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×【武内直樹】

夕陽の君へ

投稿者名;カノン
※ こう言う出会いがないとは言い切れませんが……
  多分、公式では、こう言う出会いはないかも(苦笑)


どこからか聞こえてくる、歌とも違う調べ。
けれど、謳うようなその声に、いつの間にか耳を傾けていた。
寄せては返す波のような旋律に、周りの音さえ消されていくように……。


巡らせた視線のその先に、時の流れから切り離されたような“彼”がいた。
遠目から見ただけだなのだから、その人をはっきりと確認できたわけではない。
けれど、そう、直感と言うものが告げる。
その人が“彼”なのだと。
この“詩(うた)”の持ち主であるのだと……。


朗読でも暗唱でもなく、ただただ手にしているそれを読み上げている。
なんだろう……この感覚。
不思議な“時の流れ”にしばし“自分”を忘れそうになった。



そんなすれ違い――気が付けば“彼”はそこに居ず、ただ、彼のいたもっと向こうに大きく赤い夕陽が揺らめいていた。

「今の……。まさか、幻影じゃあない、よな?」

誰も聞いてはいないのに、そう呟いてしまうのは、自分でも信じられなかったからかもしれない。



次に“彼”を見たのは……そう、あれは、角坂君と会っていた時のことだった。
会っていたと言うよりも、たまたま、出会って、結局また何か食べに行こうと言うことになったのだけれど。
どうして、彼と会うといつもこうなるんだろうな。
そんな自嘲めいた苦笑いをしていた時、ふと、すれ違った。
ふたりの脇を、自転車で通っていった――ほんの数秒の再会。
勿論、向こうがこちらを知っているわけではなく、単なる風景の一部でしかなかっただろう。
その人物が“彼”であることは、何故か疑いようもなかった。
どうしてそう確信が持てたのかさえ、解らなかったのだけれど。

「あれ? 今の人……」

隣の角坂君が、ぼそっと呟くように声を出した。
見ると、彼もまた、その人の後姿を目で追っていた。
もしかして、知り合い?
そう尋ねるよりも先に、彼はこちらを向いた。

「以前、ちょっとした出会いをしたんですよ。
 彼、詩人らしくって……」

そう言って、言葉を濁した。
少し恥ずかしそうに目を逸らすところを見ると、何かあったのだろう。
まぁ、本人が話そうとするまで、ここは聞かないでおこう。

「そう、なんだ?
 僕もね、この前見かけたんだ。あの人を」

既に“彼”の姿はどこかで曲がったのだろう、見えなくなっていた。

「見かけた――んですか?
 へぇ。仙道さんがねぇ。
 いったいどこで?」
「なんか意味深な問いかけだなぁ。
 そうだな。どこだか忘れたけど、どこかの河川敷……彼は、土手の上で何かを読んでいた気がする」
「じゃあ、それは彼の詩集でしょうね」
「詩人だと言うのなら、そうなんだろうね」

いるはずのない彼の消えた方向に、もう一度視線を巡らせたあと、少しだけ肩をすくめてまた歩き始めた。



三度の出会いは、夜の街の中。
なにか気配が、それまでと違っていた。
だから、最初はわからなかった。
その人が“彼”だと言うことに……。
どちらかと言えば、今まで少し暢気なくらいの気配と言うか雰囲気だったのに、そうではなかった。
その日出会った“彼”は。

あまりにも違う、その気配に、妙に気になったのを覚えている。

あれ以来、時々“彼”とすれ違うことが増えた気がした。
気配は、いつものと同じ。
同じような時間に同じような方向に向かうところを見ると、どこかに通っているんだろうなと思う。



それからしばらくして、やっと“彼”の顔を少し知ることが出来た。
角坂君が詩人と言っていたけれど、なかなかそれらしき人物に巡り会えなかった。
反対にそれが、妙にもどかしくて。
見かけるのだから、直接本人に聞くのが一番なんだろうと思うのに、何故かいつも見失う。
こちらとしても、張り込みをしている刑事と言うならまだしも、他の事をしているときにすれ違ったりするわけだから、その後を追うわけにも行かなかったし。
気になるからってだけで、それ以外の仕事を放り出すわけには行かないし。
けれど、解る時と言うものは、縺れ合った糸が突然するりと解けるのと似ているのかもしれない。
それでも“彼”と言う糸は、思ったよりももっと縺れ合っているようだったけれど。


本職は詩人なんだろうが、それよりも名を馳せていたのが、翻訳家、そして通訳としての彼の腕。
多分、本人としては不本意なことだろうが。


しかも、今度その通訳として、ある仕事を依頼することになった。
若干苦手としているフランス語の通訳として、担当の人が彼を推薦してきた。
彼ならば、その人の言いたいこと伝えたいことを的確に表現してくれるであろうと。
渡りに船とばかりに依頼して……。
数日後の打ち合わせで、初めて気付いた。
それが、“彼”であると言うことに。


確かに流暢なフランス語。
まるで、詩の一遍でも朗読しているかのように。
それでつながった――彼とあの日のことが。
柔らかな物腰に、穏やかな笑顔と瞳。
あくまでも主観的にいうなれば、どこか浮世離れしたような――そんな人。



通訳、翻訳家、そして詩人……。
そのどれにも当てはまらないのが、以前目にした夜の街での彼。
彼を知れば知るほど、それが解せない謎になっていった。
たまたまなのか――何か理由があってなのか……。
どうってことないのかもしれないけれど、それが、妙に引っかかる。
妙な鋭さを伴った雰囲気が忘れられなかったんだと思う。


あの日の夜、何があったのか――そんなことを直接聞けるまで、親しくなれるとも思ってはいない。
それは、直感。
この人は、受付けないだろうって思った。
なぜ?
直感なんて、理由なきもの。
しかし、強ち間違えていたりしないのが直感が直感たる由縁。
無理やり聞いたところで、はぐらかされるのが落ちだろうし……。

「武内さん。武内さんって時々、夜出歩いてることありません?」

休憩時間に談話の形で、そう切り込んでみた。

「なんですか? 突然ですね。
 夜に――ですか?」

さすがに驚いていたようで、目を白黒させていた。
やがて少し考え込むように宙を見て、微笑で答える。

「あぁ、もしかして家庭教師に行っているところでも目撃されたのでしょうね」
「家庭教師――ですか?」
「えぇ。英語のを少し」
「なるほど。それで、同じような時間に同じような場所でお見かけするんですね」
「そんなに見られていたんですか?
 何か、恥ずかしいですね……」
「あ、いえ。たまたまです。
 あの時間に何をやってるのかなって。少し不思議に思ったものですから」
「それは、どうも。
 変な場面を見られちゃっていたようで……」

照れ笑いをしながら、その瞳の奥が、一瞬鋭くなったような気がした。
余計なことを……聞いてしまっただろうか?
やはり、ここで、あの日のことは聞けない。
多分、この後、いつでだって……。
直感が告げたとおりに。


「でも、なぜそんなことを?」

ささやくように、彼は耳元で言葉を継げる。

「別に僕がどこで何をしていようと、あなたには関係ないことではないですか?」
「えっ。あ……。そ、そう、ですね……」

思いも寄らない問いに、何故か言葉を失う。





「あなたとは、会いたいとも思わないのに、出会ってしまうようですね……」

少し物悲しい口調に、眼差し……。
再び出会った、夜の街――。
彼は、あの日と同じ鋭さを身にまとっていた……。

Next......

 次回は……いつになるでしょうか?^^;
 リクエストがあれば、早めに投稿できる――かも?

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最終更新:2009年08月02日 23:17