『決して逃げだそうとはしないことだ。生還したくば、殺し合うのだ。それが最も賢い選択だ』


 暁美ほむらは無表情にマモーの放送を聴いていた。
 場所は市街地。無常矜持から逃げ続け、辿り着いた地であった。
 立ち並ぶビル群により隠れる場所は山ほどにある。
 ほむらはビルの一つを適当に選び、そのまた一つの部屋を適当に選んで入っていった。
 彼女がビルに立ち寄ったのは休息のためであった。

(まさか最初の戦闘でここまでやられるとはね……)

 両腕から電撃を放つサングラスの男。
 時間停止からの銃撃を受けて尚も立ち上がり、ただの一撃で魔法少女の肉体を戦闘継続が困難な程に傷付けた相手。

(アルター能力……)

 不可思議な時間軸だとは思っていたが、まさかアルター能力というものがここまでの力を有しているとは思わなかった。
 凄まじい力だった。
 初手で時間停止に対応し、あれほどの力を発生させるとは。

(あの力を利用できれば……)

 ワルプルギスの夜。
 おおよそ最強の魔女と呼ばれる存在であり、ほむらが何に変えても打倒せねばいけない存在。
 これまで幾度と挑戦を繰り返し、その都度痛ましい結果が返ってきた。
 魔法少女の力では太刀打ちのできない存在なのかもしれない。
 だが、ほむらは知った。
 魔法少女以外の異能の存在……アルター能力の強さを身をもって知った。

「っ……!」

 不意に身体に鈍痛が走る。
 魔法少女の身体は無意識に痛みをある程度緩和して知覚している。
 その身体でもってこれほどの支障がでるのだ。
 常人であればおよそ立ち上がる事すら出来ぬほどの電撃だったのだろう。
 頑強な身体に今は感謝しつつも、ほむらは魔力を肉体の回復に当てる。

(まずは休息……その後はまどかを探しつつ、『アルター能力者』、もしくは『ヘルサレズムロッドの住人』を探しましょう)

 ほむら知る異能の存在は二つ。
 アルター能力とヘルサレズムロッド。
 後者はこの殺し合いの場にいるかどうか分からないため、優先はアルター能力者だ。

(私の願いはまどかの生還……いざとなればさっきのサングラスの男に協力してもいいけど……)

 生還者は3人まで。
 まどかと自分を入れてもあと一人生還させる事ができる。
 その枠に、誰をいれるか。
 それを考えなくてはならない。

(もっと、もっと強い『力』を持った参加者がいるなら―――)

 あのサングラスの男も強かった。
 手の内はまるで読めず、一方的に敗北をした。
 油断や慢心があったことは認めるが、相当な実力がなければこの結果はなかった筈である。
 だが、あのアルター使いがワルプルギスの夜と戦えるかといえば、それは難しいだろう。
 スケールが違い過ぎる。
 魔法少女を倒せる力であっても、言ってしまえばそれだけの力だ。
 桁違いの耐久力を持つワルプルギスの夜に通用するとは思えない。

(淡い期待、なのかしらね)

 アルター能力というイレギュラー。この殺し合いというイレギュラー。
 これまでのループでは存在しなかったこの二つのイレギュラーに、ほむらは抱いてしまっている。
 希望。
 ゴールの無い迷路のようなこの世界を打破してくれる、恵みのような希望を。
 暁美ほむらは、抱いている。
 そして、希望を抱いているからこそ、恐怖する。
 それすらも覆い隠すような、更なる絶望がやってくるのではないかと。
 考えてしまう。考えてしまうのだ。

(……いいえ、私は救って見せる。まどかを)

 忍び寄る恐怖を打ち払い、前を見るほむら。
 魔力は消費したがダメージは軽減されていた。
 立ち上がり、一歩前に。
 一人の少女を救うために、孤高の魔法少女が歩みを再開する。


「―――ッ!!?」


 同時に、それは発生した。
 発生源は空。
 凄まじいまでの閃光が天空に発生したのだ。
 まるで空にもう一つの太陽が現れたかのような強烈な光。
 明け方となり明るくなりかけてはいたが、その光の発生でまるで真昼のように殺し合いの会場が照らされる。


(何が……起こって……!!?)


