第一話『であい』
カーテンの隙間から光が差し込んでいた。朝日。一日の始まりをつげる陽光。
「ほら、起きなよさやか。今日も学校行かないつもり?」
キュゥべえはベッドに包まり、動こうとしない少女に言葉をかけ、器用にもカーテンを開ける。
溢れ出る光。
しかし、少女--美樹さやかは更に深くベッドに潜り込む。
「ほらほら、外は雲ひとつないよ。まどかとも仲直りするチャンスじゃないの」
少女は答えない。眠いのではない。むしろ神経は冴えている。
「ほらほらほら、せっかく望みもかなって魔法少女になったんだし、元気良くいこうよ」
冴えてはいるが、なぜだかだるい。奇妙な覚醒感と怠惰感が二律背半し、無闇に明るい声に嫌悪感がとめどなく湧き出る。
キュゥべえへの、まどかへの、そしてなにより自分への。
「……うるさい」
「しかたないなぁ」
キュゥべえはまたしても器用に窓を開けた。
「そんなんじゃ、魔女をやっつけられないよ? だからグリーフシードだって?」
「--うるさい!」
キュゥべえは口を閉ざしたまま溜息を吐く。
哀れみか、侮蔑か、諦めか、読み取る事は出来ない。
そして去って行った。沈黙が支配する。
以前は良く来ていたまどかからの朝のメールも、あのバス停での喧嘩の日以来、ぽつんと途絶えた
ままだ。
「……おきないと」
さやかはゆっくり、ゆっくり、自分の身体を確認するように起き上がる。
昨日から手に握ったままのちっぽけな自らの魂?ソウルジェムを見つめる。
濃い灰色にくすんでいた。
美樹さやかは魔法少女である。
少女たちの原初の憧れ、邪悪を働く魔女どもを成敗する正義の味方である。
自らのたった一つの願いのために永遠に戦う使命を背負った、英雄である。
嘘だ。
美樹さやかは魔法少女である。
憧れの人の無残な死をその目に焼き付けながら、単純な思いで戦う事を選んだ軽薄者である。
自ら選んだ選択をどこまでも心配し、危険を犯してまで付いて来てくれる友人を理不尽な理屈で、感情のまま、傷つける、卑怯者である。
その痛みすら我慢できない、臆病者である。
家には誰もいない。
父は所謂単身赴任であり、共働きのため母も毎日遅くまで帰ってこない。
帰ってこない日も多い。
キッチンでインスタントラーメンをすすりながら、彼女は考える。
最初は本当に正義の味方のつもりだった。
確かにあの事はショックではあったけれど、だからこそ。
マミさんの後を継ぐ、魔法少女になるつもりだった。
自分のためでなく、「みんな」のために。まどかを戦いに追いやらない為に。
だから杏子の人を犠牲にする方針に激怒したし、その時は確かに正義の味方気分でいたのだ。
けれども。
自分の身体がただのぬけがらにすぎないと知った時。
生命を悪魔に売り渡してまで恋焦がれた少年が、いつのまにか自分の前から姿を消した時。
ただただ悪として認識していた少女が自分などより、遥かに辛い事を経験していると知った時。
大切な友達を、助けなければよかったと思ってしまった時。
自分の中の「魔法少女」は、「正義の味方」は、その度に打ち砕かれた。
しかし、美樹さやかはその言葉を口に出さない。
「あたしには魔女を倒す以外、価値なんて無いしなぁ」
諦めと自嘲が入り混じった諦観で、一人彼女は呟いた。
そして彼女は外に出る事もなく、ただただ何もせず横になる。
魔女とその使い魔たちが人知れず徘徊する、夜を待ち続ける。気力など起きない。
それが美樹さやかの日常になっていた。
「……さやかちゃん、大丈夫?」
「なにが」
「ほんとうに、顔色悪いよ。真っ白。ほむらちゃんやあの赤い子だっているんだから、無理しないでたまには休んだほうが--」
「じゃあまどかが変わりにやってくれる?」
「だ、だけどもういつも戦い終わったら糸が切れたみたいに倒れて、気絶して、だからわたし、心配で。
グリーフシードだってもう随分手に入れてないし」
「自分がやらないのに、人に言わないで。なんで毎日毎日ついてくるの」
「……」
深夜の商店街をさやかは淡々と歩いていく。
