減らすことが出来て良い、と考えるのが普通だ。それでもジュライは回収するのだと言った。それはつまるところ、あの会議でジャニアリーが述べた口上と、さして変わらない理由の下に定められた、一つの絶対的ではない答えでありつつ、決定でもあった。
 納得させ易い理由なら、ジュライの頭には幾つも浮かんだ。姉妹兵の感情を満足させる為。ギルドに対する姉妹隊の勝利の確かな証左。敵によるアンドロイド研究を遅らせる為。だがエイプリルの言葉の直後に、彼女の心奥から迸るようにして出て来た真実の言葉は、そんな排撃されるのが当然の、欺瞞が塗りたくられた考えを押し退けていたのである。
 エイプリルは最早迷う必要を感じなかった。彼女はある状況下の判断において、メイよりも、ジュライの方を信用していた。そして言を俟たず、誰よりも自分の判断を信用していた。
「ジュライ」
 自分で淹れた緑茶を啜る妹とは思えない妹に、エイプリルは告げる。ジュライは柔らかな笑みを崩さないまま、その言葉を聞いた。
「出撃前にあなたから、全兵士に口頭で厳命なさい。セプと一緒でなければ我々は撤退しない、と。間違っても私の名を出さないように」
 ジュライが口の端を動かして、微笑みの形を整える。彼女はエイプリルの二つの意図を汲み取っていた。一つは、言葉通りの話である。次の一つは、前線指揮官を命じられて一年も経たないジュライがそのような命令を、それも口頭で部下たちに伝えるということにより、ジュライへの潜在的な反感の芽が成長する前に摘み取ってしまおう、という意図だ。文書よりも、口で通達する方が人間味があるし、忠誠心の強化にも繋がり易い。代わりにそれまでジュライの位置にいたエイプリルは、隊員との精神的な距離が以前より遠くなるだろう。
「頼まれもせずに、余計な苦労を背負い込むつもりですのね。私、あなたのそういう態度が一番嫌いですわ、エイプリル『お姉様』?」
「あら。全く、姉の好意は素直に受けるものですわよ、ジュライ」

*  *  *

「到着まで、後どれくらい掛かりますの?」
 我々が、ギルドのこのところの行動に嫌気が差して、最先端のアンドロイド研究が行われているギルドの施設に強烈な一撃を加え、今後私たち三姉妹に手を出すことは恐ろしい報復を招くのだと思わせる為にロマノフへ向かうことを始めてから、ニグリティアはずっとこうだ。最初は襲撃を待ちかねているのかと思ったが、多分違う。どうせ『お姉様』と戦える訳でもなし、襲撃なんて気が乗らない。そんな風に考えているのだろう。
 それに、ロマノフ攻撃を最後まで渋っていたのは彼女だった。あの金髪アンドロイド、七曜姉妹たちが、というのは正しくないか。厳密には彼女たちの同型機がいたら、と思うと攻撃する気も減るらしい。そんなに嫌なことを言われたのか、と考えてアルヴィスに尋ねると、私も納得しそうになってしまった。ついでに私も、いい気分では無くなった。無能だと言われるのは、誰でも不愉快なものだ。ましてや私を知らない相手に言われるのは、実に腹立たしい。
 クーロンでの私個人の戦闘においては、負け続けではあったのは正しい。が、しかし、アンドロイド隊の平常業務や訓練、それに実戦での全体的指揮は全て私が行ったようなものだ……冗談抜きに少しは働けニグリティア。
──ノネットお姉様、ちょっと話せますか? 今すぐでなくても構いませんので。
 そんなことを考えていると、アルヴィスが通信で呼びかけて来た。ニグリティアに聞かれたくない話なのだろう。私も通信で肯定した。彼女は、私ともう一人の彼女の姉とそれから研究室で作業中である我々の開発主任、計三名の為に調理中だった。当然ながら火も扱うので危ないのではないかと気になるが、これは姉の心配過多と言うべきで、アルヴィスならば問題ないだろう。
 彼女はこの艇にあった調理に関する本を読んで勉強もしていたし、何より私たちより経験が多い。その原因は開発主任にあり、彼は食生活に何の必要性も感じない類の人間だった。だが私たちにとって彼には生きていて貰うだけの価値があったし、無闇に人が死ぬのを放っておくのは気分がいいものではない、との、珍しくまともなニグリティアの意見により、晴れてアルヴィスが調理係になったのである。
 幸いにして、前述の通りレシピ本は艇にあったし、宇宙港で食料を買い込んだり、もっと違った調理本や調味料なども買うことが出来たので、この一年我々は食べるものに関しては、何の心配もいらなかった。最悪一人分の水と食料があればいいのだから、出費もそう多いものではなかった。それに金には困らなかった。
 ここにだけは、ニグリティアに感謝しなければならないだろう。賭博の為だけにあるような星に行った際、宇宙港備え付けのスロットに、彼女が勝手に挑戦したのだ。危うく我々はその日の夕刊に載るところだった。驚いたことに、五百万宇宙ドルが当たったのである。
 私は四百万ドルをこれから使って行く金として没収してから、即座にゴーサインを出した。ニグリティアは持ち前の幸運を発揮した。それ以外にもアンドロイドである利点を使って散々カジノから金を巻き上げたものである。こっちがイカサマをしていないので、法律遵守の連中は私たちには手を出せなかったし、法律を曲げようとする連中は、それと一緒に自分の首も曲げられそうになった。
 こうして、途中何度かの負けはあったものの、結局私たちは一人の人間が普通の一生を送る分には困らないような大金を手に入れたのだ。もしかしなくとも、こんな派手なことをやっていたから、ギルドに見つかったのだろう。カジノは特に、ギルドと繋がりが強いのだ。マネーロンダリングには何百年も昔から利用されて来たのだから、至当と言えよう。
 けれどそうでもなければ開発主任が飢えたろうし、艇を動かす燃料やメンテナンス代も手に入らなかったろう。それに、ニグリティアが彼女の手柄を理由にして欲しがったものも、手に入れられなかっただろう。アルヴィスが甘やかすこと罷りならんとの立場を取ったので私が宥めすかしたのだが、いつもだったら、駄々をこねるニグリティアを彼女が宥めたり脅したりして丸め込むのに、と思ったものだ。
 丸め込む立場になって初めて、彼女の苦労を、アルヴィスの性格がニグリティアほど捻くれていないが為に完全ではないけれども、理解することが出来た。これは大変な作業である。ああ、私の銃を買ったのもその金でだ。それまでは艇にあった開発主任の私物である拳銃を使っていたが、これが酷い代物だった。彼は拳銃の手入れをしなかったのだ。お陰で私は最初スライドを引いた時、力余って壊さないように注意して引かないといけなかった。
