驚いたことに、年末型アンドロイド兵の首を切り取ると彼女は死んでしまった。
電源との接続がオフラインになっただけだろうと思い首の切断面から生えるケーブルを繋いでみたが、生き返る様子は見られなかった。
理屈は良く分からなかったが、彼女がどうなったのかは分かる。死んだのだ。オリジナルとは違って死に易いらしい。
これが大量生産品の悪いところだ。私は刀を鞘に戻し、これからどうするかを考えることにした。
情報が欲しいのは変わらない。だが分隊長や小隊長クラスの兵士を捜索するのは余りにも手間が掛かる。襲撃するしかない。
決まったのなら行動に限る。百名と予想したアンドロイド兵たちは実際に近づくと六十名ほどだったが、兵力としては十分な数だ。
後方に戻るとは考えられない。ならば、彼女たちを相手にする危険は考えなくていい。楽になるというものだ。
まずは敵兵の数を見極めねばならない。幾ら十二姉妹の一人で、その上その中でも技量は随一の自負ある自分と言えど、
数の前には無力な一だ。私は出来ることと出来ないことを判別出来ないような者ではない。
案を考えるべきだ。陽動、奇襲、潜入、隠密行動、偽情報の流布、色々と手はある。組み合わせてもいい。
一つずつ考えていくとしよう。陽動、これはどうか。アンドロイド兵の体から手榴弾三個を取っている。
これを使い、車輌や突撃艇の爆発を巻き起こし、兵が確認に向かう隙に司令部を捜索させて貰う。悪くない、採用候補その一。
奇襲。論外だ。これは兵力がそれなりにある場合に限る。一対大多数の戦闘で奇襲も何も無い。不採用。
潜入。敵ギルド兵を一名殺害し、その装甲服を盗んで着用、敵の目を誤魔化す。これも危険と隣り合わせだ。
グレイスランドのミスターのように上手く行くとは限らない。サイズが合う兵がいるかどうかも不明。
何か尋ねられれば殆ど一発で看破される。その上、最終的にどうせ誰かが死ぬのだ。戦闘になるなら最初からの方がいい。
これも不採用としよう。メリットとデメリットの差が大き過ぎる。
隠密行動。姿を隠して接近、司令部の人員を気付かれぬ内に殺害し、気付かれる前に情報だけ貰って逃げる。
無理だ。数百の目を欺き通すのは難しい。陽動と組み合わせれば若しくは、くらいの有用性だ。保留。
偽情報の流布。少し前に拷問した男の声紋パターンをこちらで出来るだけ解析、呼び掛けて兵を移す。
フェブほどのものではないが、声の偽造は可能だ。これもいい案だろう。採用候補その二とする。
纏めると、陽動に偽情報の流布、隠密行動か。それら三つなら全て実行出来る。
戦闘になれば情報は放り出して逃げればいい。彼らの警戒が一時的にきつくなっても、その後は以前より緩くなるものだ。
後方の指揮センターが近づいて来た。そろそろ危険なブロックだ。ビルか何処か、高いところから監視するのがいい。
良さそうなビル、アパートを探す。発見。それほど高い訳ではないが、監視には丁度いい高さだ。
敵兵がそこに陣取っているといけないので、刀を抜いて警戒しつつ進む。一つの物音も聞き逃さないように注意する。
正面玄関より侵入。辺りには敵兵無し。右の通路は瓦礫で埋まっている。中央も同じ。生きている通路は左だけか。
体を壁にくっつけて、刀の切っ先を少しだけ出す。暗くて分かり辛いが、曲がった先には誰もいないようだ。
安心して、しかし気は抜かずに前進する。角を曲がり直進する。二つに道が分かれていたが、一つは行き止まりのようだ。
もう一つが階段に通じていた。落ちている石の欠片を踏んで音を立てないように気をつける。
階段前にも敵兵はいない。このビルにはいないのかもしれない、と思った。
けれども私のやり方は、完全に否定されるまでは敵がいるものとして行動する、だ。早合点は良くない。油断を生む。
階段を一段一段上がって、敵の気配に神経を研ぎ澄ませる。話し声が聞こえたような気がした。身を硬くして、確認。
一、二、三人いる。何を話しているのかも聞いておこう。思わぬ情報になるかもしれない。
「ヴィート分隊長とティリンギャーストが何処に行ったのか知らないのか? このビルにお前ら二人しかいないってことも無いだろう」
「生憎と接近経路監視班なんかに二人以上割けない、ってのが指揮センターのお言葉でね。
あの二人、指揮センターに行ったんじゃないのか? 分隊長の方が現地総指揮官に一発ぶち込んでやるって息巻いてたぜ」
「いや、それは無い。俺たち三人でさっき行ったんだ。門前払いを食らった。危うく逃亡兵として粛清されるところだった」
じゃああんたは見捨てられたんじゃないのか、と黙っていた方の兵が言った。
強い視線で睨みつけ、それも有り得ないと断言する。ヴィート分隊長たちと彼は強い絆で結ばれているようだ。
それ以上彼らは喋ろうとしなかったので、私は刀を構えて突っ込む準備をした。
彼らの配置は分からないが、このビルには彼ら三人しかいないらしい。一瞬で済ませれば連絡も大丈夫だろう。
定時連絡がいつあるかが問題だ。連絡が途絶えれば、敵はこちらに兵を向かわせる。
それをもって陽動としてもいいが、逃げる手段も考えておかなければならない。行き当たりばったりほど死の確率を高めるものはない。
「なあ、スタインベック。俺が思うに、彼らは──」
飛び出した。配置を把握。背を向けて椅子に腰掛けている兵二人、その反対側の椅子に掛け、顔を向けている兵一人。簡単だ。
彼らの位置は二等辺三角形に結べた。一閃で二人の首が飛ぶ。スタインベックと呼ばれた兵が銃を構えようとする。いい反応だと思う。
されど銃声轟かず、彼に銀色の殺意が突き刺さる。身を折って咳き込んだ。肺に傷がついたのだろうか?
ヘルメットを取る。これで連絡は出来ない。彼は指揮センターに行ったと言っていた。なら、大まかな兵員の数を教えて貰えるだろう。
刺さった刀を抜くと、彼は椅子から落ちた。首を掴んで無理矢理立たせ、刀の柄で腹部を殴打する。
装甲服の上からなので気絶はしない。但し非常に痛い。傷口が近くにあるのだから当然である。
「指揮センターに行ったと言いましたわね?」
さて、本日二度目の拷問だ。手早く済ませよう。
* * *
艦内戦闘には終止符を打てた。これからは繁華街に重点を置くべきだ。エイプリルの少なくとも現時点での考えは、こういうものだった。
あちらには片付けなければいけない問題が山積している。フェブたちや弾薬調達班残留者と負傷者の救助、
東部戦線の包囲網突破と救出、南部にあると思われる敵指揮所の破壊、大雑把にあげてもこうだ。
それなのに今、ジャニアリーは敵にセプと同型のアンドロイド兵がおり交戦したと報告してくるし、
メイは北部にある城に新種のアンドロイド兵がいると報告してくるし、率直に言えば手が足りなかった。
フェブ作製の地図を見て、城の位置を確認する。自分が行くことになるかもしれない。
ジャニアリーがここに戻り次第彼女に全権を一時委譲し、そちらに向かう予定だった。
マーチに任せるのも考えはしたが、彼女はその器ではないと判断してのことだ。それに、彼女自身が望まないだろう。
彼女は前線で戦う方が性に合っているらしい。肉弾戦、白兵戦が好みだと公言しているだけはある。
その点、ジャニアリーなら任せられた。彼女は普段からエイプリルのことをライバル視していたので、それなりに自信はあるのだろう。
ジュライがいればと心に浮かんだが、そんな思いは捻じ伏せた。いない者のことを思って何になる。
回線を繁華街北部の弾薬調達班に開き、状況を尋ねる。
「こちら母艦ですわ。状況Aの打開は済みましたの? どうぞ」
状況Aとは、『フェブのヘリが墜落した』状況のことだ。つまりこれは、救出作業は完了したか、という意味だった。
通信に出た兵は全員無事であることを告げ、一分一秒でも速く救援を寄越してくれなければ、こちらは全滅だと言った。
「了解しましたわ。至急」
そこで迷った。兵を送るのはいい。だが兵だけで打破出来る状況か? そうとは思えない。十二姉妹の力が必要だ。
現時点で手の空いている十二姉妹はオーガストたち第三世代だけだった。躊躇する。彼女たちを出していいのか?
考え込んで、エイプリルは答えを出した。彼女たちも十二姉妹の一員だ。覚悟は出来ている筈だ。
東部戦線にも回線を開き、オーガストたちと自分の聞いている情報を同期させる。
エイプリルの聞いた音声は全てオーガスト、オクト、ノヴェ、ディッセに伝わる訳だ。
彼女たちは皆漏れなく、部下たちの苦戦の様と死に近づきつつある様子を感じ取らせるような声を聞くことになった。
銃声、爆発音、戦場には極々有り触れた、沢山の悪夢。叫びと聞こえたと共に、一つ二つの命が消えていくのだ。
「今から北部戦線、東部戦線の救援に向かって貰いますわ。準備出来次第、艦橋に来なさい」
それだけ言い残して第三世代たちとの回線を切り、北部戦線の通信に戻る。
「至急オーガストを隊長として、救援隊を編成します。これは命令ですわ、到着まで持ち堪えなさい」
兵は頼りなさげに了解、と言った。ジャニアリーの帰艦を知らせる声が届く。
帰って来た彼女を見てエイプリルは吃驚した。一体彼女に何があったのだ?
服は土に汚れ、顔にも泥が付着している。二挺のP90があった筈が、一挺しか持っていない。
挙げて行けばキリがないのでエイプリルは変貌の理由を問わず、彼女に指揮権を委譲した。
エイプリルはセプの同型機と戦闘したことで彼女が精神的なダメージを被ったのかと思ったものの、
彼女は普段と変わらない様子の憎まれ口を叩いたので、安心して任せることが出来た。
艦にいる弾薬調達班を集め、再編成し、残ったトラックに分乗してオーガストたちと救援に向かうよう命じる。
彼らは倒れそうな顔つきだったが、士気は高かった。勝利を確信していた。十二姉妹隊が負けるものか、俺たちは勝つんだと。
頼もしい兵たちだ。彼らなら言っていることを現実のものに出来る。エイプリルもまた、勝利を確信した。
メイの位置を目指して走る。城の場所は頭の中に入っていた。詳細な位置は近づいてからでいい。
走りながら、やはりオーガストたちが心配になったが、十二姉妹なのだし、いつまでも子供ではないと言い聞かせ、
エイプリルは心配を捨てることにした。私が彼女を信頼せずに、誰が信頼するというのだ?
オーガストへの信頼で心配を打ち払った今、彼女の心には、古城の敵しか問題が残っていなかった。勿論、それは誤りだったのだが。
* * *
通信回線を切ることを思いついたのは、十分過ぎるほどに阿鼻叫喚の地獄を耳で体感してからだった。
この戦闘が始まって以来、自分は安全な場所にいたのだと、オーガストは痛感する。
ニルソン様を守るという重要な任務があったのは事実だ。自分たちがいなければならなかったのは事実だ。
しかし今は? 最早敵は艦内から撤退を終えた。この期に及んでここに留まる意味はあるのか?
自分たちは包囲された味方を、少数の兵のみで守り通している陣地を、敵の手から救う為に出撃するべきではないのか?
答えは明白だった。その通りだ。それこそ正しい選択だ。我々は騎兵隊となって、敵を全滅させるまで戦うべきなのだ。
そうだ。自分たちの役に立つ時が来た。今こそ、その時だ。武器を持ち前進するのだ。
ニルソン様は心配するだろう。他の姉妹たちも心配するかもしれない。そうだったとしても前進する。
多少の被害には関わらず、失うより多くを守る為だ。我々を信じる部下を守る為だ。
十二姉妹隊は味方を絶対に見捨てない。一兵たりとも見捨てない。最後の最後まで、救援の為に努力する。
それが叶わず死んでしまったとしてもだ、その死体を放置したりなどしない。回収ししかるべき別れを告げるまで、努力を続ける。
我々の誇りの一つだ。味方は、絶対に、見捨てたりなんてしない!
オーガストは、オクトたちと共に進撃を開始しようと彼女たちの方を向き、駭然とした。
百戦錬磨の十二姉妹が。オクト、ノヴェ、ディッセが。妹たちが。
泣きそうな顔になっていた。己の分身さえも容赦無く打倒し、圧倒的多数の軍勢と相対しても怯まなかった少女が。
彼女らなりに愛し、大切にし、平時なら外見相応の少女として幾人かは特に慕っていた兵たちが、
呻吟し死にそうになり呪いの言葉を吐き散らしその価値ある命を散らしていることを理解し、
このままでは最終的に訪れるかもしれない孤独への恐怖を感じて、初めて泣きそうになっていた。
戦意を喪失し、ただの少女のように縮こまり、現実から逃避しようとする彼女たちに、オーガストが手を差し伸べる。
彼女も怖かった。死ぬかもしれない。大切な部下たちが、男たちが、死んでしまうかもしれない。
幾人かは既にそうなっているだろう。オーガストは素直にそれを認めた。
それでも。それでもだ。それでも、彼女は立ち上がって戦おうと思った。彼女は死が怖かった。怖くはあった。
だがそれ以上に、彼女自身も陳腐だとは思ったがそれ以上に、部下を、姉たちを失望させたくは無かった。
自分一人が安全な場所にいるのは我慢がならなかった。恐らく彼女の隊のどの兵士より勇敢な少女は、
よって武器を取ることを決定したのである。一癖も二癖もあるが尊敬する姉たちに、失望の念だけは抱かれたくないと。
「お姉様たちだって頑張ってるんだもん。私たちも頑張ればなんとかなるよ」
三人は顔を上げた。オーガストは、彼女たちが自分の手に右手を伸ばしてくれると信じた。
この幼い妹たちが絶対に、責任と義務を放棄するほどの幼さだとは思わなかった。
そうして、最後の一押し。誰かが、誰かが繋がりを持たせて、
彼女たちが恐れと悲しみに対して孤独ではないことを認識させなければならなかった。
その一押しを、オーガストは力強く宣言する。そうなのだ、と、否定など到底出来ようもない力が、その言葉には込められていた。
「家族だもん」
ゆっくりと確かな動きでオクトは、ノヴェは、ディッセは、オーガストの右手を取り、立ち上がった。
オーガストは彼女たちを誇りに思い、こんな妹たちを持てた自分を幸福に思い、彼女たちの信じる自分を誇りに思った。
ハンカチをポケットから取り出し、三人の手の掛かる妹の目を拭う。ここより先に、涙は必要無い。
拭き終わったハンカチを仕舞い込み、オーガストはそれ以上何も言うことなく踵を返し、前進を開始した。
後ろからははっきり、三人分の足音が付いて来る。やがてその足音は走る者の立てるそれに変化した。
目指すは艦橋、そして弾薬調達班。最後には、燃料調達班の兵たちを助け出す。
迷いは無かった。信頼する家族と共に突き進み、敵を突破し、姉妹たちと部下を助けるのだ。
* * *
遅い。メイは判断を迫られていた。このまま太陽が昇ってしまえば、気付かれる公算が大きい。
エイプリルは何をしているのか、と思った。通信で尋ねようかと思ったが、傍受のことを思い出して止める。
報告も通信ではなく、兵を走らせれば良かったかもしれない。もし傍受されていたら?
