□
薄暗い研究所のような場所で黒い高級スーツに身を包み、右眼を眼帯に隠した男が歩いていた。
弟切ソウが目当てのドアの前で足を止める。
ドアに備え付けられた電子パネルから声が聞こえた。
『弟切さん? 準備なら出来ていますからどうぞ、お入りください』
「わかった」
弟切は短く答えて、パネルを操作してドアを開く。
薄暗い室内の中の淡い光りに弟切は眉をしかめた。サイバーエルフがカプセルに保存されている。
大きなモニターはこの研究所のメインコンピューターとつながっていた。
弟切の左眼に揺れる金のポニーテールが映る。赤いジャケットの上に白衣をはおった見た目だけなら二十代前の女性が、弟切へと近寄ってくる。
綺麗というよりは可愛らしいと記憶していた顔には白いのっぺりとした仮面が覆っている。
細身の身体を弟切に向けて対面してきた。
「ライブメタルはどうなった? ドクターCL」
「モデルH以外は意識を封じ込めたまま力を引き出すことに成功したわ。ゼクターと一緒よ」
「再調整のためには意識を戻さないといけない……面倒だ」
「それもこれで最後。きてみる?」
ドクターCLは立ち上がって隣の部屋へと誘った。弟切は頷いてあとをついていく。
ドアをくぐるとカプセルの中でエネルギーを送られている緑のライブメタルがいた。
『キサマら……パンドラたちの仲間か!?』
モデルHが怒りに任せたまま叫ぶ。弟切はニヤリと笑うが、モデルHの抵抗が激しくなった。
カプセルがピシリ、とヒビが入って弟切が尋ねる。
「おい、本当に大丈夫なのか?」
「問題はないわ。それに……」
ドクターCLはあっさりと弟切に告げてモデルHへと歩み寄る。
モデルHへ向けて仮面を外し、笑みを浮かべて優しく話しかけた。
「モデルH、アナタたちの力を私に貸してくれないかしら?」
『……ッ!? あなたは……そんなバカな!?』
ドクターCLはフフ、と笑みを浮かべる。驚愕に満ちて隙ができたモデルHへとエネルギーが送られていった。
モデルHから悲鳴が上がり、ドクターCLは仮面を再びかぶる。
鈴を転がすかのような美声でドクターCLはつぶやいた。
「たとえ影でもアナタたちは私に力を貸すことになる。なぜなら、かつて影に仕えたのはアナタたち自身なのよ?」
歌うように紡がれる言葉。
含むような笑いとモデルHの悲鳴が暗い室内に響いた。
□
うっすらとペンテが目を開くと、木目調の天井が視界に入った。
身体にかかるシーツが上半身をあげると同時に剥がれた。素肌に巻かれた包帯を触り、手当てを終えていることを知る。
じくり、と傷口が痛む。周囲を見回すとどうやら民家のようだ。
木の家というアンティーク調に仕立てられた周囲を見回し、回想する。
崖から落下して地面に叩きつけられてながらも、倒れるまで全速力で逃げたのだと思い出した。
血の跡を誤魔化した覚えはあるが、どこで意識を失ったかはわからない。
モデルVAはどこにある? とペンテは思考して首を回した。
とたん、ドアが開いてペンテは視線を向け直す。そこには見知らぬ女性が一人立っていた。
「目を覚ましたんだ? よかったぁ……」
若い声だ。外見はペンテと歳の差はないように見える。
柔らかい栗色の髪が腰まで届いている。童顔で大きな瞳には安堵の色が浮かんでいた。
首まで隠す柔らかい布地の白いセーターに淡い桃色のプリーツスカート。
黒いタイツがスラッとした足を包んでいる。可愛らしいデザインの手袋を脱ぎながらペンテに歩み寄ってきた。
「アタシはリーネ。お兄さんは?」
「…………ペンテだ。礼を言うが、俺の荷物はどこだ?」
「せっかちね。そんなに大事なものが入っていた?」
そういってリーネは籠に入ったペンテの荷物を渡してくる。
目的のライブメタルも紛失していない。確認を終えながらも、手にとったモデルVAが不機嫌なのを感じ取った。
まあいいか、と脇に籠を置いてリーネに向く。ペンテが現状確認をする前にリーネが話しかけてきた。
