梅雨は毎年奇跡を産む。
それは魔法の様に。
見える入る雨は抜け出せそうもないのに、明ければ当然の様に夏が顔を出す。
そうして魔法は毎年奇跡を産む。
でも、もしかして、もしかして魔法が解けなかったら?
希望に見える夏を目前に、降り続ける雨の季節に一人取り残されたら?
魔法は解けぬまま、奇跡は呪いになる。
鬼と犬の薄い日々
百年生きている鬼がいるそうだ。
その鬼は何とも醜い顔をして、恐ろしい声で唸り、よく尖った爪と牙
明らかに不自然な二本の角を額に生やして
独りぼっちで街の外れに住んでるそうだ。
どうして一人で住んどるの?
さあねえ、恐ろしいからじゃないかい。
何で恐ろしいの?人を食うたか?
いいや、喰わん。
じゃあ人を殺したか?
いいや殺さん。ただひたすら雨を呼び、息をしてただけだ。
雨を呼ぶ。
そして季節を閉じ込める。
それが
鬼
目を覚ましたら天井が見えた。長い事見ていなかった。
それもそうだ。俺はずっと前に捨てられて、ずっと野良として暮らしてたから、天井に雨が打つ音を聞くのは本当に久しぶり。
「ここは....?」
「起きた。何か食べる?」
「あ、はあ....」
女の人が僕を見て、食べ物をくれた。
温かいスープだった。
「あち...」
女の人は真っ黒い服を着て、前髪がすごく長かった。
爪が長くて、引っ掻かれたらいたそうだと思った。
まじまじと見ていたら女の人が僕に言った。
「食べたら出て行ってね。」
外はどしゃ降り。
「あ、でも僕ちょっとまだ疲れてて」
「そう、じゃあ休んだら出て行ってね」
女の人は凄く淡々と話した。
しとしとしとしと
降り続ける雨音の心地よさに、次第に瞼が重くなり、俺は目をつむった。
暗転
雨音に目を覚ます。
起きたらそこはやっぱり天井が見える部屋。
女の人が見当たらない。
幻?そんなバカな。
食べ終わったスープの器があるのだから、そんなこともないでしょう。
じゃーと音がして、女の人が出て来た。
トイレだったみたい。
「あ、おはようございます」
「おはよう」
女の人は明らかに雰囲気の悪い表情で僕に返事をした。
相変わらずの雨音が、ふたりの気まずい空気をごまかした。
「あの....おねえさん、」
「なに?」
「ここどこですか?」
「私のうちよ」
へー
「あの、僕なんでこんな所にいるんでしょう?」
「家の前の段ボールに入って寝てたでしょう?すごい邪魔だったわ。だから。」
「ああ、」
俺はもともと野良犬で随分長い事旅をしていた。
この街に来た時に、お腹が空きすぎて、疲れすぎて丁度いい段ボールの中に入って疲れを癒していたんだ。
そして彼女に拾われた。
「理解しました。」
「そう、」
「そうだ、お姉さん、名前は?」
「なんで?」
「や、助けてもらった人を何て呼んだらいいのかと....」
「いいわよ、なんだって」
「そんな事言われても....」
「どうだっていいでしょ」
「.....あ、じゃあ僕の名前どうします?」
「は?なにが?」
「僕の名前。名前がないと飼うのにも不便でしょ?」
「飼うなんて言ってないでしょ。早く出て行って。約束よ」
「そんな....」
「私には犬を飼う余裕なんてないのよ」
「でも、僕がいると楽しいですよ」
「結構よ」
「何でもしますよ」
「いいって」
さみしい雨音がもうごまかしきれない。
助けてくれてありがとう。
あなたなら、俺を飼ってくれる。
そんな気がするんだ。
「じゃあ僕があなたに名前をつけます」
「は?なによそれ」
「えーと、あなたは」
「ちょっと」
「うき」
「うき?」
「そう、雨に似ているから。優しい音で、表情で世界を流してくれる音だから。雨期。雨の季節のうき!」
「雨ね....」
「気に入らない?」
「別に。ぴったりよ」
「そうか、良かった」
「…私は雨を呼ぶからね」
寂しそうにうきは呟いた。
雨の音
綺麗に響く
彼女の声
綺麗に響く
俺は居着いた。
何日も何日も
けれど何日居続けても彼女が僕に名前をつけてくれる事はなかった。
彼女は全くこの狭い部屋から出なかった。
外は雨が降り続けた。
俺も彼女の側に居続けた。
ある日、目を覚ますとうきがいなかった。
部屋中探す。
がちゃりと音がきこえて、雨音が一気に激しくなった。
表から彼女が帰って来た。
「珍しい、表いってたんだ。探したよ」
瞬間
驚いた。
傘を持っていたのに、びしょ濡れ
体と顔面、腕と足
血と殴打の跡
