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オーガストの朝はそれなりに早い。セプ(と、当日何か楽しみな予定のある三つ子)には劣るが、かなり早い方だ。
午前六時半、彼女は目を覚ます。
鳴り出す五分前の目覚まし時計を余裕な手付きで止め、目を擦りながら暫しの勝利に酔う。
寝る時には下着だけになるので、彼女の着替えはまず下着を脱いで丁寧に畳むところから始まる。
この間、もし伝令など何らかの必要性があったとしても、ギルド兵が不用意に訪れようものなら、
用件の後に戦死者リストに人数分の名前が追記されることになるだろう。
可愛らしいピンク色の、フリルが付いた下着を脱ぎ、新しいそれを身に着ける。
実はクローゼットの奥に色っぽい黒下着があるのだが、未だに使っていない。
使う相手が居ないのだからとオーガストは自分に言い訳するが、どうせ使っても合わないだろう。
因みに本人は隠し通しているつもりだが、フェブ経由でとっくの昔にギルド兵にさえバレている。
彼女の服については、ニルソンからプレゼントされたものをいつも着ている。
今日もそうで、オーガストはお気に入りの一着を着込んだ。
ただ、シルクハットは別だ。シルクハットには只ならぬ愛着があり、専用の収納ケースもあった。
毎朝毎朝、彼女は髪を整えるとシルクハットと睨み合いをする。
ウールフェルトを糊掛けしてハードに仕上げた一品。コットンで出来ている、長く使ってきた歴史ある一品。
うんざりするほどのシルクハットがある。その中から、今日という一日に相応しいものを探すのである。
最後に、蹴りの練習。彼女の日課だ。暇があり、気が向けば、いつでもやっている。
膝蹴りを試したり、コンボを探してみたり、新しい蹴り技を考案してみたり、尽きぬ情熱を傾ける。
それが済めば、後は殆ど何もしない。予定があるならば実行して、何もなければ体の鍛錬をしたり遊んだりする。
確認の為にカレンダーを見ると、今日はまず検閲があるようだった。
畳んだ下着と、前日眠る際に畳んで置いていた服を持って、十二姉妹専用の洗濯室に向かう。
大型の洗濯乾燥機の中に放り込み、電源を入れ、設定をして部屋を出た。
入れ違いにセプと会う。朝の挨拶をして、オーガストは検閲の為、
彼女の住む屋敷から少し離れた場所にある練兵場に向かった。
自転車でも使えばすぐ着くのだが、そうしない。彼女曰く、道のりを楽しむのだということだ。
で、これはどうでもいいことではあるが、ギルド兵の間では単に乗れないだけなのだと実しやかに囁かれている。
歩きながら伸びをして、まだ完全に起き切っていない体を本調子にした。
すっきりとした心持で道を歩く。朝のひんやりとした空気は、一層彼女の気持ちを良くした。
練兵場に近づくにつれて、地響きが聞こえて来るようになる。
オーガストが検閲の詳細を確かめると、こう表記してあった。
『迫撃砲部隊の射撃、閲兵、新入隊員への手榴弾投擲訓練の見本』
うんうんと何度か頷いて、自らの身長をかなり超える大きさの両開きの扉を開け、練兵場に入る。
と、大分に離れたところに居たにも関わらず、他のギルド兵の訓練を指揮していた兵が、駆け寄って来た。
その目の良さに呆れるオーガスト。
彼は朝早くから手を煩わせたことへの謝辞を述べ、一応ですがと断ってから説明した。
「これからあの迫撃砲分隊五つが、同時に別々の目標を攻撃します。彼らは鍛え抜かれていますから、百発百中ですよ」
二人は少し離れた場所から、言葉通りになるものかどうか見守っていたが、一向に発射しようとしない。
焦った隣の兵は手短に謝ってから、彼らの傍に走り寄った。
その時に交わされた会話は幸いにもオーガストに聞かれはしなかった。
彼らの会話はこうだ。
「おい、どうして撃たないんだ? 俺が恥を掻くだろう」
「あんたがさっきからバカスカ撃たせるから、オーバーヒートして撃てやしねえんだよ」
「水は?」
「さっき休憩の時に飲んじまった」
「なるほど。じゃあ体内から出すか」
「戦争映画の見過ぎだ」
「いや俺昨日はプロジェクトA見てた」
後は予想に任せるが──まあ、想像に難くはないだろう。
兎に角彼らは液体で筒を冷やすと、迫撃砲弾を発射した。
それは撃ち出した彼らも驚くような綺麗な曲線を描き、三発が続けざま、各々の目標の上に落ちる。
隊長の評価を待ち、固唾を呑んで、オーガストを見る隊員たち。
返答は拍手だった。彼女は喜んでくれたのだ。隊員たちの間に安堵と喜びが走る。
