1970年 Other Category

6月2日 テスト走行中(グッドウッド)

B.マクラーレン(Bruce Leslie McLaren) ***死亡事故***
B.マクラーレンが、Can-Amカー(McLaren M8D - Chevrolet) でのテスト走行中、時速約270kmでスピン。
マシンは後ろ向きで舞い上がり、その後マーシャルのフラグ・スタンドに激突し大破。
この事故でB.マクラーレンは亡くなった。

8月26日 テスト走行中(鈴鹿サーキット)

[初] Part1(938)
川合稔(かわい みのる) ***死亡事故***
Can-Am参戦前、トヨタ7をテスト走行中の川合稔が、ヘアピン手前でクラッシュ。
マシンから放り出されたドライバーは、病院に搬送されたが死亡した。

この事故に関する詳細は、下記のサイトにあります。
All for WIN! アクシデント -忘れてはいけない記憶-

鈴鹿耐久レースシリーズ - 鈴鹿12時間耐久レース

[初] Part34(67)
西野弘美、秋山喜芳(あきやま きよし) *** 死亡事故 ***
スプーンカーブ手前で、西野弘美(ベレット)のスピンに、秋山喜芳(ホンダ・S800) が巻き込まれてしまい、2台のマシンはもつれ合うようにスピンしながら右斜め前へ。
西野のベレットが右側のグリーン地帯に入って、リヤ辺りからガードレールに接触。
秋山のS800は、運悪くガードレールの支柱にかなり激しく激突した。
ベレットの方も、ガードレールにボディ後部をこすりつけるようにしながら、支柱にぶつかり、ここで燃料タンクが破れて引火。
火のついたベレットはガードレールと支柱にぶつかって、コースのほうへ反動で戻される。S800のほうも続いて出火。
ペレットの破れたタンクから飛び散ったガソリンを、S800は前面から被る形となりタンクは爆発、辺り一面が火の海になってしまった。
ベレットの西野は、意識があり火の手の少ない左側ドアから転がるように脱出を図り、マーシャルに助けられた。
しかし秋山のS800にマーシャルが近づいた時には、火の勢いが強く、内部も確認できない状況になっており、ようやくドライバーが救出された時には、既に皮膚の一部が炭化するほどの第三度火傷を負っており、救急車で病院へ搬送されたが亡くなってしまった。

秋山選手の救出時、彼はステアリングホイールを握ったままで、クラッシュ時の衝撃で意識不明になっていたと思われる。


最終更新:2009年05月06日 15:39
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。