私はこれまでこのドアを開けるのに、何度の躊躇いを挟んだだろう。今現在のそれを含めて。
大体何故私は毎朝自室のドアを開ける程度に一々、躊躇を持たねばならないのか。
勿論、原因は分かっている。三つ子だ。あの三つ子だ。オクト、ノヴェ、ディッセのせいだ。
彼女らが誕生してからというもの、私は常に悩み通しである。
一体どうすれば悪戯を止めてくれるのか、聞いてみたいものだ。
ドアノブに手を伸ばす。触れても何も起こらない。あの三人の悪魔はそんな仕掛けは作らない。
もっと単純で、もっと致命的な仕掛けを作る。
あ、そうだ、今度あの子たちにゲリラ戦仕込んでみましょうか。これは覚えておかなきゃ。
思考を打ち切り、勇気を出してドアノブを捻り、僅かに押し開ける。
隙間から辺りを観察するが、地面には何もない。天井にも何もなかった。
私は溜め息を吐いて胸を撫で下ろし──なんてしない。それは危険だと知っている。
三つ子が何もしないなんて、そんな筈はないのだ。大方、見えない天井の部分に仕掛けてあったりするに違いない。
隙間から、もう一度窺う。居間まで逃げ切ってしまえば私の勝ちだ。幾ら三つ子でも、居間にまでは罠を仕掛けられまい。
都合のいいことに、隙間から見える廊下の方向は、居間へ向かう方向でもあった。
心の中でカウントする。五、四、三、二、一。
飛び出す。何か紐をぷつりと切った感触。ああ、嫌な予想通り!
金属的で、耳障りな金切り声の機械音声が後ろから聞こえる。発生源は私の部屋のドアから。貼り付けていたみたいだ。
それは、普段使わない、凄くマイナーな言語でこう叫んでいた。
『俺は三十秒爆弾だぜ! 俺は三十秒爆弾だぜ! 二十九、二十八、二十七』
なるほど、今回はオーガストも協力したのね。合点が行く説明だ。だからいつもの三つ子らしくなかったのか。
うん、オクトたちを見つけたらお仕置きだ。オーガストは、普段を考慮して、爆弾のことは不問にしておこう。
私は急いでその危険極まりない、『宇宙の戦士』の冒頭の中だけにして貰いたい一品を掴み、
自室の窓を開け放って投げ捨てた。朝の暖かな陽光に煌く三十秒爆弾。
生憎と私はやせっぽちの原始人ではない。吹き飛ばされて堪るものか。
にしても、オーガストが自分でハインラインを読むとは思えない。誰の紹介なのかしら。メイ?
さて、久しぶりに罠を回避した私は安心……しない。怪しい。余りに簡単すぎる。そもそも有効な罠にすらなってない。
絶対何かある。信じられない。実はスーパーボールが転がしてあるとか盥が仕掛けてあるとか、きっとそうだ。
壁沿いに、身を低くして進む。やっぱり三つ子には特別教習としてゲリラ戦を教えよう。遠慮はさせない。
「あのさあ」
びくりと体が震えた。だが、声はメイのものだ。私は緊張を解かず、前を向いたまま答える。
「何かしら、メイ?」
彼女はぽりぽりと頭を掻いて、気まずそうな声で言った。
頼むから背中に突き刺さるその慈しむ視線を止めて欲しい。自分が可哀想になってくる。
「お前、何やってるんだ?」
「私の日課よ」
「そうか。アタシには良く分からんね」
メイは頷くと、居間に歩いていった。止めようとするが、そのまま歩いていく。
つまりそのルートを辿れば私も安全に抜けられる訳だ。メイには感謝して、今日の夕食は彼女の好きな料理にしよう。
記憶中枢、要するにハードディスクの視覚情報を参照し、全く同じルートを表示する。
体がそれを完全に再現するように一時的に体の制御をプログラムに任せる。
一歩、二歩、三歩、四歩、五歩。
今のところ何の罠も感知出来ない。もしかしたら本当にないのかしら。
六歩、七歩、八歩、九歩、十歩。
ない。罠はない。三つ子も時には軽く済ませてくれるらしい。
そんなことを思う私の頭上から、突然雨が降り出した。もういい。分かっている。スプリンクラーだ。
個人を識別出来たことからして警備室のカメラの識別機能も利用したのだろう。確かあそこのギルド兵は元ノヴェ隊の兵だ。
