死神のような大釜を持つ男が、苛立たしげに壁を殴った。
コンクリートの壁が崩れるが、男の苛立は消えていない。
濃い紫色のアーマーに白い骸骨のようなヘルメット。死神のような大構を持つロックマンの名を、プロメテといった。
「くそっ! ペンテ、モデルVA、あいつら……ッ!」
プロメテは苛立ちを隠さず再び物にあたる。たまったものではないと、フォルスロイドやメカニロイドは避難していたのだ。
怒り心頭のプロメテの前を黄金のハチ型ゼクターが横切った。
プロメテは殺気を乗せた視線をゼクターが飛ぶ先へと向ける。
ゼクターをつかんだ影が、プロメテへと話しかけてきた。
「ずいぶんと荒れているな、プロメテ」
「虫けらが……なんのようだ?」
「いい加減、弟切ソウかフィロキセラワームのどちらかで呼んで欲しいのだがな」
そういった男が、電灯のもとへ歩み寄る。黒い高級スーツに身を包み、右眼を眼帯で隠した胡散臭い男。
それがプロメテの感想であった。
「くだらん。とっとと失せろ」
「そういうな。ビッグドン・ザ・エレファロイドを失い、ロックマンVAVAに裏切られたんだろう?
ならば協定を結んでいる我々ワームが手を貸すべきだと思うのだが? ちょうど新しいワームも生まれたしな」
ケッ、とプロメテは吐き捨てて弟切を睨みつけた。
彼は構わず会話を進める。一言一言、癇に障る男だ。
「くだらない。キサマらこそ、例の場所が停滞しているって話だが?」
「そちらには問題ない。我らが同志が向かったからな」
「ふん。ならばメカニロイドを貸せろ、とでもいいたいのか?」
弟切は薄笑いを浮かべた。わかっているではないか、とでも言いたげである。
プロメテの不機嫌さが増していくが、あの男ならば様子を見ろとでもいうだろう。
忌々しいが、今は承知するしか選択肢がなかった。
「いいだろう。例の場所へ送りつける」
「構わない。我々ワームは君たちの同志だ」
白々しい、とプロメテは考えながら踵を返した。
ワームは、特にこの男はプロメテは気にらなかったのだ。
プロメテはその場を離れ、少しはストレス解消をしたいものだと考えた。
□
モデルVを搭載したというフォルスロイドの存在に、プレリーは愛らしい顔をしかめさせていた。
セルパンカンパニーが滅び、モデルV絡みの事件は起きないと考えていたわけではない。
ただ、いまだに全貌を見せない敵に、後手に回ざる得ない。
エールや前線のガーディアンたちの負担がまた増えると考えると、頭を抱えざるえなかった。
プレリーがため息をついていると、部屋に来客が訪れることを知らせる電子音が鳴る。
扉の前のカメラをONにすると、天道が紅茶とケーキを手に佇んでいた。
「少しは休憩したらどうだ?」
「お気づかいありがとうございます」
入ってきてプレリーの身を心配する天道に、プレリーは笑顔を返してケーキと紅茶を受け取る。
密かに天道が作るケーキは最近の楽しみなのだ。
「そういえば天道さんに伺いたい件がありますが、今はお時間大丈夫ですか?」
「問題ない。どういった件だ?」
相変わらずの天道の傲岸不遜な態度に、プレリーは慣れたのか普通に頷いた。
紅茶を一口すすり、喉を潤して目を合わせる。
「はい。イレギュラーが襲わないインナー認定されている地区の一つに連続殺人事件が起きています。
二回ほど起きたのですが、その調査に向かったガーディアンの隊員が行方不明になってしまいました。
一ヶ月前から謎だったのですが、最近ワームの存在を知ったためその可能性が高いのではと思っていたのです」
「なるほど。それでワームについて詳しい俺に調査を依頼したいということか」
「ええ。万が一に備えて、エールも向かわせようと思っています。
この前の報告にあったロックマンVAVAが襲いかかる可能性もありますし」
「まあ、懸命だな」
