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 じわりじわりと2人の男が蛇のように、屋上を縁へ向かって這っていた。
長年使われて古くなったスナイパーライフルを握り締め、頭を上げないように慎重に匍匐前進を続ける。
相棒の観測手の荒い呼吸が、戦いで研ぎ澄まされた聴覚を刺激する。
ようやく目的地にたどり着き、非常にゆっくりとした動作でスナイパーライフルを構えて、スコープを覗き込んだ。
円形に切り取られて拡大されて映る視界には、あの建物が建っていた。
 窓という窓が全て割られ、壁面には無数の弾痕が残されている。
「いたぞ。2階の1番左の窓の奥だ」
 隣で双眼鏡を構えている観測手が小さく呟いた。
体ごと向きを変え、言われた通りに2階の1番左の窓を注意深く照準した。
 中は薄暗くてよく見えないが、ぼんやりと白いヘッドドレスのような布切れが確認できる。
見間違いかと思ったが、一瞬微かに上下に動いたの見て確信した。
噂で聞いた奴に違いない。人間離れした射撃の腕を持ち、この数時間だけで何人もの仲間が撃ち殺された。
向こうはこちらの存在に気がついていない。殺るなら今のうちだ。
 口の端が吊り上り、興奮でトリガーに掛けた指が震えた。
はやる気持ちを抑え、人差し指に力を加える。
 ゆっくりトリガーが引き絞られ、銃口から熱い鋼鉄の塊が吐き出される寸前、銃声が響いて男の頭がはじけて絶命した。
予想だにしなかった観測手は、目の前のありえぬ光景に激しく動揺し、再び双眼鏡であの怪しい窓を見た。
既にヘッドレスの影は無く、彼はせわしなく視線を走らせると、それは2階中央部からM14をこちらに構えていたのが見えた。
背筋に張り詰めた寒気が走り、神に祈った。
 彼が最後に見たのは銃口からほとばしる発射炎だった。


 チンと音を立てて2つの空薬莢がリノリウムの床に落ち、セプは小さく息を吐いた。
これで窓から狙撃したのは20人目だ。今度の相手は観測手が射手だったら少し危なかったかもしれない。
奥の方へ隠れてから、左手に持ったワイヤーを引き寄せて、囮にしていたヘッドドレスを取り戻した。
端には小指くらいの太さの焦げた穴が2つ開いており、本来とは違う役割を立派に果たしていた。
 ニルソンにこのことを話したら、呆れた顔になるだろうなと想像して苦笑した。
『セプ? 今の相手はどれくらいの距離でしたの?』
「260mってところよ」
 銃声を聞いたジャニアリーが通信して来るたびに、敵との距離を聞いてくる。
距離は縮まってきたが前よりは銃撃の頻度が下がってきた気がする。事態が膠着しかけてきた証拠だ。
 時刻を確認するとこの建物に居座ってから、随分と立っていた。
 今頃、離れた場所にいる皆はどうしてしているだろう。
あんな激しい銃撃を受けながら街を車両で走り回ったので、大きな損傷を受けていないだろうだろうかと心配するが、彼女達ならきっと無事なはずだ。
態勢を整えて再びやって来てくれることを信じ、セプは懐からマガジンを取り出して再装填した。
 彼女達が建物に立て篭もり、救援を待ち望む状況に至るまでの事の発端は数時間前に遡る。


 高度1万mの上空を飛んでいるとき、エイプリルはコックピットの座席でアヴェ・マリアを唱えた。
後ろのキャビンにはジャニアリー、ジューン、ジュライ、セプが既にパラシュート等の降下用装備を見に付けて、リラックスした様子で沈黙を保っている。
 目印となるものが何も無い荒野を飛んで行くと、地平線から月明かりに照らされた街がぼんやりと見えてきた。
荒野のど真ん中に存在する20㎞四方に広がる街は、建造物が全体的に高くても4階くらいと平均して低く、窓から漏れる光は寂しいほどに少ない。
 エイプリルはもう一度、今回の作戦内容を確認した。
今回の作戦目標は、とある機密情報の納まったブラックボックスの奪取だ。
 ジャニアリー、エイプリル、ジューン、ジュライ、セプが目標上空にて降下し、目標建物を強襲して制圧。
 地下3階にある金庫を爆破して潜入し、ブラックボックスを奪取。
その後に街から少し離れた場所に待機した、残りの姉妹達とギルド兵の搭乗する車両部隊が、抵抗勢力と交戦しつつ目標建物の前に車両を横付けする。
