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『敵を十字路に引きずり込め。銃撃のタイミングを合わせて、十字砲火で撃破するんだ』
『援軍はどうなってる? 俺たちだけじゃ駄目だ!』
『通信が繋がらないだと、あのクソったれアンドロイド共め!』
ペトルッツィは第二艦橋で神経質に動き回りつつ、急場凌ぎに作った防衛線で戦闘中の兵士たちが交わす無線連絡を聞いていた。
最後の兵士の言葉に関しては、彼も同意見だ。アンドロイド隊との連絡が何故か取れなかったことに、彼は大変怒っていた。
アンドロイド隊は状況打開に際し必要とされる兵力だ。指揮官二人は何処に行った? その部下七十余名は?
最下層にある別の格納庫守備隊、それに破壊された対空砲の班員、本来の非戦闘員などを全員武装させて防衛線を張ったが、
押し切られるのは目に見えている。あちらには十二姉妹がいるのだし、士気も練度も、ペトルッツィの兵よりも高い。
対抗する手段はアンドロイド隊しか無いというのに、彼女たちは何処かへと消え失せた。待機室、自室から綺麗さっぱりと。
重大な命令違反であるが、戻って来ればそんなことを忘れてやると言いたくなる現状でもある、今は。
『こちら第三小隊。援護可能な位置にいます。攻撃で隊の大部分を失いましたが、二挺の軽機関銃と十四名の兵士が戦線に入りました』
『第五小隊です。こちらは運良く無傷に近い状態で戦線に展開しました。二名が軽傷を負っていますが、問題ありません』
いい報告もあるが、悪い報告も多い。別隊の全滅、敵の増強、十二姉妹の乗り込んだ二機のギルドスカイは打ち落とせず、
黒い悪魔は相変わらずミサイルと三十ミリ機関砲で破壊活動に勤しんでいる。生きている対空砲は残り少なく、ミサイルは一掃された。
足を止める。対空砲員への通信回線を開く。撤退を指示。彼らは逆らわなかった。返事も聞かずに、通信を終える。待っている暇は無い。
「アンドロイド隊との通信、回復しました!」
機械を弄くっていた兵士が艦長に叫ぶ。回線を切り替え、ペトルッツィは息を吸い込んだ。落ち着く為だ。怒鳴ってしまいそうだった。
『ええと、何ですの、閉じてたものをこじ開けてまでの用事は?』
ぎりり、と口元で音がした。ペトルッツィは落ち着き払った顔を装って、彼女に現在位置と何故通信途絶に陥っていたのかを尋ねた。
聞こえていないのではない、無視しているのだ。艦長としての威厳を保つ為にも、怒鳴らずに聞き直す。彼女は溜め息を吐いて答える。
『現在位置は艦の西数キロといったところですわ。通信途絶の理由? 戦闘中に下らない用事で邪魔されるのが好きではないからです』
「艦の外だと」
短く腹の底から出す、搾り出すような声。何だってそんなところに、とは、その場にいた誰もが思った。艦外にどうやって出たのか。
「帰艦と艦内へ突入した敵の掃討を命じる」
『嫌ですわ』
彼女はその一言だけしか喋らなかった。回線が切れる。復活させようと兵士が頑張るが、もう無理だろうとペトルッツィは思った。
腰の拳銃を抜き、第二艦橋を出る。そこにいた兵士の中で、艦長の次に階級の高い兵士が後を引き継いだ。
拳銃のスライドを引いて初弾を装填し、敵が出現した場合に逃げ場所の無いエレベーターは危険なので、階段で下層へと行く。
下へ、下へ。第二艦橋から持って来た通信機で交信し、防衛線の破られそうな場所を探る。銃声が近づいて来た。
防衛線を構築する部隊の一つの展開地まで移動。銃撃戦の真っ最中なので、ペトルッツィは這わねばならなかった。敬礼で迎えられる。
「状況報告しろ」
耳元で言う。守備隊長は一度目の声が聞こえなかった。それほどまで酷い銃撃戦なのだ。広くは無い廊下で行われているのも一因だろう。
手榴弾が爆発して、バリケードに破片が刺さった。ペトルッツィたちの隣にいた兵士が撃たれて悲鳴を上げ、体をくねらせながら死んだ。
彼の姿を見ないように、意識せぬようにしつつ繰り返す。二度目は彼も聞き取れた。彼は銃をバリケードから突き出して撃ちながら言う。
「敵の数が多い上、士気は我々よりも高く、統制が取れています。我々は」
ここで銃を引き戻し、弾倉を換えようとする。弾が切れたらしい。傍にいた兵士に彼が叫ぶと、兵は腰に付けていた弾薬を二つ投げた。
それをヘルメットに二三度打ち付けて、古い弾倉と換える。近くに敵弾が当たり、跳ね返って音を立てた。
「その正反対で、弾薬箱を放置して駆けつけた為に、ここにある弾薬は多くありません。水も同じく極々僅かで」
弾丸装填。障害物を削る敵の射撃が緩まるのを見計らって、撃つ。誰かに命中したようで、その男は一声上げて倒れた。
「医療品に到っては皆無です。我々が今必要としているものは、援軍、沢山の弾薬、それに水と医療品です!」
「D4通路が破られたぞ!」
そちらに目を走らせる。D4通路は現在ペトルッツィのいる防衛線を迂回するルート上に存在する通路であり、激しい攻撃を受けていた。
身を屈めて走る。既に、数名の兵士がバリケードを複数構築し、敵のいる何処からの攻撃でも防げるようにしていた。その一つに隠れる。
D4通路では撤退と白兵戦が始まっていた。殆どが撤退を選んだが、敵に追い縋られた何人かと、味方が撤退する時間を稼ごうとした、
勇気ある兵士が戦っていた。彼らは銃剣を使い、銃のストックを使い、拳を使い、ヘルメットを使い、数名の敵を殺し、死んだ。
先に防衛線を破ったのはコヨーテだったのか、一目でそれと分かる六名の男たちが、制止の声を振り切って撃ちながら突っ込んで来る。
弾丸が兵のヘルメットを掠り、それがその後ろにいた者の胸を射ち抜く。ペトルッツィはこれ以上敵を引き寄せる気にはならなかった。
体を曝すのは最小限に抑え、狙いをつけることもせずに引金を引く。髭面のサングラスを掛けた大柄な男が、前のめりに倒れる。
兵士たちも撃ち始めた。車がぶつかったように跳ね飛んで、一人倒れる。膝を突いて倒れる一人。あっという間に彼らは全滅した。
新手が来る前にそこを離れることにする。無線機で手の空いている幾人かに、弾薬と水、それに医療品を運ぶように命じた。

*  *  *

メイとジューン、それにマーチは、これ以上自分たちが上空で飛び回っていても意味は無いだろうと結論するに到った。
対空砲の攻撃は攻撃開始当初の弾幕を張れなくなってしまっているし、対空ミサイルは全て破壊。格納庫も幾つか破壊した。
敵がギルドスカイなりギルドヘリなり装甲車なりを持っていたとしても、今更出す意味が無いというものだ。
十二姉妹隊とコヨーテの混成部隊は突入を終えた。コヨーテたちへの伝達が遅れたのは、ある意味幸運だと言えよう。
彼らは十二姉妹隊の装甲車やトラックが突っ込んで行ったのを見て、初めて気付いたのだった。彼らは怒った。仕方の無い話だ。
よってコヨーテたちは十二姉妹隊の後から行ったのだが、その時には仰角上、地上への攻撃が可能な対空砲が大方は破壊されていた為、
十二姉妹隊の兵士が浴びたような銃弾の嵐は受けずに済んだのである。それでも、彼らは怒っていたけれども。
一門の対空砲の足掻きをひらりとかわして、メイはそこに返礼を撃ち込む。沈黙した。通信し、そろそろ帰艦することにする。
──お疲れ様ですわ、マーチ、メイ、ジューン。メイとジューンは帰艦を許可します。マーチは対新型兵員として残っていて下さい。
──了解した。帰艦する。
──ああ、分かった。そっちに戻る。無理言って悪かったな、エイプリル。
──納得し難い。私が残っていても、新型が艦内に戻っていては意味が無いと思う。
マーチが反論するが、エイプリルにそうではなかった時の対処法を聞き返され、黙った。嫌々だったが、了承したようだ。
二人が機首を並べて艦に帰艦するルートを取ると、それを見ていた兵士たちやコヨーテは称賛と歓声で彼女たちを送った。
『メイ様、せめて着艦くらいは、お淑やかにやって下さいよ!』
『ありがとうございました、ジューン様。どうかお気をつけて』
『後は俺たち地上部隊に任せてくれよ、コヨーテの誇りに掛けてやり遂げてみせるからよ!』
後は歓声と彼女たちの名前を叫ぶ声。戦闘中だというのに大声で己の心情を喚く彼らは、敵には狂信者か何かに思えただろう。
そして、メイとジューンを見ているのは彼らだけではなかった。ギルド粛清部隊の艦西数キロ地点に建っているビルがある。
繁華街の多くの場所と同じように、そこも無人だ。生活していた様子はあったので、逃げ出したのだろう。
何せ、たった数キロしか艦から離れていない。とばっちりを食う可能性は高かったし、現に食っている。そこに、彼女たちはいた。
「好都合ですわ。とっても好都合ですわ」
嬉しく無さそうに、長銃身のバレットを中心にしてくるくる回る新型。一応ギルド粛清部隊の切り札的存在であった彼女の駄目加減に、
彼女の相棒はいつまで経っても慣れられそうには無かった。大体、上官の命令を跳ね除けるという行為が理解の範疇外にあった。
……それも、この直接の上官の一人と過ごしている間にかなり理解が進んでいることに、最近気付きつつあるのだが。
「気に食いませんけれど、艦は守らなければなりませんし。戻って挟み撃ちですわね」
更には、彼女の部下もだ。直接の上官に当たる新型や同型機の命令以外を聞かず、人間の命令など無視することが当然になっていた。
一人が新型のスカートを掴んだ。部下に対する時の優しい笑顔で、応対する。相棒は何故自分にはああではないのかと、釈然としない。
彼女は喋った。引くに引けなくなってしまったからなのかもしれないが、強い憧れの対象に対して、立派に喋った。
進みましょう、進みましょう、進みましょうよ、お姉様! 前にはだかる全てを蹴倒して、その前へ、その前へと!
彼女の言葉を聞いた新型にはそれが、彼女一人の意思だとは思えなかった。彼女たち全員の意思なのだろうと思った。言葉は続いた。
こんなところで意味も無く生きてなんていられませんわ──ねえ、前へ出て、生きたり死んだりしたいんですの、お姉様!
正にそれこそが、彼女たちが望んだ、望むことなのだと、自分が望むこともまたそうなのだと、指揮官は確信する。
この狂った褐色のしかし有能かつ兵の信頼篤い妹は、笑いの種類を変えた。姉と戦った時の笑みだった。相棒だけには分かった。
彼女は崇拝する姉と殺しあえると喜んでいる。決定は下されたのだ。進むのだろう。前に進むのだろう。銃を撃ち、死に、生きる為に。
「ゾクゾクしますわ。足が震えて、手も震えて、瞳孔は開きっ放しで、胸が疼きますわ。ええ、行きましょう、前へ、前へ。
 隊列、二列縦隊! 足踏み! 息を、吸いなさい!」
本来意味の無い呼吸行動だったが、彼女たちは形式と心理的な面から、行うことを妥当だとした。相方はやれやれといった具合で従う。
彼女は、百人いた新型の妹たちの特別な一人は、付き従う姉に文句を言う。姉は微笑むだけだった。彼女に向ける特別な微笑みをもって。
結局、相棒は何処まで行っても、何処に行っても、心の底では己の姉に心酔しているのである。彼女と生き、彼女と死にたいと。
「ふーっ……それでは、行きますわよ! お姉様のところへ、私たちのお姉様のところへ!」
そんな彼女たちなのだから、もう迷わなかった。彼女たちは歌いながら進んでいく。彼女たちの愛する姉と、彼女の愛する妹たちと共に。
だが姉妹に一つだけ気掛かりなことを挙げさせたとしたなら、一人の姉妹のことだった。通信が途絶したあの一人。行方不明のあの一人。
マルチアーノ十二姉妹の一人にそっくりの姿形をした、無口で無愛想ながらも部隊で一番に部下思いの、あの一人。