天道はプレリーの提案を妥当と判断し、同意を示した。
プレリーが椅子に深く座り、安堵の溜息をつく。
「その任務は俺とエールが担当する。プレリー、少し休んだらどうだ?」
「大丈夫です。この報告書を読んだら、私も休憩させてもらいます」
プレリーの答えに、天道は「そうか」とだけつぶやいて出ていった。
結局、プレリーが身体を休めたのはこれから十四時間後のことである。
□
「しかし、プレリーは働きすぎだ。エールもそう思わないか?」
天道にいきなり話をふられて、エールは驚いた。
整備された道路を進み、陽光がビルやヒトビトの住まいを照らしている。
人の少ない大通りで、情報を集めていたエールは天道にそう相談された。
「前からそういっているけど、プレリーは聞かないから……」
「なるほど、周りも頭を痛めているわけか」
天道が納得したように頷いている。黒い革ジャケットを羽織り、ジーンズにスニーカーと言うラフな姿は一般人に見える。
もっとも、見えるだけで傲岸不遜な態度は変わらない。
その彼がプレリーの心配をしているのが意外だったが、エール自身も彼に心配されたため案外そういう性格なのかもしれない。
エールが風に揺れる黒髪をおさえ、天道を振り返って立ち止まる。
「プレリーは行方不明のお姉さんに負けないよう、って気を張っているから……もうちょっと肩の力を抜いて、オシャレでもすればいいのに」
「ならば近いうちに誘えばいい。なに、あとのことは俺が処理しよう」
「……そういうことをするのは、普通にフルーブになると思うけど」
エールが呆れながら返し、視線を移動する。ここは殺人現場だ。
最初の被害者がここで死に、死体が放置されていた。
悲惨な現場に顔をしかめ、二度目からはヒトビトを恐怖に陥れる。
昼間なのに人気がない理由は、この連続殺人事件に対して警戒しているからだ。
「ここで最初の犠牲者が出たのね」
「調査隊が消息をたった場所ではないが、いずれも最初にここに訪れたらしい」
『なら、どこかで犯人が監視している可能性があるな』
エールはモデルZの言葉に頷いて、周囲を見回す。今のところは反応はない。
天道も同意見らしく、携帯端末を取り出して画面にマップを映した。
「とりあえず、三回調査隊を送り込んで、三箇所で連絡が途絶えた。俺がこの二箇所の付近を探してみるから、エールは一番遠いここを頼む」
「了解。これなら情報収集のしかたとか、ちゃんと訓練しとけばよかった」
『今更いっても後の祭りだ。それでは天道、合流場所に変更はないな?』
「特にない。そちらは任せた」
天道と短いながら確認し合い、エールはその場を離れる。
なんだかんだいって、共に戦う相手としては両者信頼してきている、とエールは思っていた。
そして、一度だけ殺害現場を振り返る。
普通に生活しているだけのヒトビトが殺された。それはどれだけ、理不尽なことだっただろう。
エールは連続殺人を犯す敵に対し、怒りを出して一歩踏み出した。
噴水から水が飛び出て、池を作る。普段はカップルや親子連れが多い公園は人が少なく、休むのに最適であった。
青いジャケットを羽織り、活動的な雰囲気の美少女であるエールはベンチに腰掛けてため息をついていた。
とても数時間前に決意をもって調査を開始したとは思えない。
『なんにも手がかりが見つからないね』
「うん。人に聞こうにも大通りにも人が少ない。聞けたとしてもいつもとたいして変わらない、目撃者が0、殺人事件があったことさえ知らない人がいる。
手がかりはまったくなし」
モデルXはエールの答えに沈黙する。今回の事件を彼なりに推理しているのだ。
それにしてもおかしな話である。目撃者が0というのはどういうことなのか。
治安のための監視カメラにすら姿が映らないらしい。まったく持って不条理な話だ。
