そこは音も無く、暑さや寒さといった感覚も無い世界だった。
だが、何も無いというわけではなく、この世界には無数の鏡が浮遊していた。
そして、それらは多くの光景を映し出していた。
公園で遊ぶ親子、タバコを吸うサラリーマン、ゲートボールに興じるおばあさん・・・。
そんな鏡に囲まれながら眠る少女がいた。
彼女は目をつぶりながら考える。
『私は何者なのか?』
『私はどうして存在するのか?』
だが、彼女はすぐに考えるのをやめてしまった。
仕方がないのだ。
なぜなら、この問題はもう何千回・何万回と考えており、すでに結論が出ていたのだから。
自分は『無の世界』の住人。
『無』に生きる者なのだから、存在理由も『無』いのだ・・・。
そう自分に言い聞かせると、彼女は眠りについた。
一方、風都にある遊園地<ウィンダーランド>内を2つの影が疾走していた。
前方を走るのはロブスター・ドーパント、
そしてそのドーパントを後方から仮面ライダーW ファングジョーカーが追いかけていた。
『待ちやがれ、海老野郎!』
Wに存在する左 翔太郎の意識が叫ぶ。
「『待ちやがれ』って言われて止まるアホがどこにいるか!」
ロブスター・ドーパントは逃げながら正論で返した。
『ふざけるな!』
SHOULDER FANG!!
Wはファングメモリを2回押し、ショルダーファングを出すと、
勢いよくロブスター・ドーパント目がけて投げた。
だが、ロブスター・ドーパントの装甲は硬く、ショルダーファングを跳ね返されてしまった。
「しつこい奴だ・・・ん?」
逃げるロブスター・ドーパントの目に飛び込む<鏡の館>の看板。
「いちかばちかだ!」
そう言って、ロブスター・ドーパントは鏡の館に飛び込んでいった。
『あいつ、あの中に逃げやがった!』
「問題無い。むしろ『袋のネズミ』・・・いや、『まな板の上のロブスター』ってところかな?」
フィリップはそう言うと、鏡の館の中へと入っていった。
室内に広がる無数の鏡、そして全ての鏡にアームファングを構えるWの姿が映し出されていた。
この部屋のどこかにロブスター・ドーパントがいる・・・。
そう思いながら臨戦態勢を取っていると、Wは何かを感じた。
「危ない!」
Wがとっさに体をかがめる。
その直後、鏡の中から・・・いや、鏡の壁を破ってロブスター・ドーパントが持つ大きなハサミがロケットのように飛来した。
「ふん、運の良い奴め・・・。」
壁に出来た穴の向こうでは、ハサミを再生していたロブスター・ドーパントの姿があった。
すかさず、アームファングで切りかかるW。
だが、ロブスター・ドーパントは横ばいを思わせる素早い動きでさっさと鏡の影に隠れてしまった。
『隠れて戦うなんて卑怯だぞ!出てこい!!』
「残念ながら卑怯とラッキョウは俺の大好物なんでね!」
部屋に響くロブスター・ドーパントの声。
そして、鏡の壁を突き抜けて発射される無数のハサミがWを襲う。
Wはファングジョーカーの持つ身軽さと闘争本能でハサミを交わしていくが、
ロブスター・ドーパントへの攻撃手段が見つからず、防戦一方であった。
『くそっ!何か手段はねぇのか?!』
ヒートアップする翔太郎の意識。
その時、彼の目に何かが入った。
この部屋には自分たちと海老野郎しかいないはず。
しかし、あの鏡には『白薔薇のような少女』が映っている・・・?
『あれは・・・?』
突然の事態に気を取られる翔太郎。
「翔太郎、何しているんだ!」
フィリップの声にすぐさまハッとするが、先ほど『少女』が見えた鏡を貫いて発射されたハサミをよける時間は無く、
ハサミによってベルトに装着されたファングメモリを損傷させられるのであった。
強制的に変身が解け、フィリップとなるW。
フィリップは逃げようとするが、再び飛んでくるハサミに足を取られ、逃げることが出来なかった。
「ふぇっふぇっふぇ・・・これで仮面ライダーもおしまいだなぁ!」
そう言いながらフィリップのもとへやってくると、ロブスター・ドーパントは腕の大きなハサミを振り上げ、
フィリップの体を叩き潰そうとした。
その時、ロブスター・ドーパントの顔に目がけて、蜘蛛の巣のような物が張り付く。
「うわっ?!なんだこれは!」
いきなりの事態に慌てだすロブスター・ドーパント。
「・・・さっきのミスに対するお詫びのつもりかい、翔太郎?」
フィリップの後ろには、スパイダーショックを構える翔太郎の姿があった。
「すまねぇ、フィリップ。とりあえず、さっきのことについての言い訳云々やお詫びは後にさせてくれ。
・・・まずはコイツの始末だ!」
そう言って、ダブルドライバーを装着した。
「「変身!」」
CYCLONE!TRIGGER!!
