エールはベッドの横になりながら、妙にクリアになった耳に医師の声が届く。
今まで着たことのない患者用の服に身を包み、傷ついた四肢は包帯が巻かれていた。
白いベッドで白い天井を見つめながら、エールは意識を覚醒させながらも黙っている。
喋る気力も、起き上がる気力ももはやない。
「身体の傷はたいしたことはありませんが、精神的疲労が大きいですね。しばらくの間、ゆっくりと休むことを勧めます」
「そうですか……ありがとうございます」
プレリーの礼を告げる声が聞こえてくる。
いつもなら、『そんなことはない!』と否定して立ち上がるのだが、今のエールにそんな力はなかった。
モデルXが、今のエールの状態を『心が折れている』と評したことをエールは知らない。
それでもエールは自分の心が、抜け出せない底なし沼へと沈んでいくのを実感していた。
□
ここはガーディアンの支援施設が多く存在する街。
街外れの郊外にはガーディアンの研究所もある。
そこの街の病院へとエールを診てもらうことをプレリーは決定した。
ガーディアンのメンバーからは反対は皆無でだった。当然である。
ただし、なぜエールがそこまで追い詰められていたのか、知りたがるものは少なくなかった。
「天道、エールがどうしてああなったのか、こんどこそ答えてもらうぞ」
金髪の冷静そうな青年、アランがガーディアンベースの通路で黒いクセッ毛の青年、天道総司へと尋ねている。
細身ながら鍛えられて背の高い天道をアランが見上げる形となったが、アランの瞳には明らかな不満が浮かんでいた。
アランだけではない。ガーディアンの殆どのメンバーがアランに同意するように天道へ視線を向けている。
それに対し天道の答えは素っ気ない。
「どうもこうもない。これを知るにはまだ早すぎる」
「早いも遅いもあるか。あのエールがああなったんだぞ。いったいなにがあったんだ?
あの殺人事件が起きる街のミッションを終えてからエールの様子がおかしい! いい加減に答えろ!!」
アランが苛立った様子で詰め寄るが、天道の様子は変わらない。
天道はあくまで沈黙を貫くようだ。しかし、周囲の雰囲気は険悪になっていく。
天道と仲のよかったトンでさえ、しかめっ面だ。プレリーはため息をついて、隠しきれないことを悟った。
「天道さん、構いません。ここから先は私が説明します」
「プレリー様……!?」
どよめきがメンバーの間に広がる。天道が咎める視線を向けているが、プレリーは首を横に振った。
「これから伝えることは極秘事項です。一般の方に噂レベルでも広がることを許しません」
プレリーは前置きを終えて、前にした隊員たちへと説明を始める。
その姿は、司令官にふさわしい厳然たる態度であった。
ガーディアンの一般隊員に伝えられているワームの特徴は、フォルスロイドのような異形に戦闘能力。
そして人間形態と戦闘形態に分かれており、加速装置を持っているということだけであった。
擬態能力、そして人の心を持ちえることは、副司令官に位置するフルーブにすら秘密にしていた。
天道と相談した結果、ワームの得意な能力は混乱をもたらすだけだ、と判断していたからだ。
しかし、ガーディアンの名の下に集った彼らは今までともに戦ってきたエールを放っては置けなかった。
もうプレリーは打ち明けるしかないと判断したのである。
「擬態能力、そして精神までコピーするタイプまでがいること。それが私が天道さんに頼んで黙ってもらっていたことです」
「プレリー、一つ訂正だ。俺は頼まれた覚えはない。俺は俺の判断で黙っていただけだ」
プレリーがギョッとして天道を見ると、彼はいつもの涼しげな表情であった。
アランが明らかに天道へ不満を示し、掴みかかろうとする。
プレリーが静止するが、その横をすり抜けて天道の胸元を掴む存在がいた。
それは気が優しく身体の大きい、天道と仲がいいガーディアンの一人、トンであった。
「天道……ワシらを舐めるなよ」
「舐めていたわけじゃない。現状を計算し、お前たちに擬態能力を告げるのはマイナスだと……」
「そんなことはどうでもいい!」
トンが普段は気持ちのいい表情しかない顔を凄ませ、天道を睨みつける。
天道はあくまでトンの視線を正面から受け止め、胸元をつかまれたまま黙していた。
「お前さんがプレリー様をかばって一人悪者になろうってのがバレバレなんだよ。それくらい見抜けないと思ったか?
