マルチアーノ十二姉妹の一人、セプテンバーは、同じくマルチアーノ十二姉妹の一人であるジャニアリー、つまりこの私の、親友である。
それを面と向かって確認したことは無い──こちらからも、彼女の方からも。少なくとも私は、確認を必要とした時点で既にその関係は、
修復不可能なほどまでに破壊され尽くしていると考えている。セプはどう考えているか知らないが、私は彼女を親友と感じ、彼女もまた、
私を親友だと感じていてくれていると信じている。その無垢な信頼こそ、相手を真の友であると認めるに当たり重要かつ絶対必須である、
唯一つのものであるとも、私は信じているのだ。私は彼女の言うことなら無条件に信頼するだろう。そして、それが例え虚偽の言葉でも、
彼女の責任ではないのだと何とかして証明しようとするだろう。私はそれほどに、彼女のことを盲信的なまでに信用しているのである。
しかしながら、だ。信用しているからと言って、彼女の行動の全てを肯定するほど、私は狂信者じみてはいない。私が思うに、なのだが、
彼女の性格には幾つかの好意的欠陥……複数のそれを纏めて言うなら、過剰な善意がある。オクト、ノヴェ、ディッセの世話に代表され、
これはジューンとジュライのことも言わなければフェアでないが、家事全般、その上に彼女は自分の部下に対し、行き過ぎなくらいに、
親しみ易く接している。毎週一回は昼食を共にするし、計画された訓練時には大抵、彼らの先頭に立ち、同じ目線から訓練を主導する。
更には、これまでに述べたようなことで散々減らされた彼女自身の為の時間内に、ほぼ毎日のように、部下の大抵は個人的な相談を受け、
回答まで返すのである。私は、彼女に休日を、との言葉をエイプリルやメイ、ジュライたちに、彼女がそれを知ることの無いように告げ、
彼女たちも私同様、セプの余りにも献身的過ぎる活動に、憂慮を感じていることを表明した。セプに分からないように告げた理由などは、
言うまでも無いだろう。彼女は本当に優しく、親切であり、他人の為に身を粉にすることを躊躇わない女性なのだ。きっと柔和に微笑み、
けれど私の切願をきっぱりと断るに違いないだろうからだ。私はセプがどう考えるかとは思わなかった。私の無理解に彼女が怒っても、
私の無行動の為にセプの健康を失うことだけは、避けたかった。故に、私は行動した。まず手始めに、家事を始めた。この奇妙な兆候に、
セプは眉を上げて珍しいわね、と言ったのみだったが、私がそれらの業務を覚え、行えるようにしようとする試みに対しては、喜ばしく、
とてもいいことだと感じている様子だった。無論ながら、それまで殆ど家事に携わることの無かった私が、最初から上手く行く筈が無い。
私の失敗とそれをばねにしての成功は、ジューンとジュライの二人の支えがあったからだと言うことが、何の間違いを含むであろうか。
が、これらの努力は無駄であった。我々はセプの性格を過小評価していたと言わざるを得なかった。私やジューン、ジュライが家事をし、
空いた時間で、セプは休むどころか、別の仕事をより早く始めたのである。より早く始め、より早く終わる、というならまだいいけれど、
彼女は生まれた空白の時間分延長して、本来のスケジュールに合わせてしまった。私たちはまたも、彼女の激務を緩和する為の策略を、
顔を突き合わせて考えることになった。セプ抜きでのマルチアーノ十二姉妹会議の結果を要約すると、彼女は強制的に七日の間に一度、
休みを取らねばならないという決まりを、エイプリルのリーダー権限で制定するということになった。セプは勿論知った後、猛反対した。
だが驚くべきこと、いや、部下たちの彼女への想いを考えれば驚くに値しないことながら、セプが部下の為にと反対したにも関わらずに、
その部下が、このルールを了承してくれと頼み込んだのである。とどのつまり、部下たちも部下たちで、自分たちの仕えている主が、
