私は隣で固まっている三人の妹たちを盗み見た。オクト、ノヴェ、ディッセ。この作戦を最も強く望んだ者の内の三人。クーロン以来、三人は気丈な一面を見せ続けていた。自分たちでやれることを、人にさせたりすることも無くなった。それでも時々私のシルクハットに、鳩を仕込んだりすることもあったけれど、彼女たちは確かに大きく成長したのだ。だから今だって、私は彼女たちの感情を知る為に、盗み見るということが必要だったし、そうした見た心中は喜びと恐れの二つに割れていた。
これがもしも成長前なら、見えたのはどちらか片方だったろう。そのどちらかと言うのは愚問だ。彼女らは己の立場を限り無く正しく認識していた。それが恐れを助長し、セプの完全な喪失への不安を、激しく煽り立てているのだった。当然のことだろう。こうして冷静ぶっている私も、実際は内心可能なら逃げ出したいと思っているほど、恐ろしいのだ。怖いのだ。だが私は幸運にもと言うべきか不幸にもというべきか、多分前者なのだろうが、私は姉だった。
結局のところ、天地が引っくり返ったとしたって、私は三人の姉なのだという事実は変わり得ないのだ。末妹たちの姉である以上は、彼女たちの前でかちこちになっている訳には行かなかったのである。
そして、上に立つ者が取るべき態度は二種類だ。一つはエイプリルお姉様のような厳しい態度である。全体に規律を与え、隊を見守って、直接にしろ間接にしろ共に戦いもする存在、言ってみれば司令官が、そんな態度を取るものだ。もう一つは、適度にリラックスした、悪く言えばだらけた態度。普段のメイお姉様やマーチお姉様がいい例だ。兵士たちに万事何の問題も無いと思わせて無用の緊張を防ぐ。戦闘指揮官に多い態度だ。ただ、ジュライお姉様はこの類ではなく、むしろエイプリルお姉様に似た態度を取るが、これは彼女が指揮する部隊の大きさに起因する。お姉様は前線での総指揮官なのである。メイお姉様たちはそうではなく、精々が分隊レベルだし、でなければ大抵は自分と同じその場にいる兵士たち全員を指揮することが多い。よって後者の態度を取る。
さて、私の役割を考慮し、己の任務の性質を理解するならば、私には後者の態度を取るのが正しいと思われた。そうすることに成功しているだろう、と考える。大気圏突入の揺れが私の表情を視認し難くしてくれて良かった。今や数多の突撃艇が、ロマノフの白土を目指して大気圏を突破しようとしている。今頃、敵の防空レーダーは散々がなり立てているのではないだろうか。あれば、の話だが。
が、捕捉されて撃墜される心配は殆どない。我々は突撃艇を改良した。大気圏突入性能を改善し、より厚い大気層を、安全に突破出来るように仕上げた。また、その際に装着する防熱タイルを、不必要になったら爆破して剥離させられるようにもしてある。これが良く出来た代物で、爆破すると何百のタイルの破片がレーダーの電波を反射、世界中の軍隊が降下して来たかのように見せるのだ。無論、目で見れば見分けるのは簡単だ。しかしレーダー管制の防空システムは死んだも同然だし、熱探知をしようとしても無駄である。タイルは大気圏突入時の高熱を帯びているのだから、どうしようもない。
やるとすれば肉眼で狙いをつけて対空機銃でも撃つことだろう。けれども、考えてみればいい。大気圏を突破して突っ込んで来る突撃艇に狙いをつけるのはいつがいいか? そうだ、減速時が最適だ。では減速時を狙おう……五十口径で? 三十ミリのCIWSで? 五十口径は使用可能だ。昔からの重機関銃を、据え付けて撃てばいい。でも、それでは威力が足りないだろう。突撃艇は五十口径で撃ち抜ける装甲ではない。CIWSでも受ければ脆いものだろうが、そんな、精密機器の塊が厳寒の中で使えるとは誰も考えない。収納していて有事の際には使用可能にしてあるかもしれない? 馬鹿な考えだ。銃身、砲身はいいのだ。CIWS本体の精密機器が問題なのである。この季節なら、容易く凍り付いてしまうだろう。最も暑い季節なら、使えるだろうが、季節限定の装備にしては高すぎる値段だ。そこらで安く買える機関銃なんかとは、比べ物にならない額なのである。
「着陸二十秒前! 互いに腕を組め!」
そうするのは、下が滑り易い雪だからだ。滑った挙句、何かに激突して止まることも有り得る。そんな時ベルトだけに身を任せるのは、不安ではないか。従って、私と私の妹と私たちの部下は、隣同士で腕を組むのだった。分隊員たちは全員ヘルメットを被ってしまった為、顔は見えない。しかし私は彼らの体温や心拍数を知り、彼らが最早おびえていないことに着目した。なるほど、きっと彼らにとって、セプお姉様の救出作戦は間違いなく成功するものなのだ。彼ら勇気ある男と女たちは、決定を下したのだろう。私もそうすることにした。
「十五秒前! コース異状無し、着陸後は所定行動。着陸前、五、四、三、二、一!」
ゼロを言わないのは舌を噛み切らない為だ。私たちは射出時や大気圏突入時よりも凄まじい衝撃を受け、すぐに雪上を滑る音を聞いた。位置を確認する。よし、問題なし。施設の方へと近づいているだけだ。滑るのが止まる。が、まだ出ない。この時間こそ私が最も嫌う、最悪の時間だ。何も出来ないまま殺されるのかもしれない。それでも待たなければならない。でなければ、降下して来る友軍の突撃艇が、我々の上に落ちて来るのかもしれないのだ。滑って来る突撃艇も脅威である。停止した突撃艇との激突はたんこぶを作るだけで済むが、人相手にそれが発生すれば、轢かれた者はぺしゃんこに潰されて終わりだ。それは十二姉妹だろうが姉妹兵だろうが変わりも違いもない。
「行動開始可能時刻、八、七、六、五、四、三、二、一、ハッチ開放!」
私たちはわざわざ普通に開いたりして時間を潰したりはしなかった。装填された火薬を使って爆破し、吹っ飛ぶドアと一緒に飛び出た。降り立つと、ジューンお姉様が傍にいた。にっ、と微笑みかけ、私は持ち込んでいた使い捨て対戦車ロケットを構える。
「さあて、挨拶は、私がするわね」
「大きなノックになりそうだ──静かに謝るとしよう」
ジューンお姉様は私の芝居がかった台詞に応じてくれた。これが、お姉様が隠れた人気を得る源になっているのだと思う。多分そうだ。
私のロケットの発射が全ての始まりとなった。銃撃、手榴弾の爆発、再装填の叫び声。戦闘につきものである、様々な音と言葉の奔流。
『セプ様が待ってるぞ、攻撃開始!』
『誰かミサイルを持って来い、あの監視塔を破壊しろ!』
『待て、狙撃兵にやらせるんだ! あそこの設備は必要になる!』
一気にうるさくなり、銃声がそれをもっとうるさくする。私たちの突撃艇が最もプラント周囲を覆う監視所付の塀に近かった。ようし、それなら私の出番だ。オクトたちに目配せして走る。目標は門だ。フェブお姉様が通信で、電子錠をハッキング中と知らせてくれた。
私たちはありえないほどのろのろと走った。雪のせいだ。部下や他のお姉様の支援もあって奇跡的に私以外全員が無傷で塀の下まで辿り着いたが、私はそれまでに、二発も撃たれてしまった。むかついたので、背負ったリュックサックから特殊音響閃光手榴弾を二三個取り出し、投げ込んでやる。今現在も降り続けている雪で目測を幾らか誤ったが、とりあえず監視塔にいた敵兵士たちの意表を突くことは出来たようだった。
──ハッキング終了、オーガスト!
──分かったわ、お姉様!
電子錠が無効化された門を強引に押し開ける。私はこれが普通の鍵だったらと思った。そうしたら爆薬で吹き飛ばせたのだけれども。
目前に二人、門番がいた。私は手前にいた一人を後続のディッセに任せ、彼の数歩奥にいた一人を始末することにする。雪を蹴って走り、安定した姿勢で銃を構えようとして腰を落とした彼の膝を踏み台にして大きく飛び上がり、空中で一回転しながら首を両手で掴んで、目一杯の力で出来るだけ本来曲がってはならない方向へと捻じ曲げた。ノヴェが、嫌なものを見た、という感じの声を上げる。
手前の一人は既に射殺されており、私は次なる敵を求めて、目を走らせた。塀に設置された、監視所に続くドアを見つける。そこにも電子錠が掛けられていたが、少し時間の掛かった門と違って、フェブお姉様ならほんの一瞬で解除出来るレベルのものだった。今度は大事を取ろうと思って、上方へとスライドして開くドアを開放するとすぐさま、手榴弾を投げ込んだ。
小規模の爆発が発生して、悲鳴が聞こえる。早速破片と爆風で死なずに朦朧とした状態で立っている一人の兵を見つけて、エイプリルお姉様が持つようにと言った九ミリ拳銃を使って打ち倒す。つまり、遊底を握って銃把で殴り倒したのだ。後に続いた姉妹兵の一人が、彼の喉に刃を突き入れた。
* * *
戦闘が始まった! 私が突撃艇の中にいた誰よりも早く飛び出すと、自分が功を急ぎ過ぎていたのだと分かった。七、八の突撃艇が、まだ私の頭上にいたのである。これには流石の私も肝を潰したが、また突撃艇に飛び込むのは嫌だったので、敵に向かって必死に走った。雪上を滑ってこっちに向かって来る味方の突撃艇を見て何を考えたか、これは全くもって同じ体験をした者でなければ分からないだろう。
私は運が良かった。追いつかれる前に突撃艇の方が止まったのだ。安心して、今度は別の理由で敵に走った。この頃には姉妹兵たちも、その多くが分隊を展開しており、大銃撃戦が始まっていた。後ろを見ずに、適当な位置にある突撃艇に体当たりするようにして隠れる。
十二人の分隊を確かめる。ジューン隊の兵士だった。そのジューンは何処にいるだろう? 周囲を見回しても、彼女の姿は見えない。顔を突撃艇から少し出して敵を確かめようとすると、途端に銃弾が私へと向かう。私の金髪は目立つらしい。道理そのものの話である。片手のP90を収納し、背負ったセプのM14のボルトを引いて、初弾を装填する。同じところから顔を出すと危険なので、位置を変え、銃と目だけを出して狙いをつけた。セプに捧げる一撃だ、しっかり決めよう。
……発射! セミオートで撃ち出された一発の7.62ミリ弾が、敵の顔面を抉り、彼の銃を使えなくする。二発目を撃てるかどうか考える時間は無かった。私は頭を引っ込めて、次弾を放つタイミングを待ち、敵の攻撃の切れ目を縫って撃った。
視界の端でオーガストが門に駆けて行くのが見えて、彼女が撃たれるのも見えた。妹を撃たれたことにかっとなって、私は身を晒す。兵士たちが驚いてしゃがませようとするのを手で払い退けて、P90を抜き、M14とそれの両方を構えて、トリガーを引き絞った。監視塔の窓を、右から左へ掃射していく。八人の敵兵の内、二人がこの攻撃で倒れた。六人は伏せたので倒せなかったが、オーガストは閃光手榴弾を投げ込んで彼らを酷い目に遭わせたようだ。
オーガストと年末三姉妹を含む一個分隊が監視施設へと突入して行き、生残している敵兵の一部が、そちらへと向かう。すると、当然の帰結として、これまで抑えられていた姉妹兵たちが活動可能になり、我々はそれを好機と捉え、一挙に雪崩れ込むことにした。
しかし、全員が雪崩れ込むのは無闇に危険を増やすだけだ。死傷者も出る。それより、十二姉妹や何名かの姉妹兵が援護を行い、残りの姉妹兵で突撃する方が安全である。ジュライもそのように判断し、マーチに、一際長い連射を行わせた。また、気の早い数人の姉妹兵が三十口径の二脚付機関銃を艇に据え付けていたので、それにも長々と撃たせた。
私はM14を背に戻し、短機関銃を二挺構えて支援する。当てる必要が無いのは気が楽だった。姉妹兵たちが雪の上を走り出して、開きっ放しの門に向かう。ジューンが姿を見せた。彼女は指揮官ではないし、銃の扱いが不得意なので、兵と同行することを選んだのだ。その方が都合も良かった。近接戦闘に長けた彼女がいれば、監視施設の制圧は手早く済むだろう。オーガストの手榴弾も室内では有効だ。
だが、施設の警報装置だの何だのというものを破壊してしまうのは嬉しくなかった。こちらで操作出来れば、敵を撹乱したりすることも、防災シャッターでの封じ込めも可能だ。なので、出来ることなら無傷で手に入れたかった。それに端末から情報を得られるかもしれない。セプの居場所。施設地図。アンドロイド・プラントということは、ボディもあるだろう。その場所は何処か。我々への流用は出来ないか? それが駄目でも、ANSのボディに使用出来ればいい。敵の技術を計測する要素にもなる。戦術的にも戦略的にも、価値は大いにあった。
監視施設内部に侵入していく姉妹兵たち。ジューンはジュライの命令が下る前に、周囲の確保と、監視カメラの捜索を命じた。恐らく、カメラは心配ないだろう。それより、詰所は私たちが攻撃した側だけではない。幸い、敵が内側に向けて銃眼を作っていなかったことが、侵入した兵士たちに安全性を与えていた。今度は残りの十二姉妹が進む番だ。ANSたちは我々より先に行った。メイに手を振って、進行を連絡する。彼女は頷き、傍らにいた機関銃班に念の為の援護をしてくれるように頼んだ。ジュライも一緒に前進する気のようだ。ただ、マーチにはここにいて、援護に残った姉妹兵を無事に施設に進入させる手引きをするよう言った。フェブラリーは私と一緒に来る。彼女はそれが気に食わないようだったが、私ではなくジュライの命令であるから、従わざるを得ない。
彼女がそう思う理由は知っていた。マーチは私がフェブラリーを裏切り者と呼び、彼女の行為と、彼女自身を私が強く憎んでいることが、腹立たしくて堪らないのである。彼女は私が、機会があればフェブラリーを射殺しようとしていると考えていて、常に私の後ろで銃を構えていたことも付け加えておこう。もしも彼女の親友に危害を加える素振りでも見せれば、私は背後から撃たれていたに違いない。
そう考えると、彼女もまた裏切り者だ。あの作戦は誤っていたし、情報の吟味を怠ったフェブラリーの為に、何人もの貴重な兵が、長年を共にして来た仲間が、無駄に死んだ。それを庇おうというマーチの気が知れない。私は乱暴に手を振ってフェブラリーを立たせ、ついて来るよう促す。マーチの銃口が、私に向けられるのが分かった。見たのではないが、銃口を向けられた時の身の毛もよだつ感覚は、私を包む激しい殺意を悟らせてくれる。
持ち主の親友はそれに気付いていない。ふん、と私は鼻の先で嗤い飛ばし、前進を始めた。先行した兵士やオーガストたちによって、雪は当初に比べ幾分かは踏み固められており、そのお陰で比較的楽に移動することが出来た。ジューンと話をして、施設内部への侵入を、一足先に行うことにする。流石に施設入口のロックは電子錠のみならず物理的なものでもあったので、力を合わせて蹴り飛ばしてみたが、十二姉妹にだって誰にだって出来ないことというのはある。
