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全宇宙に広がる闇の組織……クリミナルギルド。その恐怖の象徴とも言えるマルチアーノ十二姉妹。
エイプリルを実質的なリーダーとする、十二人の死の天使。
いつも通りであれば、彼女たちは今日も血と硝煙の中で戦う筈だっただろう。
けれど、この日は違った。いやはや、色々と違った。
違うといえば、前日、前々日、そのまた前日についても話をしておかねばならないだろう。
その三日間、十二姉妹の一人であるセプは、失敗続きであった。
私生活では珍しく何の不運や不幸もなかった彼女が、
ちょっとした仕事で(例えば反抗的な役人の腕を折るとか、そういう仕事で)、多大なミスを頻発した。
ミスはターゲットを逃したことに始まり様々なことがあったが、結局は一つだ。
任務は立て続けに、失敗していたのである。
最初の一つは、そういうこともたまにはある、と諦めがついたのだろうが、
同じことが何度も何度も続くと、段々セプは落ち込んでいった。
そして遂に今日。
セプの親友たるジャニアリーが、部屋から全く出て来ない彼女のところに向かい、
新しい仕事が回って来たことを告げようとした。
「セプ、居る?」
ジャニアリーはドアをノックするが、返事はない。
試しにドアノブを捻ると、呆気なく開いた。鍵すら掛かっていなかったのだ。
小声でセプを呼びながら彼女は部屋に入る。
部屋は几帳面なセプらしく、綺麗に片付いていた。
机、本棚、部屋の窓枠に置かれた小さな花瓶。
差さっているのは、生憎名前などジャニアリーには分からなかったが、白い花。
それらに目をやりながら、彼女はベッドの毛布を捲る。
しかし、見えたのは白いシーツのみで、セプの姿など何処にも見えなかった。
急いで部屋を出て、セプを探す。自分の部屋、居間、マダム=マルチアーノの部屋までも。
それは結局徒労に終わり、殆ど同意も得ずに部屋を探して回ったジャニアリーは、
ニルソン以外の面々から詰問を受けていた。
「一体何があったんですの? 今日は夜までゆっくりする予定でしたのに」
休んでいたところを無理矢理起こされたエイプリルが、居間の椅子に座り不機嫌な顔で問う。
その横に桃缶を食べるのを邪魔されたオクト、ノヴェ、ディッセが同じふくれっ面で両脇に手を当てて立ち、
ジューンは彼女たちを宥めている。
部屋で刀を研いでいたジュライは笑顔を崩さないが、それも何処まで本当だか怪しいものだ。
フェブラリーも困惑して、ゲーム中だったマーチと何やら話している。
「アタシも射撃練習を邪魔されたことにゃ、一言ばかり言っときたいね」
日課のそれを中断させられたメイは、彼女の武器のスパスを弄繰り回しながら言った。
オーガストは手榴弾でお手玉をして黙り込んだまま、何も喋らない。
言うべきことがないのか、それとも説明を待っているのか。
ニルソンやマダムも同様で、ただ椅子に座ったままだった。
「どういうことなのか、説明して欲しいですわね、ジャニアリー」
「……セプが部屋にいないんですの」
少しだけ、ジャニアリー以外の全員がどよめく。
気を取り直したエイプリルが詳しいことを尋ねた。
が、ジャニアリーも知る訳がない。彼女の説明は、『セプがいつの間にかいなくなった』のみで終わった。
「やっぱ、ああも失敗が続いちゃ、へこんだのかね」
メイはそう言って、頬を掻く。他の皆も、概ね同意見のようだった。
それまで黙っていたジューンが口を開く。
「何にせよ、早く探して来た方がいい。放っておく訳には、行かないから」
エイプリルがそれに同調して、ジャニアリーに言った。
「ジャニアリー。あなたが説得してきてくれないかしら。
 セプのシグナルを受信すれば簡単に見つかるでしょうけど、説得はあなたにしか頼めませんわ」
