□
ジルの朝は早い。
花の世話をして、ラッピングし、見栄えよく整える。
繁盛して忙しい日々を過ごしているが、ジルは花の世話に手を抜いたことがない。
霧を吹きかけて、時計を見ると六時を示していた。
まだ店を開けるまで三時間もある。ジルは店の二階にある住まいへと階段をのぼった。
鼻に卵が焼けるいい匂いがする。焼かれたパンが並ぶ中、やはり母親は起きていたかと思った。
「母さん、おはよう」
「あ、ジル。お店の方はいいの?」
「準備は済ませたよ。後は店を開くだけさ」
それで、とジルは一室に視線を動かす。彼は心配そうにその部屋を見つめていた。
それもそうだ。なぜなら…………と思考したところで件の部屋から大きな音が聞こえてきた。
ジルは母親と顔を合わせ、部屋に駆け寄る。
「エールさん、どうしましたか? なにかあったんですか?」
ドンドン、と叩く。ジルは返ってくる返事を待った。
時間は少し遡る。
日が昇りカーテンの隙間から陽光がエールを照らした。
かわいらしい顔をしかめ、黒い瞳が周囲を見回す。
エールの知らない場所だ。ボーッとした頭では考えがまとまらない。
『起きたか』
「あ、モデルZ。おはよう……」
エールは寝ぼけ眼のまま、上半身を起こして、ズキッと腹部に鈍い痛みが走った。
エールは思わず「うっ!」と呻き、バランスを崩して派手に転ける。
ゴン、と大きい音を立てて額を地面に打った。
「いったぁぁぁ~~」
涙目になりながらも、エールは周囲を見回した。
自分がどこにいるのか把握しなければならないからだ。
すると、ドアからコンコン、とノックする音が聞こえてくる。
『エールさん、どうしましたか? なにかあったんですか?』
「ジル……さん?」
エールが声の主に驚いていると、ドアノブが回り焦った様子の少年が姿を見せた。
エールが地面に座り込み、赤くなっている額を抑えている姿を見届け、ジルが勢いよく駆け寄ってきた。
「どうかしましたか? なにか不都合でも……」
「あ、いえ。そういうんじゃないです……」
エールはジルに対応しながらも、昨日の出来事を少しづつ思い出してきた。
腹部に手当がされている。そこまで思考して、エールはジルに掴みかかった。
「って、ジルさん! エリファスさんは無事ですか?」
「母さん……? 母さんならピンピンしているよ。昨日は倒れているエールさんを母さんが見つけて大変でした。なにがあったんですか?」
エールはエリファスが無事である事実にホッと安堵する。だが今度は別の問題が起きてしまった。
ジルが心配そうに黒縁メガネの下の青い目をうるませて、エールを見つめている。
心底心配であったとわかる分だけ、エールは答えに詰まったのだ。
正直に言うわけにはいかない。そして、エールは嘘をつくのが苦手であった。
「こら、ジル。エールちゃんが困っているでしょう?」
優しい声に助けられ、エールは車椅子が部屋に入るのを目撃する。
最近の車椅子は高性能だが、身体を機械に置き換える現代では珍しい代物であった。
最初見たときは驚いたのだが、今では慣れたものである。
エールは笑顔を浮かべて、守ろうとした女性に視線を向けた。
ジルと同じく柔らかい金髪のショートカット。優しげな面差しに、凹凸の激しい女性なら羨ましがる身体。とてもジルを産んだとは思えない。
料理を作っていたのか、エプロンをかけている。車椅子を動かし、エリファスはエールへと微笑んでいる。
「お久しぶりです、エリファスさん」
「そんなにかしこまらなくてもいいわよ。今朝ごはん作っているからベッドで休んでいなさい。ジル、行くわよ」