私はオーガストを呼び、彼女は背負ったリュックサックから梱包爆薬を出し、爆破準備をした。安全な場所まで身を隠し、オーガストに起爆許可を出す。爆発して、入口が開いた。ここで突っ込むのは危険である。その先に何があるのか分からないからだ。兵士たちは銃を突き出して乱射し、敵兵がいないことを確かめた。その情報の伝達が行われ、最後にやって来た連中、つまり機関銃班の連中とジュライ、マーチの二人が、内部へと真っ先に入って行く。機関銃は格納したそうだ。
* * *
「新ボディの調整終了したよー、もう起きていいよー」
「あの、まだ基本ソフトが入っていないのですが」
「え、うわ、ホントだ。それじゃ、ちょーっと待っててね?」
キーを叩く指が加速される。ふざけた態度でも、技術者は技術者らしい。私は肩を竦めて、ベッドに微動だにせず、出来ず、横たわる、私の相棒を眺めた。随分とまた、大人っぽくなってしまったような気がする。彼女は背が二十センチほども伸びてしまったのである。そうすると百五十くらいになり、私との差は三十センチまでに縮まった。が、許せるのは彼女の服が変わったからと言ってもいいだろう。
彼女がボディを変える前に着ていたのは、あの黒いセーラー服だった。それが、ああ、神様ってのはいるものだと思ったことだが、メイド服に変わったのである。私はとても嬉しい。一度誰かに着せてみたかったのだが、ノネットに着せるのは命を引き換えにする覚悟がいるし、身長の点でアルヴィスには無理だった。私? 私が着てどうするというものだ。鏡を見ても面白くも何ともない。こういうのは人に着せるからいいのだ、恥ずかしくもないし。
服だけじゃなく新しい武装も用意してある。敵のアンドロイドに対抗出来る類の、強力な武装をだ。ノネットがFALを買った時に、一緒に購入した。いずれ敵もアンドロイドを投入して来るだろうと思ってのことだったが、やっぱり私の下した決定は正しかった、ということであろう。
「はい、これでどうかな?」
「問題ありませんね。命令伝達に一瞬の遅れがあるように思いますが、ボディの慣れの問題でしょう」
身を起こし、手首を回したり、指を曲げたり、眉を上げたり、体を曲げたりするアル。彼女は落ち着いた動作でゆっくりベッドから下り、二十センチ分高くなった視線に小さく感嘆の声を上げた。態度が控えめな相棒だが、その体も同様に、成長しても色々と控えめである。しかし、でっかいのは私とノネットで十分だろう。でっかくない娘が一人はいないと、それはバリエーションに欠けるということになる。
満足気に頷く私を不審な目で見ながら、アルヴィスは体のチェックを終えた。こういうことは、計器上でどんな数値が出ていようとも、自分で動かして確かめなければ最終的な判断は下せないものだが、アルヴィスは文句無しだったみたいだ。私の胸のところまで背が伸びて、嬉しそうに見える。ああ、彼女を背負うのもそう簡単なことではなくなるなあと思ったが、考えてみれば背負う必要が無くなるのだった。
私が彼女を背負って敵に突っ込むのは、彼女が脆弱なボディを使用していたからだ。私が背負うことで彼女の危険を少なくしたのである。が、新しいボディは以前よりも戦闘に適したボディで、ノネットと同程度の防弾性能、運動性能がある。であるならば、一々、彼女のことを背負わなくともいいのだ。ある面では楽になったことを素直に喜べたが、ある面ではちょっと残念だと思うところもあった。
「ところで、お姉様。後何時間でロマノフに着きますか?」
「一時間、と言ったところかしら。その後、この船なら、降下に二十分は取られますわね。プラントの防空態勢が問題になりますわ」
「ならウォーミングアップをするべきですね……言っておきますが、お姉様も勿論、参加するんですよ。逃がしませんからね」
心の中で舌打ちをする。ウォーミングアップというのは模擬格闘訓練等、人工筋肉を暖める行為全般のことを指すが、私はこれが嫌いだ。ノネットとアルヴィスでやってればいいじゃない、と思う。私がそこに加わっても大した意味は無い。それにロマノフは酷く寒い場所だ。暖めたってすぐに凍えてしまう。まあ、凍える前にプラントに入る気ではいるのだが、それにしたって戦闘になれば温まるだろうに、なる前から無駄に運動するのは好きではない。
私はどちらかと言うと、ごろごろして紅茶飲んで雑誌読んでお菓子をつまむ方が好きだ。あ、いや、訂正する。どちらかと言うとではなくはっきりと、そっちの方が好きだ。全く性に合っているんだと、私は常々考えている。
さあ行きましょう、と言って、アルヴィスは私の手を掴む。こうなるともう手遅れで、この時の彼女は私以上に頑固に振舞うのである。連行される途中、ノネットが彼女の使っている部屋から出て来た。アルヴィスが彼女を呼び止め、ボディを交換した彼女を観察しようと、足を止めた彼女の手首を、私が掴む。こうなるともう手遅れで、ノネットはアルに引き摺られる私にずるずる引き摺られて行くのである。
普通に言えば彼女のことだから別段反対することもなく参加するだろうし、言わなくとも自分一人でやりそうだが、それはそれで癪だ。私がやらされるというのであれば、人数は多い方がいい。但し三人を超えるのは駄目だ。四人目に入るのはあの男しかいないからである。
格闘訓練でもするかと思ったが、それは周りに物が散らかしてある(原因は私)こともあって危険だということになり(言ったのも私)、ストレッチという余計に面倒なものをやらされることになった。美容体操じゃ駄目かしらと言うと、アルがそれ以上綺麗になる気ですか、と言う。言葉だけ聞いていれば私は喜んでストレッチを一緒にやってあげようと思うほど上機嫌になっていただろう。
しかし彼女の顔が、意地の悪い感じに笑っていた。このところ優しくし過ぎたのかもしれない。厳しく接するのを忘れ、甘やかしていた節があるのは確かだ。という訳で、久し振りに私は彼女のことを強めに小突いた。涙目のアルも可愛いと思うが、次からはノネットのいないところでやろう。私はノネットのヘッドロックによって涙目どころか泣くことになってしまった。彼女は、自分の妹に対しての暴力が過ぎるのではと思う。
* * *
最初に感じたのは目の痛み──俺は後からそれが、ヘルメットの眼部レンズの破片が目に入ったんだと気付いたが、その時は痛いばかりだった。次に感じたのは寒さ。本来感じない筈のもの。だが確かだった。俺は雪のもたらす温度低下を感じていた。恍惚の人となっていた俺は、そこでやっと正気を取り戻し、被っていたヘルメットを放り投げるようにして外して、目をぱちぱち動かし、痛みが止まるまでそうした。
でも、茫然自失とした状態から回復しても、俺は未だに意識が不鮮明だった。突撃艇内部が白い、のだと思う。何処かにぶつけたのか、がんがんと頭が痛む。色も本来見えるべき色に見えなかった。まるで長い立ち眩みのようだった。それが正常になるには後数分を要した。
そして、治る頃には俺はすっかり凍えていた。がたがた震えながら、突撃艇の内部を調べ、一体何が起こったのかを確認しようとする。内部は雪に埋められていた。俺は一番雪が薄いところにいたせいで埋まらずに済んだようだ。
大急ぎで、仲間たちを掻き出しに掛かる。必死で声を掛け、指で雪を他所に投げ出し、途中からは投げたヘルメットで掘った。ベルトの端が見えてきて、そこを重点的に掘る。たちまち、ヘルメットの色が見えてきた。ばしばし叩くと、呻き声がした。やがて埋まっていた彼は意識を取り戻し、ベルトを外して、俺の助けを殆ど借りず自分で雪中から脱出した。彼はもう大丈夫だろう。ぽかんとして呆気に取られているが、それも当然のことだ。
また仲間を助けに手を動かす。三十分かそこらで、全員を掘り出すことが出来た。一方には最初の一人のように自分で脱出してくれる、タフな奴もいたが、他方では俺が引きずり出してやらないといけなかったような奴もいた。が、生きていてさえくれれば俺は嬉しかった。
だから俺は意気消沈した。十二人の仲間が揃うことはもう無い。俺の手は九人を助けられた。が、たった二人が、遂に助けられなかった。俺は祈る。彼と彼女が、着陸の失敗時、首を折って死んでいたならばいい、と。死ぬのならば、苦しまずにその生を終えていて欲しい。
更に、俺は自身をも救えそうになかった。戦友二人は戦う前に死に、俺も死に掛けていた。体温の低下が理由だ。俺は装甲服を調べて、体温調節機能が破損しているのが分かった。死んだ戦友に謝りながら剥がした装甲服も同様に壊れていた。俺は完全に観念してしまった。三人目の戦死者は俺、という訳だ。それも戦ってではなく、情けなくも凍え死ぬのである。俺が早々に諦めている横で、仲間たちは、何とかして通信機を使って十二姉妹に連絡をつけようとしていた。一体、どうなってしまったのか、状況も確かめたいし、救助も欲しい。せめて位置を確認することが出来れば、九人は戦線に復帰出来る。
俺は腰の拳銃を右手に掴んだ。いつ死ぬとも、せめて弾丸で死にたい。雪に殺されるなど以ての外である。しかし、仲間の一人にじろりと睨まれたので、銃をホルスターに入れたままにして、手を離した。
落ち着いて、突撃艇を見回す。地上に露出している側の外壁は、ほぼ完全に無くなっていた。船体も歪み、ところどころがひしゃげて、艇が木端微塵にならなかったのは実に運の為せるところだと思わせる様子である。そんな調子だから、突撃艇の通信機は使えない。フェブ様に連絡を取るのも難しい。GPSにはデータが転送されて来る気配も無いし、そもそもあちらからの通信も無い。つまり我々は、気付かれていないのだ。どうにかして連絡をつけなければ、我々十人の命は消える。簡単に消滅してしまう。俺は元々死んでも仕方ない、死に損ないであるからして、そうなるのはいい。けれども仲間たちは生きなければならない。
俺は考えた。これほど懸命に考えるのは、今までの人生でもそう無いことだった。俺はそれからすぐ、引き剥がした戦友の装甲服のチェックを始めた。体温調節機能は死んでいる。それは諦めた。けれども、通信機は生きている。部品を組み合わせて出力を向上し、全周波数への無制限な呼び掛けを行えば、きっと、十二姉妹は気付いてくれるに違いない。俺のと、死んだ二人ので十分かどうかは分からなかったが、兎に角やらなければ、と提案する。
仲間たちは親切にも最後まで聞いてくれたが、それが余計俺を恥ずかしくした。結論だ。そんなことはとっくに考え付かれていた。だが、この案は、プラント施設へと送られて来たギルド側の増援に通信をキャッチされる恐れがあるとして、回避すべきとされていたのである。でもこれ以外に方法が見当たらないというのも、その通りなことだった。最終的に、我々は敵の増援を呼び寄せるのを覚悟したのだった。
敵に気付かれようと、十二姉妹が気付けば、敵が殺到するここに向かって母艦から砲撃でも何でも出来るだろう。我々ごと吹き飛ばして、増援部隊を始末出来ればそれでいい。十人で百倍いることも考えられる敵を撃破するのだ。有意義かどうかは知らないが、無駄ではない。
結局、先述の通り、我々は全員戦死を覚悟で全周波数への呼び掛けを行うことにした。生きている部品を組み合わせ、出力を向上した通信機を作る。体温調整機能も同じ要領で修理出来るだろうか、と考えたが、今は通信機のことだけを考えることにした。突撃艇からも部品を剥がして、現時点の材料で作れる内で、最大の出力を備えた通信機を作った。
周波数を全域に設定し、分隊長──シグリッドに渡す。彼は手に取り、呼び掛けを始めた。返答は雑音と、雑音の中に紛れて分からなくなりそうな人の声。それは良く聞いている女性の声だった。要するに、十二姉妹の一人だった。
雑音交じりの交信は間も無くクリアなものとなり、フェブ様の声が通信機から流れ出すに至って、我々は抱き合うようにして喜んだ。彼女はまず、気付かなかったことを認め、それを謝罪すると共に、我々の現在地を教えてくれた。ここから東に数キロ行けばいいらしい。
数キロか、と思う。無理だな。吹雪の中を装甲服無し、必要十分な防寒装備無しに数キロ歩くのは、到底人間には出来ない芸当である。置いて行って貰うことにしよう。自分の始末は自分でつければいい。そう言うが、馬鹿を見る目で見られて辟易した。フェブ様も俺を即座に馬鹿扱いにした。わあ、皆、なんだって俺のことばっかり馬鹿にするんだよ。
彼女はこの突撃艇から一キロ離れたところに、装備を積載した突撃艇一隻が不時着していると教えてくれた。船体コードによれば、対戦車ミサイル他の重火器を積載しているという。それをどうするのかと思ったが、その艇は生きているそうなので、逆噴射用の燃料を使って勢いをつけ、ソリの要領で移動させるらしい。
一キロなら行けるな、とシグリッドに言われる。行けるさ、と答えた。一キロなら、急いで行けば凍え死ぬ前に艇内に逃げ込めるだろう。俺だって死なずに済むなら死にたくはないのだ。方角を聞く。北東らしい。フェブ様は位置をGPSに送信し、到着後の再連絡を命じた。
急造通信機は重かったが、突撃艇の通信機が使えるならこんなもの、元から必要なかったのだ。一切躊躇うことなく、それを捨てられる。だが捨てる訳には行かないものが二つあった。戦友たちの死体である。彼と彼女を野晒しにしていくつもりは、俺にも誰にも無かった。俺たち姉妹兵が死ななければならない事態に直面した時、内心では何だかんだ迷ったり心底嫌がったりしてても、すぐさま死ねるのは、姉妹の為に死ぬからだという理由と、仲間の為にそれが必要だからという理由と、最後には違いなく仲間たちのところに戻れるから、という理由がある。
俺は、俺たちは、今生きている自分の為にも、今は死んで横たわる彼らの為にも、連れ帰らないではいられなかった。出発は早くなくてはならない。でなければ、ただでさえ低い俺の体温がもっと低くなってしまう。凍り始めた仲間の死体を二人で一人、運搬役を決めて運ぶ。死後硬直で固まったのか、低温で凍りつき始めたのか、俺には確信が持てなかったが、考えたくもないことだった。
「ハンス、歩くんだ!」
シグリッドが尻を蹴飛ばした。元気な奴だ。
* * *
──二階をクリア。怪しげな場所はありません。そちらはどうですか、メイお姉様?