次は閲兵である。隊員たちはヘルメットの下のにやにやした顔を引き締めた後、ヘルメットを外し整列する。
オーガストはその横を、緩やかな足取りで通る。ある一人の前で足を止めた。
「ヘルメットの部隊章が曲がってるね」
呟くと、慌てて直す。それを、唇の端を吊り上げながら見る少女。隊員の何名かは、羨ましそうに彼を見つめる。
勿論だが、部隊章が曲がっていることを指摘された隊員とその仲間たちは、
オーガストがそれを気に入らないから直させたのではないと知っていた。
彼女は自分の立場を心底気に入っているのだ。
だから、立場を利用して、相手より高い位置にいると思って(実際そうだけども)、喜んでいる訳である。
外見に相応の子供らしい行動だから、オーガストが胸を張って自分の優位を示しても、誰も本気で相手にしない。
ああ、オーガスト様は今日も可愛いなあで終わる。気付かれないように目を細める辺りはちゃんとしているが。
閲兵を終えた後、新入隊員とそれ以前から入っていた隊員に分かれる。
新入隊員はオーガストの見本を見せて貰い、実践する。それ以前のものは観賞だ。
何人かは新入りの中にヘルメットをつけて潜り込もうとしたが、取り押さえられた。
「じゃあ、まずは一般的な手榴弾から説明するね。これはM24型柄付手榴弾と言って……」
事細かな逸話から、為になる雑学まで交えて新入隊員に手榴弾とは何たるかを教えるオーガスト。
それでも十分間に纏め、実際に投げてみるところまで進める。
「今回はこの演習用の模擬手榴弾を使うから爆発はしないよ。えっと、何処に投げようか」
あちこち向いて標的を探す間に、古参の兵たちは五、六歩後ろに下がった。
それは、こんな会話があったからである。
「ところで昨日プロジェクトA見てたんだけどさ」
「聞いたよ」
「模擬弾と実物取り替えた」
「いい加減にしろよお前。万が一こっちに飛んできたらどうするんだ」
やっと標的を決めたオーガストが振り向くと、新兵たちから古参が離れていた。
が、別にそこに立って居ろと言ったのではなかった為、気にせずに進める。
「じゃあ投げるよ。まず投げるにはこのリングの付いた紐を引っ張ります。
 遠くに投げる時はリングを指に嵌めて、そのまま投げるといいよ。で、引っ張ってすぐ、投げる!」
ぶん、と宙を舞う手榴弾。幸い、人の居る場所には落ちなかった。
一、二、三、四、五秒が立ち、爆発する。
新兵は腰を抜かした。古参たちは笑いに笑う。何人かは耐え切れず地面に這い蹲って笑った。
その中で、何とか震えながら耐えていた男の体が、ぴたりと止まる。視線はオーガストに釘づけだ。
何なのだろうと思って仲間が見てみると、そいつも固まった。
驚いたオーガストは躓いて転び、こちらに体を向けていたのだ。
更に体勢の問題で、丁度下着が見えるか見えないかの位置だった。
立ち上がるオーガスト。埃を払い、落ちてしまったシルクハットを被り直す。
それから緩慢な動作でその二人の前に立つと、鍛えられた肉体で、鍛えられた数々の技の内二つを披露した。
三十分後。新入隊員を帰らせ、古参隊員全員に練兵場を、
二十キロ分フル装備で走るよう通達した後、オーガストは屋敷に戻った。
自室から二冊の本を持ち出して、居間のソファーに座る。運のいいことに誰も居らず、静かに本が読めそうだった。
懐からフェブの古い眼鏡を取り出し、掛ける。別に目が悪いのでもないし、インターフェイスを使うのでもない。
そうした方が大人っぽいような気がしただけだ。
読むのは図書室から借りて来たゲーテやその他、一般人なら見ているだけで眠気を誘発するような書の数々。
オーガストはそれにも良く耐え、十分間字を追っていたが、遂に本を閉じると、もう片方の本を読み始めた。
題名だけ紹介しておこう。『手榴弾と歴史』である。
四時間たっぷりと味わって、彼女は本を読み終えた。充足感が心に満ちる。
予定を確認した。もう入っていないらしい。
久しぶりに、彼女の憧れ尊敬する、エイプリルの部屋に遊びに行くことにする。
気取られぬよう足音を忍ばせ、ドアを開ける。机に向かった敬慕の対象の姉は何かに熱中しているようだった。
かちゃかちゃと金属音を鳴らせている。背中に飛びついた。乾いた音が鳴って、硝煙の臭いが鼻をつく。
ひくひくと震えるエイプリルの眉。手には、実包を込めていたのだろうルガー。銃口から白煙が立ち上っている。
状況を総合的に考え、冷静に検討した結果オーガストは、先手必勝で謝ることにした。
