人通りの少ない道で、砂埃が風に舞い上がる。
エールの艶やかな黒いショートカットの髪が揺れた。
地面の爆発が起きたところは黒く焦げて、エールの鼻に硝煙の匂いを届ける。
スズムシを模した茶色のワームを前に、エールは致命的な隙を晒していた。
『エール、変身しろ!』
モデルZの叫びが昼下がりの道路で響いた。
エールもその行為が正しい、と頭で理解しているのだが動けずにいる。
やがて茶色のワーム、ベルクリケタスワームが僅かに身動ぎをした。
エールが反応してどうにかライブメタルを掴むが、ワームの体表が水面のように飛沫を上げて見知った青年の姿に変わる。
柔らかい金の髪に、黒ぶちメガネ。タレ目気味の目に筋が通った鼻。
柔和な顔立ちは今はしかめ面を作っていた。
彼の右腕が動き、エールが反応する間もなく眼前にサソードヤイバーが差し出される。
「どういうつもり……? ジルさん」
「違う」
ジルはエールの言葉を否定する。いったいなにを否定しているのだろうか。
ジルはサソードヤイバーを前に差し出したまま、搾り出すようにして告げた。
「エールさん、僕はジルじゃない。ジルを殺し、そのすべてを簒奪した……ただのワームだ」
苦しそうな声が、エールの耳に届く。彼はなぜこんなにも辛そうなのか。
エールには理解出来なかった。
□
コーカサスとカブトの拳がぶつかり、衝撃波に川の水面が波打つ。
反動で二人が同時に離れ、橋の上で踏ん張って互いに睨みつけた。
コーカサスの瞳に光が宿る。カブトは仕掛けてくるとわかり、警戒をして構えた。
だが、その構えも無意味。黄金の影がカブトの拳をすり抜け、腹部に重い一撃を与える。
後方に数メートル吹き飛ばされ、カブトは片膝をついた。
加賀美と二人がかりでも圧倒されたのだ。一人で勝てる道理はない。コーカサスの瞳がそういっている。
愚かなことだ、とカブトの仮面の下で微笑んだ。コーカサスの肩部から、パキッという硬い音が鳴る。
「ムッ……」
コーカサスの動きが止まる。右のアーマーの先端部が欠けた。
コーカサスは落ちる欠片を見届け、カブトへとゆっくり視線を移動する。
「なるほど。アナタも強くなった、ということですか」
「おばあちゃんが言っていた。俺の進化は光より速いとな」
カブトは立ち上がって天を指し、コーカサスに余裕たっぷりと告げる。
もっとも、カブトには珍しくこれは虚勢だ。コーカサスは強い。
ハイパーゼクターがないとはいえ、単純な戦闘力ならカブトの上をいく。
とはいえ、ハイパークロックアップのない今こそ倒せる数少ない機会なのだが。
「ところで、一つ聞きたいことがある」
「答える必要がありますか?」
「この街には二匹のワームがいるだろう?」
カブトはコーカサスの拒絶を無視して、疑問をぶつける。
コーカサスは無言のままだが、なにより雄弁な答えである。充分だ。
コーカサスの構えに力が入る。本気でくるのか。カブトはカウンターの体勢を整えた。
二人の間につむじ風が舞う。近くの街路樹の葉がこすれあい、風がやんで二人が動く。
『Rider kick』
『Rider beat』
カブトの足が、コーカサスの拳が、タキオン粒子の電流をまとってぶつかり合う。
二十トン近くの衝撃のぶつかり合いに橋がひび割れて、水面が波立つ。
力が拮抗すること数秒。衝撃は収まり、中心の二人は拳と蹴りをぶつけたまま制止した。
やがてゆっくりとそれぞれの足や腕をおろし、先にコーカサスゼクターが離れた。
「なんのつもりだ?」
カブトの姿から戻り、天道が尋ねる。それに対し黒崎は踵を返した。
橋を超えたあたりでピタリと止まり、振り向かず先程の問いに答える。
「なに、ここで決着をつける気をなくしただけです。また近いうちに会いましょう」
そう言って去っていく黒崎の後ろ姿を、天道はただ見ているだけであった。
