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一体誰のせいでそうなったのかといえばキリがないが、
何もかにもを発生させた原因を追究するならば、それはエイプリルだ。
だが彼女が悪い訳ではないのだ──彼女の決定の結果が現状だったとしても、
だからと言ってエイプリルを責め立てることは出来ない。少なくとも、私には出来なかった。
この私、いずれ彼女を打倒し十二姉妹のリーダーの座につく女、ジャニアリーには。
何故かと言えばこれは実に簡単で、明白だ。私は彼女の間違いを糾弾出来る立場にあったが、
訳あって糾弾など出来る余裕がなかった。とても、声を上げられる状態ではなかった。私たちは。
ここで三つ目の『何故』だ。これも分かり易い。けれどその前に、時間を少し前に戻す。
とはいえ、全てを一々とはっきり言っていては面倒なので要点だけだ。それでもちょっと多い。
一、三日前、エイプリルは我らが母マダム・マルチアーノとその他の姉妹たちと会議し、五日間の休暇をどう使うか決めた。
二、最終的に決定権を委ねられたエイプリルは、季節などの要因から『温泉』との採決を下した。
三、親友セプはその日の内に温泉と旅館を決定し、次の日に旅館に向かい、セッティングしておくことを命じられた。
四、当日の移動手段であるバスの運転手はメイ。これは、本人の強い希望による。運転技術はありそうなので我々は信頼した。
止めておくべきだったのだ。運転手の性格、それを考えたならば。
「あ、赤信号赤信号!」
オーガストが常識を振り翳す。この場において、無力の象徴の代名詞だ。
古人は言った、無理が通れば道理引っ込むと。今が正にそれだ。
「危ねぇなあんたッ!」
窓ガラス越しに罵るメイ。相手は左折車輌。
因みに私のデータが余程古いのでなければ、今の車輌は非常に良識的な行動だった。
つまりメイの方が罵られて然るべきなのだ。けど言えるかしら、そんなこと?
私は左を見た。バスの右側にある二人席に一人で座っていた私が左を向くと、ジューン、ジュライが見える。
ジューンの顔が青かった。ジュライさえも危なそうな顔だった。私は座席の網ポケットから、ビニール袋を取り出した。
「あ、道間違えた」
そんな呟きと同時に掛かるG。左折。車体に押し付けられる私。痛い。気分悪い。
外を見るのが怖くて、随分前に窓のカーテンを引いたので外界の様子は分からないが、
逆にそれが恐怖心を煽った。しかし今更外を見る気には到底なれない。
どん、と衝撃。やったか、と冷たいものが胸を刺す。
恐る恐る座席から顔を覗かせた……良かった、無機物だ!
安心するところが違うかもしれないが、当たったのはただの標識だった。人ではない。
でも、良心のある一般人が警察を呼ぶにはそれで十分だった。それまで呼ばれなかったのが驚きだ。
数分としない内に、聞き慣れたあのサイレンが聞こえてきた。
舌打ちをするメイ。まさか、とは思わない。
やっぱりか、と思うのだ。
Gは私だけに優しくないのではない。誰にも等しく掛かる。エイプリルにも、マーチにも、あの三つ子にも。
「ちんたら走ってるのって、好きじゃないんだよなー」
ああ神様。私はある種の人間には古臭いと言われる概念を持ち出して、それに祈りを捧げた。
これは私の財布から五百宇宙ドル賭けてもいいが、この時このバスに無神論者はそう居なかったろう。塹壕の中と同様に。


「いや、お疲れさん」
私の親友、運転手は、カーチェイスを心底楽しんだ様子で私の肩を叩いて降りた。
どうしようもなく絶望的に回路がどうにかしてると思う。帰ったらニルソン様に診て貰いましょう、メイ。
「お、お姉様」
隣のオーガストが真っ青な顔で私に助けを求めてきた。立ち上がれないようだ。
真っ青、真っ青か。誰も彼も真っ青だ。メイくらいだろう、そうではないのは。
私も立ち上がろうとしたが、ふらふらと定まらない。それでも意地で確りと立つと、私はオーガストの手を取った。
一歩一歩ゆっくりと進み、バスを降りる。バスの車体に縋って立つと、少しは楽だった。
「エイプリル!」
目的地、旅館から出てくるセプ。ああ、天使に見えるわよ、あなた。
