――虚ろなるものから、真実へ。
闇の中から、光のもとへ。
滅びゆくものから、不滅のものへ……。
“安らぎへと私を、導いてください”。
耳慣れない、声ともつかない何者かの意志が、視覚的な情報とともに無意識下へとこだまする。
Shan-ti。どこか遠い響きをした言葉には、哀しげなものが込められていた。
諦めと絶望をその身に宿した上で、それでも残ってしまった“彼女”の思いが、青年には痛いほど解る。
この哀しみの正体は、すでに喪われてしまったものに対する執着なのだと。
悲哀のあわいでは執着と紙一重の無差別な憎悪が混淆しているとみえて、なお理解が深まった。
しかしながら……ふと胸を満たす思い。自分が覚えるかなしみは悲哀でなく、嵐のような悲嘆だ。
自分達に人間らしさを与えてくれた、愛すべき者たち。元は自らと同一の存在であった、ヒト。
人間解放軍の象徴だった少女の何気ないひと言を聞いたとき、この自分は確かに悲嘆を覚えていたはずだ。
聞こえよがしでない証に、鋭さを増していた耳がふと拾った程度の呟きは、どのような叫びより鮮やかに鼓膜を打ったものである。
もしかしたら、私。嘘つきかもしれない。
それは人間と自分達の違いなど関係無いと謳った理想の象徴が、ひとりの少女に戻った瞬間なのだろう。
『……が……かもしれないって聞いた時、嫌な気持ちになったから。だから、』
だが、続いた台詞を耳にした瞬間の自分は、目覚めかけた破壊の衝動を黙して抑えた。
抑えなければ、掲げた理想もヒトとしての自分も根底から崩れてしまうと分かっていたからだ。
ヒトにも、ヒト以外のものにもなりきれぬ存在に待つのが破滅だとすれば、これが、そうなのだろうか?
“彼女”の謳う安らぎとはほど遠い、褪せた黄色にゆらめく空と、黒い……太陽。
初めて見た色も、見たことの無い物質も、砂に水が沁みるように理解がかなう。この、端的に荒廃を示している空。根本から
色彩を喪った世界の様相は、まさに青年の心根にあった影であり――
おそらくは顔を見たことも声を聞いたこともない、“彼女”の胸中でもあるに違いないのだと。
そして覚醒とともに、おぼろげな想念は現実を前に霧消する。
荒廃も極まった現実を知らされた青年は、黒いあざの刻まれた喉を震わせ、夢の中と同じに吼えていた。
あの黒髪の少女が“何から”人間を解放しようとしていたのか、まったくと思い出せぬままに。
*
「では、こちらからトライブ名を提案する。――ヴォルヴァだ」
“vorva”のすぐ下に、ちいさく“volvere”。
臨時に作戦室とした部屋のボードへ単語と原典を簡潔に綴ってみせた男は、いきおい作戦室の窓から外界を見やった。
雨の白さにけぶる外の景色は、幾日経とうと変わることがない。
「どういう意味だ」
それゆえか。瞳に色が無い青年は風景に目もくれず、部下の言葉へと水を向けた。
「語源は回転。太陽のもとに星が六つあると仮説を立てた者が記した単語らしい」
バラックの隅から発見したという書物を示して、青年をリーダーに仕立て上げた男はそれを彼らに投げてやる。
「星か。夜空に輝く天体だな」
重厚なつくりの書物を受け取った女の合いの手に対して、残りの二人も首肯を返す。
星。雨雲の分厚いここで見たことこそないが、その響きは鼓膜に心地よい振動を与えてくれる。
男の提案の意図を確かめるように、ジャンクヤードに位置するトライブの数を確かめたリーダーは息を吸った。
「いずれは俺達が、六つの星のひとつになるということか」
同時に、十名に満たぬニュービーが寄せ集まった、組織以前の集団には不相応な名だと理解する。
だが、自ら参謀役を買って出た男は両の瞼を閉じて続けた。
「それだけでは留まらない。太陽……の、周囲にある星が六つ。星が六つならば、我等はどの位置につく」
理解したか、ボス。