「ちょっと、母さん……。まあ、エールさんも立ち上がるのが辛ければいってください。手助けにきますので」
ジルはそうエールに告げて、部屋を出て行く母親を追っていった。
パタン、とドアが閉まったときエールに疲れが押し寄せてくる。
『やっといったみたいだね』
そして、エールは恐る恐るモデルXの言葉に振り向いた。
明らかに背後に怒りのオーラが見える。普段はおとなしいモデルXが珍しく怒っていたのだ。
エールはゴクリと生唾を飲み込んだ。
『モデルX、今回の件は俺にも責任がある。だから……』
『モデルZは黙っていて。エール、確かにみんなを守りたい気持ちはわかるけど、今回は失敗だったよね?』
「う……ごめんなさい」
エールは頭を垂れて素直に謝る。激怒したモデルXは本人が頑固なのも相まって、タチが悪い。
嵐が過ぎるのを待つように身を縮めて耐えるしかなかった。
もっとも、今回は確かに反省点も多い。敵の能力を侮ったのと、これ以上犠牲者を出させないためとはいえ焦ったことだ。
死んだジルウェにも叱られるだろう。
モデルXがエールの短絡的な性格を責める中、ふと疑問を口に出す。
「……そういえば、アタシが負けた後はどうなったの?」
『話を逸らそうとしていない? まあ、いいけど。……それが妙なことにあのワームは攻撃を中止したんだ』
「攻撃を中止……?」
さすがにモデルXも説教を中止し、昨夜の違和感をエールへと報告してきた。
モデルXはまた本人を前にするしか確かめる手段はない、と結論をつける。
エールもその意見に同意だ。
「それじゃ、攻撃を中止してどうしたの?」
『どうもこうもない。ワームは姿を消して、エリファスが近づきエールの応急手当をした。変身は俺たちの判断で勝手に解いたから、バレてはいない。
すぐにジルも姿を見せ、エールをここに運んだ。近くに病院がなかったし妥当な判断だ』
「うわー、アタシって間抜けだ」
モデルZに改めて説明してもらうと、死にたくなってきた。
自分の作戦を推したプレリーや、しぶしぶながらも了解してくれた天道に申し訳がない。
『焚きつけたのは俺だ。責任は俺がとる』
モデルZが頼もしいことをいってくれるが、それならモデルXの今の怒りも受けて欲しいと思った。
しかし、そう都合よくはいかない。なぜなら、下手をすればジルもエリファスも死んでいた。
エールが自覚した瞬間、悪寒が背筋を昇る。エールの脳裏に懐かしい光景が浮かんだ。
―― メットールをマスコットにした遊園地が炎によって赤い色に染め上がる。
―― ヒトビトの悲鳴が上がり、人ごみの中,
小さなエールは母親の手を握っていた。
―― イレギュラーの群れの銃弾で建物が破壊される。
―― エールを安心させようと振り向いた母親の後ろに、イレギュラーが現れて……。
『エール?』
「モデルX……ごめん。ちょっとボーッとしていた」
『……調子も悪そうだし、今はここで切り上げよう。細かい打ち合わせは天道さんと合流してからだ』
「うん。まずはあの二人に挨拶して、プレリーたちに無事を知らせる」
『そうだね、それが一番だ』
モデルXの同意を得て、エールは立ち上がった。
もっともモデルXの怒りは解けていない。
いつもなら恐ろしい事態なのだが、今のエールには気になることがあった。
あの日の悪夢、すべての始まり。
セルパンを倒し、ジルウェに想いを託されて乗り越えたと思っていた。
もしかしたら自分で思っていたほど、自分は強くないのだろうか?