*  *  *

がっかりしたことに、ジュライがあれだけの苦労をしてようやくの思いで辿り着いた艦長室に、この艦の主はいなかった。
憮然とした顔になって、艦長の使っているのであろう机を探る。書類を読み、引き出しを開けて、鍵が掛かっていればこじ開けた。
それは難しい話ではなかった。刀で一突きすれば鍵は開いたし、殴っても良かったからだ。この木製の机は二度と使えまいが、
ジュライの目的と欲する行為は行うことが出来た。この後、この高級な机を見る艦長の顔を見てみたいものだとジュライは笑う。
「さて」
書類を纏めて引き摺りだしてから、ジュライははたと気付いた。分けておいた方がやり易かったかもしれない。
彼女にとって重いと感じることが出来ない重さの書類だが、人間には重くて辛いレベルの量の書類が、どんと机には置かれている。
やれやれと自分の失策に頭を振って、書類を数十枚取った。一つ一つチェックして、興味深いものやどうでもいいものを分けていく。
ギルド粛清部隊第一中隊第二小隊五十八名による任務後一週間の休暇の申請。不許可の判子が押してあった。哀れなものだ。
書類で艦長の名前を調べようかと考えたが、どうせ見つければ聞くこと聞いて殺すからいいかと思い直した。ぴら、ともう一枚捲る。
そろそろ誰某少尉を昇進させたいのですが……要約すればそんなことの書いてある書類。出したのは彼の所属する隊らしい。
信任厚く、故の昇進かと思ったが、良く良く読むと端々に彼に対する悪意と非難が込められていて、昇進で隊を変えてくれればという、
兵の願いが込められているようだった。この書類にはサインと一緒に承認の判子が押されていたけれど、サインは汚くて読めなかった。
次の一枚。今度は転属願いだ。第二中隊一同より、とある中尉を偵察小隊指揮官にとのことだった。なるほど、彼は有能なのだろう。
偵察は戦闘で一、二を争うほど重要性を持つ行動だ。そんなところにどうか転属させてやって欲しいというのだから、
敢えて手放してもいいくらい有能に違いない。まあ、あの戦闘の中を生き残っていれば、彼らは喜ぶだろう。承認の判子だった。
次。アンドロイド隊に関する報告と題してある書類を見つけて、ジュライは精読することにした。彼女が欲しかったものだからだ。
報告者は艦長の副官だ。ところでこの艦長、杜撰な管理である。陳情書と報告書を一緒くたにしていいのだろうかと、ジュライは思った。
書類の日付は数日前で、情報としては使える方だった。読んでいく。最初は、あの小さな殺し屋たちの話から始まった。
『マルチアーノ十二姉妹のオクト、ノヴェ、ディッセのボディ等を流用して生み出された彼女たちの能力には、
 期待以上のものが確認出来ました。我々ギルド兵よりも闘志があり、技術があり、単純な力でも我々を遥かに凌ぎます』
まだるっこしい書き方で書いてある最初の五、六行を分かり易くするとこうなる。この副官の能力には、疑問を感じざるを得なかった。
『但し、彼女たちは我々人間に対し非常に反抗的で、内向的であり、ギルド兵との共同作戦には懸念を抱かずにはいられません。
 彼女らに命令し、彼女らを統帥するのは、同じくマルチアーノ十二姉妹の一人、セプテンバーのボディを流用して生み出した指揮官型、
 それに我々が研究に次ぐ研究で徹底的にボディなど様々な面での機能向上に努めた結果の一人、新型機であるあの忌々しい……』
副官は書類の中であの妹たちに、個人的な感情をぶちまけていた。控えめではあるが、書類上で言うには十分過ぎる。
自分が上官ならこんな男を副官にはしないな。ジュライとしては、私心は一切書かずに、最後の辺りに自分の考えだがなどと書いてから、
短く明瞭に意味の伝わるように書く人間を副官にしたかった。今となっては望めぬ話である。彼女は一人だ。組織ではない。
彼の報告書は小さな殺し屋がどんな凄いことをやるかと、彼女らの命令不服従はとんでもないものだという二つのことが主だった。
終わりまで読んでも特に喜べるような情報は無かったので、下の一枚を取る。今度は何だろう? 読んでみる。
シャワー室の改善願い。ほほう。ジュライはそれを丸めてゴミ箱に突っ込んでやった。読んでなどいられるかというものだ。
余り時間を掛けてはいられないので、ざっと目を通して内容を把握してから分別することにする。
隊員食堂のメニュー追加の嘆願。捨てる。艦内訓練場にあるトレーニング器具の調査結果報告書。捨てる。アンドロイド隊に関する苦情。
これも捨てる。苦情を読んだとしても、何か得られるものは無さそうだ。隊員同士の喧嘩に関する調査報告書。捨てる。
艦内図書館の本の陳情書。捨てる。艦内プール設置の嘆願。捨てる。こいつは何を考えたんだろうか。別の部隊への転属願い。捨てる。
アンドロイドの整備用品陳情書。捨てる。アンドロイド部隊の構成とその問題点に関する調査報告書。これは取っておこう。
昼食時の艦内放送使用許可願い。お昼の放送か? ジュライは鼻で笑って捨てた。新たなギルド兵訓練プログラムの提案書。捨てる。
どれもこれも駄目だ。時間が経つばかりで、成果は上がっていないに等しい。部屋をぐるりと見渡してみる。酒の入った棚、魅力的だ。
けれどジュライはそれを頑張って無視し、艦長が使っているらしいコンピューターを発見した。起動している。迂闊な艦長だ。
では、残り少ない時間でこれの中を探してみるか。情報の予感に頬を緩めつつ、ジュライはキーボードとマウスを操作し始めた。

*  *  *

「進むな、この先の通路には遮蔽物が無い!」
「誰か、遮蔽物を探して持って来るんだ! ハンス! 通路を通って、そこの部屋を捜索しろ!」
彼が指差したのは、一直線の長い通路を少し進んだところにある部屋だった。俺はT型通路の左側にいて、反対側の彼を凝視していた。
馬鹿か。進む間に撃たれるに決まってる。無駄死にしたいとは思わない。その部屋に行くなら、もっといい方法がある。
俺は彼の背後に有るドアを指差した。そこを開けば、同じ部屋に繋がっているだろう。ドアの配置からしてそうだと思いたい。
でなければ、俺は彼の言う通り、銃の的にならなければならなくなってしまう。運良く当たらないなどとは、とても思えないのだ。
彼、あの今は死の暗い闇の中へと落ちてしまっただろうヴィクトールが言うところの人使いが荒いジャニアリー隊隊長が、ドアを開ける。
舌打ちして、彼の横にいた兵士にハンドサインで中へと入らせた。舌打ちは無いだろ、舌打ちは。あいつ、部下全員のことが嫌いなのか?
銃弾が後ろから飛んでくることもあることを忘れてしまったのかもしれない。思い出させてやるのもいいかもしれないが、
腐ってもジャニアリー隊隊長だ。指揮官を失えば戦闘能力が落ちてしまう。堪えることにした。我慢だ、我慢。
通路に敵がいるかどうか調べてみようとして、顔を出す。ああ、いるいる。御丁寧にバリケードを作りなさったようだ。俺たちの分は?
全くあの野郎共め、装甲服が通路にある窓から差し込んでくる日の光にてかてかと輝いていて目が痛いぞ畜生くたばりやがれ。
「発見しました、出します!」
重そうな大理石か何か知らないが、石で出来た机を倒して押し出して来る。通路の幅ぴったりだ。ドアが邪魔になって運べないのでは。
ここで普通なら一度机を引いて、ドアを閉め、それから移動するだろう。隊長は違った。彼は短気なのだった。ドアを蹴飛ばして外した。
飛んできたそれを受け止め、補強材代わりに持って行くことにする。耳が痛くなる甲高い音を立てて机を押し出していくと、
激しい銃撃が始まった。押していた奴の、上に突き出ていた尻を敵弾が掠めた。彼は女のような悲鳴を上げて尻を下げた。
我々は伏せて、彼の後を付いて行くことにする。訓練の時みたいだ。ギルドの匍匐前進訓練で使う機関銃は、空包射撃ではなかった。
百発撃てば百発が、千発撃てば千発が実弾だった。そのせいで、訓練の時にパニックになって死んだ同期訓練兵を知っている。
彼は頭を上げて訓練場から逃げようとしたのだ。運悪く、頭の位置を銃弾が通ろうとした時に。即死だっただろうことだけが彼の救いだ。
極めて至当なことに、我々は死んだ彼みたく頭上の弾丸に怯えなかったし、そこを撃たれかけた彼のように尻を上げようともしなかった。
俺は補強材を持っていたにも関わらず、隊長さえも差し置いて机に後から出て行った仲間たちの中では一番に辿り着いたので、
その気休め程度の板を倒した机の前に置いた。左手を撃たれ掛けたが、当たらなかった。代わりに石が跳ねて、小さな傷を作った。
敵は銃撃を緩めない。彼我の距離は必要なだけ近く、必要なだけ遠い。俺は銃を突き出して撃った。まぐれ当たりで、一人に命中する。
お返しは手榴弾だった。爆発の前に声が出て、伏せる。爆発は通路の窓のガラスを割った。風が吹き込む。空に、雲が増えてきたようだ。
雨が来るかもしれないな、とっととここから先へ進まないと、びしょ濡れになってしまう可能性も考えられる。風邪を引いたらことだ。
後続のコヨーテがいないかと後ろを見るが、見慣れた顔しかなかった。いなくていい時にはいて、いて欲しい時にいないとは。
仕方ない、手榴弾を二つ出す。一つは普通の手榴弾、もう一つは特殊音響閃光手榴弾という奴だ。俺は隠れたままで後者をまず投げた。
円筒形のそれはころころと転がって行き、彼らのバリケードの前にまで辿り着いて爆発した。彼らはバリケードの庇護の中だったので、
手榴弾がどんな性質のものだったのか分からなかったのだろう。察しの良さは時に破滅を招く。彼らは、閃光の脅威からは免れたものの、
音からは逃れられなかった。我々は近くに割れた窓が幾つもあったし、俺が投げたら皆耳を押さえて伏せたので被害は無かった。
立ち上がって、通常の手榴弾を投げる。俺の周りでも数人が立ち上がって、そうした。手榴弾の無かった幾らかは、銃を撃った。
五個から七個だろう、それくらいの、様々な手榴弾が飛んで行った。ポテトマッシャーだとか、オットーだとか、パイナップルだとかが。
それらの内、二個か三個は惜しくもバリケードの外に落ちたが、残りは全て内側に落ちた。音に脳味噌を揺さぶられて転げまわっている、
可哀想な十数人の敵ギルド兵のところにだ。だがもし彼らが通常の状態でも、恐らくこれだけの量の手榴弾が飛んでくれば、
彼らは纏めて木端微塵になっていたのに違いないと俺は思う。けど、そんな想像はどうでもいい。今、彼らは死んだ。我々は生きている。
俺は石の机を乗り越えて走った。後ろから、机を押しながら進んだ方がいいとのお言葉を無視して。危険なのに何故かと言えばそれは、
雨が降り出してしまったからだ。俺は、尻を水に濡らして前進するのは真っ平御免だった。そんなのは隊長にでもやらせておけ。
外を見てみた。黒雲が立ち込めている。世界が薄暗くなっている。艦内は明るいが、外は暗くなってしまった。突入後で良かった。