 鉄仮面を驚愕に染めて、手で光を遮りながら空を見る。
 疑問符が湧き上がる思考の中、彼女はそれでも閃光を睨み続ける。

 そして―――、





 ―――これは会場すらも照らす閃光が発生する十数分前の出来事である。




「はっ……」

 放送を聴き終えた後、カズマは嘲るように笑みを浮かべた。
 空から奔った光線。脱出を試みるものを断罪する裁きの光。
 カズマは光が降ってきた天空を、片目で睨み付ける。

「面白いねえ。本当にたまらねえ」

 カズマは思い浮かべる。
 先程の放送でのマモーの表情。
 良く見覚えのあるものだった。
 人を見下した、人を人とも思わぬ表情。
 彼はくるりと向かう先を変更した。
 行き先ものなく突き進んでいた今までと違い、明確な目標をもって歩き出す。
 数分前、光が降り注いでいた地点。
 市街地の近くにいたカズマは●-Phoneからだけでなく、肉眼からも光を見る事ができたのだ。
 カズマは、そこを目指す。

「度肝をぬかしてやるよ、マモーさんよぉ」

 そして、数キロの歩みを終えて彼は辿り着く。
 砲撃があった地点からは少し外れているが、其処は会場の外周上であった。

「ここか……」

 不自然に市街地と森林とか切り分けられた地面。
 カズマの獣じみた本能が警鐘を鳴らしていた。
 この先に踏み入れば危険があると、声を大にして叫んでいる。

「さぁてと、お手並み拝見といきますか」

 だからこそ、彼は進む。
 己が本能が危険を叫ぶからこそ、マモーが仕掛けている何かを知っているからこそ。
 その一歩を、笑みと共に前へ出す。

『会場の外へと出ました。10秒以内に会場内へ戻ってください』

 電子音が●-Phoneから響き渡る。
 その警告をカズマは無視。
 右手を顔の前へと掲げて、空を見やる。

「いくぜぇ―――シェルブリットォ!」

 10から始まるカウントが、一刻と数を減らしていく。
 並行して彼の右腕が輝きに包まれる。
 地面が穿たれ、虹色の粒子がカズマへと集まっていく。


『―――5』


 現界する黄金の右腕。
 あらゆる障害を突き進む、まさにカズマを体現したアルター。


『―――4』


 アルターを上空に掲げ、カズマは睨んだ。
 兵器か、アルターか、能力の原理は不明。


『―――3』


 だが、そんな事は関係ない。
 立ち塞がる何かがそこにあるなら、ただ突き破るだけだ。


『―――2』


 拳はただ真っ直ぐに天空へ。
 愚直に、ひたすらに一直線に。


『―――1』


 それが彼の、シェルブリットのカズマの生き様だから。
 だから―――、





『―――0』

「シェルブリット―――――――――ッッ!!!」





 だから、彼は突き進む。
 己を縛らんとする閃光に向かって、黄金の閃光でもって立ち向かう。
 衛星兵器からの光と、シェルブリットの輝き。
 ぶつかり合う二つの光に、会場が照らされた。






「―――――――――――!!!」



 閃光の只中で、カズマは拳を掲げていた。
 衛星からの砲撃とシェルブリットの激突により、音すらも消えた世界。
 右拳を通して凄まじい圧力がカズマを押し潰さんとする。
 だが、彼の心はまるで怯みすらしていない。
 その闘志に応えるように、彼の右肩にあるフィンも回転を増していく。
 前へ、前へ。
 カズマの身体を押しださんとする。
 拳に命中し、四方へ弾ける光。その真ん中を進むカズマ。
 その力比べは、決して拮抗してはいなかった。
 ゆっくりとではあるが、カズマの身体が上空へと昇っていく。
 そう、カズマのシェルブリットは衛星兵器の上をいっていた。
 最強のアルター使いとされる彼を、たかだか衛星兵器の一つで止めることなどできやしない。
 徐々に高度を高め、遂には衛星軌道上にすら到達する。

(―――見えたッ!!)