『三階西側もクリア。いや、駄目だな、ユージーン。見つからない。キャス、そっちはどうだ?』
──東側、クリア。いえ、お姉様、ありません。やはり一階でしょう、あちらは……クッカですか。彼女に聞かれては如何ですか?
『だな。ああ、そうそう、ジュライの命令だ。情報収集後、一階に戻って来い。敵が隠れてないか気を付けてろよ、また後で会おう』
メイは二人との通信を切り、アンドロイド・プラントとされる施設の一階を捜索していたANSチームのリーダー、クッカに連絡した。しかし、こちらも結果は芳しいものではなかった。怪しい場所と言えば広い廊下が突然行き止まりになっている場所があるという程度で、例えば貨物搬送用のエレベーターであるとか、人員移送用手段であるとかは一切見つけられなかった。メイは頭を抱えたくなったが、それは後に起こるだろう、今より嫌な状況の為に取っておくことにした。それにこれはフェブラリーが探査を始めれば解決することだ。
だというのに彼女がそれを終えていないのは、遭難した一個分隊の為に彼女が自分の能力を活用していたからに他ならないし、メイも、フェブの行動に文句をつける気は無かった。ジャニアリーは時間を掛け過ぎているとフェブを批判したが、メイには彼女の言ったことが、あの作戦からずっとジャニアリーが捨てられておらず、メイも少しばかり残している非議論難の念から来ていると分かっていた。
胸の前に両手で保持していたショットガンを下ろす。一階に下りるつもりだった。見る目が変われば、何か新しい発見も有り得るだろう。そう思ったのである。が、彼女がそうするより早くフェブラリーは探査を始め、数分で終えた。クッカたちの目と予測は正しかった。
施設は戦闘中に封鎖されており、行き止まりの壁は、実はシャッターだったのだ。余りに分厚いので、爆破することも難しかった。けれどここで、監視施設を破壊しなかったのが役立った。端末から地図は入手出来なかったが、シャッターを開放することは出来たのである。
ジュライの判断で、彼女とジャニアリー、マーチ、メイがシャッター前に立ち、武器を構え、向こう側の敵に備えた。姉妹兵とANSは、近くの部屋に隠れて、姉妹たちを支援出来るようにしている。ジュライがフェブにゴーサインを出して、シャッターは上がり始めた。
銃を握る手に、力を込めるジャニアリー。シャッターが半分まで上がると、その手も力を失い、銃は体の横に垂れ下がるだけになった。何のことはない、貨物搬送用エレベーターと、個人用エレベーター、それに階段だけが、シャッターの向こう側にあったものだったのだ。
エレベーター二つを調べると、個人用は一度に五人の通常の兵もしくはANSを運べ、貨物用は一個小隊程度を運べるようだった。ジュライの首の一振りで、ジャニアリー隊とジャニアリー、フェブが貨物用エレベーターに乗り、メイとジューンが個人用に乗り込み、その他の兵は階段へとあくまで規律正しく殺到した。
彼ら彼女らの姿が消えてから、ジュライは残っていた、残らせていたエイプリルに、口を開く。状況整理や発見の伝達もあったが、彼女は一つの違和感を感じていて、それを伝える為でもあった。このプラントから暫くの地点に、資源か何かの搬出用なのか、マスドライバーの射出施設があった。巧妙に偽装されており、ジュライがこれを発見したのは偶然の賜物で、降下時に覗き窓から外を見た際、事前情報になかったものが見えた為、フェブに早い段階で探らせていたのである。
これは単なる発見で、違和感はそこに感じるものではない。違和感を感じたのはこの施設の内装にである。余り研究施設らしくない内装だった。それよりも、艦船の内装の方が似ている気がした。普通なら見過ごすか、頭に浮かんでも報告しようとは思わないことだ。だからどうだという風に、発展しないからである。でも、ジュライは今回の作戦活動予定地が完全な敵地、しかもアンドロイド研究施設などという、姉妹隊にとり、特に危険な場所に足を踏み入れると判ってから、一つたりとも疑念や違和感をそのままにはしておかないと心に決めていたのだった。
エイプリルはジュライの報告に冷ややかな声で答えたが、それは妹の言葉を軽んじているのではなく、総指揮官らしい落ち着きのせいで、声が冷たく思えるほどになっているだけだった。エイプリルの態度にそれなりの満足を覚えて、ジュライは階段を急ぎ駆け下りる。彼女の下した命令は、全員一階層下へと降りること、だった。自分もそのように行動し、他の姉妹や兵士たちと合流する。
エイプリルは、姉妹兵を認め、頷いた。彼が頷き返したその時、銃声が響いて、姉妹兵の誰かの緊迫した声が接敵を告げた。ジュライは刀を抜き、フェブの探査によって得た地図を用いて指揮を始める。姉妹隊が展開していたのは貨物室のようだった。お陰で遮蔽物はかなり多く、ジュライは姉妹兵たちが隠れる場所を心配しなくても済んだ。
通信で、メイとジューンに肉薄攻撃を指示する。見たところ敵兵たちは数もそう多くなく、士気も低い様子だったからだ。メイは嬉しそうに、ジューンは冷静に命令を受諾して、遮蔽物から躍り出ていった。兵士がジュライに話し掛けた。
「この様子じゃ、作戦は上手い具合に行きそうですね、ジュライ様」
「本当にそう思いますか?」
「あ……いえ、失礼致しました。……しかし、上の奴らは可哀想なもんですね。折角降下したのに外で防御態勢でしょう?」
「必要ですから。それに、もっと可哀想なのは、艦で待機命令の出ている兵士たちでしょう」
違いない、という風に、兵士は笑った。
* * *
寒さに指や体が凍りつくのではと思ったが、凍りつくのは髪の毛だけで済んだ。俺は突撃艇の内部に誰より先に吶喊して、転げ込んだ。暖かい! まず感じたのはそれだ。立ったまま凍った髪の毛が、へなへなと倒れて行くのを感じて、息を吐いた。仲間たちが後から、どたどたと入り込んで来る。俺は彼らに場所を空けた。突撃艇の通信機の生死確認をして、フェブ様に繋げる。
彼女は戦闘中だった。命の心配が無くなった俺に、焦りが生じた。こんなところで遊んでいる暇はない。俺たちは選ばれた兵士なのだ。そうだ、他の連中、例えばヘイウッドたちは、今頃俺以上に焦り、悔しがっているだろう。彼らの隊が、降下部隊に選ばれなかったことを理由にして。そんな仲間を宇宙に残しておいて、こうやっていることがどうして許されるだろうか、いや、許されてはならない。断じて、許されない。
フェブ様は突撃艇を向ける方向について、詳細に角度まで教えてくれて、噴射時間は三秒噴射、一秒閉鎖、一秒噴射、二秒閉鎖を二度繰り返し、後は対衝撃姿勢を取ってベルトを着用して仲間と腕を組んで到着を待っていればいい、とも言ってくれた。俺たちはそれを信じるだの、疑うだのというようなことさえしなかった。ただ、彼女が言うように行動した。角度調整に関しては、噴射燃料の使用が勿体無いので、俺が内部で角度をチェックし、仲間たちが外に出て押した。
本来、突撃艇は母艦側で制御するものだが、ミスがあった際には艇側でも、ある程度の制御を出来るようにしてある。三次元空間での操縦では多大な忍耐と技量を必要とするが、今回は勢いをつけるだけでいい。それは噴射ボタンを押すだけでいいということで、だからかなり気楽だった。シグリッドが操縦席に座る。俺は彼の隣の副操縦席に座り、ベルトを締めた。どうせ何処に座っても同じだ。シグリッドは噴射ボタンに指を掛けて、全員の名前を点呼した。死んだ二人の名前もだ。
彼が唐突にボタンを押したので、大きく息を吸おうとした俺は頬の内側の肉を噛み切りそうになった。三秒の震動を耐えて、一秒閉鎖。突撃艇が雪上を滑走する音は独特のものだ。ざーっ、という音が一秒続き、一秒噴射。それで第一次の噴射は終わりだ。突撃艇の操縦席では、外の様子が分かり易くはないにしろ見える。
噴射手順の繰り返しの後、俺はプラントを見た。フェブ様が連絡してくれただろうか、と思ったが、考えてみれば、この突撃艇を使っているのは我々だけだし、敵が奪取して送り込んで来たのであっても、たったの一個分隊では無意味にもほどがある。
緩やかに減速し、門の数十メートル遠くで止まる。すぐに降りることはせず、通信機で確認を取った。分かっていても、これが安全だ。
『ああ、連絡されてる。待ってたぞ、シグリッド。良く帰った、すぐ門を開ける。君たちジャニアリー隊はプラント侵攻だな、頑張れよ』
「聞いたな、お前ら、ハンスも。全員外に出て走れ! 十二姉妹を待たせるな! ……ここに残ってる二人のことは頼んだぞ」
小さく最後にそう付け加えて、彼はベルトを外し、外に出る仲間たちに追従して行った。俺もこうしてはいられない。同じようにする。中に入ると、銃声が聞こえていることに気付いた。突撃銃のボルトを引いて初弾を装填しておく。見ると、仲間たちもそうしていた。
俺たちはもうプラント内部への入口を知らされていたので、何の問題も無く戦闘加入出来た。地表に露出している建物部分だけでは、アンドロイドの大量生産にはとても覚束ないという分析の元、地下施設の存在が疑われていたが、正にその通りだった訳だと考える。エレベーターを待っている暇はないので、階段を走って下りた。走って下りたと言うのはおかしいかもしれない。一階層だけだったから、とも言えるだろうが、二度か三度ほどしか床に足をつけなかったからだ。銃撃音がいよいよ近づくにつれて、俺は興奮を取り戻し始めた。
当初貨物室で戦っていた姉妹兵たちと十二姉妹は、地下に侵攻したジャニアリー隊、ジュライ隊、ANSで進撃方向を変えて、それぞれ、数人の姉妹が同行する形で部隊を整え、セプ様の捜索を始めたらしい。俺たちはジャニアリー隊とジャニアリー様がいる場所に走った。フェブ様の探査が終わればセプ様の位置も割れるだろうが、それがいつ終わるのかは良く分からないし、セプ様の位置が割れたとしても、それが施設最奥部であれば奪取までには多くの時間が必要になる。俺たちが活動出来るのは、世界全てが姉妹隊に味方しても一週間だ。
が、実際にはもっと短い。一日か、二日か、良くて三日か。そんなものだろう。地下施設がどれほどの広さを有するのかが問題である。銃撃戦の中に飛び込む。ジャニアリー様はいなかったが、もっと危険な場所にいるのだろう。代わりにフェブ様がいた。遮蔽物に隠れて、隣の彼女に心からの礼を言う。彼女は最近いつもそうであるように、力無く微笑んだ。銃を突き出して敵に発砲する。早速一名始末した。
敵の発砲の合間に、顔を突き出して良い射撃地点を探す。ジャニアリー様がその一つに陣取っているのが見えた。P90での弾幕射撃と、M14の単射で着実に敵を屠っている。ようし、俺も戦おう。シグリッドに手を振って、俺が陣取る予定の地点を指差す。援護が欲しい。
彼は正確に俺の意図を察してくれた。飛び出すと同時に、彼と彼の分隊員たちは銃を一斉に撃ち始めた。跳弾が俺の装甲服に当たって、耳障りな音を立てる。遮蔽物に滑り込み、柄付手榴弾を手に取って紐を抜き、三秒数えて敵に投げる。五秒信管は敵の近くで爆発したが、誰も死ななかった。仕方ない、そういうこともあるだろう。
シグリッドが通信を使って、俺に援護を要請した。分隊員の何名かを動かし、今俺が隠れている遮蔽物に取り付かせようという魂胆なのだ。俺は頷いて、三つ数えると猛烈な勢いで撃ち始めた。三人の仲間が走って近くまで来ると、先程の俺のように転がって隠れる。これで四人。敵兵は十名から十五名が、進撃予定路に築いたバリケードに隠れている。
「ジャニアリー様、このままやってても時間が掛かるばっかりでしょう。迂回路か何かありませんか」
通信で聞くと、彼女は考えたようだった。地図を確かめて、右に迂回出来るルートを見つける。空調整備用の通路で、尋常でない狭さだ。一度に通れるのは、装甲服を装着した人間では一人、そうでなくとも二人が限界だろう。施錠されていたが、それは障害ではない。
流石に単独で行くのは怖いので、一人連れて行くことにする。ここにステア・ヒートはいなかったので、自然と同行者は決定された。都合良く彼は俺よりも整備用通路に近かったし、問題は無かった。ヴィクトールに通信で作戦を話し、敵を一掃することを提案する。彼は了承してくれて、移動を始めた。良し、それじゃ、俺も移動しよう。撃たれないように壁際を素早く進んだ。ドアを破壊する道具は?