「ねぇ、ペンテさんお腹すいていない?」
ペンテが「ああ」と頷くと同時に嬉しそうに隣の部屋へと移動する。
もっともすぐに戻ってきたが。持っていたトレイにはスープとパンが乗っていた。
「アタシの特製よ。後で味の感想を聞かせてね!」
そういってリーネが押し付けた料理をペンテは受け取った。
体力を回復するため食事は必要だ。リーネはおしゃべりらしく食事中にも話しかける。
適当にあしらい、モデルVAの苛立が増していっているのを感じた。
あれは他者とのコミュニケーションを破壊以外でとることがない。会話を続けるという行為を嫌悪している節すらあった。
とはいえ、ペンテは他者との会話は苦痛ではない。
(フィオもお喋りだったしな)
自分をこんな目に遭わせた敵との思い出を浮かべて、ペンテは心の中だけでつぶやいた。
『ハンター時代の先輩だった?』
「と、いうよりは先生だな。俺に生きる術をすべて教えていた」
モデルVAへとコールドエンプレスとの関係を問われ、ペンテはあっさりと答える。
もっとも特に隠し立てするような内容ではない。今まで話さなかったのはモデルVAがペンテの過去に興味を持っていなかったからだ。
モデルVAとしてはロックマン以外に傷つけられてコケにされたことが気にくわないのだろう。
ペンテが不甲斐ない、とすら考えている節がある。常に飢えているペンテと、それを諌めるモデルVAの立場が逆になっていた。
それほどモデルXたちに拘っているということだ。
『ところでだ、ペンテ』
「なんだ?」
『キサマ、いつまでこうしているつもりだ?』
モデルVAが指摘すると、ペンテは右手に下げた買い物袋を持ったまま肩をすくめて「さあな」と答える。
いつもの紫色の毒々しいジャケットではない。雪の降る商店街で街灯に背をあずけるペンテは青いセーターを着けていた。
今は世話になっているリーネの死んだ父親ものらしい。彼女曰く、もともとのジャケットより似合っているとのことだ。
雪原エリアに接しているだけあって、街一面銀世界。
ペンテが顔をあげると、街で保管されている旧化石燃料所が視界に入る。大きな施設だが可動はしていない。
別のエネルギーが開発され、捨てるわけにもいかず昔から放置されていたらしい。
この街を案内した時のリーネの言葉だ。
「ペンテさん、待った?」
店から出てきたリーネが尋ねるが、ペンテは首を横に振る。
待つことは慣れていた。数分寒空の中立つことは苦痛ではない。
馴れ馴れしくひっつくリーネにも億劫だが、拒否することもなかった。
これがモデルVAがいらついている理由であることは充分にわかっていたが、互いに互いのことを想いやるような関係ではない。
イザというときだけ力を貸し合う。モデルVAとはドライな関係だと思うが、このくらいが丁度いい。
リーネが荷物を持って前をいくのをペンテはついていく。
ケガの治り具合は順調といったところか、と内心つぶやいた。
ペンテがリーネの手当を受けて一週間経つ。
もともと生命力の高いペンテは二日で動けるようになった。
その間なにをしていたかというと、ペンテにいわせればなにもしない。
「おう、新入り。リーネも一緒に買物か?」
「トーマスおじさん。そうよ」
大柄でガテン系の男の野太い声がペンテの耳に届き、リーネが返した。
ペンテは軽く挨拶をして男へ向く。世話になっている間、目の前の男の仕事に加わったこともある。
ゆえにペンテは『新入り』と呼ばれているわけだ。ちなみにリーネは昼はウェイトレスとして暮らしている。
独り身なのに自分のようなものを担ぎ込むとは無防備だと呆れたものだが、彼女の父親が目の前のたくましい男と友人だったらしい。
手を出せばどうなるかは考えなくてもわかる。遺跡の発掘作業を請け負っているトーマスは現場監督のようなものか、とペンテは把握した。
「しっかし、リーネと一緒に暮らしているのに手を出さないとはな。まあ、色気は足りないのはわかるがな!」