「そうね、急いで貰えないかしら。私もセプが心配です」
マダムからも頼まれる。
ジャニアリーとしても説得は自分がしたいと思っていたのだろうか、
二つ返事で了承すると、彼女はすぐに飛び出した。
予想外の問題に、残された13名は溜息を吐く。けれど今は、ジャニアリーに賭けるしかなかった。

        Ж Ж Ж

街道。何の変哲もない街道。その中心から少し逸れた道を、ジャニアリーは走っていた。
セプのシグナルはしっかりと発信され、受信されていることを、彼女の視界の端に写る文字が示している。
その文字を信頼するならば、セプはもう少し遠いところにあるビルにいるようだった。
「ええ、もしも駄目だったら……それでお願いしますわ。合図は、ええ、宜しく」
遠隔通信でエイプリルと連絡を取るジャニアリー。
それ以上思考せずに、目的地に走る。ビルの入り口がすぐに見えてきた。
速度を緩めずに中に駆け込み、階段を駆け上がる。周りの目など気にせず、発信源へと向かう。
シグナルは、ビルの最上階にある、とあるバーの中で発信されていた。
ドアを開けて店に入る。鈴がなって、マスターが挨拶をする。
「いらっしゃい、美人の嬢ちゃん」
無視してセプの姿を探す。彼女はカウンター席に座っていた。
「セプ」
後ろから呼びかけて、左に座る。嫌がる素振りも、歓迎する素振りも見せず、彼女はグラスを傾けた。
一気に飲んで空になったそれに、新しい酒を注ぐ。
ジャニアリーは、セプの席の下に大量の瓶が転がっていることに気付いた。
自分の席の傍にあるものを除けて、話を始める。
「新しい仕事が来ましたわよ、セプ。簡単な仕事だから、すぐに行きましょう」
彼女は興味を一切示さず、酒を煽る。こんなセプは、ジャニアリーも初めてだった。
臆せずに話を続ける。皆が心配している、一体何があったのか、などと尋ねるが、セプは答えない。
「お母様も、ご心配なさっていますわ」
尚も話を続けようとするジャニアリー。やっとセプが彼女の方を向いた。
但し、眉間に皺を寄せて、怒りを隠さず、という、ジャニアリーの思っても見なかった表情で。
唖然とする彼女に、セプはグラスを揺らしながら見せた。
「いい、ジャニ。このお酒を飲めば、私は酔う……そう見えるようになる、でしょ?
 でもそれはアルコールによる酔いではなく、アルコールを検出した機械の反応によるもの。
 私は、何処まで行っても人間じゃない。機械よ。ただの機械。歯車と表現するのもいいわね。
 そして、役目を果たせなくなった機械というものはね──随分と惨めで、単に動くだけの鉄くず(スクラップ)なのよ」
ジャニアリーは即座に否定する。
親友の変貌には驚きを隠せなかったし、また隠さなかったが、彼女の意見が間違っているとは確信していた。
「それは間違っていますわ」
「いいえ、違わないわ」
セプは頑として認めない。その態度にジャニアリーは苛立った。カチンと来た。というか怒った。
それらの感情を何とか静めながら、反論を開始する。
「では何故、ニルソン様は私たちにこの服、今着ているこの服を態々選んでまで?」
話がいきなり変わった、と思ったのか、セプは一瞬返事に詰まった。
気を取り直して、ネガティブな思考を展開し、答えようとする。
ジャニアリーには、その答えが容易に想像できた。
「それは」
ゆっくり答えようとするセプを待たず、答えの途中でジャニアリーは喋りだす。
「愛玩する為? では何故、あなたの回された仕事は最近、簡単なものになっていたのかしら?」
セプの答えと、ジャニアリーの予想した答えは一致していたようだ。
反論はなく、再びセプの思考が展開される。
この質問のセプなりの答えはすぐに出たようで、彼女は自嘲の笑みを浮かばせながら口を開いた。
