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ペトルッツィの危惧は一部的中し、一部は外れた。彼らの暗視装置に取り付けられたフィルターが、予想以上に働いたのだった。
上手く作動しなかったらしい兵士は目を焼かれて跳ね回り、涙を流してそこら中に倒れたけれど、殆どの兵がフィルターにより、
光量の調整どころか暗視装置を瞬時に解除されて、普通の視界を取り戻した。彼らは戦いを続けた。
寧ろ、コヨーテたちの方が大変な状態に陥っていた。暗闇に慣れてしまった目は、光に耐え切れなかったのだ。
前が見えなくなって、慌てて伏せる者が続出した。そうしなければ撃たれてしまうと思ったからだった。それは正しかった。
コヨーテたちと攻防戦を繰り広げていたある拠点では、好機と考えて手榴弾を投げ込んだ粛清部隊兵がいたが、
運悪くそれはある一人のコヨーテの頭を直撃し、激昂した彼はそれが何なのか分からないまま手榴弾を思い切り投げ返した為、
敵を殺すには到らなかった。彼は知らず知らずの内に十二姉妹隊全体を救っていたのである。
戦闘は一時的に沈静化したが、すぐに以前よりも激しくなって再開された。コヨーテたちにも見えるようになったからだ。
十二姉妹隊の兵士は水を得た魚のように、最小限の弾薬を使って、最大限の効率で敵を撃破し始めた。
彼らが一度指をくいと動かす度に、銃口の先にいる粛清部隊兵の一人や二人が体を押さえて倒れる。コヨーテも負けじと射撃する。
光が戻って来たことで、反逆者たちの士気は上がっていた。負傷して倒れていた者まで、傷に包帯を巻いて銃を取る。
押しては押されの膠着状態は、崩れつつあった。どうかすると、十二姉妹隊に傾こうとする。粛清部隊兵は必死に、それを阻止する。
彼らにとって敗北とは死に他ならない。ここまで追い詰められたのに降伏もせず戦うことは、敵の怒りを買う行為だ。
それに、彼らは粛清部隊。通常部隊の兵士からは忌み嫌われる存在だ。味方殺しの仕事を任せられる、汚い部隊と汚い兵だと。
粛清部隊の兵士は通常部隊の兵士に比べて精鋭が揃えられているが、それも通常部隊の兵の嫉妬を買って、嫌悪に拍車を掛けた。
退く場所は彼らに残されておらず、だが銃を捨てて両手を挙げ前に出れば殺される。銃を手に前へ進み、相手を殺して生き残るしかない。
実際には十二姉妹隊の兵は彼らを無闇に殺す気は無かったし、コヨーテたちだって姉妹隊の者が言えば殺したりはしなかったろう。
けれど、彼ら粛清部隊の兵士にはそれを確かめる術が無かった。そんな時信じるのは誰か。敵だった者か、長らくの味方か。
誹謗中傷が作り出した閉鎖的な彼ら自身の世界も決定に影響した。彼らは彼らの部隊しか信じないことに決めたのだった。
銃声、銃声、銃声、銃声、銃声! それに何度も何度も罵声を乗せて、敵の方向に死を送り込む。時には当たり、大抵は外れる。
だというのに反撃は的確で、敵のものだと感覚的に聞き分けられる銃声の後には、必ず誰かが痛みに声を上げ、床に倒れるのだ。
バリケードの裏側は血の海が広がり、手当ての甲斐なく、撃たれてくたばった何人もの彼らの同胞が横たわっている。
最初の内は彼らの目を閉じさせ、規則正しく並べていたが、戦況の推移に従って乱雑に置かれるようになった。彼らにも余裕が無いのだ。
ペトルッツィが思うほど、彼らの数は多くない。戦闘能力の回復は彼が思ったくらいに発生しているが、数が足らない。
弾薬も水も医薬品も食料もある。でも、銃を持つ腕が足りないのだ。それでは勝つことは難しい。衛生兵も辛うじて足りている現状だ。
バリケードと壁の接点に、死体を重ねて壁をもう一つ作り発生させた安全地帯に置いた無線機は、別の防衛拠点の戦況を伝えている。
そこも旗色は悪いようだった。無線音声の端々に罵り声と銃声、爆発音、悲鳴が混じって聞こえて来る。本当に非道い状態なのだ。
兵の一人が弾薬箱に手を突っ込んで、バナナ型弾倉を何本か取り出す。バリケードに背中をくっつけてしゃがみ、空弾倉と交換。
途中に銃撃が彼の頭上を通過したり彼の頭の後ろに着弾して衝撃を伝え、彼は頭を低くした。弾倉交換を終え、ボルトを引いて初弾装填。
遮蔽物から銃だけ突き出して撃ちまくる。銃を振って乱射していると、強い衝撃が体中を駆け巡って、発砲が止まった。
銃を戻し、ボルトを引いて不発弾を薬室から出そうとする。出ない。どんなに出そうとしても出ないので、彼はその銃を投げ捨てた。
拳銃を抜き、それを発砲する。装甲服を貫通する威力は無いが、今の状態の敵兵なら拳銃でも殺せるのだ。コヨーテは言うまでもない。
弾倉の弾丸が切れた。弾倉を固定する爪を指で押して、落とす。新しい弾倉を嵌め、スライドを軽く引いて戻す。
と、死んだ戦友が持っていた突撃銃を積んだ山が目に入った。彼はそれを使うことにした。一つを掴む。横の戦友が叫んだ。
「そいつは壊れてる!」
違う一挺を取る。ボルトを引いて薬室を確認。空だ。新しい弾倉が必要だ。探そうとすると、別の戦友が言った。
「その銃は駄目だ」
何が駄目なのかはすぐ分かった。銃身の反対側を見てみると、弾丸が命中している。これでは撃てても自分や周囲が危険だ。
それを破損が分かるように置いておき、更に一挺取った。これは何処にも異常が無い。大丈夫な筈だ。
「だから、それは駄目だ!」
自棄になって三挺の銃を掴み、バリケード越しに敵に投げつけた。気でも狂ったのかという目で仲間に見られて、彼は不貞腐れた。
まともな銃はそれから二挺ほど壊れた銃を見つけた後に、戦友の手助けでようやく発見された。