「ちょっと、おじさん!」
ガッハッハ、と大口開けてトーマスはペンテの背を叩いた。どういうわけかペンテは彼に気に入られている。
黙々と仕事をこなすのがよかったのだろうか。よくわからない。
仕事を通してこの街に知り合いが増えた。モデルVAはそのことが気に入らないようだが。
「そういえば新入り。お前さんを探しているって奴がいたぞ」
ペンテは首を傾げる。とはいえ、相手は想像ついていた。
「どこにいましたか?」
我ながら陰気な声だ、とペンテは感想を抱きつつもトーマスに尋ねる。
リーネを家へ送ってから向かおう、と思考してトーマスと別れた。
星がまたたき、月が淡く光って地面を照らす。
雪が積もり、白くなった木々が少しだけ光を反射していた。
雪景色は美しいものだ、とフィオは感想を抱く。
やがて雪を踏みしめる一定のリズムの音が聞こえてきた。来たか。フィオは笑みを浮かべて振り向いた。
「やっぱり一人ね」
「フン。こいつもいるさ」
そういってペンテがライブメタルを見せたが、フィオは笑う。
相変わらずの様子にいくらか安堵した。
「……覚えているかい? アタシたちが離れた日のことを」
「唐突だな」
ペンテが答えてフィオは当時を思い返す。
あの日は珍しくフィオがドジって敵に捕まってしまった。
ペンテは人質をとられた形となったが、フィオは心配していなかった。
自分ごと殺す。そういう男だと知っていた。なのに、ペンテは撃たなかった。
「あの日なんでアタイごと撃たなかったんだい?」
フィオが尋ねてもペンテは沈黙を返す。そう簡単に本心を明かす男ではない。
特別な感情を抱いてもらっていると期待していいのか、などとは聞かない。今は敵だ。
『いいかげんにしろ、キサマ。用件をいえ』
モデルVAがイライラした様子で忠告する。今にも暴れかねない。
ヤレヤレ、とフィオは肩をすくめて本題に入った。
「最後の忠告だよ、ペンテ。ライブメタルをアタシに渡しな。そうすればあんたに干渉しないように取り計らう」
『ふざけるな。すぐに鉄くずに変えてやる。ペンテ、準備しろ』
「あんたには聞いていないよ、モデルVA。これはアタイとペンテの問題さ」
そういってフィオはペンテを見るが、来たときと変わらず黙っていた。
フィオとてすぐに片付くとは思っていない。これは自分の未練といってもいい。
殺し合いを一度、交わしたとはいえだ。
「三日だけ待つよ。三日後のこの時間にもう一度答えを聞く。ペンテ、またね」
フィオはそういってあっさりと踵を返した。
ロックオンされればすぐに殺されるような真似だ。
しかし、ペンテは動かない。森の闇に消え、フィオはやがて消える足音だけを残した。
ペンテは消えていったフィオの後ろ姿を見届け、微動だにしない。
モデルVAの刺すような殺気を受け流し少しだけ昔を思い出した。
イレギュラーに襲われ、孤児となったペンテを引き取ったのは彼女だった。
当時のフィオは若いながらも、周囲に一目置かれている違法ハンターの一人だ。
ペンテの前を歩き、圧倒的な力を見せつけた彼女に憧れていた時期もあったと回想した。
今はどうか知らない。ただ、モデルVAがイラつく事実、人質となった彼女を撃てなかったのは本当だ。
ペンテは少しだけ微笑む。自分がとる手は決まっている。
しばらくは雪を踏む自分の足音だけが耳に入った。
□
風が吹いてエールは思わず身体を抱きしめた。
モデルXがエールの心配をするが、エールは問題ないと応えた。
エリファスと会ってよかったと思っている。後ろを振り返るのはここまでにしたい。
転送装置まで歩く道のりの中、エールは思考を切り替えた。
ガーディアンの研究所からライブメタルが盗まれた。
ワームの首領ですら囮に使った作戦に驚き、悔しく思う。
自分がめげてさえいなければと考えたのは一度や二度ではない。
だけど、エールの瞳は前を向いている。もう二度と後悔はしない。
(待ってて、モデルHたち。アタシが絶対助ける!)