翔太郎の体を包む緑と青の装甲。
そして、仮面ライダーW:サイクロントリガーが姿を現した。
「海老野郎!さっきのお返しにてめぇの体を蜂の巣に・・・。」
「ちょっと待って、翔太郎。」
突然、フィリップが声をかける。
「どうしたってんだよ、相棒!せっかく口上を決めてるって時に!!」
「・・・なんで、『君だけがWになってる』の?」
「・・・え?」
そう言って、横を見るW。
そこには、いつもなら気絶しているはずのフィリップが平然と立っていた。
『どうして・・・私がこの世界にいるの・・・?』
突然、フィリップがいるはずのWの右半身がしゃべりだす。
「女の・・・声・・・?」
「おい!どういうことなんだよ、フィリップ!」
翔太郎のみが変身したWがフィリップに問いかける。
「僕にも分からない・・・。それに、僕の代わりに誰かの意識が翔太郎と合体してるみたいだけど?」
「おお、そうだ!おい、俺の右半身!お前は誰なんだ?!」
『私は・・・私は・・・。』
「おいおい、しっかりしてくれよ!」
「お前ら・・・勝手にひとり芝居をやってるんじゃねぇ!!」
状況的に無視されていたロブスター・ドーパントが己のハサミをWに向けて投げつける。
「危ねぇ!!」
『きゃあ!』
瞬時にハサミをよけたWはトリガーマグナムを構えようとする。
だが、謎の意識が右半身に取り込まれているため、Wの右手が反応することは無かった。
仕方なく、左手でトリガーマグナムを構えて発砲するW。
しかし、利き手ではないため、弾の軌道は完全にあさっての方向を向いていた。
「くそっ、こうなったらルナ・トリガーになるしかねぇ!おい、ルナのメモリを挿すんだ!!」
『え・・・ルナ?・・・メモリ?えぇっと・・・。』
慌てふためく右半身。
そんな状況に翔太郎はさらにイライラするのであった。
「なんだか知らんが・・・相手が混乱しているうちに逃げるとするか。」
この状況を見たロブスター・ドーパントは口から泡を吹き出して煙幕を張り、その隙に鏡の館から脱出するのであった。
翔太郎の怒りが爆発する。
「おい、右半身のお前!どうして俺に合体したんだ!お前がどたばたしてなければ、今頃あの海老野郎を・・・!」
『・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい。』
その声は完全に泣いていた。
膝から落ち、大粒の涙を流す右半身。
そんな状況に翔太郎はハッとした。
「え・・・あ・・・えぇっと・・・ごめん、泣かせて悪かった。・・・な?だから、泣くのをやめてくれよ。・・・ね?」
そして、先ほどの怒りが嘘だったかのように、翔太郎は彼女をなだめた。
ハードボイルドにとって、<女を泣かす>ことは重罪である。
自分はロブスター・ドーパントを倒せなかった怒りを思わず彼女にぶつけてしまった。
どうしてこんなおろかな行為をしてしまったのか・・・。
そんな自責の念が翔太郎の体を渦巻いていた。
「・・・というか、君がまだまだハーフボイルドなだけなんだと思うけどね。」
まるで翔太郎の心を読んだかのようにフィリップが言う。
「間違ってねえけど、そういうことをフツーに言うな。」
翔太郎は落ち込みながら、ダブルドライバーのメモリを外し、変身を解いた。
「お~い、翔太郎く~ん!フィリップく~ん!」
鏡の館を出た2人の耳に鳴海 亜希子の声が聞こえてきた。
声の方向を見ると、亜希子だけでなく照井 竜の姿もあった。
「海老のお化けは?!」
「すまねぇ、ちょっとしたアクシデントで見失っちまった。」
「そう・・・って、あれ?フィリップくん、それってもしかして・・・。」
亜希子がフィリップの持つファングメモリを指差して言う。
しかし、ファングメモリは先ほどの攻撃により一部機械が損傷し、活動を完全に停止させていたのであった。
「やれやれ・・・随分とお前ららしくない結果だな。」
「ああ、そのことなんだが・・・。」
