最初、俺は何が起こっているのか良く分からなかった。
俺は室内にいて作業していたが、さっきまでは隣にいた仲間たちがいなかった。
だから探し回って、結局外にいるのを見つけたのだ。
彼らは皆一様に興奮し、銃を取り出し、明らかに誰かと一戦やらかす気だった。
一体誰とやりあう気なんだ? そう思い、空を見上げ、やっと分かる。よし、俺もそいつに手を貸そう。
俺は自分たちの『任務』を満載したトラックに向かって、そこにいた小隊長たちに話し掛けた。
「我々はどうするのですか?」
三人は俺を引き寄せると、鉛筆をくるくると回しながら色々書き込まれた地図を見せてくれる。
現場総指揮を任されている、ジュライ隊の隊長が言った。
「敵軍は南部のこの辺りに降下したようだ。俺たちの現在位置は分かるだろうが中央広場、ここで、
ジューン隊指揮の弾薬調達班は北部にある『アンディの銃器店』で待ち伏せを仕掛けるらしい。
各個撃破を避ける為、我々は北か東へ向かって混成部隊を作らなくてはならないだろう。君はどう思う、ヘンドリクス」
セプ隊の小隊長は顎を一撫でしてから、彼の相談に答えた。
「弾薬調達班のところまで行って、武装を整えてからの方がいいだろう。
我々の装備は貧弱で、敵の数と装備は我々を打ち砕くのに十分なものだ。せめて銃くらい」
それに、フェブ隊小隊長フレデリックが異を唱える。
「私は反対だ。それよりも、東の燃料調達班と我々全員が、北に移動した方がいい。
あの周辺はこの辺りよりも入り組んでいる。こちらの得意とする市街地戦に持ち込み、
こんな開けた場所では戦うべきではない」
彼の意見にも正しいところはあった。
確かに十二姉妹とその隊は市街地戦用強襲部隊である。狭く入り組んだ市街地でその真価が発揮される。
だからこの繁華街の中でも最も入り組んだ場所、北部において敵を迎え撃てば、有利に展開を進められる。
そもそも、我々はイニシアチブを最初から持てていない。何とかして、彼らの手からもぎ取らねばならない。
彼らの鼻を一発叩き、こちらに主導権と戦場の流れを戻す。それが勝つ手段だ。
ジュライ隊小隊長は頷くと、フレデリックの案を採択した。
トラックの通信兵に、母艦に連絡し、その後東の部隊と連絡を取り、
北の部隊と一緒になって敵を撃退することを提案しろと命令する。
「まだトラックに積み込んでいない食料は放っておけ。それより移動準備だ、移動準備」
ヘンドリクスの言葉に、箱に詰め込まれた食料を地面に放り出す。
腰の拳銃に手をやり、そこにあることを確認した。そろそろ銃撃戦になるだろう。
トラックが走行し始めた。その後を、百数十名の兵が付いて行く。
俺は戦闘に備えて体力を少しだって使いたくなかったので、駆け足でトラックに近づき、荷台に乗り込んだ。
荷台には先客がいた。三人の小隊長だ。フレデリックがちらとこちらを見たが、それだけだった。
彼らは地図を睨んでこれから先のことを話し合っていたが、多分無駄だろう。
戦場というのは生物であり、戦闘というのもまたそれである。常に様相を変え続け、
十割が十割人間の考えたようになることは決してない。絶対に、そんなことは有り得ない。
ヘンドリクスとフレデリックは考え過ぎて今の状況を把握出来なくなることを恐れ、早々と地図を眺めるのを打ち切った。
ジュライ隊隊長も苦々しげに地図を丸めてポケットに突っ込み、声を僅かに荒れさせる。
「まだ母艦と連絡がつかないのか? 向こうはどうなってるんだ、俺に寄越せ」
彼は右手を伸ばし、運転しながら通信している兵の手から無線機を奪った。
途端、彼の耳に大音量で銃声と叫びと呻吟の声が届く。その中から、冷静な声が一つ聞こえてくる。
顔から苛立ちが消えて、焦るような色が取って代わった。
「母艦、こちら食料調達班だ、そちらの状況を説明してくれ、どうぞ」
『こちら母艦、こちら母艦。現在艦は数量不明の敵と交戦中。艦への侵入は阻止している。どうぞ』
「我々は敵の分隊突撃艇を繁華街南部に確認。北の弾薬調達班、東の燃料調達班と合流し、防衛する。どうぞ」
『待て。そちらと燃料調達班の位置を確認する……残念だが、合流は許可出来ない。許可出来ない。どうぞ』
「何故だ? 我々は合流の為動き出そうとしている。どうぞ」
『今すぐ停車して周囲に円陣防御を作るか、東は放置して北の弾薬調達班と合流せよ。どうぞ』
「了解、だが理由を答えてくれ。我々は北に向かう。どうぞ」
『燃料調達班は既に大量の敵に包囲された。救出は危険だ。燃料調達班は大量の敵に包囲されている、どうぞ』
* * *
俺がある建物の前の道で立っていた時、突然銃撃と爆発が始まった。俺は十数秒もしない内に、地面に仰向けになって倒れていた。
耳が痛い。周りの音が何も聞こえない。周囲で何が起こっている?
目の前を黄色い線がさっと通った。俺にはそれが何だか、経験から分かった。銃弾の軌跡だ。
途端、俺の思考はクリアになった。戦闘だ。戦闘だ。戦闘なのだ。
体を起こす。怪我は無かった。爆風で吹き飛んだだけだったようだ。耳が痛いのは我慢すればいい。
素早く遮蔽物、建物と建物の間を見つけて、そこに飛び込む。これで当分は安心。
どちらから銃撃だ? どこから敵が来ている? 燃料を満載したトラックは何処にいる?
最も重要なのは、仲間が何処にいるかだ。
もしも俺一人だったならとっとと逃げる。逃げ切るのは無理だろうがね。
ざっと見回すと七人が即座に発見出来た。じっと見ていると、後四人を発見出来た。
後はどうなったんだ? 音さえ分かれば銃声で判断出来るのに。
しかし耳が元に戻る保証が無い以上、待ち続けるのも馬鹿だ。行動あるのみ。
拳銃を抜いて、初弾を装填する。銃は伝統ある四十五口径。俺が生まれるずっと前から人を殺して来た銃だ。
弾数は七発と少ないが、それでも別にいい。外さなければいいのだから。
それに換えの弾倉もある。敵の武器を奪うのが理想的だが、当分は拳銃で戦わねばならない。
耳が段々と回復してきた。聞こえる音と言えば遥か遠くで戦闘しているような大きさだが、聞こえることには違いない。
弾が飛んでくる方向を向いて遮蔽物から顔を出し、すぐに引っ込める。敵の数は正確に把握した訳ではないが、五人だ。
だが爆発物やロケット、無反動砲を持っていなかった。捨ててもいない。ということは、別の方向にもいるということか。
まずは露出しないようにしながら屋根の上を探した。高いところには敵がいることが多い。が、いなかった。
俺は後ろを向いて、捜索しようとして、別の建物との間に出来た隙間からこの隙間へとやって来た敵と鉢合わせした。
きっと彼は驚いたに違いない。俺も驚いた。死ぬほど驚いた。
が、彼も兵士だ。咄嗟にスリングで掛けていた銃を向けようとしたが、こう狭い通路では彼の突撃銃は大き過ぎ、引っ掛かった。
俺は余裕を持って彼を射殺し、銃と弾とナイフを奪い取った。彼はそれ以外には、拳銃を除いて大したものは持っていなかった。
薬室を覗き、弾が入っているかどうか確認する。一応の用心だ。敵に向けた時に発砲出来ませんでは困る。
弾丸は入っていた。スリングで体に引っ掛け、拳銃を構えて進む。この銃の元の持ち主と同じ目には遭いたくない。
少し進んでから、戻って装甲服を奪おうかと思ったが、それでは友軍に撃たれそうだと思って止めた。
友軍誤射で死ぬほど馬鹿らしく、そして戦場で頻繁に起こることもない。
大抵は練度不足の小便小僧共がやるが、今のような状況では視界に捉えた敵らしき者を全て撃ちたくなる。時にはそうする。
俺はそれで死んだ奴を味方以外で良く見てきたし、訓練でも教わったから知っている。
銃撃の音が大きくなってきた。耳が回復を続けているのか、それとも近づいたのか。
連続しているので、敵だろう。だが、俺のように敵の銃を奪ったのかもしれない。気をつけなくてはならない。
と、銃口の先に角を曲がって装甲服野郎が出て来た。撃つ。こいつは敵だ。
二人一組で行動しているかもしれない。気を抜かず、銃を下ろさずにゆっくり進み、角を確認。いない。
耳はほぼ元通りになっていた。今では、自分の銃声や辺りの銃声も聞こえる。
味方の位置も大体は掴めていた。ここで戻るべきだろうか。
それとも、まだ気付かれていないようだし自分一人で少し数を減らしておくか。仲間の為にも。
一瞬思慮し、己のみでどれだけ減らせるものかと考え、俺は前者の案を採用した。
さっきの敵兵と同じように銃と弾丸を奪う。彼は手榴弾を幾つか持っていたのでそれも頂いた。死人には必要ないものだ。
死体を引き摺って道から見えづらくする。俺がいるとバレたらあっというまに蜂の巣にされる。
後ろを気にしながらも、早足で味方のいるらしい場所に向かった。
繁華街の中では異色と言える建物で、周りが粗末な建物ばかりの中で立派な外観の、一般的にビルと呼ばれる奴だった。
裏口から入ろうとする最中、丸っきり同じことを考えていた敵兵を見つけた。俺は笑いを堪えて、彼の背中を叩く。
慌てて振り返る彼。体を密着させて撃たれないようにしながら、そのヘルメットと装甲服の間にナイフを突き入れ、横に引いた。
態々体を支えてやる義理はないので、彼の体を俺のそれから離す。彼は手を喉元にやって倒れた。
裏口にも防御翼が必要だな。敵を偶然見つけていて良かった。例の三点セットを敵兵から奪い取る。重い。
突撃銃を一挺落としそうになって、気付いた。手が血塗れだ。俺は切実に手を洗いたかった。
* * *
銃弾が、通路に設置されたコンテナからはみ出る彼女の髪を掠めるに至って、ジャニアリーは遂に我慢出来なくなった。
装甲服を着ているせいか、部下に死傷者は奇跡的に出ていない。制圧されているだけだ。
だが、敵影すら確認出来ないのはジャニアリーにとって死ぬほど耐え難い屈辱だった。圧倒的戦力差であってでも、である。
この私が、とジャニアリーは思った。私がこの様子では、十二姉妹の名が泣きますわ。
とはいえ頭を突き出せば撃たれるだけだ。そちらの方が余程名が泣く。
辺りを確認した。この状況を打開する為に必要な装備はあるだろうか?