決して一人の手に余らないなどとは言えない量の仕事を抱え込んでいることを憂いていたのである。私たちはセプが安心して休めるよう、
家事の分担や、十二姉妹の訓練への積極的な参加などを決めた。幾人かの姉妹は、誰に言われるでもなく、セプのように、部下の相談を、
引き受けるようになった。といってもオクトたちは相談しに来た部下を楽しませて、心配事や気がかりなことを忘れさせるだけだったが。
何にせよセプは休日を手に入れた。ついでにお喋りな第三世代たちから、セプの休日を手に入れる為に私のやったことを誇張気味に聞き、
半ば呆れたような顔で私に礼を言った。呆れ顔のお返しに、私はその礼を受けてやらなかった。しかし、任務遂行に、私は誇りを抱いた。
ところが、である。彼女はその休日初日の早朝にいきなり起き出して来て、いそいそとキッチンで何かやりだした。朝食の準備の為に、
私が起きていたのがセプには誤算だったらしく、顔を合わせてすぐ、マズいことになったな、という顔をした。私は敢えて触れなかった。
自分にはセプがそういう顔をしたと思えても、実際には別のことを考えた時の顔であるかもしれない。私は、余計な勘繰りを好まない。
ただ、彼女がどうやら弁当を二人分作っているようだったことが気に掛かった。二人分! これは大事件である可能性が高い。何故なら、
私には特に何の連絡も無かったからである。何処かに彼女は出掛けるのだ。それも誰かと。マルチアーノ十二姉妹の誰かであるならば、
最も可能性の高いのは私、それからオクトたち三人であるだろう。だけれども弁当は二人分だから、三人組は除外される。私に関しては、
既に否定が済んでいると言ってもいい。私と何処かに行くつもりなら先に言うだろう。よって、と私は考える。彼女はきっと姉妹以外と、
外出するのである。それが女性か男性か? 当然、男性に違いのないところである! 確かに部下には女性もいる。仲のいい者もあろう。
であるが、私は、セプが何処かへ一緒に外出するほどに仲のいい女性兵士を見たことが無い。また、女性なら仲を隠すことも有り得まい。
対して男性ならばどうか。セプが恥ずかしがって隠すことは十分有り得る。セプに好きな人が出来たのか……私は何となく複雑だったが、
それが喜ばしくないことだとは思わなかった。彼女はいつも他人の為に尽くしている。いい加減、自分の幸せももっと追求していい頃だ。
私は喜びを顔に浮かべて、朝食の準備を続けた。セプは奇妙なものを見る目でちらと私を見た。私は彼女を温かい目で見つめ返したが、
セプはきょとんとしているだけだった。当たり前と言えば当たり前である。そこでふと、一体どんな男が彼女の相手なのかと気になった。
もしロクでもない男がセプの優しさに付け込んでいたとしたら。そこまで考えて、我がマルチアーノ十二姉妹配下の兵士に、そんな奴が、
一人たりとも入っている訳が無いのだと気付く。安心した。でも、誰なのか知るくらいはいいだろう。といっても面と向かっては流石に、
聞くことは出来ない。彼女が隠していたいのならば、私は彼女に手を貸そう。邪魔しないように、こっそり行動を監視すれば宜しい。
フェブに頼む手もあるが、それでは情報の秘密が守られそうに無い。彼女の口の軽さは頂けないものがある。何も情報戦担当だからって、
三つ子に次ぐ噂好きである必要は無いというのに。朝食の準備が終わる頃には、彼女の方も終盤近かった。一瞬目を走らせてから、
その記憶を精査する。ふむふむ、彩り素晴らしく、主食と副食の比率も大変理想的である。和洋中が一通り入っているのも高評価だろう。
こんな弁当を食べさせて貰える男というのは、宇宙一の幸せ者に違いなかった。今度、私も作って貰おうかしら、と思う。だが、止めた。
これはセプの想い人の為に作られた弁当であり、彼女は彼の為だけに作ったのである以上、私がそれを求めるのは傲慢極まりない所業だ。
準備が終わったので、するべき後片付け等の後、私はそこを離れた。セプは頑張って作っているようだった。本当に羨ましい男である。
