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七話 AFFECTION [本物の愛情] (後編)  



 周囲にイレギュラーの反応はない。本当にジルがすべてを破壊したようだった。
 エールが視線をおろすと、傷付いた身体で立ち上がろうとするベルクリケタスワームの姿がある。
 エールは少しだけ思考して、迷いを振り切るように駆け寄った。
「大丈夫? ジルさん」
「エールさん。なにを……」
「いいから掴まって。そのケガじゃまともに動けないでしょう? 手当てしないと死んじゃうよ」
 困惑するワームに構わず、エールは彼を助け起こした。まだエール自身の感情も整理がついてはいない。
 だが、ベルクリケタスワームは街を守ったのだ。 
 確かにエールを襲ったのが、プロメテの言う通り『ヒトを殺さないと生きていけない種族』としての本能なのかもしれない。
 それでも街を守った分は報われるべきだ。少なくともエールはそう思った。

 ―― だからだろう。彼女は天道総司も、賛成してくれるのだと勘違いをしたのは。

 エールはワームに肩を貸して、ふとカブトへ視線を向ける。
 彼はただ佇んでいた。エールは怒ったように彼に言う。
「天道、つったっていないで手伝ってよ」
「…………エール。なんのつもりだ?」
「ジルさんを手当するんだってば。結構重いんだか……」
 エールの言葉を中断させるように、風の如くカブトは一瞬で通り過ぎる。
 カブトのふりあげた拳がワームへ直撃し、砲丸のようにワームは吹き飛んでいく。
 エールは軽くなった肩と、拳を振り下ろした体勢のカブトと、地面にたたきつけられるワームの姿を目撃した。
 思わず声を荒らげてカブトへ詰め寄る。
「天道! いきなりなにをするの!?」
「それはこちらの台詞だ、エール」
 カブトはエールを見もせず、クナイガンを片手に数歩進んだ。
 エールの背筋がゾクッとする。カブトはこんなにも、怖く見える存在だっただろうか。

「すべてのワームは俺が殺す。たとえそれが……人の心を持っていたとしても」

 まったく感情のこもらない、殺人機械のような声。
 エールが始めて見る冷徹なカブトの姿。
 すべてがトゲトゲしく、エールすらも否定してワームへと距離を縮めていった。


「天道、待って!」
 エールは思わず、天道とワームの間に身体を割り込ませた。
 正面から向けられる、カブトからの絶対零度の視線にエールは耐える。
『エール、これは天道が正しい』
「わかっている!」
 エールはモデルZの言葉に叫んで答えた。そうでもしなければ、自分の行為を肯定しきれる自信がなかったのだ。
「わかっているならそこを退け、エール」
「……だって、ジルさんは街を守ったんだよ! あんなにボロボロになって……」
「そいつが擬態したジルの心がそうしただけだ。ワームである以上、その守った街を破壊する運命にある。
ならばその前に殺してやることこそ、そいつに擬態されたジルを救うことになる」
「そんなのおかしいよ! 殺すのがジルさんを救うことになるって……ここにジルさんの心があるのに……」
「それは違うよ、エールさん……」
 エールの叫びの否定は、後ろのワームから持ち出された。エールは首だけを回して後ろを見る。
「これはジルの心じゃない。あくまでワームである僕の想いなんだ。……彼に殺されたいと思うのも含めてね」
「だったらなおさらおかしいよ! 自分の意志で誰かを守った結果が死ぬことなんて……」
 エールの想いの吐露に、ワームへジルの姿が重なった。最初に会ったときと変わらない、柔らかい笑みのジルがそこにいる。
「ありがとう、エールさん。僕はその言葉だけで救われる。だからもう、いいんだ。君が僕を庇う必要はない」
「…………覚悟は出来ているな?」
 カブトの確認の言葉にワームが頷く。こんどこそエールの制止を無視して、カブトの拳がワームを吹き飛ばした。
 それでも倒れることはないワームに、カブトは胸へ次々とつるべ打ちをする。
 エールの前でカブトの猛攻は容赦がなかった。
 カブトのクナイガンがワームの左手を跳ね飛ばしたとき、エールの身体が反応する。
 そのエールをモデルZの鋭い声が止めた。
『エール、止めるな』
「でも……でも……」
『でも、なんだ?』
「……これでいいの? アタシは……アタシは……」
『…………エール、もう一度いってやる。“そのまま”で天道を止めようとするな』
 含みのある言い方に、エールはモデルZと目を合わせる。
 モデルZは冷静に、淡々と悟すように言葉を続けた。
『今あいつを助けるのは、ジルが持った覚悟も、天道が汚れ役を引き受けたことも否定することだ。
それを否定するなら、まずはお前の中の納得いかない感情を理解しろ。そして理解してあいつらが受けた汚れをお前が行うと覚悟するなら止めろ』
「モデルZ……」
 エールは目をつぶり、なぜ自分がここまで二人の争いに拒否反応を示すか思考をする。
 自分の感情の出所を探っていると、微笑む女性の姿があった。
 彼女のことはジルは納得して逝くのだろう。なぜかエールにはそれが腹立たしい。
 そうだ、ジルは彼女にまだなにもいっていない。なにも確かめていない。
 逃げるような行為にエールは腹がたってくる。
(そうか……)
 エールの脳裏に十一年前のイレギュラーの襲撃事件を思い出す。
 幼いエールは母親になにも伝えられない。なにも想いを確かめられない。
 だからこそ、エールにできないことがまだできるジルに、その可能性を摘み取る天道に納得がいかなかった。
「力を貸して、モデルX、モデルZ!」
『……決まったか』
『わかっていたよ。いこう、エール』
 エールは大きく頷いてロックマン特有の高速移動方法、ダッシュを繰り出した。


