ガラガラという音とともに、そのカーテンロールは彼らの前に現れた。
「これは…。」
光 夏美はカーテンロールに描かれた絵を見て、黙り込んでしまった。
そこに描かれていたのは枯れ果てた大地、空を果てしなく覆う厚い黒雲、そして絵の中心には真っ黒にくすんだ宝石のような物が8つほど。
この絵から想像されるのはマイナスイメージのみであった。
「士くん…私たち、とんでもない世界にやってきたんじゃ…。」
「だいたいそうだろうな。今までもとんでもない世界ばかりだったが、ここは今まで以上だろうな。」
不安そうな夏美を後目に、門矢 士はそう言いながらテーブルのコーヒーをすすった。
「…って、随分と余裕そうだこと。」
奥のテーブルで、小野寺 ユウスケがどんぶりに入った大盛りのご飯をかきこみながら言う。
「お前も随分と余裕そうじゃないか。」
「余裕じゃないから…モグモグ…こうやってエネルギーを補充して…シャクシャク…いつでも戦闘態勢に…モグモグ…。」
「お前…食うか喋るかどっちかにしろ!」
「モグモグ…ズズズ…ズズズ…ごちそうさまでしたっと!よし、夏美ちゃん!さっそくだけど、この世界の調査に行こう!」
味噌汁を飲み終えると、すばやくユウスケは玄関の方へと向かってしまった。
「あいつ…食う方を優先しやがった…。」
「ユウスケ、待って!…あ、士くん。留守番よろしくお願いします。」
そう言って、夏美が玄関へと向かおうとしたその時だった。
突然、外のほうから聞こえてきた『ドスン』という何かが落下するような音。
「?!」
いきなりの出来事に驚いた夏美は玄関を見る。
すると、半開きになったドアからは、暗闇の中で何かにつまずいたがためにうつ伏せでの大の字状態と化したユウスケと、
ユウスケがつまずいた大きな何かが見えてきた。
夏美は急いでユウスケを起こす。
「大丈夫ですか…?」
「イテテテ…なんでこんなものがドアの前に…?」
そう言って、ユウスケと夏美はその何かを見る。
それは、四角い大きな鞄であった。
世界の破壊者と呼ばれた男、ディケイド。
いくつもの世界をめぐった今、彼の瞳には更なる世界が映ろうとしていた…。
「お前ら、玄関で何ドタバタやってるんだ?」
カバンを見つめる二人の前に士がやってくる。
「あ、士くん。ユウスケが…って、何ですか、その格好?」
「ん…?」
士は自分の格好を確認する。
先ほどまでいつものジャケットだった士の服は、中世ヨーロッパを思わせる丈の長いジャケットと
スカートのようなゆったりしたズボンという真っ黒なゴシック・ファッションとなり、
ジャケットの襟もとにはディケイド・カラーであるマゼンダのマフラーが巻かれていた。
「それって…『ゴスロリ』でしたっけ?」
「『ゴスロリ』って女のみの言葉だろ。これの場合は『ゴシック・ファッション』だ。…で、結局お前らは何をやってたんだ?」
「…そうだそうだ!」
そう言って、夏美はカバンのもとへと駆け寄る。
「ユウスケがドアの前にあったこのカバンに…。」
そう言いながら、夏美はカバンを持ち上げようとする。
その時だった。
彼女の腕に伝わる、カバンのズシリとした重さ。
この重みが彼女に何かを感じさせた。
「…おい、夏ミカン?」
突然、黙り込んだ夏美に士が声をかける。
「…え?…あ…ハイ!」
「…どうしたんだよ、いったい。…ま、とりあえずは、そのカバンを開けてから考えてみるか。」
「イテテテテ!」
「おいおい、仮面ライダークウガがこんな擦り傷で音を上げちゃダメじゃないか。ほれほれ、我慢ガマン!」
光 栄次郎が消毒液を含んだ綿をユウスケの鼻の上に叩きながら言う。
「もうちょっと優しく…優しくね…イダダダダ!」
「…ったく。」
その光景を見ながら、士はため息をついていた。
「それにしても…これ、いったい何なんでしょうか?」
「とりあえずカバンだろ。」
「それは分かってます!私が聞きたいのは、『中身が何なのか?』、『なんで玄関に置いてあったのか?』ってことです!」
「知るか。…ま、とりあえず一問目に関しては開けりゃ分かるだろ。」
そう言って、士はカバンのフックに手をかけた。
フックを外し、カバンのフタに手をかける士。
