□
「ハア、ハア、ハア……」
アキャリナワームは船の甲板へと訪れ、大きく呼吸をした。
周りから見れば意味不明の言語を呟いているようにしか見えないが、アキャリナワームにとっては真剣である。
ワームである彼は、人間である天道総司に負ける要素がないはずであった。
マスクド・ライダーシステムを使い、互角以上の戦いが可能だったはず。
なのに、戦闘は終始カブトに圧倒されて終わった。
ありえない。ワームとして、人間より優れた生物としての誇りが傷つけられて顔が歪む。
「クックックック……」
アキャリナワームが静かに笑う。その声色には、破滅の匂いに満ちていた。
「ここか」
たどり着いた赤いカブト虫の戦士、仮面ライダーカブトへとゆっくり振り向く。
ロックマンとなった少女を抱き、現れた男へと怒りが募った。
クロックアップの使えない少女がいる程度、自分相手ではハンデにすらないないということだ。忌々しい。
「て、天道。早く降ろしてよ!」
「……ワーム。キサマはどの程度ここにいるのか、他に仲間がいるのか吐いてもらうぞ」
少女の懇願はカブトに無視される。もっとも、すぐにカブトはエールを降ろして、アキャリナワームを追い詰めるように一歩迫った。
アキャリナワームは、超然としたカブトへと歪んだ視線を送る。
こいつさえいなければ、元の世界は自分たちのものだったのに、と。
「このままではねぇ、帰れないんですよ……」
カブトは構わず、近寄ってくる。アキャリナワームの顔が歪んだ。思惑通りだ。
アキャリナワームを追って、ここまできたことこそが間違いなのだ。
「ですから……私の命と引き換えにあなた方を殺して差し上げましょう……」
「あなたに取れる手段はないわ。大人しく倒れなさい」
エールが勇ましく最後通牒を渡すが、アキャリナワームの心は余計捻じ曲がるのみ。
人間風情が口を出すな。人間風情が自分たちに命令するな。
歪んだ誇りは、歪な感情となって表に現れる。
「ここに突き刺さっている、戦闘輸送機の爆発を持ってしてねぇ!!」
アキャリナワームの宣言と共に、爆破スイッチを押す。
カブトが駆けるが遅い。左手が千切れるが、アキャリナワームは勝ち誇った視線をカブトに向けた。
「クハハハハッ! もう無駄だ。時限式ですが、残り一分で爆破します。
ここは空の上だ。解体も避難も間に合わない! そしてぇ!」
カブトゼクターの『Clock up』という電子音にあわせて、アキャリナワームも自身を加速させた。
道を戻ろうとするカブトに右手のカギ爪を振るう。カブトは捌いて、カウンターで頬に拳を叩き込んだがアキャリナワームは止まらない。
身体ごとカブトにぶつかり、通せんぼするようにしがみつく。カブトは揉みあいながら、苦労してクナイガンを取り出して銃口を腹へと密着させた。
カブトクナイガンの銃弾を直撃しながらも、アキャリナワームはカブトを出口から引き離す。
加速の時が終りを告げて、ワームもタキオン粒子を操る時間に限界が来る。
時の流れが正常になったとき、アキャリナワームはカブトを睨んで愉悦に浸った。
「クロックアップを使って爆弾を処理させはしない。私の勝ちだぁ! 天道総司ぃぃぃぃ!」
アキャリナワームが狂ったように笑い声をあげる。
彼の仲間はアキャリナワームの失態を許すはずがない。
ここで死ぬのも、仲間に殺されるのももはや変えられない運命だ。
ならば、せめて天道総司とヒトビトは始末しなければ気がすまない。
アキャリナワームは最後の最後で意地汚く足掻いた。
「くっ!」
『待って! エール!!』
モデルXが忠告するが、エールは構わず地面を駆けた。
格納庫に戻って爆弾だけを切り飛ばすには時間がない。