*  *  *

話してみると、年末型アンドロイドというこの敵は、オリジナルより余程大人で冷たくて、静かに滾る狂気に心身を染めているのだった。
セプのいなくなった今、オリジナルの三人組の主たる保護者を務める私としては、理屈とは別の点で感じるところあって、
オリジナルとは全くの別人、根本根底存在理由からして違うとは言えど、こんないずれ擦り減って破滅するような生き方をする彼女を、
私心をたっぷり含んでいるとは分かっていたが、見ていたくは無かった。きっとこれは、誰が観察したって同じだろうと思う。
ジャニアリーもあれでオクト、ノヴェ、ディッセとは仲がいい。セプがいた頃は、セプが母親で、ジャニアリーが父親だと笑ったものだ。
時々、同じレベルまで下がって艦内中を追い掛け回るところは頂けないが、そういう遊びが可能な相手が必要であることに異論は無い。
唯一心底から冷笑的な態度を取りそうな存在がマーチだが、彼女だってこの少女を見れば考えを改めざるを得ない筈だ。
実際にはどうであろうとも、せめて私個人の考えの中ではそう思いたい。ジュライのことは、今は考えないことにした。
彼女のことを考えると心が乱れる。今は冷静な思考が求められている時だ。いつ目の前の少女を殺すことになるか、分からないのだから。
その時が来れば、私は瞬き一つせずに、私の敵、マルチアーノ十二姉妹の敵を無慈悲に殺害しなければならない。私と、私たちの為に。
だというのにジュライのことを考えて心を揺れ動かしていたりなどしては、本来の任務が果たせなくなることもあるだろう。
桃缶を開封し、警戒心を一向に隠さない年末型と一緒に食べる。無表情に口へと放り込む様子は、見ていて心が非常に痛む。
恐らくはそういう風に作られてしまったのだろう。間違いであり、実はオリジナルと一寸も違わぬ味覚回路を得ているのかもしれない。
後者であることを望むしか私に出来ることは無い。ただ、希望は持てるようだった。彼女は二三度咀嚼すると、自分から食べ始めた。
オリジナルの三人組と同じ嗜好を持っていることは偶然なのだろうか。それとも、ひょっとすると桃缶などは初めて食べたのだろうか。
私たちアンドロイドには、はっきり言って食事の必要は一切無い。私たちにとってそれは単なる娯楽、楽しみの内の一つである。
けれど、食べれば食べるだけ食費というものが発生する。これは自然かつ当然なことで、会計担当の兵の頭を悩ませることも多々あった。
粛清部隊は彼女たちに無意味な娯楽を持たせ、それによって発生する膨大な食費を喜んで受け入れるか。答えは、いいえ、だ。
隊の兵士の中には彼女たちに興味を持って、食事に誘う者もいただろう。知らないけれど、いたのではないかと推測出来る。
共同作戦を行う以上、相手のことをお互いに知っていなければならないという風に考える人間は多いし、私たちもそう思うだろう。
そんな場合、彼女たちは食べる。食事をする。食堂に行けば食事は得られるからだ。でも私の私見としては、食堂食は美味しくない。
調理兵は何処の部隊でも味を向上しようと頑張っているが、どうしても栄養の方に目が向いてしまうのは仕方ないことだ。
味ばかり良くて栄養が無いでは、戦闘部隊は動けない。逆の場合は大いに文句が出ながらも働けることは働ける。
第一、人数が多いから、余り高い食材は使えない。イコール、味のいいものも使えない。腐り易いものも駄目だ。航海は大抵長いからだ。
冷蔵庫に入れておけば持つという話もあるが、冷蔵庫がいつまでも使えるとは限らない。壊れることだって考えられる。
徐々に破損の程度が大きくなって行った場合など、冷蔵庫内部の温度が上昇し、生魚などに有害な菌類が繁殖することも考えられる。
完全に使えなくなる訳ではなくなるから性質が悪い。臭いや色、何かで判断出来る兵ならいいが、料理を知らぬ新兵が調理担当の場合、
運が悪ければ集団食中毒を起こしてしまいかねない。更には病気が蔓延することも予測可能だ。過去には別の部隊で新種の病が発生、
隊の約三分の二が死亡したというとんでもない事件も発生している。……まあ、それは極度にどうでもいい話なのだが。
気付けば、年末型は物欲しそうな顔で私を見ていた。警戒心は緩んでいる。桃缶の強さを思い知る。まさかここまであっさり変わるとは。
私はもう一つ持っていた桃缶を開けることにした。さっきから顔が赤い新型が、私をちらちら見ている。いや、私ではなく、私たちだ。
彼女の視線はメイと私、または私と年末型に向けられている。私は生憎と視線一つで相手の感情を察することが出来る類の存在ではない。
つまり、鈍感な方なのだ。これでも日々努力はしているのだが、ちょっとした仕草や顔の筋肉の動かし方で相手の感情を読むなど、
私にはとても無理な気がする。やはり口がついているのだから口で言えばいいのだ。言えないことも沢山あるけれど。
それは兎も角、新型の顔は面白く無さそうな感じだった。エイプリルと話している時は深く静かな興奮と喜びを得ているようだが、
どちらかと言うと年末型に対して、敵意に似た感情を向けているのを感じる。私が分かるのだから、ただごとではない思念の放射だろう。
エイプリルもメイも気付いていて然るべき態度だ。年末型は至って平気らしく、何処吹く風という様子である。
仲間割れを始めても納得してしまいそうなこの状況に、私は不安を抱き始めた。メイの方を見る。一言で言えば変な顔で新型を見ていた。
「さて、そろそろ本題に入った方が良さそうですわね」
エイプリルが口を開いた。今までは本題ではなかったらしいので、安心する。紅茶を飲んで桃缶食べてが本題だとは思いたくない。
興味深そうな顔で妹はカップを持ち上げた。口には持って行かずに、顔の前で手を止め、匂いを楽しんでいる。
この部屋を漂う上品な香りは、私の鼻を優しくくすぐった。いい匂いだ。妹が飲まずに楽しむのも分かる。
彼女は名残惜しげに口をカップの縁につけた。音を立てるような真似はせずに口内に入れ、目を細め美味しそうに舌で転がして飲み込む。
カップはちん、と小さな接触音を立てて、皿の上に置かれた。エイプリルは彼女が楽しみ終わるのを待っていたのだろう。
そこまで早口だった訳ではないが、普段よりも心持ち早めの口調で言った。私とメイはその言葉の内容に、身構えた。返答次第で戦闘だ。
「私からあなたへ、頼みがありますの」
が、私たち二人、もしかしたら三人はまだまだ甘かった。妹の狂いっぷりを知ってはいても、理解出来ていなかった。
あんなのを理解したらそれはそれで色々問題があるような気もするが、私たち二人はそもそも身構える必要など、考えてみれば無かった。
何故なら、この姉を一心に慕う妹が、一種の崇拝にも似た強さの尊敬を抱き、心酔する相手の頼みを、断る筈が無かったのだ。
彼女はエイプリルの言葉を聞いてすぐに言った。前の一言だけだ。頼みがあると言ったそのただの一言だけに、こう答えた。
「お受け致しますわ、お姉様」
内容も聞かずに受諾宣言である。私は彼女の思考回路がどうなっているのか確かめたい衝動に駆られた。ニルソン様に見て貰って、
どういった欠陥が、どういった破損が妹をここまで妄信的な狂信者に変貌させてしまったのか、知りたくなった。だが、知る術は無い。
流石のエイプリルも、彼女の言い放ったこの答えには戸惑いを感じているようだ。ここまでのものだと感心する、なんて顔をして、
彼女の盲信振りをあれこれと考察していると見える。と、エイプリルは考察を打ち切り、取り敢えず話を進めることにしたみたいだった。
「聞かないんですのね、頼みの内容を」
「いえ、お聞きします。けれど、お姉様の頼みなら、内容の如何に関わらずお受けしますわ」
「それでは、私たち十二姉妹の一員としてあなたを迎えたい、と言ったら、どうしますの?」
意地が悪い質問だった。妹は既に、姉の頼みなら内容は如何なるものでも受諾すると言ってしまっている。
それを承知したエイプリルは、彼女の目的と彼女の言葉を天秤に掛けさせたのだ。意味の無い遊びだが、意地は良くない。
あからさまに楽しんでいる様子を見せるリーダーと対照的に、本気で困り始める新型。彼女を見ているとどうにも敵とは思えない。
余りに平然とし過ぎている。余りに余裕が有り過ぎている。まるで自分が死ぬことを考えていないか、死んでもいいと考えているようだ。
いつだったか、何処かの星でギルドに敵対的な宗教的テロリストグループと戦闘を行ったことがあったが、彼らを思い出させた。
彼らは彼らの神に祈り、彼らの神に勝利を誓い、さもなくば死を誓う。夜陰に乗じて円陣防御に大挙して自爆攻撃を仕掛けて来たものだ。
彼女にとっても彼らにとっても、死は大したことでは無かった。後者に至っては、戦って死ぬことは大変な名誉だった。
冗談交じりに彼らの教義を教えてくれたある兵に聞いたところでは、戦って死んだ勇敢な戦士の魂は天国行きの始発電車に乗れるらしい。
電車は勿論冗談で彼らの聖書では馬車だったが。日に三度、馬車は天国と地上を往復するそうだ。その時間、彼らは戦闘中でも礼拝する。
馬車が天を駆けると言う方向に膝を折って祈りを捧げる彼らを見て、私たちは理解の範囲外にある存在への恐怖を論じ合ったものだった。
散々悩んで、新型は答えを出した。どう答えても自分の前言を最低でも一部は翻すことになるので、それを謝した上で彼女は言った。
「それは、お断りするかもしれませんわ」
断定しない辺りに彼女の苦悩が窺えて、エイプリルはそれが面白かったらしい。くつくつと笑って、妹の心配を否定した。
「正直ですのね。心配は要りませんわ、死の天使は後でも先でも十二姉妹、十三人目は必要ありませんもの。
 頼みと言うのは、一時的に手を組まないかということです。粛清部隊を撃破するまでね」
さり気なく凄く重要なことを言ったもので、私は聞き流してしまうところだった。今、彼女は何て言ったんだ?
落ち着いて、音声記録を再生してみる。駄目だ、何度聞いても私にはエイプリルがこの妹と手を組もうとしているようにしか聞こえない。
正気の沙汰とは思えぬ所業である。けれども考えてみれば、彼女がこれを断るということは考えられない。ある点では非常に正しい。
問題なのは、正しいことが常に正気の行いと言えるかどうかについては諸説あるのだということだ。私はこれを狂気だと思う。
「それなら一片の迷い、躊躇、躊躇い無しにイエスと答えましょう、お姉様。彼らを撃滅し、然る後、私とお姉様たちとで」
「ええ、そうなりますわね」
物騒な話を勝手に繰り広げ始める妹。エイプリルはそれに頷き返す。そんな簡単にそれを認めていいものだろうか。
こうしてはいられないとばかりに、新型は紅茶を注意深く飲み干してから徐に立ち上がった。年末型は桃缶を持って彼女の横に立つ。
しっかりと自分のナイフを使って口に頬張っているのが、それまでの無機質な殺人人形的存在であった従来のイメージを払拭してくれた。
最終的には敵であることには変わりはないが、あのイメージは好きなものではない。あんなマリオネットもどきのイメージなど。
新型は年末型から一切れの桃を強奪して食べてしまうと、抗議を鉄拳制裁で封じて、ドアの前まで移動した。それから振り返る。
「お姉様の部下に私たちを撃たないように伝えて下さい。お先に向こうに行って、お待ちしております。では、失礼致しますわ」
エイプリルがまたも頷く。最後に背中に一言掛けた。
「気をつけなさい」
嬉しそうな返答が帰って来て、新型は年末型と一緒に外に出た。ドアが閉じられる。暫くして、救護所に閉じこもっていた兵たちが、
アンドロイド部隊が引き返していくことを報告してきた。エイプリルは手短に彼女たちとの現在の関係を伝え、発砲するなと言った。
何人かの兵士とコヨーテは仲間が彼女たちに殺されたことは確かだと言って反抗したが、二度目の命令にまで逆らうほど、
コヨーテは救いようの無い大馬鹿ではなかったし、十二姉妹隊兵士の忠誠心は一ミリだって揺らぎなどしていなかった。