彼女は頑張っていたので、時間を忘れていたのであろう。もう、三つ子を起こす時間になっていた。では、私が起こして来るとしよう。
私は、セプが彼女たちを起こす時、毎朝起こす大騒動を知っていたので、良く良く注意して行った。私は五つの罠を見つけて、解除した。
恐らく、少女たちは起こされた瞬間に飛び込んで来るべき光景が、予想した通りではなかったということで、朝からがっかりしただろう。
セプみたいに優しく起こしてくれはしないし、もう五分、もう五分の決まり切った文句も無視した為、かなり早く起こすことが出来た。
ついでにオーガストの部屋まで行ってみると既に起き、着替えていた。私は朝の挨拶をして、そこを去った。残りは問題ないであろう。
あ、しかしフェブとマーチについては心配がある。二人とも寝ているかもしれない。それは良くない。食事は全員で取りたいものである。
部屋に向かい、ノックした。返事? ある訳無い。私はドアノブを回した。鍵は掛かってない。そのまま押し開く。即座にマーチを発見。
ベッドに寝転がっていた。毛布一枚に包まって、縮こまって眠っている。ただでさえ小柄な彼女がそうしていると、可愛らしかった。
そのまま起こすのも何だか勿体無いので、頬をつんつんと触ってみる。起きない。夜更かしでもしていたのだろう。これ幸いと、大いに、
つつきまくる。すると当然の帰結として彼女は目を覚ました。私は朝の挨拶の前に、彼女のジト目に対し、弁解しなければならなかった。
マーチは背伸びをしてベッドから下りる。これでもう大丈夫だろう。後で念の為、二度寝してないか部屋に着替えの為残した三人組同様、
見回っておけばいい。次はフェブラリーだ。彼女は情報端末のキーボードに顔を突っ伏して寝ていた。まさか毎夜毎夜こうなのだろうか。
それは健康に悪過ぎるだろう。いざという時に使い物にならないでは困る。彼女の生活態度の改善も、これからの目標になるであろう。
マーチと違って寝起きはいい彼女は、簡単に目を覚まし、自分の顔をモニターに写ったそれを見て確認すると、恐怖に悲鳴を上げた。
……当分掛かるだろう、キーボード痕を落とすには。私はそこを後にした。後の姉妹たちに、目覚ましは必要ないだろう。自分で起きる。
マーチの部屋へ行く。もういない。ということは、向かったのだ。なら良し。では、三人組の部屋はどうか? 私がドアを開けると、
何と言えばいいか、悪い予想は的中するという法則の実証がそこにあった。可愛い寝息を立てて眠る三人。互いに互いを抱き締めたまま、
眠っている。暖かさに釣られてそうするのだろう。天使的な可愛らしさに起こすべきかどうか一瞬迷ってしまったが、私はその光景を、
メモリに焼き付けて、優しく起こしてやることにした。叩き起こしてやろうと思っていたが、可愛さに毒気を抜かれてしまったのである。
揺り起こす。三人はゆっくり目を開き私の顔を見て、普段二度寝した時のセプの態度を思い出し、ぴゅーっと駆け出して行こうとする。
そうはさせるか。右手でオクトとディッセの襟首を掴み、左腕にノヴェを抱え込む。着替えがまだだ。私は三人を落ち着かせた後で、
彼女たちが三度寝してしまわぬよう監視しながら着替えさせた。これは初めて知ったことだが、いつもはセプが着替えさせているらしい。
オクトたちは私にそれを要求して来た。自分が生まれてから何年経ってると思っているのだろうか、この子たちは? しかし、それを今、
三人に言ったとしたって分かる筈も無いだろう。今日だけは特別だ。順番に着替えさせて行った。寝巻きを脱がせ、いつもの服を着せる。
ゴスロリでなくて良かった。セーラー服なら着せるのもそう難しくない。セプみたく手際良く無かったと言われたが、何とか着せ終えた。
そこで、ディッセに、何故今日は私が起こしに来たのかを尋ねられる。答えに詰まった。真実は言えない。言えばセプの不利益となる。
適当に誤魔化しを言ったが、子供の目とは恐ろしいもので、あっという間に見破られてしまった。三人にせがまれて、話すことにする。
