『ちょっと、聞いてるの!』
フェブの大声は耳に悪い。私はボリュームを最適なところまで下げてやった。
マルスは私に合わせたのかかなり頑丈に作られているようで、動きに関しては何の問題も無かった。
問題があるとするならば私に対して大いに怒りを表明する、十二姉妹の支援担当員に関してだ。
幾ら動いていると言っても、戦闘能力の低下は否めない。そんな時に彼女の支援が無ければ、低下はより著しくなる。
手短に言えば、彼女の手助けが絶対に必要だということだ。彼女が戦闘の続行に反対なのにも関わらず。
無くても、なんて強がりや虚勢は言わないし張らない。確かに必要だ。どうしても必要だ。
『敵はオクト・ノヴェ・ディッセの強化量産型……百体よ。今までの戦闘で減らした分を引いても、大して変わらない!』
「知ってる」
報告では八十数体にまで減らしているとのことだった。が、そんな変化は極小なものだ。
彼女たちの力は、私たち十二姉妹自身が最も良く分かっている。死を恐れない、小さな狂戦士。恐るべき敵対者だ。
その銃は私たちのボディにも傷を付けられる。ギルド兵の装甲服など紙同然に貫通する。力も人間などの比ではない。
認めよう。全て認めよう。何もかもを認めよう。彼女たちは強い。彼女たちに対抗するのに、私だけでは力が足りないだろう。
だからこそ、全滅させることなど、私も最初から考えていない。私は数を減らすだけだ。可能なところまで数を減らす。
それが一か二か、三か、四か、十や二十か分からない。けれども、それであっても数を減らしてやらねばならない。
仲間たちの為。姉妹たちの為。私が出来ることを皆やろう。困難だろうが、不可能に見えようが、やり遂げよう。出来るところまでは。
『なら!』
これは私の我侭だ。私がやりたいからやるまでのことだ。きっと、やらなくたって何とか勝てるだろう。
けど、やれば誰かが死なずに済む。やれば誰かが笑って明日を迎えられる。私が少し頑張るだけで、誰かが悲しまずに済むのだ。
それがコヨーテ共のことなのか姉妹兵のことなのかは予想さえ出来ないが、そう思うだけで、やらねばならないと感じた。
何処かの誰かの未来と一時の平和と喜びの為に。崇高な目的だと思う。愚かだと笑われたとしても、私だけは崇高な目的だと思っている。
だから、お願い、フェブ。
「これが終わったら戻るって約束する。私の我侭だけど、付き合って欲しい」
彼女は何も言わなかった。私も、何も言わなかった。彼女がイエスと言うとは思えなかったからだ。
あれでフェブは冷静過ぎるほど冷静なきらいもある。パニックになることも多いが、情報担当だからか、いつもは冷静だ。
フェブなりに考えているのだろう。手を貸して戦闘を続行させるか、はねつけて無理矢理にでも艦に戻らせるか。
私なら、と考えた。私がフェブなら、多分、後者を選択するに違いない。他の者を代替要員にして、帰艦させるだろう。
けれど彼女は私ではなく、また私は彼女ではない。彼女の考えは私には分からない。答えの時まで待つしかない。
沈黙は長かった。長かったが、永遠ではなかった。やがて彼女は口を開いた。
『答えて、どうする気なんですの? あの子たち相手に、どうやって戦うつもりなんですの』
再度訪れる沈黙。どうやって戦うか、か。大変な質問だ。私の戦い方は一つしかない。
生まれ、育ち、その過程で銃を取って、何らかの目標に向けて撃ち始めた時から発生した戦い方しか無い。
しかしそれなら、これが私にとって最高の戦い方だろう。これしか無いならこれが最高なのだ。
他の戦い方など忘れて、これで戦えば良いのである。私が心に抱えて生まれて来た、あの戦い方。
「別に。ただ」
フェブは長い沈黙の間を辛抱強く待っていたので、こんな答えになってしまったのは少し心が痛んだ。
言うしかないのだから仕方無いのだけれども、彼女がこの返答にどう返すか心配だ。
「ありったけの桃缶喰わせて来るわ」
* * *
東部戦線における敵銃火はめっきり少なくなった。特徴的なMP7の発砲音が段々と少なくなり、最後には消えるに到って、
私オーガストは、年末型が撤退したのだと結論付けることにした。それが一番自然なことだからだ。
残っているのは私たちの装甲車で引っ掻き回され、消耗し、損耗し、死に掛けている二百名前後の通常の兵士だけだ。
本隊の到着までは後五分掛かると言うが、五分の間に敵が降伏して来てもおかしく無い状況である。
寧ろ、本隊の方で被害が出ていないと良いのだが。トーチカを潰すのは危険な任務で、八名編成の斬込隊は負傷率も高い。
我々の方が安全ではないかと思えるくらいだ。装甲車にも損害は殆ど無い。一輌だけ無反動砲が左後輪付近に着弾して、
タイヤ二つが吹き飛ばされて走行不可能になった程度だ。あの時は焦った。足の止まった装甲車は棺桶とイコールだ。
勇敢にも乗員たちの内、砲手以外は全員が外に出て敵の無反動砲班を索敵し、射撃を始め戦闘の終了まで守り抜いたから良かったものの、
もしもすぐに撃たれていたらと思うと冷や冷やする。破損した装甲車は、残りの装甲車で引っ張って帰った。
今はビルに篭り、時たま行われる散発的な銃撃に撃ち返したりしている。何度目の応酬か忘れた頃に、本隊から連絡があった。
『こちら東部戦線救援隊、周囲のトーチカは粗方撃破した。これより全速でそちらに向かう。どうぞ』
無線機を持っていたハンスが答える。
「こちら先遣隊、残党に気をつけろ、彼らは何処にでも潜んでいる。通信終わり」
『了解、通信終わり』
私が思うに、この戦闘も終わりが近い。お姉様たちはまだまだだと思っているようだが、ここまで追い詰められた敵が勝てるものか。
このまま押し込み、潰して、壊滅させられるだろう。艦を傷つけないように出来ればいいのだが。
手に入り難い部品とか、弾薬とか、色々と欲しいものがある。嗜好品もその中に含まれる。
まあ、それは後で考えるとしよう。今どうにかすべきことがすぐ傍にある。負傷兵の問題だ。軽傷者はいいが、重傷者だ。
彼らは急いで本格的な手当てをしなければ死んでしまうだろう。コヨーテか姉妹兵かは死にとっては関係無い。
私にとっても現在は関係無いことだ。重要なのは、ここで戦い、傷つき、死に掛けている者がいるということだ。
彼らは英雄である。というか、ここには誰一人としてそうでない者はいない。ヒーローだ。誰しもが、我々の決戦的存在の一人だ。
死なせるには惜しい。我慢ならない。死なせてはならない。決して死なせてなるものか。手を打つ。何としてでも救う。
まず許可を取らねばならない相手がいる。コヨーテの総指揮官だ。それは私の代わりに燃料調達班指揮官のユーリーが行った。
次に、後送の手段が必要だ。どうやって後送する? 担架に乗せて走ってなどいられない。そんなことをして、死んだらどうする。
私は装甲車を使うことにした。どうせあの状態では敵も手出しは出来まい。二輌に分乗させ、砲手と操縦手、それに衛生兵一人を乗せる。
装甲車一輌につき、六人は何とかなるだろう。上手く行けば七人、八人は乗れるかもしれない。
三輌とも使えたなら良かったのだが、無いものねだりは無駄だと知っている。今の状況で出来ることをするべきだ。
衛生兵に命じ、装甲車に重傷者を乗せる。動かすとマズいらしい者もいたけれど、放っておけば死ぬ。
助かる確率のある方に賭けよう。人の命を賭けるなんて、とも思わないでもないが、私は指揮官だ。
確率が低くとも助かるかもしれないなら、助かる方に全額賭ける義務がある。責務がある。
用意には時間が掛かった。一つには重傷者を乗せるのに苦労したからである。後部ハッチを開いて乗せたが、それでも大変だった。
デッド・ウェイトという言葉がある。死人の重さだ。完全に動けない者の重さでもある。彼らの大半がそんな状態だった。
出来うる限り急いで乗せる。私は手伝いながら、意識のある者に励ましの言葉を掛けた。気休めだが、あった方がいい。
コヨーテには効果が無くとも、兵になら僅かにでもあるかもしれないし、やれることは全てやりたい。
装甲車にぎゅうぎゅうになって乗っている重傷者たち。それでも、未だに全員が乗り込んだ訳ではない。これ以上乗れないのに。
だが、そこで一つ私はあることを思い出した。彼らは、ここに、どうやって来たのだ? そう、トラックだ!
私は私の到着まで指揮を執っていたユーリーに尋ね、トラックを持ち出し、残りの負傷兵たちを乗せた。
これで彼ら全員が後送出来る。私は胸を撫で下ろした。誰一人として死ななければいいのだが。
呻き声と水を求める声が止み、いい気分だった。救えたのだ、彼らを。この私が。良かった。
* * *
マーチ救援隊……メイが率いる彼らのやったことに関わらず、エイプリルは激怒した。報告に来た兵が怖がるほど怒った。
彼女は規律を重んじる。決まりごとを大切にする。生真面目で、味方に対しては大抵の場合実直である。
だから彼女は、烈火の如く怒りを露にし、親友のメイにもその怒りは及んだ。親友だからこそかもしれない。
エイプリルの言い分はこうだ──彼らはヘリを無断で使用し、危険な区域にまで飛ばし、十二姉妹隊に損害を与えかねない行動を取った!
尤もなことである。事後でも許可を取っていれば、エイプリルもそこまでは怒らなかったろう。だが、彼らは一切の許可を取らなかった。
それは重大な規律違反だ。規律は守らねばならないからあるので、破っていい規律など一つも無い。
中には馬鹿げた規律もある。時代遅れの規律もある。しかし制定されているのなら、可能な範囲で守るべきだ。
勿論臨機応変に対処しなければならない時もあるだろうし、その過程で規律を破ることもあるだろう。今がそうだった。
それでも事後承諾も取らないのは流石に許容出来ない。罰則の適用すら考慮するに値するレベルだ。
が、彼女はあくまで指揮官らしくあった。感情の揺れが激しく制御出来ない指揮官は、指揮官の中でも下の下に入る類の者である。
十秒としない間に怒りの表情を隠し、通信回線をメイ相手に開く。彼女は規則破りに関してどうとも思っていないようだった。
──誰かがやらなければならないことだった。そうだろ? エイプリル。
だとしても、無許可は行き過ぎだ。我々は一致団結して敵に立ち向かわねばならない状況下にある。
そんな時に個人の考えだけで行動をするのは間違っている。危険な考え方であり、改めるべきだ。
いいことをしたのだ、と思っているようだが、結果的に隊全体を危機に曝したと言ってもいい。
第一、オーガストの東部戦線救援隊から派遣される部隊を待てば良かったではないか。
エイプリルはそういうような意味のことを言い返す。メイは溜め息を吐いた。彼女がこういう反応を示すのは珍しい。
今までの場合、彼女はその良く回る舌で言い返して来ることが多かった。
──悪かったよ。確かに規則を破ったのは間違ってた。事後承諾さえ取らなかったのもな。
意外だった。謝るとは。拍子抜けした気分で、彼女と彼女の率いた隊員たちを許す。
人は誰しも間違いを犯すものだ。時にはその言葉では庇い切れない間違いを犯すこともあるが、今回は救いがある。
何も問題無く間違いが終わったということである。それなら、軽い処罰と厳重注意で済む。
エイプリルは今回彼女たちのやったこと、過去の功績、目下続行中のこの戦いで彼女らが成した功績を考えた。
救助されたマーチや、彼女の相棒フェブの感情、それに兵士のことも考えて処罰しなければならない。
今は少しの士気低下も命取りになる。彼女は過去、ここまで処罰一つするのに悩んだことは無かった。
──格納庫に到着した。すぐに一緒に行った四名と艦橋に出頭するよ。
彼女は本当にすぐに来た。走って来たようだった。エイプリルは額を押さえながら出迎えた。
メイの後ろに四名のギルド兵が並ぶ。彼らはフェブラリー隊やジャニアリー隊だ。他の隊の者も一名いる。
その四人は間違いを認めていても、己の行為を悔いてはいないようだった。
救助行為自体を責める気は無かったので、エイプリルもその辺りには注意をしたりしなかった。
「処罰は決まったかい?」
茶化すような声音でメイが言う。指揮官は頷く。二人の顔が引き締まった。
「例え救助の為とはいえ、ヘリの強奪は認められませんわ。重大な違反行為であり、処罰対象ですわね」
よって、と言って、続ける。
「戦闘終了後から二日間の間、自室で謹慎。但し、朝、昼、夜の自由時間を除きます。戦闘終了までは処罰は無し」
マーチのジト目を髣髴とさせる目つきになるメイ。
「あのさ、エイプリル。それっていつも通──」
「処罰ですわ」
つまりは、それが指揮官としての彼女が出した答えだった。メイは形式ばった敬礼と一緒に、処罰を受けることを認めた。
辺りの兵がにやにや笑う。それを一喝して、エイプリルは指揮に戻る。メイは次の出撃に備えて休憩を取りに行く。
そして四名のギルド兵はというと、連絡で飛んで来た衛生兵に無理矢理運ばれて行ったのだった。
* * *
ペトルッツィはやっと完全な平静状態にまで回復した。それから、代わって指揮を執っていた男を殴り飛ばして営倉行きにした。
罪状は利敵行為。撤退中の六百八十名のギルド兵を三百五十名足らずまで減らしてしまった、というのが詳しい内容だったが、
実際のところそれは錯乱に近い状態の時のペトルッツィが発した命令を、彼が忠実にそのまま出してしまった故に発生したことだった。
まず、そんな大惨事の原因を作ったのは二人いる。センターの指揮官を殺害したジュライと、勿論ペトルッツィ自身だ。
艦の不時着後、彼は指揮センターを通さずに命令を始めた。指揮センターの方は、ジュライの襲撃から立ち直りつつあったが、
それでもまだまだ復旧は成されていなかった。これが混乱発生の下地である。艦長は、指揮センターをまず解体すべきだったのだ。
その時点で指揮系統が二つという非常に危険な状態にあったギルド粛清部隊だったのだが、彼らはその上賢明ではなかった。
指揮センターは最初に、マルスから逃れる為に小部隊に分散して撤退中だった兵士たちを集めさせた。重火器を持たない彼らをである。
これによって、指揮は執り易くなった。だが、結果としてフェブのレーダーに映ってしまい、それがマルスを呼び惨事を招くことになる。
正気に戻ったペトルッツィは今更ながらセンターを解体。書類などを処理し、撤退するように命じた。
命令を受けた彼らは情報の始末後、東部戦線を南東に大きく迂回したお陰で十二姉妹隊との戦闘は一切経験せずに済んだが、
センター付兵士の大半は自分たちの撤退速度が速過ぎてギルドスカイも黒い天使も付いて来れないのだと自嘲した。
彼らは急いだのもあって、大きな迂回にも関わらず迅速に到着し、四十分で艦への撤退を果たす。
その時には艦の第一線級兵士は六百十数名にまで減っており、二線級兵士を加えてもそこまでの兵力増強は見込めない状況だった。
前線には死に体の二百名がいるが、救助は不可能である。アンドロイド隊とも連絡が取れず、期待は掛けられそうになかった。
ペトルッツィ率いるギルド粛清部隊の失策は複数挙げられるが、敗北に手を貸した割合の大きいものを取り上げると、こうだ。
一、彼らは戦力の逐次投入を行った。戦力は集中投入するべきものだ。
今回の戦いで彼らがやったことは、予備隊を用意したという範囲に留まるものではなかった。
明らかに、ペトルッツィの経験不足から来る初歩的なミスだ。
二、彼らは戦力を意味も無く分散させた。これにおいても、戦力は集中的な運用をするべきだった。
艦方面と繁華街方面、その二つに分けてしまったことは戦力低下以外にも指揮の複雑化を招き、結果、戦闘能力の低下を招いた。
繁華街のギルド兵部隊か、艦の十二姉妹か。彼らはどちらか片方を潰してから、もう片方に掛かる必要があったのである。
ペトルッツィが大学や高校を出たかどうかは不明だが、彼が古典文学を嗜まなかったことは確かだ。
もし、人間にはどれだけの土地が必要かを知っていれば、あれもこれもと求めはしなかったろう。
三、アンドロイド部隊を通常部隊と全く別々に運用したこと。彼女たちは戦車ではない。別々にしたところで利点など無い。
彼女たちの人格が兵士に悪影響をもたらす可能性があるというのなら、そういった人格にしなければ良かったのだ。
アンドロイド部隊の利点は、高い身体能力や狙撃能力──スナイピング能力とは違う意味──それに敢闘精神である。
人間とは違い容易に彼女たちの思考はコントロール出来る。演説やプロバガンダに頼ること無く、だ。
その特性を利用して、アンドロイド部隊を前衛に置けば、強力な戦力になっただろう。
人型という性質上、遊撃部隊として扱うには機動力が無さ過ぎるので、それを言い訳にすることも出来ない。
何もかもペトルッツィの経験不足が原因だったと言って問題無いだろう。数々の失策がそれを明白に物語っている。
けれど彼も、爪先から頭の天辺まで無能である訳では無かった。経験が足りなかっただけなのだ。
彼は平静を取り戻すや否や、幾つかの命令を発した。一つは前述のセンター解体であり、残りは艦の要塞化であった。
それにより突撃して来た敵を艦の武装で減らし、突入した敵は入り口で徹底的に叩くつもりだったのである。
少なく、磨耗した兵力で最大限勝ち目のある戦いをする為にはそれしか無かった。
今や敗軍の将に成り下がりつつある指揮官は二線級兵士を動員、銃を配給し、弾薬や水、食料を分配。
バリケードを作らせ、艦の格納庫にある上陸用タラップには選りすぐりの兵で守備隊を作り、彼ら専用の無線周波数まで割り当てた。
整備兵は命を賭けて仕事をせざるを得なくなり、必死の作業で機関の復旧とは行かないまでも、
エネルギー弾を使う対空火砲が使用可になるところまで回復。彼らは血を吐き膝を突いてはいたが、死んではいなかったのだ。
* * *
拳を振り下ろす時が訪れた。三度の降伏勧告にも耳を貸さず、二百名の敵兵は自分たち自身の身を守り切れると思っているようだった。
敵のいる四つの拠点全てを攻撃して陥落させ、ここ東部戦線はそんな甘い場所でないことを思い知らせてやる必要がある。
ギルド最精鋭の部隊と名高かった十二姉妹隊が、彼らの撃滅の為に動き出した。コヨーテもそれに加わる。
彼らは技量において当然姉妹兵には劣ったが、数が多かった。無傷の者も多く戦意もあり、放っておいても勝手に戦いだしただろう。
救援隊本隊の合流を待つという考えは誰も持たなかった。それでは遅過ぎる。撤退を許してしまうかもしれないではないか、と。
最初に、一名のコヨーテを随伴させて、二名のオクト隊所属ギルド兵が偵察に出された。
彼ら三人は三度の降伏勧告時、幸運もあって各拠点の中に入っており、鮮明な記憶によって地図と大体の防御配置も明らかになっていた。
それによると、敵兵二百名は対装甲攻撃手段は無反動砲班を五つ所有するのみであり、
後は全員がギルド制式採用のアサルトライフルを装備しているということだった。