*  *  *

オーガストとオクトたちの部隊は苦境に陥っていたことを、後に生き残ったその部隊の誰もが認めた。コヨーテたちさえも嫌々認めた。
彼ら彼女らに爆発物は数少なく、オーガストのそれも、設置型の爆薬などしか残っていない有様であった。
銃弾も不足しており、死んだ敵はもとより、傷ついて動けない仲間の弾薬を取り、それを撃たなければならないほどだった。
一階層下まで降りて敵の弾薬を回収してこようとした者が二人いたが、彼らが地面に伏せるには一秒だって掛からなかったろう。
敵の銃火は、これまでに無いほどの強さだった。頭を上げればやられる。何とか部隊が身を隠せるバリケードがもしなかったならば、
部隊は良くて壊滅していたか、一人残らず殺害されていたに違いない。オーガストたち十二姉妹含めて、ペトルッツィの願った通りに。
形勢は、その地点においてのみ、逆転していた。撃たれるのは十二姉妹側で、撃つのは粛清部隊兵たちだった。反撃も出来ない。
無線機を持っている兵士は頭を腕で抱え込みながら応援を要請しているが、何故か冷静なままのオーガストは、無駄だろうと思った。
何処も、誰も交戦中だ。それに、今は生身の兵士の出番は無いだろう。あるとすれば、十二姉妹の出番だ。強行突破か、地道な狙撃か。
どちらを選ぶにしても、兵には難しい行動だ。撃たれれば死ぬ体の彼らには、そんな無駄死にの危険を冒させることは出来ない。
オクトの方を見る。彼女たちは三人で固まってはいたが、抵抗はばらばらなもので連係が取れていない。あれでは有効打を与えられない。
彼女自身もどういう思考を経てそんな行動に走ったのか後でも分からなかったけれど、オーガストはオクトたちとこの逆境を破ろうと、
強く決意した。指揮官は恐れを抱いている姿を兵に見られてはいけないし、顔に出してもいけないという暗示のような彼女の考えが、
そういった無謀な行為を取らせたのだろう。手榴弾も無いし、爆発物も手間の掛かるものだ。銃弾は少ない。でも、やらなくては。
実際には既にこの時エイプリルと協定を結んだ新型が、宇宙港に向かっていたジャニアリーを乗せた装甲車と接触しており、
あわや戦闘になりかけたがリーダー二人の迅速な命令により彼らは互いに戦闘を中止、姉妹兵は装甲車を返し、
新型と六人の年末型は最高速度で彼女たちの元に突っ走っていた。だから、精々十数分、彼女たちは待っていれば良かったのだ。
エイプリルはそれを無線連絡で通信兵に行った。彼女は失敗、ミスをしなかった。オーガストに伝わらなかったのは彼女の責任ではない。
頭を腕で抱え込んでいたせいで視界が狭くなっていた彼は、手榴弾に気付かなかった。銃声で耳も遠くなっており、
床に当たる音も聞こえなかったのである。けれど、それは彼を救いもした。無線機を体の前に置いていたのもそれに手を貸した。
多くの破片は無線機に穴を開け破壊し、残りの破片は喉と腕を貫いた。それで、彼は喋れなくなった。爆風も無線機と彼の腕が防いだ。
衛生兵が匍匐前進でやって来て彼に治療を施す。喋ろうとしたり、手で衛生兵の肩を叩いて信号で伝えようとするが、押さえ込まれる。
やがて意識が薄れて、彼は気を失った。オーガストが盲滅法の援護を受けながらオクトたちとバリケードを飛び出す数十秒前だった。
赤い服と白い服が、バリケード上部を蹴って躍り出る。十二姉妹隊の兵士たちは当てることを考えず、制圧射撃を果敢に行った。
顔の前で肘を交差させ、敵の銃弾を弾く。体を前に傾けて、着弾の衝撃で倒されないように気をつける。
敵の弾丸が彼女たちの命を奪うことはなかったが、服はそうでも無かった。シルクハットが撃ち抜かれ、宙を舞う。
それを、オーガストは左手一本で見もせずに勘だけを頼りに掴み、頭に被り直す。オーガストが跳んだ。オクトたちも跳んだ。
粛清部隊側のバリケードに着地し、爪先を立てて滑り降りる。四人は敵の真ん中に立った。次に何が起こるかは、誰にも分かった。
拳が、銃床が、足が、四人を襲う。彼女らはそれを避け、受け、反撃する。兵士たちは黙って見ている気にはならなかった。
自分たちが敵の死体から銃を奪った時に銃剣も取っていた多くの兵は、着剣する。コヨーテなどの持っていない者たちは、
スリングを外し自由に振り回せるようにした。てんでに飛び出す。粛清部隊の兵士たちも気付いているが、目の前の脅威に対応出来ない。
敵バリケードへ走る内に、兵とコヨーテたちは横列を作る。足並みを合わせた。破れかぶれに敵が発砲する。一人が倒れ、一人が入った。
列が敵の遮蔽物まで到達する。彼らは銃を引き、突き出した。オーガストたちとの格闘に気を取られていた彼らの大半が突き刺された。
が、奇襲的な行動もそこで終わりだった。生き残った敵兵はバックステップで距離を取り、素早く着剣する。銃剣が互いに向けられた。
戦闘開始のゴングは鳴り響かない。始めの合図を嗅ぎ取ったのは、ただそうなのだと理由無く確信する何かの為だ。
敵の銃剣が突き出される。味方に当たるのを恐れて、どちらも斬撃は使おうとしない。銃床もリーチが短いので、好んでは使わない。
銃のバレルを払い、隙に銃床か銃剣を突き込む。何度もそんなことが起こった。前の敵を倒した兵が、横の敵兵を突き刺すこともあった。
撤退を叫ぶ敵兵の背中に、容赦など無く鋭く光る致死的な暴力が差し込まれる。彼は呻いて口から血を吐き出したのか、
ヘルメットの隙間から赤いものを垂れ流して死んだ。後は大して今までやったことのあるものと変わり映えしない銃剣戦闘だった。
敵兵の体を探り、銃剣、拳銃弾、突撃銃の弾倉を奪う。弾薬箱があったので、それの中身を全員で分配する。
年末三人組が使う銃はMP5だが、そろそろ弾薬の数が怪しくなってきたので、彼女たちも突撃銃を一挺ずつスリングで背負った。
兵士が一人、移動の前に安全を確認しようと、移動ルート上にある曲がり角を調べに行った。だが、彼は安心し、油断していた。
あれだけの数の敵兵を殺したなら、当分有力な敵とは出会うまい。彼はそうやってたかを括っていたので、度肝を抜かれる破目になった。
曲がり角で敵兵数個分隊と遭遇したのである。あちらも度肝を抜かれた様子であった。それも仕方ないことである。
どっちが先に逃げ出したかと言えば、十二姉妹隊の兵士だった。彼は踵を返して、疲れた体でよくもと思うほど素早く駆け戻り、
火事場の馬鹿力でオーガストをひょいと抱え上げると、さっきまで敵が使っていたバリケードの反対側に飛び込んだ。
只ならぬ彼の様子に他の者が感付き、彼の言葉で確信し、バリケードへと飛び込む。銃撃が始まったのは全員が飛び込んですぐだった。
離すのを忘れていた為、オーガストを抱えたまま兵は罵っていたが、彼は彼女に蹴られる寸前に気付き、後から仲間に散々言われた。
ふざけた接敵だったけれど、敵の明瞭な殺意ははっきりと伝わって来る攻撃だ。兵士たちはまた頭が上げられなくなった。
今度も飛び出すという訳には行かないと思い、オーガストは姉に通信回線を開く。妹には姉がどうしてそう泰然自若としているのか、