マーチはミニミを突き出して弾幕を張っているが、それだけしか持っていないようだ。後は全て換え銃身と弾薬だろう。
兵は、と確認し、溜め息を吐いた。あるのは手榴弾だけ。完全装備で来いとの警報だった筈だと、訓練だったら怒鳴っていただろう。
が、今はそんなことをしている場合ではなかった。怒るのは後で良い。今はこの状況をどうにかしなければならない。
増援は望めまい、と歯軋りをする。兵力は僅かで、予備隊は無い。繁華街の隊はどうなったのだろうか? 彼らが欲しい。
ロケットか何かが必要だった。擲弾でもいい、何でもいいから爆発物が必要だった。
けれど誰一人として、手榴弾以上の爆発物を持っていないようだ。ジャニアリーはP90を両手に持った。
出来るだけ正確に敵と敵の数を把握しなければならない。このままでは対処も出来ない。
給弾の為に銃撃の手を休めたマーチに、通信で知らせる。
──マーチ。十五秒後に弾幕射撃をお願いしますわ。
──了解。
彼女は素早く給弾し、通信の言葉からきっかり十五秒後に発砲を始めた。
ジャニアリーは持っていた手榴弾を三つ投げ、爆発しない内に身を乗り出して射撃する。
強力な5.7ミリ弾が通路を抉り、一人の敵を捉えた。
頭部に銃弾を受けたその敵は、通路に身を曝け出して倒れる。
直後、ジャニアリーも敵弾を受けて後ろに倒れる。彼女は胸部を撃たれただけで、
敵の銃弾は十二姉妹のボディを貫通するほどの威力を持っていなかった為、死なずには済んだ。
撃たれたことは苛立たしかったが、ジャニアリーは満足感を覚えていた。やったのだ。敵に一矢報いた。二矢目もすぐだ。
倒れた体を撃たれないように注意深く起こし、彼女は敵の解析を始めた。
実際に見ていた時は一瞬のことだったので良く分からなかったが、映像記録として残っているものを見れば分かる。
彼女は自分の記録から今の数秒にもならない時間を見つけ出し、再生した。
倒れる敵のところで映像を止め、不明瞭な画像を明瞭化する。敵の顔を見て、彼女は息を呑んだ。
マーチに転送すると、彼女も流石に驚き、目を見開いた。
これはどういうことだと半ばパニックになりつつ考えるジャニアリーに、通信回線が開かれる。
──ジャニアリー、新たな情報が判明しましたわ。敵が……。
エイプリルの言葉を遮って、彼女は叫んだ。
「敵部隊にアンドロイド! オクト、ノヴェ、ディッセ型ですわ!」
ジャニアリーの予想とは違い、通信の向こうは至極落ち着いていた。
それにまたいらぬ疑念やパニックを掻き立てられる。
──こちらでもほぼ同様のことを確認済み。そちらに擲弾銃などを送ります。何とかして耐え凌ぎなさい。
「了解、いつですの!」
──出来るだけすぐに持って行かせますわ。届くまで死なないようにね、ジャニアリー。
ジャニアリーは、冗談ではないと思った。
* * *
北方面でジャニアリーが奮戦している頃、エイプリルは敵の突破作戦を阻止しつつ、繁華街のギルド兵を守らんとしていた。
絶え間無く飛び込んで来る艦防衛線からの報告と対策に忙しく、繁華街方面隊との連絡はまだ取れていない。
しかし、フェブのセンサーで、多少の状況なら推測が可能だった。
彼らは更なる武装と医療品を緊急に必要としている。それに、合流も必要だ。
エイプリルはそれら全てを一つずつでも解決しようと頭を働かせたが、どの案も危険が伴っていた。
頭を振って、危険という言葉を見直す。考えてみるがいい、結局はどれも危険なのだ。
彼女は危険度を無視し、成功の可能性とメリットの大きさにのみ注意を払うことにした。
敵はアンドロイドだ。十二姉妹と同じだ。それが大量にいる。ギルド兵のみではいずれ突破され蹂躙され敗北する。
艦内で無反動砲は使えない。一発に付き少なくとも一人の命を確実に失う上、命中するとも限らない。そんな手は使えない。
一刻も早く繁華街のギルド兵を艦に呼び戻し、挟み撃ちにする形での処理。それがエイプリルの描く作戦だった。
それまではオーガストの手榴弾や爆発物で何とか撃退するしかない。ジャニアリーのP90も有効だ。
近づけばメイ、ジューンやジュライなど、近接戦闘に長ける者が本領発揮出来るのだろうが、如何せん敵が多すぎる。
間違いなく、近づく前に十二姉妹から再び死者を出す結果になるだろう。そうなればもう絶望的だ。
士気は落ちて、姉妹からの反発もあるだろう。まあ、これはどうせ選択しない選択肢だからどうでもいい。
そういえば、ジュライは何処に行ったのかしら? 悩みの種が一つ目を出した。彼女の行動は最近どうもおかしい。
誰か彼女を探しに行かせなければならない。彼女は今出番が無くとも、反撃となればその手と刀が必須だ。
「フェブ、ジュライの反応を探ってみてくれるかしら」
「了解」
一度全ての光点をクリアし、ジュライのみを捜索する。が、反応は無しだった。
エイプリルは眉間に皺を寄せる。分からないことだらけだ。ジュライは一体何を考えているのだろう。
ジューンを探しにやるか。だがそうすると西部防衛線が突破されてしまうかもしれない。
敵は十二姉妹と同じアンドロイドだけれども、こちらに突っ込んでこないのは彼女たちが知っているからだ。
十二姉妹がそこにいる、と。突っ込めば、確かにメイもジューンも最終的には死ぬだろう。考えたくもないが、そうなる。
そして、敵もそうなる。それも大量にそうなる。もしかしたら、いやもしかしなくても、全員がそうなる。
だからだ。だから、敵は銃撃戦でギルド兵を減らしてから、たった一人の防衛線を突破する気なのだ。東西両方で。
通信回線をメイとジューンに開く。東西部防衛線の最後の報告は十五分ほど前だった。時間が開き過ぎてはいないか?
まさか実は突破されているということは幾ら何でもないだろう、と思いつつ、口を開いた。
「メイ、ジューン。状況を報告しなさい」
返事は返って来た。最初にメイ、次にジューンだった。
──報告。アタシたちのいる東防衛線は現在敵の粘り強く強力な攻撃を受けてるよ。全部追い返したけどさ。
──私たち西部防衛隊もそれらを撃退し続けている。今のところ問題無しだ。オーガストの手榴弾を使ったのを謝らなくてはならないな。
──ま、そーいうことさ。アタシの隊に分隊狙撃手を導入しておいて良かったよ。五十口径だからちと煩いのが玉に瑕だけどね。
「引き続き防御を続けなさい。間違っても打って出ないように」
──オーケイ、打っては出ない。戦闘を続けるよ。
──分かった。私もここで防衛戦を続行する。
「いえ、ジューンには別の任務を命じます。メイ、分隊狙撃手を数人回して欲しいのですが、問題は?」
──あー、必要なら仕方ないさ。
「それを聞いて安心しましたわ。ジューン、ジュライを探して欲しいんですの」
──……了解。
* * *
遠くで連続的な銃声が響く。爆発音。火災も発生しているようで、空が赤い。
戦闘の現場から離れたところからだと、激しさが良く分かる。あそこで誰が生き残れるというのだ?
