1936年(昭和11年)2月26日〜29日に、陸軍皇道派の影響を受けた青年将校らが約1500名の兵及び民間人を率い、「昭和維新断行・尊皇討奸」を掲げて内閣重臣を襲撃・殺害した未曾有のクーデター未遂事件。
簡単に言えば多分おおむね大体漠然とこんな感じ。
あと、取り敢えず思い出したことを。
青年将校・民間人合わせて17人が死刑。
自決した将校は2人。
陸軍の派閥抗争に端を発してる。
天皇陛下は初めから激怒・鎮圧姿勢。
陸軍首脳は事件の責任を右翼民間人に押し付けようとしたらしい(北一輝・西田税の処刑)
事件を利用して、陸軍(統制派)が逆に勢力を伸ばした(泥沼戦争へまっしぐら)
事件後しばらくは「不祥事件」「帝都不祥事件」とも呼ばれていた。
もっと調べてからちゃんとまとめたいよ、切実に。
この状態は酷いだろ。
最終更新:2008年05月02日 17:00