アットウィキロゴ
『業務日誌──エイプリルの提案で始まったこいつ、百回目の書き込みだ。
 殆どただの日記と化していたこれだが、栄誉ある百回目(続いたのが驚きだよ)に今日のことを書かなければならないかと思うと、
 本当に嫌になってくる。何しろ担当者はこの日誌を書き終えてからでなければ眠ってはならないのだ。
 というか最初からかなり気になっていたんだが、アタシたちが書いたこれ、誰が読むってんだ?
 まあいいさ、早くこれを書いて眠りたい。エイプリルは屋敷に帰ってきた途端、ぶっ倒れてフリーズしちまった。
 お陰でアタシが抱き上げて、部屋まで連れて行く羽目になった。
 セプは三つ子を抱えて居間のソファーで眠ってるのを見た。
 フェブは床で眠ってたけど、マーチが力を活かして部屋まで連れてったらしい。多分、マーチもフェブの部屋で力尽きてる。
 ジューンはふらふらしながら自分の部屋に戻って行った。あのジュライさえ、疲労を隠せていなかった。
 ……今まで何とも感じなかったが、こうして書いているとアタシが無事に戻ってきたことが信じられなくなってきた。
 更に言うなら、自分だけではなく全員が帰ってきたことが一番信じられない。
 全員が大なり小なり損傷を受けているとはいえ、生きている。外した左腕の動作がおかしいが、アタシもだ。
 今日は散々だった。作戦はとんでもない負傷率を叩き出しながら成功したが、もう二度と御免だ。
 もう筆が続かない。眠くて何も考えられない。明日、ニルソン様に診て貰おう。
 恐らくアタシ以外の十一人も医務室に並んでいるだろうが、何としてでも左腕を直さなければ。気分が悪くて仕方がない。
 残り三行、この行を含めずに残り三行で報告が終了する。だけど、これ以上なんて書けばいいんだろう?
 ええい、兎に角アタシたちは作戦を遂行した。雪辱を遂げた訳だ。
 マルチアーノ十二姉妹万歳! アタシたちを救出してくれた奴らに万歳! お母様とニルソン様にも万歳!
 これで報告終わり! アタシは寝るぜ! メイ』

        Ж Ж Ж

久しぶりに、静かな夜だった。虫の鳴く声が、姉妹の話す声が途切れた一瞬一瞬に聞こえるほどの、静かな夜だった。
アタシは居間で、感慨に浸りながらソファーに座り、手近な窓の外を眺めていた。
目を閉じて耳を澄ませると色々な音が聞こえる。通常の人間に感じ取れないような音もだ。
敢えてそんな音をシャットアウトし、人間の可聴域で音を聴いてみた。
虫の音。風が窓に吹きつける時の音。近くで話しながらテレビを視聴中のジューンとオーガストの声。二人とも無邪気だ。
今日、この屋敷には四人しか居ない。テレビを見ている二人とアタシ、それにニルソン様だ。
けどニルソン様は居間には居ない。
何かあったのかそれとも大した理由はないのか、彼はアタシたちのスペアボディをチェックしている。
「あ」
小さく声を出した。テレビから視線を外し、振り向くジューン。気配で分かる。手を振ってなんでもないと示した。
思い当たる事実があった。最近、セプのボディの調子が悪かったのだ。
駆動系に問題があるんじゃないかと彼女は言っていた。きっと換装の為のチェックをしているに違いない。
ニルソン様なら軽い修理で直してしまいそうだが。
再度、窓の外に意識を向ける。と、瞼を透かして見えた光が消えた。左目を暗視モードにして目を開く。