エイプリル達の強襲チームはそれに乗り込み、航空機が待つ合流ポイントまで撤収する。
 それらを上空のヘリに搭乗したフェブが常時監視して、抵抗勢力の把握と車両部隊の移動経路などを必要に応じて伝達すると言う流れだ。 
懸念材料は街に潜む抵抗勢力の正確な情報が無いことだが、これまでに掴んだ情報から推測するに問題は無いレベルだろう。
事が上手く進めば朝日が昇る前に撤収し、機内で温かい紅茶を啜りながら夜明けの光を拝むことができるはずだ。
「降下ポイントまであと3分!」
 パイロットがあと少しで降下することを声高々に告げた。
副パイロットは手元のコンソールを操作して降下の準備を始め、エイプリルは与圧のされていないキャビンへと移動した。 
すでに皆は降下の準備を終え、緊張した面持ちで時が来るのを待っていた。
「ジャニアリー、そんなに緊張するなんて珍しいですわね」
「何を言うのかと思えば、緊張しているのは貴方ではなくて?」
「もぉ、2人ともこんな時くらい仲良くしようよ」
「……降りたら間違えて撃たないで」
「さて、参りましょうか」
 壁に設置されたランプが赤から緑へと切り替わり、低い作動音を立ててハッチがゆっくりと開いていった。
開け放たれたハッチからは星空と漆黒の大地が広がり、冷たい大気がキャビン内で暴れまわる。
『あと1分! ハッチへ移動してください』
 暴風の音に負けじとスピーカーからパイロットの声がキャビンに響き、一同はハッチへと足を進める。
 ジャニアリーは冷えた空気を吸って、興奮で熱くなった思考を押さえ込んだ。
横に立っているエイプリルを見ると無表情で眼下に広がる地表をじっと眺めている。
『降下開始カウントダウン始めます! 10……9……8……7……」
 セプは肩に担いだM14に期待を込めて優しく撫でた。
『6……5……4』
 ジューンとジュライはそれぞれの武器の柄を強く握りしめる。
『3……2……1……0! ご武運を!』
 一同は軽くステップを踏むようにハッチから足を離し、虚空へとその身を投げ出した。
数秒間の浮遊感の後、重力の世界に引き戻されると、降下姿勢をとって落下によって発生した風に乗る。
聴覚は全てノイズのような風の音に遮られるため、手信号で無言のまま付かず離れずの距離を保ちつつ円形のフォーメーションをとる。
高度が下がるにつれて街の建物がしっかりと見えてきた。
 今回の目標の建物は中央部に位置し、口の字状の形をしているので発見は容易だった。体を傾けて目標直上へと体を滑らせる。
パラシュート展開のために距離をとりつつ、現在の高度を確認した。高度1200m…1100m…1000m……。
800mまで降下したところで、火薬によって射出されたパラシュートが一瞬にして展開し、落下速度が一気に減少した。
 両脇のフックでパラシュートを操作し、大きく旋回しながら徐々に高度を落とすと、
突然けたたましいサイレンの音と同時に、地上から天空へ向かって太い一筋の光が何本も現れた。
 下を見ると屋上に通じるドアから、アサルトライフルで武装して兵士達が次々と出てきている。
サーチライトで私達を照射して、狙い撃ちするつもりなんだろうとエイプリルが考える時には、枝がはじける音を立てて弾丸がすぐそばをかすめて行った。
「セプはサーチライトの封殺を! 私とジャニアリーで下の連中を片付けますわ!」
 指示を受けるまでもなく、2人はすばやく銃のボルトを引いて初弾を装填した。
 セプは右手でM14を構え、左手でパラシュートを旋回させるいう器用な方法で、慎重に一発ずつ発砲してサーライトを破壊する。
ジャニアリーは両手に持ったP90を別々の方向へ向けて、同時に複数の兵士達に弾丸の雨を降らせる。
エイプリルも強装弾を装填したルガーP08をサブマシンガンに匹敵する連射で、一人一人確実に射殺していった。
 あらかた制圧し終り、十分な安全なところまで降下したところでパラシュートの装備を空中で脱ぎ捨て、屋上に着地した。
風に乗って砂埃が舞い上がり、硝煙と何かの焼ける匂いが鼻をつく。
 先頭はジューンとジュライ、後方はセプという隊列を作って、ドアから中へ手榴弾を投げてから一気に突入した。
階段を駆け下りて突き当たりの廊下に出ると、物陰から一斉に兵士達がアサルトライフルを連射してきた。