無線機での傍受は無いだろうが、同じアンドロイドならやるかもしれない。フェブなら答えを出してくれただろう。今度訊いてみよう。
何にせよ、有りうるかもしれないことを態々試して確認するのは愚かとしか言いようが無い。
メイは兵を向かわせることにした。擦れ違いになるかもしれない、とは思わなかった。
昇り切ってはいないが、太陽は上昇を続けている。辺りは相当明るくなった。動きが捉えられ易い。
匍匐前進で距離を取った後、腰を低くして移動するように命じる。彼は頷いた。
敵に見つからないように行動するのは狙撃手にとって必須の行為だ。
しかしながら、彼の敵がギルド兵なら安全性に全幅の信頼を寄せられるが、アンドロイド相手には無意味に近い。
見つからないとは兵自身も思っていなかったようで、まず敵の可視範囲から外れるように移動しだす。
丘のふもとまで下りてしまえば、見つかる危険性も段違いに落ちるだろう。
行ったのを最後まで見ずに、メイはスパスを掴んで体に引き寄せた。自分も、いつまでもここに寝そべっているのは嫌だ。
肘を使って、のろのろと、確実に前へと進む。アンドロイドは尚、古城のテラスから外を見つめている。
方角は南東。繁華街の方か? 何を見ているのかは興味は無かったが、視線がこちら付近に落ちて来ないのは楽だった。
草の上をじりじりと進む。こちらを見るなよ。見られれば戦闘が始まってしまう。
アンドロイドの顔が、ふいと別の方向を向いた。ああ……クソっ! 兵を見つけやがった!
腕が上がり、ライフルを片手で構える。やっぱりアンドロイドだ。じゃなきゃ、片手撃ちで当てようとはしない。
メイがショットガンを構えるより先に銃声が聞こえた。メイは銃口から吹き出る煙の多さに驚き、ライフルの種類を悟った。対物だ。
狙い、撃つ。強力な一粒弾だ。命中しなくても、こちらに銃口を向けさせられれば部下は助かる。
テラスの手すりに着弾。こちらを向いたのが動きで分かる。自分にも気付いたのだ、戦闘を始めるだろう。
立ち上がり、城の入り口へ走る。近づいて見てみると、城のような洋館のような造りだった。古いことには変わりないさ。
正面玄関のドアは施錠されていたが、蹴ったら開いた。招かれざる客で悪いね。
対物ライフルを使うような手合いを相手するには室内が一番だ。狭い中で、取り回しの悪いライフルは最悪の使い勝手だからである。
悪い場合は、撃つことも儘ならない。その点、メイのショットガンはストックが無く、取り回しにおいては最高だ。
一粒弾だから威力も通常弾より高い。アンドロイド戦に備えて装填しておいたものだったが、メイは自分の判断を褒めてやりたかった。
それにしても、やっぱりこれは城というより洋館の気がする。メイは入って周囲を見るとそう思うのを止められなかった。
広いホール、両サイドに緩やかに曲がりつつ上昇する階段、三面に配置されたドア。テラスへはどう行くのだろうか。
勘に頼って進むしかなかった。ショットガンを携えて、まず上の階層に行くことにする。
高さから考えて、敵のいたテラスは三階か四階くらいだ。階段を駆け上がり、その先にあった観音開きのドアを銃で開く。
開けた先には誰もおらず回の字の通路があり、見ると二階と一階が吹き抜けになっているようだ。下階層の食堂が見えた。
大きな長いテーブルに食器と席が十四人分。料理は出されていないが、それさえあれば食事が今すぐ出来そうだ。
テーブルの上に置かれた燭台の蝋燭が灯っている。まだ長いということは、火を点けて時間が経っていないということだ。
十四人分の食器と席は何を意味するのだろう? 十四人の敵がいるということか? それなら、単身の突入は早計だったかもしれない。
一度退き、兵を率いて進軍した方が良かったのかもしれない。
頭を振る。どうせ分かっていなかったことだ。分からなかった情報で今のことを何だかんだと言うのは馬鹿げている。
メイはその通路の反対側にあるドアに目をやって、それからそのドアが開くのを目にした。
銃を構えて狙いを定める。開いたのは年末型。驚いたようだった。彼女は急いでドアを閉め逃げようとした。発砲。ドアに突き刺さる。
分厚い木のドアだったので貫通したとしても敵までを殺すのは不可能だろう。メイは後を追う。
あれを追えばテラスのアンドロイドに辿り着けるような気がした。
* * *
負傷者の数は増え続け、コヨーテたちにも被害者が出ている。ヘリのローター音は爆発と共に止み、ミニガンの音だけが続いている。
我々燃料調達班の窮地は未だに改善されていない。繁華街の戦闘は酷いものだ。特に、敵の増援が酷かった。
オクト、ノヴェ、ディッセ様の顔をした、全く中身に同一点の無いアンドロイド。
無反動砲か手榴弾を使って纏めて倒すのが一番手っ取り早いが、そうそう上手く行くものではない。
最初は三十名程度だったのが、更に増援が来て八十名から九十名に増えた。
それ以来、こちらはずっと頭を下げていないと撃たれる。頭を下げていても撃たれる。どうしようも無い状況だ。
「ユーリー、救援はまだ来ないのか?」
そんな中でもニット帽は飄々としていた。撃たれるのも結構、死ぬのも結構といった態度だった。
「当分は来ないだろう。それより、装甲車を破壊出来ないのか?」
北部戦線にいたらしい装甲車二輌が東部戦線に向かってきた時、我々は嘆いたものだ。
弾薬調達班が屠ってくれれば良かったのに。五名しか人員を残さないからこうなる。
敵弾が、瓦礫に腰掛けているコヨーテの纏め役であるニット帽の男の帽子を掠った。一向に動じない。
俺は地面に伏せて、敵の銃撃の合間に銃を突き出して反撃しているというのに、こいつと来たら。
最初は反目していたし罵詈雑言と煙草には今でも嫌な気分だが、頼れる相手だ。馬鹿じゃないかとも思うが。
短くなった煙草を足で踏み消し、彼は新しい煙草を出した。これで七本目だ。吸い過ぎだろう。こちらの健康被害を考えて欲しいね。
「水が少なくなって来たな」
隣で同じように戦っている男が呟いた。頷く。弾薬は十分にあったが、水と食料が問題だ。
「海賊亭に行くかい?」
ニット帽が茶化す。笑うだけの余裕は無いが、返答するくらいは出来た。
「これが終わったらな」
振動。流石にニット帽も伏せた。というか、瓦礫から転げ落ちたの方が正しい。
敵の無反動砲が着弾したのだ。奴らはしつこくしつこく撃ってくる。しかし、位置が分からなかった。
「あそこだ、ユーリー。あの建物を見ろ」
隣の兵士が指差す方を見て、そこに瓦礫で巧妙に隠した砲身を見つける。間にいる敵兵のことを考えた。
肉薄して手榴弾を投げ込めるか? あの建物はこのビルと道路を挟み反対側にある。大丈夫だと決定し、銃砲声に負けない大声で叫んだ。
「お前ら二人、あの無反動砲をどうにかしなけりゃ、俺たちはグレイスランドまで吹っ飛ばされるぞ!
手榴弾を投げ込んでやれ!」
げんなりとした顔で、片方の男が言った。
「おいおい、小隊長は俺たちを殺す気だぜ」
「お前がこの前の賭けゲームで小隊長から五百宇宙ドルも分捕ったからだ、行くぞ、援護しろ!」
「ちっ、俺のせいじゃねえよ!」
走っていく。道路上に転がった遮蔽物を利用して近づき、建物の壁にくっついて銃弾を避ける。
手榴弾が二つ投げ上げられ、爆発。彼らは帰りも行きと同じように散々俺を罵りながら帰って来た。二人とも給料をカットしてやろうか。
何であれ、これで無反動砲は始末出来た。いきなり木っ端微塵にされる心配もしなくていい。
救援はまだか。まだなのか。無線で母艦に尋ねる気にもならない。
手榴弾が転がり込んで来た。今日は五個めの手榴弾だ、やあ。それを拾って投げ返す。
爆発は道路で起こったが、破片が敵兵を貫いたようだ。いやはや、間一髪だったと思う。
こんな状態が続けば、我々はいずれ全滅だ。司令部はそれを分かっているのだろうか?
俺は早くこの戦場から抜け出したかった。ずっと伏せてると首も疲れる。
* * *
『こちら第四四二連隊戦闘団、生きてるか、ヴィクトール? どうぞ』
無線機からの声。ハンスの声だった。隊長はどうなったんだろう、艦の方で任務についてるのか?
僕は彼の声を聞いて、冷えた体に熱が戻るのを感じた。救援が来るぞ。僕は彼の冗談に応じる。
「こちらテキサス大隊、生きてるよ。何処から近づくのか教えてくれないと誤射してしまうぞ。どうぞ」
彼の笑い声。エンジン音が混じっているところから、トラックに乗っているのだろう。撤収も楽で済みそうだ。撤収があるなら、だが。
『我々は敵の背後から急襲を掛ける。つまり、君らから見て北、地図上では南からだ、どうぞ』
そりゃ結構、と思ったが、問題じゃないか、それ? ミニガンの射撃音は続いている。
ということは、彼らが突っ込んできた時にミニガンの弾が切れていないかバッテリーが残ってれば、
新しい肉塊の生産に明け暮れる頼もしい最大の小火器は仕事をやり遂げてしまうのだ。
「止めろ。繰り返すぞ、止めるんだ。我々は墜落したフェブ様のAWACSヘリのミニガンを自律稼動モードで使用中、
敵の背後から近づけば君たちも撃たれるぞ。それとも装甲服をつけてるのか? それなら発信機を起動するんだ、どうぞ」
言っている最中に装甲服のビーコンを思い出し、望みをそれに掛けた。友軍誤射を防ぐ為に、ギルド兵は発信機を装甲服につけている。
これを起動すれば、ヘリ側のコンピュータで撃たないよう配慮してくれるのだ。波長を登録されているものに限り。
『フェブ様のヘリが墜落したってどういうことだ? 聞いてないぞ! どうぞ』
耳を疑った。聞いていないのか? エイプリル様には確かに伝わっている。それなのに聞いていない?
士気の保持の為だろう、と僕は推測した。間違ってはいないが、個人的には姉妹といえどどうかと思う。それしか無かったのか?
それに救援部隊にも伝えないなんて。これはミスに違いない、忘れていたのだろう。
着いてから話すと言ってハンスの詰問をかわし、僕の知りたいことを教えて貰う。
『実を言うと忙しくて、誰も着込んじゃいない。どうぞ』
万事休すに近くなって来た。上げておいて叩き落すのはどうか止めて欲しい。
迂回させるしかないな。東部戦線に近づくのは良くない。装甲車がそちらに行っているかもしれない。
そうだ、装甲車だ。僕もエイプリル様のことを言ってはいられないな。それを忘れていた。
「了解、西側を迂回するんだ。東部戦線に近づくな。この一帯で装甲車の存在を確認している。フェブ様もそれにやられたんだ。どうぞ」
『無理だ。西側は細い道で入り組み過ぎてる。トラックを降りて徒歩で向かうのも危ない。ミニガンはどうにかならないのか、どうぞ」
今から繁華街の外に出させて、北部から接近させるのは時間が掛かる。到着前に僕たちが全滅しない確証は何処にも無い。
残念で面倒で大変危険だが、ミニガンを黙らせるしか方法は無いようだ。シグリッドの無反動砲班に頼むとしよう。
「無反動砲でヘリを破壊してみる。待機していてくれ。くれぐれも独断で突っ込まないでくれよ、隊長さん。どうぞ」
彼は分かったと言って、それから付け加えた。
『俺は救援隊隊長じゃないぞ。率いているのはオーガスト様とオクト、ノヴェ、ディッセ様だ。
隊を停止させる。現在位置は繁華街西側、中央広場に向かう、平行した道路二本の内北側だ。どうぞ』
へえ、驚いたな。銃火の中で僕は暫し、そのことについて考え込んでしまった。オーガスト様たちが指揮官?
負傷兵たちとフェブ様のいる奥の部屋に視線を向ける。この部屋には鍵を掛けておいた方がいいだろうか、それとも敢えて見せた方が?
「分かった。ヘリの処理が済み次第、こちらからまた連絡する。無線機の周波数はこのままで。どうぞ」
返答を聞かずにシグリッドの無線機へ周波数を変更、ヘリを破壊しろと命じる。
彼は承諾を渋った。聞いてみると、角度の問題で大きく身を曝すことになり、撃つまでに撃たれるだろうとのことだった。
そうなれば意味の無い戦力の喪失を引き起こすことになる。装甲車への対策を失うことにもなる。
バッテリーの完全な喪失を待つ時間は無い。けれど破壊する手段も無いのか。
──いや。一つあった。ヘリのミニガンには剥き出しになった動力伝達ケーブルがある。それを切ってしまえばミニガンは死ぬ。
これで行くしかない。他にいい案が思いつかない。援護を頼もう。ヴィンスはどうなったんだろう?
