白い闇の中で、蒼い炎がゆらめく。
燃えているのは倒れ伏した男の体と、彼の腹に巻かれているベルトだ。
ふたつの生命の終焉をあらわすかのように、どこか現実感のない焔は静かに息づいている。
木場。炎の中で朽ちゆく男の名を呟いたのは、彼よりもいくらか若い青年だった。木場のそれとデザインの系統を同じくする
ベルトを身につける彼は、世界に君臨した巨大複合企業・スマートブレインが敵と定めた者のひとりである。
だが、死の淵から蘇り、ヒトの姿をとりながらも様々な動植物の力を得たものに変化できる、ヒトの進化形。
オルフェノクへの進化の因子が体内になければ、ベルトの“適格者”になれないという前提があるとはいえ――
彼らのほとんどを生み出し、保護していると言ってよいスマートブレインに反逆する彼らの姿勢は皮肉なものだった。
もっとも、それ以前にこちらと同じオルフェノクでありながらこの組織より離反した男の例もある。
スマートブレインの前社長であり、三本のベルトを世に送り出した花形こそは、この現状をつくった要因であるといえよう。
同族であるオルフェノクに未来はないとうそぶいた彼は“オルフェノクの王”を守護するためにあったファイズとカイザの変身
デバイスを人の手に渡し、その適格者に加えていずれは王となるやも知れぬ孤児を集めていたものだ。
彼の行動が効を奏したのかどうか、適格者たちには残りひとつのベルト・デルタの力さえ奪われたこともある。
それどころか、灰と化した木場のもとから立ち上がった青年。乾巧には、ことに辛酸を舐めさせられた。
こちらが手駒にした木場をも倒したファイズが顕現させた刃でこの首をはねた瞬間は忘れられるものではない。
しかし、二度目に訪れた死の可能性から救い出された自分は、世界に住まう者のほとんどをオルフェノクに変えることがかなった。
そればかりか、流星塾の青年から奪ったデルタのベルトより天と地を司る力を手にし、一度はファイズを放逐したというのに。
レオ。天のベルトの力を操り、あのカイザを殺すほどの適格者までも見出すことがかなったというのに。
木場勇治。地のベルトへの適性に加え、少数ながら抵抗を続ける人間の要となる者と親しいがゆえに彼らの結束を内側から突き
崩せる人材さえ、この手の内にはあったというのに。
ヒトの体にあまるほど強力な進化を促すために、けして長くは無い時の中で灰と変わるオルフェノク。
彼らの儚い命を延ばす手段すら、今の自分には集まりかけていたというのに――。
熱と苦味に満ちた記憶と情報の奔流が痛みと変わって脳を刺し、主の神経を一気に満たした。
「莫迦な。帝王のベルトが、二本とも」
圧倒的な感覚の奔流に飽和した頭脳は、“天のベルトと地のベルトが破壊された”という事実を記述する程度にしか働かない。
代わりにといってはなんだが、思考の体すらなさない疑問だけが脳裏で渦を巻いている。
あの花形といい、ファイズやカイザ、木場といい。何故こうまで“人”は、死に急ぐのか。
愛。人を愛するがゆえに彼らをオルフェノクに変え、その命を保たんとする自分には到底理解できなかった。
何故だ。そして何故、私は。彼らに数え切れない敗北を喫することとなるのだ。
「ざーんねんでした」
混乱するオルフェノクの頭部が入っている生命維持装置を運ぶ女性の声が、彼の思考に割り込んだ。
スマートレディ。スマートブレインのプロパガンダとしての顔を持つ彼女は、この状況下でも如才ない微笑を浮かべている。
「ごめんなさい社長さん。こういう場合あなたを処刑するように、上のほうから言われているんです」
社長。重工業から食料品までを一手に扱う企業、スマートブレインを統括する表の顔役、村上峡児。
男の肩書きになんら敬意を払わずに言い切った女性は、彼を載せた台座を闘技場の奥へと押しやりはじめた。
エラスモテリウム――サイの一種、ユニコーンの正体であるとも言われた生物の力を得たオルフェノクが巨大な体を灰と変じ、