ブレーカーが落ちたのだろうかなどと甘いことを考えはしない。十二姉妹はクリミナルギルドの部隊である。
いつ何時襲撃されてもおかしくはない。同じく暗視モードにした二人と一緒に屋敷の中心部に走った。目指すは中央警備室だ。
ギルド兵も何人か待機している筈だし、あそこは別の電源で動いている為、一般の停電時でも作動する。
観音開きのドアを開け、警備室に入った。明るい。明るいが、カメラの映像が映っていない。
アタシは襲撃であることを確信した。何者かが、アタシたちに攻撃を仕掛けてきたに違いない。
ニルソン様に言わなければ。そう思ったが、ジューンが先に行動していた。
が、彼女は内線通話で連絡しようとしていたのだが、通じないらしい。こっちまで妨害か。
カメラが戻った。映像を見て驚く。表口に大勢の武装し覆面を被った人間が居て、今にも突入しようとしていた。
急いで正面玄関へ向かうことにする。兵にはドアに鍵を掛け、銃を持って待機するよう命じた。
ここを乗っ取られると、もし中でやりあうことになった際に不利過ぎるからだ。
「アタシとオーガストで表に居る奴らをやっちまうから、ジューンはニルソン様を保護してくれ」
分かった、と頷いて、駆けて行くジューン。
生憎ショットガンはないし、取りに行ってる時間もない。オーガストの手榴弾も数が少ない。
白兵戦になる、か。服が破れるな。折角のプレゼント品だと言うのに。
走りながらそんな下らないことを考えていたが、玄関が近づいてきたので思考を戦闘状態に切り替えた。
聴覚を駆使し、敵を探る。音はない。アタシは驚いて、もう一度探ってみる。ない。オーガストにもやらせたが、結果は変わらない。
訝しみつつも玄関に近づき、ドアを蹴り開けた。オーガストが手榴弾を投げようとして、固まる。
……誰も居ない? 事実を受け止めて、陽動だったのだと結論付ける。
しかしどうやってあの人数を、兵に知られずに別の場所に移したというんだ?
通信が入る。既に、アタシとオーガストは裏口へ向かっている。残る入り口はそこしかない。
窓はないだろう。音を立て過ぎる。すぐに気付かれて、奇襲にならない。
通信は兵からだった。
『メイ様、カメラの映像は偽の映像です!』
「陽動だってんだろ? もう分かってる!」
そう答えて通信を切ろうとしたが、次の言葉がそれを止めさせる。
『奴ら、こっちがカメラが映らないことや事態の把握に時間をかけている間に、
 カメラ映像を乗っ取ったんですよ! それで偽の映像を流したんです、裏口に居るに違いない!』
なるほど、とんでもない大ポカだ。こんな時にフェブが居ればとは思うけれども、今言ったって何の解決にもならない。
まあ何はともあれ、敵の居場所は分かった。急ごう。
途中、銃声が始まり、ジューンの通信が入った。ニルソン様の居る医務室に行く途中敵と遭遇、交戦を開始したとのことだった。
奴ら存外に多いようだ。ニルソン様が危ないな。
アタシはオーガストから一本手榴弾を貰い、彼女を置いてスピードを上げた。
銃声が近づいて来る。T字路の曲がり角に隠れたジューンの後姿が見える。手榴弾のピンを抜き、投げた。
爆発。煙と死体と銃弾の中を突っ切って、医務室に飛び込む。
後ろ手にドアを閉めて鍵を掛けると、ニルソン様を探した。居ない。連れ去られた?