オーガストは聞いた時、装甲車を使うのでは無かったとほんの少しだけ後悔したが、彼女の切り替えはとても早かった。
偵察兵たちがそうそう簡単に目的を達成出来る訳が無いので、彼女はユーリーやニット帽を被ったコヨーテたちの戦闘指揮官と話す。
話題は主に拠点攻撃時の作戦で、技量の全く違う人間が連係するのは難しいので、
可能な限り独立した行動で済ませられるようにしたいというのが三人の一致した考えだった。
他にも接近ルートや、防御の集中度、ジューンやマーチへの攻撃支援要請なども話し合われる。
最初はジューンの攻撃だけで拠点四つなど容易く破壊出来るだろうというのが主流の考えだったが、
彼女が近づいた時、ミサイル警報が鳴ったことでそれは破棄される。敵艦の対空ミサイルが生きていたのだ。
マルスは市街地内部を移動している為ロックオンされず、されたとしても弾の無駄なので撃たれはしないが、
ジューンのギルドスカイは格好の的になってしまう。ヘリではないので市街地内部に逃げ込む訳にも行かない。
それではとマーチに通信するも、彼女は撤退中の年末型と交戦しているとのことで、手は貸せないときっぱり言われてしまった。
フェブに確認し、彼女が本当にそうしているのだと知り、オーガストは落胆する。彼女たちの力が使えないとなると、犠牲が大きくなる。
更に悪いことに報告が入り、負傷者搬送中の装甲車二輌とトラックが敵残党の攻撃を受け、装甲車一輌が移動不可能になったらしい。
負傷者はトラックに何とか積み込んだものの、兵一名が装甲車の砲で反撃、車体に無反動砲弾の直撃を受け戦死は免れたものの負傷、
彼の言葉で背後に置いて行って以来、連絡も無く行方不明だそうだ。尚、砲弾の破片で一人のコヨーテの動脈が破れ失血死したという。
最後の姿に関する報告では、彼は攻撃して来た敵無反動砲班に対し攻撃を加え、トラックと装甲車を逃がそうとしていたとか。
捜索隊を派遣すべきかどうか、三人は話した。そして、味方を逃す為に残った彼は戦死しただろうと結論し、出さないことにする。
苦悩の末の決定であり、最終的に捜索隊派遣を否決したオーガストに反感を抱く者は誰もいなかった。
偵察兵が帰って来ると大急ぎで隊が纏められて、攻撃隊が編成される。部隊は二つに分けられた。
アルファベットのTの一画目左端と中央接点、それに右端、最後に二画目の中央に敵は拠点を作っている。
基本的に前面に集中的な防御を施していて、横はおざなりらしい。が、その理由も分かる。迂回するとかなりの遠回りになるのだ。
彼らの築いた拠点の周囲は高密度な集合住宅群である。それらの間は細く、人一人がやっと通れる太さだ。戦闘行動には使えない。
オーガストは敢えて、自分が指揮するオクト隊を迂回させることにした。荷物は最低限にし、体を軽くする。
もう片方の隊、ノヴェ、ディッセ隊とコヨーテの混合隊を指揮するユーリーは、T字の左から攻撃することにした。
左端をA拠点とし、中央上をB拠点、中央下をC拠点、右端をD拠点と呼称することに決定し、作戦行動を開始する。
ニット帽の男は一時的で合理的な理由ででも、指揮権を奪われたことには不満があったようだったが、
行動が始まればそんなことはおくびにも出さず動いた。彼らは訓練が足らなかったが、戦場での振舞い方は知っていた。
疲労困憊の体に鞭打って、オーガスト指揮下のオクト隊隊員たちは走る。無傷の者は一人としていなかった。
誰もが撃たれていて、探せば必ず何処かに包帯が巻かれていた。頭、肩、腕、腿、脛、何処にでもだ。
その傷は、走り、地に足がつく度に痛むだろう。が、足は止まらないのである。命令あるまで止まるなと言われたからには。
そして彼らは命令の声に動きを止めた。彼らの目には、無防備に等しい敵拠点群の背後が見えた。彼らは、銃を確認した。
オーガストがユーリーたちに無線を使って短く定位置への到着を知らせ、付近に隠れた。
指揮官三人が作戦前に予想した到着時刻よりも五分少々速かったので、ユーリーとニット帽は驚く。
気を取り直し、攻撃を開始する。無反動砲から白い尾を引いて、弾頭がC拠点に吸い込まれて行った。
三十名のギルド兵と、ニット帽を含む五十名のコヨーテで組織された突撃隊が遮蔽物に身を隠しつつも走って近づく。
オクト隊の出番はまだだ、と言い聞かせて、オーガストは手榴弾を握り締める。もう少し待たなくてはならない。隠れていなくては。
突撃隊は虚を突いての攻撃で無効化された敵防御網を易々と突破し、C拠点内部へと突入した。途端、拠点内で銃撃戦が始まる。
ユーリーは結果を待つような真似をしなかった。C拠点を背後にして、A拠点を狙える遮蔽物目指し突っ走り始めた。
無反動砲班は無反動砲を放置して銃と手榴弾を持って追従する。それを見て、D拠点の守備兵が増援に行こうと持ち場を離れ出した。
今だ! オーガストがさっと手を挙げる。付近に隠れていた兵が一斉に射撃した。十五名前後の兵がばたばたと倒れる。
オーガストが手榴弾を手に走り出した。この作戦では、スピードが物を言う。
いないと思っていたところからの攻撃に、D拠点は混乱の極みに陥れられた。情報が錯綜し、組織的抵抗が弱まる。
本部のあるらしいB拠点からの銃撃はか弱いもので、問題にもならない。オクト隊は犠牲者一人出さずに、D拠点へと足を踏み入れた。
拠点入り口を守備する兵は突然の戦闘を把握出来ておらず、銃撃戦にもならず武装解除を受け入れる。彼らの戦闘はそこで終わりだった。
入り口を確保しただけでは戦闘は終わらない。二人の兵にそこを任せて、オーガストとオクト隊は突き進む。
一階だけで十二名の兵が捕虜になった。彼らの一人が話すところでは、A、C、D拠点には六十名ずつ守備隊が置かれているそうだ。
無線機が鳴り、C拠点の制圧が伝わる。捕虜は二十一名。負けじとD拠点の攻略を進める。
けれども、退く場所の無くなった兵たちは頑強な抵抗を見せ、負傷者が八名、戦死も二名出た。
傷つきながらも最上階へと退却していく敵に追い縋り、これを撃破。六名の負傷した敵兵と無反動砲二門を捕らえる。
A拠点陥落の報が入った。ユーリーの隊はいい働きをしたようだ。オーガストは彼には何らかの栄典を与える必要があると思った。
三拠点の陥落から間も無く、二十名そこらの兵が守るだけのB拠点から、白旗を掲げた指揮官らしい、装甲服を着た男が出て来た。
撃とうとする兵を止め、オーガストは一人向かわせる。彼は降伏を申し入れに来たのだった。
今更遅い、と言ってまた撃とうとする兵を叱り飛ばして止めさせ、小さな名指揮官はそれを受諾する。
ヘルメットを脱ぎ、ほっとした顔つきの指揮官が手を振ると、ぼろぼろになった装甲服を脱ぎ捨てながら、兵士たちが丸腰で出て来る。
素早くオクト隊の兵が走り出し、何か隠していないかチェックを始めた。やがてオーガストの方を向き、問題無しのサインを送る。
そうして彼女たちはD拠点から出ると、B拠点へと入った。彼らの部隊に関係した情報は何もかも手付かずで残っていた。
ありとあらゆる情報を、片っ端から回収する。ついでに水や弾薬、食料も。装甲服は足蹴にされた。着てどうするというものだ。
略奪に間違えられかねないその行為に一段落が着いた頃、オーガストたちのところにノヴェ隊とディッセ隊、それにコヨーテが訪れる。
彼らの首尾の良さを褒め称え、彼らの指揮官も褒め称えようとした彼女は、彼らの表情の暗さで何があったかを悟った。
静かに、敵の衛生兵が持っていた担架がオーガストの目の前に運ばれて来る。掛けられたアーミーグリーンのごわごわした毛布。
そこにいる敵味方のギルド兵誰もが知っている毛布である。時には自分や仲間が包まって寒さを凌ぎ、朝を待つ為の温度に対する盾。
時にはこの世から一足先に去っていった仲間の体を隠し、顔を隠し、暗闇の中で眠らせる為の覆い。そういうものだ。
下に眠っているのが誰なのか、毛布を捲らずともオーガストには分かった。分かったが、敢えて彼女は捲った。
指揮官としての誇りに掛けてでも、死んだ部下の顔を見ずにおくことは出来なかったのだ。黒く染まった毛布の一端を持ち、上へと。
死んでいたのは、戦闘の冒頭から苦境に陥った燃料調達班をここまで引っ張ってきた男だった。ユーリー・ダニロフ。ディッセ隊小隊長。
胸に銃創が幾つもある。出血は止まり、弾丸に吹き飛ばされた部分の肉が見えた。オーガストは彼の首元まで毛布を下ろした。
彼の部下の話では、ユーリーは突撃隊を率いてA拠点を攻撃した際、撃たれて倒れ、前進せよとの命令を最期に息絶えたという。
顔は安らかなものだった。当然だ、とその場の全員が思った。彼は己の信じたものの為に戦って死んだのだ。何の悔いや未練があるか。
これでユーリーの戦争は終わった。オーガストは彼の遺体を丁重に扱うように命じ、本隊に敵ギルド兵の撃破を連絡した。
* * *
時間は前に戻る。そんなに大きく戻る訳ではない。トラックと装甲車二輌が襲撃を受ける頃だ。
最前を進む装甲車に乗り込んでいた砲手の兵は、外の空気が吸いたくなった。
血の臭いや傷口から発する独特の悪臭に、狭い車内でずっと接している気はなれなかったのだ。
彼は上部ハッチを開けて、半身をそこから出し、そろそろ昼になるクーロン繁華街の空気を胸に吸い込んだ。
それが彼らの命を救ったと考えてもいいだろう。背伸びをした彼は、偶然アパートの屋上に設置された無反動砲を見つけた。
「敵の無反動砲だ!」
叫び声と共に発射音。装甲車の操縦手がハンドルを切り、急な右折をした。装甲車から投げ出されそうになって、砲手はしがみ付く。
弾着は速かった。揺れが彼を襲い、装甲車から放り出そうとしたが、彼は何とか耐えた。
動きが緩やかになり、無くなる。何が起こったのか把握することに時間を必要とはしなかった。
すぐさま砲に飛びつき、敵へと向ける。速射砲が無反動砲に取り付いた敵兵を吹き飛ばす。
これで安心だと思ったと同時に、別の方向から攻撃を受けた。装甲車の横腹に命中し、後部の装甲が吹き飛ばされる。
ハッチを開く手間が省けた。急いで操縦手が負傷者をトラックへ運ぶ。衛生兵が銃を持って残ろうとしたが、砲手が怒鳴りつけた。
「衛生兵が残ってどうする! 俺が残る!」
言葉に我を取り戻し、彼も操縦手と同じことを始める。敵の無反動砲がまた、辺りに突き刺さって爆発する。
トラックへの搬送を待っていたコヨーテの一人に破片が刺さった。彼は叫び声を上げて苦しんだが、それもちょっとの間だった。
班を一つずつ潰して行くが、間に合いそうには無い。トラックの無線に繋ぎ、自分を置いていくように言う。
運転手は躊躇いを隠さなかった。だから、砲手の男は遠慮無く怒鳴った。からからに乾いた喉が痛かったけれど。
トラックのエンジン音が鳴り響き、離脱を始める。無反動砲は砲身を向けて追うが、先に倒さねばならない敵に強制的に気付かされた。
攻撃が集中する。装甲車が破壊されるのに、十数秒と掛からなかった。砲手は拳銃とサバイバルキットを掴むと、ギリギリで脱出した。
爆発。何メートルか吹き飛ばされる。背中が燃え出した。地面をのた打ち回って、服を脱ぎ捨てて、消した。今度は敵の銃撃が始まる。
装甲車は熱かったが、遮蔽物はこれしか無い。数メートルを走って身を隠し、ひりひりと痛む背中に毒づきながら無意味な反撃。
敵は装甲車の撃破で気を良くしたのか、それ以上の攻撃は無かった。様子を見て、大丈夫そうなので移動することにする。
トラックの行った方向は分かっていたが、艦まで徒歩で戻る気にはならなかった。救援隊本隊と合流するのも難しいだろう。
彼は考えて、原隊に復帰することにした。足を進んで来た方向とは逆に向ける。サバイバルキットを左手に持ち、右手には拳銃。
今、残党と遭遇すれば、助かるまい。びくびくしながら進んだ。と、人が沢山いるらしい倉庫を見つける。
本隊がそこで停止中なのだとばかり思って、彼はそこに入った。迎えるは大勢の目、目、目。装甲服が辺りに脱ぎ散らかされている。
彼らは敵の残党なのだ! ……だが、ならば何故撃たないのだろう? 彼は拳銃を取り敢えずホルスターに納めた。
落ち着いて見ると、そこの全員が負傷している。救護所らしい。衛生兵は四人いたが、彼らにさえ一人として怪我の無い者はいなかった。
「君は十二姉妹隊だな。我々を殺しに来たのか?」
衛生兵が彼に声を掛けた。首を横に振り、詳しい経緯を説明する。彼にも衛生兵にも、事を構える気は無かった。
頭に血塗れの包帯を巻き、今もそこから出血しているその衛生兵は、大きく頷いて彼を迎え入れた。
医薬品等が足りないとぼやく他の衛生兵に、持っていたサバイバルキットを手渡す。彼は飛び上がって喜んだ。
「やったぞ、モルヒネがある、止血剤もある! 隊長は助かるぞ! ありがとう!」
迎え入れてくれた衛生兵も大喜びで、キットを掴むと何処かに走って行った。取り残された彼に、また別の衛生兵が言葉を掛ける。
彼は背中の火傷に出来る範囲で適切な処置を施し、彼の私物であるブランデーを二口飲ませてくれた。それで大分気分が良くなった。
痛み止めを水で飲み下し、適当なところに寝ているように言われる。砲手もそうしたかったので、空いた場所に座った。
すると横の兵が話し掛けて来た。戦争も戦闘も知ったことではない風で、口笛など吹いて暇を潰している男だった。
「十二姉妹隊なんだってな、何処の隊にいたんだ?」
砲手はノヴェ隊だと答えた。区別のつかない男に、蛙のリュックを背負った白い服の女の子だと教える。
考え込んでようやく合点の行った彼に、砲手は笑った。彼も笑った。敵同士だったが、笑いは共通していた。
衛生兵たちが集まって、一人の男を診ている。容態は悪そうだ。聞くと、彼がこの負傷兵たちをここに集めた隊長らしい。
「止血した、成功だ、止血したぞ──これで大丈夫だ」
迎え入れてくれたあの衛生兵がふう、と一息吐いて、額の汗と血を拭う。それから、絶命して後ろに倒れた。
懸命な救護活動で一つの命が助かって、一つの命が消えたのである。二人は笑うのを止めて、彼ら衛生兵の尊い戦いを見守ることにした。
* * *
彼女が髪一本、睫一本の差で白刃から身を逃れさせたことに私は喜べばいいのだろうか、
それともお姉様の手を煩わせる彼女に対して苛立ちの類に分類されるだろう感情を持てばいいのだろうか。複雑な心中だ。
お姉様はその一振りで殺す気だったようで、当たらなかったことに顔を幾分か暗くした。
つまりそれは、次から刀の軌道が余計に回避し難くなるという意味だ。本気で殺しに掛かって来るということだ。
私で遊んでいた彼女の行動が、無駄の無いものになる。なってしまう。なんて性能。なんて技術。なんて好敵手。
マルチアーノ十二姉妹は強いことは確かだ。私が強いことも確かだ。それならばどちらがより強いのか、私は知りたかった。
彼女が教えてくれるだろう。彼女こそは十二姉妹で最強に違いない。ということは、彼女を超えれば姉妹全員を超えたのとほぼ同じ。
厳密には違うから、残りの姉妹とも戦うことは戦うが、最大最強最後の敵は、この人になることは間違いの無いところだ。
本気になったジュライお姉様に後退は無意味だ。寧ろ死地に突っ込む方が生き残れる。死ぬのなら前のめりに倒れて死にたい。
背後から撃たれるのも斬られるのもまた一興だが、お姉様相手にそんな無様は見せられない。
相棒に軽く手を振り、下がらせる。彼女は不満そうだ──いいから引っ込んでいなさいと言った。次は助けないことを伝えられる。
生意気な。二度も助けられて堪るか、だ。私とお姉様は一対一で戦っている。最初の手助けだって、無い方が良かったと思う。
銃を構えた。私の力で、お姉様の力を圧倒し、打破し、勝利するのだ。私にはそれしか手段が無い。それしか出来ない。
しかし考えろ。勝利の為に考えろ。撃ったところで、ジュライお姉様は避けるだろう。それではいずれ弾丸が切れる。
勝てる手段を模索しろ。暗中ならば光をもたらせ。勝利出来ることは明白なのだ。どうやって戦えば勝てる?
睨み合いが続いているが、そう長くは保たれないだろう。何故なら、お姉様は私に勝てると思っているからだ。
そして、私が打開策を考え付かないなら、それは正しくなってしまう。彼女の白刃により、死は正しく私の喉元に襲い掛かる。
食い千切られ、血を辺りに下品に撒き散らしながら倒れる私。けれど、そこに倒れているのが常に私である必要は無い。
ジュライお姉様が倒れている未来があったっていい訳だ。で、この現在とその未来を繋ぐには、打倒の方法が必要なのだ!
堂々巡りになってしまった。要点毎に解決しよう。彼女は私の銃弾を避けるが、回避されてはならない。
どうするか? これは簡単だ。零距離射撃を敢行するのである。それのみによってしか、回避の防止は出来ない。
何事にも限界は存在する。その限界内に収まっているから、お姉様は避けられる。私は彼女の限界を超える必要がある。
出来るだろうか? 出来るのだ。出来なければおかしいのだ。この私は強い筈なのだから、それくらい出来なくてはおかしいのだ。
前傾姿勢を取る。蛇が狙いを定めている姿を思い浮かべる。私は正に襲い掛からんとする毒蛇、大蛇なのだ。
刀をするりと避け、致命の一撃を叩き込むことをもって勝利とする蛇。恐ろしい蛇もいたものである。
お姉様の振りは最小限、最高効率。大振りなど期待するだけ無駄。彼女が必要最低限の高さまで刀を振り上げた瞬間、前に出る。
これだ。最も恐れるべき刀の危険部位は切っ先数寸。三寸だったか。刃を押し付けられたところで、ボディにはダメージは与えられない。
今までずっと退いて銃の最適な交戦距離まで移動しようとしていた私の心変わりに、お姉様の反応に微妙なラグ。
……なーんて、思ったりはしない。その隙っぽいものに喰らい吐くのは危険な行動だ。いきなりの行動程度で驚かれるだって?
有り得ない。私は刀の切っ先を向けられないように注意深く近接しながら、左手を彼女の首に伸ばした。
すっと身を退くジュライお姉様。手は首の前で空振って、空気を掴む。離された数歩を埋める為前進。
私はまたも壁に激突したことを理解した。決定的な破壊行動に出られない。体術しか手段は無いか。
諦めがいいのが私のいいところだと思う。銃を後ろに投げた。身が軽くなる。後ろでキャッチの音。
この時の攻める速さと言ったら、後にも先にも無かっただろう。無数の残像が見えても不思議ではない速度だった。
殴る。ガードされる。ガードを殴る。殴る。殴る。殴る。ガード粉砕。殴る。もう一つのガード。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。粉砕。
殴りつける。
拳の嵐の前に、お姉様の手と腕は防戦一方だった。刀は役に立たず、退こうとするとそこを殴られそうになるからだ。
結局、彼女は勝てない競り合いに参加することとなり、今、足元に殴り倒されている。口の端が切れ、我々の血が滲んでいた。
やった。初めて、一発、攻撃を当てられた。十二姉妹一の技量を有する彼女に。さあ、次の一撃だ!