その言葉で締めくくった男こそが何かを確認するかのように目をしばたかせた。
「太陽とは、空に輝く……どういったものだ」
その呟きを聞き取る間もなく、斥候に出ていた者が作戦室に入ってくる。
「アサインメンツの構成員が、エンブリオンとの交戦領域に向かいつつある」
ハーリーQの姿も見えたとの補足に、彼とともに作戦室へ集まった面々がざわついた。
「アサインメンツのボスが、姿を見せたか」
慎重を旨とするのか、臆病なだけか。戦場に出ることさえ稀である男の動向を聞いた参謀が、声に張りを滲ませた。
斥候によれば数で押すばかりの弱小トライブの長が自ら、直接叩ける場に出てきたとなれば無理もない。
青年の見立ても彼と根を同じくしていたが、もうひとつ気になる点があった。
「エンブリオンの状況は」
確かに、アサインメンツに関しては今が叩きどきだろう。
だが、小規模ながら精鋭を擁するトライブの状況も知らねば、最悪の場合は部下ともども蹴散らされる。
実戦を交えた練兵は必須だが、それを行うには現状はあまりに厳しかった。既存の六トライブの状況や陣容がまとまり過ぎている
ために、自分達ニュービーの割り込む隙など見当たらないのだ。
「あちらは平時と変わらない。ボスのサーフを筆頭に、ヒート、アルジラ、ゲイル、シエロが出ている」
なかば予測していた答えに、青年の頭脳は忙しく働いた。
サーフ、ヒートの勇猛さは言うまでもなく、優秀な狙撃手であるアルジラ。作戦立案能力に長けたゲイル。身が軽く、状況に
応じて柔軟に役割を変えるシエロ。たかが五人と言うのはたやすいが、彼らの布陣にはこれといった穴は見えない。
明らかな弱点である数の少なさも、こちらが言えたことではなかった。
ゆえに、自分達にとってのエンブリオンは明白な脅威である。
それでも、ハーリーQはこの上ない魅力を有する玉(ぎょく)だ。
ふたつの要素を天秤にかけた青年はいずれを選ぶべきか思考し、トライブの長として決断をくだす。
「出撃だ。エンブリオンは必ずアサインメンツを押し、ハーリーに撤退をうながすだろう。その横合いから、奴の首を取る。
エンブリオンとの交戦は極力避けろ。それが終われば改めて旗揚げだ」
vorvaと書かれたボードを指すと、作戦室に集った全員がうなずく。
カルマ教会の提供する武器を手にしたヴォルヴァの面々は、アジトとは名ばかりの廃虚から地獄のような戦場へと抜け出した。
暗く狭い空間から開けた地形に、闇の中から光のもとへ、抜け出すことがかなったというのに。
――Asatho Maa Sad Gamaya
Thamaso Maa Jyothir Gamaya
Mruthyor Maa Amurutham Gamaya――
光とは形容しがたい、灰にくすんだ空の下に、青年は立ち尽くしていた。
黒い太陽も、黄色くぎらつく空も、すでにない。あるはずもない。
「なん……なんだ……」
戦慄を隠せないまま震わせる喉はひどく錆び付き、割れている。
参謀をはじめとする仲間も、アサインメンツやエンブリオンの面々も、既にない。伏撃のために移動していたスワディスターナの
アジト付近の荒野にあるのは、ただ自分の体にこびりついた肉片と、血。鏡面をなすほどに深く溜まった、脂混じりの血液だ。
止まない雨によって薄められたそこに目を向けた青年は、慎重に唾液を呑み込んだ。
アンダーシャツに包まれていない首の中央に生まれた、漆黒のあざが本物かどうかを確かめるように。
黒。いずこかで確かに見たはずの、本当の意味で色の無いノイズが、嚥下の動作に従ってわずかに歪んだ。それが、まるで脈動
を表すかのように感じられる。黒いあざ。柄の要が馬の蹄を思わせる剣の形をなす、その刀身には口がひとつ開いていた。単純な
形にデフォルメされた牙をむき出しにしているその口からは、非常に粗野だが否定出来ない衝動を嫌でも確認させられる。