 そこさえ除けば、銃としては申し分なかった。拳銃など、弾が出るだけで十分だ。どうせ通常弾では、ギルド兵の装甲服も撃ち抜けない。それとナイフも艇から調達した。銃の手入れがされていなかったことで心配したが、ナイフは無事だった。どうも最近の購入物らしく、
使った形跡もなかった。恐らく戦う時はこのナイフの方が拳銃より役に立つだろうと思っていたが、戦闘前に私の新しい銃を買えた。
 フルオート可能仕様のFALを持った時に、何度も小さく溜息を吐いたことを思い出す。重くて強い、それこそが銃だ、違うだろうか? かつて使っていたM14を除けば、FALほど私が扱うのに適した銃は無かった。頑丈で、その重量から格闘戦にも有利であり、射撃戦では、7.62ミリの弾薬は敵を一撃で仕留めてくれる。
 これはM14でも同じことだった。私は一発で人を殺せる銃が欲しい。敵を撃って当たったら、そいつはそのまま倒れて二度と動かないのだ、ということを確信出来る銃でなければ、使いたくないのだ。その後ずっと、そいつが死んだふりをして攻撃しようと待ち構えているのでは、とびくびくして過ごしたくはない。
 7.62ミリなら、安心出来た。こいつを体に撃ち込んでまだ生きている敵がいるならば、それは絶対アンドロイドだ。でなければ、サイボーグである。またFALは整備面でも優秀だった。片手で殆ど全ての動作をこなしてしまえるというのも、戦闘中に両手を使わずに済むので良い点だった。
 訓練された軍人も扱えないというフルオート仕様FALを私が買おうとした時、銃器商は止めたものだが、アンドロイドに制御出来ない銃は少ない。バレットライフルでも自由自在に扱う女が私の妹にいるのだから、そのことへの確信は強まるばかりである。これは、いい銃なのだ。
「出来上がりましたよ、お姉様方。そして宜しければニグリティアお姉様、大きくて重いお尻を上げて、人を呼びに行って貰えますか?」
 アルヴィスがそう言い付けると、ニグリティアは不承不承という態で腰掛けていた椅子を立ち、主任を呼びに行った。当分、戻れまい。配膳を手伝いながら、アルヴィスにさっきの通信の話を出す。彼女は変わらないペースで配膳を続けながら、心配していることを述べた。
「あの時の敵……どうにも弱過ぎたと思いませんか、お姉様。ギルドは、あの七曜姉妹は、本当にこちらを殺す気だったのでしょうか?」
「確かに、弱過ぎた。まるで基本性能だけで戦ってるみたいな戦い方で、戦術を理解していない動きだった。装っているのではなく、な」
 少女が頷く。私も、腑に落ちないところがあった。敵は何故、そんな状態のアンドロイドを投入して来たのだろうか? 未訓練なのか? 私たちの時には、ある程度のデータが既に蓄積されていた。ニグリティアなどは、そもそも誕生の瞬間からして、戦いと共にあった。彼女が生き延びる権利を手に入れる為に何人のアンドロイドを屠ったのかは知らないし、知ろうとも思わない。知っても無意味だからだ。だが、一人のギルド幹部でもそのようなことが出来たのだ。代わりに何体もアンドロイドを喪失し、金を投げ捨てるような行いだったが。ロマノフ・ギルドが正式にアンドロイド開発を進めているならば、数を揃えて殺し合わせるのは最も単純で手っ取り早い方法として、喜んで受け入れられそうなものだ。
 それがそうされていないということは、そうする必要が無かったのか、そう出来なかったか、である。そもそも、我々を勧誘、もしくは襲撃すること自体、すぐにしなければならないことではなかった。先延ばししたとして何の損失がある? では、そうすることが必要ではなかった? 何故だ。七体の内、六体は人工脳を破壊された。一体だけしか、生き延びられなかった。それが彼らの選出方法だと言うのだろうか。敵と戦い、生き延びる内にベテランになって行く。
 まるで人間の軍隊みたいな、非効率的で、前時代的な経験方法だ。ありえない。それでは何が正解なのか? 考えても分からない。情報が不足し過ぎている。憶測しか出来ない。
「何か裏があるに違いありません。だから、襲撃時には、そのことにも留意した上で、細心の注意を払った方がいいと思うんです」
「お前の言うことはどれも尤もだ、気に掛けておく。もし主任の情報が間違っておらず、ロマノフでアンドロイドが研究されているなら、七曜姉妹の同型機や、別のアンドロイドと戦うことにもなるだろうからな。アルヴィス、また何かあれば、好きな時に言いに来ていい。だがもう口を閉じた方が良さそうだぞ。二人が戻って来た」
 彼女は再度頷いたが、取り敢えず私に相談したことで不安の種は消え失せたようだった。七曜姉妹か……謎はロマノフで解けるだろう。

*  *  *

 スプリングの計算によれば、十二姉妹がロマノフへの降下を開始するまでには、後半日と少しの時間だけが要されるだけであった。私は私の隣に立つ女性を、敬慕と崇拝の念を持って見る。我が主、我が王、我が神を。
 十二姉妹、三姉妹、七曜姉妹を一挙に殲滅し、ギルドを革新しようなどと考えるのは、その実行の難しさ故に狂気である。だが我が主の前では違う。それは、狂気ではないのだ。三姉妹の情報をスプリングに掴ませてギルドにリーク、攻撃させてアンドロイド研究の主要拠点であるロマノフを訪れるようにしたり、かと思えばロマノフ・ギルドに十二姉妹が襲撃するとの情報を与えて七曜姉妹を動けなくしたり、彼女の作戦は感動的なほど見事だった。十二姉妹には最後に訪れて貰うつもりだったが、姉妹の一人であるセプテンバーの人工脳があるとの情報を何らかの手段で得たのだろう。彼女たちは我が主の予定していた順番を大きく狂わせたが、それも問題ないとのことである。最終的に、我々の敵は全て破壊されるのだ。
 主は用意した仕掛けが無駄になってしまったことをどうとも思わず、サマーに第二段階の遂行を続けるように、と命令を与えた。我々は、ロマノフに最後に降下するつもりだった。要するに、当初の計画であれば十二姉妹の次に降下するつもりだったのである。が、予定は狂った。誰が最後に来るか分からないが、我が主の予測では三姉妹だろうということだ。これは面倒な問題を持っている。
 マルチアーノ十二姉妹が来た、というのは、艦で一目瞭然である。あれを見間違えることなど出来まい。だが、三姉妹は流れ者である。コヨーテのようなものと言ってもいい。更に悪いことに少人数だ。我々がカバーしていないところからロマノフに侵入し、大気圏に突入、その後、舟艇で移動してアンドロイド・プラントへの攻撃を開始するかもしれない。そうなれば、我々は遅れを取ることだろう。
