乾いた風が吹く道を一人の青年が進んでいた。
灰色の髪に無骨な顔。緑のズボンと赤いアーマーを着込んだ男はナップザックを背負いながら正面を向いた。
青年の名はロイ。料理が趣味の旅人である。
趣味とはいえ調理師免許をもつくらい腕はある。そこらの料理人には負ける気はない。
料理に携わるものとしてのプライドも持ち合わせている。
(今日はここで休むか)
ロイがたどり着いたエリアから、近い街を選び今日の宿を選ぶ。
治安もしっかりしていると手持ちのデバイスで確認して、エリアへと足を踏み入れた。
その彼がそこで忘れられない存在と出会ったのは、ただの偶然である。
当時は料理人かハンターか悩んでいる彼が、料理人の道を断念した記念すべき日だ。
これはひどい、とロイは思わず思考してしまう。
破壊されたビルに撤去されていないメカニロイドの残骸が道路に転がっている。
残っている建物も炎で焼けた跡や車がつっこんだ状態が放置されていた。
ガーディアンのメンバーがやたら多く、瓦礫などを撤去しているために一人つかまえてロイは尋ねる。
「おい、なにがあった?」
「一週間前にイレギュラーの襲撃があったんです。ここは危ないので、速やかに安全エリアへと移動をしてください」
そうロイへガーディアンの隊員は説明して、瓦礫の撤去の作業へと戻っていった。
タイミングの悪いときに訪れたものである。
自分が宿泊できる施設は残っているだろうか。
一縷の望みに託すようにロイは奥へ進む。
その考えが甘いことはすぐに分かった。
公共施設はヒトビトで溢れかえっている。本来の街の住民ですら避難所暮らし。
流れ者であるロイが過ごせる場所などありはしないだろう。なんてことだ。
(このまま通り過ぎて、別の場所へ向かうのもいいか)
そう考えてため息をつき、歩くのを再開する。そこへ食事用トレイを持った子どもが通り過ぎた。
トレイに乗った食材に気づき、視線を移動する。
「サバ……?」
珍しい食材を見たものだ。魚自体最近は収穫量が減ってきている。
クローン食材がほとんどで、養殖ものすら魚は珍しい。
「あ、新しいヒトですね。食事はいかがですか?」
ロイが話しかけられ振り向く。ヒラヒラのメイド服が視界にはいり、内心なぜメイド服? とツッコンだ。
それはさておき、ロイは少し考える。旅の途中食料が不足し、食材の補充を期待して寄ったのだが今の状況では望むべくもない。
ゆえに一食でも浮かしたい、というのが理由の一つ。
もう一つの理由が珍しい食材をどう調理しているのか、料理人として気になった。
「わかった、案内してくれ」
ロイがそういうと、メイド服の女性が列の最後尾へと案内してくれる。彼女の他にも、複数のメイド服の女性がいた。
災害時の配給所としかいいようない施設でメイド服の女性が接客しているのシュールだ。
これでサバの食材をダメにしているような料理だったらどうしよう、とロイは本気で頭を痛めた。
□
「天道、一つ聞いていい?」
「なんだ?」
端正な顔つきの長身の青年、天道総司は料理をしていた。なぜかというなら答えは単純。
一週間前のワームとイレギュラーの混合部隊の襲撃を受けた街のヒトビトに、暖かく美味しい食事を届けるためだ。
作務衣姿の天道はかつて妹に振舞ったように、料理をヒトビトに振舞っていた。
「なんで……アタシたち女性陣はメイド服なの?」
そういって喋る少女、エールはヒラヒラのスカートをちょんとあげる。
フワっとした黒い服にエプロンドレスを着けた、エールにしては珍しい可愛らしい服装だった。
普段は男勝りな性格に隠れる可愛らしいエールの顔が、やや紅潮して愛らしさを強化している。
そのエールに天道はサラッと告げた。
「似合っているぞ」
「うん、それはありがとう。けどこんな場違いな……」
「それは違うぞ、エール」
天道はあっさりと告げて天へ人差し指を向ける。
「おばあちゃんがいっていた。料理とは口に入ってからが料理ではない。目に入ってからが勝負だと」
よく通る澄んだ声が堂々と告げる。やや呆れ顔のエールに対し、なんの不満があるか本気でわかっていない顔だった。
「うん、この前みたいに食材を調達するのはよくわかる。けど今回は理解できない……」
ときどき天道は暴走する、とエールは天を仰いだ。
□
この日から二日ほど前、ライブメタルの捜索を一旦中止してエールは街の復興を手伝うことにした。
なぜか堂々と指揮を取っている天道に呼び出され、とある漁港へ連れてこられたのだ。
「天道、食材はプレリーたちが調達してくれるみたいなんだけど……」
