「……38度5分だね」
「マジ?」
「マジだよ。しばらくは安静にしてないなさい」
ニルソンが体温計を片手にスラリと答え、「」はベッドの上で想像以上の体調の悪さにげんなりした。
今朝から全身が熱っぽく意識が朦朧とする。そんな状態ではまともに動けるはずも無く、リビングでへたり込んでいた
ところをジューンが見つけ、部屋に運び込んだ。
その後、風邪薬を飲んで横になっていたところを、話を聞いたニルソンが調子を診るために来たのだった。
先日、クリミナル・ギルドの宴会で泥酔状態のまま寒風が吹く夜空の下で、眠り込んでしまったのが原因だろうなと「」は思った。
「まぁ、症状の発熱だけのようだ。薬を飲んで横になっていれば、時期によくなるだろう」
「ありがとうございます」
「いやいや、礼には及ばないよ。それよりも問題は誰が君を看病するかだな」
「それはもちろん私ですわ!」
バンと勢いよくドアを開け、
ジャニアリーを筆頭に姉妹達が「」へぞろぞろととやってきた。
手にはネギや怪しげな瓶、取扱い注意と書かれたタンク等といろいろと握っている。
ジャニアリーが「」の前に来ると、どうみてもただの何かの白い汁にしか見えない液体の入った器を突き出す。
「「」さん。私おかゆを作ってきまたしたの。たーんとお食べ」
「そんなものより、この
エイプリル特製ホットレモンはいかがです?」
「「「モモ缶持ってきたよ~」」」
「酒は万病の薬と聞いたんだ。ということで酒飲もうぜ」
「液体窒素で体温を下げてみるのは面白そうね」
「ふふふ、このネギをお尻に突っ込めば一発で」
「「」さん、死んじゃ駄目だよ」
「……弱い奴ね」
「寒い? だったらこの手榴弾で」
「君達、「」君は病人だぞ。そんな大勢で賑やかにしたら治るものも治らなくなってしまうよ」
ずいずいと「」に詰め寄る姉妹達にニルソンが静める。そこでふと部屋の隅で静かに「」を見つめるジューンに気がついた。
人当たりもよく、第3世代の世話を甲斐甲斐しくする彼女なら、うまく看病できるかもしれない。
「ジューン、すまないが君が「」君の看病をしてくれないかね? 私は君が適任だと思うんだが」
「私が? ニルソン様がそう言うのなら別に構いませんが」
「ニルソン様、私では役不足ですの!?」
「ジャニアリー。ここはジューンに任せて、私達は「」君の回復を祈っていようじゃないか。ジューン、あとは任せたよ」
ニルソンは不満を口々にする姉妹達をなだめて、部屋から出て行った。
途端に部屋が静かになり、「」とジューンの二人だけになる。
「…………………」
「…………………」
「……………」
「…………「」、生きてる?」
「うん」
「それは残念」
「!?」
「冗談なのに」
「ナイフ持ちながら言う冗談じゃないよ!」
こうして、「」は一抹の不安を感じながらジューンの看病を受ける事となった。
「」の不安とは裏腹に、ジューンは慣れた手つきで看病をしていた。
こまめに汗を拭き、悪寒を感じているときには毛布を掛け、暑いと言った時には涼しくなるようにと動脈に近い部位を冷やした。
また、キッチンでは書斎にあったレシピ本を片手に玉子酒や蜂蜜大根をつくり「」に食べさせた。
そのかいあってか、一晩で「」の熱は37度4分にまで下がり、部屋の中を動き回れる度にまで回復したのだった。
「「」。熱が下がったのはいいけど横になってて、治り掛けたときが一番危ない」
「ごめん。つい調子に乗っちゃって」
「じっとしてて、下に行って何か食べ物持ってくる」
そう言ってジューンはしばらくしてから、適当に目に付いた果物を持ってきた。
その中から、リンゴを取り出しておもむろに剥き始める。
「食べて」
「すごいな、よくこんな綺麗に剥けるね」