最悪の可能性に考えが到り、アタシは顔面が蒼白になったような気がした。
ジューンに敵の動向を訊く。退却に転じたそうだ。『目的は達された』ということか。
乱暴にドアを開けて、彼女と奴らを追う。裏口から行ける細い道を通り、月光に照らされて出来た奴らの影を見て走る。
エンジンが始動する音。大きさと音の感じからすると軽トラだ。細かいデータを参照している暇はない。
全速力で走る。だが車に追いつくのは無理な話だ。
アタシの目に映ったのは、気絶したのか荷台に背を凭れさせているニルソン様とアタシたちのスペアボディ、
そして最後に、覆面を外した状態で荷台に仁王立ちし、不敵に笑う男の顔だった。

        Ж Ж Ж

ニルソン誘拐、スペアボディ強奪の報を受け任務から戻って来たマダムは、損害報告を受けて溜め息を吐いた。
メイ、ジューンとオーガストの表情が沈鬱としたものになる。
自分のせいだと、そう三人は感じていた。マダムも彼女たちの感情には気付いていただろうが、慰めはしなかった。
それは三人にとって肯定に等しい。加えて、他の姉妹からの目も彼女たちを落ち込ませた。
セプはあれやこれやと心配してくれたが、エイプリルを筆頭とするその他の姉妹からどう思われたか、思われているかを考えると、
三人の頭には絶望的なまでのネガティブな考えしか浮かばなかった。
「エイプリル、私の部屋に来なさい」
マダムに呼ばれ、十二姉妹のリーダーは後について彼女の私室に行く。
部屋の中は見慣れたものだ。ベッドや鏡、化粧棚、机二つ、ソファーが配置された、
大して変わったところのない部屋である。
まあ、片方の机の上に分解されたマダムのマウザーがあるのは、変わったところに数えてもいいかもしれない。
マダムはマウザーがない方の机の上にあるワインを取り、グラスに入れて、飲み干す。
紫の液体を嚥下し終えた後、彼女は傍に黙って立つエイプリルに命令を下した。
「至急フェブに情報を収集させ、ニルソンの居場所を突き止めなさい。
 然る後、救出作戦を立案、実行します。宜しいですね」
「はい、お母様」
回れ右をして命令を実行する為に居間へ戻ろうとするエイプリル。
が、マダムは退室直前に呼び止める。
「それから、メイやジューンのフォローをお願いします。
 落ち込んでいるようですから、励ましてやって下さい」
「分かりました、お母様。心配は無用です」
請け負って、今度こそ退室する。
それを視線で見送り、もう一度ワインを注いで飲むと、マダムはまたもや、溜め息を吐いた。
さて、場所は変わってフェブの部屋になる。
中では姉妹たち全員が、所狭しと座ったり立ったりで、フェブのパソコンによる作業を見守っていた。
心配なのだ、マダムと同じくらい大切なニルソンのことが。
それはフェブにおいても勿論変わらないことで、眉間に皺を寄せて情報を収集していた。
一時間が経過し、二時間が経過し、三時間が経過し、疲れが自身に自覚出来て来ても、彼女は諦めずに調べ続ける。
遂に十二時間を突破した。既に姉妹たちは眠りこけている。あの時屋敷に残った三人を除いて。
その三人もうつらうつらとしていた。ジューンは目を頻りに瞬かせているし、オーガストは半分寝ている。
メイは舟を漕ぎ始めた。前後にゆっくりと頭を振っている。
ごん、と音が鳴り、小さい声が上がった。フェブはそれに構わず作業を続ける。
傍で座って見ていたメイが、遂に一瞬眠ってしまい、頭を強か打ってしまったのだ。
「メイ、大丈夫か?」
流石に今度は手を振って大丈夫とは行かず、暫く彼女は頭に手をやって抑えていた。
しかしぶつけたお陰で何か思い出したらしい。作業中のフェブに取り付いて、喋りだした。
「フェブ、フェブ! アタシ奴らの顔を見たぜ!」
ぐるんと顔を向けるフェブ。少し怒り気味だ。最初から言え、と目で言っている。
だがいらぬ時間を使う気はなかった。すぐに機器を用意し、メイの記憶中枢を検索する。
「これですわね」
軽トラに乗って逃走する瞬間のデータをコピーし、それを使って情報を探してみる。
まもなく、数件の情報が見つかった。
但し、それはニルソンの居場所ではなく、男の素性であったが。
「無職? 結構な身分と行動力だな」
機器を外し、フェブの横でメイが呟く。
「残念ですけど、余り役には立ちませんわ。この映像──あ、忘れてた」
閃くものがあったフェブ。凄い勢いで手指を走らせ、新たなキーワードで検索し始める。
「調べるものは、監視カメラ。範囲は、半径百六十キロ。ナンバーは……」
やがて、一つの写真を印刷し始めた。横から覗き見るメイ。
その前にちらっとジューンたちを見てみると、完全に眠っていた。
「これ、あの軽トラか?」
「恐らくは」
写真には、何処かのビルの駐車場に停められた軽トラが映っていた。
時間が違ったので当然ながら荷台には誰も居ないし、誰かが乗っている様子もない。
フェブはパソコンのモニターから顔を逸らさず、メイに忠告した。
「何処のビルなのかは今検索中ですから、メイは眠っていた方がいいんじゃないですの?