無線機の周波数を彼のものに変える。近くで衛生兵が手当てをしていると思う。衛生兵が手を離せるなら、彼に銃を撃って貰おう。
「こちらヴィクトール、ヴィンスの具合はどうだ?」
応答は帰って来た。衛生兵の声だった。
『残念だがヴィクトール、彼は昏睡してる。銃弾が機関銃に当たって跳ね返り、額に当たった。死んでいないのが驚きだ。
止血はしたから、連れて帰って艦で手術を行えば隊に復帰出来る。畜生め、機関銃は使い物にならなくなってしまったよ、どうぞ』
ああ、そうとも畜生め。お陰で乏しい味方の援護で前に出なきゃいけないんだ。言いだしっぺが行くのが普通だからな。
「オーケイ、それじゃ僕の合図で援護射撃してくれ。今からあのミニガンを黙らせて来るからな、どうぞ」
彼は謝ってから、僕の命令を承知した。シグリッドにも言っておく。無反動砲を一発叩き込んでくれると心強い。
銃撃の弱まった瞬間を見計らい、飛び出そうとした。その僕の肩に手を置き、後ろに引っ張って転ばせた奴がいた。
自慢じゃないが、僕だって鍛えてる方だ。体重だってそれなりにある。身長もそれなりにはある。その僕を呆気無く転ばせる?
誰だか分かるってものじゃないか。フェブ様に違いない。
「この人数では援護があっても危険です。私たちも支援しますわ」
見ると、負傷して頭に包帯を巻いたジューン隊の奴も、フェブ隊の小隊長も、銃を持てる奴は全員いた。
ああもう、僕はこういうのに弱いんだ。じんと来る。涙は流す暇が無いが、ビールを一人に付き一ケース奢ってやりたくなった。
殺害した敵兵の銃を渡して、戦力を増す。拳銃で破壊するつもりだったので、僕のM4も渡した。弾は援護に使うくらいはある。
「いいか、皆。合図で援護だぞ。待て……今だ!」
飛び出る。今までとは桁違いの応射に、敵は面食らって射撃を中止した。息を吹き返すまでには少し時間が掛かるだろう。
好機だ。チャンスだ。やってやる。地面を蹴って走り、ヘリの残骸に体当たりをして止まる。
ミニガンは敵に向かって発砲していた。ちらっと見るが、ケーブルは見当たらない。
どういうことだ? まさか今更気のせいでしたじゃないだろうな。
観察を続けて分かった。ケーブルはミニガンの右側にあり、僕が見ているのは左側なのだ。
整理すると、僕はケーブルが破壊したければミニガンの横に立って撃つしかない。敵に姿を思い切り曝して。
唾を飲み込む。今度こそ、年貢の納め時だろうな。素早くやったって、僕は撃たれるだろう。一発なんかじゃなく、何発も。
いいさ。僕は覚悟を決めた。一人が数十人も救えるんだ。それに、絶対に撃たれる訳じゃない。奇跡とかが起こるかもしれない。
拳銃の弾を確認し、薬室へ弾丸が入っているかも調べる。良し。行くぞ。
飛び出して銃を構える。ケーブル発見。スライド後退。薬莢排出。ケーブル断裂。ミニガン沈黙。
駆け出す。援護射撃が激しくなる。ひゅん、と言って銃弾が耳元を掠める。下手め。
だがそんなことを思ったのが祟ったか、到着まで後数歩というところで僕は後ろから押されるような衝撃と共に転んだ。
石にでも蹴躓いたのだろう。クーロンだししょうがないさ。立ち上がり、走ろうとして、またこけそうになる。
ちぇっ、そりゃ無いよ。腹部に手をやって、苦労して顔の前に掲げる。赤い。
奇跡は起こらないから奇跡なんだろうが、今くらい起こってくれても良かったのに。
ギルド訓練兵時代、初めて暗夜行軍を終えた時みたいに疲れ切った感じの体を、地面に落とす。
何か黒い飛沫が周囲に飛散した。気分が悪い。吐きそう。というか吐いた。どろりと塊が押し出される。
血の塊じゃあるまい。こんな短時間で固まるものか。それでは何なのかと言えば、考えたくも無かった。
誰か飛び出てきた。ずりずりと引き摺られていくが、音がもう聞こえない。きっと叫んでくれてるに違いないぞ。聞けないのが悲しい。
僕は英雄になったに違いない。子供の頃読んだ戦争や戦闘記録の中の英雄になったんだ。映画なら皆を救って戦死する役、これだね。
死後に名誉勲章が授与されるんだ。ジャニアリー様が直々にくれるといいな。おっと、それなら最後の仕事をやり遂げなくちゃ。
与えられた仕事を全うした者にのみ、賞賛は贈られるのだから。僕は無線機を掴み、最後の力で自分の声さえ聞こえないのに叫んだ。
「ハンス、やっちまえ!」
反抗が見られなくて残念だなあ。本当に、本当に残念だ。残念極まる。
* * *
振り切られそうになりながらも、翻るスカートを追跡する。
拠点にしているだけあって、彼女はすいすいと道を選び、メイを惑わす仕掛けを残していく。
それら全てを見抜いて、踏破し、敵へと近づく。彼女を逃せば手掛かりは失われてしまうのだ。
虱潰しに探して回るのは余りにも非効率的である。奇襲の可能性もある。今だって奇襲の可能性はあるが、非効率的ではない。
彼女は指揮官の下へ戻ろうとしている。撤退しようとしている。それを追えば、纏めて消せる。
十四の食器が気になるところだが、メイにとって接近戦は得意分野だった。近接しての戦いなら、数がどうあれ負ける気はしなかった。
今まで開けてきたドアと比べて一際大きい、弾頭を立てたような形のドアに年末型が逃げ込んでいく。ここが終着点か。
二つの階段を上がり、幾つもの部屋を通り抜け、数え切れない通路、廊下を走って来た末の終着点。親玉の居場所。
鍵は掛かっていなかった。銃で押し開ける。香水の甘い匂いが鼻をくすぐった。好きじゃあないな、この匂いは。
戦闘任務に際して無闇に香水類をつける類の者とは、一切仕事をしたくないというのがメイの考えだった。
音を立てない程度の装飾品までは許せたが、香水は駄目だ。コロンなど到底許可出来ない。
何が誰の死に繋がるか分からないのに、どうして危殆に瀕する蓋然性を向上しようと思うんだ?
この匂いの発生源を探すが、それらしい存在は見つからなかった。
スパスを構えたまま、前に進む。ただの部屋だ。それが第一印象だった。隠れ場所があるとすれば、クローゼットだけ。
後は机に椅子にコーヒーポット、ソファーにテレビに本棚二つ。無味乾燥で、面白みが無い。
クローゼットに逃げ込んだとは思えないが、深読みを誘っているのかもしれない。分からないなら見てみるだけだ。
近づく。左手を取っ手に掛ける。息を吸って、一、二の三で開いて調べた。
が、中からは服が出て来ただけで、年末型など影も無い。騙されたか? そう思った時だった。
「初めまして、お姉様」
聞いたことの無い女の声。視界が黒くなる。冷やりとした手が目を覆っているのだった。お姉様、だって?
メイは銃を左脇の下を潜らせて背後に向け、引金を引き絞った。腹に響く音と共に、左手がびくりと痙攣して離れる。
銃口を上げ、続けて射撃。右手も離れ、彼女は後ろに倒れる。メイは肝を冷やしつつも離れた──気付かなかったとは!
自分を姉と呼んだ敵の姿をまじまじと見つめる。絶対にこいつは誰のボディでもない。褐色の肌のボディなんて有りはしない筈だ。
彼女は背を向けて死んだように動かないが、勿論メイは信じなかった。無造作に銃口を向けると、視界が上へと跳ね上げられる。
何が起こったかは分かっていたので、腕で顔を庇いつつ机の裏へ退避した。蹴倒して、バリケード代わりにする。
隙間から目をやると、彼女は立ち上がっていた。左手に銀色のワルサーを持っている。
他の武装は腰のサーベルに、恐らくワルサーが更に一挺ある。軽装備だ。エイプリルと同じ指揮官なのだろう。
それなら、彼女が軽武装なのも分かる。アンドロイドなら指揮官でも最前線に出ても問題無いし、その点について疑問は無い。
「……新型?」
今分からない一つを尋ねる。褐色肌の妹は嬉しそうに笑った。メイに話しかけられたのが嬉しいようだった。
表情は憧れのスターと話す少女を思わせるし、その視線はオーガストがエイプリルに向けるそれのようだ。
「ええ。けれど、妹と言って欲しいですわね。物扱いが嫌いなのはお姉様も一緒でしょう?」
「まあね」
沈黙。話すことも無い。今どちらかが動けば、すぐに銃撃戦になる。
自分から動こうかとも考えたが、その前に一つ聞いておくことにした。
「食堂の用意は何なんだ?」
彼女は良く分からないようだった。十四人分の食器と椅子だと教える。
「ああ、あれは私たちとお姉様たちの食事の用意ですの。お姉様方全員が集まり次第、始めようと思っていますわ。
メニューは見てのお楽しみです」
新たな疑問が生じる。こいつはアタシたちを殺す気なのか? それとも殺す気が無いのか?
撃って来たかと思えば事前に食事の用意をしていたり、彼女の行為には一本の筋が通っていない。それに重要なことがまだある。
「私たち?」
「ええ、私たちです」
やはり数人いるのか。十四引く十一で三、ということは三人で、年末型一人にこの妹が一人、後の一人も年末型だろう。
問題は無い。年末型二人くらいなら、脅威にはならない。
目の前の妹も軽装備だし、スラッグ弾を撃ち込んでも無力化されているのは驚きだが、倒せないことは無いだろう。
態々用意してくれた彼女には悪いが、食事はお預けだな。天国でパンとワインを貰うといい。
「ところでメイお姉様、食事の前には運動が必要だと本で読んだのですが」
「アタシが良くやるのはちょいとハードなスポーツだけど、それでもいいならやってみるかい?」
妹は目を輝かせた。そして、最高の笑顔で言い放った。
「是非、喜んで!」
* * *
私は宇宙港からの敵掃討任務を戦闘無しに終え、エイプリルに代わって艦の指揮を執ることになったジャニアリーにそれを報告した。
彼女は端から見ても余裕が無さそうだった。悪いが、彼女を選出したエイプリルの判断は間違いの多いものだったと言う外無い。
一言で言えば経験不足である。大量に、裁き切れないほど多くの案件が引っ切り無しに押し寄せている。
手馴れた者ならその中から特に急がねばならないものを拾い上げ、優先順位をはっきりさせて取り組めるが、
素人とは言わないまでも、エイプリルほどに経験を積んではいないジャニアリーでは、効率の低下は否めないところだった。
しかしながら、現状況に置いて批判は必要ではない。我々は余りにも多くの敵を相手にしている。動かすなら口より頭と手だ。
味方の兵が健闘して、敵を追い込んでいることは評価するし、事実だ。認めるけれど、今一歩こちらは力に欠ける。
私は、このまま戦闘を続けて勝てると思うほど楽観的ではなかった。兵の多くや姉妹の一部ほど、自らの力を信じてはいなかった。
何かが必要だ。敵の士気を壊滅させ、その部隊を壊走させ、狼から牙を奪ってしまう何かが。
最初、私はヘリを数機飛ばすことを考えた。だが、これは危険だ。たった一輌の対空装備強化型装甲車に撃墜されることも有りうる。
そうなった場合、また兵員を割かねばならない。兵力の分散拡散は犯してはならないことだ。
やるなら敵の対空装甲車を破壊した後だ。前線の兵士にはそのことを良く伝えなければならない。
彼らの手に、彼ら自身の命が掛かっているのだ。更には私の命も、姉妹たちの命も、ニルソン様の命も。
ああ、ヘリを出すならその時にはロケット弾を装填しておかねばなるまい。
市街戦におけるロケットの有用性は歴史が明瞭にしてくれている。明らかに、ミニガンのみでは火力に不足がある。
装甲車しか敵に無いならミニガンでも何とかなるかもしれないが、もし戦車が有った場合、装甲の薄い上部へのロケットが非常に有効だ。
敵歩兵の陣取った建造物にも、ミニガンよりロケットの方が効果的である。要は使い分けだ。なら、選択肢は適度に多い方がいい。
兎に角、目下の問題は装甲車なのだ! 被害覚悟、救助無しを覚悟でヘリを運用するのも手だが、この独立戦争は始まったばかりだ。
多くないヘリを、この先補給が見込める訳でもないのに無駄に使い捨てるのは良くない。
さて、それなら敵を磨り潰す手段はどうするか。艦が動かせれば良かったのだが、生憎と機関部は未だに不安定だ。
修理はジャニアリーの判断によって後回しにされている。文句を言ったが、決して撤回は為されなかった。私は時間の浪費を止めた。
こういう時は、ニルソン様に頼るのが一番いい手だ。思わぬ解決方法の提示をされることがあるので、私は彼に頼ることも多かった。
亀の甲より年の功とは言うが、彼の豊かな知識と立派な人格、宇宙でも有数の技術は素晴らしいと思う。
人格など、例え死に瀕して死神をその優しい双眸に捉えた時だって、微笑み掛けて労うほどだろう。私は彼を尊敬している。
すぐに彼のいる研究室に向かった。最後に得た情報では、彼はそこにいる筈だった。
二度ノックしてドアを開ける。私のノックが独特なのかそれとも何らかの手段があるのか、ニルソン様はいつも私のノックだと見抜く。
今日もそれに変わりはなかった。入ることを告げてドアを開け、後ろ手に閉める。彼は湯気を立てている紅茶を啜っていた。
私に向くまで、彼の視線の先には毛布に包まれた年末型の死体三つがあったようだ。私には彼の気持ちが理解出来ないが、
何らかの思うところはあるだろうと推測するくらいは出来た。その上、幸いにも、利いた風な顔をしない謙虚さも持ち合わせていた。
椅子を勧められたので腰掛ける。紅茶まで貰った。温かい飲み物は嬉しい。ストレートティーのほんのり甘い味が口を満たした。
艦を離れていた間のことを二三尋ねる。残念ながら、彼はずっとここにいて何も聞いていないそうだった。
仕方ないことだ。非戦闘員だろうが敵は区別無く襲い掛かる。そこの年末型たちがいい例だ。彼女の一人はニルソン様を狙っていた。
そんな状態なのに前に出て行くことはあるまい。掃討任務が済んだとはいえ、新たに侵入して来た敵がいるかもしれない。
彼を失う訳には行かないのだ。我々十二姉妹隊の勝利には百千万の理由で欠かせない存在なのだから。
紅茶を半分飲んだところで話を切り出す。彼は真剣に聞いてくれた。
何もせずにこちらの話をしっかりと聞いてくれる人がいる者は幸福だ。今の自分が嬉しいから分かる。
十二姉妹の一員である自分の観点から見た現状を話し、本心を隠すことなく曝け出し、助言を求めた。
彼は難しい顔をして黙り込んでいる。駄目なのだろうか、考えているのだろうか?
