A reserved~ふたりの食卓~
A reserved~ふたりの食卓~
「あ、それ取って……」
「ん? これかい?」
「そっちじゃなくて、その隣……そうそう。それです」
「はいはい。まったく。料理する時は調味料はそばに置いておくもんだよ?」
「小言は後で聞きますからっ! っと。こんなもんかな?
ん~と……あれ? お皿……」
「ほい。これ、だろ?」
「あはは。すみません。手伝わせてしまって」
「別に、僕は構いやしないけどね」
和やかとも言える会話の中、何故ふたりでこんなことをする羽目になったのか……。
僕自身も問いたいところなんだけどね。
大の男ふたりでキッチンに向かってる図なんて……あんまり想像もしたくないものだけれど。
こういう事になってしまったのには、やはり訳があるわけで。
あれは、ほんの2時間くらい前の事だったろうか。
いつもと同じ、偶然ふたりは街角で出会ったんだ。
その時、彼は大きな荷物を抱えてて……。
「おっと。ビックリした」
「あっ、ごめんなさ――あれ? 仙道さん?」
「ん? 角坂君じゃないか。こんなところで会うなんて奇遇だね」
「本当ですね」
「でまた、今日はどうしたんだい? そんなそぐわない大荷物抱えちゃって」
まじまじと見てしまうほどに、彼は大きな紙袋を抱えるようにして持っていた。
「え? あ、これですか? えへへ。ちょっとね。
そんなことより、仙道さん。今日はこの後用事あるんですか?」
「ないと言えばないけど……また何か企んでたりしないよね?」
「またって、人聞きの悪い事を……。嫌だなぁ。ボクがいつ企んでました?
仙道さんに迷惑かけたつもりはないんだけどなぁ」
ちょっと上目遣いで、少し恨めしそうな瞳で見上げてくる。
拗ねたような感じの表情が、なんとも愛らしい。
なんてことを本人に言ったら、怒るだろうけれど。
「ま、まぁね。ちょっと言い過ぎたよ。ごめん」
「いいですよ。いつも奢ってもらってるし……。
あ、そうだ! 仙道さん。これから家来ません?」
「家って、角坂君の?」
「そうですよ。他にどこの家があるって言うんですか?」
「……そりゃあ、そうだね。でも、どうして?」
「これですよ、こ・れ」
そう言って、おもむろに荷物の中から何かを取り出した。
「美味しそうなお肉がね、激安だったんです。で、思わず買っちゃったんですけど……。
考えたら一人暮らしなのに、この量だし、どうしようかなって思って……」
「で、通りかかったのが僕なわけだ」
「その通り! どうです? ご一緒に」
「まぁ、悪くはない申し出だね」
「やった! じゃあ行きましょう。僕の家、すぐそこですから」
先頭に立つ角坂君に導かれるようにして、彼のマンションにお邪魔して――今この状況になった……と言うわけだ。
グルメともいえる彼のキッチンには、普通の家で使うような調味料以外のスパイス類とかが、きちんと整理されて棚の中に収まっていた。
たまに撮影とかで海外に行く事があって、そのときに買い揃える事もあるって聞いた。
さすが食通だな――なんて、感心してしまう。
僕も作らないわけじゃないけれど、ここまでのめり込む事はないかな。
まぁ、料理の楽しさを知らないからかもしれないけれどね。
「できたー! ありがとうございます。仙道さんがお手伝いしてくれたから、早く終わっちゃった」
「そんなことないよ。角坂君も手際よかったし」
「そうですか? なんか、嬉しいな。
じゃ、食べましょ! 好きなとこに座っててくださいよ」
「運ぶのくらい手伝うよ」
「ありがとうございまーす」
「いえいえ。滅多に味わうことのない角坂翔の手料理だもの。じっくり味わわないとね」
「まぁた、そんなこと言って」
くすぐったそうな顔をして、彼は笑う。
始終和やかに、ふたりの食卓は進んでいった。
お互いいろんな話をしながら。
後片付けも手伝って、終わった頃には既に外は暗闇の中だった。
「ちょっと遅くなりましたかね? 後片付けまで手伝わせて、本当にごめんなさい」
「美味しい手料理ご馳走になったんだから、それくらいは当然だろ?」
「本当、仙道さんって優しいですよね」
「どうしたの? そんな改まって言っちゃったりして……」
なんとなく、落ち込んだときの彼みたいな表情で目を伏せている。
いつも元気な角坂君だけに、それが少し気になって。
覗き込むように見ると、はっと気付いたように顔を上げ微笑を見せる。
その顔は、いつもの彼。
……なのだろうか?
無理に“演じて”いるのではないのか――ふと、そんなことを思う。
けれど……多分、彼に聞いても“答え”は返らないだろう。
僕の欲している“本音の答え”は。
「あ、いえ。なんでもないです。
でも、今日は本当に楽しかった。あ、これ。余らせそうだから、お土産に……」
「いいのかい? 角坂君が食べるんじゃ……」
「長期の冷凍保存は、味が落ちますからね。
それに美味しいうちに食べてもらった方が、お肉も喜びますよ」
「そうかい。じゃあ、遠慮なく貰っていくね」
「はい」
「それじゃあ、ご馳走様。美味しかったよ」
「お粗末さまでした。こちらこそありがとうございました」
「またね。おやすみ――って、まだ早い時間だけど」
「はい。おやすみなさい」
そう言って角坂君は笑っていた。
ドアを閉めるとき、彼の携帯がなにかの着信を知らせるような音を出しているのを聞きながら……。
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最終更新:2009年07月08日 22:51