ならば、クロックアップを使われる前にあのワームとか名乗る生物を両断して、爆弾の処理をクロックアップの使えるカブトに任せるしかない。
赤い装甲が日の光を照らし、モデルZのもたらす金髪を風が波立たせる。
エールは右手に持つ白い刃の柄を、金色に輝かせて莫大なエネルギーを衝撃波として放つ。
「はあぁぁぁっ!」
チャージセイバーと呼ばれる必殺の斬撃を、身体をコマのように回転させてアキャリナワームへと振るった。
だが、そのエネルギーは『Clock up』というカブトゼクターの音声と共に空を切った。
「くっ!」
アキャリナワームの姿が消えて、エールは周囲を見回す。
刹那、周囲に衝撃が起きて、余波がエールの体表を撫でた。
エールにはわかっている。クロックアップを使ったアキャリナワームを、同じ世界に飛び込んだカブトが迎撃してエールを守っているのだ。
エールが悔しげに唇を噛むと同時に、アキャリナワームとカブトが加速世界から戻ってくる。
「さあ、どうしました? あと五十秒を切りましたよ!」
「ならばキサマを五秒で倒し、残り四十五秒で爆発を止めるまでだ」
「ハハハハハ! 天道総司、無理なことは宣言しないほうがいい!」
「不可能などない。俺は天の道を往き、すべてを司る男だ。エール、安心しろ。俺がすべての片をつける」
再びクロックアップの宣言が甲板で木霊し、二人の姿が消える。
クロックアップの世界でなければ、ワームには対抗できない。
カブトとして今戦う、天道の言葉がエールの脳裏に蘇る。
「なにか……手は……」
エールが思わず呟く。それもそうだ。
エールは守るためにロックマンを続けていた。守るために力を得た。
それが無駄だと、別の領域へと行く二人の生物が告げる。
お前は無力だ。お前の力では介入できない。
そう現実が示しているようで、エールを追い詰める。
「ふざけないで!!」
エールが叫び、カブトとアキャリナワームが消えた先を見つめる。
モデルXがエールを落ち着かせるために懐から出てきた。
『エール、落ち着いて。悔しいけどここは……』
「駄目だよ、モデルX! このままじゃ、あのときの二の舞になっちゃう!」
エールの脳裏に浮かぶのは、イレギュラーに襲われて死にいく母親と、無力な被害者。
そして、炎の中で消えいく金髪の青年、ジルウェ。
母親が死ぬのを目の前で見届けることしかできなかった。
自分の兄のような青年がただ死にいくのを、止めることができなかった。
それは力不足が原因だ。あのとき、そしてセルパンと戦うためにエールは望んだはずだ。
二度とあの光景は再現させないと。
守るためのロックマンだと決意したのも、目に映るすべてを守るため。
その役目を、頼りになるとはいえ天道一人に押し付けるわけにはいかないのだ。
このまま、天道一人にすべてを委ねれば、自分は彼の傍に戦士として立てない。
彼が自分を戦士だと認めてくれても、エールがエール自身を認められない。
「アタシは……この戦いを黙ってみているわけにはいかない!」
天道の言うとおり、クロックアップが使えないのではあいつを捉えることすらできないのかもしれない。
それでも戦う意思だけは手放すわけにはいかなかった。
「だからモデルX、モデルZ! 次にあいつの動きが止まったら、アタシに……」
エールの言葉を続けるが、それは途中で途切れてしまう。
モデルZがエールの元を離れて、ロックマンZXの姿が解けてしまったからだ。
モデルXのみを使用した青のロックマンの姿のまま、エールは驚愕の視線をモデルZに向けた。
『手がないわけじゃない』
モデルZはエールを見つめながら、ただ静かにそう告げた。
「本当!?」
エールが疑問をぶつけるが、それも当然だ。