*  *  *

数度手榴弾を投擲した後、今にも千切れ落ちそうな左腕を気にするセプの同型機は、はたと自分が手榴弾をもう持っていないと気付いた。
体中を検める。拳銃、拳銃の弾倉、M14の弾倉、ナイフ、拳銃用の銃剣、アンドロイド用サバイバルキット、それに、設置爆薬二つ。
所謂C4と呼ばれる可塑性の爆薬だ。彼女は考えて、これを二つとも使うのは止めた。一つはきっと必要になると分かったからだった。
リモコン起爆式のこの爆薬を一つ取り出し、爆破の為に安全装置を外す。ジャニアリーは装填の為に隠れていた。今なら投げ込める。
手榴弾と違い、投げ込んでから爆発までに大きなタイムラグも無い。回避は難しいだろう。正確に投げ込めれば、だったが。
もしも陳列台の中に放り込んでしまったなら、爆発や爆風はかなり本来のものに劣ることになってしまう。
それで仮にも十二姉妹の一員たるジャニアリーを殺せるとは思わなかった。重傷を負わせられるかもしれないが、それ止まりだ。
陳列台の前に落ちてしまえば、もっと悪いことになる。大したダメージも与えられず、貴重な爆薬の無駄遣いとなってしまう。
彼女は迷った。命が掛かった戦闘だ。その中で生死を分けるのは、戦う個々人の判断である。迷うのも責められることではない。
重要なのは決断出来るかどうかだ。決断出来ない臆病者こそ非難されるべき存在だろう。彼女は見事に選択してみせた。
黄色のビニールに包まれて、その上から黒い遠隔操作の起爆装置が付けられたオフホワイトの塊が、ジャニアリーに向かって投げられる。
彼女は、同型機は、非常に勇気ある存在だった。雨雲で太陽が隠された為により暗くなった店内での投擲故に失敗の可能性は高かったが、
それでもジャニアリーに向かって投げつけようとした。けれど、勇気で飛距離は変わらない。彼女は暗さに彼我の距離を見誤った。
陳列台の手前の縁に当たって、中に落ちる。偽者のセプは落胆などしなかった。手前に落ちなかっただけマシだと励ましもしなかった。
ジャニアリーが何かが落ちたのだと知り、落着物を確かめもせずに近くの別の遮蔽物の陰に飛び込もうとしたが、
リモコンのスイッチを押す親指の方が速いのは当然だった。白と青を混ぜたような色の閃光を、二人は認識する。次に認識したのは、
ジャニアリーは爆風による衝撃と音であり、彼女の敵は音だけだった。数秒経って、敵は注意深く身を曝す。そして、彼女は見つけた。
木製ストックのM14が転がっているのを見つけたのだ。冷たい暗殺者が敵と認めた者の手が、どう頑張っても届かないところに。
P90は位置的な関係から既に回収されたようだが、そんなことは気にはならない。どうせ弾倉が破壊されているのだ。
自分のM14の残弾を確認し、ジャニアリーの方へ近づいていく。陳列棚の向こう側に追い込まれても、彼女は心まで折れてはなかった。
同型機は木製ストックのM14に気付いた時点で、更にもう一つのことに気付くべきだった。
これも位置関係から彼女には陳列台の残骸に阻まれて見えなかったのだろうが、セプのM14からは銃剣が外されていたのである。
その銃剣は今、ジャニアリーの左腕に縛り付けられていた。縛り付けるのは彼女自身の服の袖。引き裂いて作った紐で縛ったのだ。
脅しているつもりか、足音を響かせて近づいて来る敵に銃剣を突き立て、最後に残った一本の弾倉に入った拳銃の弾丸を全て撃ち尽くす。
彼女にはそんなビジョンがあった。それを逃して勝てるかどうか、分からなかった。でも、彼女は十二姉妹である。危ないのは承知だ。
死線の上を疾走し、隙有らば呑み込もうとする危険と手を繋いで踊る。十二姉妹なら、そうなる覚悟は誰でも出来ている筈だった。
彼女と彼女の距離は五歩。三歩を進めば、間合いに入る。ジャニアリーの賭けが始まり、彼女の力と運が試される。
ジャニアリーの体は限界を迎えていた。警告が発されては彼女の手によって無視するように命令される。が、警告の嵐は収まらない。
その上、雨音に掻き消されたのか、足音を聞き逃してしまう。焦りが生じる。敵は今何処を歩いている? 間合いに入ったのか?
彼女の心が叫んだ。止めろ。確かめるな。見ようとするな。体は違った。拳銃の銃口で、陳列棚の商品をずらして、向こう側を見る。
いなかった。ジャニアリーは九割方負けたのだと悟った。上から、陳列棚の上によじ登っていた同型機が跳び降りて来て、背中を向ける。
握っていたナイフを振るう。銃は持っていなかった。ジャニアリーは避けられなかった。彼女は、刃が鳩尾に突き刺さるのを見ていた。
拳銃を向ける。引金を引く。当たらない。何発も撃ったが、どれも外れるのだった。ジャニアリーは自嘲して笑った。
スライドが後退し切ったまま戻らなくなる。弾切れだ。ナイフが抜かれた。彼女は人形のように崩れ落ちた。背を陳列棚に預ける。
ナイフを二度振って、腰に戻す。もう駄目だと観念し掛けた時、一発の銃弾が転がっているのに気付いた。いや、一発ではない。大量に。
P90の弾丸だ。ジャニアリーの頭に、最後の一手が浮かんだ。力が戻って来るのを感じる。自分はやっぱりしぶといのだなと、
何となく嬉しいような嬉しくないような気分になった。背を向けたままでいるとは思えないので、自分の腰の後ろに拳銃を隠す。
敵がくるりと後ろを向いた。その後、拳銃を抜く。時間稼ぎが必要だ。片手で薬室に直接装填するのは難しいと、ジャニアリーは知った。
「言い残したいことがありますの」
向けられた銃が僅かに右に逸らされる。聞いてくれる辺り、この妹も優しいところが有るのだろう。姉は笑った。
薬室に押し込む感触。これが最後のチャンスだと言い聞かせる。全身へ力を、最後の力を巡らせる。妹に言う。
「……いえ、言っても仕方ありませんわね」
左手を振り上げる。同型機が拳銃を向けていた方だ。彼女は撃ち抜いた。左手首のあった場所を。床を抉る銃弾。
気付いた彼女が左に照準をずらして発砲する前に、ジャニアリーのファイブセブンが小口径高速弾を撃ち出した。
弾丸は喉から侵入し、後頭部から出て行く。陳列棚を尻と背中で押して立ち上がり、組み付く。一発では殺せないと分かっている。
拳銃を離したジャニアリーの右手が掴んだのは黒いナイフの柄だった。逆手に握って、同型機の頬に横振りで突き立てる。
左腕も振るった。銃剣が腹部から侵入し、肩甲骨のある場所から出て行く。ジャニアリーは一割の勝利を得たのだった。
長い間、二人は動かなかった。損傷の為だった。不動を破るのは敗北者。彼女は右手を伸ばし、ジャニアリーの頬に手を沿わせた。
左腕は腰に回されて、まるで二人は抱き合っているような体勢だ。勝利した姉は不意に悪寒を思い出した。敵が浮かべた表情に。
彼女は笑っていた。初めて相対したあの月夜の時を思い出す。涙を流して復讐を誓ったあの時を思い出す。あの時、敵はどんな顔だった?
正に彼女はその時、かつての表情とそっくり同じものを浮かべていたのだ。左腕に黄色いビニールで包まれた爆薬を掴んで。
ジャニアリーは今度も、逃げるのに間に合わなかった。青と白の閃光を見たのは、それで二回目となった。