コーカサスとの戦闘でダメージが大きい。黒崎の姿が見えなくなったと同時に天道は膝をついた。
大きく喘ぎ、キッと前を睨みつける。必ず倒す。天道の瞳はそう言っていた。
『エール、遠慮することはない。こいつは人を殺しているはずだ。倒すんだ』
モデルZの冷静な声にハッとなって、エールは距離をとる。
サソードヤイバーはジルの手にあった。ライブメタルを取り出し、
―― エールちゃん。
ジルの母親であるエリファスの顔を思い出して、動きが止まる。
『どうした? エール!』
モデルZが急かすが、敵が目の前にいるのだ。当然であろう。
ただ、理屈ではわかっているのだが、エールの心が彼を討つことを拒否している。
なぜだろうか。理由がわからない。困惑するエールの前で、ジルが先に動いた。
ジルは見事にエールの前で土下座する。突然の行動にエールの混乱は深まるばかりだ。
『なんのつもりだ?』
「…………僕はワームだ。殺されてもしかたないし、エールさんになら殺されてもいい。だけど……」
エールの代わりに尋ねたモデルZへジルは答え、柔和な顔に決意を乗せてあげた。
必死にすがる人間のように真剣な表情が、そこにはある。
エールはゴクリ、と生唾を飲んだ。いつの間にか、手には汗が握られている。
「三日だけ、三日だけ待って欲しい! その間に死ぬ準備を整える。だから……」
『その間にヒトを殺さないとも限らないだろう?』
モデルZにバッサリと切り捨てられて、ジルは言葉を詰まらせる。
なにしろ昨夜襲ったのは彼自身だったのだ。警戒し、言葉を疑うのが普通だ。
「信じてもらえないのはわかっている。けど……」
「いいよ」
必死に懇願するジルに、エールは思わず答えてしまった。
望んだ展開のはずなのに、ジルが目を見開いてエールを見ている。
モデルZの咎める視線を無視して、エールはもう一度告げた。
「わかったからいってよ! 絶対……絶対三日後には許さないから……」
我慢出来ずジルへ理不尽な怒りをぶつける。
傷を負わされたから正当な怒りのはずなのだが、エールの感情はそこからきたものではない。
もっとも許せないこと。それはエリファスがどうあっても悲しんでしまうことだ。
「エールさん……」
ジルはただ一言、感謝するようにつぶやいてエールに礼をいい、走って視界から消えた。
いつの間にか、地面にはサソードヤイバーが放置されている。
『エール、大丈夫?』
モデルXが心配そうに声をかけるが、エールは頷き返すので精一杯だ。
頭がごちゃごちゃして考えがまとまらない。
「モデルX、モデルZ。このことは誰にも話さないで……」
『エール……』
「お願い。アタシも……三日だけ整理する時間が欲しい」
エールの悲痛な願いは、モデルZの言葉を失わせる。
地面に置かれたサソードヤイバーを回収し、エールは人気のない大通りから離れた。
□
ガーディアンの拠点へと戻ったエールは、心配してくれた仲間に謝罪して回った。
探索チームのみんなはエールが無事であることに喜び、あっさりと許す。
気持ちのいい彼らの態度が、今のエールには痛かった。一匹ワームを逃がしたのだ。
独断専行の上、自分の都合で危険な可能性を放置した。冷静になればどう考えてもエールに非がある。
それでもどうしても、エールにはジルを殺せなかった。
「サソードは使えそうか?」
「天道……」
エールは姿を見せた青年の名前をつぶやく。いつもの余裕を見せた態度で尋ねてきた。
サソードヤイバーを奪ったことを天道に報告したときに、彼自身からもう一匹ワームが存在していることを伝えられた。
伝えられた当初エールは動揺したのだが、天道はワームがもう一匹いる事実に驚いている、と解釈してくれたようだ。
騙しているみたいで、エールの罪悪感が増している。
「うん、サソードゼクターは自分の意思を取り戻した。モデルXと一緒に使えば、ドレイクゼクターのように戦えると思う」
