時は西暦2009年の7月。真っ赤な太陽が地球を睨み付け、その暑苦しいまなざしにより
地球の上半分はやたらと暑くなる。下半分はと言うと抜け目なくその視線からは逃げられたものの、
冬将軍率いる冬軍団の襲撃を受け、現在厳しい寒さと戦っているところだ。そして、地球自身はというと
人間という生物が撒き散らかすシーオーツーに代表される温室効果ガスのせいで
常に温かい状況になってしまっている。
そんな地球のために人間はこれから何をすべきなのだろう。それを考え、実践して
行くのがこれからの人間の使命だろう。特に先進国という技術が進んだ国に住う人間は。
さて、地球の上半分、地球最大の大陸であるユーラシア大陸の東端から更に海を渡ったところに
日本という小さな島国がある。世界で2番目の国民総生産を誇る経済大国であり
まごうことなき先進国であるが、それが実感できるのはえてして都会であり、
山中の田舎町ともなれば都会に住む人間からすれば同じ国だとは思えないのではなかろうか。
この物語は、その日本のとある田舎町を様々な理由で訪れ、異変に巻き込まれた人間たちの群像劇である。
日本には、47の都道府県がある。小学生の頃社会の授業で習うのだが、白紙の日本地図を見ると
何処が何県なのか47全てを正確に答えられる人間は日本の人口一億二千万のうちに
果たして何人いるのだろうか。
さて、その日本地図を見てみると、首都、東京から左に少し行ったところに長野という県がある。
1998年には冬期五輪が開催された場所でもあり、たくさんのドラマが生まれた場所だ。
その長野県の県庁所在地である長野市からローカル線で一時間半程行った後、終点の駅で降り更に2時間に
一本出るかどうかのバスに乗り込み、一時間程一応はアスファルトで舗装されている山中道路を
走り、ようやくたどり着くことができる村がある。
名を羽見沢(はねみさわ)村という。人口およそ2000人程の、村というよりは集落と
言ったほうが適当かとも思えるような小さな村だ。この辺りは日本屈指の豪雪地帯であり、
冬ともなると年寄りばかりで雪下ろしがきついのだろうと訪れる人間は思うのだが
2000人の中で老人の人口は2割程度であり、後の8割はこの村の主産業である農業に従事する
農家のおじさんやらおばさんが全体の5割程で、残りの4割が若者や、まだ幼い子供である。
雪下ろしはこの村では若者の仕事であり、お年寄りは苦労していないのだ。もっとも、今は7月であり、
今はそんな話はあまり関係がないのだが。さて、この村では毎年この直になると
村の神社、名を『古手(ふるで)神社』というのだが、その村で行われる祭りが
あるのだが、これが幻想的で美しいと訪れた人達から口コミで人へと伝わり、
それなりの観光客が訪れるのである。
ただ、余所者がこの村にみだりに出入するのをお年寄たちは何故かあまり快く思っておらず
特にこの村を代々治めて来た『園崎(そのざき)家』の現当主である
園崎お魎はその筆頭とも言える存在であり、
この村の農業を取りまとめる太田家、古手神社の神主を代々務めて来た古手家、
この村に隠されるとある禁忌を守る神代(かじろ)家と並び、
その当主達と長きに渡ってこの村を守って来たという歴史がある。
園崎お魎は親族から鬼婆として恐れられ、この羽見沢村の頂点として君臨しているが、
他の当主たちは彼女を前にした、通称『御前会議』においても臆することなく意見する。
ちなみに、現当主はそれぞれ、太田家の太田常雄、古手家の古手梨花、神代家の神代淳、である。
この4家によりこの村の全てが治められているのでこの村には村長という役職がなく、
この『御前会議』で決定したことにより村は動くのだ。
さて、その4家の体制だが、園崎お魎の独裁体制、というわけではなく、各々が各々の分野にて
持ち寄った議題をこの会議にて議論し、そして多数決により決めるというものだった。
多数決の場合、4人だと決着がつかないということもあるので、各家は親族から1人を同席させるのだ。
園崎お魎は次期当主で孫娘である園崎魅音、まだ高校生くらいの少女である。
太田常雄は娘の太田ともえ、もう26歳になり、そろそろ婿をもらってもいい年齢である。
古手梨花だが、彼女にはとある理由により親族がいないので古手家は彼女一人で出席することとなる。
神代淳は許婚の神代亜矢子、はっきりいって世間知らずのお嬢様で、太田ともえとは
常に反発している。会議はこの7人で行う。
さて、今回の議題はというと、間近に控えた古手神社での祭り『綿流し祭』についてである。
古手神社の巫女、古手梨花が巫女装束を身に纏い、神具である鎌で布団を切り裂き、
中の綿をこの村を流れる『四鳴(しめい)川』に流すことでこの村の汚れを浄化し、
その年の住人たちの健康と農家の豊作を祈願するという催しだった。
この祭りを一目見ようと遠方からも人がやって来て賑やかになり、村の活性化にも繋がる。
しかし、余所者がこの村にみだりに出入りする事をよしとしないお魎が待ったをかけた。
今年は『綿流し祭り』を中止にしようと言い出したのだ。今年に限って。これに対し、古手梨花は当然反発した。
いつもならばお魎はここで物凄い剣幕で怒鳴り、彼女を黙らせてしまうのだが、
この祭りは豊作も祈願している。村の農業の一切を取り仕切る太田常雄がこの事態を見過ごすはずがない。
すかさず梨花を擁護したのだった。無論、ともえも。この時点で多数決を取れば結果は3対2。
綿流し祭は実行されることになる。しかし、もしか神代家の2人がお魎に肩入れ
するようなことがあれば綿流し祭は中止となる。つまり、この会議の鍵は神代家が握ったことになる。
他の出席者もそれは重々承知している。お魎は物凄い眼光で淳を睨み付ける。圧力をかけているのだ。
しかし淳はその眼光に臆することなく、フッと鼻で笑ってお魎に言い返す。
「お魎さん。お年寄のわがままに僕らを巻き込まないでもらえませんか?
それに、余所者なんてこの時期にしか来ないんですから少しくらい我慢してくださいよ」
この淳の言葉により、会議の結果は決まった。多数決の結果は5対2。無事に綿流し祭は
執り行われることになった。それが、この村を破滅へと導くことを、この時知っていたのはお魎だけだった…
『序章』 完
最終更新:2009年12月24日 19:58