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「Listen boy,don't want to see you let a good thing slip away...」
歌いながら夕食に使った食器を洗うセプ。顔には幸せそうな微笑が満ち溢れている。
それを読書しつつちらちらと見ているオーガストが、小さい声でテレビを視聴中のメイに尋ねた。
「何かあったの? あんなに機嫌がいいなんてさ」
振り向いたメイの顔一杯にクエスチョンマーク。しかしすぐに理解して、頷く。
彼女は、お前は知らなかったのか、という前置きの後、理由を言った。
「あいつ、明日デートがあるんだ」
大声を出しそうになる妹の口を慌てて塞ぐ。
メイはセプの顔を盗み見るが、相変わらず幸せに溺れていて気付いていない。
落ち着いたオーガストの口から手を外し、詳しい説明に移る。
「相手は副官の……としあきとか言ったかな? 隊内のギルド兵だ。あっちから誘われたらしい。
 日付を見なよ、今日は十二月二十三日だろう? だから明日はクリスマスイブ、デートにゃ最適って訳だ。
 三ヶ月前くらいから急接近してたんだが、本当に知らなかったのか? 三つ子だって知ってたぞ」
「し、知ってたよ、知ってるかどうか試しただけだもん」
オーガストは『三つ子だって知ってた』という言葉に反応して、知らなかったことを隠蔽しようとする。
余りにそれがあからさまだったので、メイはからかうことに罪悪感を感じ、止めた。
館内放送のベルが鳴った。その部屋に居たメイ、ジューン、オーガスト、セプの目がそちらに向かう。
放送は十二姉妹の母、マダム=マルチアーノの声で、ジャニアリーとセプは至急作戦室に来るように、というものだった。
セプの目が幸せな少女のそれから、冷徹な暗殺者の目になる。
「ジューン」
「分かった」
たったそれだけのやり取りで食器洗いを交代し、作戦室に急ぐ。途中、ジャニアリーと合流した。
彼女は自室で寝ていたらしい。目を頻りに瞬かせながら走っている。
作戦室のドアを開け、入りますと挨拶をして入る。
マダムは当然既に待っていて、ホワイトボードには何処かの地図が張り出してある。
「ジャニアリー、セプ両名、参りました」
「ご苦労。時間が殆ど残っていないので説明は簡単に済ませます。
 以前交戦した敵対グループの残党が、ここから二十キロ先の山中に居ることが判明しました。
 情報では二十人ほどの、対装甲攻撃手段を持たない小規模な部隊のようです。
 最も信頼出来る兵を一人づつ連れて、掃討なさい」
セプの顔が曇る。それを見て、彼女の予定を知っているマダムは付け加えた。
「簡単な任務ですから、今からやればどんなに遅くても三時間後、十二時には終わります」
それを聞いてセプは、微笑みを取り戻す。
彼女たち二人はマダムから冊子を四冊受け取って、部屋を出た。
冊子は作戦に関する指示書で、移動手段と目標に脱出ポイント、それに現場指揮官をセプとする旨が書いてあった。
二冊は姉妹が持ち、もう二冊は兵に持たせるのである。
連れて行く兵を決める時、ジャニアリーは数分考える必要があったが、セプにはその必要は無かった。
彼女の信頼する兵──最も信頼する兵──が誰なのかなど、決まっていたからだ。
十分後には完全武装した屈強な兵士二人と姉妹が、ヘリに搭乗して待機していた。
見送りのマダムは四人の肩を叩き、無事を祈っていると告げる。
それから、ヘリの操縦手に出発を命じた。ローターが回転を始め、ふわりと浮き上がる。白いものが落ちてくる。
「あ、雪」
ガンナールームのセプは、突然降り出した雪に、口の箸を緩めた。