*  *  *

私と私の相棒が一度目の爆発を聞きつけて列から離れ、店を見つけた時には、手遅れになっていたに違いないと思う。
お姉様と彼女が生死を賭けた死闘を繰り広げ始めた時から、既に手遅れになっていたのだとも思ったが、
激しく繰り広げられた戦闘の結果を前にして私は手遅れかどうかについての思考を打ち切った。私はそれより、詳細が知りたかった。
ジャニアリーお姉様の衣服の一部が、切れ端が落ちている。潤滑油らしい液体も。私の直接の姉妹が持ち主だったのだろう左腕も。
プラスチック爆弾のような、高威力の爆弾を使用したことは明らかだった。陳列台や陳列棚が倒れたり半ば吹き飛んだりしているからだ。
手榴弾ではああはならない。爆弾でなければならないだろう。とすれば、どちらが使ったのかは分かった。ジャニアリーお姉様ではない。
店内に踏み込むと、相棒が注意を促して、前を歩こうとした。ポイントマンを務めようとしているのだ。健気で姉思いの可愛い彼女だが、
その判断は褒められたものではない。彼女は顔や口に出さないにしろ私を心配しているのだろうが、私が危険なものか。
私はジャニアリーお姉様が負けたとは露とも思っていなかったが、かといって私の姉妹が易々屠られるとも考えてはいなかった。
重い傷を負わせたろう。放っておけば死に到るような傷を負わせた可能性だってある。何と言っても私の姉妹だ。そうでないと困る。
私には、自分が余り謙虚ではないという自覚がある。お姉様の前なら別だが、普段は分かっていて傲慢な態度を取っている。
何故なら私はそれを通すことが出来る力があるからだ。私を止められるものがお姉様たちの他に無いからだ。
姉妹たちも私に倣っている。傲慢と謗られても、己の考え方と生き方を貫く。自分の実力で、他者に認めさせるのだ。
である以上、強くあらねばならない。お姉様に通用するほど強くあらねばならない。理想を言えば、一人一人がそうでなくてはならない。
前を歩こうとする相方の襟を掴み、私の後ろに立たせる。お姉様は勝った筈だ。けれど、重傷を負っているだろう。危険は無い。
店内を進む足が、一挺の銃を蹴飛ばしてしまった。強くは蹴らなかったので、滑って何処かに行きはしなかった。それを拾う。
M14。黒いM14だ。弾丸は装填されたまま、弾倉にも十五発の銃弾が入ったままだった。近くに生死は不明だけどいるのかしら。
死んでいたら死んでいたでしょうがないと思う。彼女は戦って、それで死んだ。相手は戦うに十二分に値する相手だ。何を悔やむことが?
私たちは度し難いまでに生と死を求める。貪欲であることに疑いは無い。私自身もそうなのだから、認めることに躊躇いなど存在しない。
相方が声を上げず、服を引っ張って私に何か発見したのを教える。振り向くと、一方を指差していた。陳列棚を並べた向こうだ。
お姉様の服が見えていた。のみならず、彼女の肩から上は見えていた。やはり私の姉は勝ったのだ。動いていたし、熱もあった。
目が私を捉える。ぎくりと体が動いた。右手が向けられる……私は総毛だつことになった。右手が向けられるだと? 何処にある。
引っ付いている僅かな部分は、肘までにも達しない。お姉様の体がどうなってしまったのか、確かめるのが怖かったのは事実だ。
確かめずにはいられなかったのも事実だが。私は陳列棚の間を銃も持たずに走り抜け、お姉様の体に抱きついて、起こした。
彼女の下半身は腰から数センチ上のところを最後に無くなっていた。そのせいか、やけに軽い。意識はしっかりしていて、
私が殺しに来たと思っているのだろう、身をくねらせて逃げ出そうとしている。さながら芋虫──そう思って、私は罪悪感を感じた。
二人は殺しあった。正々堂々かは知らないが、己の力を出し切って殺しあった。その果てがこれだ。芋虫だと? 馬鹿も休み休み言え。
今は地を這いずってはいるが、彼女は誇り高い勝者だ。そして私の姉妹の一人も、誇り高い敗者である。お姉様を寝かせて、
私は彼女の捜索に取りかかった。間も無く、相棒が発見を知らせる。彼女は目がいいのだろうか、いつも私より先にものを見つけ出す。
我々の一人は驚くべきことに、まだその生命の灯火を燃やし尽くしてはいなかった。簡潔に言えば、しぶとく生きていた。
と言っても、放っておけば助からないことは見て取れる。それは姉も、彼女も同じだ。このまま助けが来なければ二人とも死ぬ。
口の端が動いた。薄暗がりの中でも赤いと分かる舌が、唇を舐める。私はしゃがみこみ、お姉様にしたのと同じように彼女を抱き起こす。
言葉は交わさなかった。彼女の気持ちは分からないけれど、言葉を交わしたところでそれが変わる訳でもない。
ただ、彼女の気持ちが理解出来ないにしても、分からないにしても、知ってはおきたかった。私は尋ねた。どうだった?
短い言葉だ。幾通りもの解釈が可能な、明瞭でない、彼女の好まぬ聞き方。この軍人気質の女は、質問する言葉まで注文をつけたものだ。
死に瀕してまで注文をつける気はなかったらしく、素直に一度だけ頷いた。それで、私は彼女が満足したことを知った。
セプお姉様とほぼ同じ体は、無惨な状態だ。ジャニアリーお姉様とそっくりになっている。両手両足欠損状態。
私は死に行く相手に対して態度を変える気はなかった。にやっと笑って、胸を鷲掴みにして揉みまくる。お、ナイス手触り。頬擦り。
呆気に取られた顔で、ぽかんとした表情で、彼女は私の行為を眺めていた。でも、すぐに頭突きが襲ってくる。とっても痛かった。
それでも私には笑いが張り付いている。凄く幸せだわ、私。彼女は息を吐き、ごん、と今度は床に頭突き。私は立って、サーベルを抜く。
彼女は私を見た。これは以前から話していたことだ。彼女も了承した。私は契約を実行するのである、かつて私と彼女の交わした契約を。
振り下ろす。躊躇? そんなものは抱かない。私たちはそれを持たない。何故なら、私たちは躊躇するようなことは実行しないからだ。
がたん、ごろごろ。缶詰が転がって来た。ジャニアリーお姉様の体が陳列棚に当たって、そこから落ちてきたのだ。桃缶。私は拾った。
後でまたオクトお姉様たちにお会いするかもしれない。四つ、いや、五つ貰っておこう。相棒の分も考えなくては。
断ち切った首と五つの桃缶を回収し、背嚢に入れるように命じる。入るかどうかは大丈夫、きっと彼女のことだから入れてくれる。
お姉様に近づいて行き、体を振ってそれで移動しようと試みる彼女の背中を指の爪でつつつ、と撫で上げる。声は上がらなかった。
生首になった彼女なら声を上げて驚いて、その後当たれば内部機器が損傷しかねない勢いのハイキックを喰らわせようとしたものだが。
ふむ。いいことを思いついた。今なら私はさしたる抵抗無しにお姉様に色んな悪戯出来るんじゃないかしら。悪魔と天使が囁く。
やっちゃえ! お二方とも大差無いってことだ。私は後ろから抱きすくめた。その後、指と手を胸に服の切れたところから滑り込ませる。
あら、あれ、何処が……おっと、失礼なことを考えてしまいそうになった。思考をカットする。うんうん、これはどう考えても胸だ。
それも超虚乳、じゃない、巨乳。曲がり具合を、曲率を考慮してみたまえ。お姉様の胸はすっごいでかい胸なのだ。見えないだけで。
くにくにと所謂ところの先端部分を弄る。この辺は妹たちにも殆どしてない。時々相棒相手にベッドの中でやってただけだ。
それをお姉様相手にやってると理解した瞬間、私は今日という日を記念日に制定した。カレンダーに大きく花丸を描きたくなった。
いや、花丸程度では足りない。何かもっと素晴らしいものを描いて欲しい。私には絵の才能は確か無かった筈だが、ソフトを入れれば、
今日からピカソにもダリにもスザンヌにもなれる。私の体と頭万歳だ。こういうところは、人間には真似出来まい、とつい鼻高々になる。
赤子がいやいやをするように動くお姉様。征服感に満たされる私。変態と罵られたって構うものか。パラベラムで穴穿ってやる。
べったり体をくっつけ、首に唇を寄せる。感動の吐息。口を開き、白い喉に優しく噛み付く。お姉様はぶるぶると怒りか羞恥かに震える。
ふふん、しかしお姉様は私には反撃出来ないのだ。というか、そうでなくては私もこんなことはしない。だって怖いもの。
この顎に力を込めれば首を食い千切れるだろうか? 試してみたくなる。この至高の芸術品、美術品を壊してしまいたくなる。
私は想像だけにそれを留めて置いた。お姉様のオイルの味、お姉様のボディの味、お姉様の人工筋肉の味、お姉様の人工骨の味。
お姉様の人工頭脳を啜る妄想に浸る。耳からだろうか、それとも頭蓋を直接穿孔する? 顔を突っ込んで犬のように喰らうのもいい。
けれど、そんなことは到底私には出来ないのだ。お姉様を失うことと引き換えに得る快楽と喜びなど、何の価値があろう。
私は残った噛み痕を舐め上げる。愛情を持って舐め上げる。私の印だ。ボディを交換されれば消えるが、つけられたことは厳然たる事実。
余り仲間たちを待たせてはいけないので、十分ほどお姉様と戯れてから、お姉様の仲間に連絡を入れて移動を開始しよう。
そう決めて、私はジャニアリーお姉様を仰向けにした。顎を引いて、私を睨みつける。視線だけで死にそうだが、今の私には逆効果。
下半身が無いのだけが心残りだ。下半身が残っていればもっと凄いことが出来たのに。あ、でも残り具合によっては逃げられるか。
ここが我々の艦にあるアンドロイド専用の整備室だったなら、感覚を共有させてとか直接に神経を触ってとか、手段はあるのだが。
こんなところにケーブルやら機器があるなど考えるまでも無く否定出来る。あったらコヨーテは何の目的でそれを得たのか知りたい。
さっきの経験を活かし、額を右手で押さえる。これで頭突きは封じた。強い眼差しに震える。その眼差しを蕩けさせたいものだ。
例えば快感とかに。私はそろそろと自分の唇を彼女のそれに近づけていく。触れ合う前に、湿り気が欲しいな。
ぺろりと唇を舐めた。お姉様と、自身の唇を。これで良し。あとは突撃あるのみだ。時間が少ないし、長くは一緒にいられない。
あんまり長いと救助が間に合いませんでしたなんてことになりかねないし。それは後悔どころの話ではない。責任取って死ぬ。自殺する。
桃色の唇と赤い唇が合わさる。どっちがどっちだかは言うまでもない。私は両腕でお姉様の頭を抱え込んだ。
お姉様は抵抗の気力を失ったのか、それともこの辱め──恐らく彼女はそう感じる──を早く終わらせたいのか、無抵抗だ。
舌を差し入れて、閉じた歯をノックする。しつこくノックすると、ドアはおずおずと開かれた。こりゃ、とっとと終わらせたいんだろう。
私の舌と、お姉様の舌。絡み合う。私を満足させれば終わると思ったのか、積極的に絡み付いてきて、私の口内へと侵入さえ試みる。
守るばかりは肌に合わない。私は唾液をお姉様の口腔へと送った。アンドロイドといえど唾液はあるのだ、理由は分かると思うが。
喉が動くのが見える。音も聞こえる。幸福な女とは、今の私のことを言うのだ。後ろで目のやり場に困っている相棒が脳裏に浮かぶが、
放っておくことにした。回れ右して耳でも塞いでればいいじゃない。恥ずかしいと思うのがそもそも分からないけど。
今度はお姉様の唾液を私の口の中に。ささやかな抵抗が行われたが、私が左手で胸を撫でたり揉んだり摘まんだりするとそれは崩れた。
ごくり、ごくり、ごくり。ちょっとずつ、ちょっとずつ。一度に全部は、勿体無い。舌の上で転がしながら、幾度にも分けて嚥下する。
全て飲み終えてから、唇を離した。舌と舌とに唾液の橋が架け渡される。切れて、ぴと、とお姉様の下唇についた。指で拭う。
残念ながら、彼女の挑戦的な眼光を曇らせ、虜にするには到らなかった。目を見れば分かる。彼女は強い。強いなあ。私が負けそうだ。
時間が迫ってきた。最後に、彼女の目に口を近づける。感付いた彼女が閉じる前に舌を這わせた。一度這ったら、瞼は閉じられない。
水音を立てて吸ったり舐めたりして、今度こそ顔を離した。相変わらずの目を向けられる。私は誘惑に駆られて我慢出来ず、
その頬にお別れの口付けを行った。ついでに、喉の、噛み痕がついていない辺りにキスマークを残しておく。おまけだ。
顔が赤めの相棒から銃を受け取った。ジャニアリーお姉様の一層強い殺意と敵意の放射。私が殺すのだと思っているようだ。
まさか、私がそんなことをする訳が無かった。私は相棒の持っているサバイバルキットから無線機を出した。
ここまで何も誰も来ていない。これは勝手な予測だが、通信機能が壊れてしまったのだろう。そうでなくてはおかしい。
周波数を尋ねる。答え無し。殺す気は無いことを伝える。信じないとの回答。まあ、分かるけど。あんなことまでされたからには、ねえ?
根気良く頼み、答えた場合と答えなかった場合のメリットとデメリットを挙げ、メリットの方が大きいことを伝える。
彼女は疑いをもって私の言葉に答えたが、結局最終的には一つの周波数を教えてくれた。オーガストお姉様の護衛隊に通じるそうだ。
そんなの教えていいのかしらと思ったけれど、教えてくれたのは嬉しかった。無線機の周波数を合わせ、ジャニアリーお姉様の負傷、
現在地、救助が遅れると危険なことを伝える。応答した兵士は私が誰だか分からなかったらしいが、信じてはくれた。兵が向かうとか。
装甲車で来るそうなので、時間は掛からないだろう。私は名残惜しかったので、店内から出る時、お姉様の方を振り返った。
彼女は変わらぬ様子で私たちを睨んでいた。それもいい。私の浮かべられる最高の笑顔で別れ、店を出……雨とかふざけるな服が濡れる!

*  *  *

「待て、もう撃つな! 投降する、投降する!」
銃を掲げてぱっと立ち上がった一人の装甲服を着込んだ兵、ペトルッツィの部下は、反射的に引金を引いたコヨーテに撃ち倒された。
彼に追従して立った三人は、慌てて彼の体から身をかわす。十二姉妹隊の兵が射撃中止を命じ、バリケードを乗り越えて近づいていく。
歩く間も突撃銃の銃口は三人の胸に合わされている。怪しかろうが怪しくなかろうが、少しでも動けば指は引き絞られるだろう。
爆発音が起こった。それはその通路で起きたものではなかったが、三人を動かすには十分な大きさだった。兵士は撃った。彼らは倒れた。
一人が倒れながら構えもせずに乱射した内の一発が、兵士の腹部を捉える。彼は懺悔するように膝を折り、そのまま床に頭を打ちつけた。
他の兵とコヨーテが飛び出し、前者は同胞の容態を調べ、後者は敵のバリケードの後ろを調べる。兵は遅れて来た指揮官に、首を振る。
調べていたコヨーテが拳銃を発射した。勘がいい別のコヨーテが、彼を殴り倒す。見ると、負傷して傷ついていた敵兵の頭に、
銃弾を一発一発撃ち込もうとしていたのだった。一人は遅く、そうなっていて、頭を撃たれた者が助かっている訳がなかった。
言葉を交わさずに、視線を交わす。十二姉妹兵の全員は、殴り倒したコヨーテの側に付いていた。視線が、処刑を行った男に集まる。
彼は不愉快極まりない顔をしたが、拳銃を収めてバリケードを乗り越えた。彼の後を付いて行く男たち。二十メートルと行かない内に、
十字路で銃撃に遭遇する。最先頭を歩いていた男は腰から鎖骨に到るまでを七発か八発撃たれ、壁に寄りかかって、動かなくなった。
混成部隊は応射し、近くの部屋に飛び込んだり、前のバリケードまで戻って遮蔽物で身を守ったり、敢えて敵の方向に走り、
左右に分かれて隠れた。一人が銃声の合間合間に大声で悪態を吐く。どうやら十二姉妹兵の一人であると思しきその男は、
コヨーテと共に行動する間に彼ら独特の言い回しや、好んで使う悪態まで覚えてしまったらしい。頻繁に銃を撃ち、手榴弾を投げ、
その二つと同じくらいの数、敵に罵声を浴びせかけている。隊を指揮していた兵士は思った。奴には飴でも舐めさせておけ。
周囲の評価に関わらず、彼の銃を扱う腕は一流だった。隠れた状態で銃だけを出して攻撃しても、割と高い確率で命中弾を得た。
機械音がして、彼らは一度射撃を中止する。機械音……不吉な音だ。ロクなことがない。でも、何なのだろうか。
答えは得られるまでに二度の無線通信を挟んだ。ハンスのいる隊に彼らは連絡し、彼らから窓にシャッターが下りているとの話を聞いた。
首を捻って意味を探る。こっちはすぐに分かった。照明が落ちる。暗闇になる。非常灯すらついていない。
コヨーテと十二姉妹隊の混成隊は、十数秒の間完全なパニックに陥った。声が飛び、勝手に銃を撃ち、手榴弾を投げる。
「射撃中止、射撃中止、射撃中止だ、馬鹿が!」
制御しようとする指揮官もまた、平常ではない。彼の声に従う者は少なく、銃口炎は消えない。彼は近くの者に強硬策を取った。
殴り倒す。それで、幾らかの人間は落ち着きを取り戻した。殴ることで、指揮官もある程度は落ち着けた。
彼は暗闇の中で戦う術を探さなければならなかったので、考えることにする。だが、こんな戦闘は長く続けるものではない。
機関部で照明へ向けるエネルギーをシャットダウンしたのだろうから、そこを奪取すれば光は回復出来る。それが一番大事なことだ。
それまで戦う為にどうすればいいか。彼の頭は二つの対応策を弾き出した。一つは艦の各所に備えられた非常用の道具だ。
中には懐中電灯が入っている。それがあれば、サーチライトのように照らすことも出来る。一つの欠点があるとすれば、何処だ、それは?
次の一つは現実的ではなかった。敵ギルド兵の装甲服を奪い、それを着てヘルメット内臓の暗視装置を使用する。
なるほど確かに、装甲服ヘルメットにはそういう機能がある。だけれども、数が足りない。銃撃戦の中で壊れているのもあるだろう。
被らないよりはマシかもしれないが、もし十二姉妹隊の別隊と合流の際、勘違いして撃たれるのは嫌だった。彼は尚考えた。
思考の間、立ち直った部下たちが銃口炎だけを頼りに、敵へと攻撃の矛先を向け、彼らを倒そうとする。彼らの間で手榴弾が爆発した。
手榴弾か。指揮官は自分の腰をまさぐった。コヨーテにライターを貸して貰い、文字を見る。白燐手榴弾。これだ。これを使おう。
数は少ないが、今この状況を打破するにはこれでいい。ピンを抜き、敵に投げつける。隠れた。爆発。悲鳴が上がった。
敵に突き刺さったり一面にばら撒かれた手榴弾の破片や燐が発光して、敵の形をぼんやりと見せてくれる。彼らは銃を撃った。
コヨーテが一人、肘と膝を使って、伏せたまま前進する。止めれば気付かれるので、彼がすることを黙って見ているしかない。
彼はバリケードにまで辿り着き、手榴弾を二個、バリケードの内側に放り込んだ。暗闇だから気付かなかったのではないだろう。
敵が装甲服をつけていないのなら別だが、彼ら粛清部隊は装甲服を装備して戦っている。この暗闇でも気づく筈だ。
気付かなかったのは白燐手榴弾の光を浴びたからか? 指揮官は殆ど蛮勇に近いコヨーテの戦い方に、はらはらせずにはいられなかった。