 雨が強くなり、水滴がカブトやワームの体表に跳ねていく。
 ビチャビチャと水たまりを踏み進むカブトの蒼い瞳が、ワームを捉えた。
 右手がカブトゼクターのボタンを押し、カウントダウンを告げる。
「終りだ、最後に言い残すことはあるか?」
「……いえ」
 ワームの答えにカブトは無反応。ゼクターホーンを操作して、タキオン粒子のエネルギーを足へ送る。
「ライダーキッ……!?」
 左足を軸にハイキックを決めようとしたカブトに、割って入った赤い影が剣を振るった。
 ライダーキックの衝撃と、チャージセイバーの衝撃波がぶつかる。
「エール!? くっ!」
 カブトは足の軌道を微修正し、チャージセイバーの衝撃だけを中和した。
 威力を削るためにライダーキックの力は失われる。もう一度チャージをしなければならない。
 もっとも、重大なのはそういうことじゃない。
 カブトはエールを睨みつけた。
「もう一度いうぞ。なんのつもりだ?」
「エールさん。僕はもう……」
 カブトからエールへ、始めて殺気が向けられる。肌がピリピリ粟立って震える一歩手前だ。
 ジルからはエールへ、懇願するような言葉を向けられる。
 それらすべてに、エールは歯を食いしばって叫んだ。

「うるさい!!」

 エールの怒声がジルとカブトを貫いた。呆気に取られている二人を前にして、エールはジルの胸ぐらをつかむ。
「まだ、ジルさんにはやることが残っている。エリファスさんに……あなたのお母さんになにも告げていないじゃない!」
「けど……僕は……」
「ワームだから? 息子を奪ってしまったから? そんな理由でエリファスさんを一人にして、そのことも謝罪しないで一人で死ぬなんてただの逃げよ!
アタシは認めない。エリファスさんにすべてを話して、それでも死にたいっていうならアタシが殺してあげる。だから、エリファスさんに会うまでは生きて!」
 ポカン、とするジルを前にエールは一気にまくし立てた。メチャクチャな理屈をいっているのはわかる。母親と慕った相手を絶望させたくないというジルの優しさもわかる。
 だけど、エールの脳裏に浮かぶ光景は変わらないのだ。

 ―― メットールをマスコットにした遊園地が炎によって赤い色に染め上がる。
 ―― ヒトビトの悲鳴が上がり、人ごみの中、小さなエールは母親の手を握っていた。
 ―― イレギュラーの群れの銃弾で建物が破壊される。
 ―― エールを安心させようと振り向いた母親の後ろに、イレギュラーが現れて……。