確かに、エールがああなるまで黙っていたのは不満だ。ワームの能力を知ればワシらの中にだって戸惑うものはいるとはいえ、もう黙っていられる段階ではない。
だからといって、お前一人を恨んで丸く収まると思うのか? 馬鹿にするな!」
トンがさらに熱を入れて、天道を掴む手に力を強くしていた。
辛いはずなのに、天道はうめき声一つ上げない。プレリーが止めようとするが、その前に天道をトンが離す。
「いいか、天道! お前はワシらの、ガーディアンの仲間だ。だからエールがああなったのはお前一人の責任じゃない。一人で背負おうなんてもう考えるな。
ワシらを信頼しろ。お前を絶対裏切らない、気のいい仲間たちだ!」
トンが本音を天道にぶつける。対して、天道はただ無言でいるだけであった。
その場はプレリーが解散を命じるまで、ただ重苦しい空気が流れていた。
□
「フォルスロイドがもう二体……倒されている……」
抑制がないながら、鈴を転がすような美声が薄暗い研究室で静かに響いた。
白いアーマーに横幅の広い帽子状のメット、魔女のような杖を持つロックマン。
パンドラは目の前にいるプロメテに現状を伝えていた。
一方、白い三角状のメットに紫色のアーマー。狂相が不満を持って歪む死神はいらだたしげに大鎌壁にぶつける。
「それで、“あの男”はガーディアンの研究所に眠るライブメタルの奪取を命じた、というわけか」
「そう……成功すれば、それで失敗を帳消しにするって……」
「失敗だぁ!? エールに欲情する屑に、わざわざ自分から敵を呼びだした屑が勝手に自滅しただけだ。俺たちが気にする必要すらないね」
「けど……“あの男”はそう思っていない……」
「自分から不良品を押しつけた尻拭いを俺たちにさせるか……とことん屑だな」
プロメテが嘲笑するように吐き捨てる。そして、プロメテの皮肉げな笑みは自分たちにも向けられていた。
屑と忌み嫌う男の言いなりになるしかない自分たちが、滑稽でしょうがなかったのだ。
そこへ、カツーンと一定のリズムの足音がプロメテの耳朶を打つ。
ごく自然に視線を向けて、またもウンザリとした表情を浮かべた。
「使者の諸君! お困りのようですね」
「なんの用だ、乃木怜治」
黒いコートに黒い長髪の、メガネをかけた長躯の奇人。彼こそはこの世界へと漏れでたワームの首魁、乃木怜治ことカッシスワームであった。
病的なまでに鍛え上げられた肉体を持って、フォルスロイドすら擬態した状態で圧倒していたのだ。
ワームを毛嫌いしていたプロメテですら、無視できない存在。それが目の前の男である。
「我らの同志、黒崎一誠に動いてもらうかとも考えたが……今度の任務はずいぶん重要そうだ。今度は私自らが手を貸そう」
「……なんのつもり?」
乃木の言葉に、パンドラが警戒心を強めて尋ねる。乃木はチッチッチ、と右人差し指を左右に振り、続きを告げた。
「なに、我々ワームもここのところは無様なところしか見せていないのでね。汚名を私自らがそそごうと思ったのさ」
「ハッ、ずいぶんと殊勝な言葉だな。そんなおためごかしを俺たちは聞きたいわけじゃない。……本音を言ってみろ」
「さすがに一筋縄ではいかないな。ことは単純さ。私はここで生まれたため天道総司と戦ったことがない。
だからここらで我らワームの力の差を見せておこうと思っただけさ」
「…………目立ちたがり……」
「なんとでもいいたまえ。それでは、向かおうではないか。私たちが協力するのはすでに決定事項だ」
ニヤリ、と乃木は自信たっぷりの笑みを浮かべた。彼の前方に赤いバイクが鎮座しいる。
確かガレオンが動かそうとして、あまりの馬力に振り落とされたじゃじゃ馬だ。
あれは乃木が気に入ってそのまま使っている。確か名前は……。
「カブトエクステンダー……本当についてくる気……?」
パンドラの疑問に対し、乃木は「当然」とだけ答えている。
嫌そうなパンドラの表情が、プロメテには妙に記憶に残った。
□
真っ白で清潔な病室がエールは嫌いだった。十一年前のイレギュラー襲撃事件で、怪我を負ったエールたちは病院に収容されたのだ。
別に病院自体が悪いわけではない。ただ、エールが一人になったのだと思い知らされたのが病室であったというだけ。