水を打ったように静まりかえっている周囲の状況が逃げ場の無さに拍車をかけている事実をぴりぴりとする背筋で感じ取った
青年は、空咳をひとつ交えて駆け出した。臆病者どもの隠れ家――アサインメンツのアジトにも、スワディスターナ・エリアそのもの
にも構成員がいない状況に疑問を覚えながら、せめて誰かを探そうと、アジトの中を疾駆する。
一歩踏み出すたびに揺れる髪も等しく乾きかけの血液にまみれ、束をなして額へと力なく叩きつけられた。トライブスーツを
染めている赤は、すでに鮮やかさを失いつつある。アジトの石畳を蹴れば硬い音が響いたが、誰も、誰も、誰も反応しない。
参謀たちがいないことは疑問であったが、人が百人規模で居住可能な広さとは裏腹の静寂に、青年の緊張が緩んだ。
『奇襲が、成功したのか?』
階段を駆けのぼりながら、希望的な観測を吟味する。
ハーリーを自分が倒したとしたなら、彼らがアジトを押さえに回っても不思議ではない。アジトに侵入されたと仮定するのならば、
奴等はどこに身をおき、迎撃するのかと思考しながら、誰にとっても有利を得られる階段を駆け登る。
だからこそ、彼は決定的な台詞を耳にした。
「だってお前ら、喰ったじゃねえか!」
眼下の部屋にいるのはエンブリオンの、サーフ。ヒート。アルジラ。彼らを相手に叫んだのは、両脇に部下を据えたハーリーだ。
光だ。光が飛んできて、化け物みたいに。俺の兵隊がみんな。敵も味方も分からない乱戦。負けた奴等は素手で引き裂いて――
ハーリーが何を言っているのか分からなかった。マシンガンを構えたアルジラの掃射が、なおのこと青年の認識をばらばらにする。
「違う、私、私は喰らってなんか、いない……私じゃ、ない!」
喰らう。彼と彼女の言葉から抽出された単語に、彼の足が止まる。止まって、はじめて何をしたかったのかさえ分かっていない
事実に気付き、喉にひどい痛みを覚えた。眼下ではエンブリオンの中核をなす三人が、それぞれ水色の、赤の、桃色の輝きにあざを
打ち据えられて、ハーリーが言うところの化け物に変貌していく。
そうして、マシンガンの掃射から同じく変化することによって立ち上がった敵を引き裂き、屠り、……喰らう。
プリミティブな戦いの先にサーフだった何者かが見せた血まみれの口を背後から想像した青年は思わずして咳き込んでいた。
「う……ぐッ、うう――」
その咳が、喉のつかえを取ったと同時に、涙か唾液か、水気を交えたうめきへと変わる。
痛みの原因として吐き出されたのは、誰かの、おそらくは仲間の、タグリング。
喰らってなんかいない。私は喰らうことなんて出来ない。ハーリーを追ったアルジラの声がこだまする。
だが、光に貫かれた自分のやったことの結果は青年自身の中に文字通り、あった。参謀か。参謀の片腕だった女か、斥候か。誰の
ものとも知れないからこそ、ハーリーの残した言葉の断片がじわりと彼の身にしみていく。
「俺は……俺は……あああああッ!」
そうして、彼は階下へ飛び降りた。あざが灰色の光をはらみ、落下の衝撃を変化した鎧の一部である長靴がしっかりと受け止める。
魔剣を携えた青年は、アサインメンツの構成員の残骸を踏みにじってアジトの奥へと続いた扉を開く。
灰色の、石像じみた外貌を持つ彼は、顔と同じく下半身を馬のそれに変えて、目的も分からない突撃を開始した。
参謀も仲間もいないと分かった状況下で何をしたいのか、見えてこない自らの精神を哂う気力すら、青年にはすでにない。
『嘘つきかもしれない』
ただ、……嘘であるどころか。喪われた仲間を明らかに裏切った自身がけじめをつけるには、せめてハーリーを倒し、喰らう
他には無いと信じていた。信じでもしていなければ、彼にはこうして駆けることさえかなわなかった。