 遅かれ早かれ、眠れなくなりますわよ?」
メイはそれを受け入れ、眠ることにした。
自分がニルソン救出に重要な情報をもたらす手助けを出来たことで、彼女の寝つきは悪いものではなかった。
静寂が戻る。寝息とパソコンを操作する音が部屋を支配しだす。

        Ж Ж Ж

朝が来た。ニルソン誘拐、ボディ強奪から二度目の朝だ。
三つ子の小さく可愛らしい寝息が規則正しく並び、メイのいびきにも似たそれが後に続く。
メイの近くで眠るジャニアリーの眉は、ぴくぴくと動いている。時々にへら、と顔が緩むのは、幸せな夢だからなのだろう。
内容が何なのかは敢えて触れないが。
目覚ましの音が鳴った。セプが真っ先に起動し、時刻を確かめる。針は午前九時を指していた。
彼女の朝はいつも早いので、こういう時だって一番先に目覚めることが出来た。他が一部除き遅すぎるのもあるが。
とはいえども、前日が前日だ。まだ眠い。それを何とか抑え付け、瞼を擦りつつ、セプは皆を起こし始めた。
「何ですの? 騒々しい……」
セプによってではなく目覚まし時計の音によって目を覚ましたエイプリル。
辺りを見回し、セプの背中を寝起き特有のぼーっとした目つきで見つめる。ふと、その目が音の元凶に向かった。
途端、殺意にすら似た波動を漂わせ始めた。
腿のホルスターに入ったゲーリングモデルのルガーを抜き出し、ゆっくりと味わうようにトグルアクションを動作させる。
初弾装填の小気味良い音がして、エイプリルは口の端を緩めた。
右手だけで狙いをつけ、荒野に霜の降るが如く引き金を引き絞る。乾いた破裂音と金属音が同時にして、時計は動きを止めた。
満足したように微笑んで、ホルスターに黄金に輝く銃を収め、彼女はぱたりと倒れる。
「何やってるのエイプリル!」
銃弾の発射音で起き出した姉妹を放置し、飛んでくるセプ。
ジュライのような目になっているエイプリルを起こそうと、襟首を掴んで前後左右に揺らす。
それでも一向に反応がないので、終いにはセプも諦めて手を離した。落下する頭。床に直撃する。
エイプリルは昨日夜のメイ同様に、跳ね起きる。やはりメイと同じく、完全に覚醒したらしい。
それを確認したセプはやっと一息吐くことが出来た。
欠伸をしながらメイが、結局あのビルは何処だったのかをフェブに問う。
訊かれた彼女は口では答えず、キーボードを叩いて示した。
「図面か何か、ある?」
「勿論、用意してありますわ」
右手で眼鏡を拭き、左手一本で操作する。パソコンのモニターに、五階建てのビルの見取り図が表示された。
メイはフェブのパソコンの右端にコードを繋ぎ、それを自分に接続して見取り図をダウンロードした。
周りに集まりだす姉妹。続々とダウンロードされる情報。と、フェブの部屋のドアがノックされた。
セプが開ける。居たのはマダムだった。
彼女は部屋の人口密度に眉を少し上げたが、至って平然とした顔で、
得た情報全てを印刷した後、それを持って作戦室へと集まるよう命ずる。
ぞろぞろと、ダウンロードを終えた姉妹たちは移動を始めた。
きっちりとノックをして、返答が帰って来てから入る。
マダムは印刷された情報を受け取って、それを大きなホワイトボードに磁石で留めた。
その間に十二姉妹は所定の席に座り、作戦会議の開始を待つ。
「さて」
母の小さく呟いた一言に、エイプリルが起立の号令を掛ける。全員が同じタイミングで礼をし、着席する。
「時間がありません。ですので、手短に話しましょう。