似たような経歴の子と一緒にジルウェに引き取られ、運び屋としてのイロハを教えてもらった。
そう懐かしく思っていると、まるで一気に老け込んだかのような錯覚に捉われる。
「エールさん、やはりまだどこか具合悪いんじゃ……」
「ああ、ローズ。そんなことはないよ。ちょっと昔を思い出しただけで……」
エールが窓に向けていた視線を戻し、いつもの白衣姿ではなく私服のローズへと答えた。
ただ、ローズへ向けた笑みが自分でもわかるほど、作られたものだ。
ローズの不安そうな表情が広がるが、エールでも返すほどの余裕がない。
申し訳ないが、これが自分にできる精一杯なのだ。だからこそ余計に、これが“心が折れた”状態なのだと否応なしに自覚させられた。
「エールさん、これが頼まれていた着替えです。それと、プレリーさんが万が一のために護身用にって……」
「モデルX……モデルZ……」
『今はなにも言わないで、エール』
『これは俺たちの希望だ。なるべく傍を離れないようにな』
エールのことを気遣ってくれるライブメタルに、エールはもはや返せるものがなくて申し訳ない気持ちになった。
護身用といっているが、エールの容態を気にして二人はエールのもとへと来たのだ。
もう戦えないエールのために、である。
「それじゃ、エールさん。申し訳ありませんが、私はこれで……」
「うん、ローズありがとう」
「あ、それと……」
ローズが思い出したようにエールに振り向き、前髪で隠れた目をエールへと向けた。
「皆さん来たがっていましたから、また誰か来ると思います。それじゃ、私も仕事がないときはなるべく訪れますので」
そういってローズは退室して言った。ローズの姿が消えたとき、エールは思わず「ありがとう」とつぶやく。
それはローズだけでなく、お人好しの仲間たちにも向けたものだった。
エールはローズがいなくなった後、迷いながら二人のライブメタルを手に取った。
終始無言の彼らを連れて病室を立つ。少し散歩したくなったのだ。
通路を抜けて中庭に出ると、十人程度の患者がさまざまな行動をとっていた。
リハビリするものや、エールと同じく散歩するもの。趣味なのか花へ水をやるものも。
暖かい光景。これを守るために戦ってきたはずなのに、今のエールには申し訳ない気持ちしかなかった。
「モデルX、モデルZ……アタシ、もう一度戦えるかなぁ……?」
『今はそんなことを考えるな。傷を癒すことだけを考えろ』
モデルZはにべもなくエールを一刀両断する。彼なりの気遣いだ。
この街の外れにはガーディアンの研究所がある。そこにはモデルHたちが眠っているのだが、今のエールでは彼らの力を引き出せない。
エールがうつむくと、モデルXが静かに『エール……』と警戒心に満ちた呼びかけをした。
「本当にここにいたとはなぁ……」
地獄の底から響くような低い声。紫色のジャケットに、黒いインナーをまとったボサボサの金髪頭の青年がエールに無造作に歩いてくる。
顔には笑みが浮かんでおり、一戦交える気なのは明らかだ。まずい、ここでの戦闘もそうだが、それ以上に今の自分の状態がだ。
変身し、武器を振るう自分を浮かべて……斬り裂かれるジルの姿が存在しエールの呼吸が荒くなる。
全身に脂汗が流れて、がくがくと震えた。モデルZが逃げることを促しているようだが、耳に入らない。
そのエールを、モデルVAに選ばれた青年、ペンテが顎を掴んであげた。
エールの瞳を見た瞬間、歓喜に満ち溢れていた顔は急に色をなくしていった。
「チッ、つまらない顔をするようになりやがって……」
『関係ない……周りの連中を撃ち殺せばこいつらも考えを変える』
『モデルVA……君はなんてことを!』
ライブメタル同士で互いにやる気が出るも、ペンテは踵を返した。
モデルVAが苛立たしげにペンテを急かすが、ペンテにはもう殺気がない。
「今度見たとき、まだ傲慢なおびえ方をするなら殺してやるよ」
「ばっ……馬鹿に……」
エールはペンテの舐めきった態度に反発を示すが、急速に意思がしぼんで最後まで続けれなかった。
うつむいて震えた身体を抱くエールを、ペンテは振り向かずに離れていく。
エールはただ、モデルXたちの慰めの言葉も届かず、悔しさと安堵と怒りで唇をかみ締める。
ただ一言、ペンテの言う“傲慢な脅え方”という意味がわからず、エールは立ち尽くした。