但し、もしもバラしたら桃缶一ヶ月抜きという条件付だ。これなら、そうそうのことでもない限り情報は漏れないだろう。私は三人に、
セプに恋人かもしくは好きな人が出来たようだという話をした。三人は目を輝かせたが、脅しのことを思い出すとその輝きは薄まった。
デートもあるかもしれないという話もすると、
着替えも終わったことだし、三人を連れて食事に向かう。私が起こしに来るという非日常的な出来事に、オクトたちは喜んでいたらしく、
遠くない道中、何かというと私に抱き付いて来たりした。これをほぼ毎朝やっていると思われるセプにちょっとだけ、羨みを感じる。
セプは既に食卓に食器類を並べ始めており、皆もそれを手伝ったりしていた。私に纏わりついていた三人娘が、セプに駆け寄り抱きつく。
やっぱり、彼女に一番懐いているのだろうか。セプは三人の頭を順番に優しく撫でた。はっきり言う。その手付きに私は魅力を感じた。
いいなあ。私だって、撫でて欲しいのだ。平常毅然とした態度で通っているだけに、時折無性に誰かに甘えたくなる。これまではセプに、
それとなく、少しだけ我侭を言ってみたりして甘えていたが、それも彼女に想い人の出来た今となっては、控えた方が良さそうである。
そう想うと寂しくなった。私は手伝いの中に参入し、ティーカップを並べた。ジュライは但し湯飲みである。後は皆、基本的に紅茶党だ。
中にはコーヒー党やジュース党との掛け持ちの姉妹もいるが、多くは紅茶党であるからには、ティーカップを並べるべきであろう。
何か一つへの愛情を固持するのは、ジュライのみなのである。私も彼女に勧められて飲んでみたことはあるが、残念ながら合わなかった。
その時のジュライの残念そうな顔は珍しかったので記憶にある。案外だが、彼女は打ち解けられる相手を欲しがっているのかもしれない。
ジューンとは仲がいいじゃないかと反論を受けそうだが、彼女は皆と仲がいいので、不安になるのだろう。誰かの特別な自分でありたい、
という訳である。それは我侭ではないと私は思う。その出来事以降、完璧にではないが、ジュライは私にとって不気味ではなくなった。
全員の食器類と食事が揃い、姉妹たちも勢揃いした。後はニルソン様と、それに、忘れてはならないというか忘れるわけが無い存在、
我らが偉大なるお母様が到着すれば食事が始まる。二人は何か話しながらやって来て、優雅な仕草で腰掛けた。それでは──頂きます。
一斉に食事を始める。今回は初めて、私だけで食事を作った。失敗しないような簡単なメニューを選んだつもりだ。切ったトースト二枚、
キャベツと赤ピーマンを用いて作った巣篭もり卵、トマトサラダ、それにリンゴである。トマトサラダにはモッツァレラチーズを使った。
ついでにこれは私の好みで、サラダ油ではなくオリーブオイルである。私は食べながら、恐る恐る周りの反応を窺った。別段、何も無い。
私は心底から安心した。失敗していたらどうしようかと思ったのである。だが実際にはそうではなかった。失敗は無く寧ろ、褒められた。
セプは短期間にこんなに上手くなるのだから私には料理の才能があるのだと譲らなかったし、お母様も喜んで下さった。ニルソン様もだ。
私にはそれが一番重要だった。生憎とお代わり出来るのはトーストしかなかったけれども、皆は量にも満足し、美味しく食べたようだ。
食べ終えた後、私とセプが食器の後片付けを始めた。時刻は十一時。食べてから話していたせいだ。以前はセプが席を離れてしまって、
一人欠けるのならばと大した話もせずに食事を終えることが多かったが、今日からは違う。週に一度はこうしてゆったりと過ごせるのだ。
だが今日は、と私は時間を確かめる。デートもあるだろうし、その用意もあるだろう。私はさっき彼女が弁当を作っていると思っていた。
が、彼女は弁当を作っていたのではなく、弁当に入れる料理の下拵えをしていたようだ。自分の方に意識を向けていて、気付かなかった。
