開幕戦 アルゼンチンGP(ブエノスアイレス)
[初] Part20(469)
G.ヴィルヌーブ(Ferrari 312T5) が、サスペンション・トラブルからクラッシュ。
第3戦 南アフリカGP(キャラミ) 予選
[初] Part5(288)
M.スレール(シュラー)がクラッシュで踵を骨折。
この事故で彼は3戦を欠場するが、第7戦・フランスGPで復帰した。
彼は1982年の南アフリカGPにおいて、同じ場所で同様の事故を起こして両足を骨折している。
第4戦 アメリカ西GP(ロングビーチ) 決勝
[初] Part1(258)
C.レガッツォーニのマシンは走行中にブレーキペダルが折れてしまうというアクシデントに見舞われる。
ロングビーチはランオフエリアが全く無く、コンクリートウォールと金網がコースに直面したコース。レガッツォーニは、ギア3速に入れエンジン切った後に、リタイアして止めてあったR.ズニーノのブラバムにわざとぶつけてショックを和らげた。
それでも彼のマシンは横転して激しくクラッシュ、 一時期レガツォーニは生命を危ぶまれたが、12時間に及ぶ手術により命は取り留めた。
彼は下半身の自由を失い車椅子生活を余儀なくされF1を引退したが、その後も両腕だけで操作できる車でパリ・ダカールに参戦するなどレース活動を続けた。
第6戦 モナコGP(モンテカルロ) 決勝
[初] Part2(10)
8月1日 テスト走行中(ホッケンハイム)
[初] Part1(196)
P.ドゥパイエが、スライディング・スカートの破損によりシケインで横転しガードレールに激突、マシンの前後が大破しガードレールに乗り上げた状態で停止した。
彼はこの事故で亡くなった。
上記の別角度や、ガレージに回収後の原型を留めていないマシンの写真等がある。
動画に関しては不明だが、おそらく存在しないと思われる。
第10戦 オーストリアGP(エステルライヒリンク)予選
[初] Part13(168)
他の車がエンジンブローでコース上にオイルを撒き散らし、滑りやすい状況になっていたところへ、A.プロスト(McLaren-M29) がスピン、それに接触したJ.マス(Arrows-A3) が弾かれるようにコースアウトした後、縁石(グリーン上?)で跳ねて宙を舞い、ゲッセルコーナー手前の畑地に上下逆になって墜落した。
ヘルメットは衝撃で外れ、転がることなくズドンと落ちたために首には相当の衝撃が
あったと思われるが、命に別状はなく約一ヶ月半後のカナダGPに復帰、11位で完走している。
第11戦 オランダGP(ザンドフールト) 決勝
[初] Part1(365)
D.デイリー(Derek Daly)
宙に舞うマシン(Tyrel-010) と無事に脱出したデイリー
第12戦 イタリアGP(イモラ)
[初] Part34(867)
G.ヴィルヌーブ(Ferrari 312T5)
トサ・コーナーで大クラッシュを起こすが、無傷で済んでいる。
第13戦 カナダGP
[初] Part9(168)
J.P.ジャブイルがタイヤバリアに突っ込むクラッシュ、足に重傷を負った。
最終更新:2007年08月12日 03:13