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「「」、あたしの帽子知らない?」
 オーガストが訪れてきたのは、明日は皆で旅行に行こうというある日の夕方だった。
荷造りを終え、一息ついているときに、何やら焦っている様子で部屋にやってきたのだった。
「帽子? あのいつも被ってる黒いシルクハットのこと?」
「ううん。いつも被ってるのとは違う帽子なの。折角だから明日は特別な帽子を被ろうと思ったんだけど、探したら無くて…」
「特別な帽子? どんな帽子なんだい?」
「一言で言うと……特別な帽子」
「いや、訳分かんないよ」
「もー! 特別なのは特別なのぉ! こうなったら「」も一緒に探して!」
 「」に有無を言わせず、オーガストは手をつかんで部屋から連れ出した。その足で一番最初に辿り着いたドアにはジャニアリーと
書かれたプレートが掛かっている。
「ジャニお姉ちゃんいる!?」
「やかましいですわよオーガスト。なんの用ですの?」
 苛立たしげにジャニアリーがドアから顔を出した。その手に何やら怪しい発信機のようなものを持っているのは、とりあえず
気のせいにしておこうと「」は思った。
「あたしの特別な帽子知らない?」
「特別な帽子? オーガスト、貴方何を言っていますの? 生憎、私は貴方の戯れに付き合う暇が無いのですわ。そういったことは
メイにでもお聞きなさい」
 それだけ言うとドアをぴしゃりと閉めてしまった。
オーガストは頬を膨らませて、むーと唸ったがすぐに気を取り直して、再び「」を引き連れて廊下を歩き出した。
メイの部屋を訪れたが本人の姿はなく、通りかかったジュライに居場所を聞き、リビングへと向かった。
 メイはソファーで旅行先のパンフレットを見て、どうやって楽しもうと想像の翼を広げている真っ最中であった。
「メイお姉ちゃん!」
「ん? 「」を引き連れてどうしたんだよ」
「あたしの特別な帽子知らない?」
 始めはきょとんとしていたが、次第に何かかんぐるような目つきでオーガストと「」を見た。
まるで引っ掛け問題を聞かれて、その意図に気がついたような感じだ。
「なるほどね、確かに上手いクイズだよオーガスト。でも、このあたしを引っ掛けようとしたってそうはいかない。次はフェブにでも
聞いてみな」
「メイお姉ちゃん、何言ってるのかさっぱりだよ」
「まぁ、とりあえずフェブさんのところに行って見よう」
 意味深に笑うメイを背に、納得のいかない顔のオーガストと「」はリビングを去り、一階奥にある書斎へと向かった。
他の部屋よりもずっと静かな書斎なら、落ち着いて同人誌の原稿に没頭できるとフェブは、よく書斎に引きこもっているからだ。
同人誌がズラリと並ぶ棚をすり抜け、二人は奥の机で最近買った同人誌を読んでいるフェブに行き着いた。
「あら、どうしたの? 何か困ったことでもあったのかしら?」
「フェブお姉ちゃん、あたしの特別な帽子知らない?」
「? えっと何が言いたいの?」
「もういい!」
 フェブがとぼけたと思い、オーガストは踵を返してスタスタと書斎を去っていった。
フェブは頭を傾げ、去って行く背を見送った。
「私、何か悪いことを言ってしまったかしら?」
「さぁ、ボクにもさっぱり分かんないよ」
「それよりも「」さん、今度書く同人誌のモデ――」
「激しくお断りします」
「残念」
 「」が書斎を出てオーガストを探すと、キッチンのほうから話し声が聞こえた。
話し合っているのはオーガストとエイプリルのようだ。少しばかりオーガストの声が大きく聞こえるが、その声には若干の苛立ちが感じ取れた。
しばらくしてから、可愛らしくぷりぷり怒りながらオーガストが出てきた。
「どうだったの?」
「エイプリル。お姉ちゃんたら『貴方、幸せの青い鳥という話をご存知?』だって。失礼しちゃうよね」
「幸せの青い鳥? どういう意味だろう。自分の身近にあるって事かな?」
「あたしの身近に? ということはあたしの部屋かなぁ、とにかく行って探してみよう」