我慢強く待った。もしもジャニアリー相手であればさっさと打ち切っていただろうが、相手が相手だ。
彼が彼なりの答えを出してくれるまで、待つ価値は十二分にある。ニルソン様はそう思わせる人で、実際にもそういう価値ある人だ。
立ち上がった。目を上へと動かす。彼の顔は苦渋の決断を窺わせた。申し訳無かったが、今は彼の案が頼りだ。
付いて来て欲しい、とのことだったので、彼の後を歩く。行き先は格納庫だった。但し普段余り使わない、通称予備格納庫だ。
そこにある鍵の掛かった大型倉庫に向かう。確かこの倉庫の鍵を外す許可があるのはお母様とニルソン様に、後はエイプリルだけだ。
これまで一体何が入っているのかと話題に何度も何度も上がっていたが、それが分かる時が来たのである。
鍵を外し、シャッターの開閉装置を作動させる。久しぶりに開かれたので通常の速度は出なかったが、どうにかシャッターは上がった。
あったものを理解するのには私さえ少々時間が必要だったというのは、恥ずかしながら事実だ。
対空ユニットだ。十二姉妹が神経に接続して着用することによって動作する、と説明された。曰く、チクッとするそうだ。
武装は三十ミリ機関砲四門にオプションでミサイルがあり、対人装備にはミニミが二挺にブローニングHP二挺、
背面ががら空きだったが、そこには浮遊機雷の射出ユニットがあるらしい。見たところとても背負えそうには無いが、と聞くと、
簡単に説明してくれた。何でも飛行用反重力装置とか何とかと姿勢制御用補助脚と底面パイルにより問題を解決したそうだ。
ニルソン様の熱心な講義にとても言えなかったが、何を言っているのか三分の二は分からなかった。背負えるのが理解出来ただけでいい。
速度は最大で毎時八十キロだそうだ。車代わりにはなる程度である。加速にどれほど掛かるかまでは分からなかった。
弾薬の備蓄量を聞く。満足の行く答え。やはり悩み事にはニルソン様への相談が一番だ。
これでいい。これがいい。これこそが、チェックメイトたる最後の一手だ。これで敵は詰むに違いない。
私はニルソン様に感謝の言葉を述べた。彼は素直に喜べないような顔をしていた。これは私の勝手な推測憶測だったが、
この戦術強化用ユニットは彼の気に入るものではなかったのだろう。だからこそしまっておかれたのだ。
何故好きではないのかは分からなかったし、聞こうとも思わなかった。彼なりの理由があるのだろう。
姉妹がこれを着用すると、まるで兵器に変わりそうなのも一因かもしれない。
通信でジャニアリーを呼び、兵を十人寄越すように言った。彼女は六人まで要求を下げさせた。
これも憶測だが、きっと買い物の才能はセプに負けず劣らずだろう。私は、呆れるような感心するような気分だった。
* * *
十二姉妹とはここまでのものかと、私は喜びに打ち震えた。強い。今まで戦ったどの敵よりも強い。
私が今まで生き残る為に築いて来た鉄屑の山を構成する我が同類、その誰よりも強い。恐らくは私と同じか、それ以上に強い。
唇をちろりと舐める。口紅の味がした。じきにオイルの味に変わるだろう。被弾箇所の多さが私の考えを肯定してくれている。
命中精度。敢闘精神。後は銃の威力さえ追いついていれば、もっと面白いのに。それだけが残念な点だった。
しかし憧れの人と対することが出来ているのに、些少な不満点をああだこうだと言ってどうする。
スラッグ弾が当たった腹部に手をやってみる。問題になるような傷は無い。擦り傷みたいなものだ。こんなもの、無傷と言ってもいい。
だけど楽しかった。短いこれまでの一生の中で体験した何よりも楽しかった。
私が持っているのは拳銃だけで、彼女が持っているのはショットガンだけ。当たっても死ぬことはまず無い。
目に当たれば危険だろうが、当たるものか。避けていくと信じていれば、弾など幾ら撃たれても当たらないものだ。
私は十二姉妹の信奉者であるが、だからと言って弾が最悪の場所に当たるとは思わない。体や手足程度だろう。
ああ、楽しい。楽しい。久しぶりに大笑いした。戦闘中にも関わらず、散々笑った。お姉様はそんな私をからかった。
顔の形が歪む。所謂喜悦の形に歪む。左目が細まって、右目が大きく開かれる。口は言わずもがな、だ。
拳銃の弾倉を換える。普段は自分で持ち歩かないが、今回ばかりは違う。誰も、誰一人も間に挟みたくない。
私とお姉様だけ。私と、お姉様、ただ、二人。時間が止まったような世界だ。互いが互いを殺すべく銃を持ち、撃つ。
訓練とは違い、何発当たり外れるかは重要ではない。倒れたか倒れていないかだ。より正しく言うならば、死んだか死んでいないか。
それ以上に正しく言うなら、壊れたか壊れていないか。物扱いは嫌いだが、結局我々は大半を無機物で構成される人工物なのだ。
事実を認めず、人間だと己を形容するのは好きではない。自分は人工的な存在だが、それが何だ? これこそが正しい態度だと思う。
私は銃を額にくっつけ、静かに祈った。これから殺す相手に。殺されることは無いだろう。だって私が戦っているのだ。
そろそろ、ちょっとしたスポーツの時間を終わらせるべきだろう。食事は用意されている。冷めてしまってはいけない。
十一人──私はコヨーテ号の乗組員たちを等しく憎んだ。私が打倒出来るのは十一人なのだ!──分の料理を温め直すのは時間が掛かる。
作り主も文句を言うだろう。得てして料理人は最高の品質を提供したがり、それが出来ないと原因に対して怒りの炎を滾らせるものだ。
通信回線を開き、命じる。私の力をこの手に寄越せと命じる。勝利を内包した私の武器だ。
お姉様の隠れた廊下の曲がり角を撃つ。頭を出そうとしていた彼女は、素早く引っ込めた。当分出て来ないか、迂回して攻撃来るだろう。
地図を呼び出す。迂回可能な経路を探索し、五つ発見。各種要因から優先順位付けと選択肢からの排除。
残ったのは三つだった。私の知っている情報から判断して、メイお姉様は十二姉妹において好戦的な部類だ。つまり、こっち寄り。
とても越えられないだろう一線はあるが、似た思考の相手なら次の行動も分かり易い。
私は最も優先順位の高い経路を選び、移動した。お姉様が引っ込んだままになっているとは思えない。
必ず別方向から攻撃を加えようと企てる。企てなければならない。やられたままになって我慢している十二姉妹など許容出来ない。
私の中の英雄は、美しさと強さを兼ね備えた女傑たちは、そうでなければいけないのだ。
生れ落ちたその日に知った彼女たち。私の存在する理由。私が存在出来た理由。
彼女たちがいなければ私はこの形を持って私として存在することは無かった。
その彼女たちは私を越えようとしなければならない。私はその彼女たちを越えなければならない。
十二姉妹を全員砲火の下に引き千切って、首を並べなければならない。これは私の個人的な望みも含んでいる。
左脇腹に衝撃。身を捻って拳銃を撃ち、新たなカバーへ移動。驚いたものだ。お姉様は優先順位三の経路を使っていた。
私が最優先経路に来ると予測してのことだろうか。尋ねてみたがはぐらかされた。予測の上での行動だろう。
嬉しくなった。自分の感情が溢れているのを感じる。窮屈な軍服に押し込められていた感情が解き放たれた上、
望んでいた戦いを得られたことで完全にタガが外れたのだ。軍服はまあ、降下してすぐに脱ぎ捨てて着替えたのだが。
軍服以外を着た経験は無かったし、訓練も受けていないから何とも言えないが、私の美しさを最大限引き出せる衣装にしたつもりだ。
十二姉妹たちと同じ、ゴスロリの範疇に入る服装である。手に入れて着用した時、彼女たちの一員になったような気分で爽快だった。
軽やかで小さな足音が聞こえて来る。私のお供だ。見かけによらず力持ちの彼女。私が使う武器を持っているのも彼女だ。
私に近づいて、近づいて、近づいて、近づいて通過……行き過ぎだ!
ひょいとカバーから腕を出し、通り過ぎようとする彼女の首根っこを掴んで引き寄せる。
お供に選んだ時とは違い、今では上官に不服を申し立てるようにまでなった彼女は、首を掴まれることに対しての嫌悪感を表明した。
頭を一発殴る。彼女は黙ってライフルを手渡した。昔は素直だったのにと回想するが、前から兆候があったような気もする。
何でもいい。私はこの可愛くも小憎らしい相棒を後ろに配置した。弾薬手は彼女だから、くっついているのが一番だ。
さあ、やってやろう。私の銃で、私の勝負に、決着をつけるのだ。このM82A1ロングバレルでもって。
遮蔽物である曲がり角から身を出して撃とうとして、壁につっかえる。相棒が笑いを漏らした。私はもう一発叩いておいた。
* * *
果敢な突入と、戦友ヴィクトールの献身的活動によって、我々は北部戦線における勝利を再び得ることが出来た。
敵は旺盛な戦意を保ちつつも、敗北を悟り後退を開始している。完全に追い返すのは時間の問題だ。
しかし、俺の気分は晴れなかった。戦友が死んだ。沢山の負傷者が出た。ヴィクトールの名前もその中にあり、
彼は衛生兵の必死の看護の下で、這い寄る死の影をその魂に迎え入れようとしていた。
見なければ良かったと、そう思う。土気色の顔は何度見ても、生者のものには見えない。彼は死ぬだろう。
我々が持って来た医療物資を使って治療を続ける衛生兵たちの姿を、見てはいられなかった。苦痛だった。
彼が死ぬ。あのいい若者が死ぬ。気のいい奴だった。気の置けない友達の一人だった。クソったれめ。彼を殺しやがって。
俺は頭を切り替えた。戦闘モードだ。戦友の死を悼み嘆き悲しむことは後でやれ。今は、その死を悪戯に増やさぬよう尽力する時だ。
オーガスト様が言うには、救援隊は全トラックで負傷者を後送、艦に連れ戻し、残りの人員は全員で燃料調達班の救助に向かうらしい。
怪我を気遣ってか彼女はフェブ様を後方へ送還したがったが、フェブ様が彼女の頼みを聞くことは無かった。
彼女もまた十二姉妹の一人である。当然と言えば当然だが、そうであっても彼女が戦闘を放棄しなかったことに我々の士気は高まった。
トラックから弾薬を降ろして分配し、負傷者を乗せる作業を命じられ、俺は七、八人の仲間と仕事を始める。
負傷者の中には重機関銃を撃ちまくっていたヴィンスもいた。彼は眠っているみたいだったが、
同伴していた衛生兵が言うには五十年に一度起こるか起こらないかの幸運だということだった。
それからシグリッドもいた。彼は戦闘の最初の方で首を撃たれていたが、本人曰く別段大丈夫だったから誰にも言わなかったそうだ。
見てみると、余り大丈夫とは言わないような傷だった。きっと治るだろうが、傷跡は残るだろう。
他にも沢山いた。胸を撃たれて背骨に着弾した男、左耳と脛の肉を殆ど失った男、無反動砲の爆発で背中の皮がべろりと剥けた男。
辛い作業だったが、死人も運んだ。彼らが哀れだった。我々は勝利を掴んだというのに、彼らはそれを見られないのだ。この後の反抗も。
十八人。死者は十八人。深く胸に刻む。戦友たちだ。彼らのお陰で、今の自分があるのだ。感謝して足りることはない。
負傷者を積み終わったトラックが出発した。急がねばならないのは分かっていたが、死体を放ったりは出来ない。
一人、目を開けたままの戦死者がいた。俺は彼の体に小走りで近づいて、目を閉じさせた。彼は死んだ。もう何も見なくていいのだ。
ヴィクトールはまだ治療中だ。状態が状態だけにトラックに乗せると危険なので、彼のみが残っている。
死体車も移動を開始する。彼らは送り届け次第、次の命令を受領する手筈だ。
銃をチェックする。弾薬は必要量あったが、何とかやりくりして三つ弾倉を持った。集合命令に、オーガスト様の下へ集まる。
彼女は隊を大量の少人数班に分割した。二人か三人の班だ。敵包囲網近くの建物に潜入し、一斉に射撃を開始するらしい。
何人かは隊を突っ込ませるべきだと反対したが、彼女はそれだと新たな敵勢力の出現で危機に陥るかもしれないと尤もな反論をした。
北部戦線と東部戦線の戦況、状況は異なっている。単純に挟み撃ちにしても意味は無いし、穴を作っただけでも意味が無い。
ましてや突っ込むのは愚策である。現状では、敵の増援は来ると考えて行動するべきだ。
適当にグループを作り、浸透戦術を開始する。建物の制圧には気をつけねばならない。
敵兵がいて、戦闘になれば、この作戦は破綻してしまう。一人に見つかっても全員に気付かれる前に殺してしまわないと。
俺はゴッドボルトと二人班になった。地図を開き、指定された建物の位置を頭に叩き込む。