「基本はそれで構いはしない。だが、新鮮であることが重要な食材もある。そのための交渉はすでに終えている。付き合え」
はあ、と料理は専門外であるためエールは天道に従った。
しかし、なぜ自分だろうかとエールは疑問をもつ。
そうこうしている間に、港の一つの船へ天道が向かった。
「お、天道のアニキ! 船の用意は出来ているぜ」
そういう男に天道は静かに頷いた。エールはガラの悪い服に身を包み、赤い兜をかぶった男を観察した。
なんとなくだが、堅気の人間っぽくない。
「礼をいうぞ、ウルフ」
「へへっ、あのとき助けてもらった礼ですぜ。ところで、そのお嬢ちゃんは天道のアニキのコレで?」
ブッ! とエールは小指を立てるウルフの仕草に吹き出した。
顔を真っ赤にするエールを前に天道は微塵も動揺せず説明する。
「同僚だ。今回の仕事を手伝ってくれる」
「通りでアニキのコレにしちゃ子供すぎると思ったぜ。嬢ちゃん、俺はウルフってんだ。よろしくな!」
「……アタシはエール。ヨロシク」
エールは子供扱いされたことに不機嫌さを隠さず、ウルフの差し出した手を握り返した。
口調が棒読みになりウルフにプレッシャーをかけて引かれているが、気にしない。
「時間がない、ウルフ。船を出してくれ」
天道の指示通り、ウルフは操縦室へ指示を飛ばす。船が出てエールの不機嫌さを指摘した天道に「なんでもない!」と答えた。
数時間かけて訪れた地点で船を止め、天道が海を前に網を用意した。
そこへウルフが愚痴ってくるのをエールは見ている。
「天道のアニキ、漁業ができる時間は少ないですぜ。まったく、魚の保護とかいって量も時間も決められているなんて……」
「しかたない。より美味しい魚が多くのヒトに行き届くためだ。俺は妥当だと思っている」
今回必要な分さえ確保できればいい、と天道は告げてカブトゼクターを掴んだ。
いつの間にかベルトを巻いているのに、エールは疑問符を浮かべる。
ウルフがそのエールの疑問を尋ねてた。
「へ、変身するんですか!?」
「その方が早い。あと十分ほどでサバの群れがここを通る」
「いったいどういう根拠でいっているの?」
「俺の計算と、長年の勘だ。変身!」
ウルフは変身できるのを知っているんだ、とポツリと漏らすが気にするものはいない。
変身を終え、銀の仮面ライダー、カブト・マスクドフォームへと変身を終える。
カブトは網をつかんで、エールへと視線を向けた。
「エールも変身しろ」
「へ? アタシも?」
「ドレイクゼクターを使えば水中も行動できるはずだ。確かマスクドフォームとライダーフォームの特製が混ざっているという話だったな?」
『ええ、それは本当だけど……もしかしてサバを捕まえるためにエールを連れてきたの……?』
「その通りだ」
モデルXの疑問にカブトは迷いなく答える。モデルZは呆れて声もでない。
エールは天道らしいなあ、ぐらいしか感想がでなくなっていた。慣れって怖い。
エールは特に反対らしい反対もせず、あっさりとロックマンDX(ドレイクエックス)へと変身した。
□
(ごめんね、ドレイクゼクター。あなたの力をくだらないことに使って……)
まあ、謝ってもしょうがないかとエールはあっさりと思考を切り替える。
配給用の食事をトレイに乗せて次々配っていった。
エールも協力したかいがあってか、サバはヒトビトに人気だ。
サバを使った料理は天道の得意料理らしい。昨日作ってもらったときは確かにうまかった。絶品だ。
灰色の髪の旅人らしきヒトに配給し、エールは離れた。
「ムッ! この味は…………」
男のつぶやきになんとなく興味を持ってエールは振り向く。
男は身体を震わせてスプーンを口に含んだままで目を見開いている。
さらに身を切り分けてサバを三口に含み、男ははぁ、とため息をついて空を見上げた。
「な、なんという味わい深さ……。サバを煮て味噌とタレをかけただけの一見単純な料理に見える。
しかし火はサバ全体に均等に通り、子供も食べやすいように小骨をとっているというのに身が崩れていない。コレは料理人、手馴れているな……」
男のつぶやきにエールは思わず笑みを浮かべる。
天道の料理の腕はガーディアンのみんなが認めている。
その彼が褒められているのは、なぜか知らないが誇らしかった。
男はさらに食を進めて感動に身体を震わせていた。
「赤味噌と白味噌がいい具合に混合されている……四:一くらいの割合か? サバを知り尽くしている……まさか。
すまないがそこの娘さん、頼みがある」
「はい?」