男はずっとそれを眺めていた。彼の住居であるアパートの屋上からは、戦闘の熾烈さが易々と窺えた。
「ウィンストンは駄目だったよ。ここに来る途中の道で倒れてた。見つかっちまったんだな」
背中に声が掛かった。彼が振り向くと、十数人の男たちが打ちひしがれた顔で佇んでいた。
男は彼らに近づき、その中のリーダー格の肩に手を置いて、慰める。
「お前さんのせいじゃねえ。悲しむな」
リーダー格も頷いた。そうだな、と呟く。顔を真っ直ぐ前に向けて、仲間を見据え、言った。
「俺たちの身の振り方を考えよう。このまま引き下がっていられるか」
「奴ら、困ったことになるぜ」
後ろに控える、ニット帽を目深に被って煙草を口の端に咥えた青年が吐き捨てた。
煙を宙に放出し、右手の人差し指と中指で挟んで口から離す。
「この街を敵に回しやがった。全員ここからは出て行けない、出て行かせない」
踵を返して、下へと続く階段を降りる。それに続いて、一人ずつその場を去る。
最後に残ったのは最初の男とリーダー格だった。彼らは屋上で、赤い空を眺め続ける。
「武装と交戦地帯の位置、それに人数を教えてくれねえか」
「銃は用意出来たが装甲車が来たら困る。北部はアンディの店周辺。篭城側は中央にいた奴らと合流。押している。
東部ではビルとホテルに篭城して抵抗中だが、戦力はギルド側が勝っている。宇宙港でも戦闘中のようだ。
人数はこちらには百二十名ほど。南部に集まった奴らは全滅したよ。敵が辺りに降下したせいで包囲されたんだ。
もっともっと人はいるだろうが、そいつら全員が戦闘に参加する訳でもねえからな。期待は出来ねえよ」
「それだけ分かれば十分だな。下りようぜ、風邪を引く」
二人も階段へ向かう。背後、遠くで、一際大きい爆発が発生した。
階下では、ニット帽の男が一番大きい部屋に机を並べて、その上に地図を開いていた。
部屋には数人しかいない。残りは別の部屋や別の階で周囲の警備をしていた。
「こっちだ。ここが俺たちのいる場所だ」
短い鉛筆で、地図に小さく丸を描く。素早く右に動かし、更に一つ丸。そこから左上に動かし、もう一つ。
そして最後に、現在位置から少し離れたところに丸を描く。
「敵はこことここで戦闘中。宇宙港はここ。それから」
現在位置の右下へと鉛筆を向け、三本の矢印を繁華街中央と東部に向けて伸ばす。
「奴らは南部の平野地帯に部隊を降下させている。あそこなら幾らでも降下させられるからな」
彼は鉛筆を動かす手を休めて、自分の腰に手をやった。
「さて、こっからはあんたの仕事だ。あんたらの仕事だ。俺たちは奴らのケツを叩くが、どうやって叩くかはあんたらに任せる」
部屋の端にあった椅子にどっかと腰を下ろし、地図を見る。
リーダー格の男は彼から鉛筆を受け取ると、それで机を叩きながら言った。
「我々は少人数だ。二百名にも満たない、人数的には弱小集団だ。分散は出来ない。やるならば、一点集中だろう」
周りの男たちは揃って、リーダーの言葉を聞き、地図に記された二つの点、戦場を見つめる。
ある男は、北に行きたい、と思った。銃や弾薬を今以上に豊富にして、辺りのギルド野郎を一掃し、
何処から来た奴らかは知らないがギルドの敵と共同で東の強大な敵を打ち破るのだ、と思った。
またある者は、東に行くべきだ、と思った。東は敵にとって危険な場所だ。宇宙港や北部に戦力を差し向ける時に、
東の部隊は敵の背後を突ける。何としてもこちらが確保して、南から進撃してくるギルド兵たちを防がなければ、と。
リーダーは、後者の考えだった。それに放っておけば、包囲された部隊は漸減し最終的に壊滅する。
救助に迎えるのは我々だけで、救助しなければ困るのは我々なのだ。
「俺たちは東進する。包囲網に穴を開けるんだ。彼らを救出し、北部を目指す。最後にはギルドの蛆虫共をこの街から叩き出すぞ」
「随分嫌ってるんだな、お前さん」
それまでずっと黙っていた屋上にいた男が、静かに言った。
「奴らを嫌いじゃない奴なんていねえさ。あんただってそうだろう」
「まあな。だがお前さんを見てると、知り合いの医者を思い出すよ。奴さん、病原菌を目の仇にしてた」
リーダーの男は机を叩いた。思いつめるような顔だった。心底許し難い憤りを感じている顔だ。
男は怒らせたのかと思ったが、その怒りは男に対するものではなく、ギルドに対するものだった。
「そうだ! 俺たちが抗体で奴らはおぞましく汚らわしい病原菌だ。この街が一つの体さ。俺たちが死ぬ時は、この街が死ぬ時だ」
彼はそう言うと、彼は部屋の片隅に立ててあった突撃銃の内一挺を取り、行こうぜ、と言って部屋を出た。
* * *
銃弾が横を通っていった。俺は顔を顰めて、当たらないように体の位置を変えた。
戦闘が始まってから大して時間は経っていない。多分まだ一時間そこらだ。
生憎と正確な時間は時計が壊れて良く分からないが、だというのに負傷者は増えていく一方だ。付け加えるなら、敵の数も。
しかし、我々には先程まで、そう先程まで、負傷者の治療に使う医薬品の一つもなかった。燃料はあったんだが。
「衛生兵ーッ!」
オクト隊とノヴェ隊の立て篭もる隣のビルで、叫び声が上がる。また誰かが撃たれたのか、俺のように。
今の今まで俺の傷を診ていた男がぱっと顔を向けると、近くに居たもう一人の衛生兵に言った。
「僕は向こうに行って来る。君は彼の手当てを頼んだ」
さっきから奴は働き過ぎだ。彼を見て俺はそう思わずにはいられなかった。
驚くべき勇敢さと俊敏さで、俺たちディッセ隊のいるホテルとビルとの間を駆け抜ける。
そこは弾丸飛び交う必死地帯となっている筈なのに、敵弾一発掠りもしない。
彼は怖がる素振りも見せず、敵に背を向けて味方の治療を始める。
戦闘のかなり早い段階で、彼は姿を消した。俺たちは逃げたものと決め込んで臆病者と罵り、軽蔑した。
が、我々はそのすぐ後に考えを改めざるを得なくなった。彼は戻って来たのだ。
それもただ戻って来たのではなく、何処からか手に入れたらしい手押し車二台一杯に、医薬品を満載して。
誰もが度肝を抜かれたものだ。彼はこちらを包囲する圧倒的軍勢を素知らぬ顔で突破して、
仲間を救う為の必需品を探して持って来たのだから。
彼の声は良く通る。怒鳴っている訳でもないのに、銃声轟く中でさえ。
「彼にはモルヒネを一本。そこの彼には傷口にサルファ剤を振り掛けて上から圧迫するんだ。
血が止まったらカーレックスで傷を拭い、包帯を巻いてくれ。待て、水を掛けるな。腹の傷には駄目だ」
負傷者を放って敵に発砲している衛生兵を見て、彼は声を荒げた。
「おい、君! 戦うならそっちの敵じゃなくこっちの敵と戦ってくれ!