□
エールがペンテと再会してから一週間経ったその日の天気は晴れだった。
さんさんと降り注ぐ太陽の光にのんびりと身体を伸ばし、昼食を終えて眠気をかみ殺した男が見たものは、銃撃であった。
ヒュンヒュン風を切る砲弾がビル群へ叩き込まれるのを目撃し、平和な日常から遠ざかったことを自覚した。
男は必死に方向転換をして街を変えるが、ビルに設置された大型のCM用テレビから聞きなれない声がする。
『ガーディアンの諸君! 私は君たちが戦ってきたワームの首魁、乃木怜治である。
これから私とゲームをしよう。そう、私が総攻撃を仕掛ける。君たちがそれを阻止する。実に単純なゲームだ。
すでに我々が本気であることは示した。私の目的がどうあれ、君たちは対処をしなければならない。
さあ、始めよう! ヒトビトの命を懸けた、壮大なゲームを!!』
演技のかかった喋り方をする男に、恐怖を抱きながら男は思う。
これは夢だ。夢であって欲しいと。
その願いは虚しく男の背中に着地したガレオン・ウイングが銃弾で男の命を奪う。
転がる男の身体が理不尽を体現したまま静止した。
「ワームの総攻撃!? いったいなぜ……?」
「プレリー、今は原因を解明している場合じゃない。あそこには戦いに巻き込まれているヒトビトがいる。
なら、俺たちがすることは単純だ。おばあちゃんがいっていた。料理と物事の本質を見抜くことは重要だと」
プレリーは司令室の椅子に座り、一度だけ深呼吸をする。
天道は冷静になれといっていたのだ。周りを見渡すと、プレリーの命令を待つ部下たちがいた。
プレリーに年相応の顔が消える。司令官として過ごした日々は少女を鍛え上げてきた。
いや、正確にはプレリーは、イレギュラー戦争を潜り抜けた伝説の英雄との……。
「皆さん。私たちとワームの戦いに、無実のヒトビトが巻き込まれてしまいました。
これは許せる行為ではありません。ワームとイレギュラーを撃退し、ヒトビトを守り、ガーディアンの力を見せてあげましょう!」
「おう!」という力強い声がガーディアンベースのブリッジへと広がった。
プレリーは修理を終えたガーディアンベースを浮上させ、火で燃え上がる街の上空へと発進させる。
「いまこそ私たちの力を見せるときです。伝説の英雄の名に懸けて、守り手たる力を存分に発揮します!!」
プレリーの激励にガーディアンのメンバーの士気が上がる。
天道は満足げに笑みを浮かべ、転送装置へと急いだ。
「天道さん……敵のボスの相手をお願いします」
「任せろ。奴を倒しヒトを救う。それこそが俺が往くべき道だ」
天道はいつもの通り宣言して離れていった。
小さくなっていく背中に、なぜかプレリーは不安を覚えてしまう。
いままでと変わらないはずなのに、なぜかプレリーの不安は消えずにそのままであった。
□
規則正しい足音が燃え盛る街の中、威圧感を持って響く。
ガレオン・ハンターの群れにヒトビトはなすすべもなく蹂躙されていくばかりであった。
「怖いよう……」
つぶやく七歳の少女、エレンもまたイレギュラーの襲撃に巻き込まれた一般人である。
一緒に避難していた親ともはぐれ、ただ一人身を縮めるだけであった。
そんな無力な少女にもガレオンは容赦しない。少女の呟きを耳にして足を向ける。
「ひっ!」
少女の悲鳴にも無反応のまま、ガレオンはバスターを少女へと向けた。
銃口が光り、光弾が放たれようとした瞬間ガレオンの頭部が消し飛んだ。
「大丈夫かい? 嬢ちゃん」
少女が振り向くと、二メートル近くの巨体にいかつい顔を朗らかな笑みを浮かばせるガーディアンの隊員がいた。
トンは少女を抱き上げて、迫るガレオンに銃口を向ける。
「嬢ちゃん、悪いがちょっとばかり目を瞑ってくれ。ワシがすぐに助けるからな」
「う、うん」
素直に目を瞑り、トンにギュッとしがみつく少女の重さを確認してトンはガレオンの頭部を殴りつけた。
勢いよく吹き飛ぶガレオンを前に、すぐに踵を返して安全なルートをとる。
避難所へ少女を引き渡せば安全を確保できる。数が多いためトン一人では対処ができない。
「天道……」
そして、トンはつい最近仲間になったが常に孤高でいる友人の心配をする。
彼はまた一人で戦っているのだろうか?