「私の失敗が相次いだから、価値が低下した。所詮私は」
機械だから。セプがそう言おうとしたのが分かったので、ジャニアリーは怒りを抑えられなくなった。
余りの怒りに言葉のスピードは遅くなる。怒気を孕ませた声は、セプを怯ませるに十分だ。
身を少し後ろに引いた彼女を、逃してなるものかとばかりに追う。
ジャニアリーは席を立ってセプの胸倉を掴み、額と額が触れ合うほどの距離までに顔を近づけ、喋った。
「恥を知りなさい、セプ。
 あなたが歯車だというのなら、機械だというのなら、ただの機械だというのなら。
 こんな凝った服など要らない。適当な服で十分ですわ。
 故障中の機械に仕事を回す必要もない。私たちだって代わることが出来るのだから。
 あなたはお母様の心を侮辱した。私の心を侮辱した。あなたを大切に思う、全ての者の心を踏み躙った」
黙り込むセプ。言いたいことを言って怒気の失せたジャニアリーは、立ったままで更に言う。
彼女の中では怒りよりも失望が大きく、また悲しみが大きかった。
「心底、呆れましたわ。普段なら怒るのですけれど、その気も湧きませんわね。
 仕事は私がします。あなたはどうぞお構いなく、そこで飲んだくれて居なさいな」
ジャニアリーは踵を返して出口へと向かおうとする。
迷った挙句、セプは小さな声で呼び止めた。
「待ってよ」
「何ですの?」
振り向きはしないが、足を止める。その背中に、セプは声を掛けた。
「私が」
そこで言葉を飲み込んでしまう。後、一歩だった。誰かが、手を貸してやらなければならなかった。
ジャニアリーはその一歩を後押しする。親友の彼女に、分からない筈はなかった。出来ない筈はなかった。
「私が?」
次の言葉を促す。たったそれだけ。ただそれだけ。それで十分。
セプは自信を持って立ち上がり、ジャニアリーの方を向き、確信を抱いて口を開いた。
「私がやりたい。その仕事は、私がやる。やらなくちゃならない。
 例え私の価値が本当に下がっていたのだとしても、
 私の仕事を用意して下さったお母様の信頼に応じなければならない。
 ジャニ。その仕事は、その仕事だけは、誰にも譲らない!」
ジャニアリーが振り返る。口の端が吊りあがっている。要するに笑っていた。
格好よく、しかし優しげに楽しげに嬉しげに、セプの答えが喜ばしくて堪らないといった目で、笑っていた。
その笑いを、喜びを湛えたまま、ジャニアリーは言った。
「それでこそ、セプというものですわ」
いつもの笑いを彼女も取り戻し、ジャニアリーに礼を言う。
「ありがとう」
ジャニアリーはまた笑い、バーの一角に向かう。
そこは壁がガラスで出来ていて、町が見下ろせるようになっていた。
「では行きましょうか──ショウタイムは間近ですわよ、セプ!」
指を鳴らす。乾いた、いい音が出た。
瞬間、ローター音が上昇してくる。大型のギルドヘリだ。後部を晒している。
風圧でガラスが吹き飛んだ。周りに居た客が逃げ惑う中、悠然とセプ、ジャニアリーは立っている。
ヘリのハッチが開き、機内から店内へ十二姉妹の面々が入ってくる。その後から、マダムさえも。


「お母様」
気まずそうに顔を背ける。こんなことを仕出かしてしまったのだ、仕方のないことだろう。
マダムはそんな彼女に歩み寄り、抱き締めた。
「お帰りなさい、セプ」
身体を離して、後ろに下がる。
間髪入れず、三つの同じ顔が同じ言葉を発して飛び込んで来る。
「「「お帰りーっ!」」」
セプに激突し、彼女はもんどりうって倒れた。
「一時はどうなることかと思いました」
ジュライが手を貸しながら、安心したように言う。
その手を取って立ち上がるセプ。
「だが、立ち直ったようで何よりだ」
開ける途中の桃缶を片手に、ジューンが微笑んだ。
周りには年末の三人が群がっている。