ヒトでない観客たちも闘技場を破壊したファイズの存在に戦慄している今、彼女の行動をとがめる者は皆無である。
むろん、四肢どころか首から下のすべてを失っている村上に関しては言うまでもなかった。
言葉と変身能力とで人々をもてあそび、人間との共存を目指したオルフェノクである木場の内にあった理想をも折り取ってのけた
スマートレディを、言葉としての形を持たない制止の叫びで止められるはずもない。
わざとらしく両目を隠した彼女の前にある処刑道具は間をおかず落下し、村上の息づく水槽をあやまたず粉砕した。
*
「というわけで。例の件の報告は、以上でーす」
伸ばした語尾を切ったスマートレディは、自身の周囲を回る三人の立体映像に向かって一礼した。動作とともに青い衣装の色を
引き締める黒のスカートがエナメル特有の光沢を放ち、直後、スマートブレイン社の一室は静寂を取り戻す。
「ファイズは“人間とオルフェノクの共存を目指す”か。しかし、彼もまたオルフェノクである以上、長くはもたんな」
彼女の直立から少しの間を空け、村上と同じく頭部のみを映している彼らのひとりが口を開いた。
スマートブレインの裏に君臨する男たちへ、スマートレディはちいさく笑ってみせる。
「それで、世界環境保護機構、でしたっけ。次はあっちに力を貸すんですか?」
「むろんだ。あの組織も近々名を変えるらしいが……世界環境保護機構とは、既に協力体勢にある」
それは君も知っていただろう、と告げられた女性は芝居がかった動作で口許を押さえた。
「あらら」とくぐもった声で付け足す様子に、頭部しかない者どもはなんらの反応を返すこともない。
どこ吹く風といわんばかりの態度で、男のひとりが壁一面に張られたスクリーンに映像を映し出した。
「あの組織の核にあるマルゴ・キュヴィエ女史の記した、体細胞の結晶化とそれに伴うさまざまな合併症に関する論文。
カルトじみた内容ゆえに注目されることこそ無かったが、“キュヴィエ症候群”の明らかな症例は此処にある」
スマートレディの正面やや左の壁に映ったのは、直立したセンチピードオルフェノク。ムカデの力を持つ生物の全身図だった。
もともとオルフェノクは色の無い灰が凝り固まったような体色をしているが、同じ系統の色であれどその質感は全く異なる。
ヒトにもオルフェノクにも共通する、生物特有のやわらかみや弾性といったものが、この体からは微塵も見受けられないのだ。
「琢磨逸郎。よもやラッキークローバーの構成員が真っ先に石に成り果てるとは、誰が想像出来るものか」
「それも、原因が太陽の光。すべての生物が触れる陽光に混じる何らかのノイズとの説をぶちあげられて、誰が信じるというのだ」
スクリーンを操作した者とは別の声たちが、よく通る響きに苦りきったものを混じらせた。
彼の様子とは真逆に、女性の双眸はちらりと輝く。
キュヴィエ症候群の原因や発病の経過はともかく、自分にとって肌の合わない面々であった上の上であるオルフェノクたち。
今や亡き村上“前”社長いわく「四人でひとつ」であったラッキークローバーの一柱がさらす無様は、見ていて気分がよい。
「だから、アメリカとかには青い薔薇を撒かなかったんですよねー。
世界環境保護機構さんっていうか、あっちの軍の研究機関には、培養液や青い薔薇のサンプルまで渡しましたし。
残りの人間はたったの2433人でーす、なんて、このあいだも言いましたけど。それが世界全部じゃなくて、日本に限ったこと
じゃないか、なぁんて考えのまわるような状況にしなかったのは」
「それが村上君、あるいは花形君の功罪だ。ファイズ、カイザ、デルタ。みっつのギアによってわが国のオルフェノクに
明らかな敵を作り、近い未来にある脅威を隠匿せしめた」
「むろん、その代償は小さくなどなかったが……おかげで、我らの可能性は広がった」
再び、部屋の様子に変化が起きた。
今回はスクリーンではなく壁の一部が動き、そこに隠されていたスペースから様々なものが顔をのぞかせる。