「そうか」
天道が頷いて微笑む。妙な反応だ、とエールは思ったがなにも言えない。
ふと、脳裏にジルの姿が浮かぶ。ワームについては天道はプロフェッショナルといってもいい。
一つ尋ねてみることにした。
「天道、一つ聞いてもいい?」
「なんだ? いってみろ」
「もしも……もしもだよ? ワームが擬態して記憶やその人のすべてをコピーして……心までコピーしたとしたらどうする?」
エールは天道の顔を見上げて、真剣な眼差しを向けた。
天道の表情は相変わらず。冷静なまま彼は口を開いた。
「倒す」
天道は短く断言する。そこに迷いも淀みもなく、ハッキリと。
エールは少しだけ納得がいかなかった。理屈ではない。感情がだ。
「その人に大切な人がいて、前と変わらない生活をしていても?」
「当然だ。擬態された人間も、その周りの大切な人たちも……なによりワームにとってもそれ以外救う手段はない」
「どうして?」
エールの問いに、天道はどこか遠くを見つめた。
なにか後悔するような、なにか失ったようなそんな表情だ。
「エール、死んだ人間は生き返らない。決してな」
それ以上、天道がなにか喋ることはなかった。
エールにはまだ理解出来ない。天道が伝えたかったことも、彼が味わった過去も、なにもかも。
なにより、このときの天道はエールにはなにも知らないままでいて欲しい、と願っていた。
ワームがまだ残っている、ということで調査は続行された。
殺人事件は起きていないものの、いまだ事件は未解決扱いだ。
エールも街に繰り出し、ガーディアンとして調査を続ける。
商店街の通りを歩いて、事件について訪ねようとしたとき背中から声をかけられた。
「エールちゃん、やっほー!」
「エリファスさん」
白い服に柔らかい金髪のショートカット。車椅子で生活する女性。間違えようもない。エリファスだ。
エールは今はもっとも会いたくない相手に会ってしまった。
事情はどうあれ、エールは彼女の大切な息子を殺すことには変りない。
殺す、と思考した瞬間胸がチクリと痛んだ。エリファスの車椅子がエールの傍に寄り、顔を覗きこむ。
「エールちゃん、もしかして具合が悪い?」
「え? そんなことはないよ」
「そう? 顔色悪いわよ。どこか痛いなら無理せずいって」
エリファスの気づかいに返事をする。エリファスは心配そうに体調を尋ねるが、真実を教えるわけにはいかない。
もしも、『あなたの息子は怪物に姿も記憶も真似されて、とっくの昔に死んでいる』などと言っても信じてもらえるはずがない。
それだけでなく、万が一真実を知った彼女がどれほど傷つくか。エールはとても怖かった。
嘘ですませることができるのなら、それがいいときもある。
そう割り切るにはまだエールは若かった。
「あの、エリファスさん……」
「はい、エールちゃん。どうしたの?」
エールがゴクリとつばを飲み込む。舌を湿らせて、どうにか言葉をひねり出した。
胸の鼓動がうるさい。それでも聞かねばならなかった。
「もしも……もしも、メカニロイドが死んだ大切なヒトのデータをすべてコピーして現れたら、そのメカニロイドは大切なヒトだと思う?」
奇妙な質問だとは自覚している。これ以外例え方を知らない。
エリファスは黙り込んでいる。エールの質問を理解しかねているのだろうか。
それもしょうがない。
「ごめん、唐突すぎた。これは忘れて」
「……そんなことはないわよ。エールちゃんが真剣だから、ちょっと考え込んだだけ。
そうねぇ、私はやっぱりそのメカニロイドと大切なヒトは違うと思うわ。死んだヒトは生き返らないもの」
エリファスは柔らかく微笑みながら、エールに答えた。
天道と似た結論にエールは意外に思う。
「……心をコピーしても?」
「ええ。だってかわいそうじゃない」
「かわい……そう?」
エリファスはエールに頷く。
