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「もうすぐ十二月だねぇ」
「だねぇ、とっしー」
僕とノヴェは一呼吸のズレはあったものの頷いて、今度は限りなく同時に、手に持った缶の紅茶を、くぴりと音を立てて口にした。
冬らしく、強めの風が吹いている。公園にて、僕の隣の小さな少女は、ふわふわと何処かにでも飛んで行きそうな危うさを持っていた。
この少女に、ここへすぐ来るように言われた時には、何か悪戯でも考えているのだろうと予想していたが、それは的外れだったのだ。
彼女はベンチに腰掛けて足をぷらぷら揺らしていた。僕は彼女に声を掛け、暖かい飲み物を奢り、隣に腰を下ろした。彼女は一人だった。
言うまでも無いことだが、珍しいことである。あのけたたましく騒がしい三人組が、一人でぼんやりしているところなんて、そう見ない。
少なくとも、僕は初めての体験だった。この公園は、彼女たちの暮らす邸宅からは遠くないところにあるとは言え、ただ一人であるとは。
そりゃ確かに、危険は無いだろう。例えば変質者が何らかの行為に及ぼうとしたとして、彼が得るのは快楽ではなく九ミリの鉛弾である。
そうでなくとも酷い目には遭わされるだろう。僕が多少の驚きを抱いているのは二つのことに関してであり、一つは既に述べられている。
もう一つは彼女らの教育係二人組のことである。二人組の中でも影が薄いのは……ジューンだ。そう言うときっと彼女は悲しむだろうし、
他の姉妹の不興も買いそうだから口にはしないが、どうしてもセプの獅子奮迅ぶりには彼女のことは霞んでしまう、ということになる。
二人は何処にいるんだろう? 僕は時間を確かめた。もう遅い時間だから、ノヴェが家に帰っていてもおかしくない筈なんだけれども。
空はとうに暗くなり、星が輝いている。太陽が沈み際の断末魔として空の一部を照らしているが、それだって長く持つものでもあるまい。
僕とノヴェは何もせず、雑談に花を咲かせていた。彼女は自分から、一人でここにいる理由を話した。僕はそれを聞いて心底呆れ返った。
何でもオクトたち年末三人組はセプとジューンに悪戯をしたそうだったが、その際にエイプリルさんとジュライさんを巻き込んだらしい。
運良く逃げ出せたのがノヴェだったのかと思ったがそうではなく、立案がオクトで実行がディッセだったので、お咎めなしだったそうだ。
これもまた、類を見ないことである。いつもいつも悪戯を企画し実行する彼女たちを監視し続けている訳ではないので断言は出来ないが、
彼女たち三人の内の一人が計画にも実行にも手を貸さないというのは、そうないことであった。そうか、それで一人でいたんだな。
セプたち世話係二人とエイプリルさんたちは説教に入っただろうし、探しても良い遊び相手がいなかったのだろう。例えばオーガストや、
ジャニアリーさんのような。そうして僕としあきが、この寒風通り抜けること甚だしい市民公園にて、彼女と会うことになったのだ。
僕はそろそろ冷え始めて来た紅茶を、冷え切ってしまう前に飲み切ろうと思ったが、温いと冷たいの中間に位置する温度になった紅茶は、
冷え切ったそれより数段味が悪くなっていた。ノヴェはもう飲み終わっており、空の缶を振って空を眺めていた。それは絵になっていた。
僕の吐く息が白い。気温の低下が激しいのは当然のことだろう。最早太陽は、その姿を地平線の向こうに消し去っていたのであるから。
おまけに雪まで降り始めた。当初ちらちらと落ちる程度だったそれは、段々と雪らしい雪とでも呼ぶべき降雪ぶりに変貌を遂げて行った。
「雪だねぇ」
「だねぇ、とっしー」
雪の層が少女の膝に、薄い、白い層を作っていた。彼女はすっくと立ち上がり、それを二度三度、手で払って、それから僕を向いた。
白い服と白い雪と白い肌が重なって、しかし彼女の顔は健康的な赤みを帯びていて、それは非常に艶やかな魅力を持ち合わせていた。
自覚しているのかしていないのか知らないが、彼女の瞳がすうっと細くなったのも、彼女に似つかわしくない大人のような雰囲気作りに、