話しかけられるとは思っていなかったエールが、思わず間抜けな返事をする。
男は真剣にサバを示して詰め寄ってきた。
「このサバの味噌煮を作った男のもとへと案内して欲しい!」
溢れる熱意に少しだけたじろぎながら、エールは首を縦に振った。
エールは天道の元へ怪しい男を一応警戒して連れてきた。
天道の手際は恐ろしくよく、溢れかえっていた街のヒトビトへの配給分の食事はすでに作り終えている。
後の巡回に加わるためである。いつか天道がプレリーのことを働きすぎだと評していたが、エールからすれば天道もその類の人間である。
閑話休題。
天道のもとへロイを案内したエールの眼前に、奇妙な光景が映っている。
ロイが土下座して天道へ今後の料理の手伝いをさせて欲しいと懇願している。
なぜこうなったのか、少しだけエールは記憶をさかのぼってみた。
「あんたがこのサバの味噌煮を作ったのか?」
「そうだ」
ロイの不躾な態度に、さらに上回る不遜な態度で天道が返した。
問答無用なロイの態度にエールは疑問を抱く。先程まで味に感動をしていたのに。
「あんた……いったいなに者だ? こうまでサバに精通しているなんて」
「おばあちゃんがいっていた。料理の道は天の道に通じる。ゆえに俺こそがすべての味を知る資格があるとな」
「天の道!?」
ロイが天道の言葉に反応する。エールとしては聞き慣れたが、初見で天道の口上は呆れるよね、と頷いた。
もっとも、天道本人にいってもフッ、とキザな笑みを返されるだけだが。
しかし、ロイの反応はエールの期待したものではなかった。
「まさか……あの天の道か!?」
「天の道は一つしかない」
「バカな……あの天の道はとっくの昔に後継者をなくしたという話だ……。だが、このサバの味……本当の本当に天の道なのか……?」
「あのー、天の道のどこに驚いているの?」
エールはロイの予想外の反応に思わず尋ねてしまう。ロイはエールを一度みて呼吸を整え、静かに話を続けた。
「万の料理法に精通し、特にサバと豆腐の調理において右にでるものはいない。食べたものを天国へ招待し、味わったものはすべて神の福音を耳にする。
その料理はいくら金を出しても味わえるものではないが、真に飢えたものには無償で料理を振舞い義の料理人と称された。
東にサバを担いで現れたと目撃されて、すぐ西で豆腐をもって神に迫る腕を披露した神出鬼没の存在。
かつて料理界を闇の料理人が支配しようとしたとき、天の道を極めた料理人が立ち向かって世界の料理を守ったといわれる救世主。
幻の白包丁を持つ伝説の料理人の称号……“天の道”。その後継者だというのか……?」
半信半疑といった様子でロイが熱く語る。途中でエールへの説明という部分を失念しているように見える。
どちらかというと天道に確認をしたいという様子だ。
いくらなんでもおおげさだとエールが思っていると、天道は真剣な眼差しのままロイへ告げる。
「よくわかったな」
「ちょっとは否定しなさいよ! おおげさでしょうがッ!」
エールがツッコムが、天道はむしろエールを不思議そうな瞳で見つめる。
エールが悪いのは自分か? と疑問を抱いて言葉をぶつけた。
「だいたい、白包丁なんて持っているの? 今まで使っていないでしょ?」
「持っているぞ、ほら」
エールの疑問に天道があっさりと答えた。あるのかよ! という内心のツッコミをしたままエールは差し出された白包丁をつかむ。
白い鞘に包まれた包丁を引き抜こうとするが固い。エールが「ぬぅぅぅぅ……」と力を込めるが抜けない。
「なにこれ……?」
「そう乱暴に扱うな。俺にも触らせてもらっていいか?」
ロイが横から口を出し、エールから包丁を受け取った。ロイも包丁を抜くことが出来ないらしい。
砥が行き届いていないんじゃないか? と責めるように天道を見るが、天道はあっさりと包丁を引き抜いた。
暖かい陽光のように刃が光を反射している。曇りない刃は見事に研ぎ澄まされていた。
ならなぜ先程は抜けなかったのか不思議だが、疑問はロイが解いた。
「本物の白包丁……自らが扱うものを選び、その者しか抜けないという伝説は本当だったのか」
いや、疑問が解けたのではない。わけわからない答えが返ってきたのだ。
エールはファンタジーの伝説の剣のような設定の“包丁”がバカバカしくて溜息をつく。
斬る相手は魔物ではない。食材なのだ。呆れるのも無理はない。
「本物の天の道がこんなところに……いや、天の道だからこういう場所にいるのか……」