起き上がろうとする彼女の胸、その少し上を蹴ろうと、右足を上げる。と何故か、上げた足の裏に圧力。ぴったり合わさったお姉様の足。
何だか凄い間抜けな様子だったが、お姉様が左足にもう片方の足を引っ掛けて引いたので、もっと間抜けになった。すてんと転ぶ。
起きようとはしないで、右にすぐ転がる。頭のあったところに、刀が突き刺さる。右手で刃を掴み、立ち上がった。
両手で引き抜こうとしていたので、かわすのも反撃に移るのも遅れる。腰の捻りが効いた左フックが顎に命中。脇を締めるのも忘れない。
刀から手が離れ、二歩、たたらを踏んで後退。バランスを保つ為にまだ両手は使えない。足を上げる。胸を蹴飛ばす。
背後に突き立つ彼女の刀を引き抜き、逆手に持って振り下ろす。左に転がり避け、転がった反動を使い踵で脇腹を蹴って来る。当たった。
体が僅かな間硬直する。立ち上がったジュライお姉様は刀を握った右手を掴み、引き寄せた。くるりと回転し、不安定な体勢に。
右足が私の両足を払い、右手の肘から手首に掛けての部分で首を後ろへ押す。簡単に倒され、宙に浮かんだ。着地。
払った右足が喉を踏みつける。折れるかと思った。だが、脱出は可能だ。彼女は刀を奪わなかった。
ひゅん、と風を斬る音。外れなのは別にいい。足から解放されたことの方が重要だ。全く、踏むのなら別の場所にして欲しい。
刀も案外使えるものだ。敵の武器を使えば、敵から武器を奪うことにもなるし。腰のサーベルを使っていないのはそれが理由である。
ジュライお姉様が踏み込んで来た。私のように。刀を投げ捨てる。極度の近接格闘に刀は不必要だ。
ストレート。鋭い。避け切れなかった。頬が打たれる。でも、それだけだ。右手で、引き戻されないように手首を掴む。
左手を引いて、手刀で顔面を打とうとするが、彼女の手に掴まれて阻まれた。互いに動けなくなる。足での戦闘に移行。
足を引っ掛けようとしたり転倒狙いで絡みつかせたりという、目も当てられない争いを繰り広げた。後で相棒に映像データ貰おうっと。
私は痺れを切らせて、彼女の体を突き放した。いつまでもこんな幸せを享受していられない。だって、駄目になっちゃいそうだもの。
彼女の手が、近くに捨てられた刀を目指して動く。計算尽くの動きだったのかしら、もしかすると。刀が私の左脇腹を斬らんと向かう。
体を捻って右手を柄に掛け、サーベルを半分抜いた。火花が散って、そこで刀が止まる。危ういところだった。引かれ、次の刺突。
左へ体を反らす。サーベルから手を離して右腕を上げ、戻っていく刀の上を通るストレートを放つ。顔面を捉えた。
心でガッツポーズを取ったが、それはすぐに無かったことにされた。何故なら、私の右腕が止まったからだ。
優雅さには欠けるが、私の右手が、ジュライお姉様の口にしっかりと噛み付かれていた。刀を持った手が、内側から外側へと巻きつく。
彼女が口を離し、右腕を体ごと捻ると、私はバランスを崩して数歩後ずさってしまった。この隙が見逃されることは無い。
お姉様がわざと作ったような隙ではなく、本当に出来た隙なのだから。間隙を突いての攻撃を避ける術は無い。刀が近寄って来る。
スローに見えた。私の顔目掛けて向かって来る刀身……何処目掛けてだって? ああもう、私の悪運万歳!
* * *
セプの同型機と交戦した後、ジャニアリーは通信も何もせずに、ひたすら前線に向かって歩いき続けていた。前線へ、前線へと。
銃弾が飛び交い、血が流れて、爆発が生じ、誰かが生きて、誰かが死ぬ場所。そこに、奴がいるのだ。
戦闘が行われているのが東部戦線だけに限定されていることはありがたかった。複数の戦線を作られては、何処にいるのかの予想に困る。
P90の残り弾丸は乏しい。M14の弾薬も、そう多くは無い。大勢の敵との交戦にはとても臨めない。
しかしたった一人の敵ならばこれで十分。足りなくとも銃剣がある。拳がある。足がある。口がある。何を使ってでも勝ち、殺す。
戦いに参加するには些か遅かったようで銃砲声は一部では途絶えたが、それはそのままあの女の死を意味しない。
傍受した通信では、燃料調達班はホテル・イーノスと、そこに隣接するビルに立て篭もっていた筈だ。
ジャニアリーの当面の目的は彼らと合流し、軍服を着たセプのようなものを見なかったかと尋ねることだった。
銃剣の突き刺さった腹部が疼く。思い出す度に、殺意が募る。危険な殺人者の持つ、ばらばらにしたいとか、挽肉にしてやりたいとか、
そういった類の暴力的な衝動ではなく、相手を無にしてやりたいというタイプの殺意。過程と動機が違っても、行き着くところは同じ。
殺してやる。殺してやる。私の手で殺してやる。私の銃で殺してやる。他の誰でも無く。私が。他の誰でも無く。お前を。
ジャニアリーの心中は、さながら殉教者のようだった。彼女が達成出来れば最上の喜びとする目的の為に、惜し気も無く死のうとする。
強いて違うところを挙げれば、彼女は狂信者ではなく、単に目的が命よりも重要性を持ってしまっただけなのだった。
体力は衰えている。腕を動かすとその都度何処かが軋んで音を立てる。仔細な戦況は分からず、あの同型機との戦いで攪拌された意識が、
足を前に進めるのを邪魔している。地面が揺れていると感じ、足を止めたくなったのも一度や二度のことではなかった。
パーティか何かで、酒を飲み過ぎた時に似ていた。微醺どころではなく人間なら生命の維持に異常をきたして当然なくらい飲んだ時に。
前進の速度はのろのろとしていた。戦闘出来るのかどうか、ジャニアリー自身にも分からなかった。
でも、動けるなら動いて、戦えるなら戦わなくてはならないと、心の底から信じていたから、彼女は足を動かす。
誰の手により如何なる手段で行われた韜晦も、彼女の意志の前には、白日の下に曝されているも同然だろう。
彼女は求める何かが見つかるまで動く。見つかれば、今度はそれが求めたようになるまで動く。この場合は、同型機が死ぬまで。
戦場は、すこぶる静穏になっていた。マルスの三十ミリの銃声と、年末型のMP7の銃声を除くなら。
あそこにいるだろうか? あの場所に? 実は既にマルスの機関砲の餌食になって、薄汚い骸に成り代わっている?
それでもいい、とジャニアリーは思った。結果が重要だ。結果が全てだ。過程も時には気にするが、今はそういう時じゃない。
久方ぶりに、通信回線を開く。相手はマーチ。彼女は戦闘中だったが、普段通りに返してくれた。
「そちらにセプの同型機は?」
用件だけを単刀直入に尋ねる。マーチ自身も何か尋ねる場合そうするので、どうとも思わずに返答する。
──こっちでは見ていない。オーガストの方で聞いてみれば、或いは見たかもしれないわ。
適当に返礼し、オーガストに開いた。彼女は姉の声の変貌を案じていたが、やはり見ていないとのことだった。
手掛かりを失い、ジャニアリーの足が止まる。どうしたものか、考える。誰も見ていないのはどういうことだろう。艦に撤退したのか?
そうだとしたなら、一人でどうにかなる状況ではない。一度こちらも戻った方がいいだろう、もし本当にそうなのなら。
彼女は迷っていた。そうだったらいいが、そうでなかったらと思うと、決断出来なかった。
判断材料も些少である。こうだ、と決められない。間違えば復讐を遂げられなくなることも考えられる。
それは避けておきたかった。戦う理由の一つに数えられるそれを、誰かの手によって失うのは嫌だった。
上空を通り過ぎて行く、ジューンのギルドスカイ。彼女は今日で何度目の補給をして来たのだろう。何度目の出撃であろうか。
一回か二回くらい、それらしい人影を見ていたっておかしくは無い、だろう。一抹の希望を込めて、問う。
微少な間の後、否定でもって返された。肩を落とす。これで一つも頼るものが無くなった。判断材料の入手も出来ないで。
ジューンに見たらすぐに連絡してくれと頼み、回線を切断する。足を向ける方向は変えず、オーガストのいる前線へと歩く。
合流し、ジューンの報告、又は私自身の彼女との接敵を待とう。判断の先延ばしではあったが、ジャニアリーはそうすることにした。
* * *
伏せろと誰かが叫んだ。私は言われた通りに伏せた。あの嫌らしい三十ミリ機関砲の腹に響く低音が、右左へ、左右へと移動する。
従って放たれる弾丸も移動し、着弾までに伏せられなかった二人の仲間が、何個かの断片に分かれて落ちた。
誰も何も言わない。誰も泣かない。こんなところで面白くも無い死に方をしなければならなかった仲間たちのことは、考えない。
今はあの悪魔をどうにかしなくてはならないのだ。可能ならお姉様の手を煩わせること無く、あの吐き気のする汚らしい悪魔を。
発砲が終わった。私たちが逃げ込むことになった建物の周囲を縦横無尽に飛び回り、時には建物の上空から射撃して来る敵を探す。
発見と同時に、仲間に伝え、銃を撃つ。一本の弾倉がやけに速く弾切れになる。命中弾は数発あるか無いかだ。
私の愛しい戦友も引金を引き絞り、敵を打ち倒す鉛の銃弾を吐き出させるが、それだって私と同じように当たるのは一人につき数発だ。
これではいつまで経っても敵は殺せず、殺されていくしかないじゃないか。かといって、逃げ出せば最優先で殺されるだろう。
勿論私たちは逃げ出すようなことを一度だってしなかったので、絶対にそうだとは言い切れないが、今までの経験から言うとそうだろう。
逃げ出した多くのギルド兵は背中を撃たれ、のた打ち回って血を吐き、死んだ。
漆黒の機体が少し行って反転し、我々の方に戻って来た。いつまでも撃っている一人の仲間の襟首を引っ掴んで飛び掛り、押し倒す。
ベレー帽が落ちた。左手でそれを取る。これは私たちの軍服の一部であり、私たちの象徴の一部であり、誇りの一部なのだ。
今のは危なかった。頭上をミニミの弾丸が通って行って、床に食い込んだ。
後数センチでもずれていれば、今頃私もさっきの仲間と会っていたところだったのだ。
残りは何人いるだろう? 私はこの三階建てアパートの二階で戦闘している。一階にも仲間はいるし、三階にもいる。
正確な数を把握しなければならない。死んだと確定している者を含め全員に回線を開き、応答を求める。
応答数、七十四。七十四! 私は壁を殴りつけた。九人殺された、九人! あのいい仲間たちが、この短時間で九人もやられたのか!
我々の顔は同じだったが、性格はそれぞれ一人ずつ違った。少し冷たい者、暑っ苦しいの、皮肉屋、冗談好き、理屈っぽかったり、
それとは対照的に感情論にすぐ走る者だっていた。お姉様に甘えたがる仲間もいたし、そうではないのもいた。
今より前に失った仲間たちだって、様々な性格を持っていた。全員合わせると、ありとあらゆる種類の人格を持っていた。
二十六人もの死んだ戦友か。これを生き抜いたとしても、きっと、今まで通りには生きられないだろうな。
戦争は人を変えるが、アンドロイドまで変えてしまうものなのか。私は奇妙な気持ちだった。
戦いは喜びである。生きるのも死ぬのも、欣喜雀躍して受け入れることである。だが、一方で死んだ仲間を悼み、嘆く。実に奇妙だ。
悪魔の攻撃が中断された。私たちのターンだ。弾倉は換えてある。ボルトも引いた。いつでも撃てる。窓から狙う。
私の押し倒した仲間も、頭を振って銃を構えた。押し倒された時に頭を強く打ち付けてしまったらしい。すまなく思う。
距離を取ろうとして私たちに背を向けるあの敵を撃ちまくる。これなら偏差射撃は必要無い。当たること当たること、気持ち良いものだ。
と、ボルトが空薬莢を挟んだ。要するに、排莢不良だ。私は一応教本通り、遮蔽物に身を隠し、しゃがんで処理しようとした。
それが私を救った。横の仲間が、私が数十秒前に命を助けた仲間が、首から上を失ってふらふらと後退し、バランスを崩して倒れる。
即死だった。周りには右腕や左腕の欠損、指の数本や眼球の破損、火傷など、様々な負傷者が戦っているが、その中の一人にも入れない。
彼女の弾薬を貰って、死体は弾を防ぐ土嚢代わりにする。私たちは仲間を大切に思うが、入れ物まではそうも思わない。
一人の体を貫通した三十ミリ機関砲弾が私を貫くことは有りうるが、5.56ミリ弾が二人の体を射抜くことは無い。
我々にとっていいことだ。生存確率が上がる。ここぞという時に死ぬのならいいが、この時点で死ぬのは御免だ。
遮蔽物の陰に隠れ、対処法無しに思えるあの黒い敵を見据える。相変わらず素早く移動する巨体だ。ビルにぶつかってしまえ。
誰かが呟いた。誰が呟いたのか私には分からなかったが、誰かが呟いた。おお、緩やかに走れ、夜の馬よ!
私も続けて呟く。おお、緩やかに走れ、悪夢よ! 全く同感だ、最初に呟いた彼女と。もうちっとゆっくり頼みたい。
速さで思い出すのは、昔見た古い古い映画の主人公だ。アニメの鼠と踊ったりする。人間がどうやってあんなことをと思ったものだ。
彼の脚捌きは凄く速かった。その週は彼の映画ばかり上映された。映画スターの彼、車の窃盗犯と間違われる水兵の彼。
こんなにも以前のことを思い出すのは、何故だろうか。走馬灯? 私は心配になって自分の胸辺りを見てみた。着弾してたりするのか?
着弾無し。腹部には? 無し。何処にも無い。なんだ、ただ思い出しただけだったのだ。走馬灯などと、馬鹿馬鹿しいことを。
小さく鼻で笑った次の瞬間、銃撃が始まり、私は首を引っ込める必要性を認めなければならなかった。
* * *
彼女は高いところが好きだった。任務とかそう言う彼女の存在理由を抜きにして、高くて、辺りが眺められるところが好きだった。
それを、自身でも珍しいことだと思っていた。好きだ、などと思うことは、しなくてもいいことだろうに。
けれど思うまいと思って感じられぬようになるようなものでも無いし、彼女はそれと仲良くやって行くことにした。
今、彼女は高いところに立っている。辺りが眺められるところに立っている。そこからは戦場が見渡せる。
だが、いつも感じる、あの意味不明で理由も不明な気分の高揚は存在しなかった。苦々しい思いだけがあった。それというのも──。
遠くで、長砲身の機関砲から火が吹き出る。人間には出来ないが、彼女の目なら弾丸までもを目視出来る。見ることが出来るだけだが。
あれに部下が苦汁を舐めさせられていることは、彼女たちの通信の中で明らかになっていた。
彼女は主任務としてジャニアリーとの決着をつけることを自身に課していたが、それを放棄して駆けつけたのである。
ぎりり、と歯軋りを鳴らした。あれをどうにかする手段は、立て篭もった部下たちの手には無い。彼女にも、打てる手の数は少ない。
それにジャニアリーとの相次ぐ戦闘で弾丸を使っている。ジュライ戦でも使ったことは使った。これ以上使っていると、切れる。
たった一日と少しの間に沢山の傷がついた銃剣を見る。拳銃の手触りを確かめる。使えるのはその二つだけだ。後はナイフ。
不十分だろうかと、自問する。答えは決まっていた。自問する必要があったのかどうかすら疑わしい。
彼女はM14から銃剣を外し、急場凌ぎに結んだスリングで肩から提げると、ホルスターのボタンを外した。手には何も持たない。
銃剣は腰の鞘に収めた。やることは分かっている。あれを破壊するか、行動不能にするか、せめて作戦行動不能にしなければならない。
手段を検討する。手榴弾は無い。というか、爆発物全般を持たない。大口径のライフルは? 彼女はもう一人の指揮官を思い浮かべた。
駄目だ。あれは役に立たないだろう。己の好き嫌いや勝手な考えで動く、人工頭脳に欠陥があるとしか思えない彼女は。
第一、今から呼んでいては手遅れになる。自分に出来る方法を探す他無い。
彼女は自分の被害を度外視することにした。即ち、死ぬことを許可して、道連れにくらいしてやると決定した。
考える。傍受した通信で、あの黒い機体はマルスと呼ばれていたが、マルスの行動パターンはどうなっている?
部下たちの立て篭もった建物の周りをぐるぐる回って攻撃、時折距離を離して突進しつつ攻撃して来る。
速度の落ちるタイミングを探す。四つ、いや五つだ。曲がる時が四つ、突進前が一つ。だが、突進前は予測出来ない。
よってその一つを外し、曲がる瞬間を攻撃時のタイミングとする。速度の落ちた状態なら、『弾丸』は当たる。
今度は四つの内何処で待ち伏せるか、だ。何処でもいいが、出来ればマルスに近い方がいい。地図を参照し、見つけた。
立て篭もり場所の北東だ。今いる場所から多少北上すればいいだけである。そこには三階建ての商店があるらしい。
彼女はマルスよりもフェブラリーによる索敵で自分の位置が発覚することの方が怖かったが、
それはマーチの位置にかなり近いところまで行っても攻撃されなかったことで払拭された。
フェブラリーは一度索敵したら、それで発見した敵を殲滅するまで新たに索敵しないようだ。非常に愚かしいことだと評価する。
まさか技術上の問題など無いだろうに、何が彼女にそうさせるのだろう? どうでもいい事柄を思いつつ、北上する。
目的地が見えてくるのに時間は掛からなかった。発砲音は続いている。5.56ミリのものが多い。さっきから特にそうだ。
三十ミリ機関砲の弾が残り少ないのかもしれない。艦から通信の傍受で得た報告では、どちらかの砲が弾切れを起こしたとのことだった。
現在では両方発砲されているところを見ると、再配分したか、ただの勘違いだったか、装弾不良だったかなのだろう。
が、注意深く見ると、右の砲は動いていない。何らかのアクシデントで固定されてしまったと思われる。砲弾が当たったせいだと考えた。
目的地の二階に駆け上がる。マルスは反対側だ。今の内に窓を叩き割り、窓枠を外し、来るべき時に備える。
音が近づいて来る。彼女は、一度目は見逃すことにした。スピードを近くで見て、ちゃんと狙いをつけられるようにすることが必要だ。
去って行く音。三十ミリを発砲するが、数発を狙い撃つような撃ち方だ。音からでも、主にミニミの方で攻撃していると受け取れる。
方向転換。完璧にミニミの銃声のみになった。機関砲弾が切れたのか、温存しているのか。どちらでも良かった。
方向転換。二挺分だった軽機関銃の銃声が一挺分になり、拳銃の発砲音に代わる。ああ、あちらも弾丸が残り少ないのだと安心する。
方向転換。いよいよだ。時が来た。しゃがみ、極々僅かに顔を覗かせる。タイミングを計る。三、あ、まだだ。四、三、二、一。
最後の一つは数えなかった。負傷しながらも果敢な指揮官は、窓から身を投げ出した。その後、驚きに眉をぴくりと動かした。
先程までの方向転換は、地面に補助脚を片方だけ打ち込んで行っていた。いたというのに、何故、今回に限って!