エールは内心そう決意して一歩踏み出す。
すべてを守るロックマンになる。その想いに微塵も偽りはないのだから。
□
リーネが用意した夕食を平らげ、時計をみてペンテは席を立った。
あれから三日経ち、約束の時間が来たのだ。ペンテは隣の部屋で黒いインナーに紫のジャケットと、いつもの服装へと着替える。
モデルVAはいまだ不機嫌だが問題ない。頑丈なブーツをはき外へ出る。
「ペンテさん、いくの?」
後ろでリーネが声をかけてきた。バレないようにするつもりだったが、予想外に勘がいいらしい。
首だけ動かして顔を見ると不安そうにしていた。
本当にフィオといい女とは面倒だとペンテは感想を持つ。
「アタシ……少し不安で……」
ペンテは自分になにを期待しているんだろうか、と呆れた。
ペンテは普通とは違う。モデルVAのように日常を送るのに支障が出るほどではないが、それでも穏やかな日々では生きていられない存在だ。
モデルVAが自分のそうした特性に疑いを持っているのは笑えるのだが、ペンテは自分の異常性を痛いほど自覚している。
だから彼女が期待するように、「必ず戻る」とも「一人にはしない」とも告げない。
「今日はずっと家に入っていろ」
なぜなら、これは別れの言葉だから。
ペンテは彼女に特別な感情を持ちはしない。一人で強くある。
それこそがペンテを支える信念であったからだ。
風が強く雪が舞う。吹雪が近いのか、とペンテは感想を抱いたがもうどうでもいい。
三日目の約束の場所へたどり着き、ペンテは現れた女性とわかるシルエットに近づいた。
肩で切りそろえられたショートボブのキツメの美人。
かつてペンテが「フィオ」と呼び、生きる術を授かった存在。
「答えは出たかい?」
フィオの声に僅かに期待の色が混ざっていることにペンテは嘆息した。
答えなどわかっているはずなのに、僅かな可能性に縋っている。
教え教えられる関係など戻れはしない。ペンテは静かにライブメタルを取り出して構えた。
「……そうかい」
僅かに落胆した声にペンテは眉を上げる。それ以外の答えなどありはしないのに、と。
ペンテの口が動いたのと、フィオの全身がうごめいたのは同時だった。
「ロックオン」
あがる戦いのゴング。二人の激突に、雪が積もった木々が揺れた。
カミナリが落ちたような轟音が周囲に轟く。
紫色の装甲を纏ったロックマンVAVAと、漆黒の鋭利な装甲を持つコールドエンプレスの拳が激突した音だった。
ギシギシと音が鳴り、数秒の間拳が拮抗する。先にコールドエンプレスが舌打ちをしてロックマンVAVAに力負けをした。
吹き飛び、地面を滑るコールドエンプレスを見届けてロックマンVAVAは踵を返す。
『どういうつもりだ、ペンテ?』
「今は黙っていろ」
そうつぶやいて後ろから襲う氷の散弾を右手のバルカンで迎撃する。
逃げきるほど全力の速度は出さず、追いかけることが可能の速度を保つ。
引きつけているとはわかるほどわざとらしくロックマンVAVAは駆けた。
『キサマ……』
モデルVAが不機嫌になる。それもそうだ。ロックマンVAVAは今、街から離れるコースを取っているのだ。
コールドエンプレスが突進してきて、その刺突を捌いた。
「妬けるねぇ。あの街に未練があるのかい?」
コールドエンプレスの言葉にロックマンVAVAは低く笑った。
コールドエンプレスはロックマンVAVAに付き合い、街から離れる軌道を追ってくる。
まったくもって甘い奴である。その昔から変わらない甘さが、
「モデルVA、いくぞ」
命取りである。ロックマンVAVAは急に旋回してコールドエンプレスに接近した。
突然の方向転換にコールドエンプレスは反応できない。
ロックマンVAVAは仮面の下で薄く笑い、コールドエンプレスの四肢にガッチリと組み付いた。
虚をついた、たった一度の機会。癖を読まれている以上、この手しかない。
「準備はいいか? モデルVA、フィオ。地獄の炎へ一緒に逝こうぜ」
『……クックック。そういうことか』
ロックマンVAVAの背中からブースターの炎が吹く。
加速し続け、途中でコールドエンプレスが殴りつけるが距離が近すぎて威力がでない。
森と街は近い。インナーに入り、深夜とはいえヒトがロックマンVAVAたちを目撃するが関係なかった。
目的へ一直線だ。ロックマンVAVAが進む先には化石燃料を保存しているタンクがある。
「まさか、あんた――――」
コールドエンプレスが焦るが関係ない。この距離では氷の散弾も使えないのも計算済み。