 我々は誰よりも先んじて降下せざるを得なかった。これがもたらす影響について私は心配したが、主の顔を見ればそれは消え去った。このような偶発的問題はてんで相手にしていないのだ。それは彼女に影響力を持たない。このことは彼女の臨機応変さを示すものである。そうだ、彼女は常に柔軟な行動を取るように私たちに言った。どんな時でも、打てる策を何手か持っておくようにと教育され続けた。私はそうして、我が主が教練の際に述べた真実の言葉の数々を、今この目で確認しつつあるのである。彼女の動じない様は、その言葉が、いかに正しかったかということを裏付けていた。よって、私はより深く心酔し、強い畏敬の念を抱き、大きな安心感を抱くのであった。
 レーダー探知を避けながら地表に降下してから、もう二、三時間だろうか。ブリッジから見た外は雪だ。ロマノフは常冬の惑星であり、最も暖かい期間においても、温度が摂氏十度を超えることはない。今はと言えば、厳寒期であった。装備無しの人間が外に出たならば、死を避けることは出来ないだろう。アンドロイドやサイボーグであればまだマシだが、機関部の凍結という致命的な事故が恐ろしい。
 なので、私たちはただじっと雪の吹き荒ぶこの星で、白い悪魔に船体を埋められながら、時が訪れるのをひたすら待つしかないのだった。一人で訓練をするのには限界があるし、誰かとするのは好きではない。正しく表現すると、スプリングやサマーとするのが嫌いなのだ。
 スプリングは自主的に訓練をする気がない。しても、数分真面目な顔を装うだけで、後は訓練相手にふざけて遊んでいるだけだ。彼女との時間は全くもって貴重な時間の無駄であって、得る物は一つとしてない。実戦では余り使わない型の稽古でもした方がまだいい。
 サマー? 別に、私は彼女のことを嫌ってはいないし、戦闘になった時、横にいて欲しいのは主を抜きにすれば間違いなく彼女だ。私には出来ないことが出来るし、兵器の取り扱いも彼女が一番上手い。難点なのは弾薬を節約しないという点だけで、後は許容範囲だ。だけれども彼女にはスプリングに似たところがあった上に、私からは嫌っていなくとも、彼女の方は私を嫌っているようであった。ことあるごとに突っ掛かって来ては喧嘩腰で物を言い、私を貶そうとする。ならば私は黙らせるしかなく、それは喧嘩となるのだった。
 主との訓練はいつも新しいことに気付かされて楽しいし、個人的な欲求も満たせるのは事実だ。しかしそんなことを理由にして、どうして話を持ち掛けられるだろうか? 仕える者が、その私的な欲望によって主を動かそうとするなど、恥ずべき考えではないか。極めつけに、唯一まともな関係であるウィンタとは、訓練をしたくとも出来ないのである。彼女が戦闘の為に作られたのでないからだ。
 より効果的なことをしようにも、八方塞だった。一人ででもいいから、戦闘訓練をするしかないだろう。私はそのように結論を出して、訓練室に向かう。スプリングは彼女の能力を使って情報収集中で、サマーは銃の整備に忙しいようなので、ちょっかいは入らないだろう。名ばかりで実際のところ訓練には適していない部屋に入り、短槍を構える。
 戦闘訓練において、私が練習することはそう多くはない。練習しなければならないのは、基本的な動作と応用動作くらいだからだ。本当に必要なのは、戦える状況を作る訓練なのだけれども、それはこの艇では出来ない。軍やギルド兵たちの訓練場のように、大規模なキルハウスを用意して貰えるのなら出来るのだが、残念だ。
 知らず知らず、敵は間合いに入り込む──こちらから近づいて間合いに入れるのでなく──そんな戦い方を心掛けろ、と私は言われた。私にとっての戦闘とは、ほぼそれに尽きるのだ、とも言われた。かいつまむと、重要なのは武器そのものの取り扱いではないのだ、ということである。戦場での立ち回りこそ、我々新兵が学ぶべき最大のものなのだ。しれがそうそう簡単に学べるものではないのが残念だが、しかしまあ、武器を振り回す類の訓練だって、決して無意味ではない筈だ。いずれ役立つ時が来るだろう。その時の為に、さあ、訓練だ!

*  *  *

 もうそろそろだった。人の尺度は沢山あるから、他の人にはまだまだかもしれなかったが、私の中ではもうそろそろ作戦開始だと言えた。ANSである私、ステア・ヒートは、十二姉妹の一人、セプテンバーを見たことが無い。ただ、ハンスやヴィクトール、ジャニアリーお姉様が、ことあるごとに彼女の想い出を語ってくれたし、見ようと思えばジャニアリーお姉様や他のお姉様方の、戦闘記録として公開されている記憶ファイルを閲覧することで、彼女がどんな性格だったか、姉妹兵たちに接する時、どんな上官だったのかということを知ることが出来た……私はしなかったけれど。
 他のANSの仲間たちには閲覧した者もいて、彼女らは面白おかしくセプお姉様の日常を語り、私たちの十二姉妹への理解を深めさせた。そして、いつの間にか私たちはセプ隊に所属する姉妹兵が感じるのと同じほど、セプお姉様への敬意を抱き、親しみを持つようになった。
『コンスタンツァ号、射出座標、アルファ・ロメオ・シックス・ナイン・ナイン・セブン。コード確認、チェック。レッドライト、オン』
 ちかっ、と音がして、私の乗り込んだ訓練用の突撃艇の内部が赤い光に照らされる。十二姉妹隊は、訓練専用突撃艇を持てるくらいに、敵から奪いまくったのだ。敵が武器の収入源とは、ゲリラ的闘争そのものである。因みにこの突撃艇はクーロン戦で最初に降下した艇だ。変装した私たちの仲間が乗り込んだ艇を別にするなら、だが。でも、公開出来もしないのに保存しといてどうするんだろう。
「最終確認、ブースター、逆噴射ロケット、燃料、誘導システム、生命維持、環境、航法、遠隔計測、姿勢制御、進行、通信、航行管理、艦連絡、落下傘、オールライト、オールグリーン。コントロール、こちらコンスタンツァ、突撃準備完了。燃料注入管を開放」
 分隊長のユージーンがすらすらと規定された確認事項を読み上げた。ところで、我々はアンドロイドだが、人間らしく見えるよう、口を動かして喋るようにしている。それを考慮すると、良く舌を噛まないものだと私は感心するが、やれと言われれば、私だって出来るだろう。多分彼女自身も、人がやっているのを見ると今の私のように考えると思う。しかしいざ自分がその立場になれば、ANSだろうと姉妹兵だろうと誰だろうと、訓練を受けた者ならば、踊りながらだって正しい順番で落ち着いて読み上げていけるのだ。
『了解コンスタンツァ、燃料を注入した。カタパルト接続確認、射出カウント十、九、八、七、六、五、射出シーケンス開始、二、一』