分からなかった。無論、彼女たち二人には不幸な意思伝達の行き違いがあったのだから、これもまた仕様のないことである。
──落ち着きなさい、オーガスト。十二姉妹がそれでは、部下に示しがつきませんわよ。我々は……。
妹は彼女の言葉を遮った。頭の片隅で、こんなことをしたのは初めてかもしれないなと思った。姉もそう思ったのか、驚いたようだった。
現状を伝え、弾薬、水、医療品の不足を訴える。弾薬は敵から奪うにしても、医薬品は敵からはそうそう手に入るまい。
緊急に増援が必要だと言った。それも、十二姉妹の誰かを送ってくれ、と。オーガストは敬愛する姉を特に指名しようと思ったが、
指揮官がここに来ては戦闘全体のコントロールが危ういと思い至り、メイとジューンを指名した。彼女たち二人は艦にいる筈だからだ。
エイプリルが少し笑った。これも初めての経験だったが、オーガストは姉に対して堪忍袋の緒が切れそうになった。部下が死んでいる。
戦友が死んでいる。傷つきもしている。笑うだって? 姉への敬慕の心が自分の思考を抑えようとしたが、そうはさせなかった。
その行為は無神経だと責め立てる。姉の反応は彼女の敬慕心を満足させた。エイプリルはすぐにそれを認めて謝ったのである。
話を戻し、増援のことを言う。エイプリルはやっと、妹が何らかの理由によって聞いていないのだと理解し、二度目の説明を行った。
端的に言えば、オーガストは姉の話を聞いて、きっと彼女は気が狂ったか洗脳でもされたか撃たれて何処かが壊れたのだろうと思った。
それくらい驚いたのである。ぶったまげたのである。オーガストも新型とは戦闘した。年末型とも交戦した。それが援軍?
大体、彼女としてはあの狂気の集合がどうしてエイプリルの側に立ったのか、どうやっても納得行く答えを出せなかった。
肌の黒い一人の年末型を連れた妹が姉全員を慕っていたのは間違いの無いところだが、たったそれだけを理由に裏切るのか。
オーガストは幼かった。第三世代では大人の方だが、それでも十二姉妹では幼い方だ。彼女には妹の純粋な愛情、真実愛しているだけの、
恐怖すべき純白の未だ汚されぬが故に知覚した者には慄然を覚えさせる、静謐かつ深遠で茫洋とした満腔に存在するただの愛情が、
理解出来る筈が無かった。あれがそれだけの為に実在するのだとは思えなかった。何処かで、妹も自分たちと同じように生きているのだ、
などと考えていた。賢明な姉エイプリルにはそんなことは分かっていたので、オーガストに対し、何故彼女がそれまでの味方を裏切り、
十二姉妹の味方になったのかを理解することは要求しなかった。結果がそうであるということだけを認識し認め受け入れることを求めた。
逡巡の末に、オーガストは了解の意を表明する。そして、兵に信じられないかもしれないけれどと断ってから、今の話を伝えた。
彼らの反応は様々だったが、皆結局は彼女たちが心強い味方になるだろうことを口々に申し立て、オーガストの不信を取り除こうとした。
彼女はその様子を見て、彼らと、姉の言葉を信じることにする。エイプリルに一つ尋ねることを思い出し、言った。通信についてだ。
オーガストは、共同作戦を行うのなら、通信回線を共有する必要があると考えていた。エイプリルはいずれは敵になる相手と渋ったが、
そんなことを今オーガストに伝えてしまえば折角信用を得たというのに、引っ掴んで投げ捨ててしまうのは目に見えている。
適当に理由をつけて誤魔化そうとしてみたけれど、エイプリルの性格ではそんな器用なことは出来なかった。オーガストに見破られ、
そういうことをして部下や妹に示しがつくのかどうか問われて、姉は通信を許可した。周波数は不明だが、実際に会って決めればいい。
兵士たちは俄かに活気付いた。強大な敵が、今や自分たちの味方に変わったのだ。通常のギルド兵など、彼女らにとって何の障害か。
しかも、指揮官の言葉によれば人数は一個小隊を超えるという。全く、全く、全く心強い限りではないか。勝利は確実なものとなった。
オーガストはフェブに連絡し、新型たちの現在位置を調べる為に自分たちの反応で検索してくれと頼んだ。彼女は了解だと返す。
フェブの行った方面では然したる抵抗には遭っていないようで、戦闘の最中なのに彼女は気楽そうな声だった。要はいつも通りの声だ。
激しい抵抗に遭ったオーガストとしては、不公平だと思うのは当然のことだった。結果を転送して貰う。すぐそこまで迫っている。
どうやら新型が率いるアンドロイド隊の寝返りを知らなかったのはオーガストの隊だけだったらしい。悟られないようにすぐ通信を切る。
新型の姿が見えた時、兵士たちは撃つのを止めてバリケードに隠れ、振り返った。反対側のバリケードから歓声が上がる。
裏切りを知らない彼らは、アンドロイド隊が帰ってきたのだとしか思わなかった。オーガストは右手を挙げた。妹も応える。
七十三名の年末型の内、七十二名はバリケードに身を隠した。残りの一人は新型の背中に負ぶさり、新型はバリケードを飛び越えた。
パワー型だからか、彼女の跳躍は長距離に及んだ。敵のバリケードの内側に着地する。年末型が背中から降りる。MP7の発砲。
新型は銃を撃たずに、振り回す。長い連射にMP7の弾薬が切れた。それを手から離し、左手でリュックに付けたソーコム拳銃を掴む。
引き抜き、発砲。右手は腰に付けたP7へ。そこら中に敵がいるので、弾薬が足りない。すぐに撃ち切ってしまう。拳銃も手から離す。
床に落ちたって気にしない。年末型の手は新型の腰に向かい、ワルサーを二挺取る。その二つが弾切れになる頃には、敵は全滅していた。
誰かが口笛を吹く。手を叩く奴もいた。拍手は場違いだったが、新型は振り返って優雅にお辞儀し、年末型は無愛想な顔を崩さなかった。
遮蔽物を乗り越え、脇を通り、部隊は合流する。姉四人と再び会えて、嬉しいと感じていることを全身で表現しようとする妹。
全員で抵抗して何とか渾身の力で行われる鯖折りに似た愛情表現を押し止め、通信回線の話をする。新型は喜んで教えてくれた。
「これで、いつでもお話出来ますわね、お姉様!」
オクトたちみたいに笑う妹に、オーガストは変な気分だった。こんなに大人っぽい体つきなのに、やることは一々子供っぽい。
そのオクトたちの方を振り返ると、早速年末型と打ち解けていた。桃缶を振舞っていることに驚く。というか、誰が開けたんだろう。
答えは即見つかった。オクト隊などの兵士たちが頑張ってナイフや銃剣で開けている。そこだけ平和な雰囲気に包まれてしまった。
聞いてもいないのに延々と自分の愛情を様々な比喩を駆使して表現する妹を見る。やっぱりこれと仲良くするのは止めたいなあ、と、
オーガストは思った。妹は彼女に抱きついた。オーガストの思考は、切実な願いに変わった。抱き締め続ける新型。桃缶の大盤振る舞い。
進攻は止まりそうになっていたが、エイプリルが敵がいないにも関わらず進撃が停止していることに説明を求めたので、
彼女らは慌てて駆け出す破目になった。新型も十二姉妹長姉の言葉に聞き惚れながら走り出すが、腕にはオーガストを抱いたままだった。