 最早通達する必要もありませんが、フェブラリーの努力によりニルソン誘拐犯一味の居所を掴みました。
 作戦を立案次第、救助に向かいます。尚、これはこちらが独自に調べていたことですが」
一枚の紙を取り出し、ホワイトボードに更に貼り付ける。
「ボディの強奪に関して反ギルド組織が手を貸している可能性があります。
 それが真であれ偽であれ、強力な反撃に遭遇することを予想しなければなりません」
甲高い音を響かせて、ホワイトボードに『強固な防備』と記入する。
マーチが挙手した。発言を許可するマダム。
「フェブにニルソン様をまず捜索させ、ニルソン様の居場所に向かって突っ走る。
 そして可能ならボディを奪還、または破壊する」
「脱出はどうするんですの? 突っ走りますの?」
ジャニアリーの野次が飛ぶ。マーチは落ち着いて答えた。
「ビルの屋上からヘリで」
「あの、それについてなんですが」
声の主に注目が集まる。この場合はフェブに、だ。
彼女は図面の屋上部分を指差しながら言った。
「図面に因ると、屋上は広いながらも障害が点在している為に、大型のヘリは着陸出来そうにありません。
 ニルソン様の消耗も考えなければなりませんし、縄梯子やロープに掴まるのも不可能だと思います。
 ただ、小型ヘリ数台に分けて載せるのならば出来ないこともないかと」
「そうですね。小型ヘリならば、操縦手除き四人を同時に運べるヘリが四台あります。
 ならば問題ないでしょう。メイ、強奪されたボディの個数は幾らでしたか?」
「各人のボディを一つずつで計十二体です、お母様」
聞いてマダムは、『ヘリに因る脱出』と追記する。
セプが手を上げて、発言した。
「突入はどうするんですか? お母様」
「私の案では、トラックで突入する予定ですが、他に意見は?」
何人かの手が上がった。マダムはそれを見渡し、ジューンの意見を聞くことにする。
彼女は真面目に立ち上がって発言した。
「上部に敵が集まると面倒だから、さっきの小型ヘリで四名、上から突入して下に追い立てるのがいいと思う」
「私はジューンに賛成です。奇襲から立ち直った兵が多く、また強力な銃器を手に立て篭もれば、見逃せない脅威になります。
 ですので、予めその危険を出来うる限り排除する必要があると思います。
 それに憶測ではありますが、屋上には配電盤があるでしょうから、もしそれを破壊出来ればこちらに有利になります」
ジュライが賛成を表明し、オーガスト、メイ、セプもそれに従う。
エイプリルも暫く考えていたが、やがて肩を竦めて、賛同した。
後は済崩し的に、全員が賛成に傾く。マダムは『ヘリに因る脱出』の隣に、『一部はヘリで突入』と書いた。
「では、作戦に関する細かい事項は私がやっておきます。各員は武装のチェック等、欠かさぬように。
 尚今回の作戦では、防火シャッターや防火扉を改造した障害物が考えられます。各隊は対応手段を持って行きなさい。
 エイプリル」
開始の時と同じように、エイプリルが声を出した。
「起立」
礼をして、十二姉妹は席を立つ。作戦室のドアを開け、出て行く。

        Ж Ж Ж

それから十時間後、外は薄暗くなり始めていた。
姉妹たちは居間で武器の動作確認や作戦の反芻、面倒な状況への対処方法を話し合いながら、作戦開始の時を待っていた。
ジュライは刀を研いで備えていたし、今回余り派手に爆発物を使えないオーガストは非殺傷性の特殊音響閃光手榴弾や、
シャッターなどで道を塞がれた場合に対する装備を持っていこうとしている。服がはち切れそうだ。