「でもさやか。もしも万が一の時にはまどかはいた方がいいよ」
キュゥべえを肩に乗せ、まどかはついていく。
「君も正直、一人では辛いんじゃないかい?」
さやかは答えない。
魔法少女は魔女を倒すために存在する。
世に悪と混乱を引き寄せる魔女を打ち倒す、同根の力を持った少女たち。
それが魔法少女である。
だが魔女が残すグリーフシードがないと、魔法少女は生きてはいけない。
少女たちの魂そのものがねじ込まれた水晶、ソウルジェムは生きているだけで「穢れ」を溜め込む。
魔法を使えば更に「穢れ」る。
穢れを溜め込みすぎれば魔法少女の力どころか、日常生活が危うくなる。それが沸点に達すれば、生命は停止する。
するどころか、「魔女」に変化し、この世に災厄をもたらすモノとして転生する。
それを浄化するためのものがグリーフシードである。
魔女は魔法少女のみにしか滅せない。
だが魔女がいなければ魔法少女は魔女になる。
永遠の繰り返しによる悲喜劇の輪舞曲。
代償としてのたった一つの願い。
それが彼女たちの本質。
さやかは自らの魔女化の危険性までは知りえてないが、自らのソウルジェムが「沸点」に達しかけている事は誰に言われずとも理解している。
原因は簡単だ。
グリーフシードを落とす魔女より、グリーフシードを落とさない「使い魔」の方が圧倒的に多いのだ。
どちらも規模の大小こそあれど、人に悲劇をもたらす。
だが戦闘による力の消費と穢れの溜まりは圧倒的であり、少女たちは自然、選択を迫られる。
常に穢れと魔女化の危険性を犯しながら、「使い魔」をも殲滅する道を選ぶか、
使い魔が巻き起こす災厄を無視し、「魔女」だけを狙うか。
あの赤い魔法少女--佐倉杏子が選択した事は邪悪でなく、
実利性と合理性に導かれた「正義」を選択しただけなのだ。そっちの方が賢い。
さやかは痛感している。痛感しているからこそ、あえて真逆の道を選択し続けた。
その為のソウルジェムの魔力の枯渇であり、汚染された結果である。
そうじゃないと、あたしはなんのために魔法少女になったっていうのよ。
「--あそこ。久々に魔女だ」
少女は駆ける。とうに打ち砕かれた理想を死守するために。
「さやかちゃん! さやかちゃん!」
結界の先は一面の花畑だった。
桜に百合に牡丹にシクラメン。
ファンタシーでメルヘェンでポップな童話世界。
しかしそこで行われるのは命のやり取り以外の何者でもない。
子供の落書きの夢想とアウトサイダーアートの妄想を混ぜ込んで出来上がった世界には花を咲き散らしたプリティでグロテスクな魔女--Un bourgeon--の巨躯が踊る。
ぐちゅり。ぐちゅり。ぐちゅり。ぐちゅり。ぐちゅり。ぐちゅり。ぐちゅり。ぐちゅり。ぐちゅり。ぐちゅり。ぐちゅり。ぐちゅり。ぐちゅり。
青い剣の魔法少女と化したさやかをぐちゅりぐちゅりと拳で叩き潰していく。
誰が見ても絶望的の状況下で魔法少女は、
「あはは……ははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
自らの血に塗れた無残な身体で、滅多打ちにされたままで哄笑した。
「どうりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ざしゅざしゅざしゅざしゅざしゅざしゅざしゅ!
一瞬の間にタイミングを合わせ、さやかは巨大な拳を剣で切り結び、魔女の本体へと突撃する。
美樹さやかは魔法少女としては決して強くない。
彼女の魔法少女としての本質は癒しであり、決して直接戦闘向きではない。
更に経験不足。本人の才能。ソウルジェムの汚染と枯渇。
それらを痛覚の完全遮断と強烈な脳内麻薬の強制大量分泌で補う。
打たれても、殴られても、斬られても、叩きつけられても、ただただ溢れ出る血と肉と、異常な高揚感で突撃する。
ただただ前へ。
滅するために。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!