 エールは決着をつけられない辛さを知っている。ジルをこのまま死なせては、エリファスは一生息子の死と向き合う機会がなくなってしまう。
 だからこそ、大切な人間に消える理由も告げず一人にする彼が許せなかった。
「天道、あなたは確かに正しい。だけど、アタシも決めているの。皆を……心も含めて守る。そのためにロックマンになった!
アタシはジルさんに、エリファスさんの心を救わせるまで……彼を死なせない!」
「そうか、ならば俺も言わせてもらおう。エール、お前は優しい。だが、俺は決めた。天の道を往き総てを司るとな。
ゆえにその男が大切なヒトを己の手で殺す前に……俺が殺す」
 カブトがクナイガンを構えて腰を落とす。エールもまた、ZXセイバーを起動して構えた。
 パラパラとふる小雨が、ZXセイバーのエネルギーの刃に触れて蒸発する。
 地面を踏み込み、水が跳ね上がる。エールは剣を横薙ぎに振るいながら接近を開始した。


 キィン、と甲高い金属音が轟いた。エールは衝撃に身を任せ、後方に跳躍するがカブトを振り切れない。
 右や左、上や下、斜めに刺突と自由自在に変化する斬撃を、ZXセイバーで迎撃する。
 二、三撃防ぎきれず、エールの左腕から血が吹き出した。ガーディアンベースで治療したのが無駄になったようだ。
(強い……)
 カブトの攻撃は無駄がなく、息をつく暇もない。
 さらに斬撃だけでなく、拳や蹴り、投げにも注意しないとエールは一瞬で意識を奪われるだろう。
 そうなればカブトはジルを殺す。エールはギリッ、と奥歯を食いしばり踏ん張った。
 防戦一方ではいずれ倒される。エールはカブトのクナイガンの軌道だけに集中する。
(一撃……一撃だけ迎撃すれば、あとはチャージショットを叩き込める!)
 すでにバスターのチャージは終えていた。隙を生み出すためにどうしても一撃だけ逸らす必要がある。
 だが、カブトの斬撃は速いだけではなく重い。一撃一撃が腕をもぎかねない威力だった。
 バスターはともかく、セイバーまでチャージする暇などない。下手に仕掛ければ、カブトから手痛いカウンターを受けるだろう。
 ふと、他の形態ならどうだろうかと考えて、エールは切り捨てる。
 ドレイクを使った形態では攻撃を受けとめきれない。サソードを使った形態にエールはまだ不慣れだ。
 唯一対抗できる可能性があるのは、ロックマンZXの形態だけ。クロックアップを使わないことを祈る他にない。
 そう思考を進めていたエールの前で、カブトが力を溜める。今が攻めどきかどうか、エールには判断がつかない。
『突っ込め、エール!』
 モデルZのアドバイスに反応して、エールは直進してセイバーを振るう。
 胸を強打されてカブトが体勢を崩した。いまだ。
「当たれぇ!!」
 人ほどの大きさの青いエネルギー弾がカブトを襲う。選けきれないはずだ。
『Clock up』
 しかし、光弾はカブトを撃たない。切り札を使われてしまった。
 エールはすぐさまクロックアップ対策にドレイクゼクターを取り出したが、掴んでいた右手に衝撃が走った。
「つっ!?」
 ドレイクゼクターを取りこぼし、さらにエールの右脇腹が強打されて短くうめく。
 続いて胸元へ蹴りの感触が走り後ろへと一直線に飛ぶ。
 一瞬の間もおかず、今度は背中を思いっきり殴打され宙へ浮かんだ。
『Clock over』
 ようやく地獄は終りだ、と思ったエールの視界にカブトがゼクターホーンに手をかけている姿が映る。
 ライダーキックを受ければエールは一溜まりもない。
 カブトのことだから手加減はするだろうが、少なくともこの場は気絶する。
 エールがZXセイバーを構えるが焼け石に水だ。ジルがエールの名を呼んで立ち上がったが、傷の痛みに耐えられなかったのかすぐ倒れる。
「お前が力を貸すとはな、モデルZ」
『エールの判断は正しいとは思っていない。だが、正しいことよりも重要なことがある』
「確かにな。だが、これで終りだ。ライダー……キック」
 カブトのつぶやきにエールは覚悟する。せめて意識だけは手放さないよう全身に力を込めた。
 その場全員が決着をついたと思ったとき、電子音は雨が降る音をかき消して届いた。
『Rider beat』
 黄金の人影がエールとカブトの間に割って入り、空中で飛び蹴りの体勢をとるカブトへと拳を振るう。
 ライダーキックと、その拳が拮抗して衝撃波がエールを吹き飛ばした。
 衝撃波の影響を受けながらも空中でどうにか体勢を整えて、エールは着地する。
「う…………そ……!?」
「どういうつもりだ?」
 エールの驚愕の声と、カブトのあくまで冷静な声の前に立つ男。
 金色の仮面ライダー、コーカサスは青いバラを掲げて登場した。
「ロックマンの少女、ジルを連れるなら今のうちに行いなさい」
「どうし……って、今はそんなことを聞いている場合じゃない。じゃあ、お願い……」
「頭のいい娘ですね。嫌いではありませんよ」
 コーカサスがそう好意を示すが、エールは無視した。
 背中を襲われないか警戒しながらもジルへ近づく。
 なぜコーカサスが手助けをするのかわからなかったが、ジルを連れ出すのは今この瞬間をおいて他にない。
 エールがジルの肩を担いだとき、周囲を衝撃音がほとばしる。
 エールはとにかく、ジルを連れてその場を離れた。


