An autograph ~サインが繋げる物語~
An autograph ~サインが繋げる物語~
仙道さんの三人姉妹の次女、春香が出したファンレターから広がった物語……
そのファンレターの相手とは!?
照明を落としたぼんやりとした灯りがともる部屋の中。
全体的にトーンを落とした感じで、気に入っている場所。
大きな窓の向こう側には、夜景の街が見渡せる。
ずっと、音を落とした音楽をBGM代わりに流していた。
今日は……ちょっとJAZZな気分。
グラスに大きな氷を入れてオンザロック――なんて事になれば、かなりカッコイイ「絵」になるんだろうけどな……。
そんなこと思いながら、知らず笑みがこぼれていた。
手元にライトを引き寄せて、今日届いたファンレターを読んでみる。
こんな風にぽっかりと空いた時間にみんなからの手紙をお気に入りの場所で、気分いい空間の中で読めるというのは、ある意味、役者冥利に尽きる――ってトコかな?
ん~? なんか意味が違う?
ま、いいや。
何通かの手紙の中に、ちょっと気になるものを見つけた。
いや、普通ならどうってことないものなんだけど。
気にする方がおかしい……かな?
「仙道春香って……もしかして、仙道さんの?」
そうそうあるような苗字ではないけれど、至極珍しいというわけでもない。
たまたまってことはあるけど、なんとなく、引っかかった。
なぜだろうな?
「今度会ったら、仙道さんに聞いてみるか……」
誰が聞いてるわけでもないけれど、そんなこと呟いて。
聞いてみる――とは言っても、彼とはそう頻繁に会うような間柄じゃあない。
役者でもないし、スタッフでもない。
仙道さんはフリージャーナリストと言う立場上、割とあちこち飛び回っている人だから。
『休み? そんなのあってないようなもんだよ』
なんて事も、以前言ってたし……。
実家の事とか、仙道さんのお家の事とか、そんなこと聞いた事もなかったし。
ジャーナリストと言うのも、ある程度の守秘義務はあるだろうから、今何の仕事をしているとか、何の事件とかを追いかけている――なんて話は、ボクらの間ではしたことがなかった。
そんな必要もなかったし。
だから、今、仙道さんがどの辺りにいるのか、何の仕事をしているのか……。
はっきり言って、まったく解らない。
ある意味、謎の人だ。
「まいったな……。これは長期戦を覚悟でいた方がいいかな……」
けど、そのうち聞くのを忘れそうな事でもある。
どうでもいいやって。
それを良しとしないのか、運命が絡めてくるのか……。
なんとも判断に困るところなのだけど。
ふっと、誰かとすれ違った。
「あれ? 仙道……さん?」
振り返りざまに、そう呼びかけていた。
今、考え事をしていて、向こうからやってくる人影に全然気付かなかった。
すれ違った人が足を止め、訝しげに振り向き目を見開いた。
「あれ? 角坂君じゃないか。
……今、すれ違った……よね? なぜ気付かなかったんだろう?」
「ははは……。ボクも気付かなかったですよ」
ま、気配を殺していたようなものだったから、気付かれないのは当たり前なんだけど。
「ところで。仙道さんは、どうしてこんなところに?」
「あぁ、取材だよ。取材。
今日のこの時間のここでしか時間が取れないって先方さんが言うものだからね。
角坂君は、これから仕事?」
「えぇ、まぁ」
「そうか。じゃあ頑張って」
そう言って行きかけた仙道さんに、声をかける。
「その取材、何時ごろ終わります?」
「えっ? そうだなぁ……。2~3時間ってトコかな?
そんなにかからないかもしれないけれど、かかるかもしれない。
まぁ、取材の進み方次第だね。でも、どうして?」
「終わったら、ちょっとお時間欲しいなって……」
「でも、仕事じゃ……」
「今日は、そんなに時間かからないんです。だから――」
「わかったよ。終わったら連絡入れる――って、番号何番だっけ?」
「あぁ、じゃあ、赤外線で」
「ごめんね。忙しいのに」
「いいえ。ボクの方こそ、突然で……」
「じゃ、終わったら電話するよ。じゃあね」
そう言うと、腕時計を見ながら小走りで去って行った。
ギリギリ――だったのかな?