*  *  *

彼が自分の部下を諦めたことを責められる人間はいないだろう。姉妹を相手に貧弱な装備で戦っている部下が、どうして生きられると?
ここに到って、ペトルッツィは自分の身にも危険が迫っていることを把握した。生き延びねばならないと認識した。
今こそ自分の能力を活かす時だ。彼は自分の保険を使うことにした。アンドロイドたちの設計図などを一部送信し、残りを自分が持つ。
これで、ギルドの人間たちは自分を裁こうとは思わなくなるだろう。彼らが会社化しているのが幸運だった。一度救済されれば、
情報を渡した後に消されることは無い。決定を覆せば、欺瞞と混沌が支配するかつてのギルドになってしまうからだ。彼らはそれを嫌う。
保険を渡す為には、まず自分の部屋まで戻らなくてはならない。ペトルッツィは足早に部屋へと向かった。銃声が近づいて来る気がして、
途中からは全力で走った。汗だくになりながら、自室に到達。ドアを開ける。目に飛び込むのは切断されたパソコン。犯人は明らか。
だが、彼は慌てなかったし、保険が破壊されたとも思わなかった。ドアを閉め、酒を陳列した棚を開ける。いい酒が入っているが、
それらを全て棚から弾き落とした。上段と下段を分ける板を上げ、棚の内側にくっつける。板の乗っていた出っ張り二つを掴んで引く。
奥の板が観音開きに開いた。ペトルッツィはその先に手を入れてノートパソコンを引っ張り出す。侵入者はスパイ映画を見ないらしい。
艦長はほくそ笑み、ノートパソコンを適当な場所に置いた。この中には設計図等の情報は入っていないので、次はそれを得なければ。
これは幾つかの手段で得られるようにしてあったので、ペトルッツィは敵が発見したのではないかと心配すること無く探し当てられた。
情報の詰まったディスクを読み取らせ、ノートパソコンで粛清の実行を命じたあの男たちに一部を送信する。概要程度だ。
送信する間にここまで敵が来たらと思うと気が気でなかったが、敵の進攻速度はそこまで速くなかった。ペトルッツィは用を済ませ、
部屋を出た。あれを見た男たちは首を捻るだろう。状況報告を一切していなかったから、現状がどうなっているのかも知らないのだ。
さて、脱出の手順だ。ヘリは無いし、ギルドスカイも無い。有ったところでそんな目立つものを使えば撃墜されるのが目に見えている。
敵にはフェブラリーという忌々しい存在があることを忘れてはならない。あれのデータは書類で読んで知っている。
使うならある程度までは目立たない方法だ。が、徒歩ではいけない。時間が掛かり過ぎるし、疲労のことも考えておかなくてはならない。
ほとぼりが冷めるまでこのクーロンにいなければならないのだから人の少ない場所の方がいいが、徒歩ではそんな場所は遠いだろう。
車を使おう。彼には車があった。私物として、艦長になって以来積んでいた車だ。彼が艦長になる以前、金を溜めて買った車だった。
彼は自分の行為に感謝した。部下の一部は冗談や本気であんなものを積むなんてと言ったものだが、積み続けてきて良かった、と。
これで足は確保した。では、目的地はどうなのだ? 車なら人の少ない場所にも行けるだろう。でも、目的地無しに車は動かせない。
ガソリンが切れれば車など棺桶にもならない。道中での補給は難しいだろうし、慎重に走らせなければすぐにガス欠になってしまう。
黒人神父だか牧師だかがいたあの教会周辺はどうだろうと思ったが、それはそれで危険そうだ。あの辺にはコヨーテの中でも厄介なのが、
うんざりするほど大勢いる。田舎だから人と関わり合いになることも多いだろう。露呈してしまえば即座に殺害されることは明らかだ。
いつまでも悩んでいられるほど時間は無いので、ディスクをケースに入れてポケットにしまい込み、部屋を出る。
車の置いてある格納庫に直行しようとして、ふと思いついた。長々と逃走することになった場合、一人では不安だ。一人か二人は欲しい。ペトルッツィは持っていた無線機で、営倉にぶち込んだ副官と看守に連絡した。看守は戦闘には加わらず、任務を果たし続けていた。
看守に、副官を解放し、自分と合流することを命じる。彼は艦長の心変わりをどうとも思っていないようで、一言了解と言った。
合流地点を決定し、通信を切る。足を合流地点に向けて動かしていると、やがて二人が見えてきた。片方、副官は憔悴している。
営倉の中は余程堪えたのだろう。彼は反抗的な目つきだったが、ペトルッツィはそれを咎めなかった。敬礼を省き、格納庫に向かう。
通路を走っていると、銃声が本当に近づいて来た。これは危ういと速度をより上げる。銃撃音が遠ざかり始めた時には、胸を撫でた。
曲がり角を幾つも曲がり、直線通路を何本も走り、階段を下り、下り過ぎたことに気づいて上がり、後少しで格納庫という時だった。
ペトルッツィは前方に視認したものを信じられなかったが、足を止める。後ろを走る二人も止まった。何という不運。何という偶然。
右手に刀を持ち、左手は握った拳。顔をこちらに向けて、まるで待ち構えていたかのようにこちらを見ている十二姉妹の一人。
艦長は観念した。駄目かもしれないと思った辺り観念し切ってないが、覚悟はした。近づいて来るジュライに、こちらから歩いて近づく。
後ろの二人は驚いたが、ペトルッツィの背中についてきた。接近する前に、艦長は小声で自分を置いて逃げるように言う。
格納庫にある車に鍵はちゃんとあるから心配するな、とも。部下二人は逡巡一つ見せずに了承した。艦長は少しいらっと来た。
ジュライと睨み合いになった艦長を置いて、彼女の脇を通り過ぎる二人。彼らはジュライの横を通り抜けると、走り出した。
暫くして──彼ら二人の耳に二発の短い銃声と艦長の強い罵り声が聞こえた。

*  *  *

戦闘は泥沼化していた。投降の選択を頑として退ける粛清部隊の兵士たちは、各拠点で戦って戦って、最終的には傷つき全滅していった。
叩き上げのベテラン兵士、つい最近配属された新人の兵士、そもそも戦闘員として艦に乗らなかった人間たち、誰もが銃を取って死んだ。
食堂を取り仕切る給仕兵のマークをつけたギルド兵もいたし、整備員らしいギルド兵も倒れていた。艦橋配備兵も死んでいた。
私は彼らの遺体を掴み、並べ、数を数える作業に追われていた。製造されて時間の経っていない死体は生きた人間よりも重い。
だから、私、フェブラリーがその作業に適切であると皆が考えたのだった。それに、私は後方戦闘員だから、戦闘力も低い。
よって抜けたところで大して問題は無いだろう、と、自分でもそう思ってはいるが人に言われると傷つく理由でもって隊から抜けた。
通路は以前の明るさを取り戻してはいるが、死体を引き摺って並べていると、私の気分が暗澹たるものに変わって行きそうだ。
ヘルメットから漏れ出る体液。体液とは血だけではないのは誰でも知っていることだが、脳漿や脳そのものまで出て来た時は困った。
情報支援型というのはこういう時にマイナスに作用する。視界に捕らえたものが何なのか、分かってしまうからだ。
機能を切れば二度目は無いが、私の気分を悪くするには一度で十分だった。吐き気とかは無いけれど、気持ちが悪い。
更に、数える中にはパーツごとの死体も有り、どれが誰のものなのか、別に合わせなくてもいいのに合わせてしまう。
自分の性格が恨めしかった。普段きっちりとしているのがこんな時に裏目に出るなんて思わなかった。今日から適当に生きようかしら。
また一つ、死体を持ち上げる。敵は死に過ぎだ。投降すれば良かったのに。彼らの強情のお陰で、味方も負傷したり戦死したりした。
十二姉妹隊とコヨーテの死体は、別に分けて安置してある。彼らの死体を並べる作業ほど辛いものは無かった。
一人一人、別の隊の人間でも、フルネームからその兵の音楽の趣味くらいまで知っている相手だ。今まで死地を共に生き抜いてきた仲間。
ミスターとの戦いでも生き残り、それ以前の戦いでも生き残り、今日の戦いでもここまでの地獄を生き残ってきて、もうすぐ終わる、
そんな時に死んでしまったなんて。そう思うと、私は嗚咽を漏らさずにいられなかった。そして部下の顔を撫で、目を閉じさせるのだ。
姉妹兵やコヨーテが敵兵と混じって死んでいるのを見ても、泣き出したくなる。私は弱い女だと思う。いい加減慣れてもいいのだろうが、
何度の死地を間近に見ても、何度の危機を得てきても、慣れられないのだ。時に銃を取って戦い、時に死ぬ存在。それがギルド兵だ。
それが姉妹兵だ。コヨーテもそうだ。そんなことは分かっている。理屈では理解している。感情だけが、理解しようとしない。
何故彼らが死ななければならなかったのか──大昔から問われる答えなど存在しない問いが、味方の戦死者を見る度いつも生まれる。
彼らは大抵、犯罪者ではあったが悪人ではなかった。人を殺すが、好きでそうする者などいなかった。彼らが死ぬ理由が?
きっと、これは強い感情に混乱した私の、正しくない考えだろう。探せば見つかる筈だ。理由無しに物事が起こっていい筈が無い。
だけども、私はそれら全てことごとくを否定する。彼らは死んでいい人間なんかじゃないと否定する。気に食わない考えだからだ。
……けれど結局、彼らは死んだのだ。今は既に私の手の中で冷たくなっているのだ。死後硬直が始まっている者も少なくは無い。
何と言ったって私の部下は、エイプリルの部下は、ジャニアリーの部下は、メイの部下は、十二姉妹の部下たちは、生き返らない。
これはそういうものなんだと昔から私は自分に言い聞かせてきた。今回もそうして、この作業を早く終わらせるべく動く。
死体積みなんて嫌だと言えば良かったかもしれない。そうしたら私は銃を持って戦えた。今頃敵と撃ち合い、手榴弾を投げていたのだ。
手についた血が滑り、脇を掴んで引っ張っていた一人の敵の戦死者が床に落ちた。水音が起きて、血が跳ねる。服にも付着した。
何も考えずに彼の装甲服に手を掛け再度動かし始める。引き摺ると、踵や爪先から垂れる血が、赤くて荒い、時々途切れるラインを作る。
べちゃり。顔をしかめる。この音は嫌いだ。好きな奴もいないだろうけれど、私は凄く嫌いだ。液体が飛ぶのも非常に気に入らない。
死体が転がっている通路をざっと見てみる。かなり数は減ったが、未だに三分の二にもならない。やれやれ。気が滅入る。
神経の磨り減る音が聞こえて来るんじゃないかと思うほどだ。そりゃもう、聞こえたとしたら、ごりごりと削られるような音なんだろう。
単純極まりない繰り返しの作業ほど私が嫌うものはない。情報探査ならプログラムで私自身が行う作業は減らせるが、
これはそうは行かない類のものだ。掴み、上げて、積み、今まで数えてきた数に一つプラスする。勿論敵方と味方の二陣営で、
戦死者の数は分けてある。コヨーテはコヨーテで数えてもあるし、我々は我々で数えてもある。敵は最初っから彼らだけで数えている。
敵も味方も数は多い。今まで戦って来た中でも上位にランクインする死者の多さだ。三年前のある出撃の時が死者数はトップだが、
もう一日続けば余裕で抜き去っていただろう。ミスターとの戦闘では普段に比べれば驚くほど多くの死者が出たが、
トップになるほどではない。勿論、だからと言ってあれが我々にとって悪夢の日々であったことに変わりは無いのだが。
死体の数がやっと最初の三分の二にまで減った。何度運んでも、これは十二姉妹の一人がやる仕事としてはどうかと思う。