強化ガラスによって仕切られたそこでは、最初に実用化された変身デバイスであり、天地のベルトの原型となったデルタギアを
中央に、透き通った容器に詰まる色の無いものたちがベルトの両脇を固めていた。
「あら? 勇治くん?」
直方体の器を目にしたスマートレディが呼んだのは、オーガのベルトを使って変身した青年。
つい先日、自らの変身能力を使って“ヒトとの共存”との理想をおとしめた、木場の名前だった。
灰の塊を包み込む硝子の器。その容積は人体に比して明らかに小さなものでありながら、彼女の声は弾んでいる。
そして、自身の背後に現れたみっつの品々をひとしきり眺め、女性は首を傾げた。黒い手袋に覆われた人差し指でもって頬を
なぞっていたが、三人の男に向けて「はーい」と右手を文字どおりに挙げる。
「おねえさん、質問してもいいですか? この“勇治くんだったもの”とかって、いったい何に使えるんでしょう?」
子供向けの番組のナレーターのように、ためらいと縁遠い問いに対し、男のひとりはやれやれとかぶりを振る。
「未来にカルマ協会となる組織。世界環境保護機構の主導する、チューナー計画とでも言おうか。
表向きには優れた兵士のAIを生み出す為の実験を行うため舞台の構築が、予定より早く進みつつある。
その裏にあるのは、むろん、キュヴィエ症候群への対策だ」
といって、口を開いた彼の語調からは苦いものが見えなかった。
彼女という道化じみた存在を許容する構えは、いかにも大物の見せるものだといえるだろう。
『でも、渋いけど美形じゃないのよねぇ。もっと若いひとだったら、おねえさん、好みなんだけどなぁ』
もっとも、こちら側も大物と形容すべきか。
子どもに対するかのようなつぶやきは、スマートレディの表面にかけらも現れない。
男のひとりに示されたコンソールを操作した結果、画面に表示された映像を、彼女は幼い動作でためつすがめつする。
いわく、EGG施設の培養液に死体の意識(キュヴィエ女史に言わせれば“情報”か)を溶かし込み、彼らを仮想現実下に顕現させる。
太陽と交信が可能だという巫女の意識下で原型が発見されたという世界は、大きく六つのエリアに区分されているらしかった。
「ふうん……チームを組んで戦って、他のチームぜんぶに勝ったら、楽園……天国に行ける?」
世界の中心で生をうけた“人間”の一生をシミュレートした映像を見た女性の唇が、皮肉げにゆがむ。
生まれた瞬間から戦うことが約束されているというわけだが、勝っても負けても天国自体に行けるのではないのかと思えば――
どうやらそうでもないらしい。ループを続ける映像を見ていると、なかなかに趣向を凝らしたものであるようだ。
「ヒトやオルフェノクの結晶化を、生命の意図的な淘汰。人工的に作り出した進化で遮断する算段らしいな」
「へえー、進化ですかぁ。単なるヒトが、オルフェノクっていう段階を飛ばして?」
ちいさく哄笑するスマートレディの瞳にも、唇にも、ふと肩に止まった青い蝶にも。好奇はあれど敵意は無い。
ただ、その皮肉が向けられた先だけはどこまでも不鮮明だ。
「ヒトはともかく、強い進化に耐えられぬ種が灰と化すという時点で、我らが不完全であることははっきりしている。
そこで役立つのが、王を守護するための人材。現世のそれに加えて強化された戦闘力と統御された思考をもつ、チューナーだ」
前半を自らに言い聞かせるような声で言い切った男は、ふたつの直方体にある種の敵意を交えた視線を投げた。
「木場勇治に加えて、草加雅人。スマートブレインの前々社長・花形が生んだ流星塾で改造された、カイザギアの最たる適格者。
我らの手による使徒再生を受けるまでもなく覚醒したオリジナルのオルフェノクと、その因子を保有するだけのヒト。
チューナー計画の舞台で殺し合うには、なんとも相応しいことではないか」
「彼らを調整する卵の中には、ヒトの自我など存在しようもないという。だが、自己に刻まれた立場の違いは消えようがあるまい。