*  *  *

ジューンはエイプリルの部屋まで来ていた。それは戦闘の大勢が決し、最早総指揮官の手で何かを変えられるものではなくなったと、
エイプリルが判断したからであった。端的に言えばジューンを労おうと思ったのだ。ジュライに斬られた体で、細かな再調整も無しに、
ギルドスカイを駆って八面六臂の活躍をした彼女を、エイプリルは高く評価していた。彼女に次の出番があるかどうか分からないけれど、
休みを取らせるには十分過ぎる活躍だったのだ。部屋に呼び、話をして、彼女の意識を戦闘から離す。それがいいだろう。
彼女は安心していた。エイプリルは、安心を抱いていた。敵は打ちのめされているのだと思っていて、七割方それは事実だった。
が、彼女は忘れていたのである。決して打ち倒されない彼女たちの存在を。彼女たちは艦に近づきつつあり、
繁華街を出てしまった為、行ったとしてもフェブラリーの探知にさえ引っ掛からなかっただろう。
ジューンは部屋を見渡して、質素ながら美しさを持った家具の一つ一つに感銘を受けた。配置も良く考えられている。
エイプリルらしいな、と思った。彼女は必要以上に着飾ることを好まない。ジャニアリーはそういう方が好きそうだけど。
「さあ、座って」
促されて、そんな部屋の中に置かれた、趣味のいいテーブルと椅子に目を向ける。可愛らしいテーブルクロス、椅子にはクッション。
いいな、自分の部屋にもこんなものが置きたい。ジューンは心の中でエイプリルを羨ましく思った。しかし私には似合わないのだ、と。
椅子を引き、腰を下ろす。エイプリルも腰を下ろした。向かい合う。手際良く、彼女はジューンの前に皿とカップを置いた。
飲み物は彼女が手ずから淹れてくれる紅茶、という訳だ。用意を済ませ、淹れ始めるまで、所在が無い。ジューンは身じろいで、
壁に目をやった。壁を埋め尽くす大きな絵の一つ以外、何も無い壁。その絵は、艦のカメラ映像を映し出す仕組みになっている。
今は、宇宙港の内部を映し出していた。エイプリルが淹れ始めたので、お手並みを拝見することにする。
テーブルクロスとクッションの羨みもあり、ジューンは厳しい目で紅茶を淹れるエイプリルを見ていたが、文句の付け所は無かった。
完璧だ。口を挟む余地など一寸さえも無い。自分よりも上手いのではないだろうか。この素晴らしい姉に勝てているところがまた減った。
がっかりし、ちょっぴり気落ちして、注がれた紅茶を見つめる。紅い茶とは良く言い表したもので、品のいい香りと色であった。
ストレートで、暖かい紅茶を口に含む。エイプリルもそうして、口に含んだ分を喉に流してから、彼女は聞いた。
ジューンは気付かなかったが、少々の緊張があった。口の中で紅茶を良く味わってから、妹は答えた。
「美味しい」
一言だった。ジューンは負けたような気がしていたが、それも紅茶を味わう内にどうでも良くなった。とても小さなことに思えたのだ。
頬を緩め、エイプリルがはにかんだような顔でそう、と頷く。それを見て、エイプリルは一人で練習していたのでは、などという考えが、
やっとジューンの頭の中に浮かんで来た。けれどまあ、そんなことも気にならなかった。二人はエイプリルが用意した茶菓子を食べ、
美味しいお茶を飲み、戦闘のことは故意に避けて話をし、笑った。ジューンは、手足の先まで暖かくなっていくのを感じた。
姉が自分を大事にしていてくれるというのは、分かっていることだ。エイプリルは妹思い、姉妹思いである。
だとしても、ここまでして貰える姉妹はそういまい。メイだったら分からないけれど、彼女以外だったなら。
ジューンは普段しっかりしている為に、甘えてみたりだとか、こういう形で大事にされるということがついぞ無かった。
彼女らの母親には畏れ多くてとても言い出せなかったし、セプには三つ子以外に重荷を背負わせるのは可哀想だと思ったからだ。
実際には二人とも喜んでジューンを抱き締め、頭を撫でて、温かい飲み物を作ってくれただろうが、彼女らは既にいない。
「何だか、いい気分だ。安心出来て」
思った通りを口に出して、はっと気付く。恥ずかしいことを言ったような気がした。顔を赤らめて、少なくなったお茶菓子を取りに立つ。
お茶菓子の在り処が分からず困っていると、後ろからエイプリルが来た。出して、渡してくれる。余計に恥ずかしかった。
早足で椅子まで戻る。お茶菓子を皿に並べる作業に没頭し、精神を通常状態まで戻そうとしていると、後ろから優しく抱き締められた。
椅子に座った自分と立っているエイプリルなので、胸が後頭部に当たる形になっている。姉の左手は鎖骨辺りで、右手は腹部辺り。
菓子を並べる手が止まる。ジューンは抱き締めるエイプリルの手に、左手を重ねる。姉が抱き締めた時と同じ優しさで小さく呟く。
お帰りなさい、ジューン。私の妹。見透かされていたのだと、ジューンは姉を見くびっていたことを認めた。
多分、彼女はずっと前から知っていたのだろう。いつかは必ず、妹にこうしてやるつもりだったのだろう。
でも状況がそれを許さなかったし、残りの妹たちの前で、誰か一人だけを特別優しく扱うという訳にも、やはり行かなかった。
エイプリルはリーダーだ。リーダーは公平でなければならない。ジューンにはそれが良く分かる。皆と仲がいいからこその苦労、
例えば口喧嘩になった時には、彼女はどっちの味方なのかと強い口調で迫られたことがあった。それと似たようなものだ。
誰か一人の満足は残りの全員の不平を招きかねない。自分だから許されるかなどとジューンは思わなかった。そんな思い上がりと感じて。
ジューンは出来ることなら、もう暫くこうしていて欲しいと、口には出さなかったが願った。姉もそれを察して、抱き締め続ける。
数分の間、彼女たちはくっついていた。その数分が経って、ようやくジューンとエイプリルは離れた。
恥ずかしかったし、頬も赤くなっていたが、ジューンは言わなければならない言葉を思い出して、言った。
「ありがとう、お姉様」
何度考えてみても自分には似合わない言葉だ、お姉様、という言葉は。それでも使おうと思った。エイプリルは少し驚いて、
それから可愛い妹をもう一回だけ軽く抱き締めた。ジューンは幸せを感じたが、長く続くかどうかについては否定的だった。
何故なら、彼女は見てしまったのだ。壁の絵がある場所、カメラが映し出す宇宙港内部の様子。黒いベレー帽。翻る赤いドレス。対物銃。
エイプリルもジューンも、釘付けになってしまった。この驚きは、エイプリルがジューンの言葉に感じたものとは違う。
ジューンは新型から目が離せなかった。あれが私の新しい妹というのか。ギルドスカイで掃射した時には詳しく見る暇が無かった。
画面の中で、一人の対物銃を持った年末型と新型機が、言い争ったりしている。妹は年末型を拳で叩き、わしゃわしゃと髪を触っている。
何だあれは。全く緊張感の無い振る舞いだ。エイプリルやメイを苦戦させ、敗北さえ与えかねなかった敵が、あれなのか?
と、何かに気付いた様子で、妹が顔の向きを変える。カメラに目が向いた。微笑む。ジューンの手に力が入る……今、目が、合った。

*  *  *

お姉様の艦は、戦闘の場ではなくなっていた為に、必要最低限かそれ以下の人数しか兵を置いていなかったようだ。
それは責められることではないし、私がお姉様の立場ならやっぱりそうしただろう。こうやって突っ込んで来るなんて、考えない。
通常想像出来る範囲の行動ではないのだから、エイプリルお姉様は悪くないのだ。それどころか、指揮官としては一流だと思う。
彼女に従う十二姉妹隊兵の練度もさることながら、彼女の冷静な判断がこの勝利をもたらしたのだから。激情家と聞いていたのだけれど、
自分の感情を上手くコントロールする術を知っているのに違いない。好き勝手やって、好き勝手感情を暴走させる私とは大違いだ。
感情に任せ、七十数名の妹たちと共に、私は走る。兵士は無視した。後ろから飛んでくる銃弾に、一名がやられたが、
それも置いて走る。私たちはお姉様のところに行くのだ。私たちのお姉様のところに。殺したり殺されたりする為に。
でも、十二姉妹隊の兵士は無能ではなかった。少ない兵を掻き集め、バリケードを設置し、私たちの通る廊下で待ち構えていた。
そこに到達するなり銃撃が始まり、たちまち数名の妹が胸を掻き毟りながら死んでいった。残りは近くの部屋や曲がり角に飛び込む。
「手榴弾!」
私が叫ぶと、一人の部下がピンを抜いて私に投げ渡してくれる。それを受け取り、投げつける。失敗。手榴弾はバリケードの手前で爆発。
それでも一人が叫び声をあげた。装甲服を着ているからそうそう大きなダメージは与えられていないだろうが、気が晴れるというものだ。
相棒を探す。廊下の曲がり角に隠れた私の傍にはいなかった。何処かの部屋の中か? 通信回線を開き、所在を尋ねる。
返答が帰ってきた。思った通り、部屋の中らしい。それも、私が背中を預けているこの壁を挟んだ向こう側にある部屋。
ぱしぱしと壁を叩いてみる。いけるだろうか。いけるわよね。何事にもチャレンジ精神がなければいけないと思うし、やってみよう。
右腕を引く。手には拳銃の空弾倉。人間は何かものを握るとパンチ力が上がるらしいが、我々アンドロイドでも人工筋肉を使う以上、
同様の効果が現れたっておかしいことはないんじゃないかと思う。私の持っているデータには人間の体に関するものが無いので、
そうだと言い切れないのが悲しいところではあるが。人体の急所全ての位置とかなら持ってるんだけど。
妹は流石に心配なのか、素直にドアを開けて通ってみてはと進言するが、それだと私はいいにしても妹たちが危険だ。
こんなところで無駄に死んでいくなんて悲し過ぎる。廊下に倒れたままの妹たちを見やった。可哀想な、私の部下。
覚悟を決めて、私は腕を目一杯引く。拳が壊れませんようにと祈る。壊れたらお姉様との戦いで全力が発揮出来ない。
息を吸い、吐きながら壁を殴りつけた。パワー型アンドロイドの私が、渾身の力で殴りつけたのだ。手にぴりぴりとした掻痒感。
壁無傷。駄目じゃないか。意味無いじゃないか。危険を犯した意味が。項垂れる私の服を引っ張る手。引っ張ったのは勿論部下。
彼女は指差していた。何をかというと、私たちの隠れた廊下、そこの壁の一点。ドア。私は馬鹿から道化師に転落した。
つかつかとドアまで近づき、蹴っ飛ばす。ドアが吹き飛び、相棒の姿を視認。この部屋には四方にドアがあった。
私は体の向きを変えずに、相棒を呼び、前進する。目指すは次のドア。バリケードを回り込めるかもしれない希望だ。
鍵が掛かっていたが、私たちに鍵など意味が無い。蹴れば開く。殴ってもいい。さっきみたく蹴り開ける。途端、私は体に衝撃を感じた。
この衝撃が何なのかは知っている。手榴弾だ。警戒トラップに引っ掛かった訳だ。しかしながら私のボディには手榴弾など癇癪玉である。
私に爆発物でダメージを与えようと思うなら、集束手榴弾やプラスチック爆弾くらいのものを使わなければならないだろう。
何事も無かったかのように進む。バリケードの裏側には簡単に回りこめそうだ。けれど、私は相棒を前の部屋に留めさせておいた。
両手に拳銃を握り、ずかずかと部屋の中心に進む。ぱっと体を出すコヨーテ。全部で十名だ。十二姉妹隊の兵はいない。
コヨーテなど敵の内にも入らない相手だ。面倒だが、無視することも出来ない。拳銃を使うのも嫌だったので、素手でやることにした。
銃弾を掻い潜って、線状に布陣したコヨーテの中に飛び込む。私の左右にまず一人ずつ、手が届く相手がいた。
右の奴の胸倉を掴んで、そちら側の敵に向かって放り投げる。振り向き、左のを殴り倒す。感触からして、彼は首の骨を折られたと思う。
銃が向けられる。弾道を予測。手を遮るように置く。弾かれる銃弾。何のことは無い、四名の敵が集中的な射撃をしたところで。
次の犠牲者が出るのには十秒と掛からなかった。そいつの喉笛を掴み、肉と皮を引き千切る。体は横に突き飛ばした。
銃で殴りかかって来るコヨーテ。彼らは勇猛かもしれないが、本当につまらない相手だ。自分の力量と相手の力量の差を理解出来てない。
左手で銃を弾き飛ばし、体がくるんと回ったところで、右の手刀。それだけで終わり。落とした銃を足で拾って、背後のコヨーテに撃つ。
これで残ったのは二名だけになった。彼らはあれだけ撃ったのに、私の服にさえ一発も当てられていない。全て私の手に着弾している。
私の手に傷が付いてしまったらどうしようかと心配したが、彼らの放つ銃弾で傷つくほど私の手もやわではないと思い出す。
おや、二人の銃は弾切れしたようだ。私は手をぱきぱき鳴らしながら彼らに近づいていく。いやはや、気の乗らない作業だった。