本来は本調子でない上病院に収容されていたエールを心配するのが筋なのだが、なぜか天道に対して不安があった。
虫の知らせとも言うべき説明できない感覚を抱えたまま、トンはガーディアンの仲間がいる道を疾走した。
避難するヒトの群れは、ガレオン・ウイングにとってはいいカモである。
上空から無力なヒトの行列を見つけた一体のガレオン・ウイングが右手のバスターを向けながら急降下した。
目的を足腰の弱そうに老人へ定め銃口を向けようとした瞬間、一発の銃弾がガレオン・ウイングの羽を砕いてそのまま地面へ落下した。
「これで十三体目か。ちくしょう、何体いやがる」
「ぼやくな。ヒトビトを守るのが、俺たちガーディアンの仕事だ」
スナイパーライフルのスコープに目を通した金髪のクールな青年、アランが同じガーディアンの仲間、ドラードに窘められていた。
舌打ちしつつも、アランは空薬きょうを排出して次弾を備えた。
観測者を担当するドラードが電子スコープを除きながら話しかけてくる。
アランは面倒そうに返事をしながら、ドラードの言葉を待った。
「アラン、最近は妙に天道に絡むな」
「俺は個人的にあいつが嫌いなだけだ」
アランはそう吐き捨てて、スナイパーライフルを振り回す。
姿は見えないものの、油断はできない。
「本当にそれだけかぁ?」
「しつこいぞ、ドラード」
ニヤニヤと笑みを浮かべるドラードに、アランは苛立たしげに答える。
おおかた、ドラードはエールと共に戦えてかつライブメタル以上の力を持つ天道に嫉妬しているのだと思っているのだろう。
まあ、実を言うとそんなに間違いではないのだが、アランはそれを自覚するには若かった。
それだけではないのは確かだが。
「……あいつを気に入らない理由は単純さ。なんでもできるからって一人になるってのが気に入らない」
「お前が言うかねぇ。しかし、天道にああ大見得切ったトンが、プレリー様が号令をかけた瞬間言いよどむのは意外だったな~」
「あいつはプレリー様の前だといつもああだ。……次くるぞ。気を引き締めろ」
「ああ」
ドラードの顔つきが真剣になり、アランは引き金を絞った。
インナーのヒトビトの犠牲を抑える。
これはガーディアンとしての義務であり、アランもドラードもその使命に命を懸けることに異存はなかった。
□
カブトが放送のあった場所へと駆けていく。
炎で包まれた道を行きながら、建物に潜むイレギュラーを討って道を作る。
他者の生きる道を確保するのも、天の道を往くゆえ。
エールが無事避難していることを祈りながら、カブトはTV局の屋上へとたどり着いた。
「ようこそ、天道総司。始めましてのほうがいいかな?」
「くだらない。お前は俺が倒す。挨拶など不要だ」
姿を見せない乃木に、カブトは堂々と挑発を仕返す。奇襲に対応できるよう、半身の構えをとった。
そのカブトをあざ笑うかのようにバイクの排気音が周囲に轟く。
TV局の屋上に多くの照明が当たった。逆光を背に男がバイクにまたがって進んでくる。
カブトはその赤いバイクを目にして静かにつぶやいた。
「カブトエクステンダー……わざわざ持ってくるとはな」
「私に勝てたのなら返してやらんこともない。もっとも、私に勝つのは無理だがな」
メガネのレンズ越しに挑戦的な視線を送られてカブトは顔を引き締める。
ワームの首魁を名乗っているだけはあり、構えだけで黒崎に迫る強者だとわかった。
「さあ、踊りたまえ。天の道を往くものよ」
「乃木怜治……キサマを倒す」
二人は地面を蹴って間合いを詰めて交差する。
戦士が二人、ぶつかりあう音がビルの屋上で奏でられていた。
病院から避難勧告が流れたのは一時間ほど前。
エールも知る病院の患者医者含む数十人の行列の中、煙を吸わないように身を低くしながらエールは進んだ。