私は信頼出来る彼女に可愛い妹を託すと、意識を手中から放り投げた。
次に目を覚ました時にマシになっていたのは、言うまでもなく時間の経過があったからである。
額に冷たいもの。氷か。私は座布団の枕から頭を上げた。時刻を確認。四時間と半分経過。
まず目を合わせることになった相手はジャニアリーだった。
「あら、起きたんですの?」
彼女は旅館の部屋に置かれている饅頭を摘まんでいたところだった。隣にはジューンが同じようにしている。
ただジューンにはお茶があったし、饅頭だけではなくその他のお菓子もあった。
「ええ、何とか。他の皆はどうしたのかしら」
無言で周囲を指し示す。なるほど、私は起きたばかりで温まっていないと考えるべきだ。
周りには皆居た。ジャニアリーとジューンは当然のこととして、
フェブは隣の部屋にもう一つある机に向かっているし、マーチはその隣で携帯用ゲーム機。家と変わらないわね。
メイは、あの奇跡的で暴力的なドライブを作り出した張本人はというと、寝ていた。疲れたのか、暇だったのか。
ジュライを探す。すぐ見つかった。先に聞いていた話では部屋は最上階の最もいい部屋だということだったが、
その最上階の部屋で最も眺めのいい場所に居た。窓際の、テーブルと椅子が置いてある場所だ。
ベランダはこの部屋にはないので、外を眺めながら飲酒し、読書し、休養出来る。
オーガスト。愛しい妹。可愛そうな彼女は私の隣で眠っていた。様子からしてもうそろそろ起きる。
そして残りの四人は、見なくても何となく予想はついた。大方三つ子が何かして、セプが後始末に奔走して、といったところだろう。
遠くから少々激しい物音と怒声が聞こえて、私はその予想を確信と書き換えた。
「ねえねえ、エイプリルお姉様」
その時、オーガストに服を引っ張られた。見ると、既に覚醒している。
「一緒にお風呂入ろうよ」
一瞬の思考。寝起きの倦怠感をなくすにはいいかもしれない。私は頷いた。
着替えの浴衣とタオルを持ち、出ようとすると、後ろからの声が掛かる。
「風呂に行くのかい?」
「来ます?」
声の主、メイは肯定で返し、用意を手早く済ませて出て来た。
その背後に部屋に居た残り全員が居る。
「皆来るってさ」
オーガストが不満そうな顔をした。


この旅館では温泉、それも露天風呂が楽しめる。デトックスだか何だか知らないが、温泉には違いない。
ところで、古今東西混浴という二文字の存在が許されておらず、
入浴者が大人と呼んで差し支えない年齢ならば、温泉とは男女別々に入るものだった。
この温泉も決してはみだすことはない。男は女湯に入るべからず。逆は歓迎だ、幾つかの条件さえ満たしていれば。
が、今この温泉の男湯に入っている男を知るものならば、決して彼がそれを喜ばぬとも知っているだろう。
もしもそう思わないのなら、彼を知らないというだけのことなのだ。
彼に対する説明をすると、彼は軍人で、名前だけで判断するならポーランド系で、階級は大佐で、
ベレー帽を肌身離さず着用し、また、重度のロリコンだった。
彼が十二姉妹と同じ旅館に同じタイミングで宿泊し同じタイミングで風呂に入っていたのは、
所謂恐るべき偶然の一致という奴に過ぎず、故に運命の悪戯と言えるだろう。
十二姉妹の声を聞き全てを悟った彼は瞬時に決断し、コンマ一秒たりとも余計に待ちはしなかった。
数多の戦場で戦って来た技術を用いて足音を消し、女湯と男湯を遮る竹製の絶対防衛線を攀じ登ったのである。
彼、リシャルド大佐はその時、神を信じなかった。己の技量を信じ、完遂することの出来る男だと自らを評した。
そして、確かにそうだった。彼は見たのである、彼の望んだその者を。あどけない少女の裸体を、後姿ながら。
だから彼は落ち着きを失い、それが彼の敗北を呼び寄せた。
竹に引っ掛けた首。その少し前、顎の部分に、冷たい鉄が押し付けられる。
見れば銀髪が下にあった。手にはショットガンを握って、引金をかちかちと鳴らせている。
「我らが姉妹に祝福を。我らが敵には死の鉄槌を。十二姉妹の名の下に!」
「そこを退けい年増ァーッ!」
彼が最後まで言うことはなかった。発砲音と共に、後ろに仰け反り、彼は墜落して行った。
「何かありましたの、メイ?」