「ショットガン!」
ヴィクトールが俺よりも早く叫び、誰かが彼に持っていたショットガンを投げ渡した。それを受け取ってフォアエンドを引き、装填する。彼がこちらを見た。頷く。ドアの蝶番が破壊され、ヴィクトールに蹴破られる。ここで入り込んで行くのは利口でない。敵がこちらより、この施設に関し詳しいと考えるのは当然のことだ。ならば、ここを迂回路にして来ると考える可能性があると考えるのも、当然のことだ。
彼の体と入れ替わりに、俺は目を出した。敵はいない。空調の音が響いているだけだ。ブービートラップも考えられるので、気を付けて、ゆっくりと進む。ま、気を付けてなくてもゆっくりにしか進めないのだが。通路が狭いので殆ど蟹歩きをするようにして動かなければ、一歩も前に進めないのである。通路に対して体を垂直になるように向けることさえ出来ない狭さなのだ。こんなところで待ち伏せなど、敵も嫌だったのだろう。埃を装甲服にべったり付けながら向こう側のドアまで辿り着き、ヴィクトールに蝶番を破壊させる準備をする。
ジャニアリー様に連絡して、タイミングを待った。それが来たのは十数秒経った頃で、戦友は機敏な反応を見せた。蝶番が壊されて、俺が銃を突き出し、敵のいるところへと鉛弾を降らせる。ヴィクトールもショットガンを捨てて突撃銃を撃った。後ろからの奇襲により、敵の大半がこちらを向く。ジャニアリー様はそれを望んでいた。人間がしゃがんだ状態から背後を向く時には、どうしても腰が上がる。すると遮蔽物は彼らの体を満足に覆ってくれなくなる。結果として──彼らはいい狙い撃ちの的になるのだった。鴨撃ちみたいなものだ。
残ったのは数名の兵士たちだけだった。彼らは捕虜になれなかったと思う。そう思う理由は、彼らが以降俺の目に映らなかったからだ。想像だが、彼らは引き出されるだけ情報を引き出された後で、始末されたのだろう。尤も、俺は彼らを哀れになんて思ったりはしない。
* * *
「主よ、我らが闘争を祝福したまえ。主よ、我らの大いなる力に祝福を与えたまえ」
競り上がって行く貨物用エレベーター。冷たい鉄の色。昇降機上に点在する、ドラム缶、木箱、強化プラスチックに入った補給物資。そのエレベーターを見たならば、きっと誰でも一瞬は気を取られた筈だ。七人の少女が跪き、組んだ手を胸の前にし、頭を垂れている。
異様な光景だった。彼女たちがその肩に掛けた、荒々しい力の象徴が、一層その異様さを強調していた。無機質な周囲の色調に抗う、白い修道服も同様に、七人の存在を際立たせている。エレベーターの上昇音は喧騒極まりなかったが、少女らの放つ声は、辺りに凛と響いた。無論このような場所では、述べる者以外に聞く者は誰一人としていなかったが、聞けば人は彼女たちのように膝を折り、頭を垂れたろう。神聖な響きだった。例えこれから、身に纏う白い服を汚らわしい血により赤く染めるとしても、今においては彼女らは無垢な存在だった。
「あなたが常にそうであるように、全てについて、この世界が公平であれかし」
唯一背中に背負うものの無い一人が先導して祈りの言葉を口にし、残りの六人がそれを復唱する。エレベーターは緩やかに上昇を続ける。ゆっくりと灯っては、ゆっくりと消える白色灯。照らされては陰る七人の横顔。金色の毛髪、雪のように白い肌、組まれた細い五指。銃声は彼女たちのところまで届いていた。戦場が彼女たちの近くに迫っていた──正しく言えば、彼女たちこそが戦場に迫っていた。しかし七人は焦ることも、逸ることも、恐れることも、待ち焦がれることも、欠片ほどの情緒もその心に抱かない平静な心中のままで、祈りを捧げ続ける。その姿は全く神秘的で、一種の宗教画めいた美術性さえ持っていた。先導者が、静かな声で次の言葉を発する。
「全能の神よ、今や我らが勝利と生存に値するか否かを裁かれよ。理性と意志を我々の最強の矛とし、また、最強の盾としたまえ」
いよいよ戦場の狂騒が近づいて来る。だというのに、彼女たちは一向に気にもしない。それよりも祈りの方が重要だと思っているのか、跪いたまま微動だにせずに、目を閉じて、口を動かすだけだ。それ以外に発される彼女たちからの音といえば、六人が復唱をする時に、ほんの少し体が揺れて、結果として背中から金属の擦り合わされる音が聞こえたり、衣擦れの音が聞こえたりする、という程度である。これでステンドグラスと懺悔室、それに長椅子の数脚と説教台があったならば、教会の修道女以外の何者でも有り得なかっただろう。
が、彼女らはとてもそんな高潔な存在ではなかったし、まして聖職者などではなかった。彼女らはどう言い繕っても、精々が死の司祭だった。
「我々に堅忍不抜さを与え、信念を強固に保持させ、これより死す多くの者と、これまでに死した多くの者に、等しく祝福を与えたまえ」
その証拠に、腰や、背中にあるのは銃だ。双眸と胸に秘めたのは、地の底から這い上がって来るような殺意。腕に込められたのは力。七人よりこれらを向けられる敵は、無傷ではいられないだろう。顔立ちからはとても見て取れない、どろどろとした暴力的な衝動が、彼女たちの心に何の動きも見せないままに存在していた。それは本来起こる訳がないことだ。衝動と感情とには、強い結びつきがある。
それでも、少女たちの精神は浮揚することなく、こともなげであった。貨物用エレベーターの速度が、段々と下がって来る。それは、目的地である戦場に、彼女らが間もなく到着するという意味だ。エレベーターは警告音を鳴らしつつ、速度をますます低下させて、やがて完全に停止した。そこが終着点だった。つまり戦場の一歩手前で、七人は次の言葉を述べると目を開き、ゆらりと立ち上がった。
「そしてこの世の調和を、あなたの偉大な力によってもたらせたまえ。故に主よ、我らが闘争を祝福したまえ」
各々の武器を手に取る。複層ドアが開き始めるが、この複層ドアというのも、エレベーターと負けず劣らずの遅さで開くのだった。白色灯が点滅をやめ、低速回転を始める。七人はドアの前に歩いて集まり、逆扇形に広がった。そうすることによって火力を集中出来る。軽度の緊張が走ったが、それは戦場につきもので、邪魔になるものではなく、むしろ生死を懸けて戦う上ではプラスになるものだった。
自然と、彼女たちの間で溜息が漏れた。ちらり、ちらりと、互いが互いを見やる。ドアは最後の層の開放に取り掛かろうとしていた。一人の少女が思い出したように、懐から爆薬を取り出す。次の言葉が発される前にそれを昇降機上に放り捨てて、複層ドアへ向き直る。
白色灯の回転が止まった。のみならず、光が消えた。さっきの軽い溜息でなく、死に行く者の吐くような深い溜息が彼女らの口から出る。
「主よ」
サンディは抜いた拳銃を額に当てた。マンディはAK74の安全装置を外した。マーズは彼女のAK105を。メルクリウスは、姉妹兵たちや他のギルド兵たちが使うあの突撃銃に、減音器と三十ミリ減音擲弾筒を装着したものを。ユピテルは支援担当なので、RPK74軽機関銃を腰だめに構える。ヴェヌスが構えるのはストックを外した短機関銃じみた突撃銃。狙撃手であるプルートはドラグノフ狙撃銃。
「我らに栄光の日々をお与えになるように、かくあれかし」
「かくあれかし」
* * *
「そんなに気に食わないか? これも立派な仕事だぜ。しかも下りていった連中と同じ戦闘任務なのに、何の問題がある、姉妹兵?」
「そうだな、一、お前と一緒。二、敵が来ないかもしれない。三、監視塔の窓が全部割れてるせいで雪が吹き込んで来てうざったい」
ああ、悪かったね。俺は彼にそう言い返してそこから離れた。別に機嫌を悪くしたんじゃない。彼とはいつもこんな具合だし、彼以外、他の姉妹兵たちともこんな具合で話すことが多い。俺がそこを離れたのは単純な話、いつまでも同じ風景を眺めるのは嫌だったからだ。と言っても、場所を変えたところで変わった風景が見られると思ったら大間違いだ。何処を見渡しても雪、雪、真一面の雪である。俺の故郷も大抵の場所より深く雪が積もるところだった。だがこれは俺の故郷など比にも何にもならない積もりっぷりだ。笑えて来る。
でもここで戦うことを考えると笑いは止まる。雪上戦よりも難しい戦いを俺は知らない。始終足を取られ、体力の低下が本当に激しい。それに俺たちの装甲服の色は雪の中では目立つのだ。まあそれはいい、俺たちはカラースプレーの白を用意し、問題を簡単に解決出来たからだ。面倒なのは姉妹兵が市街戦に特化とまで行かなくとも市街戦向け、もしくは屋内戦向けの兵士であることと、敵はそうではなくて、野戦、しかも雪上戦のエキスパートたちだと考えるのが妥当である、ということなのだ。だから、雪上運用可能な車両だってあるだろう。兵士たちはそれに乗って戦場にやって来るから疲労は少ないし、装甲車の恐ろしさは何も市街戦だけに留まらない。野戦でも怖い敵だ。
俺が言いたいのは、如何に重火器があったって、たった二個小隊で守り切るのは難しいのでは? という疑問なのである。そりゃ当然、やれと言われればやる。俺たちの仕事は正にそれなのだし、兵隊は一々決定に口を出さない。特にそれが姉妹によるものならば余計にそうだ。で、防御はジュライ様の命令なのだから、俺は口を挟まないのだが、それにしたって疑問を口にするのまでは禁止されていないだろう。文句を言うのは兵士の特権でもある。我々兵士の口は食事と罵声を浴びせるのと文句を言う為に付いていると言っても過言ではない。
中にはお上品な連中もいるが、そういう奴はそういう奴でいいと思う。人の考え方は違うものだし、押し付けあいは御免被りたい。目を細めて、遠くを見渡してみる。今のところ何の影も何の形も見えない。世は平和極まりなしという訳である。十メートル五十メートル百メートル(それは流石にないか?)、どれくらい離れてるのか知らないが、地下では銃撃戦になっているというのに、不思議なもんだ。
俺たちマーチ隊と一緒に防衛任務に当たっているジュライ隊の女性兵士が近づいて来る。俺が彼女に目をやると、彼女は手を挙げ、下らない問いを投げかけて来た。しかしこの退屈の中、誰かと話さずにいるのは下らない質問をされるよりも嫌なことだ。俺は話をすることにした。
「何か見える、ミシェル?」
「映るのは白雪ばかりだね。うんざりして来たよ、元々俺は雪ってのが大嫌いなんだ……あんた、雪の無い国の生まれだな?」
彼女は驚いた様子を少し見せたが、頷いた。驚いたのは、俺が彼女の生まれ故郷では雪が降らないってことを言い当てたからだろう。声を聞けば分かった。子供みたいに嬉しそうなのだ。その通り嬉しいのだろう。未知を既知に変貌させるのは、凄く楽しいことだから。
「ええ。実は、人工じゃない雪を生で見るのはこれが初めてよ。本当に真っ白」
「そうかい、なら一つだけ忠告しとこう。機会があったら、雪は冷たいってことも学んでおいて損は無いぞ」
これは彼女の機嫌を悪くした。彼女は俺の向こう脛を蹴飛ばしたのだ。これだから女性兵士ってのは困る。男をからかうよりも危険だ。特にヤバいのはジュライ隊とフェブラリー隊で、エイプリル隊が次にヤバい。残りは何処の隊でも同じ程度である。これは噂だけれど、ジュライ隊の女性兵士の九割がレズビアンかバイセクシャルとの話もある。いや、幾らなんでもこれは嘘だろう。それも悪質な噂だ。が、それを考えても、あの連中は物凄い。性別が同じってことを利用して、ジュライ様とかなり親しくしていると聞く。これも噂だが、秘密のティーパーティーを開くことも、彼女たちの間ではあるらしい。うーん、しかし多分出て来るのは、ティーはティーでもグリーン・ティーだし、どうも決まらない。やはり、ティーパーティーは紅茶でなくてはなるまい。ただのパーティーならば、炭酸飲料が一番である。これはマーチ隊の総意だ。
ふと、マーチ様と我々隊員がそのような席を持つに到ったら、と思い、想像してみた。うう、二リットルのコークとXLサイズのピザ! 駄目だ、ジュライ様と女性兵士のグリーン・ティーパーティー以上に駄目だ。負けを認めるしかないが、気安さはこっちの勝ちだろう。
「おい、シュザン、いいものを見つけたぜ、見てくれよ、プラスチック板だ。こいつを立てかけて雪を防ごうって思わないかい?」
さっき話していた仲間から声をかけられ、そっちに行く。いい案だった。プラ板なら、向こう側だって見て取れる。そんなものが何故、ここにあったのか知らなかったが、ここは倉庫代わりにされていたのかもしれない。無駄に部屋もある。仮眠室だって複数あるのだ。ベッドに天蓋は付いていなかったが、コーヒーがすぐに飲めるようにしてあった。俺は大喜びしたが、生憎、好きな豆ではなかった。まあ、コーヒーには違いないので、一杯頂いたが、中々の味だったことは認めよう。普段安物ばっかり飲んでるから舌は鈍いけれど、あれに使ったのはそれなりに上等な豆じゃないかなと思う。以前、友達と入った有名なコーヒーショップであんな味のを飲んだからだ。それに違ったとしても確かめる方法は無いので、俺はそれを上等な豆だと思うようにしたのだった。
仲間からプラ板を数枚受け取って、風の吹いてくる方向にある窓に立てかけて回る。俺たちの行いに小さな拍手が起きた。皆、雪が入って来るのにはうんざりだったのだ。そうではないのは雪を見たことの無い奴だけで、後は誰しもこの雪がいい加減に降るのを止めるか、または風が止まればと思っていた。
最後の一枚を立て、息を吐く。汗を拭おうとしたが、ヘルメットにこつんと手甲が当たるだけだった。ヘルメットを脱ぎ、近くに置き、小物入れからタオルを引き出して改めて拭う。汗を拭わないとどうなるか、俺には良く分かっていた。装甲服がそりゃあもう物凄い臭いになる。あれは兵器に転用出来る臭いである。あの臭いに匹敵する臭いは、今まで一つしか嗅いだことが無い。それが何かは言いたくないが、俺はそれを使ってべろんべろんに酔っ払った友人を素面に戻したことがある。十数分間彼をトイレに閉じ込めることになったけれど。
「お疲れ、ミシェル」
俺を蹴ったジュライ隊の女性兵士が、水筒を投げて寄越す。受け取り、装甲服ヘルメットに水筒のチューブを繋いで、二口三口飲んだ。気が利いていることに、中に入っていたのはお湯だった。温かさが身に染みて嬉しい。
もう一口だけ頂いて、優しい温度は名残惜しかったが、接続を解除して蓋を閉め、彼女に投げ返す。俺の水筒は攻め入る時に撃ち抜かれて、全部水が零れてしまっていた。新しいのを貰おう。幸いにして、弾薬も飲料水も食料も不足はしていなかった。水など、どうせ雪を溶かして沸騰させ、その後温度を調整すれば良いのだ。それにはヘルメットが役に立つ。密閉状態にして、雪をぶち込み、火に掛ける。俺はこれで何度か水不足を乗り切ったことがあった。まだ俺たちがギルドに属していた頃の話だ。俺は昔を思い出してつい感傷に浸りそうになったが、残念ながらそうとは行かなかった。
「敵を捕捉した、全員防衛準備だ!」
俺は迫撃砲分隊付兵士だった。くそっ、銃を撃つ方が得意なのにな!