あのクロックアップの世界に割り込むには、それこそ時間操作の能力を手に入れるしかない。
『少なくとも、エールがとろうとしている手段よりはずっといい』
ぐ、とエールが言葉に詰まる。エールの考えた作戦はモデルZに見抜かれたらしい。
エールが提案しようとしていたことは、モデルXとモデルZに広範囲を見てもらい、動きが止まったアキャリナワームへと突撃することだ。
突撃可能な距離でアキャリナワームが止まる可能性は低い。博打のような手段である。
「それで、どうするの?」
『ゼクター……そのドレイクゼクターとやらに手を貸してもらう』
「ドレイクゼクターに手を……?」
『モデルZ……もしかして!?』
モデルXが問いかけるが、モデルZはさもあらんと冷静だ。
浮いていたモデルZは、エールがもつドレイクゼクターとドレイクグリップが一体化しているデバイスへと近寄る。
『モデルHたちと似たような処理で意思を一時的に封じられている。こいつを解放して、俺たちに力を貸してもらう』
『けど、ライブメタルでない彼らの力を……』
『借りられないのなら、ここの仲間が死ぬだけだ』
モデルZの言葉に、モデルXが詰まる。
モデルZは畳み掛けるかのように、説得を再開した。
『元々、俺の適合者はジルウェであり、エールではない。モデルXの特殊能力……他者の力を上乗せする能力を使って力を引き出しているに過ぎない。
だから、ドレイクゼクターにも俺と同じことをしてもらう』
『僕たちと彼らは似てはいるけど、根本が違う。ダブルロックオンの要領で能力は引き出せるかもしれないけど、モデルZたちのように完全に引き出せるとは限らない。
なにより、ライブメタル以外のものとロックオンすることによって、エールにどれだけ負担がかかるかわからない。危険すぎる!』
『だが、エールはやる気だ』
モデルZの言葉に、モデルXははたと気づいた。
モデルXを手に取るエールの瞳が、やると雄弁に告げていることを。
『エール……』
「モデルX、アタシはやる。残り時間も少ないから、話し合っている場合じゃない!」
残り時間は三十秒もない。エールは変身を解いて、ピクリとも動かないドレイクゼクターと、モデルXを掲げる。
あの日、ジルウェの死んだ後ロックマンZXと変身したときのように。
『まずはドレイクゼクターの意識から取り戻す』
そういってモデルZが光り、ドレイクグリップからトンボ型のデバイスが飛び出した。
元気にエールの周囲を回っている姿は、どこかホッとするものだ。
『エール、準備はいい?』
「あ、うん。大丈夫、モデルX」
エールはモデルXに答えて、ドレイクグリップを天にかざした。
対して、ドレイクゼクターは戸惑うようにモデルXの周囲を周る。
「お願い……このままだと、みんな死んでしまうの……」
エールの脳裏に、ガーディアンの隊員たちが思い浮かぶ。
セルパンカンパニーと、イレギュラーと戦い続けた仲間たち。
お調子者もいて、真面目一辺倒な人もいて、優しい人もいれば厳しい人もいる。
だからこそ彼らは、エールと共に戦い、エールと苦楽を共にしてきた。
その彼らを失うために、ロックマンになったのではない。
彼らを助け、共にあり続けるためにロックマンになったのだ。
大切な仲間を、今ワームという理不尽なイレギュラーに奪われようとしている。
それは認められない。認めるわけにはいかない。
「だから、アタシに力を貸して! ドレイクゼクター!!」
エールの叫びがドレイクゼクターを貫く。
込めた決意の固さは、万の言葉で足りるものではない。
誰かを救いたい、その勇気が今燃え上がる。
ドレイクゼクターは開放され、自由に風へと飛び乗った。