「十二姉妹全員に通達します。装備を用意して作戦室へ集合。繰り返します。十二姉妹は……」
居間に備え付けられたインターホンから、マダムの声が流れた。
各自の装備を手に、立ち上がって作戦室へと歩き出す。
作戦室には、ギルド兵一人と、マダムが待っていた。
「作戦に関する最終指示をします」
開口一番にそう言って、さっきホワイトボードに書いた『一部はヘリで突入』を指で示す。
「小型ヘリで屋上よりジャニアリー、マーチ、ジュライ、オーガストの四名が突入。下層に追い立てなさい。
 残りの八人はトラックで一階を強襲、追い立てられた敵を撃破すること。また、フェブはニルソンの生体反応を探りなさい」
「はい、お母様」
フェブが答えた。寝不足も解消して、すっきりとした表情になっている。
それを見て頷き、マダムは続ける。
「上層隊の指揮はジュライに命じます。下層隊の指揮、並びに現場最高指揮官はエイプリルが取るように。
 では、ヘリとトラックを待たせてあります。ジュライたちはこの兵とヘリポートへ向かいなさい。彼が操縦します。
 エイプリルたちは、既に玄関にエンジンを掛けて待機中ですので、そちらに。では、時刻合わせ、三、二、一、作戦開始」
駆け足でそれぞれの足に向かう十二姉妹。
マダムは作戦室に一人残り、備えてあるワインをもう一杯飲んで、娘たちの連絡を待つことにした。
到着するまでの時間を考えれば、十数分もすれば突入が開始される筈だ。
ヘリとトラックでは移動速度が違い過ぎるが、移動ルートを変えて殆ど同時に突入が開始されるようにしておいた。
後はマダムの領分ではなく、彼女の娘たちの領分だ。マダムはただこの部屋で指示を求められた際、適宜命令すればいいだけである。
だが、自分の娘たちに自信を抱いている彼女としては何ら不安がる要素はなかったものの、
それでも拭い去ることの出来ない不安はあった。それは彼女が普段相手にしない、虫の知らせという奴だった。
馬鹿々々しい、と頭を振って、マダムは自分の迷いを否定する。
雑音が入り、次にジュライの声が入ってきた。
『お母様、ジュライ隊は突入を開始します』
「十二姉妹の名に恥じない活躍を期待します、ジュライ」
『はい、お母様』
入れ違いになるように、今度はエイプリル隊からの通信が入ってきた。
但しこちらは助手席に乗ったらしいセプに因る無線で、お陰でところどころ、後部の荷台からの怒声や野次が聞こえた。
『こちらセプ、突入を開始したいんですけど、運転中のエイプリルが』
『私はちゃんとやってますわ! このトラックが悪いんですのよ!』
『『『まーだー?』』』
『おい、ちゃんとやってんのかエイプリル?』
メイが呆れた口調で問い質す。リーダーは怒鳴り返した。
『やってますわよ! ええい、まどろっこしい! 荷台、対衝撃防御姿勢ッ! ほらセプもですわ、頭下げて!』
『えっ? ちょ、ちょっとエイプリ──』
何かが何かを破砕する音。セプの悲鳴、エイプリルの怒声に、メイの罵声。
無線は途切れ、砂嵐のような音だけが聞こえて来るようになった。
数秒して、ジュライが使ったものと同じ回線でエイプリルの報告が来る。
『エイプリル隊、衣服に多少の損傷ありながらも突入を開始しました』
「……気をつけて、ほどほどになさい」
『了解です、お母様』
自信たっぷりな声を残して、通信が切れる。マダムは少しの間、頭を抱えた。

        Ж Ж Ж

荷台のドアの閂が、外側から開けられる。途端、ドアが展開した。
中からはエイプリル、セプを除く下層隊の六人が飛び出てくる。