 カブトはコーカサスの謎の行為に眉をしかめて組み付く。
 ギリギリと力でコーカサスは無理やりカブトを締め上げた。
「なぜあのワームを救った」
「なに。アナタがあの少女に肩入れするように、美しく強いバラを育てる彼に肩入れをしただけですよ。
死に場所を選ばせてあげるくらいはいいでしょう」
 そう言って二人は蹴りをぶつけ合い、距離をとる。
 カブトのクナイガンを前にコーカサスは構えた。
「それにしてもアナタも甘い。ワームと戦うのならいずれ出会う障害です。なのに、彼女に恨まれてでも汚れ役を引き受けるとは」
「……エールは優しい。ワームと戦う上で避けられないというのなら、俺が背負えばいい。ただそれだけだ」
 カブトの脳裏に自分が始めて心のあるワームを殺した光景を思い出した。
 自分の名を呼び、殺してと懇願する大切な存在。
 織田が天道の瞳に闇を見つけた理由は……。
「過保護ですね」
「おばあちゃんが言っていた。俺はすべての兄になるべき存在だと」
「ならば、あの妹を守ってみることです。天道総司」
 コーカサスは静かに告げて、筋肉をふくらませた。
 知らず二人は殺気だけを乗せて、降りしきる雨の中ぶつかり合う。
 甲高い金属音だけが、荒野になんども轟いた。

□

 息も荒く、互いの息づかいが聞こえる中二人は雨で濡れる道をただ進んでいった。
 やがて、無言だったジルが口を開く。エールが傷に障ると忠告するが聞く様子がない。
「エールさん……僕を殺してくださ……」
「もう一度いったら殴るよ!」
 ジルは困ったように笑い、エールは必死で足を動かす。
 ドレイクを使おうか迷ったが、ジルのケガが怖い。
「……僕は人間を見下していた。ワームはもっとも優れて、他の生物を下すべき存在だって」
「今は違うんでしょう?」
「……よくわからない。ジルを殺してなり変わったのはただの気まぐれだったよ。ヒトがたまに口にする愛。それはいったいなんなのか興味を持った。
だって、記憶の中のジルは母さんと共にいて、とても……とても幸せそうだった」
 ジルの顔をエールは覗き込むと、彼の視線には羨望と優しさが混ざっていた。
 ワームだとしても、心を持てばこんな表情ができる。いったいワームとはなんなのか、エールは疑問を持った。
「僕はジルが羨ましかった。最初は自分の感情に気づかなかったけど……今ならわかる。僕は羨ましかったんだ。
だから最初は母さんに対してジルの真似をして、喜ぶことに優越感を感じていた。最低だろう?」
「だから殺して欲しいの?」
「…………そうだね。僕は怖いんだ。だから殺して欲しい。母さんに僕の正体を知られることも、母さんを騙していたことも、母さんに恨まれることも、母さんにジルを殺したことを責められるのも、とても向き合える気がしない。
自業自得さ。あの日ジルを殺しさえしなければって、なんども思った。もう取り返せない過去なんだ。
だからお願いだ。エールさん、母さんに僕の醜いところをみられる前に、いっそ……」
「ジルさん、それはあなたのワガママだって理解しているでしょう?」
「ああ、そうだ。僕のエゴさ」
「だったら――アタシだってアタシのワガママでジルさんに打ち明けてもらう。苦しんでもらう。
……それに怖いのはそれだけじゃないでしょう? ジルさん、そんなにエリファスさんを殺すかもしれないことが怖い?」
 ジルは目線をエールへ向けた。やがてフッとワームの顔のまま息を吐き出し、続きを紡ぐ。
「……どういう意味でいっているのかな?」
「今まで殺人を二度続け、アタシを襲った。けどその後すぐアタシを殺さず、むしろ助けようとした。
プロメテが言っていたことも聞いている。ワームは……ヒトを殺し続けないといけないの?」
「……日常生活を送るのには支障はなかった。だけど、闘争心が高まると我を忘れてしまうんだ。
そうさ、僕は母さんを殺してしまうことが一番怖い。母さんを手にかけてしまえば――自分の手で自分を殺す手段のない僕は生きて地獄味わう。
そんなのは耐えられない! 耐えたくない!」
 ジルの感情の吐露がエールに届く。エールはただ、表情を曇らせるだけだった。
 もはや結論は出ている。ジルはエリファスを本当の母親に対するのと遜色ない愛情を抱いていた。
 大切なヒトだからこそ、醜いところをみられたくない。殺したくない。そんな感情は当たり前だ。
 お節介なことをしているとは自覚している。自分のすることが正しいのか迷う。
 それでも、天道を否定してしまったのだ。辛いこともエリファスの恨みも自分が引き受けると決めた。
 いまさら引き返す気などない。エールが足にさらに力を入れた後。
「エールちゃん……?」
 エアカーから降りたエリファスの姿が見えた。