ようし、がんばれよ。別に死ぬような傷じゃないぞ!」
勿論、彼は治療だけに留まっている男ではなかった。
この衛生兵は、この英雄は、例えどんな重傷でも的確に指示を下し、
冗談を続けざまに何発も飛ばし、敵の銃火をヘボ銃火と評して我々を勇気付けてくれた。
彼は良く笑いながら言ったものだ。
「一体僕を殺すのに、何発弾を無駄にするんだ?」
俺たちはそのおどけた言い方と仕草を目にする度、傷の痛みも忘れて大笑いした。
あいつがいるなら大丈夫だ。撃たれたって何とかしてくれる。
もしそれでも死んだのなら、それは助けようが無かったってことだ。戦う内に、俺たちはそう思えるようになっていた。
だから俺は、彼がまた道を危険を承知で突っ切ってこっち側に帰って来た時、
金輪際もうあんな危ないことはしないでくれと頼んだ。心から頼んだ。
だというのに優しげな顔のあの衛生兵は、戦友たちの血に塗れながらも俺に少し微笑んで、
今までだって大丈夫だったんだから、次だって大丈夫さと言ってのけ、
再び道を走って通って無傷で辿り着くや否や、医療行為を開始した。
それを見て無神論者の俺も、恐らく神のご加護とかいうのは今のあいつにあるようなものなのだろうと思った。
彼はその後も行き来を繰り返したが、遂に六回目、肩を撃たれて戻って来た。
俺は顔面蒼白になりながら必死で止めたが、彼は平然とした顔で一向に止めようとせず、
自分の手当てを自分で行ってまた走り出して行った。その時の彼は、きっと十二姉妹だって止められなかっただろう。
そうして十三回目、彼は帰らなかった。俺は持っていた銃を引っ掴んで、戦線に復帰した。
* * *
ジューンは散々走り回って荒れた息を整えた。ジュライは何処に行っても見つからなかった。
彼女への疑いが強まる。この非常時、特級の非常時に何をやっているんだ?
フェブのセンサーでも、反応はないそうだ。それなら、もう艦内にはいないのか。
いや。いる。ジューンは何故か、そう確信した。彼女は待っている筈だ。私でも誰でもいい、誰かを待っている筈だ。
どうしてか、と自問すれば答えは返ってこなかったが、不思議な確信だった。
通信回線をジュライに開けるかどうか、試してみる。開いた。が、呼び掛けには応答が無い。
彼女に対する回線を切断し、フェブへと開いた。一つだけ、案があったのだ。成功の見込みは薄かったが、あることはあった。
「フェブ、これから大容量ファイルをジュライに送信する。起点は私だ。終点を検索してくれ」
──了解。準備は出来ています。
「送信する」
再度回線を開き、捜索し続けた時の映像ファイルを送信する。
回線の向こうでフェブが、検索中であることを告げた。早くしてくれ、と急かす。
きっと今頃、一体何の意図でこんなものを送りつけて来ているのか疑っているはずだ。
彼女は鋭い。例えジューンの意図が読めなくても、寧ろ読めないからこそ、回線を切断してしまうだろう。
──よし……これで……探知!
フェブの言葉の直後、送信中だったファイルがエラーを起こした。切断されたか。
ジューンは危うく失敗するところだった作戦が成功したことに安心した。
──彼女は第三格納庫貨物エレベーター付近にいますわ。急いで!
「分かった、ありがとう。余裕があればエイプリルにも伝えておいてくれ」
何処にいるか分かればいい。彼女も逃げはすまい。やっと気付いて貰えたのだ。
後はもう一っ走りすれば、ジュライを見つけることが出来るだろう。服の内側に隠したナイフを、服の上から撫で擦る。
使うことになるかもしれない。考えたくはない確率、考えたくない未来というものはいつも存在する。
だが、それから目を背ければそれ以上に問題を引き起こしてしまう。ジューンは目を逸らす気など、毛頭無かった。
それが彼女にとって辛い、理解出来ない、意味不明な現実だろうと、直視してみせる気だった。
だから、走る。もしかしたらジュライは何らかのきっちりとした理由があってそこにいるのかもしれない。
実は戦闘しているのかもしれない。エイプリルに兵力を裂かせたくないから、たった一人で。
第一格納庫を通り、ドアを体当たりで開いて第二格納庫へ。第三格納庫へ続くドアへ突き進む。
これも体当たりで開き、貨物エレベーターを探す。あった。この広い格納庫の片隅だ。
ジュライはその傍にあるコンテナに腰掛けて、こちらを見ていた。ジューンは落胆した。それで、何の理由だ?
「ジュライ。迎えに来た」
言って、もう少しいい台詞があったかもしれないな、などと思った。
これではまるで私がお母さんだ。ジュライは保育園の園児。逆はあっても、これはないな。
彼女はいつもの笑いを浮かべて、立った。付いて来てくれるのか、と思ったが、違う。
細くて、彼女の妖艶さを増す手助けをするあの綺麗な指が、貨物エレベーターの始動ボタンを押す。
耳障りな音を立て、緩慢な動作で貨物エレベーターのドアが上下に開いて行く。
大きさは体を縮こまらせたジュライと刀が何とか入る程度。どうするつもりかは、何となく分かった。
「あら、ジューン」
初めて気付いたような口ぶりで、ジュライが言った。
「誰も来なかったらどうしようかと不安になっていたところでしたわ」
拳を握り締める。大股で近づいて行く。することは決まっていた。彼女を、連れ戻す。
距離は縮まり続けているというのに、ジュライは全く変わらない。隙だらけに見えてその実、罠だらけなのだ。
下手に噛み付けば首を千切られる。かといって噛み付かなければ逃げられる。
ジュライの間合い一歩前まで来て、止まった。ここなら踏み込みが必要だから、避けることも受けることも出来る。
「ところで、ジューン、あのファイルは何だったのか教えてくれないかしら?」
少し迷う。あれは反応さえ見せない相手を探す為の唯一と言っていい手段だ。曝していいものだろうか。
が、考えてみれば彼女はそれらしい転送があれば遮断してしまうか、回線を全てクローズにしてしまえばいいのだから、
今となっては効果は一切無いに近い。言ってしまっても、言わないでおいても、違いは無いのだ。
「ただの映像ファイルだ。フェブに転送先が何処かを調べて貰った。切断の直前に場所が判明した」
彼女はそうだったのか、という風に頷くと、コンテナに寄り掛かって腕を組んだ。
今度はジューンが聞く番だった。どうしてセンサーに引っ掛からなかったのか? どうしてこんなことをしているのか?
「センサーなら、これが理由です。そして何故こんなことをしているかと言えば」
ことり、とコンテナの上に何かを置いた。電子機器のようだ。ジューンにはそれが何か良く分からなかった。
「エイプリルの対応は完全に後手後手です。これでは、勝てる戦いにも勝てませんわ」
ジューンは自分の体に電流のようなものが走り、胸部や腹部に鈍痛のような何かが発生したことを確認した。
それは、つまり。彼女の言葉の表すところというのは。
「分かり易く言った方がいいかしら? これ以上彼女には付いて行かない、と決めたのです」
最初に動いたのはジューンだったかもしれない。ジュライだったかもしれない。
両者は半ば同時に動き出した。ジュライは間合いを適切なだけ詰める為、ジューンは懐に入る為。
一秒前までは何も無かった右の手にククリナイフが出現し、ジューンの武器となる。
ジュライは刀に目にも留まらぬスピードで手をやり、一歩進むと同時に抜き放った。
右より斬撃。ナイフで受け止める。ジュライは体をくるりと回して近づくと、ジューンの胸倉を掴み引き寄せる。
ジューンは顔面に衝撃を覚えて後ずさった。はっきりしない視界にジュライの行動が見える。
突きだ。防ぐな、避けろ。身を九十度転回。素通りする刀が引き抜かれる前に左手でジュライの右手を掴む。
彼女が片手で反撃するのを屈んで避け、左手を引いて斜めに腹部へタックル。固定されているので、跳んで逃げることも出来ない。
ジュライの体が宙に少しの間浮かぶ。その短い時間で体勢を立て直し、着地したジュライの足を払う。
払う時、左手を敢えて右手から離し、首元を掴ませ、足とは逆の方向に力を加えた。
ナイフを逆手に持ち替えながら振り下ろす。そう出来るなら突き立てるつもりだった。
が、それは彼女の左手で阻まれる。右手首を左手がすんでのところで抑えていた。
体重を乗せ、利き腕を使っているというのに、ジュライは左手一本で拮抗状態に持ち込んでいる。
ジューンは彼女が右手を動かそうとするのを見て諦め、後ろに跳ぼうとした。
見逃さず、ジュライは左手でジューンの右手首を押す。ナイフの柄が勢い付いて彼女の顔に当たった。
後ろにどさっと倒れる。ジュライは刀を手に立ち上がり、僅かな距離を詰める。
その間にジューンも立ち上がっていたが、それまでだった。
左斜め下より閃光が走り、ジューンは振動と、様々な機能が停止して行くのを感じた。
服に血のようにオイルが染み込み、足を伝って床を汚す。
「エイプリルに伝えて」
刀が鞘に飲み込まれ、甲高い音を立てて収まった。
「『私は独自に動く』……と」
斜めに滑り、ジューンの上半身が落ちる。ジュライはエレベーターへ向かう途中で一度振り返ったが、すぐに体を戻すと、
狭いエレベーターの中に入って、消える。
ジューンは、残った右肘を彼女の進んだ方向に突き出し、掠れ声で叫んだ。
「ジュライ……!」
* * *
エイプリルはジューンの報告を聞いてがっかりした。そして、ジュライの離反に深刻な危機感を抱いた。
彼女の指揮に不満があり、それを我慢出来なくなったと聞いたが、俄かには信じられなかった。
しかも、ジューンは負傷したのだ。当面の間、前線には出せない。
通信でオーガストたち第三世代に回収を命じた。こんなことは本当はさせたくないが、これ以上の人員を裂けない。
何処の防衛線も、際どいところで危うくも突破を防いでいる。西部など、戦っているのはギルド兵のみなのだ。
メイ隊のライフルが無ければどうなっていたことやらと思うと、エイプリルは嫌な気分になった。
我々は至急合流の必要性がある。だが繁華街でギルド兵たちは苦戦している。何とかして彼らを支援し、こちらに呼び戻さねば。
案は一つあった。成功すれば、繁華街で戦闘を有利に運べるようになるだろう。
但し、こちらの戦闘に問題が発生する可能性もある。選ぶのは危険にも思えた。
しかし、そうせねば先が見えてこない。それ以外の代替案なども存在しない。
それがどんな下策だったとしても、このまま放っておくよりはいいだろう。
「フェブ。兵を一人連れて、大型ギルドヘリで繁華街方面の味方を支援しなさい」
フェブはその言葉が信じられないようだった。絶対に信じない、聞き間違いでしょう、
あんな激戦区にまさか私を連れて行きませんよね、と言わんばかりの。
エイプリルは同じ言葉を繰り返して、フェブに聞き間違いではないのだと認識させる。それが必要だった。
「了解」
彼女は真っ青になって立ち上がり、艦橋の兵から一人引き抜いて格納庫へと向かおうとする。
苦渋の決断を敢えて取ったリーダーは、その背中に声を掛けた。
「ヘリに補給物資を積み込んで、上から落としなさい。彼らには銃と弾薬、それに水と装甲服が必要ですわ。
補給終了後、あなたは帰投が不可能になるギリギリまで上空で情報支援すること。尚、帰投後はまたすぐ出撃して頂きますわ」
フェブは苛立ちを込めて大声で了解、と叫んだが、それも通信先の銃声で良く聞こえなかった。
彼女は恐怖していた。あの戦場に飛び立つのか? たった一機で? 正気の沙汰じゃない!