 極光の先、彼は光の発生源を見つける。
 ちんけな衛星兵器。
 彼を縛らんとする物体を、彼は視界に捉える。

(んなもンでええええええええええええ!!!)

 シェルブリットの輝きが、推進力が更に高まる。
 一段と加速して衛星兵器へと迫る反逆者(トリーズナー)。
 彼は、彼の進む道をただ一直線に進むだけ。
 誰の力を頼る訳でもなく、己が力で突き進む。
 だからこそ、ロストグラウンドという地で彼は人々の心を惹きつけた。

(シェルブリットぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!)

 そして、その矛は殺し合いの場に於いても届き得た。
 人々を支配し、コントロールせんとするマモーの兵器に。
 そう、届いていたのだ。


(―――なッ)


 衛星兵器が、一つだけ、ならば。
 あと少しで兵器に右手が届くといったところで、彼は見た。
 衛星兵器から離れた位置に、もう一つの衛星が存在していた事を。
 それは、彼も良く知っていた物であった。
 ホーリーアイ。
 ロストグラウンドの監視とアルター使いの本土への脱出を防ぐ目的で作られた衛星兵器。
 それはかつて彼が好敵手と共に破壊した筈の兵器だった。
 それが、万全の状態でそこにあった。

(っ……!)

 形状を変形させ、砲撃態勢を取るホーリーアイ。
 四つの砲塔から放たれた青色の光が収束し、一本の光となって走る。
 一つの衛星兵器を目指すカズマに、それを防ぐ術はなかった。

(ちく……しょうがーーーーー!!)

 横合いから放たれた青色の閃光。
 シェルブリットの輝きにより直撃は避けたものの、光の奔流に抗う事はできなかった。
 弾かれるように、カズマは地表へと落下していった。






(ッ、今のは……!)


 閃光は一層の輝きを放った後に、消滅した。
 残されたのは僅かに薄暗さを残す空のみ。
 暁美ほむらの目は捉えていた。
 空から落ちる黄金色の流星。
 流星は凄まじい速度で地表へと迫り、地面へと落下した。

(まさか……人、間……!?)

 彼女は確かに見た。
 黄金の輝きに守られるように包まれた男の姿を。
 男は市街地のどこかに落下した様子であった。
 あれだけの高度からの墜落すれば、常人であれば、いや魔法少女であっても生存など望めないだろう。
 だが、

(さっきの閃光は、まさかあの男が……!?)


 男が『力』を有しているのならば話は別だろう。
 先程の極光。
 あれが先程墜落してきた黄金の男が創り出したものであるのなら。
 それは、暁美ほむらをして規格外と感じてしまう程の力だ。

(っ!!)

 暁美ほむらは遮二無二駆けだしていた。
 彼女は見つけたからだ。
 ワルプルギスの夜さえ倒せると思えてしまう程の力を、彼女が求めている力を、見付けた、発見したのだ。
 それは希望の光だった。
 光が閉ざされようとした世界に差し込んだ、強烈なまでの希望の光。

(さっきの輝きなら、さっきの力なら……!!)

 会場を染め上げた十数秒の光。
 時を彷徨う魔法少女が見つけた希望の光。
 だが、それを見たのは彼女だけではない。
 会場にいる数多の人物がその現象を見たのであろう。
 人々が光を見て思うものは、果たして彼女と同様の感情なのか。それともまた別の感情なのか。
 ただ人々は垣間見たのだ。
 世界を塗り替える程の『力』の存在を。最強のアルター使いの『力』の片鱗を、見た。
 その事実が、果たして殺し合いにどのような影響を及ぼすのか。
 今はまだ、誰にも分からない。

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最終更新:2018年01月26日 22:51