 雨音が酷くなり、服が水を吸って重くなる。車椅子が機械式だとしても、移動には一苦労のはずだ。
 エールの肩からジルが逃げ出そうとする。エールは押さえてたが、ワームの姿である彼をエリファスが気づくはずがない。
「……ジル……なの?」
 エリファスの言葉にエールは驚いた。ジルもまた呆然と立ち尽くす。
 車から降りて彼女はジルへと近づいてきた。
「そう、それが……あなたのもう一つの姿ね」
「母……さん」
 ジルのつぶやきに混沌とした感情が混ざっている。エールは驚くだけですんだが、彼はそうはいかない。
 今まで母親はなにも知らないと思っていたのだ。その考えを目の前の女性は打ち砕く。
 車椅子に座るせいでエリファスは見上げる形になるのだが、彼女の瞳には確信が宿っていた。
「なん……!?」
「ごめんなさい、ジル。もっと早く言うべきだった。私はあなたがジルを殺してなり代わったことも、ヒトではない存在であることも、殺人事件があなたの手によるものだということもずいぶん前から知っていたわ」
 エリファスは一度目を伏せて震えた。噛み締める唇は青く、雨が彼女の体温を奪っていることを知る。
 それでもエールは一歩も動けなかった。エールの出る幕はない。
「わかっていたのに、私はなにも出来なかった。怖かったから……あなたに私の、醜い内面を知られるのが怖かったから」
「母さん……?」
「私は最初、あなたに復讐をしようと思っていたの。あなただけは私の手で殺したいから、ジルの振りをさせ続けて、他の人の死を見逃した」
「嘘だ……嘘だ……」
「ジル! 私は愚かだったのよ。だからこそ、あなたの擬態に気づかない振りをした。だからこそ、あなたを愛している振りを続けていた」
 ジルはよろよろとタタラを踏む。無機質なワームの顔だが、ショックを受けているのは一目同然だ。
「……けど、あなたは不器用すぎたのよ」
「不器用……?」
「ジルの真似をしようとするくせに辛そうで、私を騙そうとしているのに、本音でぶつかってきたじゃない!
どうして私に優しくするのよ……どうしてこの街を半年の間守っていたのよ……」
 言葉を失うジルに、彼女は車椅子を進めた。茶色い、スズムシを擬人化させたような姿。
 そのジルの手をエリファスは両手を包みこむ。
「……今まで逃げていてごめんなさい。ジル……いいえ、もう一人のジル。私はあなたを憎んだ。
けどそれは、時間が解決してくれた。そして私はあなたを失うことを恐れて、あなたの罪を犯すのを止められなかった。
そんな私でも……あなたのお母さんでいいの……?」
 エリファスの言葉を最後に、周囲には雨の音以外はシャットダウンされる。
 まるで世界がジルとエリファスの二人だけになったようにエールは感じた。
 どれくらい沈黙の時間が流れただろうか。ジルが金髪に黒縁メガネの青年の姿へと戻る。
「……母さん」
 そして、その一言が彼女へ対する答えだった。彼は泣きそうな顔をしていた。
 いや、ジルだけではない。エリファスもまた、笑顔に涙を浮かべていた。
 雨が降っているため、よく観察しなければわからない。エールはホッとため息をついた。
 ジルが泣き崩れそうになったとき、ピクリと身体を硬直させた。
 エリファスが心配そうに覗きこむが、ジルは自分の右手を包むエリファスを突き飛ばした。
「ジル……?」
「触っちゃダメだ、母さん!!」
 ジルは叫んで後方に跳躍する。エールが止める暇もない。
 エリファスと距離をとったジルは両膝をついて、獣のように吠えた。
「ジルさん!」
「がああぁぁぁぁ……駄目だ……母さん。僕は……僕を抑えられない……うあああぁぁぁぁぁぁ!!」
 発作のようにワームとジルの姿を行き来してのた打ち回る。
 ついにきてしまったかとZXセイバーを構えるが、動けない。
「エールさん……早く!! 僕が僕であるうちに……僕は……ワームとして死にたく……あああぁぁぁぁああぁぁぁッ!!」
 それは突然、あっさりと訪れた。ジルは身をベルクリケタスワームへと変えてエリファスへ接近する。
 エリファスはすべてを受け入れたような顔をしてただベルクリケタスワームを見つめていた。
 エールの脳裏に彼の言葉が蘇る。