手が震えた。足も震えた。声も震えた。隣を歩くギルド兵に支えて貰わなければ、真っ直ぐ道を歩けなかった。
ビブラートの掛かった途切れ途切れの声で、彼に大型ギルドヘリの用意をするように言いつける。
フェブは物資を用意するつもりだった。箱に詰まった物資を専用のカートで運び、ヘリの後部に積み込む。
兵が気を利かせて後部の座席を全て取り外しておいてくれたので、彼女は少し作業を楽に進められた。
そしてフェブがこれで最後になるだろうカートでの物資運びを始めようとしていると、物資集積室にマーチがやって来た。
「何処に?」
話を聞いたのか、何か探しながらマーチが尋ねた。フェブは繁華街に、と短く答えて、探し物を聞く。
「銃身と弾薬」
それなら良く分かっていた。自分が今正に運んでいたものだったからだ。
フェブは手を上げて、部屋の角に積まれた箱を指差した。
「弾薬はあの箱。銃身は私が持って来ますわ」
カートから手を離し、別の箱の山へと向かう。銃身の箱を探しながら、フェブは訊ねる。
「もし、怖いからと私が逃げたら、どうします?」
そんな気は更々無かったが、答えを聞いてみたかった。
マーチとフェブは、お互い憎まれ口ばかり利いているが、それでも仲がいい。
だから、彼女の答えを聞いてみたかった。私の意見は知っているのだが、あなたはどうなのか、と。
「別に。私も怖い」
相変わらずの冷たい口調でマーチは言った。
残っていた最後の新しい銃身に換え、弾帯を挟み、ボルトを引いて初弾を装填する。
「でもね、フェブ」
フォアグリップ代わりのバイポッドを掴んで、構えて見せた。
「私は逃げないわよ」
フェブは銃身の箱を渡した。マーチは可能な限りの銃身と銃弾を、体中に持った。
カートを押して出て行こうとしたフェブに、彼女は装備のチェックをしながら喋り掛ける。
「フェブ」
「何ですの? 装備点検中の私語は規則違反ですわよ」
振り返る。マーチは装備を弄る手を止めて、じっとフェブの顔を見つめていた。
フェブはたじろぐ。こんなマーチを見るのは初めてだ。
「この前のゲームの決着がついてない。帰って来なかったらただじゃおかない」
「……ふぅ、全く」
力が抜けた。彼女の感じていた恐怖は、驚くほど綺麗さっぱりと消えた。
青ざめた顔に微笑を浮かべ、いつの間にかずり落ちていた眼鏡の位置を直す。
「無理難題を言ってくれますわね」
マーチが拳を突き出した。意図を汲んで、フェブも突き出す。
拳の上下で打ち合わせ、もう一度上下で打ち合わせ、最後にお互いが拳で拳を突く。
それから、彼女たちは何も言わずに別れた。やるべきことははっきりしている。
私の任務を果たして帰り、やりかけのゲームでマーチを散々にやり込めてやるのだ。
フェブのヘリはアンドロイドたちの対空銃火を突破して、繁華街へと一目散に向かっていった。
* * *
出撃前に我々の任務は重大だ、と繰り返し聞かされたので、私はいい加減に嫌になっていた。
何だこの任務は。私は前に出たい。前に出て、敵を屠り、撃ち、殺し、殺されたりしたい。敵の頭を踏み躙りそして潰したい。
私の銃はその為にあるのだ。私の体はその為にあるのだ。私のこの頭脳はそれだけの為に存在するのだ。
どうしてこんな溝鼠のような真似をしなければならない。どうしてこんなつまらない行為を。どうしてこんな小賢しいことを。
その理由の一つは任務だからだ。二つ目は、見つかってしまったからだ。本当なら、あそこで全て終わらせる筈だったのに。
だがそれに関してどうして私を非難出来る? 誰が私を非難出来る? あれは仕方なかったのだ。間違いなく、全てが。
だから私は思いこそすれ、それを打ち明けることはしない。馬鹿々々しい。そんなことをして何になる。
服の黒ずんだところを見て、舌打ちする。後ろの仲間が咎めるような目つきでこちらを見る。
知るか。知ったことか。私は服が汚れるのが嫌いだ。大嫌いなのだ。その私がこうしているのは奇跡的なまでに異常だ。
どうせ私はたった一人の誰かではない。大勢の中の一人だ。故に気にされることは無いだろうが、可能なら服は綺麗でいたい。
不可能なら? いいだろう、私は階級社会に関して寛容だ。命令は遂行してやるし、必要そうなことは全部やってやる。
けれど私はいつかいつかいつか、本当にいつか仕返しだってしてやるぞ。命令者の乗ったヘリのネジ一本外すだけで殺せるんだ。
私には造作の無いことだし、疑われもすまい。手の中の銃は使えないが、いい。私の気を晴らすのに発砲は必ずしもいらない。
そうさ、これが終わったらすぐにやったっていい。私は素知らぬ顔で大勢の中の一に戻り、間抜け共は次が誰か慌てるだけだ。
それともいっそ、後ろの仲間二人を殺して敵に加担してしまおうか。簡単だ。私こそがこの三人の中で最も優れているのだから。
でなければ私がリーダーを任されることは有り得ない。リーダーは優れていなければならない。誰よりも、どんなことにおいても。
そうでないリーダーは決して信頼出来ないし、そうであるリーダーならどんな局面でも従うべきだ。
何故なら彼又は彼女は自分より優れているのであるし、劣等者が優等者に従うのは自然の摂理である。
頭を軽く振って、危険思想を捨てた。これこそ馬鹿々々しいの極みだ。先の見えた勝負ほど見たりやったりして面白くないものはない。
一つの例として挙げるなら、この戦闘だ。敵は弱小。我々は強大。だから我々が勝つ。見え過ぎだ。ハンデをやりたいくらいだ。
しかし我々はそうしない。当然そうしない。踏み潰し、蹂躙し、曝し、逆らうことのデメリットを見せ付けてやる。
その点では、敵は優秀な人材だ。いやはや、優秀な者たちだ。リーダーたちからして、その才能がある。
私は殺害対象の顔十一人分を思い出した。我らの側に所属する男と女の一部なら誰も彼もが認めるだろう。
彼女たちの肢体を弄び、破壊し、辱め、欲望の捌け口にしたいと。彼女たちを物にしてしまいたいと。
全く、我々の仲間にはまともな性的嗜好を持った奴らはいないのだろうか?