体がだるい。タグリングを吐き出しても、喉にはいまだ何かが詰まっているような感触がある。
疲労のためではないだるさは、人間から猜疑心をあらわにされた時に感じた抑圧感によく似ていた。この身を変じてもなお、
変じているからこそ、怒りや憤りや悲嘆は澱のように青年の胸中によどみながら沈んでいく。
最後の扉を開ける頃には、口をあけることさえかなわなかった。
「喰われる前に、喰っちまえばいいんだよなぁ!!」
「なんだ、お前は」
両腕を持たない馬、ハヤグリーヴァに姿を変えたハーリーを前にしたヒートの声さえ、対象の耳には入らない。
魔剣がハーリーの肩を刺し貫いたと感じた瞬間、小さな六角形の嵐が青年の体を包み込み――
先ほど姿を変えたアサインメンツの連中のように、ヒトに戻っていながら影のように全身を黒く染めた体が崩れ落ちた。
「そっちは敵じゃないわ! ヒート!」
漆黒の馬の放つ炎を前に、アルジラの叱咤をうけた赤い髪の男がふたつ口を持つ炎の神に変化して火炎を打ち払う障壁を張る。
期せずしてトライブの覇権をかけた戦闘の幕が切って落とされた作戦室に倒れた青年の表面で、紫色の線条が不規則に脈動していた。
*
不規則に揺られて、青年は薄く眼を開ける。
サーフ。お前も随分人が良いな。こいつはアルジラより重いじゃねえか。
サーフ……エンブリオンのボスを務める銀髪の男が桃色の髪をしたアルジラを抱え、自分は、ヒートと呼ばれた赤い髪の男に
引き摺られているようだった。ふと目に入った男の右腕には、やはりというべきか、火球を思わせるあざが刻まれていた。
必死に開いていた瞼が、純粋な疲労を訴えて重くなる。昇降機か何かを使ったのか、縦方向への揺れがわずかに胃を揺らした。
下層に降り立ってしばらくは揺れがつづき、ふいに、ヒートが右腕で抱え込んでいた彼の腕を振り払う。
「飢えてんのか、ゲイル。俺を喰いたいか」
断続的な銃声が途切れたかと思うと、苛立ちを抑えかねるような太い声が青年の耳を打った。
ヒートが銃の持ち主を守りに立ちはだかったのか、あるいは銃の持ち主がゲイルか。考えをめぐらせようにも、まとまらない。
細い言葉のまとまりが硬い地面に身を任せた青年の耳朶を打ったのは、そのときだった。
光は天と地と大気に満ち
光より栄光、光輝、恩寵流れいづ
光である内在の英知を 神よ われらに目覚めさせたまえ――
少女のものだろうやわらかな声に付随する単語と単語の抑揚は、会話のそれとはまったく違っていた。
ふと高くなることもあれば、低く、こちらの胸の底を撫でる瞬間さえあり。その揺らぎこそが、青年の堰を切った。
安らぎを、安らぎを。Shan-ti。聞き覚えのある響きが過去を、取り戻せない記憶のもつ重みから彼の心を解放せしめる。
それゆえにか。しごく素直な思いで警戒を解いた青年は、再び意識を手放す。
白い雨糸ですら、その瞬間の彼には慈雨のごとくに思えた。
*
「ニュービー。俺やアルジラのように変わっていたということは、お前も例の光に巻き込まれたな」
一歩間違えれば詰問にも聴こえるだろう、冷静極まりない問いかけに対して、青年はゆっくりとうなずいた。
寝台から身を起こしてすぐであるにしても、エンブリオンの参謀と対面しても思ったほど驚いていない自らにこそ驚く。
「ああ。おそらくは」
「俺達にあった悪魔の因子を起爆させた“ウィルス”はジャンクヤード中に広がったらしいが、最初に触れた者ほど覚醒が早い。
お前もヒートのお墨付きだ。ハーリーに一撃を喰わせられる新参者など、そうはいない。奴は奴なりに評価していた」
グラウンド・ゼロ。“ツボミ”と呼称される物体が現れ、方々に光をばらまいたという地点を指したゲイルの指は、間違いなく
エンブリオンとアサインメンツの交戦領域にあった。
「……そうか」
男のもつ灰色の瞳に見据えられて、先刻までまどろんでいた青年は瞑目した。