* * *
僕はヘリが嫌いだ。何よりも先に言っておくと、あの浮遊感と横揺れが一気に来る感触が大嫌いだ。揺れないヘリを作ってくれたならば、開発者が男だろうと女だろうと、僕はそいつと結婚してもいいと思っている。誰もやらなければ、いずれ僕が開発してやるつもりだ。
またあの感触が僕を襲い、何か口から出て来そうになる。何でもいいけど、魂と心臓以外の何かが。因みに、今日食べたのはボルシチだ。来る星に合わせてみたのだが、失敗だった。気分は最悪だ。だがそれも、僕の傍にどっしりと存在感抜群に座っている正義の味方を見て、少しは良くなった。彼のファッションは、退役した元陸軍軍人で今は私立探偵、というイメージでやってみた。顔は退役軍人にしては、若く見えると思うが……最近の美容整形の技術は大したものだと聞くから、それで整えたということにしておこう。
それは冗談としても、彼のファッションは武装隠匿性に優れているのだ。大きなものも隠せるし、武器の予備弾倉を隠すのにも都合がいいようにしてある。武器と言えば、彼の被る中折れ帽の縁に刃付けし、投げて攻撃する案もあったが、これは正義の味方ではなくヒールの武器っぽいので、僕の強硬な反対により取り消された。それに彼には似合わない。相手を笑わせて殺す気ならまだしも、帽子投げはポップの王様の特権だ。彼は生まれついてのホワイトだったし、宗教者ではないし、まさか彼がゲイだと疑われることもないだろう。兎に角帽子投げは禁止だ。
窓から外を眺めてみようとしても、雪が窓の外側に大量にこびりついてしまって取れないので、彼のチェックをすることにする。機器の表示を見ていると気分が悪くなるのでは、という懸念は当たっているが、彼に関してだけは違う。僕は調整に没頭し、吐き気も、僕が乗っているこのヘリと呼ばれる忌々しい乗り物への嫌悪も、綺麗さっぱりと忘れられるのだ。他にも、時間を忘れることも出来る。
「人工筋肉よーし。強化アビオニクスよーし。脳波とっても良好、反応速度は理論値の九十八コンマ七パーセント。む、こんなものかな。戦術的思考、心理戦、追跡パターン、どれもいいねぇ。末端動作確認、第一項から六十七項までグリーン、六十八イエロー? あれ? ま、これは後回しにして、六十九から百七十までグリーン。で、イエローは……何だよ、右手人差し指? 武器持たせてないからかな」
「失礼、ヘリ内では静かに願えますか、サー」
「あれっ、聞こえちゃってた? ごめーん、普段いっつも口に出してるからさ、どうしても喋っちゃうんだよねー、直せないんだよね」
遠回しに、黙る気は無いと伝えたのだが、彼は気付かない振りをした。仕方ない、点検は中止にしよう。どうせもうこれで十数回目だし、もうすぐ目的地に到着するのだから、点検よりも起動して彼の体を温めてあげるべきだろう。彼の機能の一部は気難しいところがある。事前に完璧にしておいて悪いことはない。僕は注意深く彼の目を覚まし、機能をオンラインにした。
予想通り二つ三つ起き渋ったけれど、そこはそれ、僕と彼との長い付き合いで、そういう時の対処法は良く分かっている。殴ったり蹴ったりする? とんでもないことだ。殴れば僕の手が折れる。蹴ったらどんなに良くてもひびが入るだろう。タックルしても無意味だ。頭突きしたら死ぬんじゃないかなあ。愛の囁き……それは僕の愛車に取っておこう。彼女と来たら、彼よりも余程気難し屋で、三十分間も睦言を囁き続けたことさえあるのだ(結果として僕は近くを通り掛かった通行人に警察を呼ばれてしまったのだが)。僕の愛車、クリスティーン。我が恋人。言うまでも無く赤いプリマス・フューリーで、値段は二百五十宇宙ドル。いい買い物をしたと思っている。
さて、彼を叩くのと囁き掛ける以外でどうすればいいか? 簡単過ぎて答えが出ない、ということはままあるが、これも正にそれなのだ。執念深く、我慢強く、起動シークエンスを繰り返せばいいのである。運が良ければ二、三回で彼の機能の全てが無事に起動してくれる。悪かったらもっと掛かるだけだ。今回は運がそこまで良くなかったが、さりとて特に悪い訳でもなかった。七回目で彼は完全に覚醒した。
「五分前、軍曹、装備をチェックするよう全員に通達」
「了解です。おいお前ら、やることは分かってるだろ、とっととやるんだ。大尉殿がそれを求めておられる!」
嫌だねえ、軍隊調。僕だっていやしくも佐官階級にある者としてはそんなこと言っちゃいけないんだけど、だとしても僕は軍隊が嫌いだ。僕の一ヶ月分の給料を賭けてもいいけど、好きになることは一生ないだろう。これこそが、僕が憎んで止まない幾つかのものの一つだ。この組織には人間らしさがない。『君には無限の可能性がある』というポスターでほいほい入隊する馬鹿も馬鹿だが、彼らと彼女たちを、完膚なきまでに壊してしまう軍隊という組織には、僕は強い反感と反発を覚える。僕がそこにいるのは、単に僕のやりたかったことが、そこ以外の何処でも出来ないからだった。ギルドに持ち掛ければ或いは可能だったろうが、ギルドは何処まで行ってもギルドに過ぎない。どう転んでも彼らは悪玉だし、僕が作りたいのは善玉だ。ギルドでは作れないものである。統合政府なら、その『条件』を満たしていた。金もギルドと同じかそれより多少は少ないと言えど、僕個人なんかよりも沢山持っていたし、彼らも彼らでアンドロイドが欲しかった。よって僕らは手を組み、彼らは僕に研究施設と、研究スタッフと、金と、軍での階級をくれた。最後のは正直どうでも良かったんだけど。
『こちら機長。カウント、三、二、一、ランディング。ハッチ開放、周辺の安全を確保してくれ』
「分隊、展開しろ!」
三番目くらいに、僕と……いつまでも意地を張ってても仕方ないか。僕とパトリオットはヘリから出た。それで、僕たちは声を上げた。あ、僕たちと言っても僕やパトリオットは除く。周りが上げたのだ。ただ彼らが何機ものギルドヘリを見つけたからってだけの理由で。情けない奴らだと思う。パトリオットは初の実戦を迎え、嬉しく思っててくれるだろうか? さあ、それはどうだか、僕にも分かんないけど、取り敢えず僕は嬉しい。
「いーち、にーぃ、さーん、省略、十四、五くらいかなぁ? しまったなー、対物銃でも持ってくれば良かったな。んー、まあ、いいか。……やっちゃえー!」
* * *
ロマノフ・ギルド兵たちは西から攻めて来た。彼らがこんなにも早く反撃行動に出られたのは、次の二つの内、どちらかの理由だろう。一、彼らの駐屯基地が近くにあった。二、アンドロイド・プラントの敵兵らが予想以上に良く組織されており、混乱の程度が僅かだった。俺の推測では後者だ。フェブ様の探査で見つからなかった以上、彼らの駐屯基地がこの近くにあったという説はその説得力を急速に失う。
階段を下りて、雪をシャベルで掘って作った迫撃砲陣地に走った。地面が揺れて、雪に足を取られ、こけそうになる。俺たちか、敵か、どちらかが対戦車ミサイルでもぶっ放したのに違いない。それか迫撃砲を撃ったか。ちゃんと音を聞いてなかったので分からなかった。
「ミシェル、ミシェル、こっちはもういい! 二番、いや四番迫撃砲陣地に行け!」
俺の本当の配属先からそう言われて、折角転がり込んだ迫撃砲陣地を追い出される。酷い連中だ。俺は銃撃音が途切れることなく続く、その中をのそのそ歩くような速さで移動しなくちゃならなかった。しかも、その四番迫撃砲陣地でも、俺の手は必要がないと言われた。最終的に俺は前線に行けと命じられ、銃撃音どころでなく、銃弾があっちこっち飛び交う場所に叩きだされたのだった。しかしそれは、俺にとって不幸ではなかった。再びのそのそと──だが今度は這いずって行った──進み、俺たちが予め掘っていた塹壕に入り込んだ。これは上品な表現で、実のところは落ちたのだ。俺の下敷きになったのは、俺の脛を思いっきり蹴飛ばしてくれたあの女性兵士だった。
「うん? あら、また会ったわね」
「惚れるとしつこい性質でね」
「へえ、何処に惚れたってのよ。この固い胸?」
「いや、俺は胸より足派なんだ」
ならこれでも食らえ、と膝で蹴っ飛ばされて横に素っ飛ぶ。体勢を整え、敵の来る方向を見つめた。奴らめ、俺たちの放棄した突撃艇に上手いこと隠れてやがる。装甲車が確認出来た。戦車はいない。ヘリは何処だ? 絶対にいる筈だ。到着が遅れているのだろうか、この雪のせいで。有り得る話だ。突撃銃のボルトを引く。突撃艇の耐弾防壁はそう長く続かないし、監視塔からは狙撃班と重機関銃の数個分隊が狙っている。それに、だ。
「点火しろ、点火だ」
「了解!」
この塹壕に入った分隊の分隊長が命令し、別の奴が持っていたリモコンを何クリックかする。三度か、大体四度じゃないかと思う。すると、突撃艇の壁が爆発した。全部じゃないが、三分の一ぐらいだ。密閉状態にされた突撃艇の中に仕掛けた爆薬に点火したのである。密閉爆発は単なる爆発よりも危険なものだ。突撃艇は爆発と同時に粉々になり、敵を刺す短剣となった。装甲車から降車していた兵士はそう多くなかったから、大きなダメージは与えられなかったが、それでも特に突撃艇の近くにいた数台の装甲車を横転させたり出来た。
対戦車ミサイルの発射音がして、頭上を光点が通り過ぎて行く。悔しいが奴らは雪上戦のエキスパートだった。俺たちのミサイルは、多くが完全に回避され、一番良くても敵の装甲車の外壁を少しばかり毟り取って行っただけだった。彼らは百数十メートル離れた場所で、装甲車を盾にするようにして部隊を止めた。何をするかと思いきや、奴らは俺たちが思いもしないことをやったのだった。雪の中に、爆薬を横一列に埋め込んで、吹っ飛ばしたのだ。無論、彼らに危害が加わらないだけの距離を取っておいてだ。即席塹壕という訳である。
迫撃砲の集中射撃許可が出て、対戦車ミサイルも、重機関銃にも発砲許可が出た。装甲車が動き出した後、塹壕には大量の敵兵がいた。一発のミサイルが装甲車に向かう。これは実に見事な射撃だった。八輪装甲車は浮き上がり、横転では終わらず引っくり返って爆発した。でもそんなのは偶然か奇跡か何かだったのだろう。装甲車はぐんぐん近づいて来る。上からの攻撃は回避し易いのか? 数の問題か? 宜しい、では我々がぶっ放す番だ。横から回って来たミサイルを構える。後方には人も壁も障害物もない。安心して弾を撃ち出せる。
「撃て!」
これは覿面だった。全員が撃ったのではなかったが、それでも横一列に並んだ複数の分隊が撃ったミサイルは、装甲車を一網打尽にした。歓声が上がるが、銃弾の訪れに誰もが口を閉じた。そうだ、まだ最も面倒な連中が残っている。それに、俺は見たのだ。装甲車隊が、向こう側からやって来るのを。連中は本気で俺たちを始末しに掛かって来たらしい。まあ、分からんでもない気持ちだった。俺だってそう思ったろう、立場が違えば。しかし俺は十二姉妹隊で、あいつらがロマノフ・ギルドであるならば、俺に敗北は許されない。十二姉妹隊は勝利し、セプ様を取り返すのだ。その為に、敵に易々と突破させはしない。食い止め、撃破する。ここから追い出されても、建物の中で戦い、侵攻して行った連中を挟み撃ちなどさせないようにする。
俺は撃った。敵も俺たちを撃った。俺の右で誰かが撃たれ、俺の左で誰かが衛生兵を呼んで叫んでいた。右の方は手遅れだった。俺は彼を知っていた。いい奴だった。死んだ奴は、皆いい奴だ。左の方は肩を撃たれて銃を取り落としていた。彼は戦えそうだったので、俺は別の負傷兵を診ていた衛生兵に頼んで麻酔薬を投げて貰い、彼に注射してやった。俺は医者じゃないし、看護士なんかでもないが、麻酔注射を何処に打てばいいかは知っていた。それで彼は戦意を取り戻し、銃を拾った。
俺も引き続き敵を撃とうとしたが、弾切れ。息を吐き、しゃがみこんで弾倉を換える。顔を上げようとした俺の周りに銃弾が当たってぼすぼすと嫌な音を立てる……ああくそっ、この戦いはそう簡単じゃないぞ、やっぱりな!