エールは頭を振って不安を吹き払い、ドアノブに手をかけた。
□
「よかったぁ……エールが無事で」
プレリーはエールからの連絡があった通信機を切って安堵する。
彼女の身を心配したプレリーだが、深夜にガーディアンの部隊を総動員するわけにはいかなかった。
ゆえにその日は捜索を天道だけに任せるしかなかったのだ。
「さっそく天道さんやみんなにも教えないと」
プレリーはさっそく通信機を手に、今も捜索活動を続ける数人の仲間へと連絡をとる。
エールの心配をして志願してくれたのだ。まずは彼らを安心させることから先だ。
プレリーは捜索隊のリーダーを、調査員と兼任する天道へコールを鳴らした。
こんがりと焼けた食パンとベーコンに目玉焼きが乗った皿が食卓に並ぶ。
手元にはバターが置かれており、新鮮なレタスに乗っかる半切りのトマトと、サラダもある。
エールが席についたのをエリファスは嬉しそうに微笑んで、話しかけてきた。
「さあ、どうぞ。召し上がれ」
「はい。いただきま~す」
ぐ~、とエールのお腹も主張しているため、遠慮なくいただくことにする。
傷はまだ痛むが、無視できるレベルだ。本能には抗えない、と無駄に哲学なことを考えてパンに手を付ける。
はむ、とバターを塗ったパンを噛みしめて、エールは生きている実感を味わった。
一口パンを噛みちぎると、余裕が出たのかエールは一つの事実に気づく。
お客さんで恩人ということもあり、かしこまった口調でエールは尋ねることにした。
「そういえばエリファスさん、ジルさんはどうしたんですか?」
「ジルなら店を開けているの。私はこんな足だし、ほとんどあの子に任せているわ。それよりエールちゃん?」
「はい?」
「今は仕事中じゃないし、楽にしていいのよ。その方が私もありがたいし」
エールはエリファスの言葉に数瞬だけ悩んだ。
もっとも、楽なほうを提案してくれるのはありがたい。
客仕事のため敬語は使えるのだが、エール本来の性格には合わなかった。
「……うん、ありがとう。それでアタシがなんであそこに倒れていたかは……」
「聞かない方がいいかしら? ならそうする」
「え? いいの?」
エリファスはエールに困ったような笑みを浮かべて、エプロンで手をふいた。
エールのために用意した牛乳を置きながら答える。
「そりゃあ、女の子があんなところで傷を負って倒れているもの。事情をきかせて欲しいわ」
「えーっと、ごめんなさい! さっきから謝ってばかりだけど、こればかりは話せないの!」
「そう、ならいいわ。ところで、連絡はついた?」
「ええ。ここに迎えに来るって」
「きっと心配していただろうから、謝らないとダメよ?」
「……はーい」
エールは天道が取り乱している姿を思い浮かべようとしたが、あの超然とした男が取り乱す姿が想像できなかった。
とはいえ、天道が探索チームの指揮をとったのだとプレリーはいう。
ものすごく迷惑をかけた自覚があるため、身を悶えさせたかった。てか、一人なら絶対悶えている。
エールが天道にあわせる顔がないと、パンを勢いよく齧った。
(よかった。エールさんは元気みたいだ)
ジルは安堵して花束をラッピングする。母親から彼女が起きて、朝ごはんを食べたと聞いたのだ。
今はきっと二人でお茶をしているに違いない。エールを迎えに来るという人物がくるまで、彼女は母の相手をされるのだろう。
ジルは大口の注文があったため、運搬業者が来るのを待つ。
準備はすでに出来ていた。カラン、と音がして自動ドアの方へ視線をやる。
入ってきた整った顔立ちの男にジルは見ない人だ、と思って声をかける。
「いらっしゃいませ!」
「すまないが、客ではない。エールがここに居ると聞いて迎えに来た」
「ああ、そうですか。少しお待ちください。今呼んできますので」
「ぜひ頼む」
偉そうな態度にもジルは「おかしな人だ」程度にしか印象を抱かなかった。
ジルが上にいる母に、迎えが来たと内線電話で告げる。
すぐにでも降りてくる、と伝えると男は別の方向へ視線をやっていた。
「花が好きなんですか?」
「まあ、そこそこにな。ところで、あの大量の青いバラは?」
「大量に欲しいと注文がありましたので、用意したんです」
そうか、とだけつぶやいて男が沈黙した。