ワームに捕獲され、いいように扱われている間の記憶はある。
自分の資格者は、風間のように自由で、風間のように愛を持っていなければならない。
両方を持たないワームなど、本来は願い下げであった。
だから開放してくれたモデルZへ、感謝を示す。
また新たな、風間大介のような資格者を求めて空に消えようとしたとき、自分の名を叫ぶ少女がいた。
ドレイクゼクターの身体が反応を示す。もっとも、少女の呼びかけにではない。モデルXのライブメタルへとだ。
ドレイクゼクターはなるほど、と理解をする。あのモデルXは、ドレイクゼクターたちを力をとする黄金の剣・パーフェクトゼクターと似た能力を持つのだと。
おそらくドレイクゼクターは彼女の力となるだろう。モデルXが、パーフェクトゼクターと同じ力を持つのなら抗う術はない。
それを、ドレイクゼクターは楽しそうにしていた。
「ドレイクゼクター!」
エールの叫び声に呼応するかのように、トンボ型デバイスは鳴き声を上げてドレイクグリップの上空に待機する。
ドレイクゼクターが答えてくれたことに、エールは思わず笑顔を浮かべた。
『エール、いくよ』
エールがモデルXに頷いた。ドレイクゼクターを呼び、誘導した光が変身のコマンドを送り込む。
ドレイクゼクターの瞳が輝いて、宙をきりもみしながらドレイクグリップと合体をした。
同時にモデルXが力を解放する。光がエールの全身を包んだ。
ドレイクゼクターと、ライブメタルモデルXを手にエールはドレイクゼクターの電子音に合わせて叫ぶ。
「クロスロックオン!!」
『Change ROCKMAN』
電子空間のようなものに、エールの意識は剥離される。
彼女は自分の身体の変化を、加速した感覚で見届けた。
モデルXより放たれた光がエールの体内へ収まり、エネルギーの帯となって両手に螺旋状に纏わりついた。
エネルギーがエールの腕を包み、銀色の篭手が実体化される。
右肩にはドレイク・マスクドフォームのヤゴの仮面と似た装甲が張り付いた。
ふくらはぎに青い装甲、太ももに白い装甲が顕在する。エールの青いジャケットが装甲と変質、薄い空色へと染まった。
腰に銀色のベルトが現れ、中央のバックルには“ZECT”の文字が刻まれている。
胸から右肩までを、トンボの羽を模した装甲が守る。
青いロックマンのヘルメットへ、ドレイクのライダーフォームの羽のような複眼が張り付いた。
ちょうど、エールの瞳の上にである。ドレイクの瞳と似た、青いクリスタルが幾何学的な模様を浮かび上がらせる。
仮面ライダードレイクと、モデルXのロックマンの力を合わせた融合態。
ロックマンモデルDX(ドレイクエックス)へとエールは進化を遂げた。
「あいつが変身した姿と違う……?」
『それは当然だよ。僕はあくまで、ロックマンとしてドレイクゼクターの力を借りたに過ぎない。
だからこそ、マスクドフォームとライダーフォームの特性が混ざる中途半端な状態だし、クロックアップもドレイク単体の半分の時間しか使えない』
「それで充分! クロックアップ!」
後の懸念材料はエールへの負担だが、構わずエールはスイッチをスライドする。
正面を睨む彼女の決意に満ちた目が、ドレイクゼクターの『Clock up』の電子音と共にカブトとワームの姿を捉えた。
「なにっ!?」
「ほう」
アキャリナワームが驚愕の声を出し、カブトが感心したかのように呟いた。
ロックマンモデルDXと化したエールは構わず、ドレイクゼクターの引き金を引いてアキャリナワームを胸元を爆ぜさせる。
吹き飛んだアキャリナワームを見届け、エールはカブトの傍に跳躍して降り立った。
「天道、どう?」