地図が使い物にならなくなったら頭に頼るしかないからな。面倒だが、仕方の無いことだ。
他の班が前進を始めた。俺たちも遅れないようにしなければならない。唯一の班員と肩を並べて歩く。
ゴッドボルトは落ち着いた奴だ。口数は少なく、時折発する言葉も低くて大きい方ではないので聞き取り難い。
だが戦闘能力では折り紙付きで、横にいてくれるなら心強い男だというのが、俺の評価である。
……東部戦線での銃撃の激しさは一向に変わっていない。膠着状態なのか、敵に増援が来たのか。後者だろう。
そんな中で背中を任せるなら、彼に任せるのが今は一番いい。俺の命をしっかりカバーしてくれる。
じゃあ、最後の仕事に掛かろうか。ペイバックタイムだ。
* * *
困ったことになった。考えておくべきだったのに。困ったことになってしまった。
私は自分の銃を見つめた。馬鹿だ。こんなものをこんなところで使えるか。
バレルが長過ぎる。ロングバレルだから当たり前なのだが、屋内戦闘でその長さは不利にもほどがあるというものだ。
お姉様の短いショットガンがちょっぴり羨ましかった。次の戦いまでにソウドオフの特注品を調達しておこう。需品部に頼めばいい。
横を向いた。相棒はしょっちゅうノズルブレーキを引っ掛けてしまう私の姿に笑いを止められないらしく、涙目でひーひー言っている。
私も涙目になりたいところだ。最高の力を出したかったのにこれなのだから。狭い城内廊下では振り回せないことに気付けば良かった。
気付かなかったのが不思議である。っと、こら、私に縋るな。凄く邪魔だ。相棒を払い除ける。
ここでこうしていても面白くも何とも無い。メイお姉様には御足労頂こう。私が本領発揮出来る場所まで。
運のいいことに、私は条件と合致する三ツ星地点を知っていた。一階層二階層上にある。
そこまでお姉様の足を動かさせるのは心痛むが、許して貰えるだろう。彼女は心が広い。記録によれば。
遮蔽物からこっそり抜け出し、二人で階段に向かう。足音を忍ばせたつもりだったが、メイお姉様の鋭い耳は聞き逃さなかった。
追い掛けられるのも楽しいと知る。石で造られた壁の一点が爆ぜ、粉塵が飛び散った。どうしてどうして、まだまだやってくれなくちゃ。
肩に命中。いやあ、十二姉妹は素晴らしい。私のお姉様だけはある。私は、彼女たちを誇りに思う。
嬉しさ楽しさに声を上げながら、道案内を続ける。荷物持ちをやらされている相棒は気に入らないようだ。
時々、完全に初期化してやろうかと本気で考えることがある。そうすれば、前の素直でお淑やかでしおらしい少女に戻るだろう。
心は乙女でなければならない。姿はオクトお姉様、ノヴェお姉様、ディッセお姉様と同じだが、この生意気な戦争狂いは丸っきり兵士だ。
品は無いし私に対しての口も良くない。比較的長い付き合いでなければ、バレットでぶん殴っている。
左折と右折、それに直進を繰り返し、最後の階段を駆け上がる。ドアが頂上で待っていた。
開けようとして、鍵が掛かっているのに気付く。ふん、こんなもの。
左手で殴りつけた。ばきり、と音を立てて、ドアにめり込む。あれ、こんな筈じゃないのに。
慌てて荷物持ちにバレットを押し付け、右手で救助を行う。彼女も自分の仕事くらいは果たしてくれた。
だから、笑い過ぎだ。わっ、落とすな。壊れたらどうする気か問い質したい。銃身が歪んだらと思うとハラハラする。
ずぼり。手が抜けた勢いで彼女の顔面に裏拳がヒット。わざとじゃない。私は鍵の部分を殴り、壊して開けた。
マナーとして、ドアは開けたら閉めるというものがある。私はそれに従い、閉めた。閉める際に、お姉様の姿が見えた。
このタイミングで来てくれて良かった。さっきの醜態を見られていない。見られていたら私は一ヶ月は寝込んでいただろう。
恥ずかし過ぎる。見られるかもしれなかったことを思うと死にたくなるくらいだ。見られなかったからいいけど。
バレットを受け取った。これでいよいよ戦闘出来る。戦闘、戦闘とは何だ? 殺し合いだ。拳銃とショットガンでは殺し合いにならない。
私が出たところは説明が難しい場所だった。一般の家屋やビルで言うところの屋上だが、これを屋上と呼んでいいものかどうか。
特別な呼び方があるのだろうが、私はその名前を知らなかった。知識不足だ。帰ったら本を読むとしよう。
私の銃が振り回せる場所と言えば、そこしか無かった。この建物を見ずに想像するなら、こんな光景を想って欲しい。
まず、建物の最上部である。ということは、下には建物がある訳だ。それはいい。
四方の縁には通常落下防止の為に何かあるだろうが、この建造物には無い。欠陥かと思う。危険じゃないか。
そうして、石で出来た菊の花の茎半分から上を地面に突き刺していってくれると想像が楽だと思う。
その花の上には所々にひびを見出すことが出来る二等辺三角形が積載されていて、それが屋根だ。
勿論、等間隔で、長方形の長い辺二つに、位置関係は平行で、くっつけて『菊の花』を配置して欲しい。
地面は正方形のタイルのように切れ込みがある。掃除の時には水をざーっと流せば良さそうな感じだ。
因みに、『菊の花』二つが形作るアーチを通して地平線が観測出来る。
最近の高度都市文明と呼称されるせせこましくてやっていられない文明の象徴たる無意味に高い建物の少なさ故にだろう。
私はこの星が好きになりつつあった。想い出の星になりそうだ。クーロンという名の、この星は。
それにしても、ここは一体何の為の場所なのだろう? 外観を重視した為なら、今通って来たドアはいらない。
あれがあるお陰で外から見た時、不必要に突起が出来ていて折角の荘厳さを失わせていた。
かと言って、何らかの意味があるとも思えない。造った奴の気が知れない。設計ミスだろうか。勿体無い。
私なら、屋上には手を加えず、そもそも人が容易に入れるようにはせず、廊下にこの設計を流用しただろう。
外が見えるようにして、長い廊下を作る。説明し難いが、そういうことだ。
頭を引き戻す。今やメイお姉様は四五メートル離れて私とぴったり視線を合わせていた。
いつの間にか相棒は柱の影に引っ込んでいる。誰がそんな命令をした。
呼び戻すのが面倒臭いので放っておいて、私はお姉様と対峙する。口は微笑を失った。笑ってなどいられない。それは失礼に当たる。
真剣に打ち込み、笑わずに、それでいて心から楽しむ。これが私の作法だ。私の考えた作法で、私の使う作法だ。
お姉様の作法なら別だが、余人の作法など知ったことではない。
銃を動かす。右手に掛かる重みは羽一枚。体感的には、小枝に及ばぬ重さだ。
三十度ほど自分の体から離した。重要なのはこの角度だ。丁度良く体が落ち着く角度。
何事にもリラックスが大事であるのは、誰にも反論出来ないだろう。
無意味に吸い込んだ息を吐き、笑い無しに銃を構える。メイお姉様も構えた。いい雰囲気だ。お姉様は惚れ惚れとする格好良さだし。
そして引金を引こうとした瞬間だ。瞬間だった。三発の銃弾がいきなり襲い掛かってきた。
命中したのは頭に全弾。前言は部分的に撤回しよう。時にはこういうこともある。
私にも何があったのか理解出来なかった。一驚を喫する余り、引金を引いてしまった。どうでもいいような場所に命中。
射撃手の方を向く。禁じた筈の笑みが零れた。ああ、幸せだ。二人目の。二人目の、姉妹。
返礼として、一発撃つ為にロックオンしようとする。警告音。詳細を見ると、今の命中で火器管制が故障したらしい。
最新機器はこれだから困る。壊れてはいないので捕捉出来ることは出来た。改めてロックオンし、銃を向ける。
またも衝撃。爆発だった。何だ? メイお姉様の方で銃声が聞こえていたので彼女のものだろうが、ショットガンで爆発?
データベースを検索。ヒット。ああ、FRAG12か。十二ゲージショットガン用榴弾だ。
発砲されると三メートルくらいから接触信管が起動する。
頭を振って外されたロックを付け直そうとする。警告音。今度こそ壊れてしまったとの報告。
……自分で狙いをつける訓練も受けている。こういうハードルがあった方が楽しい。
私がこんなことをされるくらい強い十二姉妹と戦えるのも楽しいだろう。しかも二人相手。
問題は全然無い。ロック出来ないけれど、それも良しと楽しむ精神が私にはある。行きますわよ、お姉様方。
* * *
「本当にやる気なんですか? 危険ですよ! さっきあなたも近づくことの危険性を指摘したじゃないですか!」
格納庫に向かって歩く艦長の脇を離れずに、私は忠告を繰り返した。
「火砲の脅威を認識すべきです! ミサイルだって飛んで来るんですよ?」
彼は足を止めない。空挺部隊のように落下傘降下させるなんて、狂気の沙汰だというのに。
我々は空挺部隊ではない。訓練を受けていない訳ではないにしろ、専門性のある戦闘行動は取らない方がいい。
風の問題もある。纏まって降下出来ればいいが、出来なかった時にどうなるか。敵陣の真っ只中に落ちた者など、命は絶対に無い。
対空砲火だって考える必要がある。対空機関砲などは無いだろうが、軽機関銃や重機関銃でも恐ろしいものだ。
最悪、落下傘に当たっただけで酷いことになる。死亡理由:墜落死と書き続けるのは苦痛だ。
ペトルッツィはどうかしてしまったに違いない。兵の被害を度外視している。自分さえ生きていればいいというものではない。
軍人なら目標の達成と部下の生存を秤に掛け、どちらも最大限取れるように努力する……だが、彼は軍人ではない。
私は軍隊上がりだったから彼と考え方が合わないことは多かった。
それでも、指揮系統の整然さを優先して彼の言を表面上だけでも受け入れ、拡大解釈などで対応して来た。
今度だけは、そうは行くか。私は彼を止めなければならない。無駄死にする兵士たちの為だ。艦長は功を急いているのか?
苛立ちが正確な判断を失わせていることも考えられる。今私が全体の為に出来ることと言えば、そんな彼を止めることだ。
副官として考えても、一兵士として考えても、この降下は失敗する。日中、敵勢力圏の目前に降下するなど、イカレている。
ペトルッツィの経歴を考慮すれば彼の楽観的な見方と浅薄な思考にも納得が行くが、慰めにはならない。
ギルドは彼に艦対艦の戦いを指揮させた方が良かったと思う。この男に人対人は駄目だ。
彼が艦長になったのも、艦対艦の戦闘で一挙に戦死した前艦長と前副艦長などに代わり指揮を取り、目覚ましい戦果を挙げたからだった。
こうしている内にも繰り返す再三の警告にも、彼は耳を貸さない。無視している。私には彼が何を考えているのか少し分かった。
軍でもこういう奴はいた。例えば今の彼は、私が中尉だった頃に大隊の糧食将校だった少尉と似ている。
彼はそれまでの経歴は良く、人間的にも規範となる人物だったが、問題を起こして左遷されたのだった。
そこに配属された後である紛争に介入した時、偶々彼のいた場所が敵の部隊に襲撃され、私の到着まで彼が指揮を執ることになった。
後の報告を聞くに、彼は生き生きとして働いていたらしい。自分の名誉を挽回する時が来たと思ったのだろう。
けれど私の指揮する隊が別方面から到着、挟み撃ちにする直前、彼は隊を突入させてしまった。
私は彼に退却するように命じたが、無線が壊れたとか何とかと適当な言い訳をつけられて無視された。
結果、隊は壊滅状態になり、彼は軍法会議に掛けられ、聞いた話だと軍から追い出されたそうだ。死刑にされなかっただけマシだろう。
つまり、ペトルッツィは彼と同じなのだ。機会を待って、機会を得て、機会を逃すまいとして、空回りしている。
艦長は艦対艦の戦いで出世し高い評価を勝ち得たが、この戦いで評価を落とされつつある。
しかし今からでも勝てば、ギルドは彼のことをマルチアーノ十二姉妹を潰えさせたギルドの英雄として扱うだろう。
彼はそれが狙いなのだ。だから周りが見えていない。何とかして、兵を無駄にしてでも、勝とうとする。
駄目だ。駄目なのだ。その戦い方では勝てないのだ。兵が数十万いるというならまだしも、我々の残りの兵力は少ない。
それだってマルチアーノ十二姉妹の兵と比べれば多いが、彼らと我々では練度が違う。
確認殺害戦果の数は両手の指で足りるほどで、確認被殺害数は気が遠くなる数だ。格が違うとはこのことだろう。
当初の考え、要するに数で押し切ることが出来る、というのは既に通用しないことが明らかになっている。
高度な戦術が必要だ。考えることが必要だ。それら二つを差し置いてでも、まずは戦線の縮小と戦力の集中運用が必要だ。
「ペトルッツィ艦長!」
彼が足を止めた。やっと聞いてくれる気になったか!
