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 コトコトと煮立つ鍋から、食欲をそそる香りがキッチンを漂う。
味見皿を取り出して、味見をしてみる。
「なんか違うんだよな」
 今回は少々ばかり味が濃くなってしまったようだ。
思い通りの味がでないことに「」は腕を組み、何が原因なのかと考える。
かれこれ試行錯誤を繰り返すこと5回あまり、未だに納得のいかない味しか出ないのだった。
「おかしいな、作り方は間違ってないはずだよな」
「少しお砂糖が足りませんわ。だから味が強くなるんじゃないかしら」
「うおぅ!」
 背後からの予想外の声に思わず、「」はビクッと肩を振るわせる。
そこにはいつの間にか、ジュライが味見皿を片手に立っていた。
「「」さんが肉じゃがを作るなんてどうしたのですか?」
「いや、いつか上手い肉じゃがを作ってあげようと思って」
 「」はジュライに事の事情を話した。
 それは先日、オクト、ノヴェ、ディッセと一緒にテレビを見ていたときのことだった。
田舎を巡る旅番組を見ていたおり、お袋の味特集という企画で様々なメニューを放送していたのだ。
主に和食メニューが中心で、特に肉じゃがに関しては演出や出演者の美味しそうに頬張る様子から、その美味しさが伝わってきた。
 食欲全開で食い入るように見ていた、オクト、ノヴェ、ディッセの3人は自分たちもお袋の味というものを食べてみたいとねだって来たのだ。
そこで料理の出来そうな姉妹達に、何とかしてお袋の味を食べさせてやってくれないかと頼んでみたが、彼女たちもお袋の味というものを
よく知らないらしかった。
 ならば、自分がまとめて皆にお袋の味というものを食べさせてあげようと、一念発起したのは良いものの失敗続きに終わった。
 その後も、暇な時間を見つけては練習してみたが一向に改善することは無く、現在に至る。
「うふふ、優しいのですね「」さんは。よろしければ私が教えましょうか?」
「ええ! ジュライさんって料理できるんですか?」
「多少は出来ますよ。明日は休日ですし、付きっ切りで教えますわ」


 翌朝、マルチアーノ家のキッチンには大量の食材と調味料がずらずらと並べられていた。
「ジュライさん、よろしくお願いします」
「あら、そんなにかしこまらなくても」
「その格好は一体……」
 「」は改めて赤面しつつジュライを見た。露出度が高めの服の上にエプロンを着ているので、上半身だけなら、まるで裸エプロンに見える格好なのだ。
 しかもグラマーな体型がそれをさらに強調し、目のやり場に困ることこの上ない有様だ。
「ジュライさん、そいつは刺激が強すぎですよ。もしかして狙ってません?」
「さぁ何のことやら」 
 「」の指摘にとぼけつつ、ジュライの料理教室が始まった。
 今回のメニューは肉じゃがだ。「」が黙々と作る横で、ジュライが改善点やちょっとした隠し味を指導する形で進行していく。
ジャガイモを切っている途中、ジュライがあるものが無いことに気がついた。
彼女が肉じゃがを作る際に欠かさず用意しているある食材だ。
「「」さん、サヤインゲンがないのですが」
「肉じゃがにサヤインゲン入れるんですか? ボクは入れない主義なんですけど」
「そんなの知りません」
「いやだから入れませ――」
 一陣の風が「」の眼前を舞った。少し遅れて、木の葉のように前髪が数本舞い落ちる。
ジュライの手には愛用の刀が握られ、今まさに振り下ろさんと構えていた。
そこにはいつもの柔和な雰囲気はなく、刃物のように研ぎ澄まされた殺気が「」を刺し抜いている。
「入れますよね? サヤインゲン」
 目がギラリと光り、じりどりと「」との間合いを詰める。  
「入れますよね? サヤインゲン」
「入れます入れます入れます入れます。入れましょうサヤインゲンを」
「うふふ、素直な人は好きですよ」
 冷や汗を盛大にかきながら「」は冷蔵庫の野菜室を漁った。その間もジュライは刀を鞘に納めることは無く、
傍から見ると冷蔵庫を必死に漁る男と刀を持った女がキッチンにいるという、一般家庭においてありえない調理風景となっていた。
 サヤインゲンを渡されたジュライが鼻歌まじりで下ごしらえをする後ろで、「」は彼女に逆らうのはこの家にいる上で最も危険な行為だと悟った。
 その後、「」は指導に全く口答えすることなく、ジュライの料理教室が進行していった。
何度か生命の危機を感じつつ、なんとか「」は肉じゃがを完成させた。
 それを味見皿にとり、ジュライが味見する。
「…………」
「どうですかジュライさん。あまり美味しくはなかったですか?」
「…………」
 嫌な沈黙が果てしなく続く。これでジュライさんが刀の柄を握ったら人生終わったなと頭の隅で考えつつ、「」は固唾を呑んだ。
「上出来です。これならみんな美味しいと言ってくれると思いますよ」
「よかった。これで何とか生き延びた」
「そういえば、「」さんはこれからの予定はありますか?」
「特にありませんけど」
 それを聞いてジュライの目が再びギラリと光ったのを、「」は見逃さなかった。
 彼女は何かを画策し、自分に片棒を担がせる気だ。少なくともそれはかなり大変な事態になるだろうと簡単に予測はつくが、拒否権は自分に無い。
「あの~、一体ボクは何をすればいいんしょうか?」
「今晩のおかずに唐揚げを作ろうと思って。しいては「」さんに材料の調達のお手伝いをお願いしたいんですよ」
 何だそんな事かと安心した事を「」は後に後悔することになる。


