金魚に恋を

僕は毎晩夢を見る。
それは夜のビル群、街灯も着いていないのに随分と明るい街中。
ふらふらと裸足でコンクリートの上を歩く。
暑くも寒くもない。
コンクリの上を歩いてるのに痛みを感じない。
ああ、こりゃあ夢だ。
そう思ってひたすら歩く。
突然
ずしりと胸に重みを感じる。
その時から、現実みたいな錯覚をする。
足も重くなる。
細胞全部で「止まれ」と言ってる様に。
そして目の前に突然、女の子が現れる。
彼女は生成りのノースリーブワンピースを着て
柔らかそうなボブの髪を揺らしている。
触ったら心地良さそうな肌をして、でも顔がちゃんと見えない。
僕はもっと近くで見たくなって近寄る。
そうしたら彼女は離れる。
もっと近寄る。
そうしたら彼女は走って逃げる。
待って、と声に出さずに追いかける。
走る走る走る
追いついて、もう少しで腕を掴める
そう思った瞬間、

「夢はいつもここで終わる」
「ふーん」
「こういうの毎晩見るんだよ」
「へー」
「どう思う?」
「只の夢じゃない?」
「お前は酷い女だよ。」
「あんたは酷い男よね」
「なんだよソレは。」
「彼女の誕生日に長々とそんな話しなくてもいいじゃない。」
「俺にとっては死活問題なんだぞ」
「あたしにとってはどうでも良い問題よ」
「まあ、聞けよ。俺な、この夢見た後非常に切なくなるんだわ。」
「へえ」
「それはそれは息苦しくなるほどな。」
「それはアンタにあたしがデートすっぽかされたときとどっちが切ないかしら?」
「.....まあ、それはそれで」
「ちょっと」
「いいから、でな。その夢は夢なんだし、その女の子は俺は見た事もないんだ。それは分かる。なのに夢では知ってるんだよ。名前も」
「知ってるの?」
「もうちょっとで分かりそうなんだけど....」
「へえー」
「しかも毎晩だろ?俺は少し怖くなった」
「まあね、幽霊とかじゃなきゃいいけどね」
「俺もそれが怖くてさあ、よく聞くじゃん。乗り移った幽霊がこの世での心残りを果たすために夢をみせて洗脳するって」
「調べたの?あんまり聞かないよ」
「あるんだって!怖いでしょ?」
「あんまり」
「でもなーそう言う感じじゃないんだよね」
「ねえ、もう違う話しない?」
「もっと、なんか大事な事のような気がする」
「無視しないでくれる?」
「捕まえたら、全部が満たされるような、そんくらい大事な事のような.....」
「もういいわ」

沈黙

「お前太った?」
「しねよ」

田舎から出て来た俺は、この凶暴な彼女と大学で知り合って、まあそりゃ一般恋人レベルのお付き合い。
大学は楽しいですよ。そりゃあ楽しい楽しい。
勉強は単位落とさない程度に寝て出席、友達はテキト−に派手なのと付き合って。
飲み会バイト大学デートと平々凡々な大学生活満喫してました。

普通じゃないのは毎晩みてる夢ぐらい。

今日ももどかしい終わり方をする夢を見て起床。
この夢を見始めて一ヶ月。
俺は相も変わらず心地悪い。
何もかもがもやっと見えてしまう。ついでに言うと俺は低血圧だ。寝起きは非常によろしくない。
只でさえ寝起きがよくないのに、加えてこのもどかしさ。
「俺がいったい何をした。」
登校中のバスに揺られぼそりと愚痴ってみる。
いやいや、誰に対してでもないけれど。

ケータイに彼女からのメールが着ていたのに気付く。
『きのうの事は許すから今日付き合ってね。』
確かに昨日は申し訳なかった。
誕生日に「太った?」はないよね。猛反省。
でも、俺にとっての重要な問題をどうでもいいなんて言わないでよ。
一応彼女なんだし。

「おはよう」
「あ、ロクちゃん」

ロクちゃんは俺のお友達で、小中高さらに大学のお付き合い。
俺に輪をかけてちゃらんぽらんな性格なんです。でも好きだ。面白いし。
「彼女げんき?」
「うーん。ふつー」
「あいつ怒らせるとコエーから気をつけなよ」
「うーん。」
既に怒らせた事は多々あります。とも言えないよね。
実は今の彼女はロクちゃんの紹介。ロクちゃんの元々々々彼女くらいの人らしい。
おさがりってやつだね。
「ってかさーロクちゃん」
「なによ」
「俺毎晩夢見るんだ」
「うん、ふつーだよね」
「違くて。同じ夢見るの」
「あー俺も昔あったかも。2日続けて同じ夢見たり、二度寝したら続き見たり」
「そういうんでなくて、一ヶ月くらい同じ内容なんだ。」
「まじで?すげー」
「うん、ちょっと怖いよね」
「どんなんよ?」
「裸足でね、夜の街で。ずっと歩くの。で、ひたすら歩くのよ。で突然体が重くなって女の子に会うんだ。その子を捕まえなきゃいけないって、どうしてか思ちゃって、追いかけるんだけど捕まんない。」
「何の心理ゲーム?」
「ゲームじゃなくて!毎朝起きたらもどかしい気持でいっぱいになるんだよ。」
「へーそりゃ良くないね。」
「な、よくないでしょ?」
「その女の子ってだれ?サキ?」
「や、知らない子」
「見た事もないような?」
「うん、見た事もないような」
「ふーん」

プシューっとバスが停車する。
ロクちゃんは思い出した様に
「なんかそれってその子のこと好きみたいだな」
と言った。

それは俺に衝撃を与える言葉。

なんだそれ?見た事もあった事もない女の子に恋?俺が?
好き?だって彼女は俺の夢の中にしか存在しないんだよ?

でも、ロクちゃんの言葉を聞いてそうかもしれないなんて思っちまった。
そうかもしれないってのは、ほとんどの場合そうなるわけで、認めちまった俺の心は一気にもどかしい理由に気付く。

思えばそうかもしれない。
あの夢を見た日から、俺の心は何をやってももやもやしてて、それは何をやってもつまらなかった。
たった一個の事がすべてを支配して、逆に今一個の理由に気付いたとき世界は少し明るかった。

「でも実際に誰だかも解んないし....」
ぼそり、独り言。
昼飯を食べていたらメールが入った。
彼女からだ。
『いまどこー?』
面倒なので無視。ごめんよ、今俺の心はいっぱいいっぱい。
見知らぬあの子?名前は?出身地は?どんな顔して、どんな声で喋るの?
眠ったらまた会える?

この気持はなんていうのだろう。
ひとつの事がすべてを支配する。
それは捕まえたとき満ち満ちる心で、あなたをずっと知っていたような気がする。
いや、知らなくても知らなかった今までがなんて悲しすぎるのだろう。
あなたを知れてよかった。
ああ、これはまるで

「運命!」
「メール無視しないでくれる?」

振り返ったら恐ろしい顔した彼女の姿。
でも今は不思議と戸惑わない。
きっと気付いてしまったから。

「ロクに聞いたら、あんたがまた変な事言ってるって。だから心配して探したの。」
「うん、ごめん」
「まあ、いいけど。今日付き合えるでしょ?あたし見たい映画が.....」
「そうじゃなくて」
「え?」
「ごめん、別れよう」

さよなら偽りの恋人。
俺は運命に出会った。

coming soon

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最終更新:2007年05月08日 16:43