ことが済めば、桃缶の方が重要らしい。
「ま、たまにはこういうことすんのもさ、息抜きになっていいんじゃないの?」
メイは調子を崩さずに、腕組みをして豪快に笑いながら言い、セプの肩をばんばんと叩いた。
それから、風圧で吹っ飛んだ酒瓶を漁りだす。
エイプリルが引き戻しながら、言い返した。
「とんでもない。メンバーの欠員は困りますわ」
「あはははは、そりゃそうだな、ごめんごめん」
首根っこを掴まれたまま、苦笑するメイ。
それを見ていたセプは、ふと気付いた。
「ジャニ、仕事に銃は必要になるの?」
「ええ、勿論……あ」
セプの愛銃、M14は、現在彼女の部屋においてある筈だった。
が、そこにマーチが、M14を持って現れる。
「そんなことだろうと思って用意しておいた……感謝して……」
予備弾倉まで受け取る。
今度はフェブラリーがやって来た。
「それと、さっきの会話を聞いていたんですけれど」
「え?」
まさか聞かれているとは思わず、セプは驚く。
少し恥ずかしかったが、そんな感情は次の言葉で消滅した。
「最近の仕事が簡単だったのは、この前の定期検査での結果が問題だっただけですよ。
 部品が損耗してて、予備パーツが届くまで無茶はさせられなかったんです」
「じゃあ、お姉様の身体が問題だっただけで、お姉様には何の問題もなかったって訳なの?」
オーガストが尋ねる。フェブラリーは、即答した。
「そういうことになりますね」
「「「よかったねお姉様!」」」
桃缶を食べ終えた年末の三人が再度飛び込んできて、セプは転倒した。
今度はジューンが手を貸す。
「じゃ、そろそろ乗り込んで貰えるかしら? 急がないと、帰りの燃料がなくなりましてよ」
エイプリルが急かす。セプやマダムたちが乗り込み、最後にジャニアリーが乗り込んだ。
ハッチから顔を出し、マスターに叫ぶ。そうでもしないとローター音で聞こえなかった。
「窓のことは謝りますわ。お酒の分と一緒に請求書を回して下さる?」
マスターも叫び返す。
「いや、構わないよ、美人のお嬢ちゃん。
 さっきそこのお嬢ちゃんが沢山飲んだからね、その御代だけで十分さ」
「幾らですの?」
落ち着いた態度に少し驚きながら、ジャニアリーは小切手を取り出す。
「しめて100万宇宙ドル」
小切手を切り、投げた。マスターは風圧で転がるそれを受け取り、金額を確認する。
彼は目を上げて、軽く手を振った。
「またのご来店を、ギルドの美人のお嬢ちゃん方」
ヘリが離脱する。店が遠く離れていく。小さく、客が戻って来るのが見えた。
「どんな仕事なの?」
ジャニアリーが戻ると、内部ではジューンとセプが話していた。
もう安心だと思って、席に座る。実際、安心だった。セプの表情は元通りになっている。
「簡単だ。最近、ギルドの許可を得ずに麻薬を捌く男が居る。そいつに痛い目を見させるだけだから」
「それなら私も安心して出来そうだわ。けど、メイは気をつけなくちゃね」
エイプリルと何やら話していたメイが顔を向けた。
「あん? どうしてだい?」
「RPGとか持っていそうだもの」
げんなりとした表情で、彼女は呟いた。
「……確かに、それはやめて欲しいね、マジで」
ヘリが目的地を目指して、速度を上げる。
セプはその不安定な中で、立ち上がってジャニアリーに近づいた。
顔を上げる彼女に、こう言う。
「ありがとう、ジャニ」
その言葉に、彼女は微笑した。それは、いつものセプが戻ってきたことに対する微笑だった。

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最終更新:2008年11月25日 22:08
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