戦闘員では役者不足かつ、レオが灰と散った以上、ある意味ではこの男達こそが適任とも言えよう」
オルフェノクはすべて敵であるとみなし、過去を奪ったスマートブレインに対する復讐者。
人間解放軍の用心棒として散々に抗われた敵。ひとりの女性のために孤独を選んで闘った青年の末路を眺めた男。
それぞれの道程は違えど末路を等しくした青年を眺めた男たちは篭った笑いを浮かべあう。
人間解放軍の主戦力であったカイザを圧倒し、強制的にオルフェノクへの進化を促す使徒再生に耐えられなかった適格者の
青年、草加雅人を蒼い炎に投げ込んだ者。天のベルトを装着した仮面ライダーの伴った戦闘員が回収してきた青年の遺灰に視線を
やったスマートレディも、他の三人にならって笑みの質を変化させた。
「なぁるほど。つまり、ヒトは争わなきゃ進化できないから、仲の悪いみなさんを卵の中に放り込みましょうってことなんですね。
おねえさん、また賢くなっちゃった♪」
高みの見物を決め込む者に付随するに相応しく控えめな響きが、一転して明るい声音をつむぎだす。
意図的であるが媚態には程遠い彼女の態度が、もとより無機的な密室を現実から乖離させつつあるようだった。
「そういうことだ。
デモンズイデアを生み出す闘争本能活性化装置。デルタのデモンズスレートは、協会にとっても役立つ。チューナー候補の
“人体”が脳への干渉に耐えうる公算は低い。彼らを“情報”の塊として見るのなら、人体よりも楽な話だろう」
男のひとりが刻んだ会心の笑みに、残りふたりも満足げにうなずいて言葉を続ける。
いわく、協会側と自分達の戦闘力の差は歴然としているという公算。
そこに付随するのは、『現状は技術力のほとんどをスマートブレイン側が握っている』という裏付け。
そしてファイズ。ウルフオルフェノクに変化した乾巧もあの世界に送って損は無い人材だろうと。
乾を殺すか灰に変えるには、人間解放軍が建て直しをはかる前である今こそが好機ではないかとの観測。
彼らがそれぞれにつむいだ意図は、現状では単なる皮算用でしかない。
だが、糸が編まれて網となるように、三人の頭脳は彼らに都合のよい材料をもとにあるべき未来を構成し、想像してゆく。
それでも、三人揃えば文殊の知恵か。ある程度の客観性を保った思考が網となり、話が詰まるにつれて網目も密度を増した。
実際に獲物を捕らえんとする様子はさぞ面白いだろうと、女性は楽しげに耳を傾ける。
「しかし……村上君の失敗だけをみれば、これはまさに“Catch 22”だったが」
精神異常者は自ら申告すれば、軍から離脱できる。
だが、自らを精神異常と理解出来るのであれば彼は正常な精神を保有するとみなされ、除隊は不可能となる。
解決策が見つからない、ジレンマに陥った状況を表す慣用句を持ち出した男の一人は角ばった鼻からひとつ息を吐いた。
「結果は手段を正当化する。長期的にものをみれば、どこにでも糸口はあるものだ。
いつの日か目覚めるオルフェノクの王を、彼に捧げる贄どもから守護するためならば、我らは自らにある業さえ喰らおう。
ヒトの先にある存在は太陽の下で生き、王とともに繁栄の時を迎えようではないか」
「きゃあ、かっこいーい」
スマートレディの白々しい拍手を受け流した男たちは、デルタギアと遺灰の処遇を改めて彼女に伝えた。
彼女は話に挙がった品々を先日まで前社長が乗っていた台座に載せ、スマートブレインの幹部のもとへ運ぶべく扉を開ける。
人通りの無い廊下に填め殺されている窓から、陽の残照が穏やかに差し込んできた。
――遠くない未来。
人類のほぼすべてがオルフェノクと化した、スマートブレインの支配するひとつの世界。
照りつけていた日光に勢いが失せ、穏やかに暮れゆく世界が滅びの黄にぎらつく瞬間。
次に起こる太陽の変化、136の日食からは近くはないが遠くもない。
きたるべき時を待ちながら、硝子の棺たちはただ揺られていた。
最終更新:2009年12月24日 20:33