なんだか天の道に対してのエールの印象が崩れていく気がするが、事実ならしょうがない。
天道が異世界の人間ということを知らないため、天道にそういうことをしている暇がないはずなのだがエールにはツッコメない。
エールの呆れた感情が膨れ上がるなか、ロイが地面に屈する。
両膝を折りたたみ、地面に手をつけて頭を下げた格好。たしか土下座といった行為だ。
「頼む、俺をあんたのもとで料理を手伝わせてくれ!」
ロイがこれ以上にないくらい真剣な言葉で告げる。
置いてきぼりを食らったような気持ちのエールが天道を見ると、天道は厳かに頷いた。
「いいだろう。だが俺の指導は厳しいぞ」
偉そうに。エールの感想は感激したロイの威勢のいい返事に掻き消えた。
ため息をつき、エールは再び悟る。天道に常識は通用しない、と。
□
ロイが天道のもとで料理を手伝うようになって翌日。
またも街を訪れる男がいた。黒いマントで全身を包んだ男が笑う。
道いく人は振り返り、妙な格好をする男に首を傾げていたが構わない。
「フフ……天の道。待っていろよ……」
男が不気味に笑いカミナリが落ちる。雷雲轟くなか、不気味な男の笑い声が響いた。
「おい、そこの男。身分を確認させてもらうぞ」
ガーディアンのメンバーがあっという間に取り囲み、男をチェックし始める。
ちなみに男が不審人物と通報されて解放されるまで一日を要した。
「天道さん、賄いをつくってみた。どうだ?」
「ふむ」
天道がロイの用意した賄い食を一口分スプーンで掬った。忙しい昼時も終り、ロイは批評を頼んでいたのである。
その天道のスプーンが横から奪われ、怪しい風体の男が食べた。ロイは怒り、男へ抗議する。
「あんた、なにをする!?」
「ふん。天の道がいると聞いてきてみれば……なんだ、この賄いは?」
ズイ、と男がスプーンをロイへ突き出す。ロイが困惑しているが、怪しい男は興奮して責めつづけた。
「火の通りは悪くないが、魚に金物臭さが染み付いている。キサマ、包丁を使ってこの魚を切ったな?」
「あ、ああ」
「身が崩れにくい魚にはなるべく竹包丁を使うのが常識だ。身が崩れやすい魚でも、金物臭さが染み付かないように気を付けるのは当然の心構え。こんな料理、豚の餌だ!!」
男が興奮しロイを罵倒する。エールは横で聞いていたが、いきなり現れて偉そうに説教する身元不明の男に我慢がならなかった。
言葉を失っているロイをよそに、エールがくってかかる。
「いきなり現れてなによ、あんた!」
「ふむ、そういや自己紹介がまだだな。天の道、キサマに勝負を挑みに来た。我ら……闇の料理人がな!」
「闇の料理人だとォ!?」
「…………知っているの? ロイさん」
またワケのわからない男が出てきた、とエールが呆れながらロイに尋ねる。
ロイはエールに天の道を説明したように険しい顔で闇の料理人について語りだした。
「この世に権力者が現れて以来、彼らはみな腕のいい料理人を傍らにおこうとした。
権力に仕える料理人の中から、やがてその料理の力で権力者の心と身体をも操る者が現れた。
そのような闇の料理人の頂点に立つ者に伝わってきたものがある。白包丁と対をなす、その名も……」
「黒包丁。こいつのことかな?」
不気味な男が含み笑いを浮かべたまま、妖しい光を放つ包丁を掲げた。
エールは眉をピクリと動かす。確かにあの刃には普通の刃物にはない妖しい雰囲気が存在する。
まるで血を吸い取り、光を増すような妙な感覚にとらわれた。背ずじがゾクリとする。
あれはそうそう簡単に手にしていいものではない。ごくり、とエールはツバを飲み込んで思った。
(でもあれ、包丁なのよねぇ……)
いまいち、緊張感に欠ける。エールは誰かに愚痴りたい衝動をこらえた。
だいたい闇の料理人ってなんだ。権力者を操るとか、たかが料理に出来るのか。
ミニ四駆で世界征服を目指すマッドサイエンティストを漫画で読んだ大人のような醒めた感想しか浮かんでこない。
「なるほど……俺を倒し闇の料理人の再興の憂おいを断つということか」
「そういうことだ……クックックック」
そういってマントを男が脱ぎ、秘密のヴェールを脱ぐ。
和服をスラッとした肢体で着こなした妖しい光の瞳の男。
「俺の名はヨミ! 闇の料理人最強の後継者として、天の道! キサマを倒す!」
「いいだろう、俺はどんな勝負からも逃げはしない」
そういって二人は黒包丁と白包丁を構えた。ニヤリ、と天道が強敵を認めた笑みを浮かべる。
始めて見る表情だが、なんだかもったいない気がする。それもご愛嬌。
「勝負は明日、午前十二時……パスタ対決だ! 逃げるなよ?」