* * *
エレベーター前で撃たれたのは二人で済んだが、私は被害が拡大しなかったことを本当に驚いていた。あそこで何でそんなに少ない被害、しかも負傷者しか出ずに済んだのだろうか? 言っては悪いが、私には敵の銃撃が下手糞だったのだろうとしか思えない。確かに重傷だ。二人はそれぞれ胸と腹を撃たれてしまった。が、弾は貫通しているし、重要な臓器には一切傷がない。敵が戦意を余り見せずに撤退して、私たちを奥深くに誘い込もうとしたのは、こいつらが理由なのだろうか? 私は銃を撃ちながら思った。もしそうなら、無駄死にだ。
「ハンス、手榴弾はありますか」
「ああ、好きに投げろ。この卵型手榴弾は、いい子のステア・ヒートにロマノフ兵たちからのプレゼントだ」
ピンを抜いて、私が背にする障害物の後ろに投げる。ああ、駄目だ。蹴っ飛ばされる音が聞こえた。彼女たちの射撃は最悪の精度だけど、生き抜く術においてはそれなりに長けているらしい。小さな爆発が起きて、ぱらぱらと破片や埃が落ちて来る。銃を突き出して発砲。それから、自分たちの位置を再確認する。
私とハンスはまずい位置にいた。通路の中央に作った一時凌ぎの遮蔽物の陰だ。ここから、出来れば他の兵士たちもいる廊下の曲がり角に移動するか、でなければせめて今よりも強固な何かに隠れなければいけない。敵の発砲は、そうだ、確かに上手くはない。でも飛んで来る弾数は多いし、接近されれば面倒になる。さて、それじゃどうしたものか。目を走らせる。
──ステア、そこを動くな。奴らは個人・貨物用エレベーター前のT字通路両側に隠れているから、ダクトを辿ってANSが攻撃する。
と、キャサリンが通信を寄越した。狭いところは我々の得意分野という訳だ。思いだしてみれば、最初にマルチアーノ艦に入った三人の、私たちの一人も通気ダクトを使って行動したという。あのいけ好かない差別主義者の女好きがオクトお姉様たちのボディを採用したのは、小さいからボディ生産コストが第一・第二世代と比べて掛からないでいい、という理由だけではなかったのだろう、恐らくだけれども。
──ダクトを見つけた。ユージーンたちが回り込んでいる。マーチお姉様とジューンお姉様も肉薄攻撃なされるから、しっかり援護しろ。
聞きながら顔を出し、敵を窺う。敵も顔を僅かに見せていたが、目はこっちを見ていたのではなく、後ろのエレベーターに注がれていた。私にもそれなりの直感がある。キャスを通さず、直接ユージーンに繋ぎ、トラップの一つでもないか慎重に探って進むようにと忠告した。罠を仕掛けるとしたら、エレベーターの筐体上の蓋にだろう。奇襲を予測されていたのでは、無駄な被害を増やすだけだ。ユージーンは、その辺の判断が素早かった。キャスに連絡し、自分以外の三人を戻らせた。代わりの作戦を考えなければいけない。何とか筐体内に敵を、半分でも二人ほどでもいいから押し込められないか、とユージーンの通信。私はそれで何をする気か分かった。彼女、かなりイカレてる。
でもまず考えるべきは、敵を大急ぎで撤退させるその方法だ。あっちも私たちと同じように死を恐れないみたいだし、手榴弾を投げても、蹴り返されるか投げ返されるか、何にせよエレベーターの中に飛び込んではくれないだろう。特に個人用には飛び込んでくれないと思う。かと言って、普通に撤退させても貨物用に乗られるだけで、そうするとユージーンの目論見は外れることになる。敵をみすみす逃すのか? 馬鹿馬鹿しい。そう考えていると、私に煙幕手榴弾を投げるようにという指示が、キャスではなく姉妹から下された。
ジュライお姉様、ジューンお姉様、マーチお姉様が身構えているのを確認する。今頃、上では守備隊が頑張っているのだろう。こんなところで足止めされ、彼らの苦しみを長引かせる真似は出来ない。私は頷いた。ハンスに頼み、私が投げた煙幕手榴弾を撃たれたりしないよう、牽制して貰う。ピンを抜き、三秒後の発煙なので二秒待って、通路の真ん中少しこちら寄りに投擲する。思いの外に手榴弾は滑ったが、狙い通り発煙。私も短機関銃で支援して、煙幕を張る妨害をされないようにする。
ジュライお姉様が刀を構えた。ジューンお姉様はナイフを持っていた。マーチお姉様は軽機関銃を近くの兵士に渡して、格闘戦の邪魔にならないようにしている。こういう時、メイお姉様は参加したがるが、と思って彼女を見ると、その気満々だ。ショットガンを背中に回して、拳を打ち鳴らしている。うーん、敵だけど、ちょっぴり可哀想だ。お姉様たちの突撃を支援する。銃撃を始めると敵が浮き足立つのがはっきり分かった。援護射撃は直後の突撃を意味するものだからだ。
──個人用エレベーターに衝撃、数は一、二……三! キャス、ケーブル切断許可を!
──許可!
二人の回線上のやり取りは敏速なもので、ジーンの発砲による個人用エレベーターのケーブル切断も、実に見事なタイミングだった。ただ絵的には宜しくなかったろう。この敵がアンドロイドだとは銃弾を跳ね返したので分かっていたが、だからこそ絵的に良くなかった。最後に入った三人目は反応が早かったので、ケーブル切断後、シャフトを落ちて行くエレベーターから飛び出ようと試みたのである。言うまでも無くだが、反応出来たと言っても、飛び出るには遅過ぎた。彼女は胸のところからもぎ取られて、こちら側に残された。
後の四人はそれぞれ一人ずつ十二姉妹がお相手し、一人は一刀両断された。一人は口にショットガンを突っ込まれ発砲されて破壊され、ジューンお姉様は羽交い絞めにした敵の目にナイフを突き立て、押し込んで人工脳を損壊。マーチお姉様は……マウントポジション。パワー型の彼女に掛かれば単なる殴打も銃弾を超える脅威となり、逃げることも叶──私は考えないようにした。彼女のやり方は狂気じみてる。
* * *
やはり僕のヒーローがギルドヘリ部隊なんかに負けることは有り得なかった。数分と立たずに、彼らは雪の上に叩きつけられ、爆発した。彼の武器である7.35ミリ特注弾薬仕様のミニガンは、対空兵装への転用も可能な代物だ。電源を持ち歩く必要があるので人間には運用出来ないが、アンドロイドなら重さの問題は即座に解決される。他にも個人的な趣味の産物とかあるけど、それは後のお楽しみに取っておくとしよう。
後ろを振り返ると、さしもの特殊部隊員たちも唖然としていた。約十五の黒煙を見ながら、僕は満足して頷く。パトリオットの背を叩き、侵入口へ向かう。このアンドロイド・プラントの近くには、小規模なマスドライバー施設があった。我々はその存在を良く知っていた。統合政府とギルドの繋がりは誰でも知ってることだから、そのことに疑問を差し挟む者はないだろう。そして、プラントと施設を繋ぐ、貨物搬入用の通路があると考えられるというのも、疑問を差し挟む者がないと考えられることだ。地上を進んで行くのは危険なことになりかねないし。
「大尉殿、周囲を制圧しました。やはりマスドライバー施設には少数の警備だけでしたよ。それも怪物がヘリをやってるのに気を取られ、援軍を呼ぶのも忘れてて、あれほどやりやすい仕事は久し振りでした……ああ、侵入路も勿論見つけております。こっちです」
僕とパトリオットが蠅を叩くのに夢中になってる間に、彼らは彼らの仕事を済ませてしまったようだ。有能な兵士たちなのは、認めよう。
「分かった。中佐、先頭をパトリオットに任せたい。その方が、データ収集にもいい」
「おーい、アンドロイドの教育について僕に講釈垂れる気ぃ? でも、先頭に立たせるのは全然構わないし、どころかお願いするよ」
手を振り、彼を侵入路に進ませる。正面から入って行く計画だ。あらゆる問題はパトリオットが解決してくれる。どんなセキュリティも、彼に睨まれれば一巻の終わりだ。僕らは地下ゲートに来て、パトリオットに全てを任せた。彼は鉄腕(鉄より固いけど)でゲートを破り、道を作ってくれた。それから中に入り、敵がいないか、ガンカメラでもないかと調べ、イオンセンサーでこの施設が最後に利用された、大体の日付を出した。今から四、五日前ってところだそうだ。ということは、敵には物資や人員が十分にあると思ってもいいだろう。彼らに反撃しようとしてる情報が漏れたのだろうか? 鼠が統合政府にいるとしても一向に驚きゃしない。が、面倒ごとは大嫌いである。
彼はミニガンを背中に担ぎ、腰からスタームルガーのリボルバーを抜いた。彼に良く似合う、大口径拳銃だ。巨躯を揺らして前進する。僕とオペレーターズの一個分隊は、その後を付いて行く。僕は安心して進んで行くが、軍人たちはパトリオットを信用していないようで、あちこち銃を向けながら進む。僕も腰のホルスターに銃は持ってるが、生まれてからこの方、銃を狙った的に当てられたことがないのだ。だから無駄なことはするまいと心に決めている。それに、パトリオットは僕が持てる力を全部注ぎ込んだ結晶だ。彼こそ僕の銃なのだ。
通路は基本的に一本道で、時折部屋があったりするくらいだった。僕はてんで敵のことを考えていなくて、使用されたのが数日前、ということばかり頭にあった。うーん、これは僕のミスだ。彼が調べたのはマスドライバー側の通路入口付近だった。だから、確かに、そこを使って物資を搬入して行ったのはそうさ、数日前なんだろう。でもこの通路の警備兵はプラント側から派遣されていたのだと思う。
パトリオットが曲がり道で撃たれた。彼の肩に被弾した銃弾は傷一つ付けられない。彼が身に纏う服も耐弾加工してある念の入れようだが、防弾? 気のせいじゃない? という程度の効果しかなかった。
被弾に間髪入れず、彼は拳銃を二発撃った。それが当たったかどうか、僕は見てない。曲がり角の向こう側のことなど、見える訳がない。しかし僕には分かった。あれは当たってる。そういう風に彼を仕立て上げたのだから、そうに違いない。彼は続けて残りの弾四発を撃ち、銃を持ったまま敵に向かって走り出した。これは見ないではいられない。兵士たちに引留められたがそれを振り切って、角から覗き見る。正に僕が願った通りの力だった。正義の味方に相応の力だった。兵が先程、警報を鳴らすことも出来ないで敵はくたばったと言ったけど、あれは間違いだったのだろう。その証拠と言っては何だが、警備兵が明らかに多い。こんな通路を警備するのに十人近い人数はいらない。それがここにいる。ならば敵は我々の襲撃を知ったのだ。あ、でももしかしたらパトリオットの落としたヘリが通報したのかもしれない。どっちにしろ同じか。
パトリオットは六発の銃弾で正確に六人の命を奪った。それから接近し、何をやったのか良く分かんなかったけど、多分彼がやったのはこうだ。接近しながら銃を戻し、二人の首を両手で掴むと右に持った方を床に叩きつけ、左に持ったのを敵に投げた。それから叩きつけた敵の銃を奪って、残りの敵に掃射して打ち倒した後、生き残りの始末をつけた、と。長ったらしくなってしまったが、この動きを実に一瞬の間に彼はやってのけた。被弾は、最初に肩を撃たれただけで、後は無し。これも、僕をいい気持ちにさせてくれた。
「これで警備兵は全部かな? それじゃ、先を急ごうか。この通路だと、生産・研究施設そのものにも近い筈だから、ね」
僕はにっこり笑って大尉にそう呼びかける。彼は部下に指示し、パトリオットの進撃速度に合わせさせた。彼の現実認識能力は高い。他の兵士がまだパトリオットを疑い気味なのに大して、大尉はほぼ正しくこのヒーローの有効性を理解している。僕はまた嬉しくなった。
* * *
私たちが到着すると、下では十二姉妹隊がロマノフ兵と戦っていた。私たちはどうしてそうなったかさっぱり訳が分からなかったけれど、この状況を利用しない手はないとの考えも、全員共通したものだった。何せロマノフ・ギルドは装甲車と歩兵を動員して大量の部隊を進めようとしていたし、十二姉妹もそうそう突破される気はないようで、塹壕を掘り、迫撃砲や重機関銃を設置したりして、その猛攻を耐え凌いでいるのだ。そこに生まれるのは? その通り、酷い混乱である。
私たちならば撃たれても死ぬことはないから、精々が重機関銃と対戦車ミサイルに気を付けていれば突破は可能だ。大体、裏手からこそこそ侵入なんてことは私の性に合わないのだ。アルヴィスとノネットは強硬に反対したが、私は我を通し続けた。最初にアルヴィスが折れて、次にノネットがなし崩し的に折れた。
新しい武装を持って行くか、今まで通りのバレットライフルを持って行こうかと考える。どうせだからアルに前みたく運ばせるか、なんてことも考えたが、彼女の武装量では難しそうだった。でも自分で持つのは嫌なので、無理矢理持たせてみると、何とかなった。やはり何事もまず試してみるべきだということだろう。私は新武装を持ち、後部ドアへと向かった。こう言うと誤解が生まれ易いのだが、後部ドアと言っても歩いて降りるんじゃなく、ドアを下ろして、雪の上に飛び降りるのである。
人間がやれば、確実に骨を折ることだ。だが私は何だかんだ言ったって人間ではないし、アルヴィスとノネットもその辺りは同じだ。ノネットだけは相変わらず渋ったけれども、アルは諦めもついたらしい。それか自棄になったかだ。彼女は私の後ろに立った。雪が落ちて行くのを眺めるのは珍しい経験だろう。私はアルに後ろから蹴られて落ちたのでゆっくり眺めてる余裕は無かったけど、それでも綺麗なものだった。
無様な着地は回避する。周囲を確認する前に、後から落ちて来るアルとノネットを避けなければならなかった。私は前髪を左右に払い、後ろ髪を撫でようとして、それがもう無いことを思いだす。アルはやけに残念がったが、ばっさりカットしてしまったのだ。格闘戦では引っ張られることもあるし、ふと長髪を短髪に変えたくなることは、人間にもアンドロイドにもあっておかしくないことである。残念だと言いつつ私の小さな相棒は、二度目となるヘアカットを手際良く行ってくれた。すーすーすることを除けば、気に入っている。彼女には私の戦友という修羅道以外に、美容師への道も開けているのだ。ノネットもやって貰えばいいのに、彼女は断り続けている。気分も変わるから、散髪は楽しいのに。
そう、変えると言えば服も変わった。これは私だけでなく、三人ともだ。アルはメイド服に変わったし、ノネットはセプお姉様みたいな、ゴスロリな感じの服になった。というか、セプお姉様のカラーバリエーションだ。私はスカートが短くなった。前は長かったが、今や、私のスカートはセーラー服時代のアル並だ。それとコート。コルセットも使ってみたが、中々の好感触である。胸を強調出来るのがいい。女なら誰でもとは誇張し過ぎの感があるが、多くは尊敬する人の前で自分の魅力を最大限に引き出したいと思うだろう。私もそうなのだ。私の場合には尊敬という単語は適切ではないが、ま、いいだろう。
ノネットとアルが服に付着した雪を払って、私を見る。頷き返して、門に走った。破壊された装甲車に隠れて進む。ロマノフ・ギルドたちは私たちを見つけても、十二姉妹隊ではないので攻撃していいのか、それとも攻撃してはならないのかを決めかねているらしい。私は一旦隠れて、考えた。どちらかに加担する必要はあるだろうか? 私が? 私たちが? その行為が十二姉妹の不利益に繋がるとしたら、お姉様を正当で正統な手段で打倒したく願う私は、どのようにすればいい? 答えは簡単だった。お姉様の兵たちは、兵力的に劣勢だ。彼らが突破されれば、お姉様たちはプラント内部の兵とこの援軍とに挟撃され、苦境に立たされることになる。それはいい。お姉様たちなら何とかするだろう。でも、私の知るところのお姉様たちは、優しい方々だ。彼女たちは悲しむ筈だ──部下たちが自分たちの為に死んだことを。
お姉様がこの地に来た理由は知らない。何か、理由があるのだろう。私はその理由が分からないので今はどうでもいいが、お姉様たちが悲しむのは嫌いだ。憎悪する。いつも笑っていて欲しいと思っている。故に決定は迅速だった。私はノネットとアルヴィスに指示を出し、ロマノフ兵たちを射撃させた。状況を把握しようと塹壕から顔を出し、迂闊にも私たちに狙われる原因を作ったロマノフ兵たちは、額か首か胸か、その近くを撃たれて倒れた。何人を撃ったか数えていないが、私と戦友たちは撃ちまくって、脱兎の如く門へ駆け出した。門は閉じているが、どうせ鍵は掛かってないだろうし、そうならこじ開ける。
十二姉妹兵は私を知っていたので、銃を撃つかどうか迷うことはしなかった。彼らは撃たなかったのだ。賢明と言えば賢明だろうけれど、姉妹と戦い、彼女たちを殺すことを目的とする私をすんなりと通してしまうのはどうなのだろう。姉妹の勝利を信じているのかしら?