エールにはジルと彼女の関係が重なるため、かわいそうという一言が不意打ちであった。
「『コピーしちゃったメカニロイド』は決して死んだヒトにはなれない。だから、それを大切なヒトの生き返りだって思ったら、ずっとそのメカニロイドは自分になれないのよ。かわいそうだわ」
エリファスの答えにエールは目を見開く。優しい彼女らしい答えだった。だからこそ辛い。
彼女ならきっと、ジルでなく怪物だと彼が告白しても受け入れそうだからだ。
エールはその可能性を摘みとる。今、なにが正しいのかエールにはわからなかった。
□
結局、三日の時間はエールに答えを与えなかった。
ポツポツと小雨が振り、空は厚い雲で覆われている。
昼なのに薄暗く、不吉な予感しかない空だった。
『エール……』
「大丈夫、モデルX。…………覚悟はできている」
エールはつぶやいて、店の自動ドアをくぐって中へ入っていった。
ここにジルがいるはずだった。できればエリファスは留守であって欲しいと願う。
暗い店内へと足を踏み入れ、エールは軽く眉をひそめる。
人の気配がしない。
『やられたか』
「そんなはずはない! だって、あのときの目は……」
『あいつの目を見れたのか?』
モデルZが鋭く尋ねる。エールは言葉を失って目を伏せた。
知りあいがワームだった。その事実に混乱し、言葉の真偽を確かめるのを怠ったのではないか。
エール自身もそう思っていた。
『そう結論をつけるのは早いと思う。とりあえず店内を捜索しよう』
モデルXが間を取り持ち、エールもモデルZも黙る。
別にモデルZは怒っているわけではない。単に冷静なだけだ。
多少動揺しているエールが店内を回ろうとした瞬間、通信機が鳴った。
「プレリー?」
『エール、まずいことになったわ。郊外にイレギュラーの反応を多数確認したの』
「まさか……ッ!」
エールは歯を食いしばる。もしかして、ジルの姿を奪ったワームがイレギュラーを指揮しているのではないか。
エールに自分を責める自虐の感情が芽生える。
―― メットールをマスコットにした遊園地が炎によって赤い色に染め上がる。
―― ヒトビトの悲鳴が上がり、人ごみの中、小さなエールは母親の手を握っていた。
―― イレギュラーの群れの銃弾で建物が破壊される。
―― エールを安心させようと振り向いた母親の後ろに、イレギュラーが現れて……。
あのとき同じことが起きるかもしれない。そう思うと、エールは居ても立ってもいられなかった。
エールは店をとびでて、モデルXとモデルZの力で赤い装甲のロックマンZXへと変身していた。
人の名前を刻んだ墓石をいくつも通り過ぎて、天道は目的の人物へと接触する。
天道が独自に調査を続けていると、ある事実が発覚したのだ。
だから、彼女が重要人物となり、問いただすことを決めた。
「突然すまない。あなたに尋ねたいことがある」
「あなたはエールちゃんを迎えに来た……」
「天道総司だ」
天道は簡潔に告げると、喪服を着たままのエリファスへ身体を向けた。
車椅子の彼女は花を墓へと添えている。この墓はあの殺人事件で身元がわからなかった者を収めているはずだ。
「……誰か知り合いが?」
「ええ。私の息子が」
エリファスの答えに天道は僅かに眉を動かす。
小雨が降ってきて、風が街路樹の葉を揺らした。
□
様々な種類のガレオンやメカニロイドが集まったのを見届け、プロメテはイライラした様子で歩きまわる。
合流する予定のワームがいまだにこないのだ。
先に到着したはずのマスクド・ライダーに選ばれし男。黒崎一誠も姿を見せない。
岩が露出し、小雨で濡れていくのを見届けてプロメテは苛立たしげに岩を砕く。
「まだか! まったく……」
プロメテはモデルVに絶望や恐怖の感情を与えるための今回の作戦に興味がない。
持ってきた戦力をワームに任せて、さっさと引継ぎを終わらせたいのだ。