中身に興味津津な夏美は、士の背後へと回り、カバンの中身を覗く。
そこにあったものは…。
「これは…人形…ですか?」
カバンの中には、<頭にリボンを付けた金髪の小さな女の子>を模したと思われる人形が横たわっていた
…いや、まるで生きているかのような容姿からは『眠っていた』と表現するのが正しいであろう。
この時、士はこの人形を見てハッとする。
「これは…ローゼンメイデンか…?」
「ローゼン…なんだって?」
鼻に絆創膏をつけたユウスケが士に問いかける。
「ローゼンメイデン、中世の時代のドイツにいた錬金術師ローゼンが作り上げたと言われている『生きた人形』のことだ。」
「『錬金術』?『生きた人形』?なんのこっちゃ?」
士は立ち上がると、部屋の中を歩きながらユウスケにローゼンメイデンについての説明をしだす。
その後ろで、夏美はカバンの中に人形とともに螺子らしき物を見つけるのだった。
「そのローゼンっていう男は『究極の人形』というのを作ろうとしていたらしい。
だが、いくら人間と見まがうような容姿を作ったとしても、それはただの人形でしかない。」
螺子を手に取る夏美。
…と同時に、その人形に螺子を入れるためと思われる穴があいていることに気づく。
「そこで、普通の人形とは違う『生きた人形』を作ることを考えたローゼンは、錬金術を使って人工生命…通称『ローザミスティカ』を作り出したそうだ。」
螺子を手に、その穴を見つめる夏美。
だが、次の瞬間には螺子を入れ、ギリギリと回し始めていた。
まるで、何かに誘導されるように…。
「ちなみに、当時ローゼンはすでにいくつかの人形を完成させていた。
その数は6とか7とか8とか諸説あってよく分からんがな…。」
回され続ける螺子。
その回転数が何十回目かに達したその時、人形から『カチリ』という音が聞こえてきた。
そして…。
「まあ、とにかくそのローザミスティカを全ての人形に分け与えて完成させたのが…。」
「雛苺なの~!」
「そうだ、第6ドール 雛苺などのローゼンメイデンというワケだ。…って、え?」
士とユウスケが即座に声の方向を振り向く。
「あ…なんか…起きたみたいです。」
「うにゅ?」
そこには、カバンから上半身を起こして二人の姿を見る雛苺と、バツの悪そうな夏美の姿があった。
「ハイ、どうぞ。」
栄次郎が雛苺の分も含めた4つのコーヒーカップを持って、彼らの前に現れる。
「ありがとうなの~。…う~、苦い…。」
「とりあえず、夏ミカンの疑問はひとつ解決した。…で、二問目だ。
どうして、お前の入ったカバンが写真館の前にあったんだ?」
「士…お前、こんなかわいい子に『お前』って言い方はないだろうよ…。」
士の問いかけに対し、雛苺はコーヒーカップをうつむいて見つめながら答えた。
「分からないの、雛が気付いた時にはカバンの中にいて…。それに…。」
そう言って、窓の外を見る。
「ん、なんだ?」
「それに…以前は暖かくて、明るくて、親切な人がいっぱいいる世界だったの。
それなのに、今は真っ暗で寒くて…何も感じられない世界なの…
ジュンみたいな優しさも、翠星石のような力強さも、真紅のような絆の力も…。」
「真っ暗で寒くて…か。」
そう言って、ユウスケが後ろのカーテンロールを見る。
その絵が、この世界が『真っ暗で寒い世界』であることを物語っていた。
「雛はひとりぼっちなの…。」
雛苺の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「雛ちゃん…。」
「つらい時は、甘い物でも食べて元気出しなさい。」
そう言って、栄次郎は彼らの前にソフトボールの球ぐらい大きなおまんじゅうを置いた。
「じいさん、これは…?」
「光家秘伝!びっくりイチゴ大福だよ。ささっ、召し上がれ。」
「あ~!デッカイうにゅーなの!!」
そう言って、雛苺は大きなイチゴ大福にかぶりついた。
「ホッホッホ、ほ~ら元気が出ただろう?」
「うんなの!おじいさん、とってもありがとうなの!!」
先ほどまで涙を浮かべていた雛苺の顔は、あっという間に笑顔へと変わるのであった。