彼女の手をとり、率先して先を進む後姿を見つめる。
エールの胸あたりの背丈のガーディアンの少年、サルディーヌにエールは手を引かれていた。
「エール、みんな、こっちだよ!」
サルディーヌは元気いっぱいに勇気づける。
今日、エールを見舞いに来ていたのは彼と……。
「安全は確保したわ! サルディーヌ、患者から優先して案内して!」
「わかったよ、ウイエ!」
ガーディアンの正式隊員であることを示す制服を身にまとう、女性だった。
ウイエは普段はかわいらしい顔を凛々しく引き締め、銃を片手に安全の確保に勤しんでいた。
彼女やサルディーヌの姿を見て、エールはライブメタルを右手で握る。
その様子に気づいたウイエが近づいて笑顔でエールの右手を押さえた。
「調子が悪いときくらい戦うのは私たちに任せてよ、エール」
「で、でも……」
「大丈夫、エール! ウイエも絶対僕が守るから!」
サルディーヌとウイエがエールを励ますが、ますますエールの表情は曇るだけ。
エールのことを心配している様子だが、ウイエもエールだけに構っていられる場合ではない。
サルディーヌに耳打ちして、すぐにしんがりにまわる。
後ろを襲われたらひとたまりもないからだ。
「嘘……みなさん、逃げてください! 新手のイレギュラーが現れました!!」
ウイエの語気が荒くなり、ヒトビトに動揺が走る。
銃声が二、三発鳴ってエールは振り向こうとするが、サルディーヌが手を強く引っ張って叶わなかった。
「サルディーヌ……?」
「エール、いまは駄目。いまのエールはとても戦える状況じゃないんでしょう? だったら逃げなきゃ、ウイエの足を引っ張っちゃう」
エールは息を呑み、言葉を失くした。まだ幼いといってもサルディーヌは立派なガーディアンの隊員だ。
ヒーローに憧れ、玩具を片手にガーディアンベースにいたとはいえ物事の道理はわかっている。
混乱する集団をサルディーヌは勇敢にも誘導を開始し、避難場所を目指して再び動いた。
一度だけエールは後ろを振り返り、ただウイエの無事を祈った。
□
ドサ、というヒトが倒れる音が白い通路で響く。
音源の原因、死神の鎌を振るったかのような状態のプロメテがつまらなそうに鼻を鳴らす。
「やはりエールか天道総司がいなければこんなものか」
「……乃木の陽動が成功している証拠……。今のうちにライブメタルを回収する……」
白い女性用アーマーに身を包むパンドラが、杖に乗って飛行しながら答えた。
パスワードつきの扉へ遭遇するが、パンドラがあっさりと開く。
ガーディアンの研究所の一つ。ここにモデルHたちが眠っているのは、さるハンターより伝えられていた。
ハンター……いや、違法ハンターたちは金に糸目をつけなければ貴重な情報ですら仕入れてくる。
シャルナクとかいった男は“あの男”が目をつけただけはあるか、と思考を続けてプロメテは研究室へと足を踏み入れた。
『キサマたち……ッ!』
プロメテとパンドラを怒声が迎える。暗闇の中で光る四対の瞳を受け流し、プロメテは一歩前に出た。
「久しぶりだなぁ。もう一度、力を貸してもらうぞ」
『ケッ! そうはいかねぇ……暴れさせてもらうぜ!』
『またあんな美しくないボディに入れられるなんてまっぴらごめんよ』
赤いライブメタルと青いライブメタルがプロメテに反抗を示す。
紫と緑のライブメタルもまた、口を開かずプレッシャーをかけていた。
「お前たちの意思は関係ない。やれ、パンドラ」
「少し……長い間眠ってもらう……」
抑制のないパンドラの声とともに、浮遊デバイスが浮いてライブメタルに光を送る。
ライブメタルたちは震え、必死に抵抗しようとしたが、パンドラの杖からエネルギーを送られて動きが鈍くなった。
『なに……力が……』