ジャニアリーがそう聞いた。彼女は首を振って、たなびく硝煙を吹き消した後、銃を置いた。
「錆びますわよ」
訂正、慌てて風呂を飛び出していった。
入れ替わりにセプがやって来る。両手にはオクトとノヴェを持ち、背中にディッセを背負い込んでいた。
「「「飛び込めー!」」」
制止の声を聞かず、三人は走り出す。しかして、順当で至当な結果、三人は湯船に向かって転ぶことになった。水柱三つが発生する。
「何やってるんだか」
体を洗っていたオーガストが笑い、近づいていく。
途端、六つの手に引き摺り込まれて自らも湯船に叩き落された。
目をぱちくりとさせながら、首を出すオーガスト。
年末三姉妹の大笑いが眼に映った時、彼女は名誉の為に一戦交えることを決めた。
飛ぶ桶が三つ。風のせいではないので別に誰か儲かったりする訳じゃあない。命中音も三つ。笑い声が止む。
そうして、代わりに桶が風を切って飛ぶ音が響くようになった。
「こら、やめ」
クリーンヒットして、セプはぶっ倒れる。いつものパターンだ。兎角薄幸。
ジャニアリーが救護に現れたが、これにもクリーンヒットした。ただ、彼女はセプではなかったので、気絶までは行かなかった。
「あ、な、た、た、ちぃーッ!」
暇だったので眺めていたメイのエイプリルに対する報告によれば、
二十数分間続いた桶の応酬はオーガストと年末の同盟軍によってすんでのところで撃退されたそうだとか。


風呂を全員が上がる頃には食事の時間となっていたので、
彼女たちは上がるといそいそと用意をして、食事用の部屋へと向かい、座布団の上に座った。
間もなく、料理が運ばれてくる。コップが配られ、品のいい匂いと味のする酒が九名分、それに子供用にジュースが四名分回る。
年末は勝手にそれをセプの酒と換えようとしたけれど、敢えなく見つかってしまった。
全ての料理が揃い、乾杯の音頭をお母様にお願いしますわ、とエイプリルが言って、マダムがそれを受ける。
彼女は咳払いを一つして姉妹たちを見回すと、労いの言葉を掛けて、乾杯、と短く強く言った。
追随する乾杯、の声。ガラスコップがぶつかる音。彼女たちは食事を始めた。
しかしながら旅館の出した食事は慎ましやかなもので、食べ終えた後も、彼女たちは微妙な空腹感を感じていた。
「物足りませんわー」
フェブラリーが原稿用紙を片付けながら言った。
にやり、とあの笑みを見せて、懐を叩くマーチ。怪訝な顔をする相手に、彼女は懐の中のものを見せる。
「そんなこともあろうかと」
中から取り出したのは酒であった。セプが呆れたような笑い方をしながら、部屋の隅に置いてあった袋を持って来た。
「つまみと色んなお酒を買って来ておいたわ」
「流石、セプは気が利くねぇ」
「……メイ、何だか親父臭いですわ」
そこからの流れは言う必要性を感じない。宴会は開始された。
食事の時のようにコップが回され、飲み物が受け渡される。
「芋焼酎頂戴」
オーガストが言ったことにセプは大人の態度で答えた。
「子供は駄目。はい、コーラ」
渋々と言った顔で受け入れる。脇で聞いていたマーチは何故芋焼酎をと思ったが、
ウィスキーの入ったグラスを渡されたのでどうでも良くなった。
「日本酒はあるかしら」
ジュライがスルメを弄びながら言うと、ジューンが探して来て手渡す。
「ああ、そういえばお風呂に入る前、旅館のゲームセンターで取って来たお菓子があるんですのよ」
ジャニアリーがそう言って、セプのつまみの袋と同じくらい大きい袋を持ってきた。
三つ子がどんなゲームで取ったのかと訊いたのに、射的だと答える。
「「「え、弾が当たったの?」」」
「撃ちますわよ」
割と本気の顔だったので、三人は黙ることにした。
代わりに、コーラを飲んでいるオーガストのところに行き、減ってしまった液体にさっと酒を混ぜた。
知らず、ぐいと飲んでしまう少女。どうなるかは火を見るより明らかだった。
「お、ね、え、さ、ま~」
バスから降りた時のエイプリルのようにふらふらと立って近づいていき、背中を見せていた姉に抱きついた。
意味も無く胸に手を伸ばし、揉みしだいてみたりする。
「ひゃんっ! だ、誰ですの、オーガストにお酒を飲ませたのは!」
年末がきらきらとした目で見ている。