せめて、破壊は求めないでくれるとこちらの気分もまだ悪くはならないのだが。
溜め息を吐いた。一体、いつまで私はこうしてこの場所を移動し続ければいい。
随分長い間、強い光を見ていない。自分の持っている光だけが頼りだ。音は煩く聞こえてくるが、それがどうした。嬉しくない。
その上、時折弾丸が飛んで来る。当たりどころが悪ければ即死するというのに、ちゃんと防いでくれる遮蔽物は存在しない。
嫌気が差して来た。とっととここから抜け出して、仕事を済ませ、銃を片手に走り回り撃ちまくりたい。
私は戦争しに来たのだ。戦争とは闘争であり、闘争とは殺し合いであり、殺し合いとは銃撃戦か白兵戦か肉弾戦であり、
今私がやっているような暗く陰湿で闘争への冒涜とも受け取れるこのふざけた任務ではない。
反吐が出る。誰だ、こんなことを考えたピーナッツ野郎は? 私の銃で地獄へ強制送還してやる。お前の故郷だろう?
ああああああああああああああ銃が撃ちたい銃が撃ちたい銃が撃ちたい銃が撃ちたい銃が撃ちたい銃が撃ちたい。
戦闘は楽しい。殺し合いは興奮する。性的な意味でもあるし、純粋な意味でもある。
作戦規定で不許可とされていなければ、全ての感覚を快楽などに繋げるのに。
そうすると戦闘中私は情けない姿を曝すだろうが、少しの興味はある。実際にやれば死ぬかもしれないからやらないが。
目的地がやっと近づいてきた。私は今までの思考をクリアし、任務遂行の為の体に戻す。耳を澄ませて周囲の敵を捜索。敵無し。
ようやく、この忌々しい場所ともお去らばだ。銃を右手に握り、左手を下に叩きつける。通気口の蓋と共に私は下に落ちた。
ここは機関室。マルチアーノ十二姉妹の艦でもかなり重要な場所。ここの破壊が、私と残りの二人の任務。
それと補助機関室も狙わなければならないし、姉妹以外にも殺すべき人物がいる。そこには私だけが向かい、後の二人が爆破だ。
さてと。私はリュックサックから時限式の爆薬を取り出した。さて、仕事に掛かろう。
* * *
艦が揺れて、私は無様にも尻餅をついた。すぐに兵に状況の報告を命じる。
「機関部で火災、敵の侵入を許したかと思われます!」
いつまでも座ってはいられなかった。立ち上がる。誰かが向かわなければならない。
艦橋を見回す。一人でも欠ければ指揮に異常をきたすだろう。ならば私はどうか?
一時的に各防衛隊に委任し、私は侵入した敵の排除に回る。急いで済ませれば問題は無いだろう。
『エイプリルはここで全部隊の指揮をするべき』
止めた。彼女の言葉を忘れたのか? 排除は誰か別の者に任せよう。
艦に残った姉妹は、ジャニアリー、マーチ、私、メイ、ジューン、オーガスト、オクト、ノヴェ、ディッセ。
この内、ジューンは負傷の為除外だ。現在ニルソン様による治療と再調整が行われているけれど、前線復帰には時間が掛かるだろう。
防衛線で戦闘中の三人は除外。オーガストたちに任せるか。そうなら、誰に任せる? オーガスト?
いえ、違いますわね。この場合、オクトたちに任せるのが上策というものですわ。
一人ごちる。オクトたち三人なら、敵が複数でも対処出来るだろう。オーガストだけだと不安だ。
「オクト、ノヴェ、ディッセ」
──はーい!
──なにー?
──私たちいつまでここにいればいいのー?
変わらない調子で応答が帰ってきた。見える訳でもないのに私は頷き、補助機関室に向かうよう命じる。
機関室を破壊した敵が、補助機関室を破壊しないのはおかしい。考えられない。セオリーに反する。
セオリーを気にし過ぎるのは良くないが、無視するのはもっと良くない。
──りょうかーい!
──オッケー!
──今から向かうよー!
これで少し安心だ。くれぐれも気をつけて、死んだりなどしないように言い含める。
その上で、相手が何人か分からない以上交戦自体が正しいかどうか分からないが、敵の殲滅を命じ、
ニルソン様に敵を見せないようにとも言っておいた。彼は自分の娘と同じボディの敵を見たいとは望まないだろう。
私は吊るした拳銃を握った。左脇のルガーではなく、腰の右に吊るしたモーゼルだ。我らが母、マダム・マルチアーノの形見の一つ。
もう一つの形見である剣は、腰の後ろで使われる時を待っている。こんなものを使う状況は望まないが、必要ならしなければならない。
「オーガスト」
──何、お姉様?
「ジューンの容態はどうかしら」
オーガストは黙ったが、ニルソン様に確認する為の空白だったようだ。
すぐに通信は再開される。
──心配ないって。意識もあるし、私も大丈夫だと思うわ。
「ありがとう。そこで二人を守っていてね。あなただけが頼りなんだから」
──えへへ。任せて!
緩めた頬を引き締めて、戦闘の現場を指揮する仕事に戻る。
東部防衛線、西部防衛線、北部防衛線。そのどれも、突破の時は近かった。
もしこれで敵を退けさせる僅かな望みがあるとすれば、繁華街の敵に甚大な、莫大な被害を与え、全員揃って宇宙港に戻るか、
こちらの敵が増援を送らざるを得ない状況にしなければいけないか、もう一つの方法だ。
その方法は単純。我々が死力を尽くして戦い、奴らの喉元を食い千切る。だがそれは難しいだろう。
十数分ほど前に考えた起死回生の策を実行しなかったことに、私は自分への怒りを覚えた。
それは我々の隠れた場所から艦を移動し、繁華街の北部などに向かい、直接兵を拾うものだった。
そうして集めた兵と艦の兵器で東部の包囲された仲間を救出、我々は地面を這い蹲る虫を啄ばむ鳥になり、
最後には宇宙へと羽ばたくのである。逃げるのか、とも言われそうだが、逃げることに抵抗は無い。
撤退が必要な時もある。敵に背を向けなければならない時もある。それを理解出来ず厭い責める者は十二姉妹隊にはいらない。
兎に角だ。私は思った。兎に角、私たちは何とかして生き残らねばならない。この戦いに、私たちは勝たなければならないのだ。
* * *
銃声の方向に顔を向ける。この部屋は防音にしてあるのに、それさえも突き抜けて聞こえてくる。
心配はいらないと思いたいが、やはり不安だ。前線はどうなっているのだろう?
「ニルソン様」
ジューンがベッドの上で、苦しそうな響きの声を発した。
私は機器を操作しながらも、続きを促す。彼女はもう大丈夫だ。後は再調整だけ。しかしこれが中々時間を食う。
オーガストは出て行った三人を気にしているようだったが、警備の目は休ませていない。
「ジュライのことです」
彼女とジューンの間に発生したことは、粗方本人から聞いた。オーガストからも聞いた。
私はずっと疑問に思っていた。何故、ジュライはそんなことをしたのか? 何故、レーダーに引っ掛からなかったのか?
幸いそういった解決の目処が立たない問題や疑念に対する最も効果的な処方を私は知っている。放っておけばいいさ。
「言い忘れていたのですが、彼女は何かを持っていました。それがレーダーを無効化したのだと」
新たな手掛かりだ。私は頭の中で、彼女たちのデータを参照する。持っているだけでレーダーの無効化? そんなものを持たせたか?
それとも外から手に入れたものだろうか? どうやって。
考え方を変える。元から持っていた物とは思えないか? 外したのでは? フェブに搭載したレーダーの原理を思い出す。
シグナル。駄目だ、違う。これはそもそも敵地での潜入時危険だからとオン・オフを切り替えられる。
と、オーガストが私に何かを手渡そうとした。私はそれを受け取って、しげしげと眺める。見覚えがあった。知っていた。
姉妹のボディの中に埋め込まれた部品の一つだ。装着されている筈の部品の一つだ。そうか、これか。
これはレーダーの受信機の部品だ。これ単体ではレーダーには映らないし、これを取ったら受信機は作動せず、やはり映らない。
私はそれをデスクの上に置いた。彼女は本気で離反する気なのだろうか。戻ってくる気は無い? それとも、あるからこそ?
この部品は、もっと取り出し難い場所に配置するべきだったかもしれないな。
「何か、分かりましたか」
ジューンが訊ねた。私は答えるべきか迷った。彼女は信じたくなさそうだ。その思いを真っ向から否定することになってもいいのか?