エールと戦えるのは少し魅力的だが、まだ彼女に死んでは困る。
楽しすぎてくびり殺さないようにするのは難しい。
危ない思考を続けるプロメテは人の気配を感じて頭を上げる。
現れた存在からは普通でない雰囲気が漂っていた。
「キサマがここに派遣されたワームか?」
「……ええ」
プロメテはフン、と鼻を鳴らす。柔和な顔に黒ぶちメガネ。金髪の優男を擬態先に選ぶとは、よくわからないワームだ。
強者だとは聞いていたが、本当か怪しいものである。
「まあいい。さっさと……」
プロメテがイレギュラーの群れを押しつけようとした瞬間、嫌な予感がして地面を蹴る。
プロメテが消えた場所へ巨大な岩をスズムシを模したワーム、ベルクリケタスワームが投げ飛ばしていた。
岩はプロメテに掠りもしなかったが、ガレオンを十数体まとめて潰す。
「どういうつもりだ?」
「……見ての通りだ。ここから先は一歩も通さない!」
「虫けらがヒトの真似事か?」
プロメテが苛立たしげに大鎌を振るう。同時にイレギュラーたちもあのワームを敵と認めたようだった。
一斉砲撃がワームを狙う。クロックアップはクロックダウンチップを装備したプロメテの前では無意味。
されど、イレギュラーの砲撃はすべてワームに当たることはなかった。
ワームは冷静にすべての弾道を見極めて、針の隙間を通すように僅かな合間へと身体を押し込み、前へ前へと進んでいく。
「ほう」
プロメテは目の前のワームの戦闘力の高さに感心する。
今まではスペックを笠に着て、戦闘そのものは素人同然の連中が多かった。
イレギュラーの損傷が二割を超えたとき、プロメテの口角が釣り上がる。
「少しは楽しめそうだなぁ!」
プロメテの不機嫌はどこへいったのか。楽しげに笑いながら、大鎌をワームへと振るう。
風が唸り、鎌の刃を迫らせてプロメテは大きく笑った。
それは二日前のことだった。
ジルは白い店内に存在する花たちに手入れをして、綺麗に見えるように整えていく。
すべての作業を丁寧に行い、業者に渡す商品を準備した。
淡々と仕事をしていると、店の自動ドアが開いて客が入ってきたことを知らせる。
ジルは無理やり笑顔を浮かべて、客の訪問を歓迎した。
「いらっしゃいませ!」
「どうも」
「黒崎さん……」
白いスーツに白い帽子を被った、筋骨隆々の大男が現れる。
彼は店内の青いバラを手にとり、満足そうに頷いていた。
「我々のもとに戻る決心はつきましたか?」
「…………すみません」
「そうですか。残念です」
ジルは戻らない、と言外に告げる。黒崎は言葉通り残念そうに青いバラを愛でていた。
「強く、綺麗なバラを育てる。そんなアナタには生きていて欲しかったのですが」
「サソードすら彼女たちに渡した。僕は裏切り者だ。生かす必要はない、ということですよね?」
ジルが黒崎に向けて構える。顔には緊張が走っていた。
だが、意外にも黒崎は行動を起こさない。
「我々のこの街での目的は知っていますね?」
「ええ。それを聞いて……」
まだ死ねないとエールに告げた。その言葉を飲み込んで、ジルは黒崎と目をあわせる。
黒崎は不思議そうにジルを見つめていた。
「ならば覚悟は出来ていることでしょう。私はアナタを殺す気がありません」
「見逃してくれるのですか?」
「アナタしだいです。それでは」
黒崎はそう言って、店から離れていった。ジルの育てた青いバラは彼のお気に入りである。
逆に言えば、彼が今までジルを見逃してきたのもそれだけだ。
いつ殺されても不思議ではない。ジルはただ、唇をかみしめた。
調査を続けているうちに、天道は毎夜ある男の目撃証言があったことに気づいた。
周囲が気にもとめなかったのは、彼が殺人を犯すには不可能の距離で目撃されていたからだ。
クロックアップを使えば、アリバイなど意味をなさない。