ジルが笑顔を向けて、眼鏡のフレームの位置を直しながら話しかけようとしたとき、二階より人が降りてくる気配を感じる。
エールが恐る恐るといった様子で姿を見せ、天道の姿を見たと同時に頭を垂れる。
「ごめんなさい! 天道、つい先走って……」
「そうだな、おかげで皆に心配をかけた。だが…………」
天道と呼ばれた男の表情が柔らかくなったのを、ジルは見過ごさなかった。
ほんの刹那の間だけ覗かせた表情だったため、頭を下げているエールには見えなかっただろう。
彼が見せた親愛の情にジルは頬が緩んだ。だからこそ、次の言葉はジルにとっては意外でなかった。
「無事でよかった。心配したぞ」
エールがキョトン、と天道を見つめている。
それに対し、まるで兄のように天道はエールを迎えた。
□
天道に連れられて、エールを探索に来たガーディアンの仲間たちのもとへ向かっていく。
川が流れ、橋を通るときにエールは天道に声をかけた。
「ねぇ、天道」
「どうした?」
「……天道はどうして、アタシを助けてくれるの?」
「簡単だ。おばあちゃんが言っていた。模倣となるべき人間は、すべての兄であるべきだと。
俺は生まれたときからそういう宿命を背負っている。そういうことだ」
「いや、どういうことよ」
エールが相変わらずの天道に呆れる。もっとも、彼の行動には感謝してもしたりないが。
天道が言う言葉、特におばあちゃん絡みものは本気であることに気づいている。
だからこそ、不思議でしょうがない。彼はなぜエールに対し、肉親のような感情を抱いてくれるのか。
そうエールが思ったとき、発砲音が響いて天道に抱えられた。
身体浮いた、と思ったときには天道は向きを変え、敵と対峙している。
エールも降りて、相手を睨みつけた。
「さすがに反応がいい……それに、ようやくこいつを使える相手に出会えたか」
役者のように整った顔立ちの男が、紫色の剣の刃に舌を這わせていた。
左手に握るのはサソリ型のデバイス。おそらく新しいゼクターであろう。
「ワームか」
「その通り! 仮面ライダー同士の戦いを始めましょう。天道総司!」
男はそう言って剣とサソリ型デバイスを合体させる。
『Hen-shin』の電子音と共に、男を六角形の金属片が包んで見覚えのある姿へと変えた。
赤紫の胴体部。各種にチューブが埋め込まれて、中を液体が通るのが見えた。
蠍の尾を模した頭頂部に、横一文字のバイザー。ドレイクやカブトとはまたデザインだが、仮面ライダーであることに間違いはなかった。
天道がいうには、すべてのゼクターはワームの手中にある。ならばこのワームが昨晩エールを襲ったのか。
エールは仮面ライダーに対抗するため、モデルXとドレイクゼクターを構えるが天道が抑える。
「エール、今は力を温存しておけ」
「…………わかった」
「やけに素直だな? いつもなら食ってかかるはずだが?」
「昨日のことを反省しているの! 人が下手に出たのにもう……」
「わかっている。変身」
エールが愚痴るのも構わず、天道がカブトへと変身した。
銀色の仮面ライダーと、赤紫の仮面ライダーが正面から睨み合う。
風が吹き、橋から小石が落ちる。水面が揺れると同時に二人は地面を蹴った。
『Cast off』
同時に奏でられた電子音と共に、二人の仮面ライダーの鎧がはじけた。
宙でぶつかり合うパーツの中、カブトは目の前のサソリを模した仮面ライダーを見つめる。
マスクドフォームのときとは違い、全身濃い紫の装甲。緑の二つの複眼。銀のベルト。
かつてサソリのマスクド・ライダーシステム、サソードの名を伝え聞いたことがある。
おそらくこのワームの前の使い手だが、剣の腕前は一流だったとのことだ。
目の前のワームの腕を見定めようとしたとき、サソリを模した頭部に光が宿り日本刀とほぼ同等のリーチの剣を振るわれる。
カブトは冷静にクナイガンの刃で受け止めて、後方へ跳躍した。
「逃がさん!」
サソードが逃げるカブトを追いかけて距離を離さない。
接近戦に長けるサソードが距離を保つのは当然の選択だ。
「舞え!」
流れるようにサソードの斬撃がカブトを襲う。
右から弧を描く刃の軌跡を上半身を倒して躱す。
サソードがすぐに剣を斬り返し、すくい上げるように左から逆袈裟に襲いかかってきた。
