織田信長は、思考する。
この戦いの本質は何なのかを。
先の場で、マモーとやらは語った。
皆で殺し合いをしろと。狂気を秘めた声色で。
その瞳が向けられているのは自分ではなかった。
かの織田信長を見ず、他の存在へと意識が向けられていた。
つまりは、そういう事なのだろう。
この信長をして、奴は雑兵とみなしたのだ。
意識するにも足らない、矮小な存在だと。
「負け戦の将には相応しい末路か」
本能寺にて、明智光秀の謀反を見破れなんだ事実。
恐らくはこの場に来ていなければ、ほぼ確実に死していた。
あれは戦にすらなり得ていなかった。
合戦とは戦う前にどれ程の情報を得て、どれ程の準備を施行しているかで決まる。
つまり、開戦の予兆すら認識できていなかった時点で、命運は既に決していたのだ。
あれは黄泉への道へと続く舞台。
あの時点で如何な抵抗をせど、如何な策を考え付けど、結末に変化はなかっただろう。
「……死んだか。この第六天魔王が、この信長が」
天下統一も半ばで、夢を成し遂げる事も能わず。
織田信長は死んだ。
未練がないとは言えない。
成すべき事は、成さねばならぬ事は、山の如く存在した。
天下統一の先にも、道は果てしなく続いていたのだ。
未練がないなどと言える訳がない。
だが、だ。
だが、自分は死んだのだ。
あの燃え盛る本能寺にて、道半ばで。
彼がこれまで数多の敵兵にしてきたように。
死とは、絶対である。
だからこそ、自分は滅ぼしてきた。
自分に敵対する全てを、自分が許せぬ全てを。
我が覇道の前に立ち塞がるありとあらゆるものを。
滅ぼした。
それが絶対の理だと分かっていたから。
死者は、現世の事柄に関与することが出来なくなると。
分かっていたからこそ、全てを滅ぼした。
それが、自分だけはと。
幸運にも超常なる存在の目端に捉えられたと、それだけの理由で。
死を捻じ曲げることなど出来るのか。
あの本能寺の一夜が先に、自分の居場所はもはや存在しない。
天下の行く末は、生者たちに託された。
そこに自分が出来る事などありはしない。
あっては、ならないのだ。
「人生五十年、夢幻の如くなり」
最早、己は不用の存在だ。
さすれば武士の取る道など決まっている。
潔く腹を切る他にない。
ふむ、と信長は道を進んでいく。
腹を切るに適した場所があればと、彼は道を進んでいく。
そこで、彼は遭遇した。
真紅に身を染めた、人外なる存在と。
「こんばんは、人間(ヒューマン)」
男は白雪の如く肌と、鮮血の如く外套に身を包でいた。
その体躯から迸る怖気は、まるで万の軍勢と対峙しているが如く。
信長をして目を見張らせる何かを、眼前の男は有していた。
「―――貴様は」
気付けば声が漏れていた。
信長は、男を見て全てを察した。
歩く死者と化した自分が、この場にいる意味。
それを理解する事ができた。
「どうかしたかね、兵(つわもの)よ」
言葉と同時に信長は刃を振るっていた。
相対する男は避ける気配すら見せない。
刃は、それまでの数多の場合と同じように、男の首を刎ね飛ばした。
「くはは、良い一撃だ。迷いも、躊躇いもない」
違ったのは、ただ一つ。
刎ね飛ばされた後の生首だった。
本来ならば永劫の沈黙を貫く筈のそれが、さも当然のように言葉を発した。
生首は霧となって消え、気付けばまた元あった場所に収まっていた。
「妖か」
「如何にも」
初めて相対する人外に、信長は驚愕も恐怖もしなかった。
ただ理解する。
己の役割を。
死した筈の自分が、この場に呼集された意味を。
「さて、化け物と遭遇した貴様は何だ? 狗か、化け物か、人間か」
怪物から、銃が突付けられる。
人外をも殺戮する巨大拳銃。
引き金が引かれれば、絶命は必至。
突き付けられた死神の鎌を、信長は真っ直ぐに見つめ返す。
そして、人外へと視線を向けて、口を開く。
「我は第六天魔王・織田信長。貴様を討ち滅すものなり」
一言。
宣戦布告を、零した。
人外は虚を突かれたように目を見開き、次いで微笑みを浮かべた。
「そうか。貴様も私に暁の果てを見せてくれるのか」
愛おし気に、信長を見る。
人外のそれとはとても思えぬ、柔らかな微笑みだった。
「私はアーカード。貴様の挑戦を楽しみに待っていよう、人間(ヒューマン)」
言い残し、人外は跳ねた。
両脚で地面を蹴り抜き、一瞬で信長の視界から姿を消した。
信長も前を向き、歩みを再開する。
織田信長は理解する。
死者たる自分がこの場にいる意味。
それは簡潔だあった。
あいつだ。
あの存在こそが、そうなのだ。
死の観念を超越した、死の観念を嘲笑する、あれこそが。
討ち滅ぼすべき―――いや、討ち滅ぼさねばならぬ存在。
戦国の世において、誰よりも死を振り撒いた自分だからこそ、あれを許してはおけない。
それをしたら全てが無意味になってしまう。
死すら無かったことにできのるならば、自分が振り撒いてきた『死』とは何だったのか。
妖ならば超越してしまう事柄のために、民を焼き、兵を焼き、臣下を焼き、僧を焼き、仏を焼き、肉親をも焼いてきた訳ではない。
『死』が、絶対だからこそ。
だからこそ―――死を振り撒いてきた。
その道理を違える事は、許されない。
信長が行く。
死した身で、死した者を滅ぼすために。
第六天魔王が、進んでいく。
最終更新:2018年01月26日 22:53