マルスの黒い機体が、彼女の予想以上のスピードで進む。右手で捉まる筈だったのに。このままでは落ちる。
咄嗟に傷ついた左腕が出た。本体後部の、アーセナルかと想像出来る部位に捉まる。びしり、と音がして、彼女は顔を歪めた。
速度に引き剥がされる前に右手を伸ばす。何かが断裂していく音と感触が、左腕から聞こえる、感じられる。無視した。どうせ動く。
四苦八苦して方向転換と方向転換の合間に前進し、本体に手を掛ける。マーチが何かいると気付いたが、遅れていた。
一気に力を込めて体を乗り出し、マルスを蹴ってマーチに飛びつく。M14のスリングを彼女の首に引っ掛けて、両手を自由にする。
マーチはミニミを失いたくなかったのか、収納しようとしたけれど、そんな悠長なことをやらせる敵ではなかった。頭突きが命中する。
マルスのバランスが崩れそうになるのを必死で修正し、右手に持っていたミニミを手放す。地面に落ちた。左手の拳銃は残っている。
それを使ってスリングを切ろうとするのを、無事な右腕を使って押し止める。力では本来勝てないのだが、状況が味方した。
マーチの体勢上、踏ん張ることが出来ないのだ。従って力を入れることも難しい。
ところで、バレルを握られて捻られて、拳銃を持ってはいられない。ブローニングHPは敢えなく地面へと落下した。
片腕の指揮官はやりたい放題だった。近さ故に防御もままならず殴られ蹴られ、その為にマルスのバランス修正に気を割かれ、
それがガードを緩めさせる。それでも、マーチは通常考えられないほど良くやった。良く耐えた。けれども、誰にだって、何にだって、
限界というものがある。マルスは遂にバランスを崩し、最早復帰不可能な状態にまでなった。マーチは最後の力を振り絞り、
最も損害の少ないであろうルートを計算、そこに突っ込ませた。突っ込んだ先は昨日まで営業していた賭博場。今では誰もいない。
スリングで体をくっつけていた同型機が盾になったお陰で、マーチは気を失わずに済んだ。
盾の方は、マルスが辺りを滅茶苦茶にしながら止まった後スリングがぶちりと切れ、落ちて倒れた。気を失っている。
マーチは最後に残った拳銃を抜こうとして手を伸ばす。収納ボックスに収められたそれが、抜けない。衝撃でボックスが歪んだのだ。
そうしている間に、模造品が気を取り戻し始める。焦って取り出そうとしても、逆にそれを原因として取り出せない。
軽く頭を振っている──もうすぐ起き上がるのだ! マーチは手の中に拳銃の銃把を握る感触を覚えた。無理矢理取り出す。
ゆらりと身を起こした敵の顔面向けて、スライドを引いて初弾装填して発砲。命中、彼女は再び倒れた。
倒れた体に残りの十二発を全て撃ち込む。スライドの後退で弾切れを知り、弾倉を換える。拳銃と違い小さな弾倉なので、
ボックスの歪みは問題にならなかった。余裕が生まれたマーチは、マルスの状態を確かめる。溜め息も出なかった。
四門の三十ミリはもう駄目だ。艦に戻って修理しない限り、撃てもしないだろう。弾薬も少ない。
が、本体はここまで痛めつけられたというのに無事に動いた。マーチは強固に作ってくれたニルソンに感謝した。
注意深く、賭博場を崩壊させないようにしながらマルスを抜く。穿たれた巨大な穴から出て、右を向いた。顔が引き攣る。
年末型が三人、MP7を持って呆けて突っ立っていた。彼女たちが銃を構えるより速く、マーチは銃を撃った。
六発の内、二発は外れた。二発はある年末型の腹部と頭部に命中し、後者の銃弾は彼女の命を奪った。
残りの二発はそれぞれ二人に一発ずつ命中したが、これは肩や胸部であった為に絶命にまでは到らせなかった。
MP7が向けられる。銃を引き続き撃つか刹那の時間迷い、引金を二度引いた。マーチの頭の横を小口径弾が掠め、マルスに傷を付ける。
短機関銃を持った二人は身を変な風に捻りつつ倒れて、痙攣して、動かなくなった。念の為、三人の頭に一発ずつ撃つ。丁度弾切れ。
新しい弾倉に交換していると、他の年末型が続々と建造物から出てくるのが見えた。マーチは弾倉を慌てて交換し、移動を開始する。
互いに互いを無視し、目的を果たす。マーチはそこからの離脱を。年末型たちは、指揮官の救助を。
彼女たちは全員、あんなことで自分たちの姉であり指揮官である人物が死ぬとは思っていなかった。誰一人としてだ。
そして実際、生きていた。拳銃弾を十三発撃ち込まれたくらいで、彼女がその生命を終える訳が無かったのだ。
むくりと不機嫌な顔で起き上がり、体中に付着してしまった埃や土を払う。年末型の何人かもそれに手を貸す。
唯一マーチが彼女に負わせた傷といえば、彼女の左肩、左腕のものだった。根元から取れてしまいそうな怪我だ。
指揮官は周りの心配を余所に、腰のアンドロイド用サバイバルキットから包帯を取り出し、気休め程度に固定した。
* * *
なんか変な音が鳴った。私の顎が発したんだと思う。やっぱり無理があったのだ、悪運とかそれ以前の話で。
けど、結果は私に微笑んだ。私の生存する未来を掴み取った。お姉様を倒す未来では、未だ無いけれど。
ジュライお姉様は、あんまりいい気分じゃないようだ。そりゃそうだろう、自分の命の次くらいに大事だろう刀にこんなこと、
つまるところ、噛み付いて防ぐだなんてされたんだから。私は顎も疲れたので危なっかしいこの刃を口から離した。
唾液が付着してしまったのを見て、お姉様は嫌そうな顔。傷つきはしない。当然の反応で、私はそれを甘んじて受けなければいけない。
戦闘はまだまだ続きそうだ。ま、楽しみは長く続いた方がいい。長い間重い銃を持たされている誰かのことは考えない。
両手をファイティングポーズに構える。お姉様の刀が使える範囲に私は立っているが、彼女は振り抜けない。
使える範囲でも、使って当てられる範囲ではないからだ。当てられたとしても、殺せる範囲ではないからだ。
攻撃は必殺でなければ、仕掛けた方の命が危うい。私にもそれは適用出来ることだ。中途半端な攻撃は死を招く。
私たちは見詰め合った。無粋な言葉を使えば、睨み合った。幸せの欠片を感じる。憧れのお姉様と見詰め合ってる私。それも夢じゃなく。
だがこの時間は破られる為に存在するものであり、見詰め合いもその時点で破壊される運命にあった。私たちはそう知っていた。
お姉様が左足を一歩、やや前に出す。刀は右の片手持ち、構えは下段っぽくて、左手は握り拳。突っ込んだら左拳で迎撃する気だと思う。
となれば、今までの突撃戦法は見直しの必要があるだろう。虚を突く攻撃なのに、虚を突けなくては意味が無いのだ。
半ば密着した状態においての殴り合い等での戦闘にも無理が出てきたか。だけれども続行しか手は無い。
今更銃は使えない。折角奪いつつあるイニシアティブを返還するのは愚の骨頂という言葉も生温い。そういう奴はもう馬鹿の一言でいい。
刀がゆらゆらと動き、私を焦らせる。判断を誤らせようとする。お姉様は私の苦悩を知っていると考えられた。
意地悪な人だが、それが魅力的だ。苛められたくなるほどの魅力。……これは個人的な意見だけど。
いつまでもいつまでもこうしていたかったが、無理だった。彼女はそれを望まなかったからだ。
お姉様は右足を踏み出し、刀で私に向かって突いた。勢いを乗せて刀の速度は見切れない速度へ。回避に問題は無い。
左にかわすか? 刀身は私の左胸を狙っている。右に回避。予測される反応は左手での追撃、来た!
今度も左には回避出来ない。刀で体が止まれば蹴りか頭突きか何か来る。右に跳ぶ。変な姿勢で跳んだので足が少し痛んだ。
追い掛けて来る。私は膝を曲げた状態で、回避の為に動けない。刀、いや、彼女の右手を見る。左手を伸ばす。手首を──掴む!
右足を前に出し、重心をそちらに移しながら、右手を彼女の脇の下へ。肩を脇腹に。スピードを殺せなかったお姉様が浮かぶ。
私はそれを地面に叩きつける。彼女は地に激突し、くの字に体を曲げた後、逆に反らした。作用反作用的な何かだ。そのものかも。
サーベルを左手で抜く。右手では時間が掛かる。持ち上げ、突き刺そうとする。何回目だったか、この攻撃。
ああ、勿論お姉様はこれで殺されるような相手ではない。前回と同じように回転でかわす。私はそれを追って何度もぷすぷす地面に刺す。
ごろごろと転がって避けるお姉様。偏差射撃の要領で未来位置に刺突を加えようとしても避けられるのは何故だろうか。
躍起になって突き刺そうとするが突き刺さらない。諦めて斬りつけることにした。振り上げる。お姉様が停止。振り下ろす。体起こす。
私のサーベルは地に喰らいついてしまった。引き離す。ジュライお姉様の反則レベルの強さはどうにかして欲しい。
ゲームだったら絶対にバランスブレイカーだ。存在が許されない。ターン制SLGなら五ターンで自動的に退場して貰いたい。
程合い無視の性能ではないか。一人いれば軍単位で壊滅させられそうだ。ワンマンアーミーという奴である。一騎当千とも言う。
これ以上の追撃は無駄だろう、仕切り直しが必要だ。刀を構え直すお姉様。私はサーベルを納める。
体術に関してもお姉様より優れている訳ではないのに、ましてや剣技でなど戦えない。死ぬ。数秒で殺される。サーベルは使えない。
使えるとしたら、止めの一撃や追撃にだ。後は体術で何とかしなければならない。安心するように自分に言い聞かせる。
体術より刀が優れているなどと誰が決めた。要は使い方だ。戦い方だ。戦術こそが強さの要だ。そして、私の教官の言によれば。
戦術とは、機動である。機動とは、移動である。動きたまえ。戦術的な移動は、それは最早攻撃に等しいものである。
これを信用するしかない。光の無い深夜でもサングラスを掛けている胡散臭い男だったけれど、信用するしかない。
次の機動に移ろうとした時、私は近づく航空機用エンジンの轟音を聞いた。私は背を向けて近くにあった建物のドアへ飛び込んだ。
木製のドアは簡単に壊れて私は中に入り、機銃掃射を見ていた。ジューンお姉様のギルドスカイだ。全く、いつもこうなんだから。
いいところで邪魔が入る。やり遂げられたのは一度も無いじゃないの。溜め息を吐く。ジュライお姉様は追撃に取り掛かるか迷っている。
迷う必要を無くしてあげよう。ドアと反対側の窓にダイブ。ちゃっかり私の後に飛び込んでいた相棒も付いて来る。
闘争しに来たのに逃走する破目になるとは、気に食わないことだ。ギルドスカイの監視から逃れる道中、私はずっと嘆いていた。
* * *
エイプリルお姉様は、私の考えを認めなかった。兵を前進させ、艦への攻撃や、艦へ撤退する敵兵への攻撃をさせてくれなかった。
何と言ってもお姉様の言うことだからきっと理由があるのだろうが、私にはその決定が正しいとは思えない。
今、敵は敗走している。戦意は落ちているに違いない。士気崩壊が発生しているに違いない。今の内に減らしておきたい。
特に年末型だ。彼女たちは一人で通常の兵何人分にもなる。生き残る気の無い戦い方にも困りものだ。まるで少年兵のようだと思う。
マーチお姉様がマルスで攻撃し、十人から十五人ほど殺害したと聞いたが、それでもまだまだ沢山いる筈だ。
私は、端的に言うと迷っていた。命令を無視するか? お姉様の命令を? 本当にそれは、いいのだろうか?
お姉様は結果オーライなどと言えるいい加減な性格ではない。厳格ながら公正で、親しみ易い。だからこそ私は彼女に魅かれるのだ。
処罰があるだろう。メイお姉様が何らかの処罰を受けたと兵づてに聞いた。私にも関係のあることだ。
大人しくしているのが賢いかもしれない。この上問題を起こしてはならないと考えるのが普通だろう。
が、私は保身を理由に動くことを止めるようなことはしたくない。それは、凄く惨めで無様だ。十二姉妹の名にもとる行為だ。
決断は確かな確証などから下されねばならない。誰かの心情を勝手に予測しそれに従って決断を下すなど、侮辱と呼ぶに値する。
こうしている間にも、敵は撤退を続けている。もう、捕捉可能な位置にいるのは年末型だけしか残っていないだろう。
これ以上決定を遅らせる訳には行かない。打って出よう。彼女たちを全滅させられなくとも、背中に銃弾を浴びせかけよう。
彼女たちの頭上に爆弾を降らせよう。吹き飛ばし、貫き、数を減らす。深追いはせず、撤退する。
発令しようとした時、私のいる拠点の一室、そこの窓から、何だか懐かしい姿が見えた。ジャニアリーお姉様だ。こっちに歩いている。
良く見ると手酷く負傷してしまっている。私は部屋を出て彼女のところへ向かった。足労には及ばない。
お姉様の近くに行くと、彼女は普段そうするように微笑んだ。いつもは子供扱いされているようで気に入らなかったが、安心する笑顔だ。
この人がいれば大丈夫だと思わせる微笑である。頼れる微笑。私も笑って、それからふらふらしている彼女を支えて拠点へ入った。
一歩一歩歩く。こういう時に限って、気を利かせて何かしてくれる兵はいない。
皆、二人一組か三人一組になって警戒任務か捕虜の尋問作業に携わっている。有益な情報が得られるといいのだが。
「オーガスト」
お姉様が言った。首を向けるが、足は同じスピードで動かし続ける。
「セプを見なかったかしら」
優しい声のままで言ったので、私は意味を一瞬取れなかった。セプお姉様を? まさか! 彼女は、彼女は死んだのだ。
お姉様が確認した筈だ。所々焼け焦げたヘッドドレスを胸に抱き締めて、涙を堪えてうずくまっていたお姉様を私は覚えている。
戦死が伝わった時、隊員は大泣きに泣き、ある者は涙すら出ず、酒に走ったり、数人は薬に手を出し掛けたりしたことを私は覚えている。
どうかしてしまったのだろうか。ストレス、戦闘時の負傷、理由は多々考えられる。私は黙り込んでしまった。お姉様が笑った。
「そういうことではないんですのよ、私が言いたいのは。セプに良く似た敵を見ませんでしたの? 敵アンドロイドの」
そっちの意味か。安心した。そのことなら小耳に挟んだ程度ながら知っている。本当に小耳に挟んだ程度だが。
エイプリルお姉様、メイお姉様と戦闘した新型、ジャニアリーお姉様が偵察中に遭遇、戦闘したセプお姉様の同型機。
彼女たち二人に関する情報は、今のところ私の手には無かった。神出鬼没なのだ、どちらも。しかも、ギルド兵の前には姿を現さない。
今までの遭遇全て、一人の狙撃兵を除けば十二姉妹の内の誰かとだ。選んでいるのか、偶然か。こう続いていると偶然とは思えない。
分からないことを告げる。ただ、フェブお姉様とマーチお姉様が何か知っている可能性もある。私は二人に尋ねることにした。
私が回線を二人に開いた時、二人は口喧嘩の真っ最中だった。フェブお姉様が責め立て、マーチお姉様がぼそぼそと言い返している。
別段珍しいことでもないので遮って訊く。彼女たちも私の質問の重要性を理解してくれたのか、一時休戦して答えてくれた。
それによると、同型機とマーチお姉様は交戦したそうだ。左腕に重傷を負わせたらしい。代わりにマルスは使い物にならなくなったが。
フェブお姉様のくれた様々なデータ等も、彼女の言を一層確かなものにした。拠点の一室に戻り、座る。
水筒を差し出したが、お姉様は軽く首を振って飲まなかった。それよりも銃をちらちらと気にしている辺り、彼女も前に出たいのだ。
話を切り出そうとすると、近くの無線機が鳴った。部屋に控えていた一人のギルド兵がそれを取った。
『こちら、エイプリルですわ。オーガストは? どうぞ』
無線機を受け取り、応答する。エイプリルお姉様は普段通りの声で言った。
『あなたが命令違反を企てているという報告がありましたわ。信用はしていませんが、一応確認しておこうと思いましたの。
ねえ、オーガスト。まさか、そんなこと、しませんわね?』
……直接口にはしなくとも、兵とお姉様には全てお見通しらしかった。私は素直にはいと答える。
この短い会話から十数分後に、年末型アンドロイド兵の部隊は艦への撤退を果たした。
* * *
休暇でもジャコモ=スカラッティを着ているほど愛国心に溢れると有名な、ギルド粛清部隊の長が指揮するこの艦に作られた個室の中で、
艦長室と同じか、それより少し狭いくらいの部屋。それが、この私の部屋だ。私には必要の無い広さである。置くものなんて少ないのに。
調度などを揃えてみたりとか色々と試したこともあったけれど、そんな趣味は余り長続きしなかった。戦闘訓練に余念が無かったからだ。
第一、私の趣味はいい方ではない。私が持つ褐色の肌に合わせる服を選ぶ時だって、部下に散々却下の一言ばかりを返された覚えがある。
でもこれじゃあ、お姉様たちを招待することは出来ないな。マルチアーノ十二姉妹がその余生を過ごす部屋としては、失格という他無い。
帰ったら誰かと相談して部屋を大改造しよう。私は部屋の中央に立って、辺りを見回しながらそう決定した。さあ、決定の次は行動だぞ。
まず帰る必要があり、帰るには行く必要がある。屁理屈みたいだ。行くことには問題無い。今補給を終えたところだし、休憩は必要無い。
弾薬もたっぷり。体は動くに十二分な体力が残されている。私の精神は不屈だ。部下も戦意は旺盛だが、相棒を除き残らせることにする。
彼女たちには、私の帰る場所を守る役目をしっかり果たして貰わないといけないのだ。さもないと、行ったはいいが帰って来れなくなる。
十一のハンティングトロフィー素材を折角持って帰って来たというのに、迎えてくれたのは残骸と死体、死体、死体では、余りに寂しい。
部屋のドアを開ける。照明を落とした。ドアの横に立っていた相方が右手を挙げる。私は頷きで返す。挨拶はこれで十分だと思っている。
長銃身のバレットライフルを突っ返させないようにしながらドアをくぐって、撤退時にも通った通路を使って、外に出る為に歩き出した。
途中、無口女とも擦れ違う。彼女の左肩と左腕は見るも無惨な状態になっていた。歩く度に、ぷらりぷらりと揺れては戻り、落ちそうだ。
通り過ぎた。そのまま足を進める。目的地は第四格納庫。あそこから外に出る。誰にも許可は取ってないが、誰にも口出しなどさせない。
すっかりがらがらになってしまった格納庫には、暇そうな整備員と十二名の警備班がたむろしている。装甲車数輌だけが、残った兵器だ。
警備班や整備員たちは、それを土嚢などで覆って無反動砲に耐えられるようにした上で、砲台代わりとして使うらしい。前に出せ、前に。
戦うのなら攻めて行きたいものだ。防勢作戦などやってられない。とっとと終わらせて攻め込みたい。私たちの真価はそこで発揮される。
結構な作戦を立てるお偉方たちは文句を言うだろう──知ったことか! 私を縛れるものではないと分かっていないのだ、あの愚か者共。
格納庫を横切り上陸用ハッチに向かう。開閉ボタンは三つで、格納庫には二つ、作戦管理室に一つある。管理室までは行かないつもりだ。
ハッチの両側にあるボタンを、相方と同時に押す。赤ランプが点灯し、緩やかに開いていく。整備員が泡を食って、こっちに走って来た。
文句を言って邪魔するつもりだろうな。言い訳するか? 馬鹿な。どうせ邪魔は出来ても止められはしないし、放っておいても構わない。
私の洞察力は確かだった。彼はハッチを指差して何事か喚いたが、私には聞こえない。どうやら、聴覚機器が壊れてしまったと思われた。
やれやれ。相次ぐ連戦に、私の体はぼろぼろだ。それもお姉様相手だからだが、もう少しスマートに行きたい。服も汚れてしまっていた。