私は部屋に戻り、服を着替えてから、首謀者たちにお灸を据える為に、居間より先に三つ子の部屋へ向かった。
彼女たちは満面の笑みで出迎えてくれた。起きていたことを考慮すると、来ると分かっていたのだろう。度胸だけは素晴らしい。
「「「おはよーセプー」」」
「はいおはよう。ちょっとこっちに来なさい」
疑いも持たずに近づいて来る三人の頭頂部に素早く、手加減して拳を振り下ろす。
「「「痛いー!」」」
全く同じ仕草。全く同じタイミングで発せられる声。
はあ、三人とも可愛らしいのに、どうしてこんなに手が掛かるんだろう。
「三人とも雑巾を持って来なさい……今すぐに」
「「「えー」」」
「今すぐにッ!」
雑巾を取りに行っている間、私は濡れた自分の服を持って洗濯室へ向かう。丁度オーガストと会った。
挨拶をして、自分の用事を終わらせる。
廊下に戻ると雑巾で遊ぶ三人が居た。私が思いつかないような斬新で新鮮な遊びを考えたのか、熱中している。
そりゃもう、私が近づいても気付かないぐらいに。
「何を、しているのかしら?」
からくり人形のように軋む音を立てながら振り向くオクト、ノヴェ、ディッセ。
私を確認し、また首を戻す。それから廊下の、スプリンクラーで濡れた部分を雑巾掛けし始め、言った。
「「「ちゃんと掃除してるよー?」」」
「いや、ちゃんと見てたから。遊んでたよね」
「「「遊んでないよ?」」」
「遊んでたよね?」
腕組みをして睨みつける。効果は覿面で、ぼそぼそと小さい声で白状する。白状するも何も、見てたのだけれど。
彼女たちは素直に掃除を始めたので、私も私のするべきことに戻る。廊下に関してはもう大丈夫だろう。
あの三人、悪戯を良くするが、片付けだけは後できっちりするように躾けた。
どんなに止めさせようとしても止めないので、妥協した結果だ。最近、それじゃ駄目かしらと思っている。
いい匂いが漂ってきた。三つ子が横を通っていく。
「「「朝ごはんー」」」
これには強く言えない。しょうがないので、手早く私が片付けて、居間へ向かう。
着くと、朝食は始まり掛けていた。朝はジューンが作ることになっているので、彼女の料理だ。
因みに昼はジュライが作り、夜は私である。
ジャニアリーに任せると炒飯しか作らないし、他の姉妹たちはそもそも出来るのか疑わしい。
多分最悪なのはフェブとマーチだ。両方ともカップ麺で済ませていそうなイメージがある。
メイはまだジャンクフードっぽいものなら作れるだろうが。これはもう、他の姉妹に料理を教える必要があるかもしれない。
朝食はシンプルに、トースト二枚、ハムが四、五枚に、
トマトの輪切り(「食べなさい」「お姉様?」「食べなさい」「でも」「食べなさい」「……はい」)、
キャベツの微塵切り(「こら、マヨネーズ掛け過ぎでしょ」「「「だってー」」」)、
目玉焼きが一つ(「ソース? 信じらんないね、ジャニアリーは全く」「メイの醤油こそ。でしょう? マーチ」「塩頂戴」)、
という具合だった。
わいわいとやりながら食べ終えて、幸福に浸りながら予定に従い行動する。
「さ、訓練に行こうかな」
私たちの住む屋敷の北には、専用の訓練場がある。そこで訓練するつもりだった。
ギルド兵と同じ訓練場でもいいのだが、そうすると彼らの訓練道具を壊しかねない。
十二姉妹の鍛錬はハードであるし、また、そうでなければならないからだ。食事直後でも訓練プログラムに変更は無い。
自分たちの下にはギルド兵が居る。十二姉妹は各員が指揮する部隊を持つのだから当然だ。
皆が皆、選び抜かれた精鋭兵であり、忠誠を誓って銃を取り、指揮官の為なら死ぬ覚悟でいる。
無論金が目当てという人間も居ないこともないが、それは圧倒的マイノリティで、
数少ない彼らの中には隊に入ってから染まったのか熱烈な忠誠を抱き、こちらが驚くほどの敬意を持って接する者もある。
そんな彼らの上に立つ者が、どうして彼らより少ない量や、緩い訓練で満足出来るだろうか。