「こんなのは朝飯前。目を瞑っても出来る。それにもっと凄いのもできるぞ。少し待て」
「」に渡したリンゴは、よくあるウサギの形に剥きれていた。
手先が器用なジューンらしく耳の部分はピンと立っており、写真で見るお手本そのものだった。
「」が感心する横で懐から何本も投げナイフを取り出し、黙々と他のリンゴを剥き出す。
リンゴを剥く目はもはや彫刻家のそれである。
せっせと角度を変え、ナイフを変え、力加減を変えて10分ほどたった頃にそれは完成した。
リンゴで出来た熊である。
クマのプ○さんやテディベアのようなディフォルメされた熊ではなく、巷でよく見る口に鮭を咥えた木彫りの熊である。
熊の毛並みから鮭の鱗まで精巧に彫られ、野生の荒々しさが伝わってくる力作だ。
しかも、よく見ると足の裏にはちゃっかり【作 ジューン】と彫られている。
「こ、これは一体……」
「まだまだあるぞ。この際、私のレパートリー全てを見せてあげよう」
「ジュ、ジューンさん?」
またしても懐から数本の投げナイフを取り出し、せっせと果物を剥き出した。否、彫りだした。
ガーゴイル像、仏像、キリスト像をはじめとした有名な像。建築物や車、さまざまな小動物。筋骨隆々の男性像からモデルのような
体型の女性像。そして、しまいにはミニチュアの12姉妹。
こうして、「」の目の前には様々な果物で作られたジューンコレクションが並べられた。
始めは数を数えていたが、30を越えたあたりで止めた。
ジューンは最初に作った熊を掴んで「」に差し出す。
「食べて」
「で、でもこんなに食べられないって」
「ビタミンCの摂取は必要だから」
「いや、だからね、さりげなくファイティングナイフを突きつけるのは勘弁してください」
「食べて」
「無理だってば」
「食べて」
翌日、リビングには起き出した姉妹達が続々と集まり、朝の一時を過ごしている。
そこにはジューンの姿もあり、今朝の朝刊を読んでいる。
「みんな、おはよ~」
「おはようございます、「」さん。体の調子はもうよろしくて?」
「うん、ジューンさんのおかげですっかり良くなったよ」
「それはよかったですわ。私からも礼を言っておかないと」
「」の回復をみてジャニアリーは安堵の胸をなでおろした。
そこへ寝巻き姿の
オクト、ノヴェ、
ディッセが姿を表す。
眠そうなに目を擦っていたが、元気そうに立っている「」を見て、一気に覚醒した。
「「「「」だぁ~~!」」」
全速力で駆け出し、数歩手前で「」の胸へと跳んだ。その顔には歓喜が満ち溢れている。
そして、それはミサイルのような速度と破壊力を伴って命中し、
「っアバァァァァアアアアア!!」
衝撃で「」はリビングの壁に叩きつけられ、そのままぐったりとなった。
「今、骨が砕けるような音がしましたのは気のせいじゃありませんわよね?」
もうもうと煙が立つ中、恐る恐る「」の下へと歩み寄る。
オクト、ノヴェ、ディッセは脇で痛そうに頭を抱えていた。
肝心の「」は―――
目は完全に白目をむいている。手足はビクビクと不気味に痙攣し、口から調子の悪い蛇口のように血が吹き出ていた。
「ギァアアアアアア!「」さん、しっかりしてくださいましぃぃぃぃ!」
「ジャニアリー、この音は何で…………………「」さん?」
「「」さんが死んでるぅぅぅぅ!」
「衛生兵! 衛生兵!」
「特殊メイク……じゃないのね」
「皆落ち着んだぁぁ! まずは大きく深呼吸しろぉぉぉ!」
「」。胸部に大きな衝撃が加わったことにより、肋骨6本粉砕骨折。内臓損傷。
その後、ニルソンの処置により一命を取り留めるも、マルチアーノ総合病院にて入院3ヶ月決定。
最終更新:2007年03月04日 19:56