        Ж Ж Ж

それが一時間前のことだった。
今ではセプ以下四名は、情報と名の付くものが当てにならないとその身で理解している。
いや、十二姉妹の情報部所属兵の名誉の為に言うと、掴んだ情報は、確かにあっていた。
敵が『二十人ほど』ではなく五十人はおり、対装甲攻撃手段を豊富に持っていることを除けば、だが。
RPGの弾頭がジャニアリーの傍を掠め、何処か別の場所に着弾する。
マダムへの通信は山という環境と、四十分前からの酷い雪でロクに届かない。
それが意味するのは、撤退許可すら願えないということだ。
よしんば前者、環境がどうにかなったとしても、雪が止まなければ意味が無かった。
この悪天候ではヘリによる救出は困難を極める。車輌だってそうだ。
生き残る為には戦い、殲滅して敵の居る家屋を占領するしかなかった。
サーモセンサーは激しい銃撃戦の最中で故障し、ちゃんと動くのはよりによってジャニアリーのものだけだ。
センサーを持たない敵と同じくらいに落ちただけとは言え、面倒なことには違いない。
その上遮蔽物は点在する細い木と、一つだけ大岩があるに過ぎず、
セプはいつか自分の隠れた木が銃弾で抉られて倒れてしまうのではないかと心配が絶えなかった。
不意に雪が弱まる。指揮官は、自分から一番近い位置に居たジャニアリーに、通信を試みるよう声を出した。
「……通信、生き返りましたわ!」
ガッツポーズを取るセプ。一刻も早く離脱しなければ、四人全員が屍を晒すことになる。
通信回線を開き、マダムに撤退許可申請をして、状況を伝えた。
彼女は即決で許可を出し、ヘリを向かわせると言う。セプは礼を言って仲間たちに撤退準備を通達した。
準備といっても、合図でいつでも駆け出せる準備だ。
セプは通信で、肉声が届くかどうか微妙なところに居る自分の副官に、撤退の援護をするように命じた。
彼は二つ返事で請負い、自信たっぷりに振舞ってみせる。
ヘリが来るまで四、五分ほど掛かるだろう、とセプは推測した。データではヘリは時速二百八十キロ出る。
六十で割るとおよそ五キロ、なら二十キロ進むのには四、五分だ。
その間、彼女は雪が酷くならないように祈り続ける。
あのヘリには全天候性がないからだ。雪が酷くなれば、引き返しかねない。
彼女の祈りを天が聞き入れたかどうかは知らないが、雪が盛り返すことはなかった。
ローター音が聞こえて来て、通信が入る。
『脱出地点に来て下さい。回収します』
「了解、敵がSAMを所持している可能性があります。気をつけて」
打ち切り、合図をして、駆け出す。後ろにジャニアリーと、ジャニアリーの兵。
ヘリは彼女たちから遠からぬ場所にあった。途中、セプは振り返り地に伏せて、自分の副官を呼ぶ。
援護してくれることに気付いた彼は脱兎の如く逃げ出す。射撃を加える敵に、セプが容赦なく一撃を加える。
がちり、と音が鳴って、十発しか撃っていないのにM14が射撃を停止した。排莢が上手く行かなかったらしい。
「こんな時に!」
弾倉を外し、ボルトを引いて弾丸を排出する。再度弾倉を嵌めて、ボルトをまた引く。
敵に狙いを定めて発砲しようとした時、あちらが発砲した。
その銃口が向いた先は彼女の副官、最も信頼する兵、翌日にデートを控える男で。
セプから大分離れたところで、彼は前のめりに倒れた。
息を呑む。彼は足を撃たれたようで、流れ出した血が、積もった雪を染めていた。
救出しようとするが、救出対象に来ないで下さい、と言われて足を止める。
説得にも耳を貸さずに、早く行ってくれの一点張りで、終いには彼は拳銃を向けた。
ヘリに走る。ガンナールームに乗ると、傷つきながら戦う副官に目をやる。
通信回線を開くと、敵と彼のもの両方の銃声と、彼の歌が流れ込んで来た。
『My thoughts are with you.Holding hands with your heart to see you...』
瞬間、言おうとしていた言葉が全て消えてしまう。
残ったのは歌だけ。彼の歌をなぞるように、セプも歌いだした。
『「Now december found the love that we shared in september.
  Only blue talk and love,Remember the true love we share today」』
離れるにつれて、雑音が混じりだす。雑音が通信の大半を占めるようになったその時、
副官は初めて歌以外の言葉を喋った。
『……す』
その言葉を聞いて、セプはへたり込む。ヘリはその場を急速に離れていく。

        Ж Ж Ж

翌々日の十二月二十五日、朝。
前日から続いていた戦闘とセプの副官捜索から帰って来たメイは、
疲れに溜め息を吐いて肩から雪を払い落とした。
セプは二十三日からずっと、食事の時さえ姿を見せない。三つ子が心配するほどだ。
食事はトレーに乗せた物をドアの前に置いておくと、いつのまにか空になって置いてある。
同じく戦闘に参加していたジャニアリー、フェブ、マーチ、エイプリル、ジュライが一度に居間に入ってきた。
居残り組の一人、オーガストが、エイプリルに作戦の成否を尋ねる。
「帰って来たということは、イコール掃討は成功したということですわ」
疲れた様子を見せずに、リーダーは食卓の上の林檎を取り、それを持って部屋に戻って行った。
各々が部屋に戻る中、テレビを見始めるメイ。
二十三日夜と、セプが居ない以外は同じ構図だと思いつつ、
オーガストはエイプリルに聞きそびれたことを訊いた。
「セプは当分あのままなのかな」
意外にも、メイは笑い出した。大笑いに近い笑いが終わった後、目に涙を溜めて、彼女は言った。
「まあ、そうだな。今のままじゃ、そうだろうよ。
 けどアタシはこう予想するね。後少し待ってな、今にセプの悲鳴が聞こえて、元通りになるよ」
「悲鳴?」
首を傾げる妹に、メイは頷く。
「どういうこと?」
   ゆっくりと足を引きずりながら廊下を歩く。
「簡単だよ、待ちな」
   朝の適度な冷気が体に心地よい。
納得行かないオーガストの頭を撫でるメイ。
   手に巻きついた包帯を外す。もう必要ないものだ。
彼女は子供扱いされて膨れるが、姉は撫で続ける。
   頭のそれも除去する。見栄えが悪いったらありゃしないからだ。
柱時計を眺める二人。
   極々落ち着いて、あるドアの前に立つ。
秒針が十二を通った。
   手を体の前、肩の高さまで上げる。
次に長針がかちりと音を立てて動く。
   前に動かす。木製のドアがこん、と音を立てる。
短針が僅かに動き、ぴったり午前八時を指した。
   とっとと失せるように、との声。だがそうはいかなかった。
鐘の音が鳴り始める。
   ドアノブを掴む。
一回目。
   音で気付かれたようだ。罵声が飛ぶ。聞き苦しい。
二回目。
   回す。ドアの向こう側に居る相手は、それを止める気力もないらしい。
三回目。
   いや、鍵が掛かっているのだ。当然と言えば当然か。
四回目。
   ちょっと手元が定まらない。手に入れた合鍵が嵌らない。
五回目。
   鍵穴に狙いを定める。右手に左手を添えて固定する。
六回目。
   直進させ、鍵穴に入れる。相手は気付いていない。
七回目。
   一気に回す。気付かれた。立ち上がってこちらに来る。
八回目。
   鍵を外し、ポケットに戻す。ドアノブを掴み、引く。
               悲鳴。
「ほらな」
メイはそう言って、にやりと笑った。

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最終更新:2008年11月25日 22:13