「そこにお座りなさいオーガスト。ええ、そこ、床ですわ。ああ、正座で座りなさい」
けれども、こういうことに厳しいエイプリルはそれを許さない。
みっちり数時間のお説教を食らう羽目になった。
途中、気の毒そうな、それでいて何も考えてなさそうな顔で、三つ子が通った。
自分が畏敬する人から叱られたことで意気消沈し、
そのまま退室しようとするオーガストの頭をエイプリルは優しく撫でる。
性格の捩くれたマーチが見たら、『飴と鞭』と言って笑っただろう。
だがオーガストからすれば、救済に等しかった。調子を取り戻した彼女は、ほんの思いつきで射撃場に向かう。
今日は新型の焼夷手榴弾が大量に入荷する日なのだ。
実際に手にとって、暫く弄繰り回す。
ピンを少し引っ張ってどれくらいで抜けるのか調べたり、重さを確かめてたりする。
その後、通常通りの手順で投げた。四秒の遅発信管がセットされた手榴弾は、空中で二秒半を過ごし、
一秒を地上に当たってバウンドしている間に過ごし、残りの半秒を地面で過ごした。
爆発し、テルミット反応で鉄をも溶かす高温に達する周囲。匂いが届く。良い匂いだ、と、オーガストは思った。
それから彼女は狂ったように投げ続けた。
肩の接合部分に異常がないか検査する必要があると、途中から来たメイが思うほど投げた。
防御型手榴弾、攻撃型手榴弾、黄燐手榴弾、先ほどの焼夷手榴弾、
催涙手榴弾、発煙筒、音響手榴弾、閃光手榴弾、特殊音響閃光手榴弾、
一々固有の名を挙げて行けば、全く切りがないほどに投げた。
途中、昼食を食べる為に屋敷に戻ったりもしたが、ありったけの手榴弾を投げた頃には夕方になっていた。
運動の為に脱いでいたシルクハットを被り、同じく帰ろうとしていたメイと一緒に歩く。
メイとオーガストは歩幅が違うので、オーガストが追いかける形になっていた。
それを見て、メイが妹の体を抱え上げ、肩車する。
恥ずかしがってオーガストは姉の鋭角的な頭を叩いたが、それ以上の拒否はしなかった。
帰ると、夕食が始まる少し前で、今から呼びに行こうと思っていた、とセプに言われる。
メイはオーガストを下ろすと、自分の席に座った。妹もそれと同じように、自分の席に座る。
不思議なことに空腹になると時間が遅く感じるもので、
オーガストはいつまで待っても料理が来ないような気がして来た。
用意されたフォークで皿を軽く叩く。きん、という音が鳴った。
オクトがそれを見て、スプーンで皿の中央を叩く。こん、という音がする。
ノヴェも真似して、彼女はコップをとん、と机に置きなおした。
困ったのがディッセだ。何を使うか迷った彼女は、手を水で濡らすと、それで皿を擦った。
きん。オーガストがリズムを取るように叩く。
とん。ノヴェが間に挟むようなタイミングでコップを置いた。
こん。音のない空白部分が一対一対一になる時を見計らって、オクトはスプーンで叩く。
締めくくるように、ディッセが皿を長々と擦った。
咳払い。マダムが視線でたしなめていたので、四人は諦めて素直に料理を待つことにする。
彼女たちが作曲を取りやめてすぐに、セプの自信作らしい料理が運ばれて来た。
それについては割愛する。十二姉妹で一、二を争う料理上手の悲しみの声が聞こえそうだが、省略する。
で、食べ終えた後。
三つ子は早々にベッドに退却して行った。
オーガストは、大人は夜更かしをするものと信じて止まないので、寝ようとしない。
寝ようとしないが、体は睡眠の必要性を切実に訴えていた。よって、オーガストはテレビを見ている最中に眠ってしまった。
「う、うう……空飛ぶOTO M35……!」
何やら奇怪な寝言を呟きながら魘され、寝返りを打つ彼女の体を優しく抱き上げる女性。
彼女、オーガストの敬するエイプリルだ。
普段はきつめきつめに接する彼女の今の態度をからかうメイを黙らせ、部屋に運んでいく。
ベッドの上に横たわらせて、起こさないよう注意して服を脱がせ、畳む。
毛布を掛けると、心なしか落ち着いた風に見えた。
エイプリルは何か他にやっておくことがないか確かめた後、可愛い妹の寝顔に微笑んで、部屋を出た。
オーガストの夜は早い。三つ子には劣るが、姉妹では早い方だ。
午後九時半、彼女は眠りに就く。これが、余り変わり映えしないが大切な、彼女の日常だ。

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最終更新:2008年11月25日 22:20