情報担当のフェブが銃を撃てなかったりするのは仕方ないと思うし、ジューンやジュライにもそこまで求めたりはしない。
体格の関係してくる格闘において、オーガストたち第三世代に強さを求めるのも酷だろう。
だがそうでないなら、つまり第一世代第二世代で、さしたる理由がないならば、
精鋭のギルド兵と比べても尚、圧倒的に強く強靭で、
敵にとって致命的な存在でなければならないというのが、私の考えだった。
だからこそ、訓練嫌いのマーチが嫌がっても、その意見を一蹴して訓練場には色々と置いた。
お母様の協力によって、インドアの戦闘訓練も出来るようにもした。格闘訓練が出来るようにもした。
三百六十度から敵を模した的が飛び出てくるものも作ったし、
様々な専門的知識が必要な訓練にも対応させたし、単なる鍛錬の類の機械も設置した。
……お陰で色々とお金を食って、家計簿が真っ赤になったのもいい思い出だ。
あの時は兵たちがお金を集めてくれたから良かったものの、
後一週間でも遅ければ、立ち直れなくなっていたところだった。
「うん? ジュライ?」
訓練場に入ると、刀を持って今しも訓練に臨もうとするジュライが居た。
彼女がするからには格闘訓練かインドア戦闘訓練だろう。
「あらセプ、訓練かしら? まあ、ここに居るのなら、それしか無いでしょうけど」
頷いて、電光掲示板で表示された訓練プログラム表を見る。思った通り、彼女は格闘訓練だった。
訓練場は入り口のドアをくぐると、ロビーが広がっている。
そこには電光掲示板と、色々な訓練場に繋がる複数のドア、それに全訓練場を見られるモニターが幾つかある。
私はジュライの訓練に興味があったので、モニター映像を格闘訓練室に変えた。
既に周囲には敵役として、五人の男のホログラム映像が配置されている。
ナイフやスコップに刀剣類、撃ってこないが銃に徒手格闘と、様々な装備だ。
彼らはリアルそのもので、細かい動作までほぼ人間と同じにしてある。
息をしているような動きをしたり、激しく動いた後は息遣いが荒くなる優れもので、プログラムはフェブがやった。
今までの実戦データを大いに使ったそうだ。
録音された音声が、訓練開始を宣言する。途端、動き出した。
彼女が一体どの難易度でやっているのか電光掲示板を見てみる。それなりに高い難易度だった。
他にやりたいことがあるのか、今居る五人しか敵を出さないようだったが。
映像では敵は二人組と三人組に分かれて、前後が少しずつタイミングをずらした攻撃をしようとしている。
ジュライはその、持ち前の冷静な表情を崩さず、振り下ろされるスコップと刀の初撃を左にかわした後、
一瞬よろめいた敵の腹部を一度に二人分斬った。
ホログラムが斜め一文字で切れて、上半分がぼとり、ぼとりと落ちる。
彼女は勢いを殺さずに回転し、残った三人の方を見た。
一人が右のストレートで殴りかかってくる。右を向き、首を反らして彼女は避ける。
大きく隙を見せた敵の肩を左手で掴み、右手の刀を敵の脇の下から突き上げ、心臓を串刺しにした。
次に襲い掛かろうとする二人の方にその死体を蹴り出し、回避に足を動かした瞬間を狙う。
まずジュライは右の敵の膝を横から蹴り、跪かせる。蹴った反動で体を回し、左の敵の横腹を蹴る。
体を弓なりにした敵の首筋に刀を当て、引いた。豆腐を両断するかの如く、容易く斬れる。
そしてやっと立ち上がろうとしていた最後の一人の、頭頂部から顎にかけての縦一線を突く。
刀を抜いて、鞘にしまった。
私はちょっとした悪戯心から、訓練が終了する前に、こちらから設定を弄ってホログラムを一人復活させてみた。
彼女は出口に向かう。その背中は復活したホログラムに向けている。出口が開かないことに困惑するジュライ。
敵はナイフでもって後ろから刺し貫こうとする。到達の瞬間、くるりとジュライは反時計回りに半回転した。
左手で敵のうなじを取り、右手を抜き手にして思い切り肋骨と肋骨の間に打ち込む。
それから、膝を突いた相手の首を両手で捻折った。投げ捨てるようにそれを放し、今度こそ訓練室から出る。