 射出、と通信機から声が聞こえて、赤色灯から白色灯へと切り替わった。訓練終わりという訳だ。先程カタパルトという言葉が出たが、無論訓練の度に突撃艇をカタパルトに動かしてなどいられない。この突撃艇は、格納庫の空きスペースにぽんと置いてあるだけなのだ。通信でそれっぽくやってるだけなのである。当初の計画では、突撃艇を揺らしたりしてカタパルトの衝撃を真似ようとしたけれども、無くてもいい機能はばっさりカットされ、必要最低限なものだけが残された。通信機の向こう側にいるのは艦橋配備の姉妹兵たちであり、訓練では一人だが、実際には二名から三名が配備される。理由は単純で、カタパルトを使って突っ込んで行くのは、一隻ではないからだ。
 アラームが鳴り、突撃艇の後部ハッチが開く。この訓練は、突撃艇に乗り込むところから、部隊が地上に展開するところまで行われる。私たちは設定上既に着陸していたので、すぐさま分隊は艇の周りに円陣防御を構え、指揮官の命令あるまで待機しなければならなかった。突撃艇には、あらゆる面にハッチがある。これは突撃艇の形状のせいで、理想的姿勢であれば後部、前部、側部二つの四つで展開出来る。
 これは我々が素早く円陣防御を取る時にも有効だ。考えてもみて欲しい。一つの出口から円陣を作るのと、四つの出口から作るのでは、どちらが早いか? 答えは言うまでもないことだ。更に、突撃艇には上部ハッチと底部ハッチがある。上部は海や湖の上に降りてしまい、他の出口が使えない場合や、横転してしまった場合に使う。横転時には、前部・後部ハッチ、上部・底部ハッチが四つの出口になる。
 着水してしまった挙句、ひっくり返りまでしてしまったら? そうだ、そんな時こそ底部ハッチなのである。どのハッチも電気式だが、そうしなければならない時は二、三の手順で爆破し、強制的に開放させることが出来る。それでも駄目だったら、昔ながらの方法だ。思いっ切り蹴り飛ばすのである。私も一度か二度、そんな状況に置かれた。
 でも心配はいらなかった。一個分隊は十二人である。十二人の人間、十二人のアンドロイド、どちらにしても、全員が力を合わせて蹴り飛ばせば、突撃艇のハッチなど開くものである。一度で駄目なら二度蹴れば良し、聞くところによると何度蹴っても開かなかった為、可塑性爆薬を少量仕掛けて吹っ飛ばした事例もあるとか。
 流石に私たちにはそんなことをした例はなかったが、突撃艇から出られずに嬲り殺しにされるのは、惨め極まりない死に方だ。なので、最悪の事態に備えて、分隊はこっそり可塑性爆薬を持って行く。密室内で爆発させると危険ではないかという考えは皆持っているが、全員くたばるのと何人かくたばって残りの全員が戦えるのと、どちらがマシか。これもまた、答えを言うまでもない問い掛けである。
 私たちは迅速に展開しようとした。だが私とユージーン、もう一人のANSが向かった後部ハッチが、ボタンを押しても開かなかった。火薬も不発──訓練用だから、実際には火薬は入っていないけど。こういうのは艦橋の姉妹兵からの操作で、意図的に発生させられる。私たちは顔を見合わせるような無駄な動きはしなかった。力を合わせて蹴り開ける。遅れはほんの二秒ほど。私たち三人は転がり出て、銃を構えて円陣防御を完成させる。分隊長であるユージーンが完成をコールし、監督官であるメイお姉様が認めて、展開は終了だった。
 他の訓練用突撃艇にいた別の分隊も、その全てが展開を終え、訓練は終了した。私たちは気を抜いて膝立ちの姿勢から腰を上げ、服を手で叩く。着陸から展開までの各隊のタイムレコードが通信で配送され、ANSはそれに一喜一憂した。今のところANSの成績は、全十三部隊の内では中くらいである。因みに一位はエイプリル隊だ。流石十二姉妹の長姉の隊、と言うしかあるまい。我々は六位だった。十三位の隊はディッセ隊で、これは彼らの前隊長ユーリーがクーロンで戦死したことが、未だに尾を引き摺っているという話である。
 ああ、二位も付け加えておこう。ある意味、納得だが、殆どエイプリル隊と同じレコードで、セプ隊である。彼らはやる気になっているのだ。今日の分の降下訓練はこれで終わりだったので、メイお姉様の短く適当な訓示の言葉を聞いて、我々は解散した。ユージーンが誘ったので、私は彼女と一緒に食堂に行くことにする。順調に航行が進めば、これが最後の昼食になる予定だった。
 さて、魚か、肉か。答えの出ない問いだ。彼女が魚を取ったので、私は肉を選ぶことにした。ふむ、美味しい。ユージーンの方も美味しそうに食べていたので交換してみると、それもそれで中々の味だった。姉妹隊のコックは腕がいい。
 食べ終えて、飲み物を買いに行く。食後はアップルジュースに限るとは私の言であるが、ユージーンは、コーヒーの方が好きだと言っていた。人の好みは多種あってこそだと思っているので、彼女が何を飲もうと私は一向に気にしないが、ANS内での紅茶党とコーヒー党の攻防には辟易していた。中立・少数のジュース党としては、彼女らが愚かな争いを止めてくれればと思う。
 軽い雑談などしながら飲み終えて、私と彼女は食堂を出た。ユージーンはANSの副隊長としての仕事を片付けに行かなければならず、食堂出入り口で私たちは道を違えた。ジャニアリー隊へ、いや、ハンスのところにでも遊びに行こうかな、と考える。本来の規定では、ANSは姉妹兵の部屋に立ち入ることを避けるべしとあったが、立ち入るべからずではなかったので、私や幾人かの仲間たちは、気にせずジャニアリー隊の姉妹兵や、他隊の兵士と、彼らの宿舎(という名前の集合された寝室)で話したり遊んだりすることもあった。
 そうだな……そうしよう。私は足の向きを彼らの城へと向けた。途中、キャスと会う。ANS指揮官である彼女は、何だかんだで姉妹兵たちに影響されて不真面目な性格になりつつある私たちの中で、唯一と言っていいほど昔の真面目さを残していた。そこを買われて指揮官になったのだろう。副指揮官のユージーンもそれなりに真面目だが、彼女は音頭を取るよりも、その補佐の方が、安定して力を発揮出来た。サポート役の方が適任だった訳だ。彼女ら二人の努力と、各分隊長のお陰で、我々は上手にやっていた。
 キャスは書類を運んでいた。十二姉妹がそれを必要としているそうだ。私は手伝いを申し出たが、休んでいるように命じられた。私の考えだが、彼女は私よりも余程正確な作戦開始時刻を、彼女の立場故に知らされていたのだろう。そして、それは長くなかったのだ。
 確かめるまでもなく、憶測は確信に変わった。キャス自身が、そのような意味のことを告げたのである。私は仲間への砕けた敬礼を行ってから、彼女と別れた。

*  *  *

 凡そ感情というものを表に出すことがないと、直属の部下にさえしょっちゅう言われる私だが、論じるまでも無くそれは誤りであった。私は喜び、私は悲しみ、私は戸惑い、私は憎み、私は愛する。単にそれが、周りの者に理解され難い形や程度で表れるだけなのだ。そんな中で、私が何らかの感情をおくびにでも出したら、瞬時に気付く女性がいた。