「正直驚いた。ふむ、やはり人の成長は侮れないな」
『そんな悠長にしている暇はない』
モデルZの言葉に、エールは表情を硬くしてアキャリナワームと対峙する。
突然の乱入にアキャリナワームは混乱するだけだ。
「天道、爆弾をお願い。あいつはアタシが倒す」
「…………すぐ戻る。無理はするな」
「大丈夫よ。天道の分もちゃんとアタシが殴っておくから」
「そうか」
エールはカブトの、その一言が暖かいことに目を見張る。
ポン、とカブトはエールの肩を叩いて、爆弾の存在する格納庫へと駆けていった。
「さて、覚悟はいい?」
「ぐぅ……キサマァ!」
アキャリナワームに、ドレイクゼクターの銃口を向けてエールは冷たく告げる。
内心はらわた煮えくり返っているエールの、猛射がワームの体表に跳ねた。
□
カブトは通路を駆け抜け、いつか軌道エレベーターを上るときも似たような感じだった、と思い返した。
道をいく中、カブトの脳内にエールの言葉が思い浮かぶ。
―― 大丈夫よ。天道の分もちゃんとアタシが殴っておくから。
彼女を自分とワームの戦いの場へと連れてきたのは、クロックアップの脅威を伝えて介入させないためだ。
なのに、エールはドレイクゼクターの力を借りて、カブトと同じ舞台へと上がった。
カブトが思いもつかなかった手段だ。それが無性に嬉しかった。
仮面ライダーカブトこと、天道総司はエールに亡くなった妹を重ねている。
別に性格や見た目が似ている、というわけではない。
樹花という天道の妹と、ちょうど同年代というだけだ。
しかし、エールの人をひきつける明るい性格は、常に天道を励ましていた妹を思い出してしまう。
だからだろう。始めてあったとき、彼女が流した涙が忘れられない。
カブトは願うのだろう。
エールには、樹花の分も笑って欲しいと。
もう天道は見ることはない。別の自分へと託したのだから。
だからこそ、天道はあのとき泣いていた少女の心を救うため、天の道を往き、総てを司るのだろう。
この世界もまた、天道が守るべき世界だと定めたのはあの涙だったのだから。
「くそ、どうにかあいつを解体できないのか?」
「時間がなさ過ぎる! 間に合わん」
ガーディアンの制服に身を包む、ドラードが悔しさに震える。
白い技術者用制服の老人、シリュールがドラードを引っ張って離れていった。
予測される爆発の規模では無駄であろう。それでも、本能が爆弾へと離れることを命じた。
「エールはまだ戦っているというのに……!」
「……敵が一枚上手だったというとだ」
「だけどっ!」
ドラードが叫ぶが、現実が変わるわけではない。
無情な現実が突きつけられる中、残り二十秒を切った爆弾の前に立つ影が現れた。
いつの間に、とドラードとシリュールが目を見張るが、カブトの姿はどこか超然としたものを感じる。
「問題ない。後は俺に任せろ」
カブトの言葉に、二人は圧倒される。カブトクナイガンを手に爆弾へと、歩み寄った。
コンバウンドアイで爆弾が設置されている箇所を見極め、刃をきらめかせた。
神速の斬り筋が爆発物を組み込まれた部分を切り出して、宙に浮く。
「クロックアップ」
カブトの呟きと共に、時間の流れが遅くなる。
ドラードとシリュールの動きが緩慢になった。高速世界へと突入した証だ。
ゆっくりしている暇はない。残り時間は十秒を切っている。
カブトは気合一閃、爆発物が通る真四角の穴を格納庫内に作り上げた。
後は爆弾をクロックアップの限界時間までに遠くへ飛ばすだけ。
『One・Two・Three』とカブトゼクターの宣言を耳にして、ゼクターホーンを引いてたたむ。
「ライダーキック」
カブトの呟きに遅れてカブトゼクターの電子音が鳴る。