翔太郎が、先ほどの戦いで起きた不思議な出来事について話そうとした時、再び亜希子が何かに気づいた。
「ん・・・?!翔太郎くん!どうしたの、その右手?!」
「右手?」
翔太郎が自分の手を見る。
そこには袖口から植物のツタのようなものが伸び、右手に絡み付いていた。
「うぉい、何だコリャ?!」
突然の事態にジャケットを脱ぐ翔太郎。
そこには、右腕全体にツタが絡み付いていることがYシャツの上からでも分かるような状況となっていた。
「翔太郎!」
「今度はなんだ?!」
「襟元からツタが出ている・・・。」
フィリップの指摘どおり、今度は襟元から伸びるツタ。
そのツタはまるで意識があるかのように翔太郎の耳を一周すると、耳の谷間につぼみを形成するのであった。
「これは・・・薔薇の花か?」
フィリップが触ろうとするが、まるで触られることを嫌がるかのようにそのつぼみは勢いよく開花し、
白い薔薇が姿を現すのであった。
「ちょ・・・何なんだよ、コレ?!だぁ~っ、誰か取ってくれ!!」
「情けないハーフボイルドだ。たかが薔薇の花に脅え・・・。」
『やめて!!』
「「「・・・え?」」」
照井が翔太郎に咲いた薔薇を掴もうとした途端、突然薔薇の花から女性の叫び声が発せられる。
それに驚いた3人が薔薇の花を凝視すると、その薔薇からはまるで花粉のように光の粒子が発せられ、
それらは翔太郎の背面に少女の形を作り出すのであった。
『お願いです、薔薇の花を取らないでください!』
「これは・・・女の子?」
興味深そうに繁々と少女を見つめるフィリップ。
一方、隣の照井は青ざめた顔をしていた。
「・・・あれ?竜くん、どうしたの?」
「・・・お・・・お・・・お・・・お化けぇ?!?!?!?!?!?!」
突然走り出す照井。
その様子は、今までのハードボイルドさからは想像出来ないほどの慌てようだった。
「照井 竜、完全無欠のハードボイルドもまさかお化けが弱点だったとは・・・興味深い。」
今度は照井の方を繁々と見るフィリップ。
一方の照井は奇声をあげて、遊園地の出口へと一目散に逃げるのであった。
『私・・・何か悪いことしましたか?』
「問題ねぇ。あいつはああいう奴なんだ、心配しなくていい。」
翔太郎が自分の背面に出現した少女に言う。
「・・・ところでだ、君は何者なんだ?フィリップの代わりに俺と合体したり、俺に薔薇の花を生やしたり・・・。」
『私は・・・私は・・・。』
「・・・雪華綺晶?」
突然、亜希子が言う。
『!・・・どうして、あなたが私の名を・・・?』
「なんで、亜希子がこの子の名前を知ってるんだよ?」
少女と翔太郎がほぼ同時に亜希子に問いかける。
「いやね・・・昔、お父さんが読んでた『ローゼンメイデン』って漫画に出てくる雪華綺晶っていう白薔薇みたいな
女の子に雰囲気がソックリだなぁ~・・・なんて思ってね。」
「ローゼンメイデン・・・?」
「『ローゼンメイデン』・・・かつてとある雑誌に連載されていた、
ジュンと呼ばれる少年とローゼンメイデンと呼ばれる中世ヨーロッパの生きた人形たちの共同生活の様子を描いた漫画のことだ。
そして、亜希ちゃんの言っていた『雪華綺晶』はその生きた人形のNo.7。
漫画内では『実体を持たない精神体のドール』として描かれていたようだけどね。」
「・・・随分と検索が早いな。」
「それが僕の取柄だからね。」
「・・・で、君の名前は・・・えぇっと・・・きら・・・きら・・・。」
「雪華綺晶。」
「そう、その雪華綺晶なのか?」
『ハイ・・・私の名は雪華綺晶・・・そのお方の言うように、
かつてローゼンメイデンのひとりとして、アリスになるためにお姉さまと戦っていた、体を持たないドール・・・。』
雪華綺晶が悲しそうな声で言う。
「・・・ちょっと待って!それって漫画だけの世界の話じゃないの?!」
「・・・nのフィールドか?」
亜希子の問いにフィリップが答える。
「n・・・?」
「翔太郎、君は仮面ライダーディケイドとの共闘を覚えているか?」