 未だかつて、彼女以外にそんな者は現れていない。彼女こそ私の姉妹であり、私の悪友であり、私の小憎らしい相棒であり、そしてどんな時であっても、結局は私の最後の味方であった。いつも悪戯な少女の目で、何か楽しいことに胸を躍らせ、マーチ、と私を呼ぶ声にさえ躍動を感じさせる、あの嘘を吐けない正直な女。
 フェブ。フェブラリー。F-e-b-r-u-a-r-y。控えめに言うなら個性的ヘアスタイルで、伊達眼鏡着用、異常な美的センス、あれを慕う隊員たちには度数入りかつ乱視に対応した眼鏡が渡されるべきであろう、一切の女性的魅力と名の付くものに縁も何も無い女。だが彼女は誠実な女性だった。裏切りなどしよう訳が無いし、故意に味方を陥れるなど有り得る筈もない。ジャニアリーも、メイも、フェブが持つ十二姉妹隊に対する忠誠のみならず、お母様に対する忠誠をも疑っているが、それはとんだ間違いというものである。彼女らがしている、自分たちのミスを誰かに転嫁しようとする行いこそ、十二姉妹隊、延いてはお母様への反逆的・造反的行為なのだ。
 何故なら彼女たちは、我々十二姉妹が悲願とする、お母様から受け継いだ目的の達成を多岐に渡って妨害している。これが造反でなく、反逆でもないとすれば何なのだ? この心理に作用するタイプの破壊工作は、見逃してはならない罪である。ましてやフェブラリーが、本来その身に背負わされることを要さない重石を、黙って両肩に背負い、淑女らしく耐えているからと言って、それを有罪の証拠として、愚かにも誤った認識を抱く彼女たちを、どうして軽蔑の目で見ずにいられるだろうか。どうして私はその明確な敵対者たちの目前に、ただただ彼女を守り、その敵を排除する為に立ちはだからずに呆けた顔を晒していられるだろうか?
 私は最初からフェブの味方だった。だから、私は最後まで彼女の味方をするだろう。もし、エイプリルが彼女の親友メイの肩を持ち、フェブラリーを断罪せんとしても、だ。
 けれどエイプリルは賢明で、冷静で、私の味方でも敵でもなかった。最前線組の二人、ジャニアリーとメイ以外の残りの姉妹も同様だ。オクトたちでさえ、あの二人よりは正しく事実を把握している。でなければ彼女たちのように、フェブラリーを責め立てているだろう。しかしこれからそうなったとしても、フェブラリーは一向に心配することは無いのだ。私は全ての敵から彼女を守り通してみせよう。
 固い決意が私の心の中にあった。ジューンとの格闘訓練に励むジャニアリーを睨む。最早私はジャニアリーを姉妹とも思えなかった。訓練の終わり際、別の挑戦者に場を譲るジャニアリーが、見透かしたような目つきで私を一瞥する。それが、私を刺激し、苛々させた。
 格闘訓練場を出る。私はそこに、それ以上いたくなかった。どうせ、守るべきフェブラリーもそこにはいない。彼女はあの作戦以来、元からそこまで外交的ではなかったが、内向的性格がより強化され、部屋から出ることが極端に少なくなった。十二姉妹の一人だから、そんなことをしていれば士気にも影響が出ると分かっているので、時には無理をして隊員たちの訓練に顔を出したりするけれども、決まってその後はぐったりとして、寝込むのである。彼女のそんな顔を見る度に、私は心を痛め、こうまで追い込んだ二人を憎んだ。
 彼女は部屋にいるだろう。なら、私の出来ることはかなり少ない。私と彼女の付き合い方は、べたべたしたものではないからだ。無性に銃を撃ちたかった。が、作戦前に弾薬を浪費するのは賢い選択とは言えないし、ロマノフへの到着まで間もないことを考えると、休める者は休んでおかなければなるまい。一度作戦を開始したら、次に眠れるのは七十二時間後かもしれないし、それよりも先でないと、三十分の仮眠だって取れないかもしれないのだ。寝溜めが逆効果であることはそれなりに有名な話だが、適度な休養を取っておくのは、不眠不休で戦い続けるという一つの極限状態に打ち克つ絶対条件だ。そんな状態にならなければそれで済むが、戦争を楽観視は出来ない。
 クーロンからこれまでの約一年間で、最長作戦時間は、一週間と十八時間四十分に及んだ。あの時は肉体面での消耗が酷かったが、精神面も同じようにダメージを受けた。大体、戦闘などというのは、生物にとって最悪の事態なのだ。生き残る為に他者を容赦なく殺し、もしくは呆気なくかしぶとく戦った後で殺される。中には生まれついての兵隊がいるもので、そういう者は人を撃つのに何の呵責も、考えも持たない。そうではない姉妹兵たちだって躊躇しないが、それは訓練によって身に付けたものだし、莫大なストレスが溜まる。
 だが、生まれついての殺し屋──私はその性質を嫌悪しているのではない──には、敵を撃つのは至って痛快なことで、一切気に止まない。そうでない者には、羨ましいことだろうと思う。人間らしくありたいとして、思わない者もいるだろうが、殺しで心に痛みを感じようが、感じまいが、どちらでも変わらないのでは、というのが私の考えだ。兎にも角にも、撃たなければならぬ時、撃ってくれればいい。
 ロマノフは過酷な戦場になるだろう。私はあそこで長期戦になるのを恐れていた。雪と低気温があれば、他にどんな悪条件がいるのだ。アンドロイドにも人間にも、等しく難しい場所だ。最初のチャンスでアンドロイド・プラント内部に侵入することが出来なければ、私たちは大きな犠牲を払うことになるだろう。と言えど、突撃艇をプラント内部に直接突入させることも出来ないのだ。というのも、姉妹隊としてはセプの人工脳を何としても生きた状態で確保したいので、強行突入によるプラント内での爆発事故や、建物の一部の崩落、などという面倒ごとは避けたかった。それでセプがスクラップになってしまったら本末転倒ではないか、という訳だ。これぞ道理である。
 理想としては、プラントを取り囲む塀の前に降着し、素早く突入を行いたい。施設外には、五名ほどの歩哨が配置されているだけだろう。コンピュータ制御の機関銃付監視カメラなどが無いのは、言わずとも分かることである。あの常識では想像つかない厳寒地に対応する、我々アンドロイドを除く精密機械というものがあるのならば、是非とも教えて欲しいことだ。作戦会議では、艦からの砲撃によって、門を破壊して強制突破するという案もあったが、これは座標のズレが即セプの危険に繋がるので廃案になった。