エールが堪えているのは、肉体的な疲労ではなくなんの手がかりもないという不安なのだ。
思考を続けるも、考えがまとまらない。
はぁ、とため息をついたエールにふわっ、といい香りがする。
思わず振り向いたエールの視界に、青いバラが広がった。
「エールさん、お久し振りです。運び屋の仕事ですか?」
「その声……花屋のジルさん?」
エールが柔和な声に顔をあげて名前をつぶやくと、見知った顔があった。
セルパンカンパニーが滅び、運び屋仕事に復帰したときの第一号のお客さんである。
エールと一、二歳年上の、どこか頼りないが優しい雰囲気に白い清潔感あふれるシャツ。
耳のあたりにまで揃った綺麗な金髪、黒縁の眼鏡と典型的な優男であった。
「最近仕事を依頼しようと思っていたのですが、連絡取れなくて……」
「あ、すいません。最近は休業していまして……」
「それまた急ですね」
「まあ、近いうちに再開しますよ。気楽に待っていてください」
どん、とエールは自分の胸を叩く。
支払いもマナーもいいため、ゴルクル夫妻に次いで好感の持てる客であった。
そういえば、とエールはジルに確認をとってみる。
「エリファスさんも元気ですか?」
「母さん? 元気元気。いつか依頼して持ってきてもらった薬で、足の調子もいいみたい。
半自動運転にもすっかり慣れているし、エアカーを使ってどこにでもいくよ」
ジルは笑って答える。彼ら母子は近所でも評判の仲の良さだ。
足が悪く車椅子を使っている母親をジルは助け、母親もまたできた人物である。
エールも数度あっているが、夕食を御馳走してもらったことは一度や二度ではない。
足が悪いのによく調理が出来るものだ、と感心したものである。
ちなみにエールの料理は……お察しくださいの出来だ。
「それじゃ、お客さんにこれを渡しにいかないといけないから、僕はもう行くね?」
「はい。けど、それだけの量を剥き出しで?」
「いや、店でラッピングしてから渡しにいくよ。今は店に戻る途中。それじゃエールさん、また会いましょう。母さんも会いたがっていましたし」
「ええ、それじゃ」
笑顔で離れていくジルの後ろ姿を見届けると、モデルZが出てくる。
いきなり出てきたモデルZを不思議に思っていると、モデルZはエールを見つめた。
『それにしても、ちゃんと客には敬語を使うようになったな』
「ちょっと! それは二度と言わない約束だって……」
『気にするな。もう少し休むか?』
エールの問い掛けにモデルZがはぐらかした。
しかし、モデルZの問い掛けに、エールは楽になったのを自覚して立ち上がる。
エールは不機嫌な答え方をしながら、実はそんなに怒っていない。
運び屋として人と人のつながりを実感する。それがエールにとってのこの仕事のやりがいだ。
早く自分も日常に戻り運び屋の仕事を再開したいと考えながら、エールは歩みを進めた。
「白いスーツに、白い帽子の男……?」
「ああ、少なくともこの街にそういう男はいなかった。なにしろ狭い街だからねぇ。
そんなに目立つ男なら名前くらい広まってそうだけど……」
天道は見かけた男性に声をかけて、口をついて出た男に思案する。
最初は天道を見て警戒していたのだが、ガーディアンであるという身分証明を見せたらあっさりと納得した。
男いわく、「ようやく上も事件を解決する気になったか」だそうだ。
その男から聞いた怪しい人物の姿。天道にとって忘れたくても忘れられない男に似ている。
「協力を感謝する。そろそろ仲間との合流時間だからな」
「おお、そうかい。頼むよ、このままじゃ商売あがったりなんだ」
男が天道に期待するように笑顔を浮かべて送り出す。
天道は踵を返すが、脳裏にはあの男がちらついてならない。
(俺がいるということは、他の奴が来てもおかしくないということか?)