全然痛くないないないないないないないないないないないないないないないないないなぁい!」
魔女が発する、花の形をした刃群に切り刻まれながら懐に入りこんださやかは剣を振りかざし、
「これでおわり」
吹き飛ばされた。
146 名前:『マギカ☆フォルテッシモ』[sage] 投稿日:2011/03/05(土) 20:41:56.21 ID:8KGmWwah [8/13]
「さやかちゃん! さやかちゃん!」
意識がブラックアウトしていた。
目の前には涙に濡れたまどかが見つめる。
「もうこれ以上無理だよ! 死んじゃうよ! もう逃げよう! 早くしないと!」
「だって……あたしは」
まほうしょうじょだもの。せいぎのみかた。
ゴボォ。
言葉の変わりに血が吹き出す。
「だって、だってもう--!」
「けんさえ……けんさえあれば、……あ、あれ?」
いつのまにか剣はなくなっていた。無駄に魔力を使うものは全てカットされているのだ。
全身が奇妙な形に折れ曲がっている。
ゴボボボボォ。
「血が、血が止まらないよぉ」
まどかは持ってきていた包帯で、せめて止血しようとするが止まらない。
痛覚の完全遮断と脳内麻薬の強制分泌に分配されていたソウルジェムの魔力が、
緊急生命維持のために強制的に集中される。
さやかにとってそれすなわち、「本当の痛み」を味わう事になった。
地獄という言葉さえ生ぬるい、本当の痛み。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
い゛だい゛い゛だい゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だいい゛だい゛い゛だぁい!」
「さやかちゃん! さやかちゃん! さやかちゃん!」
どぅーん。どぅーん。どぅーん。
不気味な足音を立てながら、魔女はゆっくりとしかし確実に、近づいていく。
それは死の音。
「まどか! もうさやかは無理だ。早く僕と契約して!」
「--キュゥべえ--」
ほむらちゃんは絶対に魔法少女になるなと言っていた。
マミさんのあの無残な姿も今のさやかちゃんの凄絶な姿も目に焼きついている。
あの赤い子とも殺しあうはめになるかもしれない。
でも。それでも。さやかちゃんを助けられるなら。
「わかったキュゥべえ。私けいやく--」
覚悟を決め、言いかけたまどかの横を、
ブゥンッ!
「やってやるです! えりかぁ!」
「おうよコフレッ! プリキュア・おでこ・ぱぁーんちっ!」
「「--へ?」」
青い疾風が駆け抜けた。
ドゥザァッン……
突然闖入した謎の少女の頭突きに、地響きをたてて、魔女の巨躯は崩れ落ちる。
「……あの娘。ほむらちゃんじゃない」
まどかは、一瞬ほむらが助けに来てくれたかと誤解した。
マミさんの時もそうだったし、杏子が助けに来てくれるとは思えなかったからだ。
しかし、彼女は違った。
さやかと同じく、青を基調としたコスチュームに、青い髪。
背中に付けた白いマント?あれは喋っているのか?背丈で判断すると恐らく小学生ぐらい。
「--あれは」
「--新しい魔法少女?」
「--女の子にあそこまでするなんて!
海より広い私の心も、ここらが我慢の限界よ! 海風に揺れる一輪の花! キュアマリン!」
キュアマリンと名乗った少女はポーズまで決めてみせる。
戦隊ものとか、仮面ライダーでも気取っているつもりなのか。
「くるです!」
「いくよ、コフレ!」
魔女に、一直線に突撃する少女に向けて無数の花の刃が射出される。
「マリィン・シュートォ!」
ズババババァッ!
少女は無数の水色の光波を打ち出し、その全てを相殺させた。
そして遥か高い空に浮き上がり、
「マリィン・ダイブ!」
ブゥンッ!
ソニックブーム--音速を超えている証左だ?-を発生させた急降下飛び蹴りを放つ。
ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ。
魔女の巨躯が吹き飛び、転がる。
「えりか、レッドの種で一気に決着です!」
「やるっしゅ!」
少女は自らの魔法道具--香水の形をしていた--に、
赤く小さな欠片を装着し、ぐるんと回す。
「レッドの光の聖なるパフューム! シュシュッと気分でスピード・アップ!」
「……な」
青い少女は、一瞬で赤く変化した。
いや、そうではない。
燦然とした赤い光を少女が放っているのだ。
「おりゃおりゃおりゃおりゃぁ! マリィン・インパクトォ! インパクトォ! インパクトォ! インパクトォ!」
まどかの目にはもはや捉えきれないレベルのスピードで、少女は零距離光波弾を撃ち続ける。
「インパクトォ! インパクトォ! インパクトォ! インパクトォ! インパクトォ! インパクトォ! インパクトォ!」
ドゥガンッ! ドゥガンッ! ドゥガンッ! ドゥガンッ! ドゥガンッ! ドゥガンッ! ドゥガンッ! ドゥガンッ!