「やはりゼクターとライブメタルは似ている。感謝しろ、お前たちがいま動けないのはゼクターという同類のおかげだ」
ありがたくもないプロメテの説明に、やがてライブメタルたちは沈黙した。
四つのライブメタルを手中に収め、プロメテは踵を返す。
気に入らなさげにプロメテは顔を歪めるが当然だった。
彼自身が気に入らないと告げたロックマン同士による争い。
このライブメタルたちの役割は、そんなくだらない争いを加速させるものというだけ。
ただそれだけだったのだから。
ウイエが囮を買って出て三十分経ったころだろうか。
ようやく数名の隊員とフルーブの姿を見つける。フルーブはエールとサルディーヌの姿を見つけて、嬉しそうに駆け寄った。
「よかったぁ、みなさん無事のようでして」
「でもフルーブ、ウイエが……」
「ウイエさんなら大丈夫です。先ほど連絡がありましたから。さあ、どうぞ。この先に避難用のトラックが……」
フルーブが続きを告げようとしたとき、爆発音がかき消した。
慌てふためくフルーブをよそに、普段はガーディアンベースの動力炉を守っているセードルの荒々しい声が通信機から響く。
彼女が前線に出るということは、それほど人員が足りない事態なのだ。
『すまない、アタイとしたことが二体逃がした!』
エールは脳裏に通信機にガナリたてているセードルの姿を想像しながらも、上空へ視線を移す。
ガレオン・ウイングが二体、上より銃口を向けていた。
先ほどまで安心していた集団がとたんにパニックに陥る。
「みなさん、落ち着いてください! ここは我々が抑えますから!!」
フルーブが必死で叫ぶが、一度崩れた集団は簡単には戻せない。
狙われている恐怖はヒトビトに恐怖をもたらし、地面を襲う銃弾はガーディアンにけが人を増やした。
一体のガレオン・ウイングが地面すれすれを飛んでくる。銃口がエールに向けられているのを見て、ライブメタルをつかみ、胸をぎゅっと締めつけられるような感覚に陥った。
身体が硬直し、呼吸が荒くなり、大きく目を見開いてガレオン・ウイングが視界に入る。
だがエールの目は逃げ惑うヒトビトをみていた。そして、エールは気づいてしまった。ガレオンの姿が、イレギュラーの姿が離れられないことを。
「エール! 危ない!!」
サルディーヌが叫んで、エールの前に両手を広げて立つ。小さい身体をめいいっぱい広げたその姿に、エールは叫ぶが遅い。
ライブメタルを持つ手に力を入れるものの、身体が震えて行動に移せない。
やめてくれ、とエールは内心で力いっぱい叫んだが、届くはずがなかった。いや、届かないはずであった。
金属の塊りに重い衝撃波がぶつかったかのような轟音が二つ、天と地で鳴り響く。
エールが涙でぬらした顔を上げると、サルディーヌの眼前のガレオンにサソードゼクターが体当たりをしていた。
体勢を崩したガレオンの四肢を容赦なく打ち据えて、最後にサソードゼクターは銃弾のさながら一直線にガレオンの顔面を砕いた。
同時に、空中のガレオンもきりもみしながら地面へ落下していく。
ガレオンは羽を砕かれて、地上に落下する間ドレイクゼクターの体当たりで全身を細々にされていったのだ。
ベシャ、と潰れた音がガレオンの最期を告げる。エールを守るようにドレイクゼクターとサソードゼクターが周囲を回った。
先ほどまで混乱していたヒトビトの声が静まり、沈黙が場を支配する。
混乱が収まったことを察して、フルーブが老いた身体に鞭を打って指示を出した。
「今のうちです。皆さん、避難所へ向かってください!!」
フルーブの言葉に、ようやく集団は従って歩みを再開した。
途中、ヒトビトがエールに「ありがとう」「たすかったよ」「まだ小さいのにすごいねぇ」などと声をかけてくれる。