感心して拍手する。鮮やかだった。斯くありたいものだと思わせるほどだった。
「あのホログラムを復活させたのはセプかしら?」
出てくるなりそう尋ねて来る。彼女の感情は表情から分かり難いので、怒っているのかと考えたが、違うようだ。
ええ、と答えて更に言う。
「お気に召さなかった?」
「面白かったですよ」
そのまま訓練場ロビーに置いてある、休憩用の椅子に座る。私は不思議に思いながら、自分の訓練プログラムを選んだ。
先ほどのジュライが脳裏を過ぎる。
うん、今日の課題は、同じ難易度で敵の数も同じに設定して、彼女より速く全滅させられるか、だ。まずは試してみよう。
使用する武器などを入力する。M14に着剣したものだ。勿論弾倉に弾を入れずに訓練を行う。
敵が使用してくる武器はランダム。外観もランダム。設定を適応し、入室許可が出た後に訓練室に入る。
ジュライのタイムは私の復活させた敵に費やした時間を除き、十八秒。
私の目標は十七秒にしておこう。
訓練開始の声。目の前に居る敵に銃剣の狙いを定める。
後ろで衣擦れの音。質と風からして、足だ。私は迷わず前に跳躍した。
あわよくば前の敵をと思ったが、右に避けられる。高く上がった手には斧。
下ろされる寸前に、身を捻って退避する。がら空きの喉に銃剣を突き刺し、一人。
ここまで六秒。残りは十一秒だ。明らかに無理そう。
急いで距離を詰める。敵四名の中に走り込んだ。そうすればきっと数の利を使って強引に攻めてくる。
読みは当たり、彼らは同時に攻撃を仕掛けて来た。何ともありがたくも、同時に、だ。
彼らと私の位置関係はこうだ。敵をA~Dとして、Aが十時、Bが十一時、Cが一時、Dが二時の方向である。
形状で表すと、扇形に広がっている訳だ。
Aを銃床で左から右へ殴りつける。銃剣の向き先はDだ。
どうやら急に減速出来ないのは車も敵も同じらしく、自分から刺さるような形になった。
このまま流れるような動きで倒せたらいいのだが、そうは行かない。残りの二人は防ぎ切れない。
だから私は投げた。……M14を。
よりによって小銃を投げつけられた相手はエネルギーをある程度殺され、動きが緩やかになる。
私はその隙を突いた。横に回ってCの首に腕を回し、締める。
すぐに、折れる感触。ぐたりとなったそれを脇に投げ捨て、Bの後頭部を掴む。
膝の後ろを蹴りながら引くと、倒れた。飛び上がり、胸の上に着地する。肋骨は折れて肺に突き刺さっているに違いない。
前でゆらゆらと動くもの。Aがまだ死亡判定を出されていなかったようだ。
だが彼はふらふらしている。瀕死なのだ。下に落ちているM14を足で拾う。容易に胸を突くことが出来た。
これで終わりの筈だ。だというのにドアが開かない。まさかジュライが復活させた?
後ろを振り向く。彼女、ちょっと怒ったのかしら。それとも、面白がってやってるのかしら。
そう思わせる結果がそこにあった。一人、復活した敵が居る。但しちょっと遠くに。
だから私は、楽に済ませることが出来た。再び投げたのだ。
……今度は銃剣だけだったけど。
喉に刺さって死亡と見なされた敵を後ろに、私は訓練室を出る。
操作用のコンソールの前で、ジュライがにこにこ笑っていた。
「お気に召しました?」
「面白かったわよ」
さっきの彼女と同じ返し方をして、タイムを見る。
芳しくなかった。全然芳しくなかった。端数の切り上げで二十三秒も掛かっていた。明らかに私は遅いのだ。
然れども、ここで自分を慰めて終わるような真似はしない。それでは駄目だ。上達の見込みが一切無い。
私は結局納得の行くタイムになるまで六、七時間ほど粘り、十四時になる頃には何とか十九秒まで縮めた。
それから、親切にもお腹がそろそろ昼食の時間だと知らせてくれたので、居間に行ってみる。
昼食は既に完成していて、ジュライが皿を置いて回っているところだった。
訓練室から帰った後、彼女は食事の用意をしていたのだろうか?