クナイガンで剣を弾き、刃が宙に浮いたのを確認する。
「甘い!」
サソードが狂ったように笑い、一旦刃をひいて突きを繰り出した。
速度が速すぎて避けきれない。カブトの頬に刃が走る。
ザッ、とようやくサソードから距離をとることに成功するが、削れた装甲より血が流れた。
どうやら斬られたらしい。
「天道!」
エールの心配する声が聞こえる。カブトはサソードに視線をやった。
「天道に攻撃が当たった? モデルX……」
『いや、まだその必要はないようだな』
「モデルZ。でも、始めて天道に……」
『皮一枚。それに、あの程度の剣技では天道に届かない』
モデルZにいわれて、エールは再び戦いを見る。サソードが地面を蹴って、大ぶりに剣を振るう。
カブトに刃が届きそうになった瞬間、カブトは一瞬でサソードの懐に潜り込んだ。
「なに!?」
サソードが叫ぶが、カブトは冷静にサソードの右手首に掌打を打ち込んだ。
サソードのバランスが崩れ、カブトは容赦なく脇腹に拳をめり込ませる。
骨が折れる鈍い音が響く。エールは痛さを想像して顔をしかめた。
「がはっ!」
「どうした? 俺が伝え聞いたサソードの足元にも及ばないぞ」
「ふざけ……ッ!」
サソードが怒るが、エールはそれは命取りだと判断する。
事実、サソードの突きは躱されて、カブトによって腕をつかまれ地面に背中を叩きつけられた。
「クソ……ライダースラッ……」
サソードはゼクターの尾を押し込もうとして、顔面を殴られて強制的に中断された。
エールは少しでもカブトが危ないと考えたことを恥じる。いつも以上に相手にならない。
(けど、どういうこと? あいつは昨日アタシを……)
『エール、他のゼクターだ。気をつけて!』
エールが疑問に持つが、答えを得る前にモデルXの言葉が思考を中断する。
モデルXとドレイクゼクターを用意して、すぐさまロックマンDXへと姿を変えた。
ドレイクゼクターの弾丸を吐き出し、乱入してきたゼクターを撃つが選けられる。
やがて影はカブトへ襲いかかり、カブトは大きく跳んで躱した。
サソードとカブトの距離が開いたとき、間に白い大きな影が現れる。
二メートル近くある鍛え抜かれた巨漢。白いスーツをまとい、白い帽子の下の鋭い瞳がカブトとエールに向けられる。
その瞬間わかった。目の前の男はただ者ではないと言うことを。
「お久し振りですね、天道総司」
「黄金のライダー……まさかここでも会うとはな」
白いスーツの男が青いバラを向けた。
大事そうにつまむ青いバラの花びらが、風に舞う。
「黒崎一誠、仮面ライダーコーカサスです。この世界の英雄、ロックマンZXの少女。以後お見知りおきを」
外見に似合わぬ丁寧な言葉が、エールには逆に恐ろしかった。
黒崎は後ろで無様に倒れているサソードに視線をやり、カブトと対峙する。
サソードにかける言葉は当然冷たいものとなった。
「いつまでそこに倒れているのですか? 天道総司は押さえてあげますから、さっさと逃げたらどうです?
あの少女からは自力で逃げてください。そこまで面倒をみきれないので」
「くっ……」
サソードの悔し気な声に、エールが反応する。カブトに視線を送られて頷いた。
黒崎の脅威を計算に入れて、エールに任せるしかないのだ。ここでサソードを逃がすわけにはいかない。
サソードとエールがベルトのスイッチをスライドする。
「「クロックアップ」」
同じ響きが橋の上で唱えられた。風のように二人が姿をかき消す。
クロックアップの時間でハンデがあるが、あの程度の能力のサソードなら相手にもならない。
問題はやはり、目の前の男だ。
「ここにゼクトはない。それでもお前は戦うのか?」
「いったはずです。バラが見つめてくれるのはもっとも美しく、もっとも強いもの。
人間だろうがレプリロイドだろうがワームであろうが……ロックマンであろうが、支配者にふさわしければそれでいい」
「そうか、ならば戦うしかないな」
「もとよりそのつもり……」
黒崎が空手の型のような演舞を繰り出した。金色のカブトムシ型ゼクター、コーカサスゼクターが周囲を舞い踊る。
右手の銀のライダーブレスレットに、コーカサスゼクターが突き刺さった。
「変身!」
黒崎の巨体を六角形の金属片が包みこむ。
