夢。夢を見ている。
自分で誰かと笑いあっている。
空は白い雲と青い空以外に何も無く、周りには草原が広がり人の姿は全く見えない。
一緒にいるのは男性のようだ。顔はぼんやりとしていてよく見えないが、何故か自分は彼に思慕の念を抱いていて、
今がとても幸せに満ち足りているのが実感できる。
彼が自分の肩をとって引き寄せた。左手が自分の手と繋がれ、右手で頬に手を添え、甘い言葉を投げかける。
それら全てが全身を熱くする。吸い寄せられるように彼を見つめ、形のよい唇を彼に差し出す。
ゆっくりと視界が暗くなっていき、唇に甘い感触が触れようとした瞬間―――
パチリと目が覚まされ、セプは現実に連れ戻された。
彼女はベッドの中で小さくため息をついた。せっかくいい所だったのに、絶頂に達する直前に起きてしまうとは。
そこでふと違和感を感じた。何かの気配がするといってもいい、背後に何かいる。
まさかねと思いつつ、反対側へ寝返りをすると、
「すぅ……すぅ……」
毛布で簀巻きにされた「」が目の前にいた。
しかも、あと5センチ前に出ればキスできてしまうほどの近さで。
「……うう、むにゃぁ、あ?」
自分に気がついて「」が起きてしまった。寝ぼけているのかセプの顔をじっと見つめる。
彼の瞳に驚愕した自分の顔が映る。
「ひ、ひ、ひぇ、ひえええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
午前7時15分、マルチアーノ家にセプの絶叫が響き渡った。
マルチアーノ家の食堂ではマルチアーノと姉妹達、そして「」が朝食を食べていた。
セプは起きた時からずっと顔を真っ赤にして、「」は顔に赤い手の痕が残っている。
「いや~、まさかあんな大声出すとは思わなかったよ」
「ここまでいいリアクションは予想外」
今朝のベッドの悪戯の首謀者は、メイと
マーチだった。
昨晩、「」を毛布で寝ている間に簀巻きにして、起きた時にびっくりさせようというのが本来の目的だった。
しかし、マーチがセプは就寝時には手元にあるものを抱きしめてしまう癖を思い出したのが事の元凶である。
潜入作戦よろしく「」をセプの部屋へと搬送し、ベッドの中へ潜り込ませたのだった。
二人はそれだけに飽き足らず、あろうことかセプが簀巻きの「」を抱きしめている現場をデジカメで撮影し、
戦利品と称して現像したのだった。
そして朝を迎え、セプは強烈な目覚めに絶叫を轟かし、羞恥心のあまり「」に鉄槌のようなびんたを食らわせた。
騒ぎによって次々と起きだした姉妹達にメイとマーチは早速戦利品を見せ、セプと「」のありもしない話を聞かせた。
それを見た
エイプリルと
ジャニアリーは激しく憤怒し、
オーガストや年末組はセプを羨ましがった。
マルチアーノと
ニルソンに関しては『二人とも若いっていいわね。でもホドホドにしておきない』、『仲人は私でいいかね?』と
コメントを残す始末であった。
こうして、二人のドッキリ大作戦は成功したのである。
当のセプはというと、朝食を食べているときでさえ恥ずかしさのあまり何も考えられなくなってしまっていた。
悪戯とはいえ、同じベッドで男性と一晩を過ごした上に、抱きついてしまったのだ。
否定しようにも二人の戦利品がはっきりとした物的証拠として残っているので、否定しようが無い。
12姉妹の中でも一番の貞操観念を持っていると密かに自負している身としては、非常にゆゆしい事態であった。
向かいの席には「」が座らせられ、嫌でも目が合ってしまう。
そのせいで夢の内容で見た男性が「」に被ってしまい恥ずかしさ倍増である。
「うう、言えない。こんなことは誰にも言えない―――」
「セプ? 聞いてるのセプ?」
「ひゃいぃ! 何でしょうかお母様!」
「今日は皆いろいろと用事があって家にいないのよ。二人で留守番してるのもあれですから、「」と町外れの自然公園に
いってみたらどうかしら? 今日は天気もいいし、ピクニックみたいできっと楽しいはずだわ」
「ええ!? そんないきなり言われても」
「あら、二人の仲なんだし構わないでしょう。私は二人の仲には賛成よ」
「誤解です! 誤解なんですってばお母様ぁぁ!」
セプの弁解も空しく、本日の予定は「」との楽しいピクニックに決まってしまった。
町外れにある広大な自然公園は、木々が生い茂りぽつぽつと色づき始めていた。