*  *  *

マーチはどうしたらいいものか分からなくなってしまっていた。マルスを敵艦付近に待機させていたのは、新型との戦闘に備えてだ。
その新型が呆気無くもマルチアーノ艦に侵入し、あまつさえ味方を裏切って十二姉妹側に付いた。マルスは無駄になってしまったのだ。
今から艦に戻ってマルスを置き、艦にあるだろうヘリ、トラック、装甲車なり何なりで移動すればいいのだろうが、それは面倒である。
面倒なことはしたがらないのがマーチだ。神経接続を切ってマルスを何処か適当な場所に放置し、艦内に入ってしまおうかと考える。
エイプリルに指示を仰ぐのも方法の一つだが、それは気に入らなかった。誰かの言われる通りにするのは、マーチの嫌うところだ。
考えた末、マルスは放置されることになった。どうせ敵には使えないし、恐らくは他の姉妹にも使えない筈だ。
神経構造は一人一人が異なるからだ。もし無理に使おうとすれば神経を焼き切ることになるだろう。使うには設定変更が必要だと思う。
個体識別コードもある。フェブの能力なら誤魔化せるかもしれないが、設計者・製作者によるちゃんとしたコード変更の方が安全だ。
久しぶりに拘束も無しに自分の足だけを使って地面に立つと、自由な気持ちになった。マルスでの移動は走るよりも速いが、
背中に背負うという構造上、腕を動かせる範囲などが制限される。人工筋肉を適当に動かしてほぐし、マーチは艦へと向かった。
彼女の部下を含む突入隊が弾幕の中を突っ切って行った場所を、悠々と歩いて移動する。機銃などは全て沈黙しており、
メイやジューン、自分の腕の確かさを表していた。悪い気分ではなかった。部下たちと同じ道を通って艦内へと侵入する。
敵兵の死体が幾つか転がっていて、その位置と腕や指、死体の全体的な状況などから、部下たちが彼らに反撃をさせなかったことを知る。
当然のことだ。自分の部下がやったならば、褒めるまでも無い。マーチの対外的意見としてはこうだった。でも、部下たちは知っている。
口ではそんなことを言っても、いざ自隊だけになれば、お褒めの言葉を一言投げ掛けるのだと。彼女の部下たちにはそれでいいのだった。
死体の中には、極度の緊張状態のせいか、死んですぐに体が硬直してしまった兵士もいた。彼はヘルメットが脱げて、
苦痛に顔を歪め、宙へと腕を突き出していた。きっと彼のことは誰もが避けて通っただろう。死体を好む兵士はいない。
マーチもそうすれば良かったのに、彼女は態々突き出された彼の手と握手し、その後彼の腹を踏んづけて通った。
最近読んだ戦争小説の中にそんなシーンがあったのを思い出したのだった。そのシーンでは、この後に続く言葉があり、
彼女はそれを自分の言い易いようにアレンジしてから言った。
「悪いわね、兄弟」
多分そんなことをしたからなのだろう。彼女は言葉を言い終えた直後に別の死体に足を躓かせて転んだ。ひりひりする顔を撫で、
この自分を引っ掛けやがった死体に一発蹴りを入れてやろうかと思案したが、とっととそこを後にすることに決める。
早くしないと戦闘が終わってしまうかもしれない。そうすれば無駄足になる。戦闘終了後に待っている作業が何か、彼女は分かっていた。
敵の弾薬、食料、艦に存在する資材全て、役立つものならネジ一本から兵器まで分捕って自分たちの艦に持って行く。
これくらいの大きさの艦ならどれほどの時間が掛かるものか。十二姉妹と言えどギルドの艦を相手に戦ったのは初めてなので、
大まかな推定程度のことしか想像は出来なかった。フェブならもっと正確なデータを出してくれるだろう。聞きたくは無いが。
彼女の予測は否定から入る類の予測で、ネガティブなものになり易かった。必要以上にネガティブな考えや予測は聞きたくないのだ。
戦闘に関するものなら悲観的なのもいいだろう。が、作業時間なんてものは出来るだけ楽観的に考えて欲しい。
通路に転がる敵の死体の一つ一つ。後にはこれらをも拾って並べ、数を数えなければならない。武器だって一挺ずつ揃えねばならない。
几帳面なエイプリルとしては、殺害数と捕虜の数などは知っておかなければならない情報らしい。マーチはどうでもいいと思う。
これは正規軍同士の戦いではない。死者の数など、敵の余力を測る物差しにはならない。彼らは幾らでも補充されるのだから。
捕虜の数に関しては有益さを完全に否定することは無いが、そこまで重要な数でもないだろう。味方の死傷者数の方がもっと重要だ。
自分の部下が何人死んだのか、マーチは知りたいような知りたくないような気分だった。誰も死ななかったなんてことは無い。
絶対に誰かが死んでいるだろう。小隊長か、ただの兵か、そんなことは関係が無い。マーチにとっては、彼らは全員変わりなく部下だ。
彼女が自分から進んで認めることは絶対に無いだろうけれど、彼女も彼女なりに大切に思い、愛している部下たちだ。
マーチは率いる者として、死に対面しなければならない。そういう義務がある。だから死者数を知りたい。でも、知りたくない。
感情と理性が反発しあう。フェブやエイプリル、ジューンなども同じ思いを抱くのだろうかとふと思った。首を振る。彼女らは彼女ら。
自分は自分だ、知ったところで何にもなるまい。恐らくはいずれ何らかの原因によって二度と覚めない眠りに就くまで、
部下が誰か死ぬ度にこんな思いを抱くのだろう。銃声が近づいて来る。仕事の時間だ。銃のボルトを引く。考える時間は終わりだ。