 ―― そうさ、僕は母さんを殺してしまうことが一番怖い。

 エールは無理やり二人の間に割り込み、残った右手で貫手を繰り出すベルクリケタスワームの一撃を受け止めた。
 ZXセイバーに火花が散り、獣の咆哮が先程まで優しかった青年の口からほとばしった。
「やめて……正気に戻ってよ! ジルさん!!」
「ガアアアァァァ……めだ。エールちゃ……僕を……ころ……」
 ベルクリケタスワームの瞳に理性が戻ったのは一瞬だけだった。
 羽がもげて、左手を失い、全身傷だらけの怪物はエールへとでたらめに殴りつける。
 エールのZXセイバーをくぐり抜け、ベルクリケタスワームの拳が腹部に直撃した。
 エールは空気をすべて吐き出し、地面を転がってエリファスの傍に倒れる。
「エールちゃん!」
「エリファスさん……お願い。いまは逃げて……。絶対アタシが……アタシが元のジルさんに戻すから!」
 そんなことは無理だとわかっている。ただ感情が納得しないだけ。
 出気もしない口約束をして、エールは立ち上がる。
 だがエリファスは一歩も動かず首を振った。
「エリファスさん?」
「エールちゃん、それだけは出来ない。あれはジルだけの罪じゃない。私の罪でもある。
私は……ジルと過ごすために罪を見逃してきた。それでジルが苦しむのに……死んだジルも望んでいなかったはずなのに……」
 エリファスはエールに懇願するように頭を下げる。
 彼女のどこまでも真剣な態度は、真剣な表情はエールを戸惑わせた。
「だからお願い。ここで……見届させて……」
 エールはなにも言えない。言葉を失っていたのだ。
 彼女はもう、ジルの死を覚悟している。覚悟ができていないのはエールだけだ。
 ベルクリケタスワームの右拳をZXセイバーで払い、サソードヤイバーをエールは取り出した。
「モデルX……お願い」
 モデルXは答えず、自らの額を輝かせた。光に誘われてサソードゼクターが現れる。
 ベルクリケタスワームが突進してくるが、エールはサソードヤイバーで胸部を斬り裂いた。
 ワームの絶叫を耳にしてエールは顔を歪めたまま叫ぶ。