 夕食には「」の作った肉じゃがや大量の唐揚げといった様々なメニューが食卓に並んだ。
「「「この肉じゃが、美味しいよ」」」
 オクト、ノヴェ、ディッセが幸せな表情で肉じゃがを頬張り、その他の者も「」の作った肉じゃがを美味しいと評価してくれた。
紆余曲折あったものの、自分なりにお袋の味というものを少しは伝えられたかなと「」は思った。
「おお! この唐揚げ、ジュライが作ったのか? 変な味だけど結構イケるぞ」
「メイ、それ本当なんですの?」
 メイの言葉を皮切りに、「」以外の者は恐る恐る謎の唐揚げを口に運んだ。
使われているのは鶏肉とは違う変わった肉で、少々固いが臭みは無く、独特の旨みがあって癖になりそうな味だ。
 みるみるうちに唐揚げは消費され、その日の夕食は肉じゃがと謎の唐揚げの高評価で終わった。
夕食後の団欒で皆でテレビを見ていると、ジュライの隣にメイが座ってきた。夕食の美味しさに心なしか嬉しそうな顔をしている。
「なぁジュライ。一つ聞きたいんだけど、あの唐揚げの肉は何なんだ? 「」に聞いても、暗い顔で君は知らないほうがいいって言うだけだったんだ。
なぁ、秘密にしないで教えてくれよ」
「うふふ、そんなに気になるの?」
「そりゃもちろん。結構好みな味だったからね」
「あのお肉はアミメニシキヘビとオオアナコンダよ」
「へ?」 
 メイは目を丸くした。まるでそれが悪い冗談かと聞いているかのように。
「体長10メートル位のサイズくらいのを、「」さんと狩ってきたんですよ。みんな美味しいと言ってくれてよかったわ」
「聞き間違いかな、アミメニシキヘビとオオアナコンダだって?」
「苦労したんですよ。よろしかったら、また今度作りましょうか?」
 メイはこの事を他の者に話すべきか否か、真剣に考えた。
テレビでは、宇宙の変わった出来事を伝える番組で大男が巨大なヘビを高々掲げており、「」が乾いた笑い声で見ていた。 

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最終更新:2007年03月04日 19:57