光脈とは生命の源であり、また帰るべき処でもある。
元来そういう不思議なものであるから、その路の途中で怪異に出会う
ことも少なくは無い。
噎返るほどの森の香気は、精液のように生気に充ち満ちていた。
「ここら辺かね……」
洋裁を纏った隻眼の蟲師は、分け行った森の中に少し開けた場所を見
つけた。
清廉な、透き通った池がある。池の真ん中には小さな小島。そして、
主らしき動物……カモシカだろうか……が静かに四肢を折り畳んで座っ
ていた。
蟲師は洋裁の小間物入れから紙煙草を取りだし、マッチで火をつけて
深く一服吸い込んだ。
「よぉ……あんたが主かい?」
蟲師の質問に、主はパタリと耳を揺すって答えた。
次の瞬間──
背後の森から躍り出た少女に、蟲師は抵抗する間もなく羽飼締めにさ
れた。
喉にヒヤリと鉄の感触。鉈のような野太い短剣を突き付けられていた。
「誰だ貴様!お前も獅子神様の首を狙って来たのか!」
「ま、待て!俺は主に何かしようなんて思っちゃいない」
「証拠はあるのか!」
「や、証拠ったって……」
当てられた刃が、グッと、皮一枚分喉に食い込む。
「いてて!や、止めてくれ!ほら、主が逃げて無いだろ?俺に敵意が無い証拠……」
主はニヤリと笑って、一足飛びに森へ逃げて行く。蟲師は思わずポタ
リと煙草を取り落とした。
「あ、くそ!あいつわかってて逃げやがった!」
「……」
無言で、刃に力が加えられる。
蟲師が天命尽きたかと諦めかけた刹那、
──チリン
涼やかな鈴の音が響いた。
「おやおや、御二方、喧嘩に刃物はいけません。危ないですから……ネ」
「!」
何時のにやら少女の間合いに入っていた奇怪な男……鼻筋と目淵に朱
の隈取り、原色の奇妙な服を着ている……は、ごく自然な振る舞いのま
ま、少女の短刀を取り上げた。
「なんなら、鎮静剤でも御譲りしましょうか」
「……俺も薬屋だ。間に合ってるよ」
「……」
三者三様異彩を放つ、妙な顔触れが集まった。
最終更新:2010年03月19日 22:26