ヨミの挑発に天道はフッ、と笑って挑発する。いつもと変わらない態度。天道はいつでもどうぞ、と言外で告げていた。
踵を返す男を見届け、エールはドッと疲れる。妙なことにもなっったのだと呆れ果てるしかなかった。
ヨミが帰った後、ロイがすぐに天道に頭を下げた。
天道は首をかしげるが、ロイは悔しそうに声を搾り出す。
「すみません……俺のせいで……」
「いや、どの道奴との対決は免れなかった。そう悔やむな」
それに、と天道は不敵に笑う。戦場で何度も目にした頼もしい眼差しだ。エールには見覚えがある。
「俺は負けはしない。なぜなら最強だからな」
それは料理対決で使う台詞か。
そうツッコム気力もエールにはなかった。
「天道さん……しかし、パスタ対決……」
「問題はない。材料は揃っているからな」
「いつの間に?」
「なに、こんなこともあろうとだ」
伝説の台詞を告げる天道だが、いったいどういう場合を想定したというのだろうか。
まだ単純に明日のメニューはたまたまパスタだった、と説明された方が納得いく。
もっともそんな常識的な答えが返ってくることは、エールはとうに諦めているが。
「ロイ、お前の賄いは奴の言い分が一部正しい」
「ああ……俺はまだ未熟だ」
「だが、そう落ち込むことはない。なにより、食べるものに喜んで欲しい。そういう料理の王道から逸れていない。俺が保証する」
そういって天道はロイにほほ笑んだ。ロイは驚いて戸惑っていた。
本当、面倒見はいい奴だ、とエールは少し胸が暖かくなった。
□
太鼓が叩かれ、賑わっている配給所に一際大きい音が鳴り響いた。
テントが並び、普段はここでの料理を楽しみにしている一般人も祭りの雰囲気に色めきだつ。
ちゃんとお客さんが味わえるように五十ほど席が作られている。あぶれた人は立ってまで見ようと足を運んでいた。祭り好きなんだろうか。
観客席の眼前では、TV局のスタジオくらいの広さの空間が開けられていた。
対をなすキッチンが二台。食材が山ほど周囲に詰まれている。
キッチンの奥には、三つの客席が存在していた。上には観客に見えやすいようにTVまで取り付けられている。
その準備の良さをみて、エールは何度目かわからない呆れたため息をついた。
「お、どうっスか? エール」
「これ、アンギーユが用意したの?」
「そうっス! ちょっと苦労したけど、また料理対決が始まるなんて楽しみっス!!」
「また……?」
「あ、そういやエールは病院にいたっスね。そのころ闇の料理人の使いってのが天道に挑んできたんっス。
今度は大物だから、一番白熱したバトルになりそうっス!!」
そんなことがあったんかい、というエールのツッコミは虚しく消えた。
髪が逆立ったアンギーユが忙しそうに離れていった。なんだかなー、とどこか醒めた目つきでエールは舞台へ視線を移す。
料理勝負は間近に迫っていた。エールは自分に与えられた席へ向かった。
「え~と、ほ、本日は天道さんと闇の……闇? 闇の料理人・ヨミさんの料理対決へお集まりいただき、感謝します」
金のブロンドが陽光を反射して輝き、赤に近い桃色の司令官用制服に身を包んだプレリーが戸惑うように料理対決の始まりを宣言する。
同時に場は盛り上がり、盛大な歓声が広場に響いた。
エールは周囲の盛り上がりを醒めた目つきで見ながら、プレリーまで巻き込んでいたことに驚いた。
最初真ん中の席に座らせたとき、プレリーが戸惑ったようにキョロキョロしているのをプレリーは見逃していないが。
「勝負の方法は簡単。二人に料理を作ってもらい、みなさまに食してもらって採点してもらいます。料理品目はパスタ。
手元に二つのスイッチがありますので、食後に美味しいと思った方のスイッチを押してください」
そういってエールは手元のスイッチを見た。白いスイッチが天道、黒いスイッチがヨミという人だ。
ガーディアンのメンバーが判断すると天道が有利すぎるため、発案したルールなのだろう。
まあ、天道なら「美味いとみなが思う料理こそ、最高の料理だ」とでもいいそうだが。
ふっ、と場の空気が変わる。まるで戦場のような感じにエールは警戒して周囲をみやる。
周囲のヒトビトも空気が変わった程度は理解したらしく、戸惑っていた。
エールは殺気の発生源を見つける。ヨミと名乗っていた男が、天道を殺しかねないほど鋭い視線を送っていた。
ニヤリ、とヨミが笑う。
「この料理対決、一筋縄ではいかないな……」
「ロイさん」
エールはいつの間にか隣にいた青年の姿に驚く。