*  *  *

新型とその相棒の二人組、それに年末型が加わった部隊は、急激な前進行動を続けていた。
彼女たちが目指すのは艦橋、艦長室などの指揮系統で、道を遮る障害は無視して部下の年末型や兵士に任せ、
オーガストやオクト、ノヴェ、ディッセ、それに二人組は、迂回か強固なボディを利用して突っ切って逃げた。
黒い肌の戦乙女が敵にとっての恐怖の象徴になるのには、一度の戦闘で十分だったろう。彼女が姿を現すだけで、手を上げる者もいた。
今は違うが以前は味方だったのだから、射殺されることも無いだろうと考えてのことだった。彼女が彼らを赦したので、
投降する部隊は一層増えた。十二姉妹隊の兵士や年末型たちは、彼らを纏めて移動させたり閉じ込めたりするのに大忙しになった。
「この分だと、敵を壊滅させるのに時間は掛かりそうにありませんわね、お姉様?」
オーガストは一瞬、自分に言われているのだとは気付かなかった。この妹の身長や顔、胸とかのせいだと、彼女は思う。
頷いて、捕虜から奪った手榴弾で一杯になった鞄を撫でる。さっきまで空っぽだったそれは、今でははち切れそうだ。
こんな頼りになる妹が敵だったなんて、と思った。更に、何故十二姉妹を愛すると公言する彼女が、殺そうとするのかと疑問にも思った。
部隊に正式に入ってくれたらなあ、などと考えながら進む。死体の数は少なくなっている。誰の血でも、血が流れないのはいいことだ。
血が好きな人間など十二姉妹隊に入る資格は無い。そういうのは、誇りの無い殺人鬼である。ギルドでさえ最底辺に位置する奴らだ。
「おっと、その曲がり角を曲がらずに、止まって下さい、お姉様」
褐色の手を開いたり閉じたりしながら妹が言う。オーガストは片手を上げた。後ろに従う兵士たちが足を止める。
妹は相棒のリュックサックに手を突っ込み、手榴弾を取り出した。『その曲がり角』の向こう側にピンを抜いて放り投げる。
爆発。悲鳴。手榴弾に造詣の深いオーガストや使い慣れているギルド兵には、爆発音からそれが非殺傷性の特殊音響閃光弾だと分かった。
言葉を交わさず、目で会話して、新型、その相棒、オーガストは飛び出す。一呼吸わざと遅れて、オリジナルの年末三人組も出る。
急ごしらえで余り意味の無さそうな遮蔽物を蹴飛ばしたり乗り越えて反対側に回る。装甲服に守られたギルド兵なので、
完全な無力化とは行かないが、動きを止められれば十分だった。銃を撃とうとする新型だったが、その前に敵兵は両手を上げる。
何だつまらない、という顔をして妹は銃を上げた。年末型や相棒が、七、八名の敵兵から銃と弾薬、水筒や手榴弾を取る。
──こちらマーチ。今、戦闘に加入した。戦況は不利。そちらはどう?
オーガストの耳に、姉の声が聞こえて来る。眉を顰めた。戦況が、不利? マーチお姉様がいて?
それに、普段負けず嫌いなマーチお姉様が不利とはっきり言うのだから、余程不利なのだろう。オーガストはそう判断した。
現状を手短に伝え位置の提示を求める。彼女は応じ、データが送られた。交戦位置は、突入後に始まって以来五メートルと動いていない。
優勢な敵を相手に、少ない兵士で戦っていたのだろう。援軍が必要だ。運のいいことに、こちらには余剰兵力が多い。兵を送れるだろう。
「ねえ、あなた」
褐色の妹の名前を知らないことに気付き、あなたと呼ぶことにする。彼女は可愛らしく首を傾けたが、似合ってないなと感じた。
その巨体でその仕草は、一部のマニアにしか受けないだろう。オーガストはその思考を頭の中のゴミ箱に突っ込み、話に入った。
「マーチお姉様が苦戦しているみたい。援軍をあなたの年末型──オクト、ノヴェ、ディッセ型アンドロイド部隊の中から送りたいの」
「ええ、構いませんわ。位置を教えて下さるかしら、オーガストお姉様」
やはり慣れない呼び名だ。マーチがオーガストにしたように新型へとデータを送る。彼女はそれを確認し、二度三度頷いた。
一人の荷物持ちではない年末型を呼びつけ、援軍として向かうように命ずる。ルートはオーガストも把握していた。
途中、シャッターを一つ壊さなくてはならないだろうと予測されたので、彼女は呼びつけられた年末型に設置型爆薬を渡した。
崩れた敬礼をして、彼女は十九人の仲間を率いて援護に向かって行く。これで心配はなくなるだろう。
──お姉様、心強い援軍を送ったわ。年末型アンドロイド二十人よ。
返答が帰って来るまでには、数秒の間があった。マーチは年末型の救援を喜ばしく思っていない様子だ。
──ええ、全くね。
何が気に入らないのやらと思いつつ、オーガストは通信を切った。新型たちと足を並べて、通路を走っていく。
艦長室は後回しにして、艦橋に向かうことにした。どうせ艦長も副官も、逃げ場など無いのだ。オーガストたちはそう信じ込んでいた。
勿論、生憎と、ペトルッツィの私物であった車は、格納庫でエンジンが掛かる時を待っていたのであるけれど。

*  *  *

お姉様は渋ったが、私は失礼を承知で進言し、彼女と彼女の部下、そして私の部下五十三名を連れて、艦橋へと向かって貰った。
今現在、私の横には小さく頼もしい相棒がいるだけだ。私は彼女だけと、これから艦の最も危険な地点に侵入する。
我々二人が進み入るところは、艦の最終防衛線。守るべきもの、艦橋への防衛線は既に失ったが、生への絶対防衛ラインだ。
彼らにはもう、何も残っていない。艦橋は落ちたも同然だし、十二姉妹隊は各地で彼らを撃滅しつつある。
マーチお姉様のところは苦戦していたみたいだが、二十名の部下で挟み撃ちすれば、楽勝も楽勝だろう。
それでも守る物と言えば、後は命くらいだ。そして、命を守る為に戦う時、人というのはいつも強い。生存本能もあるだろうが、
どうせ死ぬのだからと死を恐れなくなるような輩もいるのが原因だ。目的を放棄してしまうというのはどうなのかと思うが。
戦えばオーガストお姉様やオクトお姉様たちが傷つくこともあるかもしれないし、彼女たちの部下が死ぬこともあるだろう。
私は、彼女たちの部下は正直どうでもいいと思っている。彼らが何人いたところで私に傷をつけることは叶わないからだ。
が、彼らが死ねばお姉様たちは悲しむ。お姉様たちはリーダーとしてそんなことを口に出したり顔に出したりは出来ないが、私は分かる。
兵たちだって分かっているが、だから口にしないのだろう。互いの為に、口を噤むのだ。失意と悲しみを胸に秘めて。
私が好きなお姉様たちの表情は、笑っている姿だ。彼女たちの微笑は魅力的だからだ。見ているとこっちも暖かくなって、微笑が浮かぶ。
で、あるならば、私がやるべきことは最早自明だった。お姉様たちに微笑みを。彼女らの敵には、速やかな撲滅と、消滅を。
相棒が差し出すバレットを受け取る。彼女に手を差し出した。相棒は疑いの目つきで自らを庇おうとする。殴ってやろうかしら、この娘。
けど、ここはきっといいシーンだ。映画ならクライマックス直前の、今から盛り上がるところ、というシーンだ。大事にしたい。
衝動をぐっと抑え、口の端を微妙に吊り上げて開いた手を前に出す。だというのにこの疑い深い少女は私が何か企んでると思ってるのだ。
猜疑心に凝り固まった無知蒙昧の愚者め。衝動を抑える意思の力を外した。一発叩く。うんうん、これが私と彼女の関係だ。
前も同じようなことをしたような気がしたが、私は彼女と自分の絆という奴を再確認し、右手を出すように言った。相棒は手を出した。
私はそれを握り、一本道の直線通路を一緒に歩いて行く。人間と違って我々には利き手の概念が薄いことがありがたかった。
もし利き手があれば、私か相棒のどちらかは利き手でない方の手で戦わなければならなかったからだ。しかし、この心配は杞憂だった。
そもそも、通路を歩いている間には攻撃を受けなかったのである。もしかするとわざと見逃したか、攻撃したくなかったのだろうか。
オーガストお姉様に通信して周波数を尋ね、フェブお姉様に連絡した。彼女は私の声にびっくりしていたが、頼みに応じてくれた。
スキャンして、そのデータを私に送ってくれる。この直線通路に面した部屋の数々には、生命反応が無かった。
代わりに、この通路を歩いていって先にある、別セクションに入ることを示す特殊大型ドアから後には、大量の敵がいた。
防御陣が良く分かる。彼らは何を当てにして戦っているのだろう。自分たちが攻めて来る敵、十二姉妹隊を全員撃ち殺せるとでも?
到底無理な話だ。我々二人さえ殺せないだろう。あ、相棒は死ぬかもしれない。そんなことを言ったら、蹴られた。
彼女がしたいようにさせておいて、私は大型ドアの前に立つ。データを呼び出して、敵の配置を確認。五十口径で抜けるかしら。
これもフェブお姉様に聞いた。無理だと言われた。何でも、徹甲弾でも一発では無理らしい。ま、私もこれを抜けることは期待してない。
施錠されているか見てみる。されていた。当たり前か。電子錠だが、これを破壊することは出来るだろうか。フェブお姉様へ通信。
あちらでドアを開けてくれるそうだ。何秒後に開けて欲しいか聞かれたので、十秒後と答えておいた。弾薬を確認。カウントダウン開始。
三。四歩分の距離を取り、相棒の手を離す。私たちは銃を抱える。二。右足を一歩後ろへ。体を低くする。一。走り出す。開く。通過。
敵の驚いた顔が見られないのは残念だった。ドアを開いた先も一本道の直線で、敵が五、六歩のところに遮蔽物を作って隠れていた。
相棒は相棒で上手くやると知っている。私は彼女が背中に乗れるようには動かなかったが、彼女はすっと乗った。これでいい。
三歩走ったところで跳躍。まずは足がかりを作る為にこの敵兵を殺害せねばならない。人数は五だ。着地直前、一人の首を蹴り折る。
残り四人。着地。相棒は蹴り折った時に体を離している。私はしゃがんで、前の敵兵の銃床攻撃を避けた。立ち上がりつつ左手を伸ばす。
首を掴み、軽く捻じ曲げる。残り三人。後ろで野太い悲鳴、修正。後は後方に二人だ。後ろに跳ぶ。体が密着、私を殴れなくなる。
肘打ち。身を折る敵。膝蹴りをすると、装甲服越しに肋骨が折れる感触。体を横に払い、倒す。最後の一人は私に背を向け、
火事場の馬鹿力か、相棒と力で拮抗していた。凄い奴だ。私は感心して眺めていたが、左拳を固く握ると、背中に叩きつけた。
相棒が可愛らしく悲鳴を上げた。そりゃそうだろう。いきなり眼前の男の装甲服と肉体を破って、白と赤と黄色に汚れた拳が現れたのだ。
これで全滅した。私は横を向く。敵がバリケードに隠れて銃を構えていて、発砲を躊躇う理由が消えたのをいいことに、
私たちを撃ってやろうと狙いを定めていた。左拳を突き刺したまま、相棒の前に立つ。敵兵の体を盾にしよう。銃床で相棒の肩を叩くと、
彼女は頷いた。歩き出す。敵兵を前に置いて盾にしているので、銃弾は大した威力を持たない。遮蔽物の近くまで辿り着く。
背後でドアが開いた。相棒が掃射する。ここからは二手に分かれよう。私は通路の敵を、彼女には室内の敵を始末して貰う。
通信で伝えると、彼女は短く、了解の意思を示した。私は彼女が室内に入る時に撃たれないよう、盾を前方の敵兵たちに投げつけた。
怯んだ彼らにバレットを向ける。発砲。首、腕、足、良く分からないパーツ。様々な部位に分かれて千切れ飛ぶ。
一人の敵兵が腰を抜かしたお陰で助かっていた。私は遮蔽物を乗り越え、そいつの眼前に立った。彼は拳銃を抜いて、私に撃とうとした。
自分の頭を撃ち抜かなかったのは賞賛に値する行動だと思う。私はその立場に無いのでそうはしないが、あくまで戦おうとするとは、
立派な行動だ。逃げ出すのもある種の戦おうとする意思表示ではあるけれど、私としてはこっちの方がそれらしくていいと思う。
拳銃を蹴っ飛ばす。拳銃だけをだ。さあ、次はどうやって戦おうとする? ナイフを抜くか? 銃剣を使うか? 素手でもいいぞ。
私の願ったように、彼はナイフを抜いた。立って、刺突を試みる兵士。左手で刃ごと掴んで圧し折った。黒い刃を軽く振り、投げ捨てる。
銃剣は持っていないようだった。ならば素手か。徒手空拳か。敵兵は硬直していた。私は不審に思って、彼のヘルメットを脱がせた。
目をかっと見開いて、私を凝視している。恐怖に凝り固まってしまっている。残念に思った。彼はもう戦えまい。やはり兵に過ぎないか。
お姉様の足元に及ばないということだ。彼が腰を抜かした時に落とした突撃銃を踏み壊し、胸倉を掴むと、通って来たドアに向かって、
力を加減して投げつける。激突しても死にはしない筈だ。硬直が解けて、彼は走って逃げていった。捕虜にでもなることだろう。
さっき敵兵が出てきた部屋をクリアしたと、相棒から通信が入る。が、フェブお姉様のデータでは、多くの敵兵が他の部屋にいる。
暫くは私も相棒も、それらの処理に時間を使うことになるだろう。オーガストお姉様が戻ってくるまでに終わらせなければならない。
出来る妹をアピールして、お褒めの言葉の一つでも貰えれば万々歳というものだ。じゃあ、お姉様に褒めて貰えるように頑張ろうか。