「言わずとも悟りましひゃぁんっ!」
「お姉様の胸気持ちいいー」
そもそも掴みどころのないジャニアリーの、血涙と怨嗟の眼差しを受けながらも、この宴は暫く続きそうだった。


「すー……すー……」
彼女たちはすっかり眠ってしまったようだ。
私は一人静かになったこの部屋で、残った酒を飲んでいる。
娘たちの寝顔を見ながらの酒ほど美味しいものはないと、最近知った。
しかし寝顔を見られる機会はそうない。大半は恥ずかしがるし、私が見せてくれというのも変だろう。
もっと無防備になってくれればいいのに。母親としてそう思った。
空のコップを置いて、次の酒へ移る。中途半端に残ってしまったものは飲み尽くさなければ勿体ない。
「う、ん、んん」
各々が各々の何かに抱きついたりして眠っているのを見て、ふと私は気がついた。
布団に寝かさねばならない。
私は飲み掛けの酒を置くと、布団を人数分用意し始めた。
十三人分の布団を敷くのは意外と重労働だったが、その後には娘たちを一人一人運ばねばならない。
まず、一番軽いオクト、ノヴェ、ディッセから移動を開始した。
起こさないようにそっと抱き上げて、最初にオクトを運ぶ。
次にノヴェを。その次にディッセを。三人は手早く片付いた。
四人目はオーガストにした。膝の裏に左手を通し、右手で首と肩を保持する。
間違っても娘たちの体を踏まないように注意しながら、布団に運び、下ろした。
次はマーチ。その次はセプ。その次はジュライ。
その次はジューン。その次はフェブ。その次はジャニアリー。
そうしてメイを運び、後はエイプリルを残すのみとなった。
彼女の寝顔を撫でたり、突いてみたりする。柔らかな頬は、弾力豊かに私の指を跳ね返す。
不意に、不安が生まれた。私はこの娘たちの母親としてどうなのだろうか?
いつも思っていたことだ。口には出さずとも、思っていたことだ。
私はマルチアーノ十二姉妹のマダム・マルチアーノ、しかし姉妹の母親としてはどうなのか。
自分の疑問が自分を責めた。たった五日間の休暇を与えることで、誤魔化しているような気がした。
頭を振ってそれを払拭する。私は私だ。もう一度言う、私は私なのだ。
母親としての私も、マダム・マルチアーノとしての私も、私だ。
自分の娘を誇りに思い、愛する、私なのだ。
エイプリルの体を、優しく持ち上げる。
起こさぬように、起こさぬように。私の娘を起こさぬように。
二つ残った布団の内、片方に運ぶ。
毛布を彼女の体に掛けて、自問に戻ろうとした時、唐突に答えは出た。
エイプリルの寝言一つで。
「ん──お、母、様」
つまり、それが答えなのだ。
それが絶対唯一の、間違いのない答えなのだ。
私は彼女の出してくれた答えに満足したので、眠ることにした。
ありがとう、エイプリル、私の娘。


朝が来た。全てから私が解放されることを意味する朝だ。
このセプテンバーにとって、解放とは帰宅出来るということだった。
これでやっと普段以上に駆けずり回ることもなくなるのである。
もう疲れることはない、話に聞いたメイの運転は心配だが、きっと運転手は交代させられている。
「一泊二日は短いわね」
旅館を去る直前、ジャニがやって来て言った。首肯して、言葉も返す。
「ええ」
短くて結構。私が擦り切れるまで三つ子の世話をさせる気かしら。
その三つ子は駄々をこねている。
「「「帰りたくないー!」」」
「あらあら、我侭はいけませんよ」
「オーガスト、帰りますわよ」
「はーい、お姉様」
「マーチ! 原稿を何処にやったんですのーッ!」
「昨日は特に寒かったわ」
皆わいわいと騒ぎながら、バスに乗り込んだ。
ジューンの姿が見えないので、ジューンが運転するんだろうか。
私は最前列に行って、確かめることにした。
バスのエンジンが掛かる。私は足を速める。
と、その必要は無くなった。運転手はこっちを向いて言ったのである。
「じゃ、皆乗ったねー?」
「「「「「「「「「「「──ッ!」」」」」」」」」」」
誰かがメイを運転席から引き離す前に、彼女はアクセルを思いっきり踏みつけた。

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最終更新:2008年11月25日 22:25