ゆえに天道は殺人の夜、毎回外出していたジルへとあたりをつけたのだった。
「いつから知った?」
「最初からですよ」
エリファスはそう言って、花束を整える。
墓はとても綺麗で、彼女が何度もここへ来たことがわかった。
「…………同じ姿をしていても、同じ記憶を持っていても、わかってしまったのです。あの子はもう……生きてはいないのだと。親って難儀ですね」
「……復讐か?」
「最初はそうでした」
天道の問いに、エリファスは淡々と答えていく。
エールへと向けた笑顔は、今は力を失っているように見えた。
「ジルは……この子はすべてを奪われてここに眠ってしまっている。ジルの成長は私にとって生きがいでした。
だから、いつかあの子を……もう一人のジルを殺すために私は騙された振りを続けたのです」
「……結局、殺せなかったんだな」
「ええ。憎くて憎くてしょうがなかった。ジルじゃないのに、ジルの振りを続けるあの子に私は怒りをいだいていた。いえ、抱こうとしたの。
そうでないとこの子が悲しむと思って」
天道は無言だった。ワームの擬態は様々な事態を起こす。
彼女の身に起こったことは一番救いがなく、一番多く起こっていた出来事であった。
「けどね、楽しかったの」
「……それはあなたの息子じゃない」
「わかっている。わかっているけど……あの子は私を愛してくれた。ジルが残した店を一生懸命切り盛りして、ジル以上に私のこの身体に気を遣った。
……なんででしょうね。あの子が本気で私を母親として慕ってくれていることに気づいてしまったの。
ジル以上にジルらしく振舞おうとした。決して私にジルの喪失を気づかせないように努力していた。
そのすべてが……とても愛しかった……」
「だが、奴は同じことを繰り返した」
「ええ。あの子はジルにしたように、ヒトをまた殺してしまった。私は……あの子を信じた自分が馬鹿なのか考えたわ。
だけど私にあの子を殺すことは出来ない。だって……部屋を覗いたら、見てしまったの…………」
彼女は一旦言葉を区切り、思い出すように目を細めた。
天道はだいたい想像ついたが黙っている。
その行為は“心を持ったワーム”ならば全員がとるものであったからだ。
「あの子は自殺しようとして、それが叶わないで泣いていた」
天道は「そうか」とだけ答えて彼女を見つめた。気丈な女性だ。
すべてを許すというのだろう。天道自身は…………。
「あなた、ジルを殺しにきたのでしょう?」
「殺す以外に彼に救いはない」
「わかっていた。いつか終りがくるって……」
エリファスは花を整えて、天道に微笑む。
天道は無表情のまま、彼女に問うことにした。
「一つ聞かせて欲しい。あなたにとって、あのワームは息子なのか?」
「ええ。かけがえのない、ジルと同じく私の息子よ。たとえ罪を贖わないといけないのだとしても……」
エリファスの微笑みが天道には眩しい。彼女は本気で、ワームとしての彼を愛したのだ。
それでもワームは殺さねばならない。たとえ彼女を不幸にしても。
天の道は辛く険しい。だからこそ天道総司が往くのであった。
□
エールが郊外のエリアに踏み込み、周囲を見渡した。
今のエールは赤いアーマーを身にまとい、緑のクリスタルが額に存在している。
普段は黒いエールの髪が金に染まり、マフラーのように風になびいていた。
ロックマンZXとなったエールは敵の攻撃を想定して構えていたもの、視界に入ったものに驚く。
「イレギュラーの残骸……?」
『戦闘の跡だと? 天道が来たのか』
「わからない。先を進んで確かめる!」
疑問を口にするモデルZへ答え、エールは地面を蹴った。
エールは風を切って進むも、イレギュラーに襲われる気配は皆無だ。
目に映るのは残骸ばかり。エールの疑問が深まるが、足をとめる。
白い三角状のヘルメット。紫色のアーマー。死神のような大鎌。