そこまで気に掛けている相手との待ち合わせ時間がいつなのか知らないが、デートの準備などに割く時間は多ければ多いほどいいだろう。
私は、そう考えて、後片付けを買って出た。一人でやると言った。セプの答えは予想出来ていた。作る時に頑張ったのだから、その後、
後片付けくらいは私にさせて欲しい、と彼女は言った。本当に性格のいい女性なのだ、セプは。いい女なのである。だからこそ彼女の、
初めてかは知らないが、恋路を成功させてあげたい。その為にも彼女の時間を増やしてあげたい。私は頑として、譲らなかった。
けれどセプも何故か、私と同じように頑として譲らなかった。仕方なく我々はお互いに譲歩しあい、適当なところでジュライとジューン、
この二人に交代して貰おうと目論んだ。彼女たちは快諾してくれた。私はセプと雑談しながら、皿を洗い、ティーカップなどを洗った。
そして気付けば、交代して貰う前に洗い物は終わっていた。私と彼女は同時に肩を竦めた。さて、私はセプの邪魔にならぬようにしつつ、
彼女の意中の相手というのを探るとしよう。その為の準備が必要であろう。私が要する資材等を思い浮かべながら部屋を出ようとすると、
セプに呼び止められた。彼女は恥ずかしそうにしていた。私はぴんと来た。これは彼女が、デートに関して相談しようとしているのだ!
ああ、だが、しかし、私もデートの経験など無い! いつかしてみることもあるのかもしれないが、取り敢えず今のところ兆候も無い。
どうするべきか。私は本格的に焦り始めた。親友の期待に応えたいが、応えられるかどうか分からないのは、とても不安なものである。
不安と焦りというのは奇妙な仲の良さであり、二つが同時に存在すると、あっという間に互いが互いを高めあうようになってしまう。
だから私が最初聞き逃しそうになったのは仕方ないことであり、聞き逃しそうになっただけで何とか聞き取れたことを褒めるべきだろう。
何を聞き取れたのか。セプの言葉である。私は意味を理解することは出来たが、真意に到達し理解するには、もう暫く時間を必要とした。
「ジャニ、今日空いてる?」
短い。たったこれだけの言葉である。が、言葉というのは一つの表面的な意味(それさえも複数の時もあるが)以外にも、多く別の意味、
裏の意味を有する。この場合には、一つの表面的意味ではない意味を説明するならば、つまり、彼女にはデートなどする気が無かった、
ということだ。私に何故暇かどうかを聞くかは、私と何処かに出掛けるつもりだったから、というので納得出来る。何故先に連絡が無く、
突然だったのかと思ったが、それは尋ねる前に彼女から言ってくれた。要は普通に誘うよりもいきなりの方が面白そうだったかららしい。
そんなことをして、もし私が忙しかったらどうするつもりだったのかと思ったが、そういうところもまた、彼女の可愛らしいところだ。
常にきっちりしている女性が不意に見せる幼さというかうっかりしているところに、魅力を感じるのは、女性も男性も、同じことである。
「あ、空いてますわよ。それで、何処に行きますの?」
恥ずかしいことに、私の第一声は上ずった上にどもった。これは痛恨のミスである。恥ずかしいったら仕方が無い。私は顔を赤らめた。
「そうね、ちょっと歩いたところにある自然公園なんてどうかしら? 今日は一日自由だし、多少遠くても大丈夫でしょ?」
にっこりと笑うセプ。確かに、それはいいプランだ。私も彼女も自然が嫌いなタイプではない。そこでなら羽もたっぷりと伸ばせよう。
お互いにとって楽しめそうな一日になりそうだ。私は好意的な返事を返し、用事があるから、と断って部屋に戻った。早めに出たい、
とのことだったので、十二時半に出ることにする。後、四十分ほどだ。驚いた、私たちは十二人分の食器類を五十分で片付けたのである。
どんなにテキパキやったことだろうか。私はセプと楽しく喋りながら作業をしていっただけだったのだが。ともあれ、余裕はありがたい。