*  *  *

ジュライは不機嫌だった。凄く不機嫌だった。近づくものあらば即斬るだろうくらいに不機嫌だった。
何故ならば、今彼女の目の前にあるパソコン──正しく言うなら、かつてパソコンだったもの──の、電源を落とされたからだった。
彼女の予想では、敵は艦内電力供給をシャットアウトする際、一度全ての電力供給を断ち切ってから復活させるものは復活させたのだ。
何の為にそうするのかまでは分からなかった。そうする必要性は、ジュライには思いつかなかった。
それでも、パソコンの電源がただ切れただけなら、ジュライは機嫌を損ねはしなかったろう。彼女が苛々を高めた理由は、
これも敵のミスか、パソコンへの電力供給までもが途切れさせられたからだった。外部電源は無いか探したけれど、見つからない。
で、機嫌が最悪になったジュライは、刀を閃かせたのだった。一刀両断である。艦長室の明かりは流石についていたので、
暗視モードを起動する必要は無かった。次は何をしようかと頭を抱え込むジュライ。当てが無くなってしまった。
取り敢えず、この部屋に留まっている意味も無くなったことだしと、外に出る。暗い。暗視モードを起動する。
銃声は、パソコンを弄っている時から彼女の耳にも届いていた。ここにいれば見つかってしまうだろう。
見つかったところで大部分の兵士が離反を知らないだろうし、適当にあしらって逃げられるだろうが、見つからないに越したことは無い。
緑色の世界を高速で進む。艦長を捜索するか、それともかつての部下を助ける為に明かりを復旧してやるか。
ジュライは後者を選択した。運という要素は彼女の好まないところだが、運のいいことに、艦長のパソコンから艦の地図は得ている。
機関室に向かって走る。敵兵は戦闘に全員駆り出されているのだろう、遭遇したりはしなかった。
一回だけ、見つかりそうにはなったが、それも何とかやり過ごした。戦って負けるとは思わないが、目的の達成の方が大事だ。
呆気無く機関室の近くまで到着。しかし、敵兵が三人、警備に当たっていた。中にも機関士がいるだろう。刀を抜く。
三人は機関室へのドアの左右と前に一人ずつ、三角形を形成している。どのように処理するのが最も適切か。
考えることもせず、三角形の右から急襲。ドアの前に立っていた一人の首が飛んだ。銃を構える敵兵。刀を振った勢いを使って側転。
側転の最中に刀を移動させ、ドアの左側の敵を斬る。着地。敵が発砲。背中に命中。弾いた。問題無し。背後に突き立て、捻り、抜く。
どさりと倒れる音。と、ドアが押し開かれる。その前にいたジュライは、それを左手で押さえ右手を振るう。
鋭い刃はドアを貫き、開けようとした機関士を殺す。引き抜いてドアを開け、中に入る。すぐに衝撃。左から、レンチか何かで殴られた。
二度の殴打は許さない。振り上げた手を掴んで止めると、腹部を両断する。手で突くと、上半身だけが床に落ちた。下半身は立っている。
絶妙なバランスだ。ジュライは足を払い、下半身も床に倒れた。レンチを拾う。何らかの工具が必要になることも考えられたからだ。
機関室では刀を振り回して戦うことは難しいので、鞘に収める。素手で戦ったところで何らの問題も無い。
先ほど斬った男のようにレンチで殴ることも考えたが、工具をそのように使うことによって変形する危険を考慮すると、
ジュライはその選択肢を敢えて選ぼうという気が無くなっていくのを感じた。工具は工具であり、棍棒ではない。
機関士が一人とは考えられなかったので、敵がいると決めて掛かる。何処に隠れたのか、何処にいるのか。ジュライは神経を研ぎ澄ます。
そのお陰で、何処からかいきなり出てきた機関士の一人を余裕を持って倒すことが出来た。倒れた彼の首を踏み折る。
後ろに気配。振り向くとまた工具で殴られる。道具は正しく使え、とジュライは思った。左右にも敵がいる。左に一人、右に二人。
四人か。これで全部と考えても良さそうだ。一斉に掛かってくる彼らに、十二姉妹一の技量を有するジュライは微笑み掛けた。
刀を抜く。抜き様に前の一人の両腕を斬り落とす。それから回転してさっきは左にいた一人の喉を裂き、背後の一人に突き立てる。
残った一人は足を止めた。それも仕方の無いことだ。三人いた仲間が、一瞬で倒されたのだ。
これが十二姉妹なのかと、彼は装甲服の中で冷や汗を流す。率直に言って彼は、この妖艶な女性に心から恐怖を抱いていた。
後一歩も前に進めば、自分も骸を曝すことになると、本能が囁いていた。彼は尻餅をついたことに、ついてから数秒後にやっと気付く。
ジュライは彼を殺す前に、どうやったら光を取り戻せるのか尋ねることにしたが、彼は要領を得ない答えを返すばかりだった。
弛まぬ努力で、どうも機関室で制御したのではないらしいと判明する。ジュライは刀を納めて、その機関士の首を蹴り折った。
機関室で無いなら何処に行けば光が戻るか考えてみる。艦橋だろうか。そこでカットしたのかもしれない。行ってみる価値はあるだろう。
道中や目的地で、艦長が見つかるかもしれないし。ジュライは地図を呼び出して艦橋を確認して、肩を落とした。距離が有り過ぎだ。

*  *  *

最高指揮官の常として装甲服を着用していなかったペトルッツィだったが、彼にとってこの艦は自分の家であった。
自分の家の構造を熟知しない者があるだろうか。彼は楽に非常用の懐中電灯を見つけることが出来た。彼はそれに赤いチップを入れ、
投射する光の強さも最弱にして艦内を移動していた。暗視装置を使っているギルド兵たちの視力を誤って奪わないようにという配慮だ。
彼らの暗視装置には安全装置としてフィルターも組み込まれていて、一定以上の光を受けると適度な明るさにまで落とす機構があったが、
ペトルッツィはそれが説明ほど役に立たないことを知っていた。彼は一応、現場上がりの指揮官だ。装甲服のことも良く知っている。
ぼんやりとした光でも、家の中を歩き回ったり走るのには十分だ。ペトルッツィはそれで幾つもの防衛線を移動し、兵を励まし、
必要な物資などを聞いて、届けることを約束し、動かせる兵士を使って実際に届けた。銃、弾薬、水、手榴弾、医療品などを。
そのお陰で、守備隊は十二姉妹隊とコヨーテの粘り強く強烈で激しい攻撃を、今まで何とか凌ぎ続けていた。負傷者は出ていたが、
敵にだって損害を与えている。ここを凌ぎ切れば、敵は動けなくなるだろう。そうすれば、反撃を始めるだけの余裕が生まれる。
「兵員、兵員が必要だ! このままでは突破される!」
話している相手の立場を忘れて、叫び声を上げる。ペトルッツィは拳銃で適当に射撃しながら、叫んだ男に言った。
「分かった、すぐに一個か二個分隊を派遣する。それでいいな、ティーズル?」
「シングルトン、あそこの一人っきりでいる若造をここまで連れて来い!」
彼は答えなかった。ペトルッツィは敵の銃火が強くなったので、弱くなるまで頭を下げてバリケードに隠れることにする。隣の男を見た。
ここの指揮をしていたこの男は、艦長の記憶ではそろそろベテランの域を超え老兵になろうとしている年齢だったが、元気らしかった。
その証拠に、精力的に指揮を行っているし、彼の銃は規則的に発砲されている。ペトルッツィの目には敵が見えなかったが、
彼らの攻撃が危ういところで敵の進攻を防いでいるのは明白だ。無線連絡で分隊を派遣しなければならない。英雄たちを死なせるな。
銃撃が緩み始めた。立っての移動はそれでも危険なので、伏せて移動する。頭の上を銃弾が掠める音がして、ペトルッツィは身を竦めた。
罵りまくって、それで自分を奮い立たせた。黙っていたら、動けないような気がした。事実、罵りを一つ口にする度に、
彼の肘と膝はより滑らかに動くようになり、知っている言葉の中から一番汚い言葉を大声で吐いた時など、心も晴れるくらいだった。
廊下を一つ曲がればそこは安全地帯である。走り、歩ける場所だ。艦長は立ち上がった。次の防衛拠点に向かわなければならない。
無線で増援をこの防衛拠点に送り込まねばならない。問題の山積ぶりにほとほと嫌になる。だが、嫌だ嫌だと口に出しても意味は無い。
戦わなければ、殺されるだけだ。可能性を失くすか、せめて少ない可能性に有りっ丈のチップを賭けてみるか。選択ですらない。
ペトルッツィは諦めの悪い男だった。生きられるならばプライドも何も捨てて生き残り、迅速に再起し、かつての勝者を殺しに掛かる。
そんな男だった。彼が生存を諦める筈が無く、だからこそ彼はこうして駆けずり回っているのだ。拳銃と生への執着を持って。
「艦橋、艦橋、聞こえるか!」
走りながら回線を開き、第二艦橋で部隊を統制している部下たちに連絡する。返答無し。聞こえなかったのか。
「艦橋、おい、通信兵!」
繋がった。聞き慣れた部下の声だ。彼は一度目で出なかったことを詫びなかったが、艦長も責めはしなかった。
こんな時にそんな些細なことで叱りつけている暇は無い。艦長は分隊を一つ、ティーズルの守る防衛拠点に回すことを命じた。
艦の西側にあるこの防衛拠点に回す兵力を探す兵士。すぐに、ある防衛拠点に余剰の兵がいると判明する。そこから回すことにした。
十三名の兵力を送れば、守備隊の要求を満たすことが出来るだろう。次に回るべき拠点の位置を提示するように命じる。
兵は今度も短い時間黙った後、階段の近くを守る重要な拠点を提示した。そこを破られれば、そして確保されれば、艦はお終いだ。
到達するまでのルートを頭の中で描く。最も速いルートは? 最も安全なルートは? 
二つを脳内で描き、それらから安全かつ素早いルートを弾き出す。難しい作業だったが、やらざるを得ない。
足を速める。誰かと正面衝突しやしないかと危惧したが、正面衝突する相手は敵か味方で、敵ならそこで死ぬので問題無く、
味方ならあちらが避けてくれるだろうと思い直してスピードを下げることは取り止めた。
それに、味方が命じてもいないのにどうして俺の走る通路にいるのだ? 退却ならその旨を無線で通告してから行うように言ってある。
守備隊が連絡の間も無く完全に撃滅されて、それで敵兵が走っているのなら分かるが。
ペトルッツィはそれから足の疲れを意識しないように心がけながら走り、階段の前にある防衛拠点に滑り込んだ。