料理に真摯な態度の彼は天道とヨミの姿を凝視していた。
場を支配する緊張感を前に、プレリーが合図をする。
「それでは料理対決、始めてください!」
プレリーの凛と通った声が広間に響き、同時に天道とヨミが包丁をとる。
神速の包丁さばきが両者のキッチンで繰り広げられた。
□
パスタを茹で上げる時間はほぼ同時。ヨミはデュラム小麦を使って練り上げ、切り揃えたパスタ麺のお湯を切りながらソースの続きに取り掛かる。
パスターメーカーを横切りニンニクの香りがするフライパンを確認する。ウィンナー、マッシュルームを炒め煮ていたトマトソースを準備する。
食欲を刺激する強い香りに周囲の人を取り込んでいることをヨミは自覚していた。
料理に置いて見た目の前の段階、匂いが重要である。食材が持つ香りを何倍にも増幅し、鼻に届けることによって食欲を刺激する。
見た目、食感、味、とさらに段階を踏ませて五感を通したときこそ、ヒトは料理に支配される。
料理の進行状況は満足といっていい。天道を見る余裕もあった。
ヨミは天道の手際のよさに感心し笑みを浮かべる。闇の料理人と天の道……光の料理人は対をなす存在だ。
しばらく途絶えた光の料理人。最後と思われる後継者の登場にヨミは心が踊った。
料理とは味で相手を快楽につけて、屈服させるもの。
闇の料理人の基本であり、これまで生きたヨミの信念だ。
そのヨミと違う料理を作るものを屈服させることで、闇の料理人が正しいことを世界に知らしめる。
ガーディアンの司令官が存在しているとは都合もいい。
光の料理人、天道に勝ちここを世界の支配の足がかりにする。
長年の闇の料理人の悲願。ヨミは力を入れて自慢の逸品を作りあげていった。
天道を意識するヨミとは対照的に、天道は気負わずいつもの通り料理を作っていた。
本来の時間軸とは違い、天道は闇の料理人が一人、生簀一郎と料理勝負をしたことはない。
だが、白包丁を手にしたあの日、似たようなことが“この”天道にもあったのだ。
オリーブオイルをひいた鍋から、強い磯の香りが広がる。
イカの輪切り、殻を剥いたエビ、あさりを均等に火が通るように炒めあげていった。
シーフードソルトにトマトの香りがただようソースを入れて、しばらくして小皿にとって味を確かめながら満足に頷く。
天道はヨミを見ていない。それは眼中にないのではなく、料理にとって大切にしていることの相違の現れだ。
タマネギを転がして包丁を手に取る。そこでヨミが話しかけてきた。
「おい、天の道。キサマ……ふざけているのか?」
「なんの話だ?」
「なぜキサマ……白包丁を使わない!」
フッ、と天道が笑う。最前列のロイがなにか気づいたような顔をしている。
こいつはあの日、ヨミによってバカにされた料理の時に使っていた包丁だ。
「お前がバカにした金物包丁だが、こういう場合は白包丁より役に立つ。ただそれだけだ」
「ほざけ……後で泣き言をいっても遅いぞ!」
そういってヒートアップするヨミを余所目に天道は手を進めた。
ヨミがあえて香りを強調しているのを天道は止めはしない。
料理は香り、見た目、味と五感からくるものと基本がわかる相手。
しかし、惜しいと思う。ならば天道の天の道が示してやらねばならない。
リズミカルにタマネギを切る音がやみ、みじん切りになったそれを鍋に入れた。
「終了!! 二人とも手を止めてください!」
マイク越しに司会者を買ってでたウイエの声が拡大されて広場に響く。測ったかのように天道とヨミは手を止める。
出来上がった料理を前にヨミは腕を組んで自信満々に佇んでいた。
対し、天道はあくまで自然体である。
「それでは両者の料理を皆さんに食べてもらいます。まずは…………」
「俺からいかせてもらうぞ、天の道」
ヨミが自信満々に前に出る。天道は無言で頷いて文句はない、と態度で示した。
ヨミはバカな行為だと天道を蔑んでいる。わざわざトマトソースを使ったパスタとしてメニューをかぶらせたのは偶然ではない。
同じくトマトを使ってかつ、天の道より闇の料理人が優れているというのを示す。
それだけではなく、先に料理を出した方が有利なのは明白。味に慣れてしまい後出しの評価が落ちやすいのだ。
もっともこれは、出来上がった料理の味が同等以上でないと意味がない。もし後出しがうまければ、あっという間に先出しの料理の味は上書きされる。
だからこその自信。絶対負けないという闇の料理人の自負がヨミにはあった。
ヨミはニヤリと笑みを浮かべて、モッツアレラチーズを乗せた真っ赤なパスタを評価をするヒトビトへ配ることを顎で指示した。