ハッチが地面と平行になるまで開く。足を動かす。後ろで怒鳴る声がしていると相方が言った。私にはさっぱり聞こえないのだがと笑う。
地面に降り立った。足に土の感触。離れていたのは少しの間だったが、懐かしくて感触をゆっくり味わってみたりする。相棒はジト目だ。
ライフルを乱暴に渡して、既に崩壊した戦線を目指し走る。姉妹たちと人間共が最後に交戦したのが何処なのか、情報は入って来ていた。
だからあの四つの拠点の内、どのビルにお姉様たちが駐屯しているかも大体分かる。真ん中の建物だろう。そこからなら指揮も取り易い。
事実彼らの指揮官もそこにいた。彼が降伏を決め、行動したそうだが、冷静で将来見込みのある指揮官だ。あの状況では勝てないだろう。
それを冷静に受け止められたのだ。人間の中にもマシなのはいるが、彼もまたそうだったということだ。これで上がもっと賢ければなあ。
到着には七、八分掛かった。お姉様たちの駐屯地が観察出来る高さの建物の屋上へ上がり、望遠モードでじっくり探す。時間はあるのだ。
黒くゆらゆら動く帽子発見。オーガストお姉様だ。背丈はこちらが上でも、姉は姉。年齢もあちらが上だ。ちょっぴり変な気分になった。
その隣にジャニアリーお姉様。仕留められなかったか。私のお姉様なのだから、彼女に殺せる筈も無いか。だが体の調子は悪そうだった。
彼女たち二人だけだと思ってはならない。他にもいるかもしれない。二人して覗いた。これは凄く楽しいかも。逮捕者が出るのも分かる。
じろじろとそこら中を見つめ続けて、目が痛くなってきた頃、遂にオクトお姉様、ノヴェお姉様、ディッセお姉様を発見した。やはりね。
五人ものお姉様方がいらっしゃる訳か……うん、楽しくなって来た。望遠モードを終えて、銃を受け取る。弾丸は、焼夷徹甲弾を使おう。
遠くから発砲し、兵を炙り出す。お姉様たちは前線には出ずに指揮する筈だ。ジャニアリーお姉様は分からないが最低でも、残り四人は。
そこに迂回し現れた私が突入、戦闘だ。オーガストお姉様やオクトお姉様たちには初にお目に掛かるのだから、失礼無いようにしないと。
それにしても、一挙に五人なんて、考えるだけで興奮するわね。しかも相棒は自分と同じ姿形の相手を見るのだ。どんな気分か聞きたい。
私は率直に尋ねた。ねえ、同じ顔の敵を見るってどんな気持ち? 味方ならまだしも敵として。彼女はぶすっとした顔になってしまった。
* * *
ジュライは呆れ返った。必ず、抵抗を続ける愚かな粛清部隊の隊員たちは、皆一人残らず骸を曝すことになるであろうと思った。
何が厳戒な警戒態勢だ。 何が蟻一匹だって入れやしない、だ。先程耳にした彼らの自信と過信の表れを頭の中で繰り返す。
彼らが今、ふとした切欠で自分の姿を見たならば、何と言って驚くことやら。ジュライの口の端が吊り上がる。
刀を抜いて取って返し、手首を捻るだけでいい。警備に当たっていた二人はそれでお終い。首から上を失うか胴体か、何処かを斬られて。
彼女にはその光景がまざまざと脳裏に浮かぶ。血が吹き出るのには時間が掛かるものだ。
死体が倒れてからでないと、吹き出ることは大抵の場合無い。それに吹き出たとしても鯨が潮を吹くようには吹き出ず、非常に控えめだ。
苦悶の声を上げてのた打ち回る装甲服の男たちも見える。彼女は、自分なら彼らを容易に掃滅出来ると分かっていたし信じていた。
であるから、ギルド兵を相手にするのは問題無い。そうさせない理由は、彼女と大体は同じタイミングで入り、
数分前に二人出て行った、あのアンドロイド兵たちだ。あれの相手をしつつ大量のギルド兵を相手にする? 流石に無理だろう。
彼女は愚かではなかった。それに、敵側に幾許の兵がいるのかも正しく把握が出来ていない。火器は? 小火器ばかりか? それも不明。
基本的に、ジュライは自分を信用しないことにしている。自分が敵に勝てるかどうかは、否定から入る。
どう頑張っても否定出来ないところになってから、敵に襲い掛かるのだ。敵から襲い掛かられた場合は、兎に角戦いながら決める。
そういうスタイルだ。彼女は信じない。自分の能力が必ず相手に通用するとは信じない。人間相手でも誰を相手にしても変わらない。
彼女が残酷で無慈悲なところがあるのはそれに原因を持つ。彼女は信じないのだ。未来の敵に自分が勝利出来るとは。故に逃がさない。
時には逃げられることもあるが、それは仕方ないことだ。逃がす必要があって逃がすこともある。が、意味無く逃がすことは絶対に無い。
自分を評するなら臆病の一言で十分だろうと、常日頃から彼女は考えている。信じているのは精々敵の強さくらいか。それも時に揺らぐ。
ペトルッツィ艦の内部では、誰もが駆けずり回って生存を掴み得る為に準備をしていた。銃を並べ、弾薬を配分し、
無反動砲弾を即席の地雷や手榴弾代わりにしてみたり、敵の侵入を知らせるトラップを仕掛けたり。ご苦労なことだ。
彼らの努力を心中で嘲笑いながら、目に付かぬように移動を繰り返す。気付く者は誰一人としていない。
土嚢積みに夢中になっているせいだ。そんなもの、積んだところで特に意味は無かろうに。十二姉妹が肉薄し手榴弾を投げ込めば崩壊だ。
更に、大抵の銃弾に対して強固な防備になるが為に、兵はそこに集中するだろう。そんな場所に手榴弾。最高、又は最悪の取り合わせだ。
無駄な努力。実に無駄な努力。ジュライの評価はそれだった。彼らは十二姉妹のようなアンドロイドと戦う術を知らない。
ただの人間と戦う術なら心得ていても、鋼鉄にも勝る肉体より構成される戦闘機械との交戦を知らない。部隊に同じものがいるのに。
脅威と認識すべきはあのオクト、ノヴェ、ディッセを模したアンドロイド部隊だけだ。それと、セプの同型機や新型。
同型機は射撃能力に優れる。完全なアウトレンジからの攻撃と離脱を繰り返されれば、手を焼くのは間違い無い。
新型は……評価に困っていた。射撃もアバウトで、肉弾戦も余り褒められたものではない。何かへの特化型ではないのかもしれない。
それとも、新型とは名ばかりの、試験体みたいなものだろうか。それなら分かる。どちらにしろ、一対一で相手にする方がいい敵だ。
ジュライが一番恐れるのは、ベレー帽を被った軍人紛いのお子様たちであった。数の多さが恐ろしかった。
一対一なら、気にも留めずに打ち払える敵だ。けれども、数が集まれば圧倒的な大きさの脅威になって圧し掛かって来る。
MP7の銃弾はジュライのボディを撃ち抜くだろう。彼女たちの拳はジュライのボディを痛めつけるだろう。手榴弾は言わずもがなだ。
凡そこの世界に遍く存在する敵対的な存在や概念の内、ジュライが一番嫌うのは抵抗するに十分な数を揃えた、弱小の兵だった。
一人を殺す内に二人が、それを殺す内に三人が、前に前にと進み、敵を追い詰める。敵は後退出来ないところまで押し込まれ、殺される。
弱小である。疑う余地も無く、弱小である。一人は数にも入らない。二人も、考えるには及ばない。三人だって何とかなる。
十人は確かな力だ。二十人はより確かな力となる。三十人はとても大きな力となる。四十人は恐るべき力となる。五十人、六十人。
増えれば増えるほど相手にはしたくなくなり、自らの生存は危うくなる。これだ。これが忌み嫌うものだ。数という概念。
敵が一人増える毎、振るわれる手は二本増える。二人増えれば四本だ。しかしそれを防ぐ手は二本のまま増えることはない。
ジュライは、何としても纏めて七十や八十人近くの年末型アンドロイドと戦うことになるのは止めておきたかった。
それが今の行動を取る原因だ。彼女たちの敵は主に外にいる。中にいると思う者はいるだろうか? 十中八九いないだろう。
彼女は安全な場所を探し、身を潜めて、そこから出ることが不可欠な状況になった時、病原菌のように隠れていた姿を現すつもりだった。
* * *
艦の作戦室を最後に使ってから一週間と経っていないのに、エイプリルにはそれが二ヶ月三ヶ月にも感じられた。
彼女の後ろにはメイがいるが、彼女も思うことは同じのようだ。彼女は、前回自分の座っていた席に座る。エイプリルもそれに倣った。
部屋はがらんとしている。それもそうだ、小隊長は全員、負傷しているか前線にいるか負傷して前線にいるかのどれかなのだし、
姉妹の七人は最前線、一人が撤退中、一人が離反という状態だ。ここにいるのはメイとエイプリルだけ。
こんな戦闘になるとは思わずにホワイトボードにどうでもいいようなことを書いていたことを思い出して、二人は少しの間目を伏せた。
──用意が出来ましたわ。オーガスト、オクト、ノヴェ、ディッセ、それにジャニアリーもここにいますわよ。
フェブから連絡が入る。彼女たちはこの作戦会議後、艦への総攻撃に入る。最後の仕上げの下準備。フェブはそう形容していた。
エイプリルはメイの回線状態を尋ねる。繋がっていると判明。頷いて、会議に入る。最初に、現状の報告を求めた。
──我々十二姉妹隊の繁華街方面隊は、繁華街の全域から敵兵を排除。逃れた兵は艦へ撤退しました。三百名から三百八十名程度ですわ。
彼女の報告は続く。
──東部戦線に投入されたアンドロイド兵も撃退。予想被害程度は十名から十五名。正確な数字は不明。その戦闘でマルスが中破、撤退。
二度、三度と頷いた。この辺は聞かなくともいい話だったが、エイプリルはフェブの心情も考えて聞いていた。
フェブがそれを察したのかどうか分からなかったが、彼女は突然に姉の聞きたがっていることを喋りだす。
──次はこちらの兵力に関する報告ですわ。負傷三十六、戦死八、内、コヨーテが前者に十九、後者に六。戦力は未だ保持されています。
満足の行く答えだった。フェブが戦力が保持されているということを言ったのならば、そこには嘘は無いだろう。
さあ、それでは。メイが両手を揉んだ。それでは、どうやって、あの艦を攻め落とすつもりなのだ、我々は?
エイプリルの頭の中で様々な方法が並べ立てられる。ヘリでの強襲。却下。運べる人員の少なさと対空砲火を考えろ。
地上から装甲車とトラックで突っ込む。却下。突っ込んで、何処から内部に上がるのか。招き入れてくれる筈が無い。
ギルドスカイで対空砲などを破壊してから、強襲班をヘリで運び、強襲班は格納庫にある上陸用ハッチを起動し、本隊が突っ込む。
これで行く他ない。他に良案はあるだろうか。艦の砲撃で完全に破壊してしまうのも手だが危険だし、繁華街まで破壊する可能性もある。
よりによって今コヨーテと仲違いしたいのでなければ、止めておくのが賢明だろう。エイプリルは手短に作戦手順を伝えた。
──了解しました。それまでは隊を休憩させておきますわね。私にもそろそろ休憩が必要でしょうし。
通信が切断される。体の力を抜いて、椅子に寄り掛かった。短い休憩が入っていたが、エイプリルの疲労も残っている。
作戦室のドアがノック後、開いた。体に力を入れ、そちらに首を向ける。兵が一人立っていて、マーチが戻って来たことを伝えてくれた。
ここに呼ぶように言う。彼は一歩後ろに下がった。マーチが脇からこの部屋に入って来る。手間が省けて良かった。
一礼して兵はドアを閉める。マーチは黒く汚れた顔を頻りに擦りながら、席に腰を下ろした。
フェブに説明したことと同じことを説明する。彼女が真面目に聞いているのか不安だったが、エイプリルは信じることにした。
説明が終わり、意見を求められるマーチ。緑色の髪を右手で弄びながら、彼女は訊いた。
「エイプリルは?」
その一言だけだったが、エイプリルには何が言いたいのか分かっていた。エイプリルはどうするのか? だ。
この問いには真剣に、慎重に答えなければならない。そう感じて、数秒口を閉ざす。その数秒の間に、答えは出せた。
以前のエイプリルだったら、マダム・マルチアーノがいた頃のエイプリルだったら、迷い無く前線に出ただろう。マーチも認めただろう。
今回は、そうではない。マダムはいない。誰も、エイプリルに代わって総指揮官になれる者はいない。彼女は前に出られない。
それは我慢するのが辛い不満ではあったが、彼女は、艦で指揮を取り、不測の事態に備えることを告げた。
マーチは大真面目なのか単なる無表情なのか良く分からない顔つきで首肯する。彼女の思う正しい行動と一致したようだ。
最後の戦闘が始まればギルドスカイかマルスで出撃することになるだろう、とエイプリルはマーチに言った。再度首を縦に振る。
休んでいなさい、マーチ。少しの間だけでもいいから。
エイプリルの優しく言い聞かせるような言い方に不審を感じたが、妹はそれに従って作戦室を出て行った。ドアが後ろ手に閉められる。
「いよいよだな、エイプリル?」
メイが面白そうな顔で話し掛ける。親友の底無しとも思える体力に半ば呆れて、エイプリルはちょっと笑った。
いよいよ。いよいよだ。いよいよ我々は敵を壊滅させる。撲滅する。二人の心の中に、高揚感が膨らむ。
それを掻き消すノイズ音。フェブが通信回線を開いたのだった。何かと訝しむエイプリルだったが、すぐにそんな疑問は消し飛んだ。
──攻撃されています! 我々は、敵の攻撃下にいます! 銃は五十口径ライフル、新型ですわ!
メイを見た。彼女にも回線は開かれていたのだろう。一言だけ、聞くに堪えない汚い言葉で罵った。
* * *
その弾薬箱を放り出せ、その弾薬箱を放り出せ! 俺は周りから同じことを何度も言われて、足元に目を落とした。
火がついた、通常弾の弾薬箱。隣に火が移って行きそうな無反動砲の弾薬箱。なるほど。俺はパニックになり掛けた。
本来なら持ち上げられるとしてもかなりの苦労をするだろう弾薬箱を、軽々と持ち上げられたのもそれが理由だろう。
熱は感じなかった。ぱちぱち爆ぜる度、弾丸が飛び出してきて俺の体を撃ち抜くんじゃないかと思った。だが、そうはならなかった。
弾薬箱を窓から投げ捨てる。下に誰もいないことを祈った。地面に激突する音と、弾薬が盲滅法に弾け跳んで行く音。危うかった。
窓から下を覗いていると、引き倒される。銃弾が床を抉る。やっと何がどうなっているのか理解出来た。敵襲だ。
俺の銃は手を伸ばせばすぐの場所にあった。引き摺り寄せて、抱え込む。狙撃されていて頭は上げられない。
下げていても危険だと誰かが言った。床の弾痕を見るに、そうらしい。この大きさは五十口径ででも無いと作れないだろう。
匍匐前進で部屋を出ようとする一人の仲間がいた。危険だ、と言う前に、彼が射抜かれた。大きく跳ねて、動かなくなる。誰も診ない。
そりゃ、五十口径弾で頭を撃たれれば助からないことくらい、衛生兵でなくても分かる。それに、彼の頭がそこら中に飛び散ってる。
こんな状態の人間を生きて返せたら、悪魔の所業としか思えない。死体の足を引っ掴み、こちらに引き寄せる。仲間がまた減ったな。
俺と残りの仲間は、部屋にあった机を目隠し代わりに使うことにした。上に沢山の物が乗っていたので苦労したが、
何とかかんとか倒して、壁にする。高さが足りないが、それは机を縦にすることで解決した。
撃ってこないのをいいことに、我々は匍匐で部屋を出る。それぞれが自分の銃を持っている八人だ。部屋を出て、そこで足が止まった。
何処に行けばいい? ただの狙撃兵なら、もう逃げているか狙撃位置を変えているかだ。あれは本当にただの狙撃兵だろうか?
俺にはそう思えなかった。焼夷弾なんて使っているのがいい証拠だ。あんなものを通常の狙撃兵に支給するか、普通。
普通ではない狙撃の出来る五十口径ライフルを持つ誰か──考えるほどに、俺にはエイプリル様とメイ様が戦った新型を思うのだった。
だとすれば、好戦的な性格らしいそいつは、間違い無く『お姉様』たちに襲い掛かる。破壊しようと、我らが姉妹を、手に掛けようと。
群がって来る俺たち雑兵には目もくれずに、姉を目指し、ただひたすらに、真っ直ぐに!
目的地が決まった。八人で、作戦会議だったか通達かをしていたフェブ様たちのところに向かうことにする。場所は確か上階の会議室。
この戦線にいる十二姉妹の大半が集まっているのに、新型がそこを狙わない訳が無い。来る。確定している未来だ。
俺がいたのは建物の二階で、姉妹たちはもっと上にいる。八人は駆け、跳んだ。途中エレベーター使おうとしたら電力が無かったからだ。
階段を駆け上がり跳び上がりは体力を著しく消耗させたが、目的の部屋の前まで辿り着く。入ろうとする俺を後ろから引き止める手。
そうだ、スコープがいつまた俺や姉妹を狙って来るか分からない。迎撃の為に、ドアに向けて銃を構えている可能性もある。
誤射されたくは無いので、ノックの上、自分が彼女たちの部下であること、七名連れて来たことを告げ、入室許可を得る。鍵が開いた。
伏せて入って来いとのことだった。俺はドアノブを掴んで回し、押しながら身を低くし、やがては伏せた。そのままずりずり入る。
八人が一列に匍匐前進してくるのは、非常にシュールで気味が悪い光景だ。全員が入ると、オクト様が急いでドアを閉め鍵を掛けた。
状況が状況なので敬礼を省き、オーガスト様やフェブ様、それにジャニアリー様の説明を受ける。彼女たちも、新型だとの見方だった。
この部屋にあった弾薬箱は無事だったので、そこから弾倉などを必要量拝借する。返す気は無い。敵に渡してやる気ならあるが。
彼女たちは待ち伏せているのだろうか? そう思って訊くが、そうではないらしい。どう対処するか話し合っている。
見た様子ではジャニアリー様は兵と共に前線へ出たがっているが、フェブ様たちで抑え込んでいるみたいだ。見なくても分かるけど。
今のところ、彼女たちは待機している兵を三十人警戒ライン形成の為に割くつもりらしい。間に合うだろうか、それで。
俺たちはどうすればいいか命令を求めると、この部屋の左右の部屋で待機していろとのこと。
了解し、行こうとする俺ともう一人に、ジャニアリー様が手招きした。耳打ちを受ける。頷いた。そんなことは簡単だ。
彼女たちの部屋を出て、四人ずつに分かれて、俺たちは左の部屋に。耳打ちの内容を尋ねられ、説明する。三人も了解した。
話が終わって、一人が尿意を訴える。三人は呆れたが、急いで行って来いと言った。彼は謝りつつドアを開け、閉め、走り出し、銃声。
びしゃりと何かに水が張り付く音がした。ドア越しの銃声だったが、耳が痛い。俺は音を立てないように気をつけながら、鍵を閉めた。
おかしい。警戒があった筈だ。どうやって潜り込んだ。迂回したのだろうか。それともまさか、警備兵が連絡する前にここまで?
心臓が危険な速度で脈打っている。あれにこの部屋へ踏み込まれたら、この三人は皆死ぬ。抵抗など出来よう筈も無い。
頼むから来るなよ。来るなよ。出来れば踵を返してとっとと失せてくれ。息を呑んで足音の向かう方向を耳で探る。
二人分の足音。そう言えば、新型のお供がいるという情報もあった。年末型アンドロイド一名だ。勘弁してくれ。
足音はこっちに向かって来る。待て、こっちに来ているからって、俺たちの部屋を掃討するとは限らない。
二人が俺たちの存在を知っているかどうかも分からないし、素通りして行くことも考えられる。落ち着くんだ。
かつり、かつりと、敢えてやっているのか、やたらゆっくりと歩いて来る。それか、警戒しつつ進んでいるのか。
ドアの前まで来た。一秒が長く感じられる。足が止まれば終わり。止まるな、止まるな、止まるな──止まらなかった!
大きな溜め息を吐いて、足音を聞く。かつり、かつり、かつり。違和感に気付く。足音が、一人分しか、無い?