部屋に戻り、服を別の服に変えるべきか迷う。こんな時だから、日常生活においてはそうそう着ないような、より上等な服を着ようか。
少し考えてから、私は首を振った。私は『いつも通り』であった方が良いだろう。ただ化粧に関しては、いつも以上にしっかりとやった。
完璧である。時間を見ると十二時半までには残り十分きっかり。私はセプのいる居間に戻った。彼女は三人娘と一緒にテレビを見ていた。
背後からの私の足音に振り向き、またにっこり。彼女の笑い顔は破壊力が高い。胸を撃ち抜かれた気分になる。誰にも言えないことだが。
三人娘の世話はジュライに任せるらしく、彼女がやって来た。おお、適任に見える。包容力的な意味で。決して外見年齢の話はしない。
私とセプが玄関に向かうと、ノヴェがとててと小走りでやって来て、私に耳を貸してくれと言った。私は用件に予想はついたが、貸した。
「ジャニアリーお姉様がセプの恋人なの?」
反射的に彼女を小突いたことに関し、私が何か非難されることがあるだろうか、いや、無い。にやにやと笑っているから、知っていて、
それで言うのだ。ならば小突かれるくらいのことは覚悟しているであろう。宜しい、私はその覚悟に応える以外、術を知らないのである。
彼女がからかいの言葉を口にしなくなるまで小突き、しかし帰った頃には噂が広まっているのだろうと思いながら、私たちは玄関を出た。
お母様にも話は通してあったようで、本当に何の気兼ねもいらないようだ。私たち二人は目的地に向かい、舗装された道を歩いた。
セプの服も私と同じようなものだった。選択に誤りは無かったか。胸中で安堵の溜息を漏らす。セプは手提げ袋に弁当を二つ持っていた。
私が持つことを提案するが、彼女は自分に持たせてくれ、と言って、私の提案を退けた。まあ、彼女がそれでいいというのなら、いい。
自然公園まで歩き続ける間に、私たちは多くのことを話した。それらは大抵、日常での些細な出来事であるとか、下らないことだった。
楽しかった。内容は大したものではない。至って有りがちな日常の話ばかりだ。それでもセプと話していると、新鮮味さえも感じられた。
それはセプも同じようだった。私たちは、これまで無かったほどに話し込み、笑った。ある時、私の手とセプの手が触れた。右手と左手。
「あ、ごめんね」
と言って引かれようとするセプの左手を、私の右手に絡めるようにして握る。こんなこと、長くしていない。家でやるのは恥ずかしいし、
特にやる雰囲気というものも無かったからだ。でも今は、正にその、やる雰囲気であった。私にも何となく分かった。これは正しかった。
セプは何も言わずにぎゅっと握り返し、それから例の破壊力が高いあの表情を私に見せた。決して、満面の笑みではない、控えめの、
彼女の人格を表すかのような、儚い感じもする、柔らかい、可愛いというよりも美しいと言ったほうが合うだろう、あの微笑みを。
私は顔を赤くした。これで二度目だ。誤魔化せなかったので、セプから目を逸らし、前を向いて顔をしかめた。彼女は何がおかしいのか、
くすくすと笑った。私たちは握り合った手を離さず、それどころかより強く握り、再度、他愛も無い話に花を咲かせることを始めた。
自然公園に着いたのは、十三時と二十分少し回った程度の頃。全くセプの言葉の通りである。『ちょっと歩いたところ』にあった訳だ。
ただ私の意見を言わせて貰えるなら、これは公園などではない。山である。自然豊かではあるが公園の一般的イメージからは外れている。
山道があり、ハイキングコースもあり、道を進んだところには原っぱがあるそうだ。これらは皆、案内看板からの知識である。因みに、
看板の写真を見る限りその原っぱは心地良さそうな場所であった。距離を調べると、適度なものである。到着したら昼食にしようかしら。
その案を提示するとセプも同意見だった。我々は歩を進め始めた。山道は正直な話、ゴスロリには向いていなかった。私たちは二人して、