悪い事しちゃったな……でも、収穫はありっと。
まぁ、番号知ってても、そう連絡取る事はないだろうけど。
ボクの方からはね。
それから1時間ちょっと。
やっと仙道さんから電話がかかってきた。
忙しい人が相手なはずなのに、結構かかったもんだね。
「ごめんごめん。
なんか、妙にかかっちゃって。
今、大丈夫なの?」
電話の向こうの仙道さんが、そう心配げに聞いてくる。
「大丈夫ですよ。
こっちも、さっき終わったばっかりです」
「そうか。なら良かった。
で、話って?」
「そろそろお昼ですから、どこかで食べませんか?」
「本当、君と会うと、いつもそうなるね」
「今日は、僕の知ってる美味しいお店、ご案内しますよ」
「はいはい。それって、どの辺なんだい?」
「まぁ、そんなに遠くないですから。
仙道さんは今どこです?」
「さっき角坂君と会った場所に近いとこにいるよ」
「わかりました。ちょっと待ってて下さいね」
「さすが、角坂君が美味しいって言ってるだけあるね」
「でしょ? このお店、雰囲気もいいし美味しいし、割と安いんですよ」
「天下の角坂翔が、安いところにも目をつけるなんてね」
「なんですか。美味しくて安いトコなら一石二鳥じゃないですか」
「ま、確かにね」
仙道さんは小さく笑いながら、それでも食べる手を休める事はなかった。
割合細身なくせに、結構な大食漢だから。
この店は、割合ボリュームが多いことで知られていた。
きっと、仙道さんなら満足するだろうなって、そう思ってた店だった。
「で? 話したいことって?」
ある程度箸を進めた後、仙道さんがそう切り出してきた。
「あ……。仙道さんって、ご兄弟、いらっしゃいましたっけ?」
「なんだい? 唐突に……」
「あはは。ちょっと、ね」
「まぁ、いるよ。三人姉妹がね。
二人はこっちの方で働いているけど、ほとんどこっちでは会った事はないな」
「そうなんですか。もしかして、春香さんなんて……」
そう尋ねると、とても驚いたような顔をしてこちらを凝視している。
「なぜ知ってるの? 春香の事……」
「やっぱり、仙道さんのとこの――なんですね」
「あぁ。次女なんだけど。
そう言えば、あいつ、角坂君のファンだって言ってたけど、もしかして……」
「ははは。ファンレター、もらっちゃいました」
「……。そうか。それでね」
「仙道って苗字はあんまりいないですからね。もしかしてって。
ところで、春香さんはボクたちのことは?」
「言ってないよ。サインはせがまれてるけどね」
「そうなんですか? 仙道さんのご姉妹なら、会ってみたいな……」
「やめておいた方がいいよ。特定のファンと会うというのは。
火の無いところに煙は立たずってね。
サインで満足してくれるだろうし、春香なら」
「そう……ですかね?」
「なに? 家の妹に興味あるの?」
少しにやりと笑いながら、仙道さんが尋ねる。
その笑いに、なぜかちょっとドキッとして。
「いえ、そう言うわけじゃあ……」
思わず口篭ってしまった。
そんなボクの様子を見ながら、仙道さんは苦笑していた。
「まぁ、兄の立場から言わせて貰うと、あいつは君の手には負えないかもな」
「えっ?」
「なにしろ、次女って立場上、かなりわがままに育ってる。
双子の姉のクセにな。ちゃっかりしてるとこもあるし。結構苦労するぞ?」
「苦労って……。別に付き合うわけじゃあないんですから」
「あ、あぁ、そうか。すまない。妙な事言って」
「いいえ。でも、仙道さんってお兄さんなんですね」
「……なにか引っかかる言い回しだね」
「そうですか? 勘繰りすぎでしょう?」
やんわりとした笑みでそう言うと、仙道さんは何かを言いかけて、止めた。
ちょっと気になるけど……。
詮索は、止めておこう。
いつもと同じように奢ってもらって……。
その代わりって言ってはなんだけど、名前入りでサインを書かせてもらった。
「これで春香も喜ぶよ」
そう言う仙道さんの顔は、とっても嬉しそうで。
妹さんの事、とやかく言っていたけれど。
きっと、いいお兄さんなんだろうな――って、そう思った。
なんか……またひとつ、仙道さんの知らない顔を知った気がした……。
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最終更新:2009年07月08日 03:16