セプはそれに付いて行く前に、少しだけエイプリルの短気さに懸念を抱いた。
バックで突進したリーダー運転のトラックはビルの玄関を突破し、荷台部分は建物内へと入り込んでいる。
偶然居合わせたのだろうこのビルの人間──もしビルを間違えてたりしたらどうしようと、セプは思った──が、
タイヤの下で息絶えていた。まだ動いていたので銃剣で止めを刺してから、エイプリルたちを追う。
彼女の心配はじきに問題なくなった。玄関に入ってから最初のドアを通り抜け、右を向いた瞬間、衝撃がセプの胸を襲った。
それが何なのかは考えずとも分かる。いつも通りにM14で相手を撃ち抜いた。
事務所でも入る予定だったのか、かつて入っていたのか、だだっ広いだけの部屋に立っていたその相手は、
苦悶の表情を浮かべて膝を突いて、血を吐いて倒れた。
銃は下ろさず、セプはその部屋の安全を確保する為にゆっくりと近づく。音響反応センサーを使おうとしたが、
こう広くて何も無いと、反響して確実性に欠けた。
走り込む。驚きの小さな声を聞いて、人数を把握する。跳んで、空中で身を捻り、FCS管制の下に射撃を行う。
幾つかヒットする音。三人の男が拳銃を手に倒れる。
立ち上がり、ちらと左を見ると、ドアが三つあった。入ろうとした時、今まで光っていた電灯が消えた。
通信が入る。
『ジュライです。屋上の配電盤をオーガストが破壊しました。
 現在、オーガストを除く上層隊は五階で戦闘中。制圧後、連絡します』
暗視モードにしたセプは、今度こそ三つの部屋の安全を確保しようと銃を構えた。
セレクターを操作して銃をフルオートにする。ドアの一つに狙いを定め、引き金を引いた。
7.62ミリ弾十六発が、ドアをずたずたにする。当然ながら、部屋もだ。
安心はせず弾倉を替え、ボルトを引く。蹴って開けると、一人倒れていた。腹部に命中弾があったらしく、くの字に身を折っている。
光るものが左にあった。銃剣の輝きだ。窓から入る月光が、照らし出したのだ。
体が動く。声と共に、敵の銃が突き出される。セプはM14の先で敵の銃剣が向かう方向を左に逸らした。
流れるような動作でもって、下から顎を銃床で殴りつける。ふらりとした敵の顔面にもう一撃。
倒れ込んだその喉に銃剣を突き刺す。念の為心臓にも一度刺す。
背後でドアの開く音。それも二つ。迷わずセプは右脇の下をM14に潜らせ、左手の親指で引き金を引き続ける。
血が飛び散って、服に掛かる。後ろを振り向くと、各部屋に潜んでいた敵が穴だらけになっていた。
「エイプリル、事務所と応接室二つ、それに社長室をクリアしたわ」
通信を入れる。散発的な銃声が聞こえてくるので、返答がないのは仕方ないなと、セプは考える。
見た訳ではないので、一応残りの部屋も見て回る。やはり、敵はもう居なかった。
『こちらジューン、部品倉庫に居た六人を無力化。クリア』
『こちらメイと愉快な三つ子、男子トイレに女子トイレ、湯沸室とその向かい側にある応接室二つをクリア。
 敵は四名。拳銃しか持ってないな、重火器とかは上なのか? まあいいけどさ』
『エイプリルですわ。一階の制圧はほぼ完了したようですわね。二階に急ぎますわよ』
取り敢えず、上手く行っているようだ。
今のところは安心して、二十発は少なすぎるな、とぼやきつつ、セプは空寸前の弾倉を再び替える。
何か重いものが落ちたような音がした。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年11月25日 22:23