 代わりと言っては何だが、今回の作戦には普段使わない重火器も使用される。重機関銃や迫撃砲の類だ。後者はギルドの送って来る増援への対処として使われる。また、雪が止んでヘリを飛ばせるようになるか、全天候型だからとカタログを過信し、雪の中でヘリを飛ばして来た場合に備えて、携帯式SAMも与えられる。従来通りの無反動砲も、当然持って行く。HEAT、照明弾、煙幕弾等、弾薬も取り揃えてあるそうだ。更には、従来の無反動砲が二名で運用され、機動性の無さがネックになって使用が難しい場合に対応する為、『個人』携帯対戦車弾も、多数が配備される。幾つかの突撃艇に弾薬や重火器を満載して送る予定だが、降着の衝撃で破損しないか、敵に奪取されやしないかは、未解決課題として残ったままだった。探せばまだまだ他にも問題はある。強風で我々の突撃艇の降着位置がズレたらどうなるだろうか? プラント側に寄り過ぎたならまあ、いい。セプに被害さえ及ばなければ、急いで任務を遂行し、合流すればいいだけだ。
 では、もしも、もしもだ、仮にプラント側ではなく、その反対側に行ってしまったら? 彼らは孤立し、フェブの能力で位置を確認出来たとしても、正しく方角を知ることが出来なければ、突撃艇の中で死ぬしかない。そういったことが起こらないように祈る以外に何か出来るだろうが、全くその問題が起こらないようにする方法は、今のところ見つかっていなかった。発生時にはフェブが探査し、進む方向を指示するが、距離によっては辿り着く前に体力を消耗し衰弱死するだろう。救命には、雪上車輌が必要だ。だが、そんなものは何処にもなかった。
 我々の八輪装甲車も、雪の前には無力だ。ギルドスカイだってそうだし、十二姉妹専用だろうと何だろうと飛べないものは飛べないのである。それでも尚、距離も何とかなりそうで、フェブの探査もちゃんと出来ていて、遭難したのが姉妹兵の中でも屈強な兵たちだったとしよう。
 それがANSでなければ、彼ら彼女らはどうやって正しい方角を知り続けているのだろう。降り積もる雪は方向感覚を狂わせる。彼らが精鋭だからと言って、同じところをぐるぐる回り続けるあの現象、環状彷徨、リングワンデリングに陥らないとは言えないのだ。彷徨の末力尽きた者がどんな末路を辿るかについては、うんざりするほど知っていた。わざわざ思い出して嫌な気分になるのは止めよう。
 現時点で取れる策は複数ある。GPSは通常、三つの衛星からの距離を用いて、空間上の一点を決定する。ロマノフの大きさならば、軌道上を回る三十数個の衛星で構成されるコンステレーションで全域をカバー出来、GPSの持ち主は恩恵に預かれるだろう。ここで発生するのが、GPS電波を受け取る側のトラブルだ。ギルドはいい。自分たちの衛星なのだから、彼らの好きなように扱える。私たちはそう行かない。電波に暗号化措置を取られれば、我々はGPS上で実にとんでもない位置に存在させられてしまうことになる。そこまでされなくとも正確な位置が掴めなくなることは疑いも出来ない。そこで我々はGPSによる救難は諦める方針にした。
 代わりに、我々はこの方法を取るのだ。フェブラリーは探査で位置を掴み、その方向に信号を送る。無線機でキャッチ可能なそれは、発信源に近づけば近づくほど、発信音の間隔が狭まり、音も大きくなる。これによって、どの向きが正しい向きなのかが分かるのである。そうするしかなければ、フェブによる広域探査が終わるまで突撃艇内部で堪え忍び、探査終了後、遭難者のGPSにデータを転送する。彼らはその地図を参照し、定期的にフェブの情報で現在地確認を行いつつ、点在するチェックポイントを辿って行き、我々に合流する。
 支給品にコンパスは無いのか、という尤もな問いに関しては、残念な答えを返さないでいられない。ギルドの支給するコンパス、あれは、シリアルのおまけくらいの能力しかないと断言してもいい。針を布で数十回擦って、水に浮かべてみるがいい。それが支給品と同能力だ。違うのは、針と違ってどちらが北でどちらが南かが、コンパスのみで辛うじて判別出来るということだけで、後は違いは殆ど無い。
 以前、全員分のまともなコンパスを購入するのに金を使うべきだと私やジュライは主張したが、エイプリルは結局、その案件を却下した。これがそのツケなのだとしたら、随分大きくついたものだ。ロマノフで発生するアクシデントが、致命のものとならなければいいのだが。
 私は考えてもどうしようもない問題を放っておいて、休むことにした。ロマノフへの降下は、本当に間もなくなのだ。後……二時間か。

*  *  *

「我々はこれまで、独立を勝ち取る為に戦って来ました。クーロンを始点として、誰もが、数々の戦場で、血を流し、友人を失いながら。率直に言いましょう。我々は常に、何か失い続けて来たのです。何か奪われ続けて来たのです。その代償が、それらを失っただけの、十分な価値があるのかも分からずに。その代償が存在するのかも分からずに。確かに価値ある人を、確かに存在する人を、友を、最高の戦友を、奪われ続けて来たのです」
 ここでジュライは、部下たちを見回した。私はそれを、彼女の後ろに立って見ていた。精強と言われた姉妹兵たちは、静寂を保っている。が、私には分かった。彼らは興奮していた。内心で、静かな興奮が沸き立っていた。目を見れば分かった。彼らの目は多種多様な色だ。濃褐色、淡褐色、赤、青、灰色、緑、青紫(因みに私の隊、ジューン隊には一人だけ、右の瞳の色が青と灰色に縦に分かれているのがいる)。
 しかし興奮の色は虹彩の違いに関わらず、いずれも同一だった。彼らは、これから行われる作戦に、心から参加することを求めていた。待機室代わりの格納庫は熱気に溢れていたと言っても失礼な行為には当たらないだろうし、誰も文句は言わないだろうから構うまい。
「ですが今日は違います。今回は違います。この作戦は違います。私たちは初めて、確かなものを得る為に戦うのです。我々の友であり、家族であり、上官であり、良き相談相手であり、そして十二姉妹の一人、姉妹隊の一人である、価値ある一人の偉大な女性を、救い出す為に戦うのです」
 その通りだ、と私も思った。セプ、あの性格のいい、オクトたちのお姉さん。私が彼女たちを甘やかし、セプが彼女たちを厳しく躾けた。彼女を救いたいと考えていない人間がこの場にいるだろうか? まさか! 彼女の為に己の命をも差し出すことを厭わない連中ばかりだ。
 セプ隊だけではない。それがジャニアリー隊でもフェブラリー隊でも、マーチ隊でも、セプのAIを庇って死ぬなら本望だと言うだろう。そしてそうなのだ。彼らのその言葉は嘘ではなく、虚勢ではなく、強がりなどではない。彼らは私たち同様、本気でそう考えているのだ。一糸乱れず戦おう。彼女の為に。一歩も退かず戦おう。彼女の為に。一命を賭し戦おう。彼女の為に。一丸となって戦おう。彼女の為に!