息を吐いて説明とこれからの打開策について私見を述べようとすると、口に冷たい感触。
何が当たっているのか分かるのに、時間はいらなかった。最悪のパターンだ。ギルドではありがちなものだが……。
一言も無しに格納庫まで連れて行かれ、そこで営倉行きを命じられる。
兵士の一人に営倉まで連行される最中私は、がっくりと項垂れていた。これで皆お終いだ。
* * *
指揮センターで人を相手に刀を使うことは、今のところ最初の一度以外は無かった。
何度かその白刃を無意味に閃かせることを思いはしたが、己の為すべきこととその行為が正反対の位置にあることは分かり切っていた。
周囲には四人の首無しが倒れている。指揮官がいる場所を探すのは難しいことではなかった。
突撃艇の内には、降下後に指揮を取る為の情報機器などが増設されているタイプがある。
それを使っている者が数名いたので、指揮官と参謀たちだと簡単に特定出来たのだ。
この指揮官はずぶの素人か、何かの間違いだろうとジュライは思った。態々目印となるようなものを使う理由は、その二つくらいだ。
コンピューターを操作し、情報を引き出し、ダウンロードしていく。フェブの情報支援能力が羨ましかった。
指紋認証を求められ、傍らのテーブルに置いた指揮官の男の右手首を取って、親指を認証機器に押し付ける。ロックを解除。
ダウンロードしながら、ジュライは突撃艇のドアの隙間から外の様子を窺った。
兵士は近くで起こった爆発と銃声に、全員が姿を消している。陽動を疑って残っていようとする冷静な者はいない。
さっきまでのことを思い出す。スタインベックという兵士は、ジュライの拷問にも良く耐えた。ジュライは彼の忍耐に敬意を表していた。
彼はそれを侮蔑の言葉で返したが、それも彼がされたことを思えば致し方の無いことだ。
吐かせるには彼の仲間がどうなったかを伝えるしかなかった。彼の所在を尋ねていた二人のことである。
ジュライの考えたところでは、彼の望みは彼女が最初に拷問した兵士と、その前に殺害した一人が救援に来ることだった。
信じさせるにはとても骨を折ったが、顔や体つき、過去の戦闘中に受けた古傷の位置までを詳細に語られては嘘だとも断じられない。
絶望の余りか数分前の面影を見せなくなってしまったスタインベックから情報を聞き出すのは、溜め息が出るくらい簡単だった。
必要な情報を受け取った後、ジュライはいつも通りに処理を施し、兵士たちの体から手榴弾などを取って指揮センターへと向かった。
そうして、見つからぬように燃料や弾薬を積載した突撃艇に近づき、手榴弾を投げ込んだ。後は一時的に逃げるだけだった。
だが方向は中心へ、指揮センターへと取っていた。見つけられた理由は上記の通りだ。
小さな爆発と大きな誘爆。燃料が一面に撒き散らされ、近くにいた兵士の装甲服にへばりつき、彼らを焼いた。
多くの者は装甲服の上からであることを思い出さず、パニック状態になって何とか堅固な鎧を脱ごうとした。
幾分かマシな者たちは、敵襲があったのだと見当違いの方向に発砲し、いもしない人影を見たと言って駆けて行った。
後に残ったのは脱ぎ捨てられた装甲服と、茫然自失の兵士、それに事を良く飲み込めていない司令部付参謀三名と地上部隊指揮官一名。
不意を狙って密かに突入し、彼らの首を刎ねるという作業は、喜ばしいことにすんなりと終えられた。
それで、今は情報をダウンロード中だ。何もかも予想以上にいい方向へ進んでいる。
要因としては、十二姉妹隊の強固な抵抗と、大きな被害、事前の情報で楽勝の任務とのイメージを植えつけられていた為の、
ギャップから来る敵に対しての過大評価だろう。敵の士気は低く、命令伝達は悪く、頭は今し方切り取られた。
ダウンロードが終わったことを告げる電子音。十二姉妹の体は便利なものだと、ジュライは笑みを浮かべた。
念の為ディスクか何かに移しておこうと、辺りを探してみる。と、コンピューターが音を立てた。
画面を見ると、敵総指揮官からの命令書だと書いてある。
ジュライはお定まりの機密扱い文書に書かれる罰則と誰に宛てたものかの表示を無視して、それを開いた。
表示されたのは部隊の現在の状態、敵の総数、降下した装甲車の数、これからの作戦。
これもダウンロードしよう。そう思ったが、敵が近づいてくる音が聞こえた。
舌打ちして、命令書を端から端まで映像記録に収める。こうしておけば、後から読み返せる。
足音は二人分。刀を鞘から抜く。ドアは閉まっている。ロックは掛かっていない。
ドアが開く。床を蹴って眼前に迫る一人を斬り倒し、腹部から上下に分かれた彼を放っておいて右に立っていた一人の首を刎ねる。
素早く辺りを確認。目視されたことを知る。脇目も振らずに逃げ出した。十二姉妹だ! との声と共に、銃撃が始まる。
捕まるとは思わなかった。ジュライの想定では、彼女を捕らえられる存在などいる筈が無かった。
そしてそれは、指揮センターから暫く離れたある地点、戦火は及んではいないが、人はもういない場所に辿り着くまでは正しかった。
足を止め、すぐ前にあるビルの非常階段を見る。ゴミに隠れて良くは見えなかったが、誰かがいた。ジュライに銃を向けている。
刀を抜いたが、逃げる気だった。敵は三階の非常階段にいた。有利なのはあちらだ。それに、戦う必要性は無いと判断したからだった。
駆け出そうとする彼女の目前に落下物の影。
ジュライを押し潰す目的で落ちて来たそれを回避するのに、彼女は横っ飛びに跳ばなければならなかった。
体勢を立て直し敵を見据える。姿を見て、流石の彼女も目を薄く開いた。呟く。
「……セプ?」
先程ジャニアリーと戦い、撤退したセプの同型機が、繁華街に現れていた。
* * *
日が昇った。朝特有の白い光に照らされて、敵も味方も良く見える。俺は東部戦線の十二姉妹兵に嵌められた手枷足枷の除去を祝った。
これで少なくとも一方的では無くなる。こちらも有効な反撃が出来る。クソったれ共に断罪を。俺たちの仲間を良くも殺したな。
戦闘中だったが、十二姉妹隊所属兵の誇りに賭けても、死者に新たな銃創を作らせる訳には行かなかった。
三名の勇気ある志願兵が斃れた英雄を比較的安全地帯に運び込み、衛生兵が最後の処置を施した。
瞼を閉じさせ、酷い傷口を隠す為に補給品の毛布を使って作った死体袋に入れたのである。安らかに眠ってくれ、戦友。仇は取るさ。
弾痕の数が著しく多い窓に近づく。俺の定位置だ。隣には銃撃戦の最中だってのに、壁にもたれてぐっすり眠ってる兵士が一人。
起こしても戦力にはならないだろう。彼をもう少し安全な位置に足で押しやって、ちらりと顔を出す。
しめた。アンドロイド兵は全員別サイドの攻撃に夢中になってる。俺はノーマークだ。
銃を出し、狙いをつける。外せば折角のチャンスをふいにしてしまう、気をつけろ。外せないぞ。
セレクターをセミオートにし、ハンドガードを窓枠に置く。上から押し付けはしない。
使い慣れたアイアンサイトを覗き込み、正しい位置に敵の下腹部を持って来る。
こうすれば、放物線を描いて飛ぶ銃弾は首や頭に当たるって訳だ。但しこのアンドロイドたちは身長が低いので少々狙い難いが。
指を引金に掛ける。まだ大丈夫、敵は気付いてない。息を吸い込み、三割吐き出し、止める。照準が安定。絞った。
発砲音。照準の先で、アンドロイドが仰け反って倒れる。そこから先は見ずに頭を引っ込めた。
俺に気付いて目標を変えた敵が、こちらに撃って来たからだ。敵の銃は貫通力に秀でている。この壁もそろそろ抜かれるかもしれない。
移動の必要性を感じ、そこを離れた。次の窓を探そう。さっきの窓はもう使えない。穴開きチーズになりたいなら別だが。
ビルの上階に移動しよう。銃撃は激しいが、どうせ何処も同じだ。下も上も変わらない。死ぬも生きるも運と実力次第である。
階段を上がり、銃眼に適した窓を探──あー、満員か? そりゃ失礼、でも空きがないか探させてくれ。
そこいら中を探して、一つ見つける。トイレの窓。ここは誰もいない。そりゃそうだ。
そもそもここを選択肢の一つとして思いつくのがおかしいというか何と言うか。俺は便器に立って小さめの窓から銃を撃った。
こりゃいいな。敵も何処から撃たれてるのか良く分かってないみたいだ。調子に乗って、アンドロイドや敵ギルド兵の区別無く狙撃する。
ようやく一人のギルド兵が気付いて、銃を撃とうとする。それより速く、狙い撃った。彼は倒れたが、位置は誤魔化せなかったようだ。
敵がこちらの位置を感付いてしまった。近くに着弾している。このまま放っておけば、注意も失せて銃撃も止むだろうか。
注意はされるだろうな。反撃して兵力を減少させてやるか。どうせ窓は小さいから、そう弾丸も飛び込みはしないだろう。
銃を出し、射撃。効果有り、敵が遮蔽物から出てこなくなった。これでいい、殺せなくてもこれでいい。
我々は援軍を待って行動せねばならないのだ。相手を掃滅する気は無かったし、あっても出来ない。
敵の数を寡少に見積もるなど、この戦闘の中でどうして出来ようか。敵はこちらを押し潰せる量だ。そうしないのが不思議だ。
指揮官が素人なのか、お勉強好きのカマ野郎だったのだろう。愚かな彼のお陰で、俺たちは士気を保ち続けていた。
あんなのに負けるかってんだ、恥じゃないか、恥。死ぬのはしょうがないにしても負けたら一生ものの恥だ。死んでもお断りだ。
ボルトが後退し切って前に戻らなくなる。弾切れだ。弾倉を外し、新しいのを……あれ、畜生、弾薬持ってくるの忘れたな。
銃を窓から引き抜き、便器から飛び降りる。トイレから出る時に兵士に会った。
彼は『こいつは何を考えてるんだ? 用を足してる暇があるのか?』とでも言いたげだったので、文句を言われる前に逃げ出した。
水と弾薬は各階に出来るだけ均等になるように渡してある。時には敵から奪った銃と弾薬を足して弾薬量を回復することもあったが、
この小さな集積所集団を作る六から七割がフェブ様の補給によるものだった。彼女には本当に何かお礼を考えておかねばなるまい。
無造作に置かれている弾倉の山の中から取れるだけ取り、入るだけ入れる。装甲服を着直すことを考えたが、そんな暇は無い。
外に出た時間違えて撃たれたりしても困る。その死に方だと、死んでも死に切れない。
今のところ誰も友軍誤射を起こした報告は無いが、自分が最初の例になったら笑えない冗談になる。
現場の最高指揮官を失うとか、そういう隊の纏まりを一挙に崩壊へと導く事象は出来うる範囲で全て防いでおくのが俺のやり方だ。
良し、弾薬の補給完了。ついでに水筒も一本貰って行こう。
そう思って取ると、空の水筒だった。俺は水の補給が必要だと感じた。その時爆発音と振動が有り、俺は倒れた。
倒れたままで、近くにいた兵士に命じてトラックの無線で連絡、打診するように命じたが、彼は芳しくない答えを持って帰って来た。
ヘリは飛ばせないそうだ。飛ばさせないそうだ。装甲車に撃ち落されるかもしれない、か。尤もだが、納得は出来ない。
からからに乾いた喉を唾で誤魔化しながら、俺はトイレに戻った。途中、さっきの兵ともう一度会った。
彼は情けない顔で俺を眺める。こんなのが指揮官? という顔。君は表紙で本を判断するタイプなのか? 中身で判断した方がいいぞ。
トイレに入る。ぽかんとした。どでかい穴が開いている。ははあ、さっきの爆発はこれか。俺の運には限りが無いようだな。
狙い易くなった代わりに、狙われ易くなっている。接近を気付かれぬように腰を低くして穴に近づき、銃を出そうとする。
と、上に気付いた。上と言っても天井ではない。空だ。あれは、何だ? いや、分かってるんだが。
アイアン・オーケストラの奏でる狂騒曲を切り裂いて、仲間の声を聞く。
「敵の戦艦、いや、母艦だ!」
「なんてこった、反則じゃねえか」
「あんなのどうやって対処しろって言うんだよ!」
思わず俺も頷いてしまった。どうしろっていうんだ、あんなの。
* * *
妹は手強い。メイとエイプリルの意見は、寸分違わず一致した。
何らかの障害か、照準が上手く合わせられていないので助かっているが、もしも合わせて来るようになれば敗北も考えられるくらいだ。
五十口径弾の威力は遮蔽物や十二姉妹のボディを破壊するに足る威力がある。当たれば必死は免れない。
その癖、相手のボディはこちら以上に耐久力などで優れた新型だ。
経験の点で勝っているからこそ、エイプリルたちは敗北を喫していないのだった。
「これじゃ、いつまで経っても終わらないな」
メイが遮蔽物から遮蔽物へと走りながら呟いた。呟きはエイプリルに送信され、肯定の意思表示がメイに返信される。
十二姉妹側は決定的打撃力に欠けていた。メイの使ったFRAG12は然程の効果も無く、
それ以降は気をつけられて、撃つと回避行動を取って避けてしまう。この妹は相当の優秀者だと二人は評価に付け加えた。
逃げる、という選択も彼女たちの頭に浮かんだが、これは同時に却下された。
妹は絶対に追って来る。仕留めるまでは追い続けるハンターなのだ。獲物の首を飾りたい欲求に駆られたハンター。
その為に銃を取り、戦おうとする。単なる戦闘の為の戦闘ではなく、明確な欲求の下に戦っているのだ。
だから強いのかもしれない、と、エイプリルは思った。でもそれなら、自分たちだって強くなくてはならない。
つまり、目の前で戦い、銃弾に傷つくことさえも喜ぶ異常な妹を永遠に眠らせられなくてはならないのだ。
「……と言って」
さしもの十二姉妹のリーダーも、案に困って眉を寄せた。火力が足りない。
拳銃でも有効打を与えられるのは目だけだが、そんな場所を狙わせてくれるほど妹も甘くは無い。
辺りを見回し、打開策を探す。そういえば、年末型はどうだ? エイプリルは閃きを感じた。
妹がお供に連れている彼女は銃を持っていたかしら。報告では所持している銃はMP7に統一されているという。
ジャニアリーのP90を凌ぐ小口径高速弾なら、妹の強靭なボディにダメージを与えられる可能性もある。
短くメイに伝えた。歴戦の勇士である彼女は意図を汲み取り、陽動に掛かる。
エイプリルの考えでは、妹はメイの『お誘い』を断ることは有り得なかった。
思った通り、パーティで美青年からダンスに誘われた少女のように、妹は食いついた。
五十口径弾の流れ弾に当たらないように、安全を期して行動する。年末型を見つけなくては。隠れていたら面倒だ。
が、発見は容易だった。何故なら、彼女は妹の傍にいたからだ。お供の行動を見れば、その理由も明らかだった。弾薬持ちなのか。
銃弾を撃ち尽くした端から、新しい弾倉を投げ渡す。倒す理由が一つ増えた。殺してしまえば、銃弾の補給が途絶える。
左手で腰のサーベルを抜いた。使いたくは無いが、使うことになるかもしれない。
抜くまで左手に持っていたモーゼルはホルスターに戻した。妹の背中を見ながら、年末型の方へ近づく。
苦心して、彼女と柱一本を挟んで反対側というところまで辿り着いた。後は撃ち殺すだけだ。だけなのだが。
柱から顔を出してメイと妹の戦いを見ていると、妹が即座にこちらに銃を向けられる姿勢で戦っていることに気付いた。
どんな体勢でも、どんな趨勢でも、どちらが押していても、常に。隙が無く、迂闊に手を出せばカウンターを食らう。
エイプリルは自分がこの柱の背後に釘付けにされてしまったことを悟った。かくなる上は、こうするしかない。
サーベルを収め、モーゼルを抜き、突き出して撃ちまくる。
幾ら背後への攻撃も可能なように体を捌いていた優れた戦闘技術を持つ妹でも、銃撃を察知してから避ける能力は無い。
発砲された弾丸の恐らく全てをその身に受けて、彼女はつんのめった。顔は地面に向いている。
メイはカバーから飛び出して、先輩としての面目を保った。渾身の力でショットガンをフルスイングする。
褐色の体が逆方向に飛んだ。倒れて滑り、エイプリルの足元まで来る。リーダーは両手の拳銃で妹の赤い双眼に狙いをつけた。
「おおっと」
彼女は、ブラックジャックで二十二を引き当てた時のような顔をして、それを笑う。
言葉の続きを妹は言おうとしていたようだったが、どうでも良かったのでエイプリルは引金を引いた。
* * *
『カタパルト準備良し、第一、第二、第三工作班、報告しろ!』
マルスと呼ばれる対空ユニットとの神経接続を済ませたマーチの耳に、無線連絡が流れ込んで来た。
今の彼女には辺りの全ての無線が聞き取れる。これも、ユニットと接続したことによる恩恵だ。
但し彼女が格納庫から外に出るには、幾らかの問題の解決が必要だった。カタパルトで打ち出す予定だったが、射出経路が狭過ぎたのだ。
マーチの集めた部下たちは大急ぎで新たな人員の確保と拡張作業を行わなければならなかったけれど、
彼女の思っていたより余程速くその作業は終了した。微力ながらと手伝っていたニルソンも驚いていた。
『マーチ様、準備が完了しました。いつでも飛ばせますよ』
「今すぐ行く。カタパルトを用意して」
その黒い巨躯が少女の両足のみを支えに動き出す。ニルソンの話にも出ていた反重力装置の働きで、外見とは違い速やかな移動を行えた。
まずまずの感触に頷いて、カタパルトに向かい、体を固定する。膝を曲げて、衝撃に備えた。
どれくらい高く飛べるかが問題だ。最新の情報では、東部戦線に敵母艦を発見とのことだった。
マーチはその報を聞くと、マルスの上部にあるコンテナの中に大型の対艦ミサイルを無理矢理三発積んだ。
パラシュートを外せば通常ミサイルが一発積めるということだったので、外して更に積んだ。
結果出来上がったのは安全性と生存性無視の、攻撃に特化したユニットだった。マーチは満足顔だったが、ニルソンは心配している。
出撃の用意が完全に整った。体各部に力を込め、左右にそれぞれ一つずつ備えられたミニミ、その弾薬、拳銃を確認する。良し。
彼女の連絡で、管制している兵士が秒読みを開始する。五、四、三、二、一。
「ゼロ!」
体全体にGが掛かり窓が大きくなっていく。脚部を固定した金属板が擦れて火花を上げるが気にも留めない。
急造した射出経路は十分かつ必要なだけの広さを持っていた。道の途切れるところが近づき、到る。
放り出される感触はマーチも未経験のものだった。彼女は気持ちいいと感じて一時浸ったが、すぐに任務に戻った。
三十ミリ機関砲を後ろに倒し補助脚を前に出す。本体の内蔵機関を始動し、勢いを失わぬ内に速度を上げに掛かる。
マーチの感じたところでは、大気圏内でならギルドスカイが通常取るのと同じ高度ででも共同作戦が可能だった。
特別誂えの十二姉妹専用品なら別だが、それだって付いていくくらいは出来るだろう。
生憎と姿勢制御装置の関係で時速八十キロしか出せなかったが、高度はかなりの自由性を持つ。
天井を目指して、螺旋を描いて飛び上がり続ける。
僅かな間に天井は眼前に迫って来たが、衝突の前に通常ミサイルを射出し、破壊していた。
開いた穴を通り抜けて空を手に入れる。行き先は東部戦線。方向を定めて出力を調整しようとしていたところに、連絡が入る。
速度を落として、通信を聴くことにした。
──マーチ?