だが、エールの表情は晴れなかった。サルディーヌが格好がつかないような顔を一瞬だけして、エールに笑顔を向けた。
「やっぱりエールはすごいよ。こんなことができるしさ……」
「ちがう」
サルディーヌの明るい声を、思わずエールは否定してしまう。
戸惑うサルディーヌに悪いと思いながらも、エールは限界であった。
サソードゼクターとドレイクゼクターを抱きしめて、涙が一滴流れる。
わかってしまったのだ。一週間前、ペンテがエールのおびえを『傲慢なおびえ方』と評した理由が。
「ようやくわかった……。アタシが……アタシがずっと怖かったこと……」
エールはゼクターたちが迎撃したガレオンを見て、胸が引き裂かれそうになったのだ。
二体のガレオンが砕けるのと、殺されそうになったヒトビト、そしてジルの最期。
死ぬ相手よりも、殺す相手に“エール自身”が重なった。
がくっ、と膝が崩れる。懐から二つのライブメタルが、周囲を舞う二つのゼクターがエールを心配そうに見つめる。
「アタシは……セルパンと戦ったときのように憎しみでヒトを殺すのが怖かった。だってセルパンみたいになりたくなかった。イレギュラーになりたくなかった!
なのに……アタシはジルさんを殺した……大切なお母さんを守るために戦っていたジルさんを! アタシは……アタシが……イレギュラーになるのが怖い」
エールが剣を振るうことができなかった理由。フォルスロイドを傷つけられなかった理由。
セルパンはモデルVを作り上げた男の血がエールに流れていると告げた。
そのエールをジルウェは自分で自分の運命を作り上げろといってくれた。
エールはその言葉を胸に行動を続けた。だから仲間を、ヒトビトを守り続ける。
なのに、ジルのときは叶わなかった。挫折は始めてではなかったはずなのに、ジルの命がエールの胸に重くのしかかる。
確かにペンテのいうとおり、傲慢なおびえだ。エールは殺されることより、殺すことにおびえている。
強い相手と戦うことを好むペンテにとっては、戦う相手に心配されることなど腹立たしいだけだ。
エールはそのことを知らないため、ペンテの言葉がただ戦えない、守れないエールを責める言葉に思える。
自分に希望を託したジルウェに、守るべきヒトビトに、仲間たちに、自分に力を貸してくれたライブメタルに、罪悪感を抱きつつもなにもできず自己嫌悪を続けていた。
エールは自分の二の腕を抱きしめて、寒さに耐えるように唇をかみ締める。
やがて漏れる嗚咽とともに、エールの涙が零れ落ちた。
『エール……』
モデルXはエールの感情の吐露を受けて、自分と似ていると感じた。
モデルX……かつて英雄と呼ばれてイレギュラーと終わりのない戦いへ身を投じていたとき、ふと気づいたのだ。
あんなに重かった銃の引き金が、殺し続けてとても軽くなっていった。
イレギュラーを倒しても倒しても終わりは来ない。鬼(イレギュラー)となって他の敵をすべて殺し、自身をも殺すと決意したこともあった。
イレギュラーと戦った相手に罵られたことも、一度や二度ではおさまらない。
己が道を突き進み、疲れきった自分を回想してモデルXはエールを見る。
エールは挫折が早かった。十一年前のイレギュラー襲撃事件による母親の喪失。育ててもらい、兄のような存在だったジルウェを殺された。
だからこそ、他者を守れる力を持って守ることに固執した。めげることも少なかった。
ジルの存在は、そんなエールに力の重さを伝えたのだ。
自覚していなかったわけではない。エールが迂闊だったわけじゃない。
モデルXでさえ、死体の山を築いて始めて思い知ったものなのだ。
いまがそれを知る時期だ。
だからこそモデルXはエールを見守る。
他に手を取れないことを知っていたから。
最終更新:2010年01月11日 22:14