それを手伝い、皆が続々と帰ってきたので昼食を始めた。
お母様入れて十三人も集まると、食事の量は幾ら多くても足りない。あっという間に昼食は終わってしまった。
ううん、彼女の料理は薄味だから幾らでも入っちゃうわね。
食べ終えた後、時計を見て、予定表と照らし合わせる。おっと、そろそろ次の予定に移らなければ。
屋敷にある通信室に急ぐ。ここからはギルドの武器・需品科に連絡出来る。
食料は問題ないのだが、弾薬の減りが早い。
それというのもメイは撃ちまくるし、ジャニアリーは高価だというのにメイと同じくらい撃つし、
オーガストは手榴弾を投げ始めると止まらないからだ。
三つ子も、後先考えずに好きなだけ撃つので、弾薬の急減の一端を担っている。
ジューンとジュライのコストパフォーマンスを見習って欲しい。無理なのは分かるけど。
取り敢えず手榴弾を含む弾薬をトラック二台分注文しておいた。
エイプリルしか使わないといってもいいような拳銃弾だけでも、意外と多くなるから困る。
注文が終われば、次は配下のギルド兵の訓練だ。練兵場に向かう。
オーガストの隊が閲兵とかしてたって聞いたけれど、上手く行ったんだろうか。
答えは、練兵場に着いた時点で明らかになった。
「残り十二キロー!」
「幾ら何でもフル装備はキツいです!」
「うるせえ!」
「俺たち、迫撃砲まで持たされてるんですよ!」
「だからうるせえ! 俺なんて下着見たからってカールグスタフまで持たされてんだぞ、しかもM2の方!」
「たった十四.二キロの重みでオーガスト様の下着が見られるなら俺が持ちますよ! ほら、代わりますって!」
大体何があったか把握出来る辺り、彼らは何と言うか、その。表現のしようが無くて困る。
げらげら笑いながら見ていた部下の前に立つ。
野次を飛ばしたりするのに夢中で気付かなかった彼らも、前に立たれたら気付く。
下品な罵声がぴたっと止まり、瞬時に隊列が整えられた。
何人か、オーガスト隊員と一緒にランニングさせてあげようかしら、と思ったが、それは止めておく。
私の行う訓練が遅れてしまう。私の訓練はそこまで難しいものであったりはしないが。
大抵私は、彼らが私の組んだプログラムに沿って訓練を行うのを見ているだけだ。
その中から少し問題のある何名かには、その日残って貰って一緒に訓練をする。
大人数は一度に面倒を見られないが、一桁くらいなら面倒を見ることは簡単だ。
偶に、個人教習を受けたくてわざと手を抜く兵が居るから気をつけなければならない。
今日は二時間訓練を監督した後、三名の兵に個人教習を受けさせた。内容は極々普通のものだ。
私とその三人は、走り終えて戦闘もしていないのに満身創痍になったオーガスト隊員を見ながら、自分たちの訓練に勤しんだ。
一時間で彼らは要求されたレベルに達したので、そこで解散とする。
もう六時だ。屋敷に帰って食事を作らなければ。大急ぎで帰り、台所へ駆け込む。
献立は決まっている。昨日、オクトたちがハンバーグが食べたいと言っていたから、それだ。
実はそれに関しては、もう材料は購入してある。
ハンバーグをメインにして、脇にフライドポテト、人参のグラッセ、ホウレン草のソテーを置くつもりだ。
おかずはまずサラダを作ろう。ハンバーグの味を考えると、あっさりとしたサラダがいい。
大根と玉葱で作るといいかもしれない。生姜を効かせたドレッシングを使ってみよう。
スープも欲しい。これは万人受けするコーンスープでいいだろうか。
いや、ハンバーグの味を洗い流すような役目を負わせるのだから、コンソメスープが適任だ。
そう言えばジュライが米を炊いていた。聞くところによると、ブランド米らしい。
箸は私とジューン、ジュライを除くと殆どの姉妹が使えるにしろ苦手だが、
何にでも合う米を使わずに放っておく手があるだろうか。どう考えても、ない。
あ、飲み物のストックはあったかな? そんな疑問を抱いて冷蔵庫を見てみる。お茶なら十分にあった。