だとすれば厄介である。あの男とは対等の条件で戦う機会がなかったものの、手練であることには変りない。
天道が相手にした人物では、ライダーワーム両方あわせても最強の部類に入る。
自分はともかく、エールには荷が重いだろう。
(なにしろ成長期だからな)
伸び代があるのはいいことだ。彼女はきっと強くなる。
その芽を摘まれないように動くのも天道の役目だ。
「おばあちゃんが言っていた。自分はすべての兄になるべき男であると」
ひとりごちて、笑顔を浮かべる。
手強い相手だろうと、遥かな因縁があろうと、天道のすることは変わらない。
おばあちゃんの言っていたことは偉大である。
□
夜が近づく時間、天道は顔をしかめてエールを見下ろす。
天道の得た情報では手がかりには遠く、次の手を考えているとエールが提案してきたのだ。
モデルZも絡んでいるらしく、エールの説明を補佐していた。
彼女の提案とは簡単である。
「おとり捜査か」
「うん。このままじゃ埒があかないから、犯人をアタシたちで誘き出そうと思うの」
『エールに足りない経験は俺が補佐する』
「……おとり捜査は難しいぞ。俺は経験あるが、モデルZやエールは大丈夫なのか?」
『その点は問題ない。こういう場合も想定して、エールには教えていた』
天道はモデルZの言葉を聞き、エールに視線を移した。
彼女はやる気なのだが、おとり捜査に慣れているとは思えない。
必要なのは知識でなく、経験であったのだ。
天道はその手の荒事は経験豊富だ。相手がワームなのだ。仕方ない。
しかし、エールはどちらかというとからめ手は苦手そうに見える。
戦闘となれば別だが、年齢からして経験不足は否めない。
「モデルX、お前はどう思う?」
『危険過ぎるから、僕は賛成出来ない。天道さんも二人にやめるよういってもらえないかな?』
モデルXの言うとおりだ。エールは強いが、より弱い戦力で倒せる方法はいくつもある。
それに、敵は強い連中を温存しているのだ。
不安になるのもしょうがない。
「けどこのままじゃ犠牲者が増えるだけだよ、モデルX、天道」
天道に勝ち気の黒い瞳を向けているエールの様子を探る。
天道は数秒沈黙した後、しぶしぶといった感じで口を開いた。
「いいだろう。好きにしろ」
「さっすが天道! 話が早い」
「ただし、連絡は密にとるんだ。危険は大きいからな。特にワーム相手だと」
「うん。じゃあさっそく……」
「いや、少し待て。エール」
エールは天道を振り向いて、まだなにかあるのだろうか? という表情を浮かべている。
天道はモデルXに視線を送って、すぐにエールへと止めた理由を告げた。
「弁当を今作ってくる。十分でできるから、おとなしく待っていろ。行動を開始するのは、それからでも遅くはない」
「え……あ、ありがとう」
エールの礼に、天道は笑顔を返してこの街におけるガーディアンの拠点へと入る。
内部の厨房に入って、天道は調理を開始した。
空に浮かぶ月の下、月光を浴びた刃が冷たく光る。
どこかメカメカしい剣を手に、凶相の男は笑顔を浮かべた。
「今宵もサソードヤイバーは美しい」
などと抜かし、スラッと立ち上がった。
ゆったりとした服装に、切りそろえた黒の頭髪の目元は涼しい。
血に飢えた獣の相貌でもあり、高みを目指す戦士の顔でもあった。
「さて、切り札は隠さねばならない。ならば、今また爪の露となるものはどこか……」
男はそう告げて、崖からフッと姿を消す。
後に残ったのは寂しく風が吹く荒野だけだった。
「天道、あっさりと同意したね」
『事前にプレリーたちに許可を取っていたのも大きかっただろう』
「まあそうなんだけど」
エールは笑って街灯の下進むべき道を見つめる。
暗闇に染まった道路が不気味に続いていた。
幽霊など非科学的なものを信じてはいないが、つい想像してブルっと震えた。
「今日は満月か」
『そういえば、例の殺人は満月の夜に行われたものだね』
「なら好都合ね」
エールが笑みを浮かべて、モデルXに返す。
もっとも、モデルXはあくまでも心配そうにしていた。
モデルXは心配性だ、とエールが思っていると、風が吹いてエールの頬をなでる。
いや、この風は違う。エールはとっさに後方に飛び退いた。
すると、衝撃で地面のコンクリートが瓦礫を産んで舞う。