血の気が引いた。年末型だ。このドアの向こうで立っている。彼女は迷っているのだ、考えているのだ。我々を排除すべきかどうか。
動けなかった。死を感じた。こんなにも間近にそれを感じたのは久々だ。前回、前々回と同じように、今回も俺は動けない。なるがまま。
ドアの向こうで、笑う気配があった。くすりと、馬鹿にしたような笑い。足音が二人分に戻る。助かった。体が動くようになる。
急いでドアから離れた。壁にくっつく。仲間が肩を叩いた。そっちを向く。怯えたような目つきだった。俺も彼の肩を叩いた。
* * *
郵便配達夫は二度ベルを鳴らすが、ならば彼女は何度ノックをすれば良かったのだろう。取り敢えず、彼女は三回控えめなノックをした。
警告の一つも必要かしら? 会議室の机を引っくり返して作った、役立ちそうもない遮蔽物の後ろに隠れたジャニアリーに尋ねる。
静かに首を横に振った。では、省いておきましょうか。第一、はしたなくも突然ぶっ放すような妹にはそれくらいが妥当な罰だ。
武器を持たない情報支援担当の私、フェブラリーの為に調達された一挺の突撃銃を構えて、引金を引く。
ドアを貫通した銃弾はその向こうの妹にも命中している。しているが、これにどれだけの意味があることか。五十口径も効かないのに。
ジャニアリーはP90、三つ子はMP5、オーガストは年末型から奪ったMP7を発砲しているが、ああ、駄目だ。全部弾かれてる。
私たちは全員で顔を狙っていたが、腕で庇ったか咄嗟に背を向けたとかだろう。無意味だ。指を離す。
ドアは頭の高さの部分のみ、穴だらけになっていた。余裕綽々という声で、妹が私たちに言った。
「入ってもいいかしら、お姉様?」
誰も答えない。妹は待っている。私には良く理解出来なかった。本当に、そこで答えが返って来るまで立ってるつもりなのかしら。
「許可しますわ」
ジャニアリーがP90を収納して言った。びっくりして振り向く。迎え入れてどうする気? 答えは返って来ない。
嬉しそうな様子でドアノブを捻る妹。開かない。鍵が掛かっているので当たり前と言えば当たり前だが、向こう側で彼女は困っていた。
開けていいのか、それとも鍵を開けて貰うよう頼む方がいいのか。姉に対してとことんまで礼儀正しくしようとする点は評価出来るわね。
結局、入ってもいいと許可されたのだから鍵を自分で開けてもいいと考えたのだろう。彼女は右手でドアを突き破り、手探りで開けた。
減点一だ。もう少し大人しい開け方があったと思う。少なくとも今のよりマシな開け方は絶対ある。
初めて見る妹の顔は、嬉しそうなものだった。瞳がきらきら輝いてた。期待、単純な喜びの念、憧れ、そんなところと思う。
そう、分かり易く言うなら、例えば甘ったるいヌガーを目の前にどっさり置かれた男の子。これが私の出来る説明で最もしっくり来る。
妹を男の子呼ばわりは何だが、似ているのは否定しようの無いことなのだから我慢して貰おう。
彼女は銃を構えた。広い会議室なので、バレットライフルでも振り回せるのだ。マズい、マズいぞ、それって。対処法を考えなくちゃ。
幸い、私の冷静な頭は一つの作戦を考え付いてくれた。彼女は銃撃戦に持ち込みたがっている。だが、近づかれれば白兵戦となる。
白兵戦で勝つにはどうする? 一人で行けば即座に決着が駄目な方向でついてしまう。二人? それも危険だ。三人、うーん、もう一声。
四人、どうせなら後ちょっと欲しい。五人、これだ。年末三人組やオーガストを含めてここには六人いる。一人にはお付と戦って貰う。
オーガスト? いや、彼女は十三人目との戦いに欲しい。ジャニアリーと私は言うまでも無い。となれば、三人組の一人か。辛いな。
自分と同じ姿の敵だ。思うところはあるだろう。けれどこれは戦闘だ。戦争だ。命を掛けた争いだ。生き残る権利を賭けて戦おう。
通信で作戦を伝達する。エイプリルからの命令を思い出す。命じられたのは、妹の撃退。撃破ではない。撃退すればいい。
銃を構えたまま動かない妹に、自ら体を差し出すようにして姿を曝す。眉が上がった。私の横でも立ち上がる姿がある。我が姉妹たち。
「初めまして、ですわね」
口を開くと意外とすらすら言葉が出た。声を掛けられた妹は微笑んで、はい、初めましてですわね、お姉様なんて言う。
恥ずかしいことに私は、その微笑が怖かった。混じり気の無い笑顔だったからだ。それは、彼女が心底私たちを好いていると確信させた。
よってだからこそ彼女は私たちを殺すのだろう。狂気を孕んだ好意の下に。多分私たちが死んでも変わらぬ愛を、その胸に抱いて。
「私と会うのは二度目ですから、挨拶は要りませんわね?」
ジャニアリーの言葉に頷く妹だが、本心は欲しそうだ。というよりも、彼女は姉たちとお話するのが楽しくて堪らないのだろう。
深く深く愛する姉たちであり、憧憬の対象、自らの起源と言ってもいい存在である、マルチアーノ十二姉妹とのお喋りが。
三人組も立つ。オーガストも立つ。妹を中心点として、私たちは半円を形成する。妹はお喋りをより楽しむ為にか、銃を下ろした。
私は遮蔽物を出て、妹の近くに行く。ぶっちゃけ怖かったが、言い出したのは私だ。出来る範囲なら、危険な役目は私が果たすべきだ。
「紹介の必要はありませんわね?」
「勿論。オーガストお姉様、オクトお姉様、ノヴェお姉様、ディッセお姉様でしょう?」
物凄く違和感のある言葉だ。この妹がオーガストたちを姉と呼ぶのは正しいのだが、それにしても違和感は拭えない。
首肯して、私は微笑を浮かべる。それから、有利な位置への移動と時間稼ぎを始める。
「残念ね」
「何がですの?」
妹は完全に戦闘から思考がズレてしまったようだ。気を抜き過ぎである。抜いてても倒されないし本人的にはいいんだろうけど。
「あなたと戦わなくてはならないことが、ですわ」
私に代わってジャニアリーが言った。助かる。こういう口先での時間稼ぎは得意じゃない。
褐色の肌を撫でながら、十三人目の姉妹は分からない様子で言う。
「それは残念なことかしら」
位置取りが終わった。ジャニアリーの右手が妹の右肩に掛かる。察した妹が振り払うが、その時には私と残り三人が攻撃を始めている。
ただ一人ディッセだけが、廊下でじっと主を見つめている年末型の横に立った。二人で私たちを見て、次に顔を見合わせ、こちらに戻る。
……なんかさ、あそこだけ休戦条約締結してない? 気のせい?
* * *
頭痛の種は増え続けるばかりで、減ろうとはしてくれない。十二姉妹の指揮官は現状を恨めしく思った。
妹の襲来、敵艦攻撃の遅れ、部隊員たちは次々と負傷したり、戦死していく。十二姉妹とて無傷ではない。ジャニアリーがいい例だ。
ジュライの姿を見つけたとジューンが言っていたが、彼女だって種の一つである。他にもセプの同型機も種に数えられた。
解決方法は無いに等しい。あの妹を撃退する方法が? 五十口径弾でも死なない彼女を、どうやって。
高速で思考する頭脳が、無意味な作戦を乱立させる。出来ることは無いと認めたくなくて。何か一つは有る筈だ。
作られたなら壊すことも出来て当然なのだから。何か、何か、何か──そこで思いつく。やっと思いを到らせる。マルスはどうだ?
中破とはいえ、稼動するのだ。機関砲を修理し、最低限でも発砲可能にしてから送る。約十三センチの銃弾では死を与えられなくとも、
三十ミリの機関砲なら破壊可能だろう。銃身長も違うから初速も違うし、連射速度も違う。マルスに搭載出来るミサイルも使える。
対艦ミサイルで破壊出来ないアンドロイドを開発したなら話は違うが、そんな相手なら艦砲射撃で対応するのみだ。
機関の修復は何処まで進んだだろう。後で進捗状況の報告を命じよう。今はそれより、格納庫の整備班だ。
艦内の通信網を使い、作業中の整備班に連絡する。エイプリルは彼らが出るまでに、数回のコールを聞かなければならなかった。
通信機を握る誰かの後ろでは現在も作業が続行されているらしく、溶接の音など、整備に付き物の音が大量に重なって聞こえてくる。
それが必要だからとはいえ大声を出すことに抵抗を抱いたが、リーダーは怒鳴る時と同じ声量で尋ねた。
マルスの破損はどの程度のもので、いつ修復が完了するか? 三十ミリ機関砲の残弾数は? ミサイルはあるのか?
整備員の男は、残念ながらですけれども、と前置きをした上で、一つ目の質問に答えた。マルスの修理には相当の時間が掛かるという。
存在さえ知らなかったようなものを突然修理しろと言われたのだから責められることではない。エイプリルは次の問いの答えを求める。
三十ミリ機関砲の弾薬は多く、補給の点には心配が無いそうだった。ミサイルも同様だ。本体が何とかなれば、マルスは復活する。
具体的な修理時間を求めるけれど、はっきりとした答えは返って来ない。聞いても仕方ないと判断し、可能な限り早くしろと言いつけ、
整備員の疲れが感じ取れる返事を受けて、通信回線を切断した。手詰まりだ。振り出しに戻った。
今まで何度も考えては没にして来た、ジューンのギルドスカイを使う手を考え直す。ミサイルは危険だから機関砲で片付けたいが、
家屋に篭っているなら兎も角、外に出ていれば追従は難しいだろう。機関砲弾を掻い潜って姿を晦ます妹の姿。ありありと浮かぶ。
ということは今こそが好機なのだ。通信回線を開く。ジューンは丁度、数分前の通信を聞いてオーガストたちの拠点に向かっていた。
──弾は残っているし、支援したいが、構わないか。
「ええ、是非お願いしますわ!」
ジューンの手を借りる案を没にした理由である、敵ギルド兵に対する攻撃はもう当分行わない。
現在、彼女のギルドスカイはフリーな状態だ。それが妹への刺客として彼女を差し向けられる理由だった。
幾ら何でも、バレットで撃墜を試みることはしないだろう。上空の脅威には無力である。冷徹な目が褐色の肌に向けられた時、
彼女は頭上に死の羽音を聞くのだ。奇しくも、マルチアーノ十二姉妹の異名である死の天使と符合することに、である。
──了解。見えて来た。新型の発見後、旋回して攻撃のタイミングを計る。
幸運を祈ることを告げて、通信を打ち切る。妹のことはこれでいい。ずっと掛かりっきりになってはいられないのだ。
何故ならエイプリルは今や十二姉妹とその配下を指揮する存在なのだから。彼女の双肩には姉妹たちの運命が掛かっているのだから。
かつてのように、己の感情ばかりを優先させてはならないのだ。母親に仕える一人だった時よりももっと、冷静でなければ。
……と言い聞かせても、彼女の心はそう簡単に変わらない。妹のことも気になる。艦でもやらなければならないことは多いが、
それよりも新型の方を片付けてしまいたかった。愚かにも騒ぎ立てる激情家の血を抑え付ける。まだ駄目だ!
と、その時、エイプリルの通信回線にマルスの整備班からの連絡が入った。急いで何があったのかを聞く。
『マルスの修理が予想以上に早く済みそうです──十分もあれば完璧にやってみせますよ!』
「どうしてですの?」
『整備班一同考えてたところですよ、何故作者を呼んでみなかったのかってね。ああ、最初に言った奴にはボーナスをお願いしますね』
そうか。ニルソン様を連れてきた訳だ。確かにそれなら作業も速く進むだろう。エイプリルは肩の力を抜いて、一つ命令した。
「五分で済ませなさい!」
* * *
世の中には、天敵というか、ほぼ絶対に勝てない相手が存在する。有名な例では蛇と蛙とかだ。それは自然界の均衡を保つ一つの機構だ。
私に言わせて貰えば、均衡を保つ為に天敵を作るというのは非常に合理的で単純な手法だ。私もそういう風に物事を解決したいものだ。
それはさておき、マルチアーノ十二姉妹は第一世代から第三世代まで、全員がアンドロイドである。一人残らず、誰しもが。
この呼び方は好きではないが、人工物と形容するのも間違いではなく寧ろ正解である。但しそう呼べば、漏れなく不興を買うだろう。
私たちは自然の関与するところ無く人工的に作られたのだ。よって天敵は存在しない。対抗しうる敵はあっても、天敵は無い。無かった。
今日までは。今日、私たちが相対したこの妹に会うまでは、敵はあっても、天敵と言える何かは有り得なかったのだ。
結論から行こう。策は成功したが戦闘には敗北だ。オーガストとオクト、ノヴェは……生きていることは確実だが、打ちのめされている。
それもこれも、妹のボディと、単なる力と、バレットライフルと、遠心力のせいだ。彼女の最初の一振りでオクトが宙を飛んだ。
次に手首を捻った時には、オーガストが下腹部を押さえてうずくまった。頭を叩き潰されなかったのは偏にジャニアリーのお陰だ。
彼女の拳銃が火を噴き、新型の体は仰け反って、ライフルの銃床はこの会議室の床にめり込んだ。それだけで済んだのだ。
ノヴェはオーガストほど運が良くなかった。ジャニアリーは彼女も助けようとしたのだが、弾が切れたのだった。
彼女は遮蔽物の机を蹴って飛び上がり、顔面を蹴りつけようとしたところを左手で足首を捉まれ、床に叩きつけられた。
生きている理由として大きいのは、足首を掴んだ時点でかなり距離が近かった為、思うように力を込められなかったからだろう。
今や戦闘可能な十二姉妹の数は三人に減っていて、内一名は戦力として見込めない上、彼女の参戦は年末型の参戦を招く確率があった。
それでも凌げているのは、私の力も大きいからだと言ったって、罰が当たるだろうか。いいや、当たるものか、と思う。
私は自分の武器を持たない。お気に入りの銃も無い。刀は使えば折ってしまうだろうし、ナイフを投げたって柄が相手に当たるだろう。
とどのつまり、私は戦わねばならない時、己を武器に仕立て上げるしか無かった。右手、左手が、右足、左足が、武器だった。頭もだ。
徒手空拳。刀やナイフすら超え、己の肉体のみを敵を倒す力とする。銃があれば喜んで銃を使うが、いつも手に入れられる状況ではない。
私は学んだ。実践した。特に熱を上げて取り組むことも無かったし、私はめきめきと上達した。教官代わりの部下が驚くほどだった。
無駄かもしれない。私が戦うことがあるのか? それは敗北の兆しではないのか? そんな状況になったなら、撤退した方がいいのでは?
何度か思ったが、私はそれを理由として訓練を止めようとまでは思わなかった。人体の構造を学び、筋肉のつき方、血管の配置を覚えた。
それが今、役に立っている。妹は予想外の抵抗に戸惑い、思い迷っているようだ。事前に得ていたデータに無かったのだろう。
前情報に頼り過ぎるからこういうことになる。上から届いた情報なんて、理由が無い限り八割か九割が嘘だと思っていたっていいものだ。
思考の錯綜は行動の錯誤を招く。妹の振りが大振りになり始めた。遠心力を味方にした攻撃は脅威だが、回避出来ないものじゃない。
コツを掴めば何とかなる攻撃なのだ。妹の誤りは余計なことを考えたことに他ならない。情報が不足していることは予測されている筈だ。
不足したところでそれがどうした。未知への対処など、目の前にしながらでも捻り出せ。全てが既知である必要は無い。
いや、全てが既知である状況など有り得ないのだ。常に何処かに、知らなかった事柄が紛れている。隠れている。
それでも、対処は出来る。高速で思考し、反映させ、一番適切と思える行動を取ることが出来る。前情報があっても無くても同じだ。
彼女は強い。素手でも私を殺せるだろう。ボディも強靭だ。五十口径を跳ね返し、小口径弾も無力化される。恐ろしい敵。恐ろしい妹。
交戦が始まって二十数分、ジューンがエイプリルに許可を取り、私とジャニアリーの二人に援護を申し出てから十数分で、
彼女は天敵の座から転げ落ちてしまったのだ。私は攻めた。守りに入ればガードの上から殺される。攻める以外に手段はない。
生き残れる場所が何処か私たち二人は知っていた。分かっていた。前だ。前へ、前へと進むのだ。退けば死ぬ。前なら生きられる。
私の中には恐怖が依然として残っていたが、生への欲求は恐怖を圧倒していた。誰が死ぬものか。誰が殺されるものか。
殴る。蹴る。頭突きをする。引っ掻く。打つ。叩く、刺す。ありとあらゆる攻撃行動を取る。私の力が及ぶ限り、最強の妹に向かって。
劣勢の新型。赤い目が細まり一挙手一投足に余裕が無くなって来ている。自身も分かっているのだろう、落ち着こうとしていた。
顔には笑みが浮かんでいるが、それも前とは違ったものになっている。何だろう、私には分からなかった。
最強の妹はしかし無敵ではないと分かって、私は一歩前に出る。この時の私に慢心があったことを認めよう。勝てると思っていた。
妹は一歩退くと思っていた。忘れていたのだろうか、彼女は勇敢だったのだ。互いが前に出る。
私に攻撃が当たるのを恐れ、ジャニアリーの動きが鈍る。隙を突いて拳が、穴を穿つのではないかという勢いで彼女の胸を打った。
当然ながら私にも攻撃は来た。膝蹴りだ。股間を蹴り上げられる。ここは男性の急所として有名だが、女性の急所でもある。
今までのお返しとばかりに滅多打ち。揺れる視野に映る妹は笑っている。姉を殺す楽しみに。そこで唐突に理解。
変貌した微笑みの理由が分かった。あれは姉に殺される楽しみにだったのだろう。余裕が無くなって来たのは、興奮だろうか。
彼女は壊したくもあり、壊されたくもあるのに違いない。究極のサディストであり、マゾヒストでもあるのか。
体を酷く殴られる。顔を狙わないのはありがたい気遣いだ。眼鏡が壊れると色々と困る。
遂に、背中が窓に当たった。ガラスに押し付けられる。首を回して下を見れば……見なかったことにしよう。
部下にはこの妹たちと交戦をするなとオーガストからいい含めてある。だが、私が彼らに助けを求めれば、彼らは駆けつけ、死ぬだろう。
決して部下たちに、私たちが全員負けそうだと思われてはならない。そうなれば助けを求めずとも彼らは飛んで来るのだから。
ギルドスカイの轟音が上を通る。妹は一向に気にしない。ジューンは旋回しつつ狙っていたが、ギルド兵や私たちへの誤射が心配なのだ。
一発も撃っては来ない。通信で私以外はディッセを除き皆倒れていると教えたが、私一人の為に発砲を止めている。迷っているのだろう。
どうするべきか。答えは導けた。また下を見る。うん、死ぬ。落ちたら死ぬ。けど、これが彼女を殺す方法だ。私の思いつく唯一の。
胸倉を捉まれていることが残念だ。私は力を振り絞って、がくがく震える足で床を蹴り、背中と捉まれた胸倉でバランスを取りつつ、
両足で妹の胸を蹴っ飛ばした。水泳の時、プールの壁を蹴って推進力をつける時に似ていると思う。但し、移動先に水は無い。
ガラスが割れる。目に入ったら困るので目を閉じた。最初に聞こえたのはジューンでもジャニアリーでも誰でも無く、妹の悲痛な叫び。
私に止めてくれと懇願していた。それだけはと。時は遅かった。私は空を泳ぐ感覚を知った。妹に遅れて、ジューンの叫びが聞こえた。
ああ、それから聞こえたのが、もう二つある。機関砲の銃声と、天使の羽音だ。後者はジューンの叫びの数秒後、それを耳元で聞いた。
* * *
以前このクーロンでミスター一味と十二姉妹隊が交戦した時、彼女らと彼らは、ミスターとフランカをアパート屋上まで追い詰めた。
今となってはもう、フランカのペンダントがどうとか、海賊王の遺産がどうとかは何と言うことはない話だが、追い詰められた彼女たち、
あれを、あの状況から、どうやって救出したのだったか。それはマーチにとっては嫌な記憶だった。
彼女は救助の阻止が可能な存在だったのに失敗したのだ。と言っても、もし阻止してしまっていたらあの二人は死んでしまっただろうが。
金髪の詐欺師とツナギ姿の整備士は、コヨーテ号の『手』としか言いようの無い部位を使い、二人を受け止め、連れ去ったのである。
──フェブ!