「我々はこれまで、彼女を含めて、大切なものを失くしてばかりでした──そろそろ、奪い返す時です。ならば!」
 私はジュライの横に移動していたので、彼女の顔を見て、ジュライが目を見開いていると分かった。これは珍しいことだった。彼女は刀を抜き、風を切る音を出して、兵士たちに切っ先を向けた。その動作に、お母様を思い出す。彼女は切っ先を向けたまま、言った。叫んだのではなかったが、叫んだのと同じぐらいに、その言葉は格納庫に響き渡った。
「聞きなさい、栄えある十二姉妹隊に所属する、全兵士たちよ。我々は仲間を見捨てません。故に、我々は。……我々は、必ず、セプと共に撤退するのです。各員が、いつも通りの働きを見せることを期待しています。 ……総員、突撃用意。では、また、ロマノフでお会いしましょう、皆さん」
 誰も、「了解」とか、「応」とか、「イエス、マム」だなんて言わなかった。理由は一つだ。彼らは行動によって言葉を省いたのである。彼らは一刻も早くあの場所に降り立ち、敵を撃ち、セプを助けたかった。私も、ジュライもそうだった。彼女が私を見たので、微笑む。きっと彼女は演説の出来が気になっている筈だ。彼女は飄々とした態度でこれまで生きて来たが、正にその為に、エイプリルがするような堂々とした演説、多少演説原稿がマズくとも立派に聞こえる演説が、自分には出来ていないと思っていた。仕方が無いことだと思う。私は彼女を嘘で励まそうとは思わなかった。それはむしろ侮辱である。
 彼女は心の内を語った。それは姉妹兵たちを、ANSを含めて、誰一人、残らず、全員の心を動かしたに違いない。でなければ彼らは黙って行動で態度を表すようなことをしないだろうし、第一私が、私が心を動かされていた。ジュライの言葉は私の心奥まで届いたのである。であれば、他の者の心奥に届いていても不思議ではない。
 十二姉妹は、格納庫には私たち二人だけだった。エイプリルは直接突撃艇の方に乗り込みに行ったし、フェブとジャニアリーは同一艇で、ジャニアリーは急ぎたがるので誰よりも先に搭乗しているだろう。マーチは最近、フェブにべったりくっついているので、これも同上だ。メイはエイプリルと一緒にいるだろう。私とジュライが仲のいいように、彼女たちも仲がいいから、多分そうじゃないかと考えている。オクトたちは、十分前行動を心がけるオーガストによって、引き摺られて行くのを見た。セプが見たら、オーガストの成長を喜び、一見成長していないようにも見えるオクトたちに呆れることだろう。
 だが彼女は満足する筈だ。オクトたちもまた、この一年で成長した。生き残った誰もが大小問わず、変わった。これからもそうだろう。いつか、オクトたちが幼年期の終わりを迎え、大人用ボディになり、落ち着いた華麗なレディとして振舞う日が来るのかもしれない。まあその頃には、独立戦争も何もかも、終わっていそうなものだけど。
「ジューン、私の」
 演説は、と聞こうとして、ジュライははっとして口を閉ざした。彼女のプライドがその質問は許さなかった。私は今気付いたような顔で、彼女を見つめ、それから浅い頷きを一度行ってから、彼女に出来るだけ柔らかく聞こえるよう注意を払いつつ、簡潔に一言だけ口にした。
「良かった」
 ほっとした顔をするジュライ。他の姉妹たちの前では見せない表情だ。ということは、この彼女の表情は私だけのもの、とも言えるのか。ちょっと嬉しくなる。誰だって、自分が誰かにとって特別な存在であると分かったら、そう感じるものだろう。ま、例外はあるものだが。
 私は時間を確認して、余り猶予が無いことに気付き、待機室でいつまでも話していられないと結論した。私にとっても特別な女性の、柔らかな微笑に、誘いの言葉を投げ掛ける。約一年前にクーロンのあのビルで、弱くて脆い一面を見せた彼女に手を差し伸べた時みたく。
「さあ、行こう、ジュライ。セプや皆が待ってる」

*  *  *

『アレッシア号、射出座標、ベイカー・ロメオ・フォックス・ワン・ファイブ・スリー。コード確認、チェック。レッドライト、オン』
 突撃艇の照明が赤色灯に切り替えられる。我々は訓練通りのことをした。計器をチェックし、ベルトをきつく締め、ヘルメットを被った。分隊長が交信に返事をするという決まりだ。なので俺の分隊長、シグリッドが言葉を発する。
 彼は緊張気味だった。顔を見た訳じゃない。ヘルメットから伝わって来る声が張り詰めていたのだ。彼の、舌を噛んでしまうのではないかと思わせるような定型返電が終わってから、肩の装甲板を軽く叩いてやった。隣で武者震いされても困るし、俺としてはちょっとした励ましであって、特別な意味は無かったんだが、あっちはそうでもなかったらしい。彼はきつく俺の手を掴んで、ピンク色のレンズ越しにこっちのことを見つめた、のだろうと思う。
 何てことだ、可哀想なシグリッド! 彼は本物の分隊長ではない。負傷で出撃出来ない正規の分隊長の代わりにやっているだけなのだ。それが今、この一大作戦を前にして自信を失って、脅えている。だが、我々は兵士だった。俺も、彼も、一度敵地へと降下を始めれば、恐れなど失せる。そんな心になっていた。だから戦いを始めた時、心配することはしないでいいのだ。彼は数秒の間俺の手を握っていて、それから手を離した。
 俺は座り直し、時間を確かめた。射出開始時刻にほぼぴったりだった。俺たちは第八便である。ベルトを強く締め、射出の時を待つ。賢くない人の一部には、この射出というのを人間同士のキャッチボールか何かのように簡単だと思っている連中がいる。無知な連中だ。そういう奴は、実際に突撃艇に乗ることをお勧めする。彼らは紙飛行機の飛行と、突撃艇の突撃の違いが分かっていない。
 なるほどなるほど、百歩譲って紙飛行機を飛ばすのと突撃艇を発射するのが似てるとしよう。加速に手を使うか、カタパルトを使うかの違いだと。では、彼らはこう言われても仕方ないだろう。紙飛行機を狙った一地点に寸分の違いなく落とせるのかと。着陸姿勢を取らせられるかと。俺は賢くないが、それでも突撃艇の運用がどれほど大変かは分かる。俺たちは落とされるだけでいい──乗って、落ちて、出て戦うだけ。言ってしまえばそんなものだ。しかし、正しい事実を見た者は、突撃艇の運用が簡単だなどというのは誤りであるとたちどころに解する。