「クロスロックオン!!」
『Change ROCKMAN』


 電脳世界のような空間に、エールの意識は隔離される。
 モデルXがサソードヤイバーから生産される六角形の金属片を光に変換し、エールの全身を包んだ。
 光が拡散しきり、装甲を形成する。両腕に黒い装甲が形つくり、実体化した。
 尖ったようなショルダーアーマーが生まれ、チューブが伸びて両手の篭手へと接続する。
 液体が流動する透明のチューブが、肩と腕につながれた。
 ふくらはぎと脚が濃い紫色の装甲とブーツに保護される。
 腰にドレイクと同じく、中央にZECTと刻まれた銀色のベルトが巻かれた。
 青いエールのジャケットが硬質化し、紫色に染まる。
 サソリを模したヘルメットがエールの頭部を包み、瞳の上の二つのクリスタルが幾何学的な模様を浮かび上がらせる。
 カッ、と目を見開いたエールは、ロックマンSX(サソードエックス)となってワームを睨みつけた。
「クロックアップ……」
 ためらうような言葉でエールは加速空間へと突入する。ワームはとっくに起動していた。
 降っていた雨が中空で止まり、無数の水玉が浮かんでいる。
 エールは水玉を破壊しながら進み、ワームの爪を受け止めて押す。
「ジルさん、聞こえる!? ジルさん!!」
 エールは必死で呼びかけるが、ワームからは獣の声しかしない。
 サソードヤイバーを構えるエールの言葉は届かない。
 わかっていたはずだ。覚悟していたはずだ。
 なのに、エールにはこの刃を首にかけることが出来なかった。
『ためらうな、エール! こうなったら他に手はない』
『エール、辛いのはわかるよ。だけど、こうでもしないと彼は救われない……』
「わかっている、わかっているけど……」
 ここには彼の母親がいる。エールはこの親子に、イレギュラーに襲われた自分を重ねてしまったのだ。
 あの日エールの目の前で母親は死んだ。彼の母親は、目の前で息子の死を見なければならない。
 たとえそれがエリファスの覚悟の上であったとしても、エールの刃を鈍らせるには充分であった。
 エールがワームの突進に跳ね飛ばされる。地面に叩きつけられて、雨で柔らかくなったことに感謝をした。
 泥が跳ねてエールの頬につく。滲む視界の中、ワームはクロックアップで動けないエリファスへと迫っている。

「ダメェェェェェェェェ!!」

 エールが叫んで、地面を駆ける。ワームの右手はエリファスへと刻一刻と迫っていた。
 迷う暇などない。サソードゼクターの尾を押し込み、エネルギーを刃にためる。
 もはやエールの頭の中は真っ白だ。降りしきる雨の中、『Rider slash』の電子音だけが響く。
 エリファスの手前でワームの腕が止まるのをエールは目撃し、エネルギーを纏う刃でワームの胴を薙ぎ斬った。


 ―― メットールをマスコットにした遊園地が炎によって赤い色に染め上がる。
 ―― ヒトビトの悲鳴が上がり、人ごみの中、小さなエールは母親の手を握っていた。
 ―― イレギュラーの群れの銃弾で建物が破壊される。
 ―― エールを安心させようと振り向いた母親の後ろに、イレギュラーが現れて……。

 ―― そのイレギュラーの姿は、今のエール自身だった。


 ザアザアと激しい雨音が外界の音を拒絶する中、上半身だけのワームを抱く女性がいた。
 エールはただ、その姿を見ることしか出来なかった。
 割って入ることの出来ない、親子だけの世界。
 物言わない息子の死体を抱えたまま、エールはエリファスの言葉を待った。
「エールちゃん」
 エールはビクリと身体を震わせる。罵られるのも、恨まれるのも覚悟した。
 彼女にはその資格がある。

「ありがとう……この子の望みを叶えてくれて」

 だが現実は甘くはない。エールは彼女に恨み言をいわれることも、嫌われることもない。
 ただただエリファスは、息子の望みを叶えたことに感謝の気持ちを示すだけだ。
 それも当然。エリファスはジルの母親で、彼の望みを理解したのだから。
 それこそが、許しこそがもっともエールを責める行為だと本人も含めて、誰も気づかなかった。
「アタシは……アタシ……は……」
 エールは雨の中、愕然と膝をついてうわ言のように繰り返す。エリファスに聞こえないようにするのが、精一杯の気づかいだった。
 エリファスがいっそう強くジルを抱いたのを確認して目を見開いて喘ぐ。
 エールは彼女とジルの世界を邪魔しないように、誰にも聞こえない心の痛みを吐き出さず抱え込んだ。
 エールの悲鳴は耳には届かない。
 ただ、彼女と共に戦場を駆けたライブメタルたちの心に届いた。
 しかし、彼らにもどうすることもなく、エールは雨の中顔をあげる。
 泣いていた彼女は、叫ぶことも許されずにただ雨にうたれているだけだ。


 これが、エールが始めて心のあるワームと出会い、殺したミッションであった。


To be continued……

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最終更新:2010年01月14日 12:44
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