*  *  *

メイがショットガンを片手に掴んでエイプリルの部屋にノックもせずに飛び込んだ時、既にその部屋にいた二人は戦闘準備を終えていた。
親友の行為に姉妹としての心得を説こうかとリーダーは考えたが、自分がそれをすると長くなりそうなので後回しにする。
ジューンが紅茶を飲み干して、ナイフを取り出す。メイは頷き、外に出て行こうとした。それを追い掛けようとするジューンを、
エイプリルは呼び止める。怪訝そうな顔をして、ジューンたちは足を止めた。リーダーは椅子に座るように言う。
「こんなことをしている暇があるのか?」
ショットガンを左手に持って、メイは椅子に座る。出入り口に背を向けるのを嫌う彼女は、椅子の位置を変えて座った。
本当に短いながらも幸せな時間を過ごしていたジューンは、それを打ち壊された不満を戦闘に傾けようとしているのか、
座ることを命じる言葉には従うのを躊躇っていたが、エイプリルが重ねて言うと渋々座った。
「敵の、あの妹の狙いは私たちですわ」
茶菓子のクッキーをぱきりと割って、口に入れる。ジューンは決め付けて掛かるのは危険ではないかと反論した。
が、メイもエイプリルと考えは変わらないことを口にすると、反論は引っ込められた。メイとエイプリルの違いは、どう出るかだ。
十二姉妹の中でも好戦的な性格のメイは、こちらから迎え撃とうと思っていた。けれどもリーダーの考えでは艦深くまで誘き寄せ迎撃、
あわよくば撃破し、逃走されれば兵士での攻撃をというものだった。年末型だけが心配の種だったが、積極的交戦は避けるように命じた。
あの城で戦った時間は短時間ではあったが、妹の性格を推察するには必要量の時間だ。彼女は介入を嫌う。年末型の中でも特別らしい、
荷物持ちらしき年末型さえも、介入してくれば大いに嫌がるだろう。なら、彼女はそうさせない。そうするなと命令する。
エイプリルには年末型がその命令を守るかどうかは分からなかったが、ギルドの考え方からして人工脳にその程度の細工はするだろう。
上官の命令に絶対従う機能をつけることは難しくない。それがどんな仕組みかは専門家の話になるので省くにしろ、簡単なことだ。
妹はどうやって小さな殺し屋たちを黙らせておくか? 私なら何か任務を命じるだろう、とエイプリルは考えた。
何の任務を命じるか。撤退時の通路を確保するように命じる。これもエイプリルが、自分ならそうするという仮定の下に出した答えだ。
通信回線を開き、臨時救護所に立て篭もっている殆どの兵士たちに、部屋から出ないようにと命じる。
移動は部屋と部屋を伝って行うものに限り、通路に出ることも禁じた。通路に面したドアには鍵を掛けることも一緒に言っておく。
鍵など壊されて終わるだろうが、掛けておいても悪いことは無い。命令を終えて次の手を考えていると、
兵士の一人が開きっ放しの通信回線を通してエイプリルに質問した。その言葉を聞いて、彼女は驚いた。
『下にある他の救護所の兵から聞いたのですが、一部の兵が交戦していたようです。エイプリル様の御命令ですか?』
「いいえ、違いますわ。その兵に連絡はつきますの? もし可能なら、即刻撤退を命じなさい」
無線先の兵は落胆した様子で溜め息を吐き、これを言うのは気が乗らない、といった声で報告する。
『残念ですが、エイプリル様。銃声は途絶えているそうです。恐らくは……』
彼はその先を言わなかった。言いたくなかったし、言わなくとも分かったからだ。リーダーもそう出来るなら聞きたくなかった。
通信を切り、次のクッキーに手を伸ばす。思考は新型機との戦闘をどうやって制すかに向けられている。
銃撃戦では勝ち目は薄い。敵の五十口径ライフルに撃ち抜かれれば、最悪十二姉妹でも死ぬ。距離を取れば取るほど、危険だ。
なら近接戦闘を選ぶしかないのだろうか。エイプリルとしては、三人いるメリットを最大限生かせる戦い方を選びたかった。
銃撃と違い、一人が格闘している最中に二人目、三人目が加わるのは、そうそう出来ることではない。味方を攻撃しかねない。
やるなら二人は主に格闘する一人のサポートに回り、気を取られている内に背後から攻撃するのが精々だろう。
ジュライがいないのが恨めしかった。こんな時に彼女がいれば、ジューンとジュライの二人に相手をして貰うのも可能だというのに。
離反していなくなってしまった者をどうこう言っても仕方ないとは知っていても、考えることは止められないのだった。
その時、策を考える彼女を見ていたメイは、小さな異変に紅茶の注がれているカップへと目をやった。
エイプリルが使っていたその中には数センチの残り少ない液体が入っており、液体は波紋を作っている。
とうとう来てしまったか。メイはショットガンのフォアエンドを動かし、効き目の無い一粒弾を薬室に送り込んだ。
ジューンもナイフを持ち直す。エイプリルはドアを見つめて動かない。訓練場を走っているかのように規則的な足音は、
この部屋の前で止まった。静寂が辺りを包む。リーダーは三枚目のクッキーに手を伸ばす。ノック二回。メイは銃を構えた。

*  *  *

オーガストは最後の手榴弾を投げた。爆発して、瞬間的に辺りが照らし出され、敵の数人が倒れ、それで終わりだった。
自分が扱い慣れた武器が無くなった。自分が信頼する武器が無くなった。あるのはか弱い拳銃だけだ。十五発の九ミリ弾が装填された、
銀色の拳銃。バレルが剥き出しになっていて、銃に余り詳しくないオーガストは、それが壊れ易いのではないかという危惧を抱いた。
「撃たれた! 衛生兵!」
右腕を撃たれて、歯を食い縛って衛生兵を呼び、左手で撃ち返している兵がいた。オーガストはその兵士のところにしゃがんで行った。
身長の低いオーガストは、しゃがんで移動すれば伏せなくとも体を隠せるのだ。負傷兵から彼の銃を受け取り、弾倉も貰う。
拳銃も貰ったが、銃の種類が違ったので別々にして持つことになった。それには手榴弾を入れるのに使っていたポーチや鞄が役立った。
負傷兵は水筒の代わりに弾薬を持って行くタイプの兵士だったらしく、弾倉は度重なる戦闘を終えても多く所持していたようだ。
三百五十発の突撃銃の弾薬と二個の手榴弾を得たオーガストは、その兵士がしゃがんで撃っていたところから撃ち始める。
暗視装置を起動した彼女の目には、敵ギルド兵が昼間と同じように見えた。良く狙い、セミオートで的確に撃ち込んでいく。
数分の内に三名を倒した。敵の衛生兵が両手で二名を引っ掴み、物陰に引っ張って行こうとする。オーガストは彼には発砲しなかった。
彼女が行う射撃を見て、他の十二姉妹隊兵やコヨーテが彼女の狙う地点に同調させ始める。これは一定の効果を上げた。
バリケードの左翼、右翼からの火力集中により、一方からを防いでも別方向からの射撃に撃ち殺される敵兵が続出し、
恐慌状態に陥った彼らが艦の床に伏せて頭を上げなくなるまで、銃撃は続いた。頭が上がらなくなったのを見て、
オーガストは二つの手榴弾の内、一つのピンを抜く。一秒半待って、投げつけた。バリケードを乗り越えた兵が一名。
乗り越えようとして爆発に巻き込まれ、空に手を伸ばし倒れた兵が二名。何とか助かった一人は、向けられた大量の銃に戦意を喪失した。
銃を投げ出し、ヘルメットを傍らに投げ捨てる。コヨーテの貸してくれたライターの光を頼りにして、彼の拳銃とナイフを取る。
取った兵士がライターの明かりにナイフをかざすと、鞘には部隊の標語が彫ってあり、抜いてみると刃の腹にも小さく彫ってあった。
「『忠誠なくして勝利なし』」
読み上げると、敵兵は嘲るように鼻を鳴らした。そこにいる殆どの者が暗さの為に誰が彼を蹴ったのか分からなかったが、
鼻を鳴らしてコンマ数秒と経たない内に、彼は思いっきり蹴飛ばされた。オーガストが装甲服を掴んで立たせ、
十二姉妹隊の兵二人に護送させて、戦闘領域からこの捕虜を連れ出させた。ナイフは奪った兵士のポケットに放り込まれる。
敵の作ったバリケードを乗り越え進撃を再開する。オーガストの位置からだと、次の曲がり角で左に曲がれば敵が横腹を見せている筈だ。
最先頭をオーガストが進み、列の所々にはライターを灯したコヨーテがいて、はぐれることを防いでくれている。兵士たちは小走りで、
通路を移動していった。オーガストの目に曲がり角が見えて来る。手を挙げて隊列を停止させ、二三度振って八名の人員を、
伏せさせてにじり寄らせる。銃声が耳を劈いて頭が痛くなりそうなほどだったが、そのせいで敵は接近に気付いていない。
なけなしの手榴弾を投げ込めば、一網打尽に出来るだろう。小さいながらも有能な指揮官は地図を調べ、今撃滅しようとしている部隊が、
艦内に点在する階段の一つを守る最後の砦なのだと知った。もしやり遂げたなら、大手柄になる。そう思うと興奮した。爆発音。
悲鳴は聞こえなかった。オーガストはそれが自分の部隊の手榴弾が爆発したのかを確かめもせずに身を躍らせ、突撃銃と拳銃を乱射した。
コヨーテたちや他の兵士たちも、敵の横腹に銃弾を降り注がせる。真っ先にばかすか銃を撃ち始めただけあって、
最初に敵の全滅を理解したのはオーガストだった。手を振っても気付きそうには無かったので、大声で射撃中止を命じる。
喉が嗄れるんじゃないかしらと思うほどの声で二度三度命じ、やっと銃声は消えた。誤射されないように、味方だと言ってから姿を現す。
オクトの顔が見えて、オーガストは微笑んだ。あちらも笑って手を振った。握ったMP5が危なっかしくて、兵も笑う。
「よう、元気だったか?」
「くそっ、お前も生きてたのかよ」
兵、それにコヨーテも、何時間離れていたという訳でもなかった相手と随分久しぶりに会ったような顔で、互いの肩を叩いた。
自分たちの戦利品を見せ合い、罵り、これをしたのはコヨーテだけだったが煙草と酒を交換し、軍勢を整える。
オクトの隊は進撃中に何個かの懐中電灯を見つけていた。それを持った兵を先頭にして、階段を上る。光が鋼鉄を照らした。
「シャッターだ!」
隊員たちの目はオーガストに集まった。ちょっぴり誇らしげに、鞄から爆薬を取り出す。手榴弾は一個しか残っていないが、
爆薬ならまだまだ残っていた。彼女はそれをシャッターを吹き飛ばすのに使い、暗い中を駆け足で突っ込んでいった。後に続く兵たち。

