僕は酔っ払ってぶっ倒れた最後の一人をベッドに運び終えて、額の汗を拭った。
全く、誰も彼も浮かれ過ぎだ。僕も浮かれ過ぎだったかもしれないが、彼ら彼女らはそれ以上だ。
最初は、クリスマスのパーティーね。いいんじゃない? とは思ったものの、今ではちょっと願い下げである。
だって厨房係の後、酔い潰れた奴らを運ぶ係に徹さなければならなかったのだ。いい感情は抱けない。
それにしても、僕も不真面目になっておくべきだった。
厨房係に任命されてさえいなければ、そして真面目に任務を果たしてさえいなければ、
僕も僕が運んだ中の一人のようになっていただろう。
だが見てみろ、今の自分は素面だ。まともな酒は殆ど残っていない。
え? ビール? そんなもので酔えって? 冗談じゃない。
そんなものは何ガロン飲んだって酔いやしない……酔いやしない、と思う。
こんなビール以外の酒がない、という状況を作り出した張本人たちは揃ってベッド行きだ。
責め立ててやりたかったが、眠っている相手を叩き起こすのは気が引ける。
大体、その内にはメイとジュライが混じっている。酔った二人を起こすのは絶対にやりたくない。
ジュライは酔ってても素面でもすぐ抜刀するし。
僕は肩を落とした。酒を飲まずにパーティーを終えるのか。
決意した。明日は厨房係を辞退しよう。二度続けて当たるとも思えないが。
「お疲れ」
肩を上げる。僕以外ではまだ酔って眠っていない最後の一人だ。
マーチ。ちびちびやっていたのでメイにもジュライにも飲み比べを吹っ掛けられなかったらしい。
たった一人と一人が残った訳だ。顔を見るには、かなり素面に近い。
微妙な笑顔で頷く。手伝って欲しかったよ、運ぶの。
特に十二姉妹の運搬。重いのなんの。口が裂けても言えないが。
彼女は無表情に頷き返すと、それまで座っていた席を立った。
寝るのだろうか。時間はもう夜だ。帳はとっくに下りている。
「着いて来て、としあき」
何だ何だと着いていくと、マルチアーノ邸を出てしまう。
深夜の散歩? 酔い覚まし? どうでもいいか。
彼女にとっていい雰囲気かどうかは知らないが、少なくとも僕にはそうだ。
しかし散歩にしては長く歩く。このままでは市街地に入ることになる。そんなに歩くつもりなのか。
そして予想通りそうなった。彼女が僕を連れ込んだ先は、市街にある洒落たバーだった。
まだ飲む気なのかと聞く。先導していたマーチは僕を振り向き、眉を少し上げると聞き返した。
「飲まない気?」
そう言われては仕方ない。肩を竦めて、行きましょうと意思表示をした。
彼女はドアを控えめに開ける。鐘が音を立てる。バーのマスターが客への挨拶をする。
クリスマスにしては、客が少ない。カウンター席に二人、隣り合わせで座った。マーチが右、僕は左だ。
僕が注文する前に、マーチの注文でウィスキーボトルが運ばれて来た。
「としあきはどんなお酒が好き?」
注文の前に聞いて下さい。じゃないと意味ないから。
そう返答しても何処吹く風だ。馬耳東風。暖簾に腕押し。糠に釘。
僕は彼女に注意することを諦めて、何か食べるものを注文しようとした。
が、またもやマーチが横から僕の注文を掻っ攫う。
「鶏四羽、丸ごと」
僕は白パンで、何もつけずに。
そう言いそうになる口を意志の力で抑え、マーチの注文を撤回し、別のものを頼む。マスターは頷いて戻った。
彼女は気に入らない様子だったが、四羽出されたら食べ切れるかどうか不安だ。
ここにそのメニューがあるのかどうかも分からないが。
ボトルからグラスへ酒を移し、マーチに手渡す。彼女はそれを受け取って、パーティーの時同様、ちびちびやりだす。
何故そうもちびちびやるのか気になったので尋ねてみると、マーチは答えた。
「実はもう酔ってるから」
嘘だ。絶対嘘だ。すっごい素面っぽい顔だ。行動も普段と変わらないし。
「酔ってないのはとしあきだけ」
僕が酔ってないのは認めるけれど、マーチが酔っているとは思えない。
ま、そんな意固地になって否定したって意味のないことではあるが。
自分のグラスに注いで、飲み干す。喉を焼く感触。他の字を当てるなら灼く。
ラベルによるとアルコール度数は四十五度らしい。ウィスキーとしては普通か低いかだろう。
ウィスキーは大して飲まないから良く知らないのだ。代わりにウォッカなら任せてくれ。
飲み干したグラスに新たに注ぐ。飲む。それを繰り返している内に気付いた。
真っ赤とは言わないが、マーチの頬が赤くなっている。ほらやっぱり、酔ってなかったんじゃないか。
呆れている内に、彼女は今までのちびちびからぐびぐびに変わり、あっという間にボトル一本飲み干してしまった。
やれやれ。僕は殆ど飲んでないっていうのに、この人は。
なくなりましたけど、追加します? と尋ねる。僕も酔いたいんだ。早くしないと聖夜が終わってしまう。
「お酒がもうないのなら」
大分顔を赤らめたマーチが言った。もうちょっと飲めば蛸になれる。
「私に酔うのはどう?」
その言葉で、持ち合わせがないのだと悟る。
お金なら僕が出しますけど、と言うと彼女は、白けた、としあきは空気読んでなどと返した。
そのままカウンターに突っ伏してしまい、静かに寝息を立て始める。おいおい、勘弁してくれよ。
ふと、彼女の服装に目が行く。別に太腿とかにじゃないぞ。この薄着では室内でも寒そうだ、と思ったんだ。
僕は上着を脱いで、彼女の背中に掛けた。それから、ボトルの追加を頼む。
到着したそれを飲みだすと、右からマーチの声が掛かった。
目をやると、彼女は突っ伏したまま、数センチウィスキーが残ったグラスを左手でこちらに向けていた。
「メリークリスマス、としあき」
かちん、と音を鳴らせて乾杯する。グラスがカウンターの上にことりと落ち、今度こそ彼女は眠ってしまったようだ。
来客の鐘が鳴った。外の風が入ってくる。上着を脱いだ僕の体に吹き付けるそれは、ひどく冷たい。
が、心まで冷たくするには到らなかった。
僕は呟く。
メリークリスマス、マーチ。
最終更新:2008年11月25日 22:25