「え?・・・ああ、俺たちの世界とディケイドの世界が何らかのきっかけで共鳴を起こして繋がっちまったってアレだろ?」
「それと同じさ。漫画の中では、彼女は実体が無いためにnのフィールドと呼ばれる異次元空間でしか活動出来ない設定なんだ。
そして、そのnのフィールドは鏡を介して進入する。つまり・・・?」
「・・・雪華綺晶のnのフィールドの出入り口がこちらの世界の鏡に繋がっちゃったってこと?」
「亜希ちゃん、冴えてるねぇ。」
その言葉に先程の戦いがフラッシュバックされる翔太郎。
あの鏡に映った少女・・・それはまさしく雪華綺晶だったのだ。
「でも、フィリップ。なんできらく・・・きらきす・・・だぁ~っ、言いにくいっ!!」
「どんだけ舌足らずなんだか・・・。」
亜希子が冷静にツッコむ。
「うるさい!えぇっとだな、君のことを・・・『きらきー』って呼んで良いか?」
『『きらきー』・・・ですか?』
「『雪華綺晶』だから『きらきー』・・・君らしいネーミングセンスだね。」
「それって褒めてるのか?」
「いいや。」
「・・・とにかくだ、問題はきらきーがどうして俺と合体しっちまったかってことだ!」
「おそらく、あの時のハサミだ。」
「ハサミ?」
「あのドーパントが雪華綺晶のいた鏡を破壊した際、あのハサミとともに彼女の意識もこの世界に飛ばされてきたんだろう。
そして、ファングを破壊したことで翔太郎の意識が飛び、その余波で雪華綺晶の意識も君の体に収まった・・・ってとこかな?」
「だぁ~っ、どうにかなんねぇのかよ!!」
「別に問題は無いだろう?僕無しでもWに変身できるみたいだし。・・・それとも、何か問題でも?」
「大有りだよ!!」
翔太郎が大声で言う。
『・・・ごめんなさい。』
その時、翔太郎の耳に雪華綺晶の悲しげな声が聞こえてくる。
「・・・え?」
『ごめんなさい・・・私が・・・あなたと合体してしまったせいで・・・あなたに大迷惑を・・・。』
「おい・・・また泣かないでくれよ!」
「あ~あ、泣~かしたな~かした。」
亜希子が子供のように翔太郎に言う。
「ちょっと待ってくれ!俺はきらきーが邪魔とか言ってないからな!ただ・・・君をこの戦いに巻き込みたくないだけだ。」
『・・・え?』
「きらきーも見ただろう?俺たちはさっきの海老野郎みたいな怪人と命を賭けた戦いをしているんだ。
そんな危険な戦いに君を巻き込むワケにはいかないんだ・・・。」
クールに言う翔太郎。
その言葉に、先ほどまで涙を浮かべていた雪華綺晶は、頬を赤らめながら翔太郎を見つめるのであった。
「はいはい、熱いねあついねぇ~っと。」
亜希子が冷めた感じで言う。
「・・・にしても、フィリップくん。雪華綺晶ちゃんと翔太郎くんを分離する手立ては無いの?」
「今回の出来事はファングのメモリによって引き起こされた。
ならば、逆にファングのメモリで翔太郎の意識を移せば、2人の意識を分けることが可能なはずだ。」
「そのためには・・・まず、そのメモリを直さないとね。
あと・・・雪華綺晶ちゃんは当分翔太郎くんの体を借りて、うちの事務所にいたら?汚いけど、家の広さと快適性は保障するから。」
『・・・ええ、お言葉に甘えさせていただきますわ。
翔太郎さま・・・私も翔太郎さまのご迷惑にならないよう頑張りますので、当分の間お世話になります。』
「きらきー、『様』なんて付けなくていいよ。普通に『翔太郎』って呼び捨てで良いよ。俺だって、君をあだ名で呼んでるんだから。」
『え・・・あ・・・ハイ・・・しょ・・・翔太郎・・・。』
頬を赤らめながら翔太郎を呼ぶ雪華綺晶。
「あ・・・なんか・・・恋人みたいで恥ずかしいな・・・ちょっと。」
今度は翔太郎が頬を赤らめながら、頭をポリポリとかく。
『そんな・・・恋人だなんて・・・。』
さらに頬を赤らめる雪華綺晶。
「「はいはい、熱いねあついねぇ~っと。」」
フィリップと亜希子は冷めた声でそう言うのであった。
最終更新:2010年05月19日 00:27