*  *  *

「全員死んでます。我々は心強い味方を得たものですね、マーチ様」
「……そうね」
複雑な気分だったが、確かに年末型二十人の増援はマーチたちを救った。突然後ろに現れた二十の銃口は、何の前触れも無く、
4.6ミリ弾をそれぞれ一つの銃口に付き二十発発射したのだった。何人かの銃には四十発弾倉が付けられていたようだったが、
三十発も撃てば敵兵士たちは誰一人動かなくなっていた。そろそろとマーチが立ち上がる。彼女は、新型たちのことを信じていなかった。
だから、いつでも腰だめにミニミを撃てるように持っている。年末型たちは、硝煙立ち上る銃口を下に向けた。姉妹兵も立ち始める。
遮蔽物を乗り越え、マーチはこの二十人をどうするか考える。本来の指揮官のところに戻るまで、指揮権を貰いたいと思った。
勝手な行動は困ると思ったからだった。それでは、増援の意味も無い。彼女にとって幸運だったことに、新型は指揮権に関して、
拘りのある方ではなかった。マーチが話に出す前に、年末型が敬礼して一時的な指揮権の委譲を申し出た。マーチはそれを受諾した。
フェブに連絡し、艦全体の生命反応データを要求する。彼女は少し時間が掛かることを要求者に前もって了解させたが、
了解を取ったりしている間にデータは出た。彼女はそれをマーチに送信する。短く余り感情の篭らない礼を言って、通信を切った。
データを見ると、彼女たちが手分けして進攻せざるを得なかった理由が消えたことが分かった。敵は艦の中を撤退中だ。
彼女たちは分散の危険を冒してでも、進まなかった道に待ち構えていた敵がやって来て、挟み撃ちにされるということを避けたかった。
故に分かれて進まなくてはならなかったのだ。それが、敵の防衛拠点はもう残っていない。絶対防衛ラインであるらしい円陣防御で、
多くの敵兵が残っているが、彼らに挟み撃ちにされることはまず無い。どう考えても無い。心配の必要無しだ。マーチは決断した。
オーガストに連絡を取る。彼女は艦橋に向かっている最中だと言うことで、僅かな抵抗にも遭遇せず、安全だということだった。
生命反応データを見て、それもそうだろうと納得する。艦橋にはまだ何名かの生存者がいるようだけれど、その周りには誰もいない。
最新のデータを渡すと彼女は、これなら全員で向かわなくても良さそうだと言った。彼女の言葉は何処にも間違いが無く、
全くその通りで、マーチとしては円陣防御の破壊に差し向ける方が良いと思っていた。それに、フェブの部隊とも合流したかった。
そうすればこの攻撃に参加したコヨーテ、十二姉妹兵、十二姉妹が揃う。その力を持ってすれば、残った敵の破壊は難しくない。
マーチは新型が既に相棒と二人で突入して、円陣防御を破壊し続けていることを知らなかった。オーガストは伝え忘れていた。
彼女は全速力で艦橋に向かうことにした。兵士たちはマーチの到着に士気が上がっており、戦闘の疲れなど見せなかった。
年末型も列に加わり、駆ける。彼女たちが通って来た階段を上がり、円陣防御を迂回して艦橋に向かう。
と、迂回移動中にフェブの同行していた隊と出会った。彼らは突進して来る兵士たちに驚いて、危うく銃を撃ってしまうところだった。
一時停止し、マーチは十二姉妹の立場を使って、自分の指揮下に彼らを組み込む。フェブの姿を探したが、無かった。尋ねると彼らは、
情報収集と戦闘を同時に行うのは難しく危険であり、例えどんな方法を使ってでも彼女をそうさせる訳には行かなかったので、
隊員全員の意見として具申して、彼女は後方に置いてきたと答えた。マーチはなるほど尤もなことだとまでは思わなかったが、
彼らの気持ちも分かったので、叱るようなことはしなかった。移動を再開する。彼らの組み込みで隊はより大人数になった。
通路は兵士で埋め尽くされていて、年末型は最先頭を行くマーチのすぐ後ろを走っている。転倒する危険なんて、誰も考えていない。
進め、進め、進め! 彼ら彼女らの頭の中にはその言葉だけが引っ切り無しに浮かび、大声で叫ばれているのだった。
彼らの中にはやっとのことで勝利を確信した猜疑心の強い人間もいたし、戦闘当初から負ける筈など無いと頭から信じていた、
年末型や新型にも通じるところのある狂信的な信頼の持ち主も大勢いた。が、今となっては関係無く、彼らは進み続けるのだ。
もしこの時静かな興奮と歓喜が込み上げて来るかどうかとの質問をしたとしても、誰も否定しなかっただろう。
コヨーテだって、姉妹兵たちだって、首を縦に振らない人間はいなかっただろう。何しろ、やっと終わりが始まったのだから!
彼らは、次に行われる銃撃戦を、最後の戦いにするつもりだった。これ以上の戦いはお断りだった。彼らは戦闘機械ではないのだ。
──艦橋を制圧したわ、お姉様。でも、何だかおかしいの。私たちが来る前から死体が何人分かあったんだけど……。
先頭を走るマーチが左に曲がった。大規模に膨れ上がった彼女の部隊も、その背中にぴったりと離れずについていく。
──その死体、斬り殺されてたの。
マーチは、昂ぶった神経がすっと冷えていくのを感じた。脳裏に刀片手に立ち回る女のイメージが展開される──彼女がいたのだ。

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最終更新:2008年06月26日 10:45