一肌脱いでいた。しかしまあ、雰囲気が違っても結局はノヴェなので、僕は彼女と何かすることについて何の躊躇を持つことも無かった。
彼女は僕を散歩に誘い、手を差し伸べた。きっと分かっててやってるのだろうけど、まるでジュライさんみたいな笑みを浮かべていた。
口の端を緩めるような笑い方だ。彼女は手を差し伸べた。僕は立ち上がる時にだけ手を借りる気だったのだが、ノヴェは離さなかった。
それもまた良しである。特に困ることはないし、握っていたいとノヴェが考えたなら、握っていれば良いだろう。僕たちはベンチから、
公園の出口へと、歩き始めた。雪はセンチメートル単位で積もっていたが、歩くのに苦労するほどの積雪ではなかった。さくり、さくり。
軽い音を立てながら手を繋いだ少女と歩くと、不意にこの情景がやけに幻想的に思えて来た。夜の暗さと雪。反射する街灯の光。雪が、
落ちてきた雪が、かつて落ちた雪の集合となる音。小さくて小さくて聞こえないが、耳を澄ませば聞こえるような気分になる不思議さだ。
公園を出て道を歩く。車道にも積もっていることが、ここを通る車の少なさを物語っている。僕らはまず最初に、その平坦な美しい雪を、
遠慮ない両足で踏み荒らした。踏み散らかしたのではないことは了解して欲しい。僕らは歩いただけだ。ゆったりとした気持ちと共に。
僕の体は冷えていた。外套は着ていたが公園のベンチで動かずにいたのが災いしたのだろう。ぶるりと震えると、僕の右手を握る少女が、
きゅっとその手に力を込めた。僕も優しく握り返す。それで、体の寒さは気にならなくなったし、心はあっという間に暖かくなった。
僕らの周辺は緑が満ちていた。道に沿って植えられている常緑針葉樹は雪化粧を施されており、神秘的な美しさを僕の心に刻み込んだ。
時折木と木の間に街灯が立っており、その発する光が一層、木々の美しさを引き立てるのである。僕とノヴェはそれらの美麗さについて、
あれこれと話し合ったが、決して、それを綺麗だなどとは、間違っても口が滑っても言おうとは思わなかった。言葉の囲いに押し込んで、
このしんしんと雪の降り積もる神々しい雰囲気の中の、神懸り的な麗しさを殺してしまうのが、お互いに気に食わなかったのであろう。
雪は降り続けた──そして積もり続けた。今や僕らは公園からそれなりに遠く離れてしまい、住宅街や商店街へと近づきつつあった。
ノヴェは喧騒を嫌がった。僕も同意見だった。静けさを楽しみたかった。僕は住宅街へ向かう道を歩くことを止めて、少し考えてから、
さっき僕とノヴェがいた公園とは別の公園に向かうことにした。その公園は所謂ところの穴場で、風景も情緒も申し分ないというのに、
人の姿を見ることは少ない場所だ。そこには湖というか池があった。水質は管理されており、透き通った水の中を泳ぐ魚や、水鳥を眺め、
楽しむことが出来る……昼間ならばだ。夜はライトアップされた池を楽しむか、これは昼間にも出来ることだが、小型の手漕ぎ舟を使い、
夜の池を楽しむかの選択が出来る。ライトアップと言っても全体的にされているのではなく一部だけなので、風景の心配はいらない。
僕らは手を離さずに歩いた。驚いたことに途中、犬らしき獣の遠吠えが聞こえ、野生の自然とは実に身近なものであることよと感心した。
公園には案の定、誰一人として人の姿は見えなかった。ノヴェは池を眺めるのみならず、小舟を所望し、僕はやはり彼女と同意見だった。
が、彼女は渋った。手漕ぎ舟を使うには片手では足りない。両手が必要である。そうすると手を離さねばならない。握った右手を、だ。
結果としては、彼女は手を離した。が、僕の背に彼女の背をぴったりとくっつけて、右手と左手を僕の腰に後ろ手で回して、舟に乗った。
彼女のこういった奇妙なまでの過剰な親愛表現がどうして今日このタイミングで行われるようになったのかは僕には不明であったけれど、
悪くない気分だったので、それをも楽しむことにする。小舟は緩やかに動き出した。揺れと共に、僕とノヴェの背中が擦りあわされる。
温かみが右へ左へと動くのが妙にくすぐったくて、僕は微笑んだ。小舟が池の中央辺りにまで来た時、不意に街灯ではない光を僕は見た。