 ジャニアリーとエイプリルが応射しつつ、コンバットナイフと刀を持ったジューンとジュライが兵士達へと跳躍し、恐るべき速さでアサルトライフルごと兵士達を両断する。
「ひ、ひぃぃ!」
 あまりの戦闘能力の差に恐れをなして、逃げ出す兵士の背にジューンは容赦なくナイフを投げつけると、胴と頭に1本ずつ深々とナイフが刺さり、兵士は苦悶の声を上げて力なく倒れた。
『エイプリル、地下に通ずるエレベーターの場所は分かってる?』
 上空のヘリから銃激戦が収まったことを察したフェブが確認するように通信を入れてきた。
「もちろんですわフェブ。それよりも手持ちの指向性爆薬だけで金庫のドアを破砕できますの?」
『性能は折り紙つきだから安心して。そのフロアにはもう生体反応は無いようだけど気をつけてください』
 一同は鎮まりかえった廊下を歩いて、エレベーターに乗り地下3階へと降りていった。 
思っていたよりも下に潜って到着した地下のフロアは、地上の風景とは打って変わって、壁と床から天井まで歪み一つ無い鉄板のようなもので構成され宇宙船の通路を髣髴とさせる。
床には複数のラインが描かれており、ラインの色によって行き先が分かるようになっているようだ。
 迷路のように入り組んだ通路をフェブの指示に従って進むと、一同は曇り一つ無いほどに磨かれた金庫のドアに到達した。 
「さぁ、さっさと爆薬を仕掛けますわよ」
「一々言われなくてもやりますわ」
「ジャニアリー、一言多いですわよ」
「何ですってぇ!?」
「……喧嘩は駄目だって」
「ジュライー、二人はほっといて一緒にやろうよ」
「そのほうがよさそうね」
 エイプリルとジャニアリーがいがみ合うのをジューンが宥める横で、セプとジュライが爆薬と周辺機器の入ったバッグを広げた。
セプが粘土のように柔らかな爆薬を誘爆線でつなぎ合わせながら、ドアの縁に貼り付けて信管を突き刺す。
ジュライが起爆装置の電源を入れて、コードを信管に接続して爆破の準備は終了した。
「ほら2人ともいつまでも喧嘩してないで、早く物陰に隠れてよ」
 いまだに睨み合うジャニアリーとエイプリルの背中を押し、全員の安全を確認してからセプは起爆スイッチを押した。
スイッチから伝わった電気信号は起爆装置を通じて伝達し、信管が爆薬に電流を放出したことで連鎖的に爆発を起こした。
内側へ向けられた爆発の衝撃と灼熱は、一瞬にして分厚いドアの接続部を焼き切る。
 ジューンが激しい爆音の後にゆっくりと覗いてみると、見事にドアはこちら側に倒れており金庫への入り口がぽっかりと開いていた。
「気分は強盗団?」
「いいえ、むしろル○ン3世ね」
「古っ!」
「どうでもいいから、早くブラックボックスを手に入れますわよ!」
 金庫内は所狭しと設けられた棚に様々な物品が置かれ、最奥部に置かれた机に一際明るい照明を浴びてブラックボックスが鎮座していた。
250mlのボトル程の大きさの四角柱の形状をしており、黒い本体の上部に白い字で識別コードが表示されている。
 ジャニアリーが識別コードを読み取り、フェブに送った。 
「フェブ、これと目標の識別コードを照合してくれませんこと?」
『ちょっと待ってて下さい。………………照合完了、それに間違いないわ。撤収しましょう」
「ふぅ、思っていたより容易かったですわね」
「そうね。逆に怪しいくらい」
 ブラックボックスを傷つけないよう専用ケースに仕舞い込んで、一同は金庫を後にして、意気揚々とした顔でエレベーターに乗り込み地上へと戻っていく。
その裏で、金庫の机の裏に設置された機械から信号を発する赤いランプが点滅し始めたことを、彼女たちは知る由も無い。


 同時刻、街のとある場所でモニターを監視していた男が受話器を手に取ってコールすると、すぐに相手が出た。
「私です。例のブラックボックスが奪取されました」
『そうか、ならば奴らとその仲間も生きて返すな。状況G-2とみなし作戦を開始する。総員に戦闘配置と伝えろ』
「了解しました」
 沈黙を保っていた街が少しずつ、荒れ狂う狂気を目覚めさせていった。 

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最終更新:2007年03月06日 21:00