三つ子(と口には出さないがオーガスト)の欲しがるジュースは無いが、
食事中にジュースというのも何だしいいだろう。
よし、決まりだ。後は作るだけだ。恐らく作り終える頃には八時になっているだろう。
私は普段と同じように、食事の用意をした。
で、予想に当て嵌まり終わったのは八時。丁度良く居間に居たエイプリルとマーチに、配膳を頼む。
エイプリルは快く承諾してくれた。エイプリルは。マーチは渋々と言った具合だった。
けど私も彼女の姉妹だ。彼女のそれがポーズであることくらい、重々承知の上である。
私も手伝って配膳をする。自分で言うのはアレだが、今日の夕食は自信作だ。
多分射撃場に居るのだろうメイとオーガストを呼びに行こうとしたら、タイミング良く帰ってきた。
メイはオーガストを肩車していたが、下ろして席に着いた。オーガストも、席に着いた。
匂いに釣られてやって来たオクトたち。その後ろから、お母様も来る。
これは困った。実はまだ配膳が終わってない。もう少し残っている。少し待っていて貰うことになる。
出来るだけ速く食事にしたかったが、どうやらオーガストはそれでも遅いというらしい。皿で遊び始めた。
三つ子も真似を始める。私が注意するより先に、お母様が注意した。
やっと食事の準備が終わった。席に着き、頂きますと言って食べ始める。
嬉しいことに、三つ子からの評価は高かった。ジューンにはレシピを聞かれた。
和食専門のジュライはそこまでの興味は無かったようだ。
食事が終わると、洗い物が待っている。コップ、お皿、フォークにナイフにスプーンに箸。
それを十三人分だ。気の利くジューン、ジュライ、お母様は自分で洗ってくれるから、実際には十人分だけど。
他の皆にも、もっと家事をする人への敬意を持って欲しい。別に、自分が楽したいとかじゃない。
家事の大切さを知って欲しいのだ。
彼女たち、兵站と言えば大切さをすぐ分かるくせに、家事というとあんまり分からないんだから、もう。
後方の充実無しに勝利は有り得ないのだ。ん? 微妙にずれてるかしら。
下らないことを考えたりもしつつ、洗い物を終わらせる。
慣れていることもあり、終わったのは一時間後の十時だった。食洗機万歳。
新記録更新である。以前の記録は一時間十三分だった。それでも速い方だと思う。
濡れた手をタオルで拭いて、次は洗濯物だ。
洗濯乾燥機の中で乾いている服を取り出し、所有者によって分類していく。
これが三十分から四十分掛かる。畳んでいるからだ。そうしないと苛々する。
終わったら、冷蔵庫の確認。
飲み物は出来る限り、お茶のペットボトル六本、ジュースのペットボトル三本を備えるようにしている。
ジュースはさっき確認した時と同様無かった。
メモに書き付けて、明日買いに行くことにする。あ、その時明日の夕食も決めようかな。
自分の部屋に行く。そろそろ眠りたいが、もうちょっと我慢だ。
部下の訓練方針を今日の結果を基に決定し、それに沿った訓練プログラムを作り、個人教習プログラムも大まかに作成しておく。
これがあると無いとでは……比べてみたことが無いから分からない。
終えて、寝ようと思ったがまだ駄目だ。もう一つ残っている。
三つ子の部屋に行く。すやすやと眠っている。ああもう、布団を蹴飛ばしたりして。
彼女たちは三段ベッドを使うので、起こさないように注意を払う。梯子が音を立てやすいので困る。
毛布を掛け直したり、体の向きを直す。顔を見てると、何もしなければ本当に可愛いのになあ、とか思う。
黙って退出し、私も眠ることにした。欠伸をして部屋に戻り、電気を消してベッドに入る。
目を閉じて、今日あった出来事を思い出す。こうすると私は良く眠れるのだ。
思い出したくないほど悪いことがあった日は、前日のことを思い出すようにしている。
今日もそれは適応されて、すぐに眠くなって来る。
意識が落ちる瞬間、誰が居る訳でもないのに口をついて言葉が出た。
「──おやすみなさい」
最終更新:2008年11月25日 22:15