いや、たとえ使われてもこの手は離さない。コールドエンプレスの身体をタンクの表層に叩きつける。
反動の衝撃がロックマンVAVAの全身にも届き、仮面の下で血反吐が出るが獰猛な笑みが消えない。
「ペン……テ……」
「ここからが地獄だ」
右肩のキャノン砲を向ける。コールドエンプレスのぶつかりひび割れたタンクから漏れている化石燃料ごと狙い撃つ。
光が走り、ロックマンVAVAの視界を炎が占拠した。
真っ白い閃光とともに爆発が轟いて一つの街が炎に飲まれた。
「が……くはっ……」
コールドエンプレスは全身にまとわりつく炎をそのままに、四つん這いになって喘ぐ。
燃え盛る瓦礫の上で呼吸を整えることが、今できる唯一の手段。
震える四肢に活をいれ、膝立ちになった瞬間コールドエンプレスの周囲に影が落ちる。
「よう、元気そうだな」
ロックマンVAVAの低い声を耳にして、振り向いた瞬間鉄パイプが視界を覆う。
コールドエンプレスの腹部に鉄の棒が埋まり、強制的に身体が浮いた。
『クッハッハ……ハハハハハハハッ! ペンテ、やれ!』
「いわれずとも……」
ロックマンVAVAはモデルVAに応えて、中空に浮くコールドエンプレスへ回し蹴りを放った。
コールドエンプレスの頭部の装甲が凹み、地面を数メートルバウンドする。
顔だけを上げてロックマンVAVAを見ると、彼も傷が深い。
装甲にヒビははいり、左肩のミサイルランチャーはとても使える状態ではない。右肩のキャノン砲は半壊し、使えて二、三発という状態である。
鉄仮面の左側が四分の一破損して、ペンテの狂気に満ちた瞳が覗いていた。
「相変わらず……タフだ……ねぇ……」
ロックマンVAVAが僅かに覗いた口の端を持ち上げて両手のバルカンを掃射した。
体表を跳ねる銃弾にコールドエンプレスはうめきながら、してやられたことを実感する。
コールドエンプレスは名が示す通り氷属性のフォルスロイドである。
炎の攻撃には極端に弱い。ゆえに化石燃料の炎はコールドエンプレスに深い傷を負わせた。
とはいえ、街のほとんどを覆うほどの爆発だ。間近にいたロックマンVAVAとて無事ではすまないはずである。
いや、ロックマンVAVAなら……ペンテなら不思議じゃないとコールドエンプレスは回想した。
傷つけば傷つくほど、ペンテの動きは鋭さを増していった。
まるで傷つくことを望むように。なにかを満たしたように。
「どうした!? フィオ、お前の力はそんなものか!?」
「余計なお世話……さねぇ!!」
コールドエンプレスが氷の散弾を作り出し、ロックマンVAVAへ直撃させる。
距離は三メートルもひらいていない。遠くなら周囲の熱で氷が溶けるが、近距離なら威力はそこまで落ちない。
なのに、ロックマンVAVAは当たった場所から血を流しながら盛大に笑った。
「そうだ、それでこそ俺に生きる術を教えた女だ! さあ、残った命で抵抗しろ!!」
一瞬でロックマンVAVAはコールドエンプレスの懐に潜り、固めた拳が鳩尾を襲った。
胃の中身が込み上げてくるが、どうにか飲み込んでコールドエンプレスはその場に踏みとどまった。
両手に氷の刃を作り、ロックマンVAVAを斬り裂く。
パッ、と花火のようにロックマンVAVAの斬り裂いた箇所が血を吹くが、ロックマンVAVAは加速して右つま先を左頬に打ち込む。
視界が衝撃につられて揺れ、全身をバルカン砲が撃ち抜かれた。
マズイ、とコールドエンプレスは距離をとるが、ロックマンVAVAは離さない。
狂おしいほど愛するようにロックマンVAVAが笑う。そうだ、こいつはこういう奴だ。
少しだけ、コールドエンプレスは嬉しくなった。
足を止めてロックマンVAVAの拳を受け止める。炎で弱まった装甲が歪んだ。
『観念したか?』
「モデルVA、アタイとペンテの間に割って入るな。そうさね、結局これが互いに一番好きなことさね。ペンテェェェェ!!」
コールドエンプレスは愛する者を呼ぶように叫び、蹴りを放った。
ロックマンVAVAが応え、互いの右足がぶつかり合う。
力負けし、コールドエンプレスの足から血が流れるが構わない。
そうか、そうだ。このペンテをコールドエンプレスは、フィオという名の女性型レプリロイドは、愛したのだ。
ロックマンVAVAの右拳が右脇腹の装甲を砕き、衝撃に地面を転がる。
コールドエンプレスはすぐに立ち直って、ロックマンVAVAの頬を斬った。
かすっただけだ。ロックマンVAVAの頭突きに打ち据えられ、泥を顔からかぶった。