 オーガストの後に追う形で、「」はオーガストの部屋の前に辿り着いた。
そこでくるりと腰に手を当ててオーガストは振り向いた。そして、「」の前に人差し指をびしっと差し出す。
「あたしの部屋に入るのはいるのはいいけど変なことしないでよ。これでもあたしは乙女なんだから!」
「うん、わかってる」
「本当だね。ロリコンで痴漢だったら股間吹っ飛ばすから」
 初めて入るオーガストの部屋は、こじんまりとしていて、綺麗に整理整頓されていた。
部屋の隅には荷造りを終えてあったのか、小さめのボストンバッグとポシェットが置かれている。 
 ポツンとベッドの脇に、白くてやっつけ感バリバリの禍々しいオーラを放つ、デッサンぶっ壊れまくりのぬいぐるみが
奇妙な存在感を出しているが「」はスルーすることにした。
「うーん、とりあえずクロゼットからかな」
 そう言うなりオーガストは、クローゼットを空けて中の物をポイポイと後ろへ放り投げた。
ぬいぐるみであったり、靴下だったり、代えの服だったりと様々だ。時折、ゴトリと床に転がるペンキ缶に柄が刺さった物体は、
何なのか「」は見覚えがある。
「オーガスト、もしかしてあれって……」
「不発弾だよ、時々混じってるんだよね」
「ふ、不発弾!?」
「気にしない気にしない」
 動揺する「」を全く気にすることなく、オーガストはクローゼットを調べ続ける。
「」は気を落ち着かせようとベッドに座り込むと。目に何かが留まった。
 机の上には写真と何かノートのようなものが広げられていた。近づいて見てみると、写真には「」とマルチアーノが並んでいて
中央ではオーガストが帽子を自慢げに被っていた。一方、ノートは日記のようだ。
●月○日 メイがロリコン「」にプロレス技をかけて遊んでた。今度あたしが相手をしてあげよう
●月×日 ロリコン「」は今日はいない。ギルドへ用事で行ったらしい。何か退屈でしかたない
●月□日 明日は皆でお買い物。可愛い服を買ってもらえるといいな。
●月△日 今日は大好きなお母様とロリコン「」に大切で特別な――
「「」……!」
 後ろでシュピンと破壊の開始音が鳴った。
 振り向けば、オーガストが頬をリスのように膨らませて、こちらを睨み付けている。
 口をへの字に曲げて、むーと唸っている様は怖いというか可愛らしい。
「もー、ここは乙女の部屋なんだから勝手な事しないでよね。金玉蹴るよ!?」
「ごめんね。ついつい……あれ?」
「どうしたの?」
「そうか、幸せの青い鳥ってこういうことだったのか。全然気づかなかったよ」
 「」が呆けたオーガストから被っている帽子を取り上げた。そして帽子の内側を見ると、何かに確信したようだった。
「オーガスト、これを見てみなよ」
「?」
 オーガストが帽子の内側を覗き込んだ。真っ黒な内張りはいつもと被っている帽子と同じだ。
しかし、一箇所に赤い糸で刺繍が施されている。その刺繍は文字を象っており、こう書かれていた。
【我が愛すべき姉妹の1人 オーガストへ捧ぐ マダム・マルチアーノと「」より】
「ボクとマルチアーノさんの小さなプレゼントが【特別な帽子】か。なんか光栄だな嬉しいよ」
「こ。これは……その……」
「もしかして、明日の旅行が楽しくてしょうがないから、朝から被ってたんだね」
「ち、違うもん! これは特別な帽子だけど、「」の言うことは絶対絶対絶対違うから!」
「まぁ、とにかく探し物が見つかってよかったよ。ボクは部屋に戻るね」
 「」が部屋を出ようとドアノブに手をかけた。オーガストは刺繍を親指でなぞってから目深に帽子を被りなおし、「」へ向いた。
「「」! 明日は一緒に遊んでくれる?」
「もちろん」
「ありがとう。それとこの帽子、ずっと大切にするからね!」
 オーガストは自慢げに帽子のつばに手を添え、満面の笑顔で笑った。

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最終更新:2007年03月04日 19:57