振り向き凶悪な笑みを浮かべるそいつを、エールはよく知っていた。
「プロメテ……!」
「遅かったな。モデルZXのロックマン」
プロメテはそう言って、右手に握っていた虫の羽らしきパーツをエールに投げつける。
エールの四肢を麻痺させた、催眠音波を発していた部分である。
エールが視線を移動させると、プロメテの足元には全身に切り傷を負ったベルクリケタスワームがいた。
「エール……さん……?」
「まさかワームを手懐けるとは思わなかったぞ。毎回俺を楽しませてくれる。こいつのせいであの街を襲う計画がパーだ」
ワームの羽がエールの胸にぶつかり、はらはらと地面に落ちた。
それはどこか、花びらが落ちるのに似ている。ジロリとエールはプロメテを睨みつけた。
「…………ジルさんを離して」
「虫けらを庇うのか? 滑稽な話だ。こいつらはどの道、ヒトを殺さないと生きていけない種族というのに」
プロメテの言葉にベルクリケタスワームがうなだれた。
それでもエールは一歩踏み出す。たしかにエールは彼を殺そうとした。
だからといって、プロメテに踏み潰されたままの彼を放っておくわけにはいかない。
理屈じゃないのだ。あくまで感情でエールは動く。
ZXセイバーの柄が変形して銃となる。エネルギーをチャージ終えた銃口が、人一人分の大きさの光弾を吐き出す。
ジルを開放し宙に浮かんだプロメテを睨んで、エールは宣言した。
「聞こえなかった? アタシは離して、っていったのよ」
「クックック……いいぜ。ちょうどストレスが溜まっていたところだ。相手してもらうぞ!」
プロメテがハイになり、大鎌を振り上げた。
エールはZXセイバーを構えて迎え討つ。
二人が同時に距離を縮めたとき、エールの耳に『One,two,three』と聞き慣れた電子音が響いた。
「ライダー……キック」
稲妻の如く、カブトが落下して地面にクレーターができる。
プロメテは飛び退いて舌打ちをしていた。エールはカブトの背を視界に入れて、彼の乱入に驚く。
「天道……」
「無事か?」
カブトの問いにエールは頷いて無事を示す。プロメテが襲ってくると身構えるが、彼は宙に浮いているだけだ。
不機嫌そうに鼻を鳴らし、離れていく。
「逃げるの!?」
「見逃してやるだけだ。それに三対一は趣味じゃない。モデルVの生贄に都合がいい場所はまだまだ多いしな」
「なら一つだけ聞かせて! モデルV……もう一つあったの?」
エールの疑問はもっともだ。セルパンカンパニーに保存されたモデルVは破壊したはずだ。
あの象のフォルスロイド、ビッグドンの『モデルVへの生贄を作る』という任務から不思議に思っていたのだ。
そのエールにプロメテは馬鹿にしたように嘲笑した。
「もしかしてお前、あのモデルVですべてが終りだと思っていたのか?」
「どういう……こと!」
「あれで終わるわけがないだろう。あれはただの始まりだ。お前はしょせん、この腐れたロックマン同士の争いの駒なんだよ!」
プロメテは狂ったように笑い、カブトの銃撃を避け続ける。
エールを見下ろすプロメテは本当に愉快そうだった。
「さあ、ここまではいあがってこい。お前には選択肢はないのだからな……」
そう言って、プロメテの姿が消える。簡易転送装置だろう。
反応の探索はプレリーに任せるしかない。エールは歯を食いしばる。
ビッグドンの言葉から薄々は気づいていた。覚悟もしていたはずなのに、プロメテが肯定するだけでモデルVへの恐怖が蘇りそうだった。
エールは頭を振り、決意に満ちた瞳をプロメテが消えた先へと向ける。
「絶対にまた、アタシが止める」
エールのつぶやきは黒い雲に吸い込まれて消える。
モデルVとの因縁はエールが強い。こればかりはカブトに任せるわけにはいかなかった。
守るためのロックマン。それこそが彼女を支えるものであったのだから。
最終更新:2010年01月14日 12:31