彼女の目を見る。真っ直ぐだった。知りたいだけらしかった。どんな結果でも受け止めるだろう。
私も老いたのかもしれない。誰かの気持ちを理解しているような気になるなんて。
眼鏡を外し、レンズを拭いた。受信機のパーツだと教える。
彼女は目から力を抜いて瞑り、溜め息を吐いた。その心中を理解する術は私に無いが、慰める術は知っていた。
その選択が正しいか正しくないのかは分からなかったが、私は彼女に二言三言気休めの言葉を掛ける。
ジューンはそれには答えず、ナイフを所望した。オーガストが格納庫から拾って来たそれを渡す。
彼女はそれを撫で、枕元のすぐ手に取れる場所に置いた。
この少女には休息が必要だ。幾ら十二姉妹と言えど、あんな重傷を負ったのだ。
目を閉じさせる。布団を彼女の肩まで引き上げ、頭を撫でる。
ベッドを離れ、紅茶を淹れ、オーガストを呼ぶ。彼女はとてとてとこちらに寄って来て、マグカップに注いだ紅茶を美味しそうに飲んだ。
かなり近いところで銃声が始まった。二人してそちらに首を向ける。
誰の銃声かは明らかだ。オクト。ノヴェ。ディッセ。戦闘を始めたのだ。
ただ、おかしなことに銃声が一種類しか聞こえてこなかった。敵の銃は発砲されていないのか。
それなら、すぐに戦闘は終わるだろう。一方的にこちらの勝利だ。
紅茶を啜り、機器に近づく。ジューンが目を開いていた。駄目じゃないか、寝なくちゃ。
彼女は私を見るとナイフを握り、言った。
「いえ、ニルソン様。そんな暇はないようです」
そして部屋の天井を通る、通気パイプに向かって投げつける。刺さったところから、大量のオイルが垂れてきた。
* * *
「敵の数はどうなってる! 撃っても撃っても減りゃしないぞ!」
クソったれめ、僕だってそのくらい分かってる。落ち着け。黙れ。僕までパニックになりそうじゃないか。
東部戦線では依然として包囲が続き、撃滅の危機に陥っていると言うのに、僕ら北部戦線までこれか。
敵は何個連隊持って来たんだ、師団規模か? さっきから僕が何人撃ったと思ってる。
畜生、畜生と二度続けて呟いた。酷い。とても、酷い。
むせ返る硝煙の臭気が。さっき撃たれた右肩の痛みが。全くどうして、その極みだ。
本当に、今日で一体何人撃っただろう? ついこの前まで、この任務の前までは何人でも撃つ気だったが、
今となっては誰も撃ちたくなかった。もういい。もう十分だ。撃たないからお前らも撃つな。
……とはいえ、それは出来ない相談だろう。血の混じった唾液を吐き捨てる。畜生。あっちは僕たちを粛清しに来たのだ。
弾の残りが少ない。狙うべきはワンショット・ワンキルだ。一発につき一人。それでも、生き残るには不十分過ぎる。
取りに行けば弾はあるが、取りに行くまでに撃たれる確率の高さと言ったら無い。僕の計算では百五十パーセントはある。
一度撃たれて、もう一度撃たれる。分かっててそんなことするくらいなら、弾の節約を試みる方がマシってもんだ。
何てことだ。生来必殺、凡そ殺す為に生まれて来たこの我々が、今や殺される側だ。
僕は悪態を吐いた。何度も何度も吐いた。満足など到底得られる訳がない。それでも吐けば少し落ち着く。
北部戦線は持ち堪えていた。幾度か突破されそうになりながらも、その度に防御して凌いだ。
途中からは中央にいた三隊と合流、火力と人員を強化し、押しつつも攻め切れないでいた。
そこに増援だ。空を見た僕たちは大声で叫んだ。また鉄の雨だ。中からは敵が出て来る。
敵が市街戦慣れしていないようで助かっているが、いい加減少しは分かって来るだろう。
精鋭とは、どんな状況においても適応してしまうような者のことだ。たった一つのタイプでしか活躍出来ない者は引っ込んでろ。
だけど、僕たちだって精鋭だ。仲間も同じことを言った。僕はそいつの肩を叩いて、この戦いの間一緒に行動することにした。
隣の部屋から怒鳴り声が聞こえて来る。銃声が大きいので、負けないようにあらん限りの声だ。
「ハンス、パンツァーファウストを持って来い! あの建物にぶち込んでやる! ヴィクトールも手伝え!」
ちぇっ、彼も僕も撃たれちまう。ジャニアリー隊隊長の人使いの荒さを生き残って後世に伝えなければ、
この後に入隊するかもしれない幾百人もが酷い目に遭うだろう。自分で行けよ。
ハンスは廊下の窓の傍まで来て止まった。そこは敵側に窓を付けていて、仲間が良く撃たれる。
僕は止まるどころか引き返してしまいたかった。
ここを三秒と掛からずに通り過ぎるより、ずっと僕のいた別の窓際で敵を撃っている方が銃弾が当たらないのだ。
行くなら伏せて行くしかない。血の海になっているこの道だが、その構成員の一人になりたくはない。
僕が先、ハンスが後だ。ちょっとずつ、バレないように進む。窓を通り過ぎても、立ち上がりはしない。
角度によっては見えてしまう。そうすればめでたく僕も死傷者の仲間入りだ。
死ぬのはお断りである。まあ傷つくのもお断りだし、傷ついた程度では戦闘続行だが。
ここを出て行けるのは死人だけだろう。敵の数がこれ以上増えれば、そうなることは間違いない。
やっと危険区域を抜けた。僕は用心深く立ち上がり、パンツァーファウストの箱を探す。
敵の無反動砲が近くに着弾して、建物が揺れる。この建物の設計者には僕から五百宇宙ドルの賞金だ。
何発の無反動砲に耐えたか、僕は途中まで数えて止めてしまった。最後まで数えられるとは思えない。
箱を見つけた。が、このまま持って行く訳には行かない。さっき通った廊下で撃たれる。
僕は二箱ほど危険区域の直前まで運び、銃で突いて押しやった。
それから匍匐前進で安全なところまで行き、弾倉に引っ掛けて引き寄せる。
ハンスもそうして、僕たちは隊長のところに戻った。彼に全部渡すと、彼は僕を不思議そうな目で見て、それからこう言った。
「お前らの親父さんは教えなかったのか? 困っている奴には手を貸してやれって!」
僕たち二人は散々汚い言葉を吐き散らしながら、箱の中に入っていたパンツァーファウストを二本ずつ取った。
一箱に付き二本で、僕たちは計四箱持って来たので、隊長の分もしっかり残っている。
「喉が渇いたな、君はどうだ?」
僕もだ。これが終わったらまず、水を飲みたい。あ、生きて終われたら、と付け加えておこう。
水を飲んだら食事だ。ジュライ様やジャニアリー様にお願いして、何か作って貰おう。
彼女たちだってこんな激戦を戦い抜いた部下に一食作ってくれるくらいの褒美はするべきだ。
ああ、意外性という点でエイプリル様もいいかもしれない。ジューン様は質素で素朴な感じだろう。
メイ様は……ジャンクフードだな、間違いない。オーガスト様には、悪いがちょっと遠慮して頂こう。作れるのかどうか心配だし。
オクト様たちに到っては食べる専門だろう。
「合図で一気に撃つぞ! ヴィクトール、構えるんだ!」
分かってるよ。分かってるさ。そんなの夢だ。生きて帰れるかどうかも分からないんだからな。
肩に担ぎ、窓から狙いをつける。すぐ横を銃弾が擦過音と一緒に過ぎ去って行った。
合図はまだ来ない。視界に、僕に向かって銃を向ける男が入った。撃ちたい。死ぬぞ、これ。放っといたら。死ぬよ。
「撃てッ!」
引金を引く。パンツァーファウストが発射される時の音は形容し難い。当たった時の音は、豚肉を鉄板に叩き付けた時の音だ。
僕の発射した弾は、狙いを微妙に外れて着弾した。が、これは良い間違いという奴だ。
狙ったのは窓で壁ではなかったのだが、当たった壁が脆くなっていたのか、崩れた。
それが建物の崩壊を引き起こしたのである。僕のいたのは銃器店の二階だったので無論、一階から崩れたのではない。
でもこの状況で一階層潰したのは殊勲章ものだぞ。隊長とハンスと分け合って銅星章でも、十分魅力的である。それで二つ目の星だ。
撃ち終わったパンツァーファウストは棍棒にしかならないので捨て、僕は銃を構えて撃った。
ジャニアリー様直々に、銅星章とは別の星が一つばかり貰えるように、ちょいと手柄を立てておくかな。
* * *
ヘリのローター音が聞こえて、俺は恐怖を覚えた。この繁華街東部戦線に敵はヘリを投入している!
俺はヘリに搭乗して戦闘したことが何回かあった。その時の敵に対する掃射を何度もやった。
ギルドヘリに搭載された高性能高回転高威力で安価な無痛ガンが奴ら地虫を穿り返し乳白色のミンチにした瞬間を、
良く良く良く良く覚えている。俺はああはなりたくないもんだと思った。
今、敵はそのヘリを投入しているのだ!