二回目の攻撃がくる前に、エールの手はモデルXとドレイクゼクターを握っていた。
「クロスロックオン!」
エールの凛々しい声と共に、『Change ROCKMAN』の電子音が夜の道路に鳴り響く。
人が住んでいない無人の廃ビルを背に、エールは空色のロックマンDXへと変身を終えていた。
「クロックアップ」
もはやつぶやき慣れた宣言を終え、エールは加速世界へと突入する。
宙を舞っていた瓦礫の動きが凍り、月下の中エールは敵の正体を見つけた。
「やっぱりワーム!」
スズムシを擬人化したような怪物が、加速世界の中エールを睨んでいた。
ワームが羽を震わせると、スズムシの音と似たような音が響く。
エールはその音を無視して、姿を視界に捉えドレイクゼクターを持ち上げる。
茶色い虫の姿に、エールは怒りを持ってドレイクゼクターの引き金を引く。
ワームはその銃撃を捌き、エールへと宙を舞いながら突進してきた。
「くっ!」
エールはワームに跳ね飛ばされ、地面に叩きつけられる。
衝撃に目を白黒させながら、エールは天道に連絡する隙を得るのは難しいと判断した。
『エール、ここは一旦ひいて天道さんと合流しよう』
「冗談! あいつを逃がしたら、また被害が増えるでしょう!」
『いや、俺たちは不利だ。あのワームはできる。体勢を立て直すことが先決だ』
さすがのモデルZも撤退を提案するが、エールも頑固である。
ドレイクゼクターの銃弾をワームへと撃ち込み、前へ進む。
モデルXが『エール!』と窘めるが、脳裏に浮かぶ仲の良い母子にエールのトラウマが刺激される。
(もう二度と、あんな想いを誰にもさせない!)
ぐっ、とエールは唇を噛んでボルトに当たるヒッチスロットルを引く。
エネルギーを充填しながら、銃口を流れるようにワームへと向けた。
引き金を絞ると同時に、ワームが動いた。避けるには遅い、と思考するエールの期待を裏切られる。
獣の咆哮が響いた。
ワームは叫び声をあげたまま、地面を殴りつける。盛り上がった瓦礫にライダーシューティングがぶつかり、爆破する。
エールは驚き、二発目を用意しようとするが腕が動かない。
「な……に……? こ……」
エールがしゃべろうとするが上手くいかない。ガクッ、と膝をついて始めて筋肉が硬直しているのに気づいた。
なぜだ? と疑問に思うエールの視界に、羽をこすって音波を発生させるワームの姿がある。
エールに知る由もなかったのだが、ベルクリケタスワームは羽をこすり特殊な催眠音波を発声させることができる。
それによって相手の筋肉に作用し、ある程度コントロール可能なのだ。
催眠音波に四肢を麻痺されて、地面に伏せるエールにワームは右手を向けた。
途端、周囲の景色が通常に戻り、動きを凍らせていた瓦礫が落ちる。
周囲に降り注ぐ瓦礫の雨の中、エールの耳に聞き覚えのある声が届いた。
「ジル! どこなの? ジ~ル!」
花屋の主人であり、今はジルと二人で暮らす女性の声。
僅かに軋む車椅子の車輪の音がやけに大きく聞こえた。
まずい。このままでは彼女が危ない。
エールは麻痺した身体にムチを打って、勢いよく上体を上げた。
「エリファスさん! 今はこっちきちゃダメェェェ!!」
エールはエネルギーをためた銃口をワームへと向けながら、大きく叫ぶ。
大型のエネルギー弾が開放されるのと、エールの鳩尾に重い衝撃が届いたのは同時だった。
はずれか、と天道は自分のルートを確かめて思考する。
条件はそれなりに揃っているが、餌をわかりやすくしたか? と反省点を脳内で作りあげていった。
今失敗したからといって悲観することもない。
天の道を往く天道だが、失敗したことも数多くあった。
人間に必要なのは肝心なときにミスをしないこと。これはおばあちゃんも言っていた。
夜風が身体に当たり、天道が空を見上げた瞬間爆発音が響く。
天道が振り向くと、エールが向かった先だ。
あそこに引っかかったのか。エールの連絡がないことに、天道は表情を殺す。
「変身」
静かに一言。それで天道の腹に収まったカブトゼクターは六角形の金属片を身体にまとわせた。
銀色の戦士となり、キャストオフと宣言してカブトは駆ける。
カブトの視線は爆発現場にしか向いていなかった。
そして、現場には戦闘跡があったものの、エールの姿はなかった。
最終更新:2010年01月14日 11:44