 この兵器を運用する為に知っておくべきことを思いつくだけ並べて行ってみよう。蟻の頭ほどでもあれば、それだけで誤解は解ける筈だ。まず、母艦の速度を知らねばならない。これは突撃艇に余計な加減速が加わらない為にも必要とされる。場合によっては移動しながら、突撃艇を射出することもあるが、そんな時に肝心の速度が分からないでは話にもならないことだ。対象の速度も同じように問題である。我々が打ち込む相手は動いているのだ。星だって動く。艦だって動く。星は自転と公転を考慮する必要があるし、艦は敵の加減速を考え、射出しなくてはならない。
 ああそうだ、宇宙での力学が地上のそれと一から十まで同じだと思うか? 管制官は皆、宇宙力学を学ばねばならない。それに宙間弾道学って知ってるか? 重力下での、従来通りの弾道学なども知っておかないといけない。気象学もいる。突撃する星の風速や天気が、突撃艇の弾道をどれくらいズラすかを分かっていなければ、作戦一つ立てられない。天気の移り変わりを見抜き、膠着時に、的確に突撃するということも出来なくてはならない。母艦からすっ飛んだ突撃艇の、星に対する射入角を計算するのが簡単だと思うか? これを間違えると大気圏に阻まれて宇宙へ跳ね返されてしまう。一つ二つ射出して、次を射出する時、何度それにズレが生じる? 着弾点のズレは? それを修正する計算は? 管制官たちはこれらを計算するのだ。高価な機械と、安価な鉛筆と消しゴムと紙でだ。
 紙飛行機だと、とんでもない戯言だ! が、運用の難しさを理由に怖がることはない。管制官たちはこれまでも何度も突撃艇を運用して来たし、同じ姉妹隊に選抜されてやって来た兵士の一人なのだ。マダム・マルチアーノが認め、十二姉妹が認めた男女である。疑う必要はない。それに今回はフェブラリー様も計算を行われているのだ。彼女が失敗したなら、誰が成功させられるって言うんだ? 天にまします神か?
 ここではっきりしておかないと、俺は突撃艇の運用に関してフェアじゃないことになるだろう。そうだとも、俺は悲観的過ぎるのだ。こんなことを一々うだうだと考えている辺りがもう心配性である。それは、俺がこの大きな棺桶を心底憎んでいるからだと言ってもいい。何故ならその通りだからだ。俺はこれが嫌いだった。これを作った奴を無理矢理こいつにぶち込んで何処か遠い宇宙へ射出したいと、一体全体何回考えたものやら、本人にも分かったものじゃない。俺の見立てでは彼はこれを終ぞ使わなかったんだ。まあ、そうだろうな。もし使ってたら二つの結果のどちらかが発生していただろうよ。言を俟たず、一つはこの兵器の廃棄を実行するか、さもなきゃ死ぬかだ。
 一回の振動の後、突撃艇が動かされ、カタパルト上にセットされる。カタパルトは俺の最大の敵だ。厳密に言えばこれによる加速がだが。宇宙に放り出され、漂泊する感覚と来たら! おぞましいの一語に尽きる。艇内の赤色灯をじっと見つめる。この輝きが緑になった時が、凶夢の始まりなのである。
 が、その前に、通例として激励の通信が行われるものだった。それは死ぬことを厭わない(嘘だ)戦士たちに、艦橋配備兵たちが彼と彼女の精一杯の幸運を祈る言葉を掛けるものである。今日は誰だろう。大抵、男女一人ずつが声を掛けるものだ。俺たちの命の無事を祈ってである。女性兵士にとって男性兵士からの祈りの言葉がどのような作用を持つかは、未だ解明されていない。しかし男性兵士にとっての女性兵士からの応援の言葉は、やはり嬉しいものだ。そりゃ十二姉妹に声を掛けられればそれが一番なんだが、そんなこと、考えるだけでも罰が下りそうじゃないか。
 ところで、一部にこの習慣を惰弱だとか軟弱だと評している男たちがいると聞く。美しいか可愛い声の女の子が自分の帰りを待っていてくれると聞いて何とも思わないというのであれば、これはとある本からの引用だが、「そいつは人間であることを止めてしまってはどうかと思う」というものである。例えその女の子がタフな殺し屋で、自分より筋骨隆々、握力なんか百キロ近くあったとしても、だ。
 通信が入る時の雑音が聞こえ、おっ、と思う。が、声を聞くとそれどころではなくなった。ジャニアリー様だ! 俄然艇内が騒がしくなる。それを大きく手を振ってシグリッドが止める。
 彼女は我々に、ロマノフでの活躍を期待していると言った。それで奮い立たない奴が? 勿論、いなかったのだ! 彼女の甘い囁きの後では、俺さえ緑の光を待ちわびるようになっていた。そうして、それは来たのだった。
『燃料注入。カタパルト接続を開始……セットを完了。射出カウント七、六、五、射出シーケンスを開始、二、一、射出』
 光が柔らかくなると同時に俺は揺れと力を感じた。くそっ、飛び出たな、畜生め。事前のブリーフィングで、着陸まではほんの十数分、と聞かされていた。その間、リラックスすることに努める。小窓から外を見たいなら見ることも出来るが、見たって面白くもない光景だ。どうせ俺が見られるのは何も無い宇宙だけなのだから、俺とは反対側に座っている奴らは、もっといいものを見られるだろう。それは、自分が何か、得体が知れないくらいに大きなものの一部となって動いているという、静かな興奮をもたらす感動的な光景に他ならない。
 装備のチェックを行うことにする。今更という話もあるが、暇潰しにはなるだろう。と、俺個人に通信が入った。てっきり別の艇にいるヴィクトールかと思ったが、そうではなく、ステア・ヒートからだった。俺以上に暇なんだろう、子供だし。外に声が漏れないように話す。
 シグリッドがこっちをちらりと見たが、すぐ別のものへと視線を移した。実に他愛ない話をしてから、大気圏突入前に通信を切断する。さっきより強い揺れを感じつつ、俺は自分の落ち着きぶりに気付いた。ジャニアリー様は当然だが、ステア・ヒートのお陰もあるだろう。俺は、次に彼女に会ったらお返しの一つでもしてやろうと決めた。
 誰かが言った。
「じゃあ、ロマノフで会おうぜ」

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最終更新:2010年11月21日 21:50