ジャニアリーだ。何を言われるのかと思ったが、声に怒りは感じられない。
──ニルソン様から聞いていますわ。先程ジューンが帰艦しましたので、彼女を護衛に付けます。異存はありませんわね?
いらない、と言おうと思ったが、確かに自分一人では心細いものがあるし、十二姉妹専用ギルドスカイで対地攻撃でもすれば、
東部戦線の味方には大きな支援となる。彼女は受け入れて、そのことを伝えた。
──宜しい。マルスでしたかしら? それの使い方は分かりますわね? フェブのレーダーで捕捉、あなたが射撃ですわよ。
長くなりそうだったので、マーチは全て聞き流すことにした。お節介の限りと言った言葉が、大量に流れては消えていく。
ジャニアリーはどうでもいいことを喋り過ぎだ、とマーチは思った。重ね重ね、彼女は指揮官向きではない。
──では、健闘を祈りますわ!
通信は一方的に切れた。溜め息を吐いていると、ジューンのギルドスカイが上空を通って行った。
今度は彼女からの連絡が入る。
──ジャニアリーの話は聞いたのか?
「聞いてない」
速度を上げる。八十キロは遅いような気もするが、愚痴ったって意味は無い。
──良かったのか? その、無視したりして……。
小さく笑う。姉妹全員と円満な関係を結んでいるジューンだけはある言葉だ。
マーチは短く答えた。長く答えるのは好きではなかった。本意だけを短く、適切で適当な言葉で伝えるのが、彼女のやり方だ。
「いい」
* * *
勿論、私は両目を撃ち抜かれるようなヘマはしなかった。それはイコール終わりを意味する。
この時間の終わりだと。子供のように私は嫌悪感を抱いた。出来るところまで楽しみ続けたい。
腕がもげて、足も千切れ、強化骨格が圧し折れ、人工筋肉は断裂し、人工頭脳など攪拌の余りジュースになるところまでだ。
私は所謂死を回避した。回避方法は安全性には欠けていたが、失敗するとは思わなかった。
顔を動かし、数センチ目からずらす。弾丸が顔に当たり、跳ね返った。お姉様たちの声が上がる。びっくりしたかしら?
左手のワルサーを投げ上げて腰を浮かす。メイお姉様がちらとワルサーの方を見る。サーベルを抜き、エイプリルお姉様の手を薙ぎ払う。
あわよくば切り落とさんと思っていたが、彼女は素早く手を引いた。銃にも当たらず、完全な空振り。バレットをメイお姉様に向ける。
弾幕射撃をしながら立ち上がってエイプリルお姉様を向く。ワルサーを拾うのを忘れていたが、もう一挺あるからいい。
空白は一秒も無かった。彼女は両手の銃の照準をこちらに合わせた。これは不利と形容していい状況だ。打開出来るけど。
サーベルを収めて後ろを向き、その左手で相棒を掴む。メイお姉様が飛び出ようとするのを牽制。当たればいいのに。
相棒を壊してしまわない程度の力で、エイプリルお姉様に投げつける。予想だにしない攻撃に回避が遅れたに違いない、
彼女は正面から激突して後ろにぶっ倒れた。ごろりと転がって射線から出てくれる辺り相棒は私を分かっている。後で髪を梳いてやろう。
弾倉の残りは五発。三発をメイお姉様を抑えるのに使う。二発有れば十分。左手を添えてバレットを撃つ。
外れた。胴体を狙ったのに左足首に当たった。そこから下はもぎ取れたようだ。ああ、取り敢えず、外したのは私のせいじゃない。
何度も言うが、十二姉妹は最高だ。右脇腹の痛みが伝わり始める。鉄塊が当たっていた。スパスに殴られるのはこれで二度目である。
エイプリルお姉様が立ち上がろうとして倒れる。無力化はほぼ成功したようだ。後は再度飛び出てきたメイお姉様を倒すだけ。
振り向くと、顔目掛けて飛んで来る黒い暴力。後ろに首を傾けて避け、左手で上から押さえ込む。
力は拮抗とは行かないようだ。パワー型の私の勝利である。マーチお姉様でも勝てるだろう。勝つ。
メイお姉様は切り替えが早かった。力の差を悟ると銃を手放し、素手で私を殴りつけた。
単純な力は確かに私が強い。ボディの強靭さも私に軍配が上がる。だが、だからと言って彼女の打撃を無効化することは出来ない。
腹を殴られれば身を折るし、顔面を殴られれば殴られた方向に顔が行く。私は腹部を殴られた。体を折りたくなるのを耐え、距離を取る。
もしその時の二人を見たなら、私とお姉様の様子は対照的だった筈だ。
片や服は汚れ所々に着弾での痣があり、片や綺麗な服のまま。多少の汚れは見ないふり。
そして片方はそれでも戦意を失わず、むしろ旺盛にしている。もう片方は戦場からの離脱をも考えているようだ。
バレットを後ろに向ける。ぴくりとメイお姉様が動いたが、エイプリルお姉様は既にある程度の距離を作っている。
私は待機していた相棒に銃を渡した。お姉様が肉弾戦を望むなら、私もそれで答えよう。左手のスパスは壊さないように地面に置こう。
しゃがんでそうしようとした時、親愛なる私の敵であり姉の一人が動いた。右足が迫る。
鋭い蹴りだったが、咄嗟に前転して避けられた。擦れ違いざまに踵で胸を打つ。お姉様は背中から倒れた。
本来私は接近戦を得意とするタイプではない。肉弾戦は忌避するべきものだ。同類との戦いの中で確立した戦術では、そうだった。
しかし。しかしだ、これはこれで楽しいではないか。私は新たな刺激を知った。新しい刺激は即ち喜びである。
起き上がろうとする彼女に覆い被さる。彼女は殺す気で殴りつけようとする──私は子供がじゃれつくように彼女を抱き締める。
十二姉妹は敵で、姉で、憧れだ。それくらいしたいとは思っていた。実現のチャンスを逃す手はない。
力を込め過ぎたようでメイお姉様は苦しがっている。殴るより引き剥がす方に集中し始めた。対抗し尚強く、万力の如き力で締め付ける。
柔らかな胸が私の顎に当たっていた。顔の上ではお姉様の苦悶の表情。良く見えないけど喘ぎ声は色っぽい。私にはそう思える。
髪の毛がぐいと引っ張られた。まずい。顔が胸付近から離れる。隙間が発生し、締める力も弱まってしまう。
メイお姉様が腕を引けるだけ引いた。そろそろ離れる時だと感じると同時に、そうなる。殴り飛ばされて拘束が解けてしまったのだ。
今度は無様にも地を滑ることは無かった。立って、構える。メイお姉様もファイティングポーズだ。
さっきから仕掛けられ通しだったので、私から攻めることにする。イニシアチブ奪還だ。
彼女と私の間は三歩分。大股だと一歩で行ける。どう攻撃するべきか。お姉様を観察する。
と、胸部と腹部の境目辺りに傷を見つけた。バレットが掠ったらしい。傷がぱっくり開いている訳ではないが、弱点発見である。
これでどのように決着をつけるかは決まった。後はそこに持って行く方法だ。
考えて、考えて、考えて、嫌になったので考えることを止めた。やりながらどうにかする。考えたってその通りに物事は進まない。
前に進む。防御など考えない。容易に捻り潰せる相手ではないが、私にはそれ以外のやり方が肌に合わないのだ。
エイプリルお姉様は誤射を恐れてか、無駄だと思ったのか、ずうっと見ているままだ。介入の恐れはあるまい。
右手を軽く握り、小さく振る。関節部がこきりと音を立てた。残り一歩。相手の目の動きが非常に良く見える。
大振りの攻撃は駄目だ。避けられるか反撃される。小さく、それでいて致命的に行こう。
左手でお姉様の右手を払い除ける。彼女の左手が私の喉を狙って突き進むが、数寸横に移動し回避。
チャンスその一だ。右手を引いて傷を狙い、打つ。外れた! これで傷を狙うのは簡単ではなくなってしまった。
どうしたものか難儀していると、意想外なことに次のチャンスが早くも訪れた。
来襲した右ストレートを右手を外から回して頬に擦らせながらもかわす。彼女の左手と右手はバツ印を作って一瞬動けなくなる。
左手を引いた。一瞬で足りる。赤い爪が脆い防御を破壊し、人工筋肉を切り裂き、内部からの破壊には滅法弱いこの肌を突き破る。
メイお姉様は何が起こったのか理解したようだった。オイルがぼとぼとと落ちる。エイプリルお姉様が親友の名前を叫んだ。
力が入らない様子だ。両手で私の左手を抜こうとしているが、力が加えられているとは感じない。
それでもオイルで滑って抜けそうだったので、更に深くねじ込んだ。肘まで飲み込まれる。メイお姉様も叫んだ。痛かったのだろう。
反対側からオイルに塗れた私の腕がこんにちはしている。手を動かす。爪は剥がれていない。何ともまあ、都合のいいことだ。
彼女の腕が完全に動かなくなったのを認識し、右手でお姉様の体を突いて腕を抜く。頭から落ちた。
おっと、まだ生きているようだ。目が私を見ている。左手を振ってオイルとその他の付着した組織を散らして、
相棒からバレットを受け取った。丁度一発残っている。エイプリルお姉様から撃たれない位置に移動し、ライフルを首に向けた。
頭を破壊しては、私の願いが叶わない。ハンティングトロフィーを作りたいのだ。私の部屋に飾る。
夜眠る時も、食事する時も、何をする時も彼女たち尊敬する姉に見守られながら生きるのだ。こんな幸せが他にあるだろうか?