衝撃を吸収すらできないよう、周囲を360度、回りながら撃ち続ける。
十発ッ! 五十発ッ! --そして百発ッ!
「これが最後のインパクトォ!」
ドゥガンッ!
最後の一撃で、遥か彼方まで吹き飛ばした。
……ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ……
「……消える……」
ダメージ限界を遥かに越えた魔女はゆっくりと、消滅していく。
魔女が消滅した事により、結界も消滅し、彼女たちはもとの商店街へと戻った。
149 名前:創る名無しに見る名無し[sage] 投稿日:2011/03/05(土) 21:49:29.57 ID:8KGmWwah [11/13]
「あ、あれ? もとの場所にもどってる。フォルテウェーブも出してないのに」
「デザトリアンならどんなにダメージ与えても、最終的に浄化しないといけないです」
そしてころころと転がる、魔女の源。グリーフシード。
「ん? なんぞこれ」
少女はグリーフシードを手に持ち、しげしげと見つめる。
白いマントはキュゥべえのごとき、表現しにくい小動物に変化した。少女の肩に乗る。
「コフレ、これわかる?」
「こころの花じゃないことだけはわかるです!」
「わかってないじゃん!」
そして少女はまどかたちに振り向いた。
「--えっと。大丈夫……じゃないよね」
思わずまどかはコクリと頷いた。
「--はい、大丈夫、じゃないです」
言わなければ。今すぐ。
「あの、今のはあなたが倒した魔女で、そのグリーフシードはあなたたちの物だけど、
それがあれば、さやかちゃんが助かるかも知れないの! お願い! それを私たちに下さい!
このままだとさやかちゃんが--」
トス。
「ほい、あげる。魔女とかなんとか、わかんないけど」
少女はグリーフシードをまどかに投げた。
こんなに簡単に渡してくれるなんて。
「あ、ありがとう」
「あ、ありがとう」
まどかはやや困惑しながらもキュゥべえを見る。
「キュゥべえ! このグリーフシードでさやかちゃんを!」
「確証は出来ない。けれどやってみようか」
キュゥべえは、グリーフシードとさやかのソウルジェムを近づけた。
汚染された魔力がグリーフシードに逆流し、ソウルジェムの魔力は新鮮なものに変化していく。
濃い灰色だったソウルジェムは、元の姿に戻った。
「くぅぅっ……」
さやかはその苦痛に呻き声をもらす。
彼女の本質である癒しの魔力がフル稼働し、ズタボロになったさやかの身体をゆっくりと、しかし確実に癒していく。本来魔法少女の時の彼女は全治3ヶ月の怪我が一瞬で治るほどの治癒力がある。ソウルジェムの汚染により制限されていた本来の能力が発揮される。
30分ほどで、美樹さやかの身体は元に戻っていった。
「よかった、よかったぁ……さやかちゃん」
ギュゥ。と、まどかはさやかを抱きしめる。涙が溢れでていた。
「……まどか」
あんなに冷たくしてたのに。どうしてこの娘は。
キュゥべえはなぞの少女に目線を向ける。
コフレとよばれた小動物--妖精、といった方が良いのかもしれない?もまどかたちを見つめた。
「それより君たちに聞きたいことがある」
「キュゥべえ?」
「ボクも聞きたいことがあるです!」
「コフレ?_」
「君たちは魔法少女じゃないね」
「君たちはプリキュアじゃないです!」
「--魔法少女?」
「--プリ、キュア?」
物語は、交差する。
希望と絶望が常に交差するように。
奇跡を手に入れてしまった少女たちの物語は、交差する。
次回予告
「こころの花そのものがさやかにないです! どうしたですか?」
「「こ、こころの花?」」
「あーもう、なんなんだよおまえらはよ! キュゥべえのお仲間か? ポッキーやるからどっか行け!」
「だから、ここがどこかわからないんですよ! 一体ここはどこなんですか?」
「わからないですぅ!」
「明堂院いつき--プリキュア。魔法少女とは対極の存在のあなたたちが、なぜここにいる?」
「魔法少女とはなんだ? なぜ君はボクの事を知っている?」
「君は魔法少女になる気はないかい? 何でも一つだけ願い事をかなえてあげられるよ」
「魔法は無いわ。世界中全ての人が笑顔になれる魔法なんてね。そう、父は言ってた」
最終更新:2011年03月16日 02:49