「夏に雪が降ったら迎えに来るから待っていて」
信じてる訳じゃないわ。
ただ今は息をする様に愛しているから。
夏雪
女が一人日傘をさして浜辺に立っていた。海を見て、一人ぼっちで。
男はゆっくりと近寄って女に話しかけようとした。
女は振り返らずに口を開く
「旅の方?」
男は少し驚いた。
「ええ、東の方から」
「あらそう。この辺りは何もないから退屈でしょうに」
「いいえ、景色も美しいですし、何より静かだ。僕はこういうところ好きですよ。」
「田舎なだけですわ」
女はゆっくりと男の方を見て話す。
弧を描く唇は意志の強そうな薄い作りだった。
「さっきから貴女を見ていましたがずっと海を眺めてましたね。なにが見えますか?」
「何も。ただ待ってるだけです。」
「待つ?何を?」
「夏雪」
男は少し笑う。
「へえ、この辺りは夏に雪が降るのですか。」
「いいえ、降るはずないでしょう。」
「では何故?」
「さあ、今はもう分からないわ。」
沈黙に潮騒が鳴く
「何か、ありましたか?」
「何が?」
「降るはずのないものは、有り得ないのを待つのは、奇跡を祈る事と一緒でしょ?」
「奇跡、、、そうね。奇跡だわ」
「何を待っているのですか?」
「奇跡。あの人が迎えに来るのよ」
「夏雪が降ったら?」
「夏雪が降ったら」
「なぜ?」
「あの人がそう言ったから」
「きっと帰ってきませんよ。その人」
「そうでしょうね。だって船は沈んだ」
「え?」
「私にその言葉を置いて彼は船に乗って、その船は次の日に沈んだわ」
「だったら」
「だから待つのよ。」
「その人を今も?」
「さあ?どうかしら。」
「待っているのは彼ですか?」
「分からないわ。もうずっとココでそれしか待ってないから。」
息をする様に愛している
奇跡を待つ
そして私はどこにもいけない。
どこにもいかない。
fin
最終更新:2007年05月08日 16:42