ジューンの叫びが、高速で接近するマーチの耳にも届く。ニルソンの計らいでエンジンの速度抑制装置を外したのだ。
焦りはしなかった。これで助けられなくても、それは自分の責任じゃあないだろうと、マーチは本心から思っていた。
この手段を選択したのは彼女だ。フェブだ。メリットもデメリットも批判も仲間の涙も、自分が引っ被る覚悟で選択したのだ。
助かれば良し。助からなくても元から助かろうとは思っていない。死んで当然の手段である。従って救助失敗時、救助実行者に咎は無い。
エンジンは悲鳴を上げている。爆発などしやしないかとマーチは心配だったが、ニルソンと部下の整備班を信じることにして、無視した。
落下するフェブにぐんぐん近づく。そこで、自分よりも彼女の方が位置が上だと気付く。急いでマルスを上昇させた。必死だった。
視界が金色に染まる。十二姉妹が発したとは思えない声がマーチに聞こえた。右手と左手で抱き締めて、下降する。行き過ぎた。
地面に激突する前に最適な高さまで戻す。安定した。溜め息を吐いて、髪の毛を掴んで顔を探し当てる。
眼鏡は勿論割れて、捻じ曲がっていた。それを取って、彼女の手に持たせる。現状を認識出来てはいないようだった。
髪の毛が視界を邪魔する。受け止めた際に、あの円筒形にされた毛髪が窮屈な縛りから解放されたのだ。邪魔なことこの上ない。
マーチはそれらを片手で纏め、フェブに押さえさせた。これで大丈夫だ。彼女を地上へと下ろす為に、緩やかに減速していく。
ふと下を見ると、フェブは肩の力を抜きマーチに抱きついていた。甘えるような感じだ。マーチとしては、物凄く邪魔だった。髪以上に。
が、この状態で無理矢理引き剥がすと落ちてしまいかねないし、そうすると彼女は地獄一直線だ。不承不承、我慢することにした。
──マーチ、フェブはどうなった?
恐る恐る、ジューンが聞いた。彼女の位置からでは良く見えないのだろう。無事であることを告げる。ジューンは大きく息を吐いた。
マーチの脳裏に、ギルドスカイを操縦しながら安心した面持ちで胸を撫で下ろす彼女の姿が瞬時に展開される。
新型はどうなったのだろう。ジューンがこんなことを聞けるということは、脅威は去ったということだろうが、どうなったのか。
聞く前に、ジューンが答えてくれる。
──ジャニアリーの足止めで当てられそうだったが……新型には逃げられた。年末型にもだ。すまない。
彼女が謝ったので、マーチは謝る必要が無いことを説明した。エイプリルの命令は撃退だ。新型たちが逃げたのなら、撃退は成功。
ジューンは撃退した張本人であるのだから、謝るどころか胸を張っていいのだ。そう言うと彼女はマーチに、はにかみながら礼を言った。
一体何故恥ずかしがるのか分からなかったけれど、マーチは自分の意見を受け入れて貰えて幸いだという意味のことをコメントした。
適当なところで姿勢制御用補助脚を地面に刺して一気に減速し、動きを止める。その頃にはフェブも自分に何があったかを理解していた。
マーチから離れ、狼狽して外に出て来た部下たちの方に向かう。喜んで駆ける彼らだったが、足が止まった。目は髪と顔に向いている。
彼らにとってフェブは眼鏡を掛け、オールバックの髪型で、頭の後ろに髪の毛を使って作った六つの円筒を持っている人物だ。
なので、誰だか分かりながらも、少しばかり信じられなかったのだ。彼らが見たのが、髪を下ろして眼鏡を外したフェブだったが故に。
でも髪型が変わろうと眼鏡を掛けていまいと彼らが忠誠を誓ったのは十二姉妹でありフェブなので、
そんなことはあっという間にどうでも良くなった。無事を喜ぶ部下に彼女は建物へと連れて行かれる。マーチは腕を組んでそれを眺めた。
ちらっとフェブが振り返り、微笑む。マーチは追い払う仕草をして、補助脚を一本抜き、背を向けた。空をギルドスカイが通って行く。
ジャニアリーたちはどんな状態かと、彼女に尋ねた。ジューンは簡潔に教えてくれた。戦闘への参加には問題無いそうだ。
ただ一人、ジャニアリーを除いて。ジューンはエイプリルへの報告も済ませたらしく、その報告を聞いたエイプリルの命令は、
血気盛んで好戦的であり、十二姉妹隊の中でも随一のトリガーハッピーな向きのある彼女に、
帰艦と補給、ボディの修復、交換を命じるものだったという。マーチは可哀想にと言ったが、そう感じはしなかった。
* * *
ジャニアリーは落胆を感じながら、穴だらけになった壁を撫でた。部下たちが部屋の壁越しに撃った銃弾が穿ったものだ。
彼女の計画では、合図で部下たちが撃ちまくり、それで隙が出来た新型を窓の外にでも放り出すつもりだった。
それがこの様だ。その上、帰艦命令。何から何までジャニアリーの思いとは逆方向へと進みたがる。戦いたいのに、戻れとは。
気に食わなかった。無視しようかとも思った。自分の具合を落ち着いて考えていなければ、そうしただろう。
彼女は、戻ることにした。戻って、ボディの損傷を修復するなりして、戦線に復帰するのだ。エイプリルも止めはしないだろう。
十二姉妹ではマーチと並んで火力担当のジャニアリーだ。いなければ困る。膠着した状況を打開することも難しくなる。
オーガストに一時帰艦する旨を告げる。彼女はバレットが当たった部位を押さえながら返事をした。調子は悪そうだ。心配だった。
拠点を出る時、フェブと擦れ違った。フェブは彼女の部隊員たちと騒いでいて、命令も聞いてないみたいだ。
ジャニアリーは言おうかとも思ったが、面倒臭いので止め、彼らの中を掻き分けて外に出た。太陽の光に目を細める。
そういえば昼だった。ジャニアリーは頭を軽く振り、残弾をチェックした。少ない。がしかし、帰艦行動中に戦闘することも無いだろう。
艦で補給しなおせばいい。M14も、P90も、拳銃も。携帯していた数個の手榴弾は使っていないのでそのままでいいし。
兵が二人やって来て、車輌を探して来るとか言ったが、ジャニアリーは断った。彼にそこまでして貰うのも気が引けたし、
今は兵力は例え一人だって失いたくない時だ。探している内に総攻撃が始まり、二人と姉妹一人足らなくて失敗しましたとなれば、
とんでもないことになるではないか。ジャニアリーは自分の足に頼る気だった。辿り着けると考えていたし、邪魔が入らねばそうなった。
北西に走る最中、彼女は高所から微かな光の反射を受けた。何も考えず右に跳ぶ。着弾。地面を抉る弾丸。こんなことをするのは誰か?
あの偽者くらいしか思いつかなかった。それに、五十口径でもない。あの女だ。ジャニアリーの頭の中で、戦意が高まる。
弾丸など無くてもいいと思った。銃剣がある。手がある。新型に痛めつけられた体でも、勝てないなんてことはない。
敵に自分のM14を向ける。引金を引く。敵の体が遮蔽物に隠れる。頭髪がはみ出ているので、移動していないと分かった。
ジャニアリーも隠れる。今なら、何処に隠れたか敵に知られずに隠れられるのだ。それは戦闘において非常に大きい有利点である。
不意を突いて攻撃出来る。逃げるのだって、上手くやれば可能だ。ジャニアリーは適当な遮蔽物を探し、乗り捨てられた車を見つけた。
そこに身を隠す。敵の位置は見える。髪の毛が動いた。遮蔽物から出て、彼女は身を曝す。ジャニアリーは訝しみ、撃たない。
発砲を誘っている可能性もある。それで位置を確かめて、攻撃する気と考えられないことも無い。安全策だった。
同型機はアパートの屋上にいた。落下防止用のフェンスを、ナイフの何振りかで手早く外すと、そこから飛び降りる。
地面に降りた時、音は思ったよりしなかったので、ジャニアリーは気が抜けるような気分だった。銃を構える。狙いをつける。
彼女が屋上から飛び降りたのは捜索の為だろう。今更逃げられるとは思えない。狙いをつけ、撃つ。それだ。それが一番。
慎重に狙いをつける。一発で仕留められるといいが、そこまでは望まない。が、確率は残しておきたかった。自分を向いた時、引き絞る。
発砲音はしなかった。ジャニアリーは信じられなかった。今このタイミングでジャムる奴があるか。怒鳴りつけたい気持ちだった。
同型機が彼女の方を向き、発砲しながら近くの遮蔽物に飛び込む。ボルトを引いて弾薬を出し、敵に引金を引く。撃てた。
すると、珍しいことに弾薬の方が悪かったのだろう。途轍もない運の悪さをジャニアリーは嘆いたが、付近を飛ぶ敵弾に、後回しにした。
──ジャニアリー、現在地を報告なさい。もしまだ拠点にいたら、承知しませんわよ。
ええいもう! さっきから一々邪魔ばかり入る。無視することも出来ないので、同型機と交戦中だと伝えた。
速やかに撤退しろと命じるエイプリル。苛々が募る。そんなことが出来るならとっくにやってると激情丸出しで言うと、
さしもの彼女も口を閉ざした。通信が終わったのだと勝手に決め付けて、回線を閉じる。三秒でオープン状態にされた。
エイプリルは閉じたことを責め、撤退を優先するように言い続ける。現場に来ないのはこれだから困ると、
ジャニアリーはどうしてか心の隅の静かな部分で考えた。無理であり、出来ないと同じことを言うと、抗命はどうだのこうだのと言う。
すっかり机上の空論を捏ね繰り回して喜んでいる無能共の仲間入りを果たしてしまったのかと、ジャニアリーは彼女に失望した。
実際には同型機一体で新型がいないのに逃げられないという方がおかしいのだが、親友への侮辱に対する断罪に燃える彼女の目には、
私心に捻じ曲げられた状況しか見えないのだった。彼女は回線を閉じて、封鎖した。紛い物の方を見る。銃弾が車体に命中。撃ち返す。
P90を置き、M14を両手で構えて撃った弾丸は頭に命中したが、敵を殺すことは出来なかった。距離を詰めようとするので、
フルオートでばら撒く。動きは止められたが、弾が切れる。急いで弾倉交換。残りは四本。百発の弾丸だ。P90は二本。百と数十発。
拳銃弾は二十発弾倉がグリップ内の一本と三本で八十発。三百数十発。一人殺すのにはそれだけあれば十二分というものだ。
彼女の銃弾は敵を射止めたが、敵の反撃もジャニアリーに当たった。右肩に当たり、ぽろりと潰れた弾頭が落ちる。
何となく拾い上げて、後ろへ投げ捨てた。代わりに手榴弾を掴み、ピンを引き抜いて二秒待ち、投げつける。
地を転がり、敵の隠れるゴミ箱の裏で止まる。爆発の寸前に彼女はゴミ箱を乗り越えた。爆発。
顔を出そうとしたが、M14とCzの連射でそうも行かない。P90とM14を突き出して撃ったが、効果は上がらなかった。
そして、遮蔽物の後ろへと再度移動。暫くは出て来ないだろう。弾倉交換を始める。耳にゴミ箱を蹴る音。乗り越えたのだ。
急いでM14だけに再装填し、立ち上がって振り返る。飛び掛って来る同型機。右に回避。右回転。銃床で敵の顎を打つ。
車に背中を預ける彼女に、銃剣の先を向けた。敵はマーチとの交戦時に切れたスリングをまたも結んだようだ。
P90をスカート内に収め両手でM14を保持した。同型機は身を起こす。右手でM14を持ち、左手には何も持たず、拳を握っている。
彼我の距離は四歩。外す訳が無いだろうとして、ジャニアリーは引金を引いた。セレクターはフルオートのままだった。
腹部から胸部を銃弾に舐め上げられる。仰け反る彼女に二十発全部を撃ち尽くしてから、ストックで殴りつける。
車が背後にあるせいで倒れることも出来ないで、殴られ続ける。抵抗力を失ったと侮って、ジャニアリーは横殴りに殴った。
倒れ込む。うつ伏せの彼女を蹴り上げて、仰向けにする。マウントポジションになり、銃床を顔面に打ちつける。勝利したかに見えた。
だが、敵も黙ってやられる相手ではなかった。同型機はジャニアリーが乗っている為に自由にならない左手で何とか拳銃を抜き、
それでジャニアリーの脇腹、背中を撃った。着弾に拘束が緩む。腰を跳ね上げて、ジャニアリーを自分の頭の方向に跳ね飛ばす。
立ち上がり、袖で口を拭った。ジャニアリーも俊敏に立ち上がる。攻めたのは彼女だった。主導権を握りたいのだろうが、無謀だ。
動きも大味で予測し易い。セプの模造品は銃剣での斬撃を左に避け、擦れ違いざまに右肘で首筋を強打した。
倒れそうになりながらも足を出して体を支え、向き直るジャニアリー。Czをしまいこんで、M14を構える敵。
戦闘の趨勢はどちらにも傾いていない。ここからの戦いが勝敗を決める。二人はどんなに小さい隙も逃すまいと、作るまいと、睨み合う。
* * *
『こちらエイプリル。十二姉妹隊の全ギルド兵に告げます』
拠点にいたオーガストは、無線から流れて来る姉の声を良く聞こうと、手を伸ばして音量を上げた。
無線機の周りには数十人ほどの兵士たちが集まっていたが、オーガストの手の前には壁とはならなかった。
『我々はギルドに対して独立を宣言しました。彼らはそれを許さず、粛清部隊を送り込んだのは周知の通りです』
別室ではフェブも、無線機をじっと見ている。周囲の兵は誰一人、言葉を発さない。
普段なら騒ぐオクト、ノヴェ、ディッセさえも、真面目な顔つきで銃を片手に聞いている。
これから何が言われるのか、これから何が始まるのか、エイプリルの言葉を聞く全員にはそれが分かった。
『最早我々はギルドの敵であり、故にその宇宙に行き渡る強大な力に庇護される存在ではありません。ですが、私は思いますわ』
帰艦したジューンは、エイプリルの指揮官らしい行動に、何となくおかしくなって微笑んだ。整備員が親指を立てる。カタパルトが始動。
大きなGを感じながら、空を求めて離脱していく。耳にはエイプリルの、十二姉妹のリーダーの声がある。彼女は力強く語っていた。
『それが、どうしたのかと』
東部戦線にある、マルスの巨体がすっぽり納まるほどの大きさをしたハンガーでは、隠れていたコヨーテたちが整備作業中だった。
彼らはマーチを最初は危険視し、次に警戒し、その次に馴れ馴れしくなった。マーチとしては第二段階でずっと止まっていて欲しかった。
急いだせいで何も積まなかったところに小型ミサイルを大量にくれたのはありがたいが、ちょっと気を抜けばすぐに胸や尻を触ってくる。
マーチの蹴りが何人を捉えたか数える人間も出てくるほどだった。彼によれば、二十五人が背中や顔や肩などに痣を作っているらしい。
彼女は溜め息を吐いて、コヨーテの一人が周波数を合わせてくれた無線機に耳を傾けた。エイプリルは原稿を用意したのだろうかと思う。
『これからきっと、何人も死ぬでしょう。何十人も死ぬでしょう。それでも、私は改めて宣言しなければなりません』
来るぞ。そろそろだ。東部戦線は異常と形容出来る静けさを得ていた。さざなみのように興奮の波が広がっていく。
それは、マルチアーノ艦の到るところに作られた救護所でも変わらなかった。傷ついた兵士は傷ついていない兵士を羨んだ。
戦える彼らを羨んだ。今こそ力を合わせて姉妹の為に生きて、死ぬ必要があれば死ぬ時だというのに、自分はここで寝ているだけか。
『全世界が声を揃えて我々に叫ぶでしょう。殺してやると、消してやる、と。私はそれでも、高らかに大声で宣言します』
ニット帽の上から頭を掻きつつ、男は仲間から貰った酒を煽る。コヨーテたちはこの一日余りの戦いで、十二姉妹への遺恨を捨てていた。
中には根強く恨み続け、敵対を続けると言いながら戦っている者もいるが、大体の男たちは、彼女たちの味方へと転じていた。
そして仲間として見てみると、これほど心強く裏切られることを考えずに済む最高の仲間も中々、いないのだった。
『誇りの為に。かつて失い貶められた誇りと名誉を再び手に入れる為に』
メイは自室の机にショットガンを置き、エイプリルの言葉を聞く。あいつも一端の司令官らしくなったものだと、嬉しく思っていた。
自分が彼女の親友であれることにも喜びを感じて、浮き浮きした気分になる。机を指で叩いてみたり、体を前後に揺すってみたり、
にやにや笑ってしまったりして、威厳も何もあったものではなかったが、彼女は今までの人生で何番目かに幸せだった。体を抱き締める。
『私は今より、失ったものを取り戻す為の第一歩を踏み出します』
敵艦でも、放送は傍受されていた。兵士、指揮官、司令官まで、無線機から流れ出す敵の総大将の声を聞かずにはいられなかった。
営倉行きになった副官も、看守の無線機で聞いている。待機任務を命じられた年末型たちもだ。
ジューンのギルドスカイの攻撃から、何度目かになる逃走という手段によって身の安全を確保した新型も、その相方も聞いている。
但し恐るべき妹は、姉の美声を録音したり声に聞き惚れていたりで、内容は聞いていない。この指揮官は駄目だと、相棒は頭を振った。
『十二姉妹隊隊長エイプリルより各員に通達』
握る送信機から手を離し、艦橋の部下たちを見やる。彼らは一様に、自分たちの仕事に打ち込んでいた。
頼もしい部下たちだ。戦火の中を生き抜いた部下たち。皆、頼もしい部下たちだ。笑みを浮かべる。エイプリルは彼らを誇りに思った。
戦死してしまった部下も、今まで生き抜いて来た部下も、全員を。エイプリルは、彼らの力を信じて、最後の一言を述べた。
『独立戦争の開始を、宣言しますわ』
オーガストがさっと手を上げる。それだけで意味が通じた。艦から戻って来た装甲車一輌とトラック数輌に乗り込む。
負傷者を運んだ際に放り出した物資から弾丸や食料を取り、いつでも突っ込めるようにした。フェブは後方に残るのが嫌だと言い張り、
部下の反対を押し切りトラックの一輌に乗り込んだ。オクトたちは装甲車。狭い車内で三人と、という点に彼女らの隊の兵が殺到したが、
何かと狭い装甲車なので、幸運な六名の兵士だけが乗り込むことが出来た。残りの兵士たちの中で運が良かった者はオーガストと乗った。
マルスが車輌隊の傍を通って行く途中、片手を挙げる。多くの兵士はそれを認識出来なかったが、妹と目の特にいい兵には分かった。
ギルドスカイもその移動音を近づかせつつあり、彼女たちの攻撃によって対空砲等が無力化されるだろうというのは、
疑うところのない予測であった。装甲車、トラックのエンジンを一斉に始動する。コヨーテたちはコヨーテたちで、思い思いの方法だ。
乗用車を調達した者もいたし、大型トラックを持って来た男もいた。壊れやしないか心配なバスを運転して来たのもいた。
後はマーチとジューンが対空砲火を破壊し、ヘリが突入するのを待つだけだ。エイプリルは十分で彼らが制圧を完了すると考えた。
艦までの距離とルートを見て、フェブが五分程度で敵艦の視認が可能な距離に車輌隊が入ると弾き出す。
なら、五分経過した頃に動き出せば、待たされること無く突入が可能だということだ。兵士たちは互いに励ましあい、勝利を誓った。
爆発音が伝わって来た。機関砲の砲声も届く。ミサイルの発射音。流石に緊張して時間を待つ彼ら彼女らの無線機から声。
『あー、聞こえるか? アタシだ。我慢出来なくなったからエイプリルに無理言って出て来た。先のことだが、突入の成功を祈る』
操縦技術を誇示する為か、広告塔やアパート、ビルなどが乱立する繁華街をすり抜けて行く。
トラックの荷台から顔を出したオーガストのシルクハットが飛ばされて、地面に落ちた。文句を言って片手を振り上げ、降りて拾う。
* * *
ジュライは人がいないことを入念に調べてから、艦の窓に近寄った。対空砲火が走る先、そこを見る。一弾掠ることも無く、
ことごとくを回避するギルドスカイがあった。ジューンはまだ戦い続けているのだな、と知る。通信を傍受すると、メイもいた。
マーチもいるようだが、今は反対側にでもいるのだろう。姿を見せない。ジュライは鞘に収めた刀を抜いた。攻撃は始まったのだ。
混乱とその抑制が次に起こる。抑制までにはどれくらいの時間を使うだろうか。分からない以上、可能な限り素早く目的を達成したい。
その為には、誰か一人、敵兵を捕らえることが必要だった。幸運にして捜索を始めてから早々に単独行動中と思しき兵を見つけたので、
蹴倒してヘルメットを外し刀を突きつけて、艦長室の場所を尋ねる。彼は突きつけられても饒舌な口でジュライを罵ったが、
切れ込みを入れるとピーク時の半分までには収まった。彼の言うことには、傍にあるエレベーターで三階層下まで降りた正面らしい。
ジュライは礼を言って彼を斬った。数度振って血を落とす。エレベーターを呼んで、隠れた。中に誰かいないとも限らないからだ。
案の定、三人兵士がいた。死体を見つけて動きが止まる。ジュライはさっさと彼らを処理すると、エレベーターに乗り込んだ。
階数ボタンを押し、到着を待つ間、階数表示を見上げる。到着の音。首を戻し、立っているかもしれない敵に備える。開いた。
誰もいない。正面は部屋のドアなので、顔を出して左右を調べる。通行者無し。兵士たちは防衛任務に就いているのだろう。
艦長室へ通じるとあの兵が言ったドアは、何だか素っ気無く、艦長室が広がっているとは思えなかった。
が、そうと言ったのだからそうなのだろう。兵と差が無い部屋を使うことで親近感を持たせ、一体感の醸成を図る意図も想像出来る。
ノックして、返事が返って来る前に開いた。そして、ジュライは、ノックした後の返事は聞いておいた方がいいと知った。
沢山の好奇心のこもった目が、ジュライに向けられる。彼女に数えられた限りでは、百四十六の瞳だ。年末型が騒ぎ出した。
「あらあら、騙されてしまいましたわね……」
脱兎の如く逃げ出す。声が上がったが無視。彼女たちは追い掛けようとして、MP7を取りに急ぎ部屋へと戻った。
その間に距離を離す。ジュライは計画の破綻を悟った。兵士たちは防衛任務に就いている。襲撃は危険だ。自力で探すしかない。
年末型に聞くという手もあったが、採用する気にはなれなかった。一人だけを相手にして聞くならいいが、今はそう出来そうに無い。
あの新型にも連絡は行っただろうか。彼女が仕掛けてくればもっと面倒になる。避けたいが、無理だと思った。
大きな揺れ。足元が不安定になる。背後で転倒の音と、小さな悲鳴。好都合だ。角を曲がる。階段が目に入った。駆け上がる。
一階層上がって、左に曲がろうとして、衝突。吹き飛んだのは衝突された方。弾薬箱を抱えたギルド兵だった。しめた!