泥の味が口内に広がるが、それ以上に過ごすロックマンVAVAとの時間の甘美さが胸に満ちる。
泥を吐き捨てながら、氷のショットガンを放った。
ロックマンVAVAは気にせず進み、膝蹴りを腹に叩きつけてきた。
後ろに倒れるコールドエンプレスの首をつかんで、熱せられた壁に押し付けられる。
コールドエンプレスは悲鳴をあげながらも、ロックマンVAVAを何度も何度も殴り続けた。
まるで喜んでいるようだ、と頭の隅で自分の悲鳴を評する。
ロックマンVAVAは仮面の下で微笑み、貫手の形を右手で作った。
「楽しいなぁ、フィオ!」
ペンテにとって最高の褒め言葉を受けて、コールドエンプレスの腹部が貫かれる。
血反吐がロックマンVAVAの鉄仮面を赤く染めて、だらりと両手が垂れた。
ドサ、とやけに倒れた音が大きく響く。ああ、そうか。コールドエンプレスは蜜月が終わったことを知った。
(終わりか……)
コールドエンプレスは地面に伏せながら、そう思考した。
レプリロイド用の血に染まった右手を引き抜くロックマンVAVAの顔を見つめて、一つだけ納得がいないことを思い返す。
あの日、人質にとられたのはコールドエンプレスのミスだ。
ペンテならば自分ごと殺すだろうと期待していた。だけど事実は逆。
その事実が、コールドエンプレスの愛したペンテに傷がついていた。
首を動かしロックマンVAVAを見る。そのことだけは確かめたい。
そう思考したコールドエンプレスの耳に、ペンテの名前を呼ぶ声が聞こえた。
コールドエンプレスは無理して身体を跳ね上げ、ペンテの名前が聞こえる場所へ跳躍する。
『チッ、しぶとい!』
モデルVAが吐き捨てるが、コールドエンプレスが早い。
栗色の髪を腰まで伸ばした女性をつかみ、追ってきたロックマンVAVAへ盾として向ける。
「ひっ!」
「お嬢ちゃん、黙りな。さて、ペンテ。……あのときの答えを聞かせてくれないかね?」
『俺を渡すということか? そんなの――――』
「違う、そんなことじゃない。ねぇ、ペンテ?」
「ペンテ……さん……?」
リーネが戸惑ったように視線をロックマンVAVAへと向ける。
対するロックマンVAVAは無言。コールドエンプレスは知りたかった。
なぜ自分が人質になったときは撃たなかったのか。なぜ自分をねじ曲げたのか。
ロックマンVAVAはコールドエンプレスへ視線を向けて、右肩のキャノン砲を光らせた。
熱線がリーネの腹部とコールドエンプレスの胸を貫く。リーネは即死だ。助かりはしない。
「だから家に入っていろと忠告はした」
ロックマンVAVAは興味なさげにつぶやいて、右手をコールドエンプレスの頭へ向けた。
高価な宝石についた傷が埋まったような感覚に包まれ、コールドエンプレスは微笑む。
よかった、これでこそペンテだ。
銃弾がコールドエンプレスの頭部に降りそそぎ、トマトのように砕け散る。
コールドエンプレスの想いも、思考もそこで途絶えた。
ロックマンVAVAは標的が沈黙したことを悟り、踵を返す。
低く笑って満足であることを示した。
あの日、コールドエンプレスを……フィオを撃たず、今回リーネを撃った理由は単純だ。
フィオは生きていれば戦う相手として申し分ない。
リーネは生きていたところで、倒すにあたいすることは一生ない。
ただ、それだけ。
事実フィオはフォルスロイドへと改造を施し、裏切り者となったロックマンVAVAと戦った。
リーネにはそれを望むべくもない。
血で血を洗う死闘。
これこそがロックマンVAVAを満足させ、気持ちを昂らせた。
『フン、ペンテ。この調子でモデルXたちを殺すぞ』
ロックマンVAVAはモデルVAに適当に返事をする。
モデルVAと、ロックマンVAVAことペンテの目的は似ているようで違う。
モデルVAはモデルXたちに“勝ちたい”のだ。
だがペンテは一人でどこまでも強くなれる自分と死闘を繰り広げる“過程を味わい続けたい”だけ。
自分と同じ理由で強くあるフィオは倒せた。
ならば、自分とは真逆の理由でどこまでも強くなれるエールと天道と死闘を演じることこそ、今のペンテの最大の楽しみだ。
モデルVAとは違う。
ただ戦うことで乾きが癒されるペンテは、地獄の道を修羅となって歩み続けた。
死が確定したその道。ペンテは恐れはしない。
行き着く先には興味ない。ただその過程を実感できれば、それでいいのだから。
To be continued……
最終更新:2010年01月23日 00:05