自分の不注意さを謝り合った。鳥の鳴き声。データベースを参照してその鳴き声の持ち主がどの鳥かを知ることは至極簡単なことである。
が、私たちはそうしなかった。何の鳥なんだろう、と二人で語り合い、あの鳥ではないか、この鳥ではないかと言い、わいわい楽しんだ。
偶然にも鹿が山道を横切った時には、我々の興奮は一挙に高まったものである。あの鹿が一体どうしてそんな暴挙に出たかは知らない。
一部の軽率なハイカーたちのせいで、野生を失ってしまったということも考えられる。しかし、鹿を間近に見たことの方が大事件だった。
この間にも、私とセプの手は繋がれていた。大層不本意ながらその手が離されたのは、件の原っぱに来て、食事しようとした時である。
私たちはその原っぱを見て、驚いた。平原とは言わないが、何も無いのである。あるのは草花のみ。木も無い……その場所にだけは。
手提げ袋からシートを出し、上に弁当を広げる。私の分と彼女の分。中身は私の好物ばかりである。どうして私は気付かなかったのか。
不思議なことだった。私たちは昼食を取りながら、この後の予定を話し合った。この広い自然公園を隅々まで回ってみたいとセプは言い、
ならば私がそれに異を唱えることは、有り得なかった。それを以って決定とされて、昼食後の予定は完全に不動のものとされたのである。
セプの弁当については……言えない。言いたくない。言わない方がいいこともある。あの味と彼女の想いは私たちの中だけにあるべきだ。
私たちはお互いに満腹になるまで食べた。弁当箱には何も残らなかった。私は休憩してから出発しようと言い、セプはそれに賛成した。
そうして、私は非日常の力を知った。私は恥ずかしげも無く手を差し出したのである。セプは目を丸くし、それから理解し、手を握った。
更に私は正座したセプの膝の上に頭を置いて、寝そべった。認めよう、暴走気味だったのだ。右手にはセプの手、後頭部には柔らかな膝、
前を見ればセプの顔。私は最後の我侭を言った。これにはさしもの暴走中の私にも、恥を感じさせた。それほど恥ずかしい頼みだった。
「ねえ、撫でてくれませんかしら、セプ?」
「ふふっ、甘えんぼなのね、ジャニ」
心地良い感触が頭に走る。繰り返されるそれは私から力を奪っていった。リラックスと言えば分かり易いだろう。私は遂に意識を失った。
恐慌と共に目を覚ましたのは、夕方近くなってからだった。眠ってしまったのだ! 何ということだろうか、眠ってしまうだなんて。
今日はセプと一緒にこの自然公園を巡る筈だったのに、眠ってしまうだなんて! 私は飛び起きて、彼女に謝った。彼女はちっとも、
それはもう欠片も気にしていないようだった。ジャニの寝顔、可愛かったわよ、なんて言って笑う。私はほっとしたが、悪い気はした。
公園を巡るには遅くなってしまったので、帰ることにする。歩いている内に、完全に夕方になってしまった。赤い陽を睨みつける。
あれさえ落ちなければ、私とセプはもっともっと楽しく過ごせたに違いないのだ。苛立っても仕方ないのに、無性に苛立ちが私を襲った。
「ジャニ」
行きと同じ他愛ない話の最中に呼ばれ、続きを促す。我が家へはもうそろそろだろう。行きと同じ速度で歩いているのならばだけれど。
「次はいつ、何処に行こうか?」
私は即答した。それらの答えは今回の出来事があった為という理由と、もう一度こうして歩き、下らない話に花を咲かせたかったからだ。
もう、私がどのような答えを返したかを詳細に説明することは要されないだろう。セプは頷いた。それだけで、この話は決まりだった。
苛立ちは消えていた。次がある。二人には次があるのだ。これからも私たちは一緒にいられる。その証拠がもっと欲しくて、手を繋ぐ。
赤光が暖かく私たち二人を照らし、その道を照らす。私がぎゅっと手に力を入れると、セプも、ぎゅっと力強く握り返してくれる。
私たちは歩きながらお互いに顔を向け合って、微笑んだ。
最終更新:2008年11月25日 22:33