ノヴェに声を掛け、知らせる。月が雲と雲の狭間に姿を表していた。水面を見ると、月が映っているのは僕たちのいる場所だと分かった。
偶然だった。僕らは穏やかな光に照らされながら、雪と、それを運ぶ風と、ところどころに雲の掛かる月を楽しんだ。ノヴェは背を離し、
僕の方に来て、腰掛けていた僕の膝の上に、可愛いお尻を下ろした。普段の活発な彼女とは似ても似つかない。静かで、落ち着いていて、
この散歩の間に見てきた風景と同じ、神秘的な雰囲気を身に纏わせている。それは、僕にとって、全く新しいノヴェの魅力となった。
ふと彼女が僕を見上げた。僕は彼女と目を合わせた。彼女は寒さで赤らんだ顔でにこりと笑うと、伝えたいことがあるの、と僕に言った。
「今日は十一月最後の日だから、としあきを散歩に誘ったんだ」
ノヴェが僕のことを愛称で呼ばなかったことに気付くまでに、数秒掛かった。彼女は重要な話をしているのだと、僕はそれで悟った。
「昔からの願いもあったからね。誰かと一緒に、この日を過ごしたい、っていう」
「願いは叶った?」
彼女は首を振った。
「ううん、まだ。まだ、叶ってない」
それから僕をじっと見つめて、こう言った。
「私の願いは誰かと、家族とは違う大切な誰かと今日を過ごしたいという願いだったから。そして私は、としあきを大切な人にしたいの。
 ……好きだよ、としあき」
僕が感づいていなかったと言えば嘘にならざるを得ない。彼女の振る舞いはどう見てもおかしいものだったし、過剰な親愛表現も、
その疑いに拍車を掛けた。オクトとディッセの話も作り話か、または彼女が仕組んだことかもしれない。今頃邸宅は大騒ぎであろう。
ノヴェがいない、彼女は何処だ、などと、セプとジューンが騒いでいる様が僕には見えた。見つかっていないのは、フェブを買収したか。
散歩に誘われる前から、呼び出された時から、幾らか心中では気付いてはいたのだろう。彼女が何か大切なことを胸に秘めているのだと。
だが僕は彼女に知ってるからと急かすことはしなかった。これは彼女からの言葉であるべきで、僕からそれを求めてはならなかったのだ。
それで、ノヴェがこれらの言葉を勇気を振り絞って言葉にしたのなら、僕はそれに対して、悪ふざけなどそこに微塵も無い真剣な答えを、
勇気を振り絞って言葉にしなければならなかった。だが僕は彼女に比べ大人だ。僕は開き直った。誰かを好きになることの何が悪いんだ?
「僕もだよ、ノヴェ」
それから抱き締めようと思った。思ったが、抱き締められなかった。それは僕が悪いのではない。誰が悪いのでもない。ただ単に速さの、
そう、速さの問題だ。僕が彼女を抱き締めたいと思うよりも早く、ノヴェの方が僕を力強く抱き締めたいと思っただけだったのである。
飛びつかれて、僕は押し倒されるようにして抱き締められた。一瞬だけ、邪な思いが僕に現れたことは否定しない。だって誰の目がある?
でも僕はそんなものの支配を許す男ではなかった。すぐに払拭した。少女は抱きついているだけだった。それは当然のことであった。
三人娘の末ならいざ知らず、彼女は最もそういうことに関して疎い存在である。故に彼女にはこれくらいが丁度いいのだ、と考えながら、
僕は少女にキスをした。お互いそれがファーストキスだった。僕は笑い、ノヴェも笑った。それから僕らは相手をぎゅっと抱き締めつつ、
首を回して夜空を見上げた。雪はその降りようを衰えさせ始めてはいたが、依然として降り続けている。僕は右手に恋人を抱きながら、
時間を確かめる。おお、と僕は声を漏らした。なあに? と尋ねて、ノヴェが軽いキスを僕の色んな場所に繰り返して来る。僕は言った。
「十二月だねぇ」
彼女は唇を差し出した。今度は僕の番だった。僕は一際長く彼女に口付けて、それから離した。彼女は顔を綻ばせて、僕の言葉に返した。
「だねぇ、とっしー」

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最終更新:2008年12月02日 22:52