何がどうなったのか理解していないその兵士に艦長室を聞く。彼はしどろもどろに答えた。後ろから追って来る音と声。姿も見えた。
もうこの男には用は無い。彼の体を掴み、階段の年末型に投げつけて逃げる。兵士によれば、艦長室はこの階層の中心部だそうだ。
現在地は端も端だが、それ以前に年末型の追跡を振り切らなければならない。ジュライは近くにあった部屋に飛び込み、ドアを閉めた。
階段を上り切った最初の年末型も自分の姿を見ていない筈だ。これで振り切れるだろう。念の為、部屋に目を走らせる。出入り口は三つ。
そのどれにも鍵を掛け、息を潜めてやり過ごそうとする。ドアは部屋の三方に一つずつなので、突入するにしろどれか一つに集中すれば。
ドアノブを回す音が、入って来たドアで鳴った。開かない。年末型は見つけたと知り、仲間を呼び集める。ジュライは別のドアへ移動。
鍵を外す。銃声がして、ドアノブ周りが弾け跳ぶ。ドアを開く。閉める。銃弾で穴ぼこにされたドアが吹っ飛ばされる。
大挙してぞろぞろと入っていっただろう彼女たちの顔を想像して微笑んだが、いつまでも笑ってはいられない。
こんな子供騙しが二度も通用するとは考えなかった。次は出口を全て監視しつつ、突入してくるだろう。全出入り口からの突入かも。
全速力で走る。艦長室目指して。走る。走る。こけそうになる。体勢が崩れる。マズい。足を突き出したが勢いがつき過ぎていた。
何かに激突して跳ね返る。跳ね返る? 全速力の自分を跳ね返すとは、何にぶつかったんだ? 音も立っていないし。
尻餅をついた状態で上を見る。最悪の妹が手を差し伸べていた。うんざりした顔をしてその手を取るジュライ。傍には年末型一名。
「こんにちは、お姉様」
「こんにちは。単刀直入に言いますが、そこを退いて貰えないかしら?」
「ええ、お姉様。どうぞ」
まさか返って来るとは思わなかった種の返答に、ジュライは妹の顔をまじまじと見つめた。本気の顔だ。道を譲っている。
別に窮屈でも無いのに廊下の端に体をくっつけている。暫しの間考えたジュライは、あんまり深く考えるのは止そうと結論した。
肩に片手を置いて、ありがとうと言う。感極まった様子で満面の笑み。年末三人組の笑いにも似ていた。ジュライはもう一度走り出した。
* * *
「強襲開始五分前──ボルトを引け、分隊!」
ヘリに乗り組んだ十二名のギルド兵は、その言葉を合図に、初弾を銃へ装填した。身には装甲服を纏っている。
副操縦士の男が、通常の白色灯から赤色灯へと機内灯を切り替えた。隣同士で、互いに互いの装備を確認しあう。
一人、手が震えて腰周りの装備が付けられない男がいた。隣の兵が代わりにつけると、彼は謝った。兵は軽く彼の背中を叩いて応じた。
「これより敵防空圏内に入る。舌を噛み切りたくなけりゃ、口を開くんじゃないぞ」
このヘリに積載された分隊の指揮を任された兵は、他のヘリの無線が聞けるようになっているヘッドホンを耳に当て、聞き入っている。
彼は自分の責任の重さと大きさに恐怖を感じていたが、どうせ仕事が始まれば体は勝手に動くのだと知っていた。
近くを対空砲弾が掠めた。ヘリが揺れる。悲鳴が上がった。頭を壁にぶつけて痛がる者も数名いた。
「撃ち落とされる!」
一人が耐えかねて一言叫んだ。即座に、分隊長以外の他の兵十人が、彼に対して彼よりも大きな声で叫び返す。
「だからどうした!」
彼は二度と撃ち落とされる危険性について触れようとはしなかった。装備を抱え込み、小声で無事に到着することを祈った。
ヘリが急激な運動を行った。多くのシートベルトをしていなかった兵が座席から放り出されて、仲間やヘリの内壁と激突する。
罵り声が上がった。一番強く罵っていたのは、撃ち落とされると叫んだ兵士だった。それを見て、他の仲間は思った。奴はもう大丈夫だ。
彼は怒った。過度な怒りは死を招くが、適度な怒りは恐怖を吹き飛ばす。これより後、彼が恐怖に囚われることは無いだろう。
「対空砲火が激しくて着陸は不可能だ! 後部ドアを開放するから、ホバリングしている十秒間で全員飛び降りろ!」
「無茶なことを言いやがる、クソったれ操縦士め。仕事しろってんだ」
ヘッドホンを外していた分隊長が彼の言葉を聞いて評した言葉だ。彼は自分の足元に置いていたプラスチック製の箱を掴んで持ち上げる。
後部ドアが開いた。文句を言ったって、操縦士に飛び降りろと言われては従うしかない。分隊長は真っ先に後部ドアに向かった。
飛び降りる直前に、振り返って彼の分隊員に言い放つ。それは彼の義務だった。率いる者が言わなくてはならない言葉だった。
「俺に付いて来い」
彼を見た十一人には、誰も彼が躊躇い足を止めようとしたとは見えなかった。分隊長は跳んだ。飛び降りた。着地した。立ち上がった。
撃ち落とされると叫んでいた、怒りによって恐怖を払拭した男が、他の分隊員を押し退けて後部ドアに向かう。彼もまた、叫んだ。
「分隊長に続け!」
そこから先は、一々何か言うことは無かった。一度に二人、三人が飛び降り、八秒で敵艦上に全員が飛び降りた。副操縦士が手を振った。
後部ドアを閉じて、ヘリが去って行く。他の強襲班のヘリも去っていった。対空砲火は彼らを無視したので、兵士は安心した。
全部で四機のヘリの中で、積載分隊を艦上に飛び降りさせたヘリは三機に及んだが、欠員は無かった。四十八人の兵士が揃っている。
これだけのマルチアーノ十二姉妹隊の兵士がいれば、この艦の窓口をこじ開けることぐらい簡単だ。強襲部隊長が手を挙げた。
内部への侵入を命じる合図だ。分隊長や数名の兵士が持って降りたプラスチックの箱を開ける。中には数本ずつロープと杭が入っている。
勿論、杭を打ち込む為のハンマーもだ。彼らはそれを急いで打ち込み、ロープを己と杭に結びつけた。ラペリング降下の要領で降りる。
艦の廊下が窓越しに見えた。最初に降りた兵士たちは携帯する武装の中から爆弾を取り出し、窓に押し付ける。くっついた。
安全な位置まで上がり、起爆。窓が吹き飛んだ。降りて行き、侵入。ロープを外し、銃を構え、安全を確保する。
二十秒後には、四十八人が廊下に立っていた。ハンドサインで移動を指示する。銃を抱えて走り出した。
襲撃する格納庫の位置はフェブ作製の艦内地図で把握しているので、彼らの移動は淀みの無いものだった。練兵場を走っているようだ。
エレベーターでは時間が掛かるので、階段を使用した。一段飛ばしどころではなく、三段、四段飛ばしで下りて行く。
下層も下層、最下層にその格納庫はあった。好都合なことに、格納庫へ通じるドアは鍵を掛けていなかったものの、閉ざされていた。
強襲部隊長がドアに手を掛ける。その左右に兵士が並び、突入を待つ。ちらりと、部隊長が反対側の兵士に目配せをした。頷く。
ドアを開いた。兵士が駆け込み、隠れる。守備隊が何事かと無防備に姿を曝す。今まで戦っていたのが装甲服を着ていない兵だったので、
敵だとは思わなかったのだった。交代か増援かと思ったのか、ヘルメットを脱いで一人の兵士が手を振り声を上げる。
返答は銃口を向けることで行われた。彼らの体が凍りつき、手を振っていた兵士が絶叫する。
「敵がいるぞーッ!」
今更遅い話ではあった。そもそも、強襲部隊が艦内に侵入した時点で、彼ら守備隊には連絡が回っていた。
気付かなかったのは彼らのミスであり、ミスが招くのは死だ。当然の結果だった。彼らは数分で命を失って地に伏すことになった。
部隊長の命令でドアを閉じ鍵を掛け、防衛の為に身を隠す。遮蔽物には困らなかった。兵の数人は、整備されていた装甲車に乗り込んだ。
速射砲をドアに向けて狙いを定める。装甲車内の銃眼からも、突撃銃が狙いをつけている。二人の兵士がタラップ両脇のボタンを押した。
下りていくタラップ。部隊長はそれを見て、回線を開いた。オーガスト率いる車輌隊に向けてだ。
「こちら強襲班、格納庫を確保。予定通りだ。安心して突っ込んで来い、どうぞ」
『こちら車輌隊だ、了解した。現在最後の角を曲がるところだ。そろそろ見えると思……見えた、砲火が激しい為、中まで突っ込むぞ。
頼む、急いで退避してくれ、どうぞ』
「了解し、実行する。尚、我々は合流後オーガスト様の指揮下に入るので、宜しく。通信終わり」
車輌隊は文字通り突っ込んで来た。一人、兵士が危うく跳ね飛ばされるところだったが、咄嗟に飛び退いた為に命拾いをした。
強襲隊長が時刻を確認する。作戦開始から十二分。問題無い。完璧に予定通りだ。強襲隊長はにやりと笑って、
トラックから降りて来たオーガストに敬礼し、以後彼女の隊に編入されることを告げた。
オーガストは頷き、格納庫からの進撃を命じた。完全武装のギルド兵が、コヨーテが、艦の最下層を制圧する為に行動を始める。
* * *
幾度かの小競り合いを経て、ジャニアリーと同型機の戦闘の場は繁華街にある大型食品店へと移っていた。
その頃には敵の左腕は動くだけのものとなり、戦闘に使える強度ではなくなっていたが、彼女は撤退を選ばなかった。
ジャニアリーも無傷ではない。彼女は右足を撃たれて、移動速度が低下している。が、敵と同じく身を引こうとは思っていない。
この便利な食品店には、果物、魚、肉、何でも揃っている。遮蔽物も高いものから低いものまで、各種揃っていた。
果物が満載の陳列台に隠れて、ジャニアリーは息を吐く。彼女はこの近くで敵の姿を見失っていた。
手を伸ばし、頭上近くに存在する葡萄を一房取り、粒を口に含む。甘くて美味しい。種を口から出す。そのまま捨てようと思ったが、
放り投げてみた。小さな音。発生源に向けて銃声。M14を向けて反撃する。射線上にあった梨が弾けて地面に落ちた。値札も吹っ飛ぶ。
敵の方からの攻撃はそれ以上無かった。ジャニアリーも銃を引っ込める。互いの位置の探り合いが再開される。
天井の明かりが揺らいだ。上を見る。それはゆっくりと光を失って行った。出口を確かめた。遠い。行くまでに後ろから撃たれる。
たった今消えたのなら、敵は自分の近くにはいないだろうと考え、ジャニアリーは動くことにした。商品の陳列棚に隠れた方がいい。
死角の発生を防ぐ為に、殊更慎重に歩を進めた。缶詰の並んだ棚に背中を預ける。薄暗い店内での戦闘は嫌だったが、
逃げることも出来ないのならば戦うしかなく、この類の戦闘では先に相手を見つけた方が半端でなく優位な位置に立つことになる。
立ち止まって見つかるのを待つのは愚策だ。動かなくては勝てない。目を走らせる。何処かの棚の後ろに隠れてはいないか?
並べられた品々の隙間から銃口を覗かせてはいないか? 薄暗闇の向こう側には、彼女のナイフが潜んでないか?
ジャニアリーは通信回線を開き、フェブに連絡して敵の位置を探り出そうと思ったが、戦闘の被害で通信機能は半死半生の状態だ。
受信は出来るが、送信出来ない。舌打ちをしようとして、音を出すのは自殺行為だとして止める。
M14の銃剣を隠れている棚からほんの数センチ出し、鏡代わりにして様子を窺う。店内の照明のせいもあって良く見えないが、
姿を曝したりするよりかは安全だし、危険な策は取れなかった。ジャニアリーは脚部の怪我によって逃走出来ない。
以前までは負けても生き延びられたが、今回は勝利して生き残る以外に自分が生存出来る未来は無いのだ。
銃剣が写す、小さなぼんやりとした像が動いた。敵だ。ジャニアリーは、そろそろと銃剣を引き戻す。攻めるタイミングを見計らう。
普段の彼女を知るものなら驚くくらいに用心深く行動していた為、彼女が隠れた棚が蹴り飛ばされた時、彼女は驚きで死ぬかと思った。
倒れて来る棚から逃げる。バレていたか! こちらに一歩踏み出して来る同型機。足捌きに自信の無いジャニアリーは、策を探す。
見つかった。一歩下がる。一歩踏み出して来る。敵は彼女が怖気づいていると思っているのだ。それは違った。
左手でキャベツを掴み投げつける。これを打ち落とすのは難しい。同型機は避けた。そこに生まれる一瞬がジャニアリーの狙い目だった。
平行移動でかわした時には、小さな小さな硬直時間が発生する。勢いを殺し、停止する為の硬直時間だ。そこに突っ込んだ。
M14を両手で持ち、銃の機関部を覆っている木製部分で押す。押すと言えば大した威力は無いように聞こえるが、実際には激突に近い。
軽合金製のストックを付けたM14と木製ストックのM14が当たり、妙な音を出しながら二人は倒れ込んだ。
敵のM14は投げ出され、下になった彼女は、ジャニアリーのM14を空いた手で掴む。上になったジャニアリーは全力で押す。
ぼろぼろの左手も使ってジャニアリーを押し返そうと奮戦する同型機。何とかM14の弾倉部分をジャニアリーの顔に叩きつけることで、
彼女は馬乗りの状態から脱した。互いにダメージから回復し、見やる。軽合金製ストックのM14は、二人の間に。視線が交わる。
ジャニアリーは飛びついた。同型機はわざと一呼吸遅れて出て、飛びついた彼女の体を渾身の力で蹴り上げた。
倒れた彼女を放置してM14を取り戻して近づくと、フラッシュハイダーを持ち、起き上がろうとする彼女の顔面を打つ。
鈍い音がした。振り上げて、叩きつけようとする。転がってかわし、足払い。同型機が転倒する。攻めようとしたジャニアリーに、
強烈な蹴りを放つ。左腕で受けるジャニアリー。模造品は床を滑って距離を取る。移動の間に、彼女は腰のナイフを取り、
パイナップル手榴弾の第二セーフティを刃に引っ掛けてピンを抜き、投げつけた。
ナイフを投げられたとしか認識出来なかったジャニアリーは、それを右腕で受けた。
肘と手首の間に突き刺さって、ぷらりと揺れる。目が、手榴弾に向けられる。顔が引き攣った。
左手で抜く。振りかぶって投げようとしたところで爆発。爆風で飛ばされる。陳列棚にぶつかって止まった。腕を確認。
無かった。左肘から先が綺麗に消えていた。ジャニアリーは罵詈雑言を言いたくなったが、一言に留めておいた。
棚に背中を預ける。前には陳列台。入っているのはアイスクリームか、冷凍食品。時間はそう経っていないので、未だ冷気が漂っていた。
そこに隠れる。敵はそちら側にいるのだから、隠れる場所は陳列台が適している。敵の位置が大きく変わっていなければ、だが。
ジャニアリーの予測は正しかった。銃撃よりも先に陳列棚のドミノが始まったが、棚は台に当たって止まったので、
敵は自分の位置をわざわざ教えてしまっただけだった。ジャニアリーはP90を取り出し、少ない弾丸を短い連射で節約して発砲する。
反撃のM14の射撃が近くに着弾する。P90を持つ右手を引こうとした時、銃に当たった。命中箇所はプラスチックケースの弾倉だ。
弾薬がばら撒かれる。金髪を右手一本で掻き上げて、彼女はもう一回だけ汚い言葉を使った。拳銃を取り出し、発砲する。
命中。偽者の右肩を射抜いたらしい。敵の射撃が激しくなった。またも銃への命中弾を待つ気にはならなかったので、銃を体に引き戻す。
最終更新:2008年04月11日 22:24