エンブリオンの作戦室には、雑多なメモや武器が据えられている。机上の中心に位置するカルマ教会の聴聞機は、先ごろの
示達から何を告げるということもないらしい。
ただ、ニルヴァーナの門を開く条件に“黒髪の娘をカルマ教会に連れて来る”ことが追加されたとの言に、青年は顔をしかめた。
セラと名乗った娘とはまったく面識が無かったのだが、飢えを遠ざける“歌”が脳裏をよぎったのだ。
無意識の記憶が生み出す心の重荷を解かすような旋律は、同時にまどろみから醒めた彼へ冷静さを――過去を思い返すだけの余裕を
与えてくれた。覚醒した瞬間に襲った記憶の嵐を聴いたゲイルは平然と受け流したものだが、それでも彼だけは、事実を忘れられない。
あの瞬間は何も、何も見えなかった。
閉じた瞼をも突き刺した、ゆるやかな光の奔流は、闇とさしたる変わりはない。
それに込められた意図や意思に思考を向ける前に、過多な情報の嵐は青年達の脳を侵していた。
“Eat them all”。何度も、何度も何度も頭に直接打ち込まれたの文字列を前に、彼らは真から理性を喪っていたのだ。
喰らい尽くせ。その声のとおりに動いたのは、誰より判断能力に秀でていたはずの参謀だった。紫の線条が各所に縄をなして、
セルに包み込まれた彼の体を収縮せしめ――青い帽子をかぶった、小さな人型の妖精に変貌した彼は、青年へ迷い無く拳を向けた。
止めようとした女も単眼式のスコープを落として、セルの嵐がやむとともに背中から生えた蝙蝠の羽でもって宙に浮かぶ。
ジャックフロスト。彼女が叫んだ参謀の成れの果ては、青年が拳をさばくが早いか戦い方を変えた。降り続ける白い雨の、ほんの
一部。セルの欠片が挙げられた彼の右手に凝縮したと確認すると同時に、こちらの胴体を現れた氷塊がみしりと包み込んだ。
自分の背骨を折らんとばかりに収束し、その果てに砕け消えていく氷には明らかな殺意と、欲望がある。
……冷気も過ぎれば熱感しか生み出さない。内臓まで刺し貫くかのような痛みよりも、楽しげに笑う“参謀だったもの”。
彼の。いや。今や彼と同じように魔法への集中を始めた女たちの変貌にこそ、青年は抵抗を放棄したいと考えた。
喰らい尽くせ、Orfenok。
オルフェノク。
いやに背筋のざわつく単語を、受け入れてしまいたいと感じたその瞬間に喉が焼きついていた。
紫の輝きが喉の中心を打ち据え、同色の線条が体に幾筋もはしり、電気系統のようなセルの嵐がその体に肉を付けていく。
鼻と、張り出した顎はやがて馬のように変わり、首から下は騎士のような鎧に覆われた。
銃を握り締めていたはずの右手には、蹄鉄を要にした剣が現出している。
魔の力の溢れたそれでもって、自分は彼らの心臓を突き刺し、生命の源を飢えに任せて喰らっていた。
あの、血だまりの意味が理解できてしまうに至って――
自分の中にある“悪魔”の存在が、青年にはひどく恐ろしいものに思われた。
ゲイルの脚に刻まれた黒いあざ、ヒトの本性を表すアートマが魔剣の形を戯画化したものであることには、いっそ哂いたくなる。
これからどうする、と暗に生死を問われた彼は、首に現れた自分の本性を隠すようにうつむき、かぶりを振った。
「俺は……まだ、死にたくは無いよ。君たちには借りがあるし、何より、俺自身が自分の事を分かってないから」
「そうか」
視線が一定しないなか、自分の事が分かっていないとのくだりに、ゲイルが不規則なまばたきを行う光景がのぞいた。
“理解不能だ”と誰に聞かせるでもなくつぶやいた刹那、そこに緑の輝きを見たのは気のせいだったろうか。
「ならば、ニュービー。お前もエンブリオンの一員だ」
参謀は短く宣言し、今や地図からアサインメンツの単語が無くなったボードを操作し始めた。
最終更新:2009年12月24日 20:35