現れた金色のライダーを睨み、カブトは本気の構えをとった。
□
「いい加減しつこい!」
サソードが剣を振りながら言い捨てた。エールは冷静に見極め、上半身を沈ませる。
頭部のヘルメットを剣がかすめて、無防備の腹部に銃弾を撃ち込んだ。
「ガハッ!」
サソードが地面を転がり、痛みに身悶えている。
モデルZのいったとおり、たいした相手ではない。
だとするとおかしい。昨日のワームはかなりの手練だった。
このサソードが、あのワームではありえない。
そう考えていると、クロックアップの時間が終わる。
サソードのクロックアップは、エールの与えたダメージでとっくに切れていた。
「一つ聞かせなさい。ここにアナタ以外のワームがいるの?」
「知らん……死ねぇ!」
懲りない奴だ、とエールは呆れて頭部に回し蹴りを叩き込む。
紫電一閃、サソードがビルの壁に背中を打ち付けた。
エールはもうこいつを倒そうと考え、ドレイクゼクターのヒッチスロットルを引く。
「これでおしま……」
「エールさん……?」
ドレイクゼクターの銃口を向けようとしたエールに、聞き覚えのある声が届いた。
後ろを振り向くとジルが青いバラの花束を抱えて立っている。
同時に『Clock up』の電子音が響いた。まずい。
「命が惜しければ動くな! キサマたちは近寄るんじゃない!」
サソードがジルの背後に回り、動きを拘束する。
ジルが現れたことに動揺して一瞬隙を作ったことを後悔した。
『なんともお約束な台詞だな』
「うるさい……くそっ! くそっ! どいつもこいつもバカにして……」
サソードががなりたてて、刃にエネルギーを充填し、斬撃を飛ばしてきた。
エネルギーの刃をエールが避けると、ヒステリックにサソードが叫ぶ。
「避けるな! こいつがどうなってもいいのか?」
「そんな……」
エールは悔しさに歯噛みする。ジルを助けなければならないが、このままではエールともども死んでしまう。
迷うエールに、サソードが追い討ちをかけた。
「変身を解け、ロックマン」
『駄目だ、エール。従ったところで、奴が約束を守る保証もない!』
モデルZが忠告するが、サソードヤイバーの刃がジルの喉にめり込む。
血が一筋を流れたのを見て、エールの脳裏に自分を安心させようとした母の姿が浮かんだ。
一度だけ唇を噛み締め、エールは変身を解いた。
「そうだ、それでいい。天道総司に受けた屈辱、その身体で支払ってもらうぞ!」
サソードが嗜虐心をむき出しにして、刃を振るう。
エールの右腕が浅く切られ、血が流れた。嬲る気であろう。
「いい子だ、微動だにしないとはな」
サソードは笑い、今度はエールの右肩から血が噴出す。
エールは反射的に右目をつぶり、痛みを堪えた。
どうにかして人質を放さないと、手出しができない。
ドレイクゼクターが姿を消しているのだ。反撃の機会を伺う。エールの目は死んでいなかった。
「さあて……次はどこを切ろうか。かわいい顔だけは最後にして…………」
だが、サソードの言葉は最後まで紡がれない。
サソードがよろめき、後ろに下がる。エールは眼前の光景に困惑の表情を浮かべた。
「やれやれ。逃げるだけなら、大人しく人質になってあげようと思っていたのに」
その声はエールや母親へかけていた優しさの感情が微塵も含まれていない。
まるでゴミを見るかのように、ジルはサソードを見下している。
ジルの右手が昨夜襲ってきたワームのそれに変わり、サソードの腹部を貫いていた。
「サソードヤイバーは返してもらう。君たちに一度返したものだが、君に使われたくない」
ジルは吐き捨てて、彼の全身が水面の如く波打った。
同時に姿が変わり、スズムシを模したベルクリケタスワームへとなる。
エールをくだした強敵の姿だ。
「う……そ…………?」
ペルクリケタスワームが腕を引き抜き、サソードの変身が解ける。
同時に緑の爆発が上がり、名も知らぬワームを背にエールと対峙した。
『エール、変身しろ!』
モデルZが叫ぶが、エールは動かない。
まるで悪夢の中にいるような錯覚を受けて、エールは声が出せなかった。
右腕の傷の痛みに流れる血。そして硝煙の匂いが、ただ現実であるとエールに主張を続けた。
To be continued……
最終更新:2009年12月26日 19:11