『ありがとう、おじいちゃん!』
夏美の心の中で、幼き日の記憶が蘇る。
かつての自分は人見知りが激しく、同年代の子供と接するのが苦手であった。
そのため、小学校ではいつも一人ぼっちになり、寂しい思いをしていた。
そんな寂しさが頂点に達したある日、夏美は学校をサボり、栄次郎のいる写真館へとやって来たことがあった。
今考えてみれば、何故あの時、真っ先に「おじいちゃんちに行こう!」と思ったのかは思い出せないが、
もしかしたら子供の頃からすでにこの写真館の不思議さに気付き、そして魅かれていたのかもしれない。
そして、学校をサボってやって来たにもかかわらず、おじいちゃんは私を優しく迎え入れ、
そして今のようにこのイチゴ大福をごちそうしてくれた。
「夏美、お前はつらいとか寂しいとか考えているが…そんなことなんて生きていくことに必要ない。
必要なのは明るくいることだよ。だから、このイチゴ大福を食べて、いつもの明るい夏美になっておくれ。」
「…うん!」
そう言って、大きなイチゴ大福を頬張った。
口の中で広がるイチゴの酸味とあんこの甘さ、この2つがそれまで抱えていた自分の寂しさを嘘のように消し去ってくれるのであった。
「美味しい!」
「ホッホッホ、いつもの夏美に戻ったようじゃの!」
「ありがとう、おじいちゃん!」
「ありがとう…おじいちゃん…。」
「…うん?夏美、何か言ったかい?」
夏美はハッとする。
かつての自分を思い返しているうちに、少々自分の世界に入り過ぎていたようであった。
「あ…なんでもないです。…そうだ!雛ちゃん、これ食べ終わったら私とトランプで遊ぼうか?」
「大貧民やるの~!」
「おっ、いいねぇ!じゃあ、俺も…。」
「お前は仕事しろ。」
そう言って、士はユウスケの首根っこをつかむと、彼を引っ張りながら玄関の方へと向かっていくのであった。
暗闇と化した廃墟の街を、マシンディケイダーが疾走する。
だが、1時間以上走っても人っ子ひとり…どころか虫一匹さえも見つからなかった。
『何も感じられない世界なの…。』
雛苺の言葉が士の脳裏をよぎる。
まさに、この世界は生気を失った世界であった。
『士、聞こえるか?』
突如、マシンディケイダーに搭載された無線機からユウスケの声が聞こえてくる。
「どうした?何か発見したか?」
『いや…。いったいこの世界は何なんだ。まるで…生命という存在を完全否定したかのような世界だ。』
「確かにそうだな…。とりあえず、俺はもうちょっと調査してみる。ユウスケは1時間後に再度連絡してくれ。」
そう言って、士が交信を終えようとしたその時だった。
『了解。それじゃあ一時か…うわっ?!』
突然のユウスケの叫び声に、士は急いでマイクを取る。
「おい、ユウスケ!何があった?!」
『…。(ガタン!)』
だが、彼からの返答は無く、聞こえてきたのはバイクが倒れる音のみであった。
何者かによってトライチェイサー2000ごと吹き飛ばされたユウスケは、体を起こし、
自分を吹き飛ばした相手を確認しようとする。
だが、周囲が暗いために敵の正体が掴めないでいた。
「こうなったら…。」
何とか起き上がり、変身の体勢に入ろうとする。
だが、敵は暗闇を利用してユウスケに連続攻撃を仕掛けるのであった。
「ぐぁっ!…変し…うわぁっ!」
謎の敵からの攻撃をただただ受け続けるユウスケ。
そして、ついにユウスケは膝から崩れ、地面に倒れこんでしまうのであった。
「おい、ユウスケ!ユウスケ!!」
『…。』
士が無線機のマイクに向かって叫ぶ。
しかし、ユウスケの声が返ってくることは無かった。
「…くそっ!」
ユウスケを救出するべく、マシンディケイダーのアクセルを吹かせようとした。
『ディケイドよ…。』
「…ん?」
突然、闇夜に響いた謎の声。
いきなりの出来事に驚いた士は周囲を見回す。
『こっちだ…ここだ…。』
士が声の方向を見る。
すると、何かの影らしきものが路地の方へと向かっていくのが見えた。
「おい、待て!」
先ほどの事態に気が動転していた士はバイクを降りると、その影を追って路地へと向かってしまうのであった。
最終更新:2010年03月09日 19:19