爆発物は頑強で、ちょっとやそっとの衝撃で爆発することはない。
とはいえ、カブトは威力を調整しつつ宙へ放り投げた爆発物を蹴った。
タキオン粒子を纏った爆発物は、神速の速度でガーディアンベースから離れていく。
『Clock over』
世界の流れが通常に戻るとき、すでに赤い船は爆風の範囲外へと逃れていた。
爆発と共に、雲が散って青空が広がる。爆発の衝撃が僅かにガーディアンベースを揺らす。
格納庫に開いた穴が強風を呼び込む中、カブトは甲板のある方向を睨みつける。
「後は奴だけか」
カブトはそう呟いて、格納庫を出る。ドラードに格納庫を閉めるよう指示して、再びクロックアップが使えるまで地面を駆けた。
クロックアップとクロックアップの間にはインターバルがある。
普段はなんでもないようなその間が、今回は妙に気になった。
□
アキャリナワームのカギ爪状の右手が大きく振るわれる。
エールは青い装甲を僅かに削るほどの紙一重で躱し、ドレイクゼクターの銃弾をアキャリナワームへ叩き込んだ。
ひるむアキャリナワームへと突進し、エールの右足が鳩尾にめり込む。
「ぐっ!」
アキャリナワームが苦悶の呻き声をあげるが、エールは冷静に顎を蹴り上げて後方へ跳躍する。
距離をとって尻餅をつくアキャリナワームを尻目に、エールはドレイクゼクターの羽根をたたむ。
羽根がスコープへと変形する機構に感心しながら、通常の銃のボルトに当る部品、ヒッチスロットルを引いた。
『Rider shooting』という電子音と共に、タキオン粒子のエネルギーがドレイクゼクターの銃口へと集まる。
「馬鹿な……」
「くらえっ!」
呆然と呟くアキャリナワームに、エールは怒りの一撃を容赦なく放つ。
どうにか反応したアキャリナワームが横跳びに逃げようとするが、巨大な光弾が到達する方が速い。
アキャリナワームの左腕から左脇腹が消滅する。
「ぐがあああぁっ! くそ、くそ! 人間ごときに……!」
「……その人間ごときを侮ったあんたの落ち度よ。大人しく倒れなさい、イレギュラー!」
「イレギュラー……? イレギュラーはキサマらのほうだ!」
アキャリナワームが獣の如く吼えて、接近する。エールは冷静に四肢を打ち抜き、動きが止まったところで再びヒッチスロットルを引いた。
タキオン粒子が再びドレイクゼクターの銃口にたまる。この一撃で終りだ。
エールとアキャリナワームが互いに確信したとき、無情にも響く。
『Clock over』
最初、エールはなにが起こったのかわからなかった。
ほぼ動きを止めていた雲の流れが正常になり、風が強くなってエールの装甲を撫でる。
瞬間、アキャリナワームが姿を消した。エールは逃がしてたまるか、と銃口を構えるが首に衝撃を受けて壁に叩きつけられる。
「カハッ」
「ハハ! どうやら形勢逆転のようですね」
ねっとりとした口調にエールは嫌悪を抱きながらも、モデルXの言葉を思い出す。
―― クロックアップもドレイク単体の半分の時間しか使えない。
アキャリナワームのクロックアップが解かれる前に、エールのほうが限界きたのだ。
ここまできて、とエールは歯軋りをする。
アキャリナワームの右手のカギ爪が喉に埋まり、力が増していく。
「なかなか細い首ですねぇ。折りがいがありそうだ」
「ア……」
エールは呼吸すらままならない状況で、徐々に死が迫る。
モデルXとモデルZがワームに向かってなにかを喋っているが、もはや聞こえはしない。
天道に任せろ、といったのに情けない結末だと後悔をする。
(アタシ……は……)
エールの目の前が真っ暗になっていく。もはや打つ手はないのか。
それでも勝算を探るエールの脳内に、ある言葉が届く。
(え?)