*  *  *

アタシは自分を賢いとか、偉いとか、秀でているという風に思ったことは一度も無い。無いと思う。無い筈だ。
寧ろ、頭は良くない方だと自覚しているつもりだ。好戦的だと言われることも多いが、それも否定しない。
エイプリルの親友でいられるのが考えてみると不思議なくらい、突っ走って勝手なことをやるのだって全くその通りだ。
この辺にしておかないと長くなるので置いとくとして、アタシの自尊心、プライドを満足させる為に、幾つかのことを言わせて貰おう。
アタシは頭が良くは無い。理屈を捏ね繰り回して考えてると頭が痛くなる。ああいうのはエイプリルみたいなのに任せりゃいいんだとは、
何年もの間唱え続けてきた持論である。ニルソン様の大改造でもない限り、この訴えは何年経っても変わらないだろう。
でも、代わりにアタシは今までの戦闘で培った経験と、戦場の空気を読む能力を持っている。前線指揮官役には、これが必要なのだ。
その二つがあれば、状況の変化にも機敏に応じ、その時最適な決定を下せる。それらを持っていることはアタシの自慢でもある。
で。結局長くなってしまったのだが。アタシが今長々とそんな考えなくともいいようなことを考えている理由と言うのは、
目の前、数十センチ先で発生し進行中である正しい理解の及ばぬ何か得体の知れない探り合いだか話し合いと思われる会合の為だった。
数度のノックの後、円形テーブルに四つ目と五つ目の椅子を用意したエイプリルは、アタシを迎え入れる時みたいに妹を迎え入れた。
最も新しい妹、最も凶悪な妹、ある意味においては最も人間的な妹、そして、恐らく最も、十二姉妹の全てを愛した妹を。
彼女以上に十二姉妹を愛した者など、そうはいるまい。アタシの部下たちや他の隊員たちだって負けるだろう。
お母様やニルソン様に匹敵する愛だと思う。その愛のベクトルさえ正常なら、アタシもエイプリルも何も恐れることは無かったのに。
いつでも妹とそのお供を撃てるように銃からは手を離さず、体は椅子からぱっと立ち上がれるように前に気持ち傾け、左手は握り締める。
エイプリルは自然体に見える。警戒をしていない感じだ。親友の正気を疑わずにはいられなかった。この妹を前にして警戒を抱かない?
諦めたなんてことは有り得ないのでその点には懸念を抱くことは無いが、どういうつもりなのだろう。聞こうかと思った。
だがエイプリルはアタシに伝えなかったのだ。ということは、アタシが知らなくともいいか、言わなくても分かることか、どちらかだ。
彼女が自分に対して嘘を言ったり、手元に有り、必要とされている情報を伝えないなどということは、絶対に無い。
であるならば、アタシは知ることを求められてはいないのだ。少なくとも今は、まだ。そう思い至って、アタシは聞くのを止めた。
聞かなくてはならない時にはあちらから言ってくれる。それについてはアタシが判断していい領域ではなく、エイプリルの領域だ。
「何か飲むかしら?」
しかしこうまで暢気に話してられるとアタシとしてはどうも落ち着かない。相手はアタシのどてっ腹に抜き手ぶち込んで貫通させた奴だ。
敵である。どう見ても敵である。どんな奇跡が起こったって、敵にしかなりえない存在だ。そもそもの行動理由からして敵なのだ。
十二姉妹を全員倒してハンティングトロフィーにしたい──彼女はエイプリルとの話の中ではっきりとそう言った。
臆すところ無く、これが私の目的の全てだと言い切った。言い切られた時のアタシの焦りようったら無かっただろう。
普通そんなことをトロフィーにされる相手には言わない。いや、アンドロイドをハンティングトロフィーにしようと思わない。普通は。
まあこの妹が普通じゃないことなんてとっくに分かってることで、焦ったアタシが馬鹿なんだってのは解せないことではないのだ。
彼女を見ていると腹が疼く。貫かれた部分に、染み込むような痛みを感じる。貫かれたボディは交換した。そうだ、取り替えた。
なのにあの感触は離れない。忘れ去れる訳が無いのだ。あの刑務所で、RPGに吹っ飛ばされた時の方がマシだった。
あんな場所にあんな異物が侵入してくるのを体感した十二姉妹はアタシだけだろう。こんな体験は他の誰にもさせたくない。
「何がありますの?」
アタシよりも輝く銀髪を指で弄んでいる。アタシは、その行為を緊張を紛らわす為のものだと適当に推測した。
彼女の持った姉に対する凶器じみた愛情と敬慕は真実だ。妹は十二姉妹のファンで、アタシたちは十二姉妹。緊張しないのがおかしい。
視線を、横のちょこんと腰を下ろしている年末型に向ける。体感的な時間における長い観察で分かったが、この年末型の髪の毛は特別だ。
年末型に関する報告は、頭から爪先まで、ありとあらゆる情報を詰め込んだものだったが、髪の毛の点で彼女と従来の年末型は異なる。
やはり妹のお供となると、彼女の個人的な相棒という側面を持つようになるのだろう。三つ編みか。似合っている。
今度本物にもやらせてみようか。しげしげと観察していると、彼女は居心地が悪そうに身じろぎした。あっちもこっちを見ている。
「緑茶や烏龍茶、それに紅茶も各種取り揃えてありますわよ。ああ、これも忘れてはいけませんわね」
服の内側にでも入れていたのか、エイプリルは蒸留酒の入った小瓶を取り出して軽く振って見せた。新型機はくすくす笑う。
何がおかしいのか、彼女は上品に口元を手で押さえ、笑いを止めてから柔らかい声で言った。
「お姉様、未成年の飲酒は法で禁じられていますわ」
なるほど確かに、妹の生誕からは二十年経っている筈が無い。アンドロイドにとって年齢に意味は存在しないが、尤もな話だ。
エイプリルも妹の冗談に口を緩めた。生真面目なジューンは分かったような分からないような顔である。耳打ちしてやろうか。
止めた。冗談を他人から解説して貰うことほどつまらないことは無いし、アタシも上手く説明出来るとは思わなかったからだ。
にしても、本題に入るのはいつになるのだろうか。展開速度は、このまま話していれば戦争が終わる頃に本題に決着がつく程度の早さだ。
その間七十名前後連れて来たらしい他の年末型をずっと廊下に立たせっ放しにしとくのもアレだ。何というか、問題だろう。
「それでは、紅茶を淹れましょう」
「ありがとうございます、お姉様」
エイプリルが席を立った。あっさり背中を見せて、ポットを持って用意しにいく。唖然とした。エイプリルもエイプリルだが、妹も妹だ。
もしもアタシが新型機の立場にあったなら、即座にサーベルで斬り掛かるとか、ライフルを発砲しようとしただろう。
背中を見せるだなんてアタシには不可能だ。エイプリルに言われるか、お母様に言われでもしない限り、何が有っても拒否するだろう。
アタシは自分が臆病であることを認めるのにやぶさかではない。何と言われたって、嫌なことは嫌だし怖いことは怖いのだ。
だけど、エイプリルは、親友はそうした。くるりと後ろを見せた。隙が有った。妹はそれを見もしなかった。銃やサーベルになど、
ちっとも触らなかった。クソったれ騎士道精神って奴じゃない。これはアタシの予想だが、こいつはお話をしたがってるんだ。
取るに足りないような、十二姉妹が普段やってる掛け合いや冗談の応酬や雑談を、自分もやってみたいと思っていやがる。
分からない。分からない。分からないぞ畜生。井戸の底を覗き込んでる気分だ。見通せない黒く濁った水が静かに満たされた、深い井戸。
妹はエイプリルから目を離してからは、アタシやジューンを見ている。胸の辺りに視線を感じて、嫌な気分だった。
気付いていないのだろうが、にやにやと顔がだらしなく緩んでいる。視線を向けていることを隠そうともしていない。
何とまあ、不貞の極みだろう。アタシの居心地も年末型と同一のそれだ。まだるっこい言い方をしなければ、居心地は最悪である。
そんなに見て楽しいのだろうか。楽しいのかもしれない。そういう楽しみが無いとは言い切れない。試したことが無いからだ。
ここは一つ同じことをやってみるとしよう。エイプリルが帰って来るのが遅いし、何か有っても彼女が悪いのだ。
じーっと膨らみを見つめてみた。この服どうやって着たんだろうと思うくらいに膨らんでいる。でかい。ジュライに匹敵するでかさだ。
視界の端に映る妹の顔をちらっと確認する。頬に朱が差していた。うわぁ……心の中で漏らす。やらなくてもいいことをやったかも。
が、やり始めたことを途中で放棄するのはアタシの好むところではなく、やり遂げるまで嫌でもやるのが今まで貫いてきたやり方だった。
今回だけ、特別にしてしまうのは良くない。とっとと特例にしてしまって目を逸らして顔も背けたいけど、良くない。
赤と黒の服を見つめ続ける。関係無いが、いつだったかジューンかエイプリルが赤と黒っていう本を読んでいたのを思い出した。
身をくねらせ始める妹。自分の体を抱き締めて、はにかんだ感じの笑顔でくねっている彼女を見ると、幸せだなあこいつとか思える。
ジャニアリーが嫉妬しても仕方ないレベルの胸を注視し続ける。くねりが止まって、息が荒くなり始めた。何こいつホント。
アタシも段々何やってるんだか分からなくなってきた。ジューンも何も言わないのはどうしたことかと思えば、年末型と話し込んでいる。
声を出して突っ込みたかったけど我慢して心の中で行う。敵と仲良くする奴があるか。年末型もジューンも普通に話してるんじゃねえ。
こんな状況だけど敵だぞ敵。認めたくないけど強い敵。なのにお茶会開いて仲良くしようとしてやがる。妹は相変わらず荒い息。
や、より激しく荒い息を吐くようになった。びくびくと時たま痙攣するような動きを見せる。もう嫌だこんな妹。前代未聞だよこんなの。
どうやら、アタシは常識人は生きていけない世界に放り込まれたらしい。ジューンは常識人だと思っていたが、そうでもないみたいだ。
隠れロリコンめ。グレイスランドでオーガストを背中に背負ってた時、いつもより表情豊かだったのはそのせいか。気付きたくなかった。
と、新型が動いた。戦闘に移ったのではなく、背中を反らし薄く目を開き、大きく痙攣しながら微笑の形のクレバスを作ったのである。
本音を言うとアタシはこの部屋から退出してしまいたかった。現在桃缶開封に使用中のジューンのナイフを奪い、妹に投げつけたかった。
だけども親友が戻って来ては逃げることも出来ず、アタシは妹のでかい胸を眺め続け、妹は背もたれにもたれて息を吐き続けるのだった。
誰か、助けてくれと心から願ったのは、初めてかもしれない。

*  *  *

防衛線が崩壊した! 報告はペトルッツィのところにまず届いた。彼はぎりりと音を鳴らせながら、歯を噛み締めた。
迅速に命令を下し、新しい防衛線の構築を急ぐ。彼にとって幸運だったのは、情報が部下の戦意を失わせるには到らなかったことだった。
ペトルッツィが命令を出してから数分もしない内に、オーガストたち十二姉妹を含む部隊が構築した防衛拠点からの攻撃を受け、
釘付け状態にあるとの報告が来た。艦長は喜色を隠そうとは思わなかった。十二姉妹を一挙に四人も殺せれば、戦局は粛清部隊に傾く。
心の支えが一挙に四つも無くなるのだ。戦意を低下どころか、士気崩壊を起こさせることも不可能ではない!
無論ながら十二姉妹の戦闘能力を考えるに殺害は生易しいものではないが、彼女たちだって傷つくし、死ぬことには間違いが無い。
それにつけてもアンドロイド隊の裏切りは許せることではない。あれがいれば、防衛は百倍も簡単になっただろう。
新型機ならばその大火力でバリケードごと敵を撃ち抜けただろうし、十二姉妹のボディも易々と破壊せしめることが出来ただろう。
焼夷弾で敵を焼き尽くしもしたに違いない。彼女の部下たちの働きだって、無視出来る大きさではないのだ。
何故彼女が裏切りなどしたのか、ペトルッツィには分からなかった。裏切れるとさえも思っていなかったのだから。
人工脳に欠陥があったと考えるのが分かり易い上に納得もし易い。研究者と開発者たちには死なない程度に酷い目に遭って貰おう。
とはいえ、無事に帰られるかどうかも不明な今となっては、そんな言葉は無駄なだけだった。ペトルッツィは心の何処かで、
勝てる訳が無いと諦めてしまいそうになっている自分を認識していた。その証拠に、逃げる算段は整えてあった。
保険もある。ペトルッツィがマダム・マルチアーノとニルソンから掠め取った技術やノウハウ、それにアンドロイドの設計図。
人工脳の製造には色々な方面の専門的知識が無ければ失敗する。ニルソンという男は、どうやら完全に一人でそれをやったらしい。
マダムの邸宅にあった資料が、彼の超人的な活躍を裏付けていた。調査班は驚きと強い疑念を隠さなかったが、それは真実だったのだ。
それらをギルドに渡せば、自分の立場は確固たるものにとは行かないにしても、断罪されることは防げるだろう。
生き残れば次のチャンスがある。次のチャンスがあれば、勝利の可能性が存在しても構うまい。まあ、敗北の可能性もあるのだが。
ペトルッツィは立って死ぬより、這いつくばって生き残り、いつか訪れる再起の時を待つ類の男だ。最終的な勝利を諦める?
そんなことがある筈が無かった。死の間際に到ってさえ、彼は次の勝機を作り出す為の行動を考え、実行に移そうとするだろう。
彼の生き方は他の誰もが薄汚い生き方であり、誇りが無いなどと罵り嘲る生き方だったが、彼は鼻に掛けもしなかった。
ギルドには誇りなど存在し得ないというのが彼の考えであったからだ。その点においてはマダムや姉妹と考え方も似ていたが、
彼とマダムたちの考えには一個の大きな差異があった。彼はどのような方法によってもギルドが誇りを持てることは無いと思っていた。
不屈の意思を胸に抱いたこの男には、クリミナル・ギルドであるという時点で、誇りを持てるとは思えなかったのである。
かといって彼がこの仕事を嫌っていたかといえば、そうではなかった。彼は自分や自分の手腕などに誇りを持たない。
であるから、略奪、破壊、凡そ人間の闘争本能を悦ばせ、快楽に誘う諸々の行為を行っても、喜びこそすれど恥など感じなかった。
端的に言えば彼は好きだったのだ。この仕事も、この立場も、ギルドにいることも。好きだったが、誇りだけは抱けなかった。
『艦長、こちら艦橋です。L拠点が危険だとの報告により、E拠点から一個分隊を派遣します』
「許可する」
無線機は引っ切り無しにこんなやり取りを運ぶ。艦橋の人員は大忙しだろうという予測に、事実との違いを認められる点はないだろう。
この頃になると、放置していた弾薬や水、食料などが各拠点に移動させられ、ペトルッツィ指揮下の兵の戦闘能力は回復しつつあった。
比べて十二姉妹兵は補給が乏しく、相次ぐ激戦に疲れ切っており、医薬品も残り少ない。衛生兵の数だって、不足している。
いつ撃破されてもおかしくない状況で彼らに苦境を耐えさせているのは、信念と十二姉妹への忠誠や愛、それに仲間を裏切りたくない、
失望させたくないという想いのみだった。それだけを頼りに彼らは銃を握り、手榴弾を投げて、死に、生きるのだ。
強い敵だ。ペトルッツィはそれを認めることに拘りを持たなかった。事実は事実だ。彼らは本当に強いのだ。理由は理解出来ないが、
理解出来ないにしてもその理由とやらが彼らをここまでに仕立て上げたのだというのは、明瞭な事実に他ならなかった。
不意に視界が明るくなった。ペトルッツィは驚き、それから強い光を直視してのたうちまわった。艦橋で制御した筈の光が復活したのだ。
彼は無線機を掴んで回線を開いた。答えはすぐにやって来た。無線連絡を担当していた兵士が叫んでいた。
『艦橋に十二姉妹が到達しています! コントロールを一部奪取され、現在応戦中! クソったれ、クルト、あの売女の刀を──』
目を押さえながらペトルッツィは無線機を取って立ち上がり、そして気付いた。艦内で暗視装置を使っていた兵士たちがどうなったのか。

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最終更新:2008年05月12日 21:06