撃墜の方法は無い。無反動砲があれば無理ではないが、俺たちはそんなものを持っていない。
しかし敵はどうだ? 奴らが無反動砲を運用しているのを見たぞ。探せばあるかもしれない。
現在位置を確認する。俺はホテル・イーノスの三階西だ。走り回れば全方位を探せる。最高の位置じゃないか。
手近な窓から下を見る。いない。見落としているのかもしれないので、注意深く眺める。確かに、いない。
流石に最初からあるとは思っちゃない。あれば良かったと考えたのは事実だが、物事そう上手く行かないものだ。
北か南か。迷っても意味は無い、北に行こう。仲間たちは口々に上を見て叫んでいる。お前らも動けよ。
ある一人が、トラックの無線を取る為に下へ向かっていった。無線で敵を撃墜する気か?
まともな考えを持っているのは俺だけのようだ。窓に辿り着く。敵の銃火は別の方向に集中している。今の内だ。
探す。探す。一生懸命探す。皆を救えるのは俺だけだ。俺が全員の命を救うのだ。
こちらにも無い、と諦めかけた時だった。隠蔽された無反動砲を見つけた。敵が二人いる。射手と装填手。
俺は狙いをつけて、セミオートで三発発砲した。一発は射手を捉え、彼はばったりと倒れる。
二発は外れた。暗いから仕方ない。見つけたのが驚きだ。装填手が逃げようとするところに、数発。彼も仕留めた。
その結果を見るや否や、駆け出す。急いで敵が回収する前に弾薬と無反動砲を奪うのだ。
奪った後は屋上でぶっ放す。撃てるのは一発だけだろう。それを外せば命は無い。
それがどうした? 一発撃てるのがそもそも上等な条件なのだ。本来は、小銃で応戦しなければならなかったのだから。
階段を飛び降り、驚く仲間を突き飛ばし、裏口へ向かう。少々遠回りになるが、裏口から行った方が撃たれる確率が低い。
ここまで上手くやっても、その後死んでは意味が無いのだ。落ち着いて、賢く任務を遂行しなければならない。
瓦礫の山に身を隠し、隙間から窺う。周辺に敵はいるように見えない。
飛び出したくなるけれど、それは浅い考えだ。冷静ではなく、死にかねない。
敵は隠れているのだ。俺を待ち受けているのだ。そう考えて行動して損は無い。少なくとも、今は。
銃をセミオートからフルオートにする。一発撃ちたいなら、指切り射撃で撃てばいい。それくらい出来る。
にしても、敵は余裕を見せているのか? ミニガンの音が一向に聞こえない。
敵味方の判別の為にビーコンが置けないのかもしれない。仕方ないことだ。酷い銃撃戦だからな。前に出て行けば死ぬ。下がっても死ぬ。
皆真ん中でくたばって行くんだ、皆。撃たれて、爆発で、色んな方法で殺されていくんだ。
交わす銃火が激しくなった。今だ。走る。敵がこちらに気付いた風は無い。まずまずの調子だ。
この調子を維持して行きたい。無反動砲と、弾薬五発を取った。中に一発入っているので、計六発だ。
俺が死んでも誰かが拾って使ってくれるだろう。一発が当てられればいいのだが。それが一番の展開だ。
空を見上げる。空は既に黒く、ヘリが視認出来るのは繁華街故の明かりによる。
今は何時だ? 俺の時計を見る気にはならなかった。戦闘の最中に壊れてそうだ。折角いい時計を買ったのに。数ヶ月前だぞ?
八百五十宇宙ドルの品が壊れている様を見るのは気に食わない。それよりも戦闘に集中だ。
間隙を突いて走る。敵がやっと気付いた。俺の周囲に銃弾が降る。味方が気付いて援護してくれた。心の中で飛び切りの感謝をする。
ホテルに入っても足は休めない。重い無反動砲を担ぎ、屋上に向かう。誰かが付いて来た。
装填手をやる気か? 危険だって言うのに、勇気のある奴もいたもんだ。
屋上に出た。息を切らせながら無反動砲を構える。装填手を待った。彼はすぐに到着したが、定位置には付かなかった。
「お前は一体、無反動砲を担いで何をやってるんだ?」
俺が聞きたい。何をやってるんだ、お前は。敵だぞ。ヘリなんだぞ!
ヘリを撃墜しなくちゃならないんだよ、装填手。俺がそういうと、彼は溜め息を吐いて後部のハッチを開いた。
これこそ何をやっているんだ、である。撃てない。彼は寝返ったのか? 気が狂ったのか?
だが殴りかからんとする俺を押し留めて、彼は指差した。
ヘリが敵の陣地を撃ちまくっている。何故だ? どうして。敵が敵を撃っている?
「マーキングを見るんだ、坊や。君は随分馬鹿なことをしてるぞ」
言われて、確かめる。気付いた。俺は何という屑野郎だ。節穴野郎なんだ。
操縦席の隣、助手席に、フェブ様の姿が見えた。彼女は情報支援を行っているようだ。
ミニガンは発射され続ける。地面を耕し続ける。敵兵を打ち倒し続ける。
唸りを上げて高速回転し、とんでもない威力と量の銃弾を吐き出す、ここにおいては最強の銃。
銃弾が敵を嘗め尽くすのを見て、手を揉みながら俺は思った。いやはや、ああはなりたくないもんだ。
* * *
ジューンが通気パイプから引き摺り出した敵を見て、ニルソンは顔を悲しみに歪めた。
オーガストも聞いてはいたのだろうが、実物を目の当たりにして体に強張りが生まれている。
投擲したナイフは喉元を貫いていた。オクト型のアンドロイドは神経の損傷により、殆ど動けないようだ。
ナイフを引き抜くと、オイルが噴出した。辺りの床に、赤と黒の中間の色が緩やかに広がって行く。
白かった服は完全に染まっている。機械音を立てながらそのアンドロイドはニルソンを見つめた。
最早這う力さえも残っていないのに、彼の方向へと手を動かす。
敵の行為を見てジューンは頭を振り、ナイフに付着したオイルを拭いてから、振り下ろさんと高く構えた。それをニルソンが制止する。
彼女は彼を一瞥すると、ナイフをデスクに置いた。だが、手は柄に掛かったままだ。
許可さえ下りれば、すぐに首を両断する気だった。
「分かってたんだ」
ニルソンは呟いて、オクト型アンドロイドの傍にしゃがみ、彼女の体を抱き起こす。
アンドロイドがのろのろと手を彼の首に掛けるが、どんなに力を入れても、ニルソンの首に痣をつけることすら叶わない。
「彼らはこういうことをする敵だ。私だって良く知ってる。覚悟はしてたさ」
動きが段々と緩慢になって行く。目の焦点が合っていないようだ。
そうして暫くすると、彼女は完全に動かなくなった。ニルソンはガラス細工を扱うようにそれを床に横たえた。
「だけど、やはり、悲しいね」
ジューンがナイフを握って、アンドロイドを完全に破壊しようとしたが、
もう死んでいるよ、とニルソンに言われて止める。
彼はオーガストを呼び、研究室の備品である毛布を取って来させた。
「ジューン、悪いけれど彼女をそれで包んでやってくれ。例え敵でも、彼女は私の娘みたいなものなんだ」
彼女は研究室の奥に行こうとするニルソンを呼び止めようとしたが、止められなかった。
オーガストと二人で名前があるかどうかも分からないそのオクト型アンドロイドを包む。
ジューンは少しの間その毛布を見ていたが、やがてナイフを持って研究室を出た。
足を向けたのは銃声の方向。一種類しかない銃声の謎が、直前に解けていた。
彼女たちは三人組で侵入したのだ。同じ服を着て、同じ銃を持って、同じような口調で、ギルド兵を欺いて。
残りの二人は何処に行ったか、考えるまでもない。補助機関室だ。今頃、三対二で戦闘中だろう。
どちらがどちらなのか見分けるなら数だ。後は、服の汚れ具合。通気パイプの塵で汚くなっているだろう。
MP5の発砲音が近づいてきた。跳弾の音も聞こえる。当たらないように気をつけなければならない。
角を右に曲がる。視界に飛び込んで来るのは二人の少女。
十字路の向こうとこちらに一人ずつ。敵だ。ナイフを構えて、速度を速める。
後になって、ジューンはこの時の自分が如何に余裕を失っていたかを悟り、幸運を感謝した。
彼女から見て右になる十字路の通路から、三人目の少女が飛び出して来たのである。
ジューンはそれを見て腕と足に急制動を掛けたので、危うく転倒するところだった。
「ジューン?」
オクトが首を曲げて彼女を見る。ノヴェやディッセも同じく。
「いや……その、何だ」
まさか敵と間違えた、などとは言えず、言葉を濁す。
それからナイフを今度こそ敵に向け、ジュライの斬撃に中断させられていた彼女の戦闘が再開された。
最終更新:2008年02月24日 20:47