あたりに人影は無く、小鳥があちこちでさえずっている。
そんな中で「」とセプは林道を並んで歩いていた。セプの両手には昼食が入ったバスケットが握られている。
「ここがこんなにいい場所なんて知らなかった」
「そうね、景色は綺麗だし空気も美味しい。これはお母様に感謝しないといけないかも」
二人は自然公園の自然環境に感嘆しつつ、談笑を交えて進んでいるとしばらくして、周りが開けた草原に出た。
中央は小高い丘になっており、心地よい風が吹き抜けている。
「「」さん。お腹も減ってきたことだし、お昼ご飯はあそこで食べない?」
「そうだね。そうしようか」
丘の頂上で「」がシートを広げ、セプのその上にバスケットの中身を広げる。
二人は昼食を前に並んで座り込んだ。そこはとても見晴らしがよく遠くの山々が見渡せる。
今日の昼食のメニューは、サンドイッチだった。中身は様々でバリエーションも量も多い。
「うわぁ、凄い量だな。これ全部セプが作ったの?」
「うん。こういうのあまり作る機会とか無くて、つい頑張っちゃった」
「じゃあ早速いただきま~す」
「……どう? 美味しい?」
「…………やばい」
「」の感想にセプは表情を曇らせた。
自信作だったのに失敗してしまったのか。自分は不味い物を食わせてしまったのかと不安が襲う。
「……美味すぎるよセプ。最高だ」
「へ?」
「もっと食べていい? こんな美味いの初めてだ」
「ど、どうぞどうぞ」
「いやぁ、こんな美味しいのが作れるなんてセプはいいお嫁さんになれるな」
「あはは、なら「」の……んになりたいな」
「ん? 何か言った?」
「ううん、何でもない」
その後、「」とセプは面白おかしく話をしながら昼食の時間を楽しんだ。
「」が料理の腕を褒めてくれた事にセプは、とても満足していた。冷蔵庫の余り物で作った急ごしらえのサンドイッチとはいえ、
こんなに美味しそうに食べてくれたのは「」が初めてだった。
今度、また彼のために腕を奮って作ってみようかと思った。
しかし、そこでふと今朝のことを思い出した。「」が悪いわけでもないのにびんたをしてしまったのだった。
何かの形で彼に謝罪をしないといけない。
「あの、「」さん。今朝は顔を引っ叩いてごめんなさい。お詫びとして私が何か出来ることはない?」
「うーん、じゃあキスして」
「ええええええええええ!?」
「冗談だよ冗談。じゃあ膝枕をしてもらおうかな」
「は、はい。それくらいなら構わないけど」
「」は座りなおしたセプの太ももに頭を乗せた。セプが「」を見下ろす感じで見ているのだが、まんざらでもなさそうだ。
その眼差しはどこか優しく暖かい。
そして、何気なく「」の頭に手を乗せて優しく撫でた。
「なんか、いいなあセプの膝枕。柔らかくて暖かくて気持ちいい」
「わわ! 頭スリスリしないでぇ! くすぐったいわよ」
「たまらない、これは天国かなぁ………何か、眠くなってきた」
「ちょ、寝ないでよぉ!」
「………すぅ………すぅ………」
「ふふふ、まぁいっか。これはこれでいいものだし」
「………すぅ………すぅ………」
「本当はキスしても、良かったのにな」
二人は日が沈みかけた頃にマルチアーノ家に帰ってきた。
家には既に皆が帰ってきており、夕食前の団欒を思い思いに楽しんでいる真っ最中であった。
「二人ともおかえりなさい」
「ただいま、エイプリルさん」
「セプ、「」さんとは何もやましい事はなかったですわよね?」
「さぁ、どうかなぁ。あはは」
「何ですの? その勝ち誇ったような笑いは」
ふふふと笑みを浮かべ、セプはエイプリルの耳元で小さくつぶやいた。
「エイプリル。いくら貴方でも「」さんは渡さないわよ」
「な、なな何ですってぇぇ!? セプゥゥゥ、ぶっ壊して差し上げましょうかぁぁ!」
エイプリルの大声に反応し姉妹達が集まってくる。皆、意味深な笑みのセプと激昂したエイプリル。慌てふためく「」の姿に
興味津々のようだ。
「これは一体何事?」
「マーチ、あんた何かした?」
「何これ?」
「まるで昼ドラだわ」
「エイプリル、どうしましたの? 騒がしいですわよ」
「あらあら、元気ねぇ。うふふ」
「みんな仲良く……」
「「「みんな仲良く~!」」」
「我が家はいつも賑やかね」
「それで私は何時になったら仲人をすれば良いのかね?」
最終更新:2007年03月04日 19:58