<1日目/支倉令/別荘への道> クルーザーの帰る音を背中に受けながら、私たちは小笠原の別荘を目指して歩いていた。 「天気は大丈夫なのかなぁ」 私が小さく言うと、お姉さまが答えてくれた。 「島の天気は変わりやすいというわね。大きく崩れなければいいのだけど」 そう言いながら上を向いた。私もつられて上を向く。 天気は快晴そのもので、しばらくは心配いらないと思った。 「どうやら、それは杞憂なのかもね」 お姉さまはそう言うと、ふふっ、と笑った。 「空は落ちてこないわ。大丈夫よ」 「そうみたいですね」 二人で笑っていると、後ろから祥子が「どうしたの?」と話しかけてきた。 「天気が崩れるのを心配したんだけど、心配ないみたいね」 「だって天気予報とにらめっこしたのよ?」 祥子の発言もなかなか面白いものだった。それでまたお姉さまが笑う。 「祥子が天気予報とにらめっこ……、くっくっく、うふふふっ」 「もう江利子さまったら、笑いすぎですわ」 笑いは伝染する。 後ろに続く祐巳ちゃんや志摩子たちも、色々な話をしていて笑っている。 天気と同じ。暖かな雰囲気は、私たちを包んでいる。 だから大丈夫。 このバカンスは、きっと、楽しいまま終わるよ。 私はこのときは、そう信じていて疑わなかった。 *** <1日目/小笠原祥子/森の入り口> 「……あら?」 私の呟きを聞いて、祐巳が小首をかしげる。 「どうしたんですか、お姉さま」 「いえ、この森、こんなに広かったかしら?」 「かしら? って言われても、私たちはわかんないよ」 聖さまが苦笑しつつそう言う。 しかし、私は本当に覚えがないのだ。この森は、こんなところに入り口はなかったはずだ。 本来なら、桟橋から真っ直ぐ進むと、森に続く道と館へ続く道の分岐がある。だから、真っ直ぐ歩いてきたこの道に、森があるのはおかしいのだ。 上がった場所を間違えた? いや、それは違う。桟橋は一箇所しかないのだから。海岸を歩き、ぐるりと反対側までいけば道はあるが、そっちだって館の裏手に続くのだから。 「祥子?」 お姉さまの声に、思考の海に潜っていた私は我に返った。 「い、いえ。……行きましょう」 なぜここで私たちは引き返さなかったのか。 私は死ぬまで、この決断を悔いていくことになるのだ。 *** <1日目/佐藤聖/森の中> 「結構歩くんだねぇ」 私はのんびり言う。少し汗ばんでいるが、ほどよい疲れだ。 「え、ええ……、もう少しで着きますから……」 祥子はさっきから歯切れが悪い。 道に迷ったとか……? でもずっと一本道だしなぁ。もし迷ってても、戻れば済むことだ。 「ねぇ、こんな話、知ってる?」 そんなとき、江利子が変なことを言ってきた。 「んー?」 後で思った。 江利子の話を、聞かないほうがよかった、と。 *** <1日目/鳥居江利子/森の中での会話> ──ある豪華客船が沈んで、8人の乗員と乗客が1隻の救命艇に乗っていたの。 その救命艇の周囲には濃い霧が立ち込めていて、数メートル先は全く見えない。 そんな時、乗り合わせていた占い師がこう言うのよ。 「この船には、死神が乗っている。その死神を追い出さない限り、霧は晴れず、助けは来ない」 最初は乗っている人は、誰もその占い師の話に耳を貸さなかった。 その内、怪我をしていた男が死んだ。 食料を独り占めしていた男は、もみ合いの末に海に落ちた。 だんだんと皆は疑心暗鬼に陥ってきた。 そしてついに……殺し合いが始まるの。 「こいつが死神だ」 「こいつを殺せ」 狂った思考に支配された人々は、占い師を殺し、海に落とした。 しかし、霧は晴れない。 じゃあ、こいつだ。次の人を殺しても、海に落としても、霧は晴れない。 そして最後は、誰も残らなかった。 霧は晴れない。誰も助からない。 死神は、その船に乗っていた全員の心に宿っていた悪しき心だったのよ── *** <1日目/島津由乃/森の中> 「江利子さま、それって昔の漫画のやつでしょー」 私はそう言って笑い飛ばした。すると、デコを光らせて、 「あ、やっぱり由乃ちゃんは知ってたかー」 なんて言ってカラカラ笑っている。 まったくもう。このデコは。 でも……怖い。 もし、本当にそうなら、嫌なんてもんじゃない。 うーん。面白い、とは思えないなー。 私の発言で、深刻そうな皆の顔が和らいだ。 皆で「このデコ」「デコが」と言って江利子さまのデコをペチペチ叩いている。 ま、大丈夫でしょう。この皆なら、明るく済ませれるでしょう。 迷ったって大丈夫。絶対に、いいバカンスになる。 そう思っていたのに……。 あんなことに、なるなんて……。 やっぱり私は、このデコのことを、許せそうにない。