門へ到達。何発か、ロマノフ兵たちの射撃が私の首筋やコートの端に当たったが、大したことはない。ノネットたちは一つも被弾なしだ。蹴り開けると、周りで迫撃砲を発射していた連中が驚いて私を見た。何がそこに立っているのか分からなかったのだろうけれども、彼らが驚きから立ち直る前に、私とノネット、アルヴィスはプラントに通じる入口に飛び込んでいた。
私が感じていたのは三つだけだ。一年振りにお姉様に逢える喜び。今度こそお姉様を越えられるかもしれないという希望。私たちを降下させた後、主任が無事ここから、あの船で逃げ果せたかどうかという懸念。しかし最後の一つは些細なものだった。彼が逃げられたかどうかなど、お姉様に逢えること、戦えることと比べたら、何をそこから感じ取れるというのだ。
私はお姉様と巡り逢えた奇跡に感謝した。危うく信仰を持ちそうになった。それほど私は興奮し歓んで、周りが見えなくなっていた。三つの子供の方が、今の私よりも冷静だったろう──ああ、お姉様に逢いたい!
「お姉様、今、そちらに参りますわよ!」
* * *
「同志カーモス、多分三姉妹をマスドライバー施設で確認! あっという間にギルドヘリ部隊を全滅させちゃったわよ!」
「騒ぐな、スプリング。オータム、サマー、スノーモービルを用意しろ。ウィンタはここに残って、お前が求められる状況を待て」
私は煙管を咥えたままそう言ったが、スプリングは騒ぐのを止めなかった。かつて人にそうしたように煙管で殴りつけようかと考えたが、アンドロイドのスプリングがそんなことで黙るとは思えなかった。
仕方なく、彼女の得た情報を調べてみる。と、おかしなことがあった。一体どういう理由からか、アンドロイドの反応が一人分しか検出されていないのだ。あの三姉妹は常に一組で行動する傾向があったのに、今回突然単独行動するようになったのは不可解な変化である。が、十二姉妹と三姉妹の武装を見れば、ギルドヘリ部隊を壊滅させるのは、前者には難しいことだと分かる。それも一人でやったことなのだ。ということは三姉妹、それもあの褐色女だと推測することが出来る。彼女はロングバレルのバレットライフルを持っている。あのライフルと彼女の性能ならば、ヘリ部隊を「あっと言う間に」撃墜可能であろう。
──スノーモービル準備完了。お婆ちゃん、早く行きましょうよ!
サマーのうずうずした様子に苦笑する。スプリングが騒ぐのを止め、首を捻りだした。今度は何だと聞くと、十二姉妹のプラント防衛線、ロマノフ・ギルドと交戦中の彼らが、ロマノフ・ギルドのアンドロイドらしき敵に戦線を突破されたようだと彼女は言った。意外だった。アンドロイドでも、そんなに簡単に突破されるとは。戦線はどうなったのか聞いたが、崩壊はしていないとのことだった。
防衛線を突破した、数体(恐らく破壊された装甲車等のせいで、誤った反応が生じて、正確な数が分からなかった)と彼女の言うアンドロイドは地下に突入し、彼女の能力が追いつかないところまで降りて行ったという。スプリングは自分の中途半端な能力を悔しがりつつ、情報端末を消去した。
スプリングは実に様々なことが行える。モードが1から9まであり、普段は平均的な能力を発揮出来るモード5を使用しているけれども、情報戦を行ったりする時はモード2、速度を向上させるなら6、狙撃にはモード9を使用する、と言った具合なのだ。だが彼女の力は、それに特化した存在には劣る。十二姉妹のフェブラリーと真っ向から情報戦をすれば彼女は必ず負けるだろうし、ジューンと戦っても、モード6では絶対勝てないだろう。彼女は今はいないが、セプと狙撃戦を繰り広げても、撃ち殺されるのはスプリングであるに違いない。
「鞄忘れたーッ!」
どたどたと容姿と違って淑女らしくない足音を立てて、サマーがやって来る。それからそこら中を散らかして、お目当てを探し当てた。とんぼ返りしようとする彼女を呼び止めて、私は散らかされた雑多な品々の内から、もう一つの忘れ物を拾い上げる。彼女の帽子だ。ぽん、とそれを被せてやると、決まり悪そうににいっと笑って、彼女は右手に鞄を持ったままで、両手で帽子を被る深さを軽く調整した。静かな湖に満たされた澄んだ水の色のような長髪をたなびかせ、サマーは駆けて行く。
スプリングも荷物を用意し、それを背負っていた。サングラスも装着し、外出準備は万端のようだ。私も己の準備を確認する。服装、武装、それから煙管と煙草の葉。そうそう、それに、ウィスキーを入れた八オンスのスキットルをポケットに滑り込ませて、身支度は終わりだ。弾薬も、必要と想定される分だけは持った。
船体後部に行き、上陸用スロープを下ろす。ウィンタが見送りに来ていた。私と三人の孫娘たちは、後に残される彼女の幸運を祈った。何しろ彼女は、考えようによっては我々よりも死ぬ危険性の高い場所に、自分から飛び込むことを要求され、それを文句一つ言わずにあっさり受け入れたのだ。そのような経緯により、私たちは彼女に敬意を払った。
目に降って来る雪が入らないよう、ゴーグルを着ける。雪が服を濡らしたら気分が悪いので、上から冬季迷彩を身に着けもした。これが酷いもので、ごわごわする上に首がちくちくするのである。スノーモービルをスタートさせ、船を離れる。スロープが上がって行くのを確認して、前を向いた。積もったばかりの雪の上を走るには非凡な技術を求められるが、誰一人として横転することもなく、私たちは高速で目標へと走らせ続けた。
サマーは自分の才能を発揮して、遊びながら付いて来ている。ある距離まではそれも許せたが、流石に敵に近づいて来たら、不用意に動かれては困る。私は彼女を注意し、真面目にやらせた。発砲を禁止するぞという脅しが、彼女にはかなり堪えたようだった。撃ちたがりの火力馬鹿娘には困ったものだ。
『そろそろ到着だ。全員、命令を確認する。スプリングは「目標」の作戦・行動・状況をギルド・統合軍・三姉妹にリーク。同時に偽情報を噛ませて、戦場をかき混ぜてやれ。但し、フェブラリーに気付かれるぐらいなら何もしない方がマシだ。忘れるなよ』
──アイサー、同志!
左を走る彼女に目をやると、スプリングはぴっと敬礼を私に送った。頷き返す。それから、スプリングの前を行くサマーの背中を見る。
『サマーはそうだな……好きなだけ目一杯遊んで来い。敵に何が起こっているか理解させず、世界全てが牙を剥いたのだと錯覚させろ』
──あははっ、やーっと撃てるわ! 撃つのと燃やすのは大の得意なんだから、期待してくれていいわよ?
調子には乗り過ぎるなよ、と釘を刺しておく。彼女の大火力は、この作戦のほぼ全段階において要求されるものだ。早死にされては困る。尤も、五人だけの私たちにとっては、誰が死んでも困るのだが。例外は私くらいのもので、スプリングが後を引き継ぐことになっている。彼女には私の手管、冷酷さも含めた精神の全てを教え込んだつもりだ。従って、何と罵られ、蔑まれようとも勝利することを学んだ筈だ。
『オータム、サマーを頼む。お前にしか任せられない』
──御意のままに、我が主。
複雑そうな声だった。私も、彼女が出来れば一人で行動したいと思っているのは知っている。が、サマーと行動させ、統制出来るのは、私を除けばオータムだけなのだ。スプリングは彼女を余計に考え無しにするし、ウィンタはそもそも前線での戦闘には出させられない。更には、私は指揮官で、サマーの為だけに付きっ切りでいてやることは不可能なのだ。とすれば、オータムに任せる他どうしようもない。
オータムは四人中で一番物分りがいい。彼女は自身がサマーに個人的に嫌われていることから来る嫌気を抑えて、命令を受諾してくれた。
『私は十二姉妹を疲弊させ、地獄の釜に誘い込む。狙うのは長姉エイプリル、並びに前線指揮官を務めるジュライ、次にジャニアリーだ。全員、私の合図があり次第、行動を中止して集合地点に移動しろ。そこでまた、新たな命令を下す』
──了解よ、カーモス。腕が鳴るわね。
──はっ。
──うぇぇ、またオータムと一緒なの? ホントいい加減にしてよ、何、私に惚れてるの?
……罠は張り巡らされ、餌も撒き散らした。十二姉妹、ロマノフ・ギルド、宇宙の秩序! 何もかもを巻き込んで、黄昏の中に滅びよう。
* * *
最悪の現実が私の前に存在していた。私はMP7に手を掛けていたが、それを持ち上げ、構え、引き金を引けるとは思っていなかった。嫌悪からではない、驚きによる吐き気さえして、眩暈が起こり、膝を揺らす。でも、いつかこれが発生すると皆分かっていたことだった。
「あら、一年ぶりですわね。元気にしてたかしら?」
掌を頭の上に置かれて撫でられる。私の目はかっと見開かれ、自分がどのようにすればいいかを求める思考は低回を重ねるのみであった。褐色の艶やかな手。それが私に、私たちに指し示すのは唯一の事柄。あの人が戻って来た、という真実だ。ニグリティア・アイオーン! あの数日間とそれに到るまでの間、我らを統べた、天真爛漫な悪魔! 私が出来たのは、エイプリルお姉様たちを呼ぶことのみだった。それ以外の何を出来る? 彼女の目的は明らかだった。今、銃を使わない訳は、偏にニグリティアお姉様がそれを欲さないだけのことだ。一度彼女が機嫌を損ねるとか、成し遂げたい何らかの行動を私たちが妨害すると思えば、容赦なく彼女は己の敵を挽き潰して前進する。
エイプリルお姉様は落ち着いた足取りでやって来たが、両手に拳銃が握られていた。後ろにはメイお姉様もいた。明らかに警戒している。それに気付いていないこともあるまいに、ニグリティアお姉様は大袈裟に両手を広げ、抱擁しようとした。頬に口付けしようともした。暫くされるがままにさせておいて、メイお姉様が散弾銃を顎に突きつける。十二姉妹の末妹を自称する彼女は、素直に姉の意思に従った。
ノネットお姉様の姿は見えないが、大方何処かに隠れているか、それとも迂回して私たちを何処か別の場所から狙っているか、だろう。ここで殺しあうことになれば、彼女は必ず思いもしないようなところから現れ、戦うことに疑いはない。しかしそれより奇妙なのは、だ。
以前は同じ目の高さだった知り合いを見上げることになろうとは、思いもしなかったものだ。彼女の服も何処かで見たようなメイド服だ。武装も変わっているが、相変わらず荷物持ちは彼女の役目らしい。ニグリティアお姉様との関係も変わらずのようで、何か不機嫌そうだ。十二姉妹に取られて不愉快なんだろう。
「まずはお久し振りとの挨拶をしなくてはなりませんわね?」
「ええ、その通りだと思います、エイプリルお姉様。随分と長い間お会い出来ず淋しかったと言っても、失礼にはならないでしょうか?」
「アタシは、もう会いたくなかったけどね」
メイお姉様の呟きに、傷ついた表情をするニグリティアお姉様。確かにそうなのだろう。彼女の姉への想いは病的なまでに本物だから。一瞥して親友の行いをたしなめ、エイプリルお姉様は私たちの昔の指揮官を、前線へと誘った。後ろを守っていた私と他の分隊員たちは、その後を付いて行ったが、これは責められなかった。後ろからやって来る単なる人間の敵と、ニグリティアお姉様。脅威はどちらか?