エールが疑問を持つが、その声はある行為を催促する。
いったい誰の言葉だろうか。
エールはわからないまま、その言葉を呟いた。
「キャスト……オフ……」
エールの呟きに応える存在があった。自身を発光させ、エールに続いて宣言した。
『Cast off』
ドレイクゼクターの電子音に、モデルXが驚くのがエールの視界の端に映る。
刹那の後、ロックマンDXを守る装甲が浮き上がって弾けた。
「ガァッ!」
アキャリナワームが叫び、高速で飛んでいく装甲と共に離れていく。
エールは開放された喉を押さえて、空気を求めて喘いだ。
「ガハッ、ごほっ、ごほっ!」
『よくこんな手を思いついたね……』
モデルXが感心しているように呟いた。アーマーをパージしたエールは青のロックマン・モデルXへと変わっている。
どうやらゼクターを利用した変身は、キャストオフによって外部装甲を排除し青のロックマン・モデルXへと戻ることが可能のようだ。
エールは自分の脳裏に浮かんだ言葉を思い出す。
―― キャストオフを使いなさい。
今ならわかる。この言葉を告げたのはドレイクゼクターであると。
エールは内心、ドレイクゼクターに礼を告げているとモデルZの怒号が貫いた。
『エール、まだ戦いは終わっていない!』
「……そうね。イレギュラー、あんたはもうお終いよ」
エールは宣言して、タキオン粒子を溜めるドレイクゼクターと右手のバスターを構える。
それを見たアキャリナワームがクロックアップを使おうとするが遅い。
「ライダーシューティング!」
バスターから放たれた青い二発の光弾と、ライダーシューティングの光弾がワームへと迫る。
クロックアップが間に合わない状況では、逃げる術などない。
「くそ、くそ、くそぉぉぉぉぉぉ! 人間がああぁぁぁぁ!!」
三つのエネルギー弾がアキャリナワームの全身へ殺到する。
言い残した言葉は、あくまでワームという種を過信したものであった。
その過信こそ、彼の死因というのに。
青い三発の光弾が爆発し、アキャリナワームだった破片は燃えながら散っていく。
ガーディアンを脅かした敵の、あっけない最期であった。
「はぁ~」
エールは大きくため息をついて、ドサッと甲板に倒れた。
心配するモデルXに一日に二度戦って疲れただけだ、と告げて変身を解く。
風がエールの羽織る青いジャケットをはためかせ、黒い髪を揉みくちゃにした。
その風の中、ドレイクゼクターがエールの周囲を飛ぶ。
「ありがとう、ドレイクゼクター」
エールが礼をいうと、上空で8の字を描いてドレイクゼクターがどこかへ消えた。
きっとまた、望めば力を貸してくれる。エールにはその確信があった。
「よくやったな、エール」
「天道……爆弾のほう、ありがとう」
いつの間にか傍にいた天道に、エールは礼を告げた。
いけ好かない男ではあるが、味方であるという宣言に偽りはない。
笑顔の天道が手を差し出し、エールは掴む。上半身を起こすと、太陽の光が目に入った。
「うわぁ……」
思わずあがる、エールの感嘆のため息。
雲の切れ目から覗く、夕日が空と海を赤く染め上げていた。
地平線に消えようとする夕日が綺麗で、エールは自然と笑顔を浮かべる。
夕日が沈もうとする一瞬、世界が夕方の赤と、夜の紫の二つの色へと分かれていた。
夕方と夜の境目が幻想的で、見るものすべての心を洗いあげる。
命がけの戦闘の報酬としては、悪くない光景であった。
□
天道の知らない事実が、現在一つ残っていた。
ドレイクゼクターは、天道が本来存在した世界のものか怪しいということだ。
天道の世界では、パーフェクトゼクターは完成していなかった。
ゆえに、モデルXの呼び込む波長がパーフェクトゼクターと似ていると、天道の世界のドレイクゼクターに判断させるのは不可能だった。
だが、このドレイクゼクターはパーフェクトゼクターを知っている。
それがいったいなにを意味するのか、まだ天道は知らなかった。
To be continued……
最終更新:2009年12月26日 19:06