感慨に浸りながら、私は引金に掛ける指にじわじわと力を入れていく。
エイプリルお姉様が何とか地を這ってこちらが見えるところまで来て、銃を向けた。拳銃では止められませんわよ、お姉様。
引金を引く。お姉様も引いたと思う。物凄い銃声が響いた。私は衝撃を感じた。
* * *
抜いた刀を閃かせることに躊躇はいらなかった。彼女の顔を見た時から、私は逃げられはしないだろうと予測していたからだ。
逃げられぬならば、逃げさせるか、この場で倒してしまうしかない。近距離に敵のいる今、思考している暇は無かった。
一歩進んで勢いをつけながら、首を狙って腕を振る。十二姉妹を殺すなら、まずそうするに限るからだ。
オクトたちの紛い物共は生命維持に関して我々ほどは重視されていないようだが、この敵は違うだろう。
大型インカムを見れば即座に判断出来る。こいつは指揮官クラスの敵だ。
戦闘能力は知らないが、生命維持は我々並と考えても差し支え無い。
彼女は銀色の線を避けて、私が進んだ一歩分後退する。銃剣は向けられたままだ。踏み込んで来る切欠を探しているのか。
面倒なことだが、立ち塞がる障害は打倒せねばならない。心配はしない。私にはそれを可能にするだけの力がある。
セプの同型機であることを理由に動きが鈍ることも無い。例え本物のセプだろうと、邪魔なら斬って退ける。
つまり彼女、襲い掛かって来た同型機は、その面によって不利だろう。
彼女は私が躊躇い、戦意を失い、撤退に移り、決してずかずかと前に進んで撫で斬ってやろうと思ってなどいないと考えている筈だ。
それが大間違いだということを教育してやろう。確証の無い行動が如何に危険かということも、教え込んでやろう。
私の意表を突くことに成功したことは認めるが、折角得たメリットを呆気無く放棄した辺り、戦闘慣れしていないのが窺える。
教本通りにさえ出来ていない。本物のセプならもっと私を苦戦させているだろう。そもそも自発的に近くに来ることが有り得まい。
一歩前へ。敵は一歩後へ。困惑の色が薄く浮かぶのが見えた。微笑み掛ける。ねめつけられた。力が入り過ぎだ。虚勢にさえ思える。
では、勉強の時間だ。刀を構え直す。相手も銃を向け直した。微妙に慌てている様子で、笑いそうになる。
地面を蹴り接近。余計な装備が無いので、私の素早さはかなりのものだ。この体を下さったお母様とニルソン様には足を向けて眠れない。
彼我の距離二と半歩分。刀の間合い。腹部を刈り取ろうと一閃する。
銃剣に当たって止まったが、刀が止まっている間は彼女の銃も止まっている。
刀を引いて戻しながら、左足を前に出して九十度旋回、敵に対して左側面を見せる。当然、そこで行動が終わる訳がない。
顎を下から殴られて、同型機は尻餅をついた。刀を逆手に持ち替えて突き立てようとするが、回避される。地面に刺さった。
次はあちらの攻撃だ。突き立てられた刀を地面から抜く前に、刺突しようと彼女の銃を突き出してくる。
右手を柄から離して身を引き銃を掴み、彼女を引き寄せる。抵抗は無駄だ。刺突の為の前傾姿勢では逆らえない。
必要なだけ近寄らせてから左の手刀で首を叩く。右手を離し、腹を殴りつける。戻し、横っ面にもう一発。
またも倒れ込んだが油断はしない。『死ぬまできっちり』が生き抜く秘訣だ。相手の息の根を止めたと確信出来るまで攻撃は続ける。
得物を引き抜き、足元で起き上がろうとしている同型機の顎を蹴る。何とも弱いことだ。この光景を見ればセプは悲しむだろう。
これは同じ姉妹を見る贔屓目無しで言うが、セプの方が百倍は強い。戦っても、こんなコピー品に負けることは無いに決まっている。
何処か口内を怪我したのか、我々十二姉妹の血と同様のものを吐き出しながら模造品が立ち上がった。
心なしかふらふらしている。殴られたくらいでふらふらするような者は姉妹にはいない。やはり、セプの劣化コピーだ。
が、死んでいないところは結構なことだ。普通死んでいてもおかしくないのだが。特に、一対一の状況で私を敵に回したからには。
銃を手から離していないのも高評価である。戦闘する意思があり、遂行の手段を手放さない頑固さもある。実に結構。
ただ、そんなものは十二姉妹の誰にだってある。部下たちも所有している。敵がそれを持っていると分かったところで、何も思わない。
睨み合いに戻る。違うのは、あちらが警戒の度合いを上げていること。実力の差が分かっているのなら逃げた方がいいが、
逃げない方が個人的には嬉しい。ここまでやったなら、殺すところまでやりたい。それこそきっちりと、だ。
じりじりと円を描きながら続く観察。馬鹿馬鹿しい。自分がとんでもない愚か者に思えてくる。
握った刀を左脇の下を通し、体を倒す。居合いの姿勢だ。本当は鞘の中に入れるのだが、その必要はないだろう。
第一、私がこんな姿勢を取っているのは刀を隠して間合いを読まれないようにする為だ。鞘に入っていようがいまいが構わない。
踏み出す。振り抜く。軍服のコピー品はぎりぎりで避けて、後ろに跳ぶ。そのまま、振り返りもせずに走り出す。
……逃げたか。私はケリをつけられなかった不快感を露にし、近くにあったゴミ箱をスライスした。どうせ見られることも無い。
根性無しの臆病者め。
ま、いい。彼女は放っておいて、そろそろデータを調べてみよう。好奇心が抑えられなくなってきた。
ダウンロードしたデータを開いて見てみる。最初に、敵の指揮官に送られた命令書らしいものを見ることにした。
厳重な封、というかロックを解除して読んでみて、私は声を上げる。これはいい。教えてやろう。
その時、上空に航空機が通った。我々専用のギルドスカイだ。好都合である。フェブに連絡しよう、ギルドスカイで叩ければいいが。
* * *
マーチとジューンは落胆した。彼女たちが到着した時、空挺降下は最早三分の二ほどまで終わっていたからだ。
これでは根底から阻止することは出来ない。遅過ぎたのだ。通信回線が味方の声で埋まっていた。
聞き慣れた罵声の数々や、それ以上に聞き慣れた悲鳴と怒号。マーチの拳に力が入る。
「ジューン、突入するわよ」
まだ三分の一が残っている。自分を律してそう言い聞かせ、残り少ない獲物目掛けて直進していく。
敵は何が来ているのか分からないようだった。自軍の秘密兵器か何かだと本気で思い込んでいるのか、
嬉しそうに手を振って激励を送る兵士までいた。彼らは敵味方識別反応装置を知らなかったのだろう。
そういう兵士は真っ先に狙われた。目に付きやすかったからだ。パラシュートに繋がった兵士は無防備で狙い撃ちの的である。
たちまち十数人の上半身と下半身が分離し、下半身は落ちていった。
ショックで口も聞けなくなった者、痛いと泣き喚く者、運良くすぐに死ねた者。彼らは様々な散々な結末が待っていた。
気付いた兵が発砲してくる。マーチは周囲を掠める銃弾に眉をしかめた。気分のいいものではない。
──マーチ、敵兵は私がやる。対艦ミサイルを使ってくれ。
ジューンの申し出を了承すると、彼女は十二姉妹専用ギルドスカイに積載された機銃で敵を狙撃し始めた。
敵の数は三分の一でも少なくないので、二発三発のバースト射撃で慎重に狙っている。
それを背後にして、マーチは対艦ミサイルをチェック、敵艦の高度も確認した。
こちらの高度は千五百メートル。敵の高度は三千メートル程度。
追いつけるかどうかは分からないが、余裕でミサイルの射程距離ではある。地上からでも届く。
地上で戦闘中であろうフェブに回線を開いて、援護を頼む。
肉眼での適当な射撃で兵士は殺せるが、ミサイルをあてずっぽうに撃って当ててで敵艦を落とせるとは思わなかった。
──了解。スキャンしてみますわ。十秒待って下さい。
高度を二千メートルまで上げて、待機する。艦はゆっくりとだが動き出そうとしている。逃げてしまう。
勝手にミサイルを撃ち込もうかと思っていたところに、フェブの解析結果が来た。
──艦橋の位置、それに機関部の位置を確認。座標を転送しますわ。機関部への最有効打撃着弾箇所の検索に十秒掛かります。
──こちらジュライ、その必要はありませんわよ、フェブ。
──ジュライ!
単純な驚きの声だった。マーチも驚いていた。ジューンは口を閉ざしていた。複雑な思いがそこにあった。
フェブが何か言おうとするのを押し止めて、情報を入手したこと、その情報には敵艦の弱点を部分的に曝したところがあることを告げた。
彼女が言うには、今し方敵兵が空挺降下したばかりの格納庫には弾薬や燃料がおいてあるらしい。補給物資投下の為だろう。
それに当てれば甚大な被害を及ぼせる。資源的にもだ。更に周囲に未だに降下していない兵や装甲車がいたなら、やはり有効打になる。
マーチは今だけ、ジュライが自分たちに対して何をやったのかを忘れることにした。データをインプットし、通過ポイントを設定する。
──幸運を祈りますわ、マーチ。それでは、また。
通信が途絶する。気に入らなかったが、現在の状況下でそれを咎めている時間的余裕は無い。
──ジュライの言葉を信じる他に手は無いな。
ずっと黙っていたジューンがぽつりと漏らす。三人の気持ちは一致していた。
一時的な回避行動か、艦は高度を上げ続けている。大気圏外に移動される前に撃たなければならない。
三本のミサイル全てにデータを入力する。後は撃つだけだ。マーチは少しの間全身の力を抜いて艦を見た。
発射。
三つの軌跡がそれぞれの航路を辿って、艦に近づいていく。撃墜しようと砲火が上がるが、突然のミサイルに対応し切れていない。
または、対空砲火に使う兵員さえも戦闘に駆り出したのか。
惨めなものだと笑ったマーチの目に、一発のミサイルが艦橋に突き立つのが見えた。後の二発も、撃墜不可能な距離まで近接した。
が、突き立ったそれは爆発しなかった。
* * *
妹はバレットを撃った。私も妹を撃った。メイは倒れていて、されるがままだった。
耳を劈く銃声だったのだろうと思う。目前で発生していることが重大過ぎて気を取られ、音など分からなかった。
妹の銃はメイの首にしっかりと狙いをあわせてあり、拳銃如きでは逸らせまいとは考えていたが、それでも撃たずにはいられなかった。
が、結局逸らせないものは逸らせない。想念が銃弾を強化することは無い。拳銃弾は拳銃弾の威力。五十口径弾は五十口径弾の威力。
だから、彼女の銃を、射線を逸らせたものが私の拳銃の訳が無かった。よって私は、辺りを首を回して探し回ることになる。
打ち倒せない障害として立ちはだかろうとする妹が、発砲の瞬間横へと吹き飛んでいた故に。
最初私は奇跡でも起こったのかと考えたが、すぐに否定した。私は奇跡という概念を好まない。それどころか憎む。
では何が妹にそうさせたのか。首を回して探し、見つける。何と言うか、ご都合主義といえばご都合主義だ。
「付いて来いって言われましたからね」
分隊狙撃手の彼だ。メイが連れて来た彼。入れ違いになった後、走って来たのかもしれない。
彼のライフルの銃口から硝煙が立ち上っている。彼は倒れたメイに走り寄ると、彼女を引っ張って私のところまで連れてきた。
あんなことをされたけれども、メイの闘志は消えていなかった。彼女は銃を取って立ち上がった。十二姉妹の誇りだ。
私も負けてはいられない。柱に縋って、手を貸して貰いつつ、立ち上がる。拳銃を向けた。
妹は死んでいない。気付いた時には驚いたが、それだけだった。納得出来ないでもなかったからである。
さっきまでの動きと比べると幾分ゆっくりと身を起こす。顔に傷がついていた。不機嫌そうな様子だった。
投げられる弾倉をキャッチし、新しいものと換える。年末型がいつの間にか彼女の後ろに立っていた。
撃つ訳でもなく、喋る訳でもなく、ただただ互いの目を見つめ、次の動向を窺う。
私の観察したところだと、妹は迷っているようだった。この優秀な分隊狙撃手を殺し、その後に我々を殺すかどうか。
不意に、彼女は別方向に歩き出した。私たちに近づいてはいるが、こちらから見て左斜めに移動している。
行き着いた先は落し物のワルサー。拾い上げ、手で弄んでからホルスターに戻す──直前に発砲。兵のヘルメットに着弾。
メイが撃った。私も撃った。兵士は怯んで撃つのが遅れた。その間に、妹は年末型を引っ掴んで盾にしながら、この建物から飛び降りた。
落ちたところを撃ちまくる。あちらからの応射が有ったところを見ると、仕留められはしなかったようだ。
遠くから声が響いてきた。不機嫌そうな、嬉しそうな、奇妙な声だった。何がそんなにおかしいのか、私たちには分からない。
「お姉様方、お姉様方! また会いましょうね、また! その時には私たちだけで! 正真正銘、私たちだけで!」
狙撃手が声の方向から大体の位置を割り出し、そちらに射撃を加える。
しかし、幾ら撃っても返って来るのは嘲りを含んだ哄笑。途中からは年末型まで笑い出した。
二つの笑い声が止んだ後、私とメイは同じタイミングで倒れこんだ。
兵士が慌てて駆け寄り、具合を尋ねる。自己診断プログラムを走らせて確認……おやおや、酷いものだ。
私も笑いそうになった。メイは笑って、痛そうな顔をした。いっそミスターの時のように首だけになれば、
痛みを感じずに済んだかもしれない。それとも痛みではないのか? 我々は基本的に戦闘時は痛覚を感じないように設定する。
ジュライのような一部の者は感覚が鈍ると言ってそうしないが、メイもその一人なのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
聞く気は無い。それより、早く戻らなくてはならない。ジャニアリーにはもう暫く頑張って貰おう。
後から兵士や他の姉妹に彼女の指揮官っぷりがどんなものだったか聞いてみるのもいい。楽しみが一つ増えた。
分隊狙撃手が無線機に、トラックを至急寄越すように言っている。到着まではそう掛かるまい。何と言っても、車輌である。
人の走る速度や、我々の速度など超越した速さだ。きっと僅かの間に到着し、我々を艦に運んでくれる。
舌打ちした。安堵感からか、瞼が重い。兵士はまだ声を荒げている。
そう言えば、最後に寝たのはいつだっただろうか。緊張が解けたのも理由だろうが、眠っていないのも理由かもしれない。
私は休憩を取ることにした。あくまで休憩だ。誰もがするただの休憩だ。
だが、十二姉妹にだって、時には休憩が必要なのだ。特に、今のような状況下では。
最終更新:2008年02月25日 23:08