腫れ上がる瞼。
「買い物に行ってたの。そろそろ食べ物がなくなってたから。」
「どうしたのそれ....」
「...街に降りるといつもこうなのよ」
「なんで....?」
「私は,,,,鬼だから」
「鬼?」
ぼそりと窓を見ながら彼女は言った
「どこが鬼なの?人を食べるの?」
「いいえ、食べないわ」
「じゃあ人を殺したの?」
「いいえ、殺さないわ」
「じゃあなぜ?」
「みんながそう呼ぶから。元々の醜い顔に加えて、額には2本の角が生えてしまったわ。」
「そんなこと」
「なによ?」
「姿形で人を傷つけるなんてそんなこと.....」
「実際あるのよ」
「ひどい」
うきが
急に饒舌に話し始めた
「人に愛されるためだけのものがいるのだから、人に愛されないだけのものもいるのよ。醜い事がいけない事だったの。人は私を鬼と呼ぶわ。
鬼と呼ばれた形は鬼になるの。角が生えた、爪がのびた、牙が生えた…」
「うき」
「いっそ、人が喰えれば幸せだとも思うわ」
「うき!」
悲しい
美しい優しい彼女が
こんな事を言うなんて
「そんなこといっちゃダメだよ」
「....あなたには分からないでしょうね」
「なに?」
「生まれながらに愛玩のものとして生まれたんだもの。あなたにこの気持は分からないわ。」
「.....」
「偉そうに言わないでよ。犬のくせに。何も分からないくせに」
「俺は…」
「あんたと居るといらいらするのよ。かわいい、かわいがられるだけの生き物。目障りだわ!」
「でも、俺は人に捨てられた」
雨音
一気に
激しく
「俺の住んでた国はね、ココくらいすごく立派な国で。俺はそこのお金持ちのオンナノコの家に飼われてたの。でもある日戦争が起こった。
戦争は俺を飼ってた家にも影響があって、ある日俺は山に捨てられた。」
「…」
「うきは俺がうきの気持を汲み取れないって言ったね。ちがうよ」
「…」
「同じだよ」
「なにが…」
「俺は真っ先に捨てられたんだよ」
「…」
「絶対に必要でなければ、どんなにかわいがられても大切にされているのとは違うんだよ」
「…」
「同じなんだ」
沈黙
雨音
だから俺はうきが好きなんだ。
必要とされれば、必要とすれば
俺たちは大丈夫
そう思ったんだ
対面に立って
俺たちは随分黙りこくっていた
沈黙をやぶることば
「…ごめんなさい」
「うき?」
「あなたを傷つけたかった」
「…」
「私は私だけがこうなのだと思っていたから。毎日雨が降っている窓を眺めて、誰とも話す事が出来なくて、人に会えば石を投げられて罵声を浴びせられる」
「そう…」
「でも違うのね、ごめんなさい」
雨音が
一切止みました
鬼は少し
犬にほんの少し優しくなる
鬼は次の日犬に名前をあげました
犬の名前はおひさまと言うそうです。
すばらしい。
犬と鬼ははこの街を出て行く事を決めました。
二人で船を作って
荷物を詰めて
丸い箱と木の棒
真っ白なスケッチブックと
4Bの鉛筆
「雨、最近降らないわね」
「ん?何か言った?」
「うん、なんでも」
犬は玄関で靴を履いていました
「どこいくの?」
「ちょっと街に。もう食べるものないから。」
鬼はとたんに不安になりました。
「…いいよ」
「は?なに?」
「行かなくていいよ」
「何言ってるの。行かなきゃ。食べるものないでしょ」
「…」
鬼が不安だった事は
「うきが行っちゃうとまたいじめられてしまうでしょ?コレくらいやらせてよ。」
「…」
犬が
「…帰ってきてね」
「うき?」
帰って来ない事
「…」
「…なに言ってるの。帰って来るよ?」
笑いながら犬は言いました
「帰って来るよ。俺が帰って来る場所はココしかないんだし」
「でも」
「だいじょうぶ。一時間くらいで帰るよ」
「きっとよ」
「うん」
「絶対に」
「うん」
「絶対に帰ってくるわね」
「うん」
「帰ってくるわね」
犬は出て行きました
そして二度と帰ってきませんでした。
その日
実に5日ぶりにその街に雨が降り注ぎました。
なんで犬は帰らんかった?
さあてね、風の噂では街が楽しすぎて鬼の事を忘れてしまったとか、車にはねられて死んじまったとか
鬼はどうなったん?
希望をふたりで見ただろう?それが呪いになった。
鬼はまだ生きてるの?
さあてねえ。
梅雨は希望を見せながら
誰もを次の季節に運ぶ
鬼は一人残された
降り続ける雨の中
希望は呪いになった。
※多分直す
最終更新:2007年05月31日 00:53