偉そうな態度であるが、周りは従って配っていく。
客という名の支配するべきヒトビトが、鮮やかな赤いパスタの香りにどよめいた。
見た目、香りともに客を支配している。後は口にしてもらうだけだ。
「品目はモッツアレラチーズのトマトソースパスタ。トマトソースの香りがお腹を刺激します。早く食べた~い! それでは皆さん、試食をどうぞ!」
ウイエの合図とともに、フォークを手にとってヒトビトがパスタへ手をつける。
勝ちを確信しているヨミは口の端を持ち上げるだけだった。
(パスタか……)
ガーディアンの司令室でモデルVの反応を追っていたプレリーは、ウイエたちに無理やり連れてこられて解説役を押し付けられた。
平和のためにガーディアンの司令官としては有能であるが、プレリーは料理に詳しくはない。
天道が着てから食事が豪華になったのだが。
それはさておき。
料理に疎いプレリーだからこそ、試食役兼解説役を勤められた。プレリーの両隣にいるヒトは、この街の住民だが普段は天道食道に足を運んでいないヒトたちだ。
プレリーと同じく料理に詳しいわけでもない。あくまで平等に、とは天道の望みだ。
プレリーはフォークでパスタを巻いて、トマトソースで赤く染まった麺を口に運ぶ。
モッツアレラチーズを巻き込んだパスタがプレリーの可憐な唇の中へ入り、チュルンと少しでた麺を吸い込む。
「……ッ!? こ、これは……」
プレリーがつぶやき、驚愕の色が瞳に宿る。いや、プレリーだけでなく周囲の人間すべてがそうだ。
口内から立ち昇るトマトスープの香り。舌を這い通る麺の柔らかくかすかに芯の通ったアルデンテの感触。
モッツアレラチーズとトマトで染まった麺が舌を刺激、かつ後味がすっきりしている。
プレリーの眼前に光が満ちて視界が白くなり、思わずつぶやいた。
「天国だ~~~~」
プレリーだけでなく、食した全員が同じ言葉を叫んだ。
プレリーの右隣りに座る恰幅のいい中年男性が皿を持ち上げる。
つられて左隣の品のいい老女も立ち上がった。
「これは……のどごしがよく、コシもある! いくらでも口にパスタを流し込める!!」
「後味もすっきり。それにしても滴るスープにどこかで飲んだような味が……昆布茶? そう、昆布茶で塩の量を少なくしているのね……」
感心したようにテンションが高くなっていくヒトたちを左右に置き、プレリーはさらにもう一口食べた。
その瞬間、プレリーの眼前が爆発して津波が襲ったような錯覚をする。
「すごい……トマトを使ったソースの味が残っているのに、しっかりモッツアレラチーズの味を際立ている。それだけじゃない。
素材一つ一つ……麺の味すらも私にしっかりと伝わる。すごい、まるで味のオーケストラよ!!」
食したみなの頭上から光が射しこみ、天国に昇るような気持ちを味わう。
その瞬間こそヒトが無防備になる。よって、闇の料理はヒトを支配する。もう天道の料理に彼らが美味いということはない。
癖になるほどの食の快楽。闇の料理人に伝わる秘法こそ、ヨミの切り札だ。
ヒトビトは味の快楽に味わわされ、しばらくは身体を流されるまま至福の時を過ごした。
ロイは目の前のパスタを味わい、手を震わせていた。
美味い、美味すぎる。もはや周りはヨミの料理に夢中だ。
天道は、光の料理人は勝てるのだろうか。
「ロイさん、大丈夫だよ」
驚愕に打ちひしがれるロイにエールの声がかかる。
彼女はヨミのパスタを口にしても、安心しきった笑顔をロイへ向けていった。
「天道は勝つよ、絶対」
落ち着き払ったエールの笑顔を前に、ロイは彼女の信頼の深さに驚いた。
ロイは天道を見る。勝って欲しい。料理界のためにも。
手に汗を握り、天道の料理を待った。
勝ちを確信して笑みを浮かべるヨミだが、天道は自分の番をただ静かに待つ。
微塵も動揺していない天道を前にヨミが絡んできた。
「白包丁を使わなかったことを後悔するがいい」
ヨミの自信満々の言葉に天道はフッ、と笑顔を浮かべる。余裕の態度にヨミが少しだけ不機嫌になるが、自分の勝ちが確定だと思っているのだろう。
ヨミはすぐ離れた。
「みなさん! 闇の料理人・ヨミシェフの料理は堪能いただけましたか? ならば次は我らがガーディアンの天才料理人、天道総司シェフの料理です! どうぞ!!」
司会であるウイエの合図に拍手があがり、天道の料理が配られていく。
配られた客に浮かれたような空気が流れ、司会のウイエがマイクを持つ。