「それにしても、奇遇ですわね! こんなところでお会い出来るとは、夢にも思いませんでしたもの」
「全く、その通りね……それで、あなた──ニグリティア、と呼んでも構いませんわね? あなたの妹たちから聞いたのですけれども」
この質問に彼女は少し考え込んだ。実のところ、お姉様は日付に関係する名前が良かったのだ。十二姉妹の名前にも憧れていたのである。でも、実際に付けられたのはある色を意味する言葉(私はそれが正にぴったりだとは言わないけれど、それなりに合っていると思えた)。それで、まあ、そういう理由で、ニグリティアお姉様は呼ばれるならこんな名前が良かった、というリストを作っていた。彼女はきっと、そのリストの中からお姉様に呼ばれるに相応しい名がないかを検索していたんだろうと思う。が、結局は彼女は使い慣れた名前を選んだ。
構いませんわ、と彼女は頷き、エイプリルお姉様も頷き返し、彼女が伝えようとしたことを口にする。それは我々の目的についてだった。セプお姉様を捜索中であること。もしいたならば、救出し、復活させる予定だということ。ニグリティアお姉様は最初がっかりしたが、お姉様の復活の話になると、張り合い抜けがしていた彼女の心は急速に踊躍した。これは彼女の最終目標が十二姉妹の打倒にあることが、その理由の根底にあると推測出来る。
お姉様が生を享けた時点で、既に十二姉妹は十一姉妹たらざるを得なかった。ミスターは十二姉妹、第一世代の一人を永遠に消し去ってしまったと信じられていた。ニグリティアお姉様は夢想家だが、同時に常識人の一面も、欠片ほどには併せ持つ。一人欠けてしまった姉を打倒することだけは不可能だと諦めていた。それが今や不可能ではなくなるかもしれないのだ。彼女は興奮した。今回は十二姉妹と生や死を懸けて戦えなくともいいと心底思わせ、遂にはそのことを口に出して言わせてしまうほどの興奮振りだった。
「それで、私は何をすれば宜しいのですか、お姉様? 戦えと仰るならそうしますわ。壊せと仰るなら、私たちはその通りにするのです」
「簡単なことですわ。敵はアンドロイドを戦線に投入しています。あなたには敵アンドロイドの撃滅・生産プラントの捜索を頼みます」
了解しました、お姉様! 喜色満面の風で、彼女は言った。それからノネットお姉様の名を呼ぶと、彼女は案の定思いもしなかった場所、私がついさっき調べた部屋から現れた。やれやれ、私のクリアリングは問題なかったつもりなのだが、それは本当にそうなのだろうか? 自信を失うことだ。
それで、一つ素朴な質問である。ノネットお姉様のあの服は、これは……いやはや、その、なんだ、どういうことなのか? 何かの罰ゲームか?
* * *
アンドロイド・プラント侵攻部隊はジャニアリー隊・ジュライ隊・ANS。地上の防衛隊はマーチ隊・ジューン隊・セプ隊・ジュライ隊。宇宙で待ちぼうけ食わされるのはフェブラリー隊・エイプリル隊・メイ隊・オーガスト隊・オクト、ノヴェ、ディッセ隊。そも誰なのだ、この兵力で行けると考えたのは。フェブ様か。そうしたら言って行くところがないから困る。俺は監視塔から銃を撃ちながらそう思った。
情けないことに、塹壕を追い出されたのだ。や、理由はある。監視塔で重機関銃を撃っていた仲間の一人、給弾手が撃たれたのである。幸いにして彼の怪我は軽いものだったが、銃創を放置しておく訳にも行かないし、彼の傷は点ではなく線だったので、縫う必要もあった。よって衛生兵が彼の手当てをする間、誰かが役目を代わって果たさなければならず、それは俺に回された仕事だった。
俺は文句を言わず、ただ自分のヘルメットの側面をとんとんと指で叩いた。癖だ。塹壕を飛び出した時は撃たれるかと思ったし、のみならず撃たれたんだが、その弾丸は俺の装甲服に当たって弾き返された。どうにも距離がある為に、角度によってはそうなってしまうようだ。だから俺たちは、延々馬鹿みたいに撃ち合い続けてるんだろう。でなければもう勝負はついている。考えるまでもなく、十二姉妹隊の勝利に決まっている。
ところで、給弾手というのはこれで面倒な仕事だ。理由は複数あり、例示すると、狙われ易い・単調な仕事・その癖集中力がいる、等だ。しかも銃を撃てない。つまり自分に降り掛かってくる火の粉を仲間に払って貰うしかない。出来れば、俺は自分で払いたい性格だった。その方が負傷した時も後腐れないし、撃ち殺される時もまあ、納得出来る。運がなかったのか、敵の方が俺よりも一枚上手だったのだと。が、今みたいな銃を持っていない時に撃たれて負傷したら、俺だって人間だ。感情はあるし、理性で抑えられないことだって時折ある。横にいる友達を嫌うようにはなりたくない。なので銃は持っていたいんだが、俺の手は二本しかないので、持つのは到底無理なのだった。
「シュザン、そろそろ移動するぞ。壁がこれ以上耐えられるかどうか、怪しくなってきたからな。弾薬箱は一旦置いといて、援護を頼む」
「給弾手は給弾がお仕事!」
と反論してみるも、彼はさっさと機関銃を畳み、肩に担ぐと走り出そうとした。仕方ない。傍らに立て掛けておいた突撃銃を持って構え、目盲滅法に敵に鉛弾を送り込む。いつだったか俺に隊の仲間が、一緒に狙撃手選抜試験を受けないかと誘ってくれたことがあった。あの時、どうして断ったりなんてせずに受けておかなかったのだろうか? もし受けていて、合格していれば、今、俺が直面しているこの悩み、撃った弾が当たったのかどうか、届いているのかどうか、という疑問に答えが見つけられただろうに。
空っぽになった弾倉を捨てて、新しいのを突き刺す。装填して発砲しようとしたが、相方が向こう側に届いたので、銃を背負い込んで伏せ、弾薬箱を近くに引き寄せた。もう立って移動するのは無理だろう。彼が動いたことで注意はばっちりこっちに向いている。這って行くしかない。いいことを思いつき、銃のスリングを最大まで伸ばし、弾薬箱三つを引っ掛ける。で、銃を右膝に引っ掛けて、膝から先を曲げ、両手と残りの足で這って行く。こうすれば壁の破片を体に吹っ掛けられながら往復せずとも済むし、ましてや撃たれるなんていうこともない。皆幸せ、ってなもんだ。
「そいつはいい考えだ、坊や! 今まで誰も考えつかなかったのが驚きだな、うん? こいつは歩兵操典に載せるべきだよ、もしも──」
足元で銃が跳ねる。違う、跳ねたんじゃない、何かの弾みで暴発したんだ。俺は慌てて蹴っ飛ばして向こうに押しやり、凶弾から逃れた。仲間たちが驚き怒声を浴びせかけて来る。何と言っても俺が悪いのは明白なので言い返せない。ほら見てみろという顔をして彼は言った。
「もしも、暴発しなけりゃあな」
弾が切れた突撃銃を足先で引き寄せる。発想は悪くないんだ、と自分を弁護しつつも、俺は次からこんなことやらないぞと心に誓った。弾薬箱から弾帯を出して渡す。彼は『小鳥の囀り』とも呼ばれる銃弾の擦過音にもたじろがずに機関銃に装弾すると、猛然と射撃を始めた。
空き缶の一つでもあればな。口には出さないが、心の中でそう愚痴る。空き缶と紐があれば、給弾手なしでもジャムの心配がなくなる。いつだったか、仲間の一人が制式装備として、空き缶ではなくちゃんとした器具を購入すべきと主張したことがあった。彼は正しかった。過ぎ去りしあの至福の日々よ! 俺たちは一日中馬鹿なことをやって過ごすことも出来たし、時には戦って過ごすこともあったけれども、大体において皆が幸せにやっていた。それが今やこの有様だ。我々はそれを選んだのだから文句は言わないが、何という凋落だろうか!
衛生兵が戻って来た。そいつは俺の肩を叩いて戻ったことを知らせてくれて、もっといいものも見せてくれた。本来の給弾手の男である。俺は給弾手の定位置を彼に引き渡した。射手の男は俺が中々いい給弾手だったと褒めてくれたが、こいつは明らかな社交辞令という奴だ。
今から弾を掻い潜ってまで塹壕に戻りたいとは思わないので、俺はそのまま監視塔とそれを連結する塀の上に留まることにした。だって、屋根もあるしな。磁石みたいに銃弾を惹きつける働きのある重機関銃班たちから離れようと考え、いい場所を探す。俺の現在地点は、敵のやって来る方向を北とすると、北東の監視塔だった。敵を撃ちたいなら北西の監視塔に行くか、連絡通路に移動するのがいいだろう。
一考し、北西の監視塔に向かうことにした。そこでは兵士が足りない様子だったし(下に塹壕を掘り過ぎたんだ)、気の知れた奴がいた。同じマーチ隊の女性兵士で、俺は彼女のことが気に入っていた。全然おしとやかじゃないし口だって良くない、酒は男以上に強い女だが、それでも人間的な魅力ってのがあった。異性として見ているのかどうかと言われればノーだが、俺は彼女をいい友達だと感じていたのだ。
彼女は近づいて来る俺に気付いたが、お互い手を挙げて挨拶するなんて馬鹿な真似はしなかった。別にここはハイスクールじゃないんだ。今大切なのは十二姉妹の為に銃を撃って敵を殺すことであって、懇親会やるのは生き残った後でいい。論無く、セプ様も一緒にやるのだ。
「元気か?」
銃を撃ちながら尋ねる。こいつもこいつでしなくてもいいことだという意見には、賛成はしないが反対もしない。でも横に友達がいて、そいつは生きているのだ。話し掛けないのは勿体無い状況だろう。姉妹の為に働く手を疎かにさえしなければ、個人の裁量で決めていい、と隊内の成文化されたルールにもある。そりゃ小隊長とかが黙れと言えば黙らなくちゃならないが、今のところ彼女は下で頑張っている。
「あー、元気元気。それよりシェリー、弾薬頂戴よ弾薬」
ちょっと戻って弾薬箱を持って来て、箱ごと彼女に渡す。なおざりなやり方で謝意を示し、彼女は弾倉を掴んで装着、弾を装填した。いつもならシェリーという可愛らしい愛称で呼ぶことに苦情を言うのだが、戦闘中にまでやろうとは思わないし、彼女が言うならそこまで不快でもない。
シェリーと言えば、彼女が洗練されたジョークより変に入り組んだ下らぬ冗談、通称「ドイツ人のジョーク」が好きと知って、俺をシェリーと呼ぶ彼女に言ったものだ。全部俺にくれた訳でもないのにその名で呼ぶな、と。彼女は何のことだか暫時理解出来ずにぽかんとしていたが、やがて笑ったのだった。以来、未だに俺は彼女の笑いに対する感性を理解出来ないでいる。俺はまさか、本当にあれで笑うとは思わずにあの言葉を口にしたのに。
「シェリー、ここが後何時間持つか賭けない?」
「二十時間プラスマイナス三時間に二十宇宙ドル」
お、強気だねえと彼女は言い、独特の笑い声を聞かせる。彼女は上顎歯と下顎歯の隙間を余り開かせずにそのまま笑いを発するのだ。お世辞にも行儀のいい笑い方じゃないが、彼女の性格には合致しているので、変えると彼女も皆も違和感があって落ち着かないのだった。
「じゃあ、あたしは戦闘が終わるまでずっと耐えるに百宇宙ドル掛けよっと」
「この卑怯者」
「掛け金増額していい?」
黙って敵を撃っていた方が良さそうだ。じゃないと戦闘が終わった後身包み剥がされてしまいかねない。こいつは冗談じゃなくやる女である。自分が楽しいなら多少仲間に迷惑を掛けてもいいと、本気で思っている。その代償として別の仲間が彼もしくは彼女の楽しみの為に迷惑を被らせて、それを適当に済ませても彼女はどうとも思わない。俺はそれを正しいとは思わないので、常々その考え方について疑問を提示しているのだが、彼女は聞く耳を持たないのだ。考えれば、彼女はそれで二十と数年(ここが大事)生きているのだし、今から変えるのは難しいのだろう。だが人は何歳になっても、生きてさえいれば成長出来るものだと、俺は信じていた。人は、死に瀕したその瞬間でさえ、己を根本から変革出来るに違いないのである。
狙いを定めて撃っていると、こちらの迫撃砲弾が敵の塹壕の、正にその内部に着弾した。喝采の声を上げる。敵は装甲車での強行突破、浸透戦術を諦めて以来、塹壕戦に持ち込もうとしているが、あっちの方が武装の点で不利だ。あいつらには迫撃砲がない。重機関銃は、装甲車の速射砲を代わりに使っていたが、装甲車隊は撤退してしまった。装甲車というのは立て篭もる装甲猟兵には手も足も出ないのだ。複数の戦車は怖い相手になるが、新雪上を高速移動出来る戦車がここにあるかどうか。それにギルドヘリも来ないし、砲兵だって来ない。
作戦展開が、どうかしてるんじゃないか、と思わせるほどに間違っている。何の理由があって歩兵と装甲車だけをここに寄越したのだろう。そのお陰でこうして持ち堪えるのが楽になっているのだから、考えるようなことはしなくともいいのだが、やはり気になってしまう。
「撃たれた! 衛生兵!」
「シェリー、あいつの面倒見てやりなよ! ここはあたしが引き受けとくからさ!」
でも、耳をつんざく大声が傍で聞こえ、無意味な思考は霧散した。俺は衛生兵を探し、別の場所にいる兵士を手当てしているのを見た。くそっ、どうにかしてあそこまで連れて行くしかないぞ。あっちの奴は重傷に見えるし、新たに撃たれた男は自分で立てないみたいだ。
這って彼に近づいて行き、俺は彼の突撃銃の弾倉を外して、ボルトを引いた。これで弾は入っていない。それから弾倉に一発を挿入し、彼の弾薬入れに突っ込んだ。痛みに呻く彼の肩を叩いて励まし、さっき弾薬箱を引き摺った時みたいに、スリングを使って引っ張る。弾が入っていないので今度は暴発することもなく、衛生兵のところに辿り着いた。弾丸飛び交う連絡通路を這って行くのは恐怖である。これも二度としたくない行為リストに入る。衛生兵は丁度、重傷者の手当てを終えたところだった。彼をもっと安全な場所にと頼まれて、俺は躊躇した。早くさっきの場所に戻ってあいつと一緒に戦いたかったのだ。けど、死に掛けている戦友を見捨てる奴は人間じゃあない。
慎重にであれば動かしても大丈夫だ、というので、またスリングを使ってずりずりと引き摺って運ぶ。南東監視塔付近に臨時救護所を作った、とのことなので、そこに連れて行けばいいだろう。果たして、血の痕を床につけながら這いずって行くと、衛生兵が忙しそうにしている。彼に任せようとしたが、別の負傷兵の為に、点滴を何処かに固定してくれ、と頼まれて、了承し、付属の粘着テープで固定してやった。
その時、爆発があった。俺は跳び立って通路を走った。命中したのはあいつがいたところだったんだ。あいつと話したところだったんだ。北西監視塔は戦闘で脆くなっていたのか、たった一回の着弾で天井と壁の半分近くが崩壊していた。俺は敵弾も気にせず、彼女を探した。
でも見つからなかった。
最終更新:2010年12月06日 22:40