「品目はあさりと魚介のペスカトーレ! 天道シェフの一番得意な食材は魚貝類です。これは楽しみ! それでは試食を始めてください!」
司会の誘導と同時にみなのフォークがバラバラに進む。
先程のヨミの料理に酔いしれている者もいるのだ。フォークの動きが遅いのも当然だ。
ヨミが勝ち誇ったように胸をはる。パクリ、とプレリーたちが天道のペスカトーレを口にした。
「うっ…………」
一瞬で静まり、周囲がうなだれる。その様子をみてヨミが口を出してきた。
「悲しいほどマズイのか? ならば俺の料理をお代わりさせてやろう。さあ、存分に……」
「「「うま~~~い!!」」」
会場がどよめき、一斉に叫ぶ。完成に地面が揺らいだようにも錯覚させた。
ヨミが驚き戸惑う。その中、天道が不敵に笑っていた。
「新鮮なあさりの味がとても濃い。それでいてしつこくなくあっさり。イカとエビもあさりに負けないで、口の中で弾けて味が染み込むわ……」
「具だけではない。エビとあさりのダシとトマトソースが麺に吸い込まれて舌が刺激される。麺との調和が絶妙だ!」
解説席の老女と中年男性が満足そうに麺を口に運んでいく。
プレリーはその中央で優雅に食事を口に運んでいった。ナプキンで口を吹きながら天道に微笑む。
「天道さん、相変わらず美味しいです。ありがとうございます」
「当然だ。俺は食べるヒトの笑顔のために料理を作っているのだから」
偉そうながら、真摯な態度が声色に現れていた。天道総司は料理を作ることに命を懸ける。それこそ仮面ライダーとして戦うのと同等なほどに。
プレリーたちはそれを知っているため、満足に頷いて食事を再開した。
そこに納得いかない男が一人いる。ヨミはキッチンを飛び越え、天道の料理を一つ手にとった。
「なぜだ……俺の料理の暗示は完璧のはず。これを超えるには俺の料理より美味くなければならない!
白包丁を使っているならいざしらず、ただの包丁……ッ!?」
ヨミは言葉の途中できる。口に運んだ天道のペスカトーレを味わい目を見開いていた。
震えるヨミに天道が近づく。
「どうだ?」
「……う、美味い。だがなぜだ? 黒包丁を手にした俺を……」
「包丁はしょせん、包丁に過ぎない。たとえそれがどんな銘を持とうがな。食材こそが味を決める。
例えばイカには醤油をベースにみりんと酒を加えたものをすりこんで保存がきいて美味しくなるように工夫している」
「それだけで、ここまで美味しくなるはずが…………」
「積み重ねだ。それらの積み重ねで俺の料理はヒトに笑顔をもたらすことができる。
お前のように至高の味を持って他者を動かすという考えもあるだろう。だが、持っている味をヒトに伝えることこそ、笑顔を見るためのコツだ」
「そんな甘い考えで!」
「ならば思い出せ。お前が始めて包丁をとった日を。始めて食したヒトの笑顔を見たときを」
天道が指をさすと、審査員からはぶられたヒトビトが天道の料理を口にして雑談する姿があった。
天道は審査を兼ねる観客だけでなく、見に来ただけのヒトビト全員分作っていたのだ。対し、ヨミは審査員分の五十食と予備を少ししか作っていない。
ヨミの胸に敗北感があふれ、うなだれる。やがて審査を終える太鼓の音が響いた。
どこまでも広がった青空のもと、勝者となったのは天道であった。
□
「もういいの? ロイさん」
エールがそう尋ねると、すっきりした表情のロイがナップザックを背負って街の出入口に立っていた。
エールと傍にいる天道にロイは笑顔を向けてあっさりと宣言する。
「ああ、俺は決めたよ。ハンターになる」
「料理は続けるのか?」
「当然。料理人でなくても料理は作れる。ならばハンターとして鍛えながら、料理を身近なヒトにふるまって鍛えていくさ!」
ロイはそういって天道に右手を差し出す。
結局、闇の料理人のヨミは自分を曲げなかった。自分のやり方で、いつか天道を超えてみせる。
彼が宣言して行き先を告げず旅立ったのをみて、ロイも自分の道を決めたのだ。
「あのヨミが再挑戦をしたらどうする?」
「決まっている。成長したアイツを迎え討つだけだ」
「ハハ! 俺も挑戦するつもりだから、そのときは手加減しないでくれよ!」
天道は笑顔を浮かべ、当然だと答えた。ロイはその答えに満足する。
生きる伝説の勝負をみて、ロイは街をあとにする。
このときの経験から彼は仲間のハンターに料理を振るうことを趣味として見出した。
右手を上げてロイは歩く。行き先は風にきいた。
天の道